まずはひとつめ。
辿り着いた野村先輩の家。
訪ねると、相変わらずの五月蝿い声で出迎えてくれた。
何故にこんなに元気なんだろうと、あたしは先輩の性格に疑問を持って仕方がない。
部屋に招かれる。そこであたしはノートを広げた。
「野村先輩、今日は先輩のために詩を作ってあげようと思って来ました。」
その瞬間“俺のために!?”とかいう大きな声が響く。
続けて俺の熱き魂がどうたらとか語り出そうとしたので、あたしは慌ててそれを止めた。
「いいから黙って見ていてください。」
ただ冷たく言い放ち、あたしは鉛筆で文字を描いてゆく・・・。
タマゴ タマゴ
これはとあるタマゴの物語
愛しいあの人を想うも…
割れてこなごなの片想い
誰ももとにもどせない
これは野村先輩
あなたのことですよ そうですよ
あなたの あなたの
いくら熱くても
平気な顔をしてもダメですよ
ぜんぶぜんぶぜ〜んぶ
ほんとのことですよ
そんな風に割れてくだけた先輩の心
きれいな黄色の色鉛筆で
描いといてあげますね 消えないように
くすくす 花織の絵本に
一通りの詩を書き終えた後に、
タマゴの絵をさささっと描いて、さささっと色鉛筆で色を塗る。
そしてそのページをあたしはぱたんと閉じた。
じいっと見ていた野村先輩の顔は、とってもとっても暗かった。
明るい熱い顔から、次第に暗く冷めていく様子は、
書きながらでもとってもよくわかった。
野村先輩が一言感想を述べようとする前に・・・
「それじゃあさようなら、野村先輩。」
それだけを言って、荷物をまとめてあたしは部屋を出た。
家を出る頃、ここに来る時と比べて雨は激しさを増していた。
更に濡れが激しくなるあたしの足元。
構わずにあたしは、傘を差して歩き出した。
そしてふたつめ。
辿り着いたのは宮内神社。
いつもの笑顔で、いつもの動作で、出雲さんはあたしを迎えてくれた。
・・・無理しちゃって。
シャオ先輩に振られたどころか、たしかファンクラブも解散になっちゃったんだよね。
そんな、誰も見向きもしない出雲さんのために・・・。
「今日は出雲さんのために詩を作ってあげようと思ってきたんですよ。」
案内された客間のテーブル上にノートを広げながら、あたしは告げた。
お茶菓子とお茶とを用意していた出雲さんは“光栄です”と、ふぁさぁと髪をかきあげる。
「ちゃんと見ていてくださいね。」
言うと同時に、出雲さんは座って真面目にノートを見ていてくれる。
そしてあたしは、ノートに文字を描き出した・・・。
ピアノ ピアノ
これはあるピアノの物語
音が狂って歌えないんです
ある一人の女性に心を奪われたために
そのピアノはすっかりおかしくなってしまいました
誰ももとにもどせません
これは出雲さん
あなたのことですよ そうですよ
あなたの あなたの
歌えるふりをしてもダメですよ
既に多くの女性達に見放されたじゃないですか
ぜんぶほんとのことですよ
もはや誰もきかないあなたの声
誰も相手にしない優しく見える態度
すてきなピンクの色鉛筆で
描いといてあげますね 消えないように
くすくす 花織の絵本に
一通り詩を書き上げた後に、
さささっとピアノの絵を描いて、さささっと色鉛筆で色を塗る。
ちらりと出雲さんの顔を見やった後、あたしはノートをぱたんと閉じて荷物の支度をした。
「それじゃああたし、用が済んだので帰りますね。」
さらりとそれだけ言って、あたしは部屋を後にした。
ひきつりながらも呼び止めようとする出雲さんを無視して・・・あたしは宮内神社を後にした。
雨は更に更に激しくなっていた。
もはや長靴を履いていないと足はびしょ濡れ間違いない。
それでもあたしは、傘だけを雨除けとしたまま、歩き出した。
そしてみっつめ。
辿り着いたのは遠藤先輩の家。
ごく普通の顔で、いつも通りの表情で、遠藤先輩は出迎えてくれた。
そりゃあ、七梨先輩とシャオ先輩の関係に程遠い遠藤先輩にとって、
あたし達の動向なんて、これまた関係ない話だけどね。
それでもあたしは、部屋に招かれた後にこう告げた。
「今日は遠藤先輩のために詩を作ってあげようと思ってきたんですよ。」
もちろん遠藤先輩は首をかしげる。
「いいから見ていてください。」
ノートと鉛筆を取り出して、あたしは文字を描き出した・・・。
くつした くつした
これはとあるくつしたの物語
とても汚れて穴があいてるんです
洗濯もしたくない 繕いたくもならない
だから誰ももとにもどせません
これは遠藤先輩
あなたのことですよ そうですよ
あなたの あなたの
誰かさんと幸せになれそうでも
どうせぽいと捨てられてそれきりですよ
ぜんぶほんとのことですよ
見るも哀れなその姿を
尽くし尽くして投げ出されたその姿を
あかるいブルーの色鉛筆で
描いといてあげますね 消えないように
くすくす 花織の絵本に
一通り詩を書き上げた後に、
さささっとくつしたの絵を描いて、さささっと色鉛筆で色を塗る。
震えながら声を上げようとした遠藤先輩を、
「それじゃああたし、用が済んだので帰りますね。」
と、遮って支度を始める。
その後は、遠藤先輩は部屋の真ん中でただ俯いているだけだった。
さっさとそこを、家を後にする。
雨はもっともっと激しくなっていて、台風でも来ているのかと思うくらいだった。
風も吹いていて、傘もほとんど役に立たない。
傘も荷物もあたし自身ももずぶ濡れになりながら、あたしは黙々と歩き出した。
そしてお別れ。
辿り着いたのは自分の家、あたしの部屋。
あたし以外誰も居ない、ただぶっきらぼうに物が存在する部屋。
椅子に座り机に向かう。静かにノートを広げ、鉛筆を取り出す。
そしてあたしは、ノートに文字を走らせた・・・。
最後の お別れの物語
描くのはあたしなんです
あざやかな はっと目をみはるような赤い色鉛筆
ひとたび握ってしまえば…
描きたくないのに 描きたくないのに
白い白いページの上に 描いてゆく
たちまち塗りつぶしてゆく
塗りつぶすもの
それは
それは
あたしの胸の中
・・・あたしは鉛筆を置いた。
これじゃあ足りない。足りない・・・。
別の道具を手に取った。
そして・・・本当に胸の中を・・・。
赤く染めていった・・・。
止まらないほどに、たまらなほどに、赤く、赤く・・・。
気がついた時には、あたしは横になっていた。
目を開く。暗い視界が光を取り戻す。
ここは・・・自分の部屋?
意識をはっきりさせて体を起こす。
同時に、先ほどまで見ていた光景がすべて消え去る。
後に残ったのは、苦々しい思い出だけ。
「今のは・・・夢?」
分からない。何もかもが分からない。
ただ分かるのは、嫌な想いが頭の中を駆け巡っていたという、抽象的な事実だけ。
そしてもしさっきのが夢なら・・・夢の中のあたしって凄く弱気だった、という事。
「・・・あたしは、絶対諦めないんだから。」
自分に確かめるように呟く。
現実に、挫折しないために。
<おしまい>
2002・6・15