小説「AIR」(おさけのうた)


『今日も最高やで〜♪』

それは、なんでもないある日の夜の事だった。
静かな商店街を、ブロロロロと低いエンジン音が鳴り響く…。
やがてそれは霧島診療所の駐輪場へと近づき…
ズザザザー!!
突如鳴り響いた、何かが横転して引きずられる音。
やがてエンジン音は消え、その音源にまたがっていた主が埃をパンパンと払う。
その後、霧島診療所の前にすっと立ったそれは、長い髪を後ろでくくった女性であった。
黒のスーツにほんわりとした赤い顔。片手には一升瓶をもっている。
既に診察時間は終了しているが、彼女は構わずにドアをノックした。
「こんばんわ〜」
ドンドンドンと叩かれる扉。
ガラスのそれが揺れる向こうで、その女性とは別の人影が現れた。
カチャっと鍵が開く。そして扉が静かに開いた。
「急患か?」
開口一番、診療所の家主、霧島聖はそう言った。
すると、扉を叩いていた女性は顔の前で手を横に振る。
「ちゃうちゃう。うちは見ての通りぴんぴんしとるで〜」
のほほんと答えるその姿は、土埃が多少ついていたものの、たしかに怪我らしきものはない様だった。
「…済まないが診察時間は終了している。明日また出直してくれ」
女性に怪我が無いと見た目ですぐわかった聖は、そのまま扉を閉めようとした。
しかし彼女は、慌ててそれを防ごうとする。
「そないにつれないこと言わんと。うちはあんたと飲みに来たんや」
「…飲みに?」
「そうや!居候がたしかお世話になったしな。その懇親会や」
「懇親会とはまた違う気もするが…そうか。
あの人形遣い…国崎くんがお世話になってる家の家主さんか」
「そうやそうや。神尾晴子いうねん。晴子さんと呼んでくれや聖先生」
「別に今自己紹介をしなくても…」
晴子の言葉を聞きながら、聖は少々眉をひそめる。
顔の赤さ、そして酒の匂いから、相当酔っているという事が判断できたからだ。
“どう説得してお引取り願おうか?”と思案していると…
「ほんならお邪魔しま〜す!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
聖の制止も届かず、晴子は強引に扉を開いて診療所内へと足を踏み入れた。
まず目に入ってきた待合室には、テーブルに湯飲みが置かれ、
その脇で一人の女の子(聖の妹の佳乃)と一匹の犬(ポテト)がお茶を楽しんでいた。
晴子が訪ねる前までは、家族でだんらんしていたに違いなかった。
「あれれっ?お姉ちゃん、急患さん?」
「ぴこ〜?」
突如の来訪者に、佳乃もポテトも目を丸くする。
「いや、晴子さんが勝手に…」
「おおっ?この子あんたの娘か〜?」
「違う!!妹だ!!」
激しく突っ込む聖。と同時に、晴子は振り向いて聖の肩をばしばし叩いた。
「もう、冗談やがな。それより突っ込むんなら手でもなんかせんとあかんやろ〜?」
「そんな事はどうでもいい」
「どうでもよくあらへん。“なんでやねん!”“びしっ!”が命やで!」
「………」
酔っ払った勢いというのは止まらない様だ。
結局そのまま、晴子は待合室のソファーにどっかと腰をおろしたのだった。
どん!
そしてテーブルに置かれる一升瓶。
「飲めっ」
にこやか〜に、佳乃に向かって晴子はそう言った。
もちろん佳乃は、冷や汗をかきながら苦笑している。
「あ、あははは…あたし未成年だよぉ」
「いけるいける。うちがヒミツ守ったる」
「ぴこぴこぴこ」
「おっ、白いんは飲む気満々やな?ほれほれ、あんたも見習わなあかんで」
「ぽ、ポテトぉ…」
「人の妹に妙な行為はしないでもらいたい!」
つかつかと歩み寄った聖が一升瓶を取り上げる。
血管が顔に浮き出ているところをみると、今にもキレそうだ。
「冗談やがな、そんなに怖い顔せんとってーな」
「あなたは既に不法侵入という罪を犯しているんだぞ?わかっているのか?」
「ちょっと聖先生と飲み交わしたらおとなしく帰るけん、勘弁したってや」
物凄い剣幕で迫るも、けらけらと晴子は笑うだけ。
もはや聖は、よほどメスを振りかざすとかして追い出そうというまでに怒っている。
そんな、荒れ狂う直前の姉の服を、佳乃がつかんだ。
「お姉ちゃん、一杯だけでも相手してあげようよ?」
「佳乃…本気か?」
「だって、このままだと大騒ぎに成ってマスコミ押しかけ有名人になっちゃいそうだよぉ」
「………」
説得するような瞳で訴える佳乃。彼女としては、穏便に事を済ませたかったのだろう。
迷惑極まりないが、たかだか酔っ払いの相手。
そんな人の為にわざわざ警察を呼んでどうこうなど、聖には面倒に思えてきた。
「仕方ない…一杯だけなら私が相手しよう」
「ほんまか!?」
「ああ。ただし、一杯だけだからな」
「いや〜、それでこそ来た甲斐があるっちゅうもんや」
観念したのか、“ふう”と溜息をついた聖はテーブルの上に一升瓶を戻し、席に着く。
「じゃああたし、お酒を入れる用のコップ持ってくるね」
用意の為に佳乃が台所へぱたぱたと駆けてゆく。
準備ができるまでは、晴子達はしばらくそのまま座ったままだ。
そんな中、ぴこぴこ言ってるポテトに向かって、晴子はごそごそと懐から紙を取り出した。
「実はな、聖先生と飲みたい言うたんは、あるものが目的だったんや」
「ぴこ?」
「ふっふっふ、知りたいんか?知りたいんやな?おっしゃ、教えたろ!」
「ぴこ〜」
ポテトの声に共鳴した様に晴子が“じゃん”と広げて見せたもの。
それにはつらつらと文字が書かれてあった。
「…晴子さん、なんだそれは?」
「うちが編み出した替え歌や。観鈴がお気に入りで見よったアニメの歌なんやけどな…」
丁度その時、佳乃がコップ二つを持って待合室に戻ってきた。
とんと置かれたそれらに、早速晴子が酒を注ぎ始める。
やがて酒はなみなみと。一つを自分用に。もう一つを聖用に。
「ほれ、あんたの分や」
「…これを飲んだら帰ってくれ」
「まあまあ、いきなりそないに言うなや。
ほないくで!うちが考えた歌の始まりや〜!!」
コップを持ったまま立ち上がる。その勢いでこぼれた酒がソファーに染みを作った。
それを見て一瞬聖が顔をしかめるが、晴子はまったく気にせずに口を開いた。
「♪ワイン 焼酎
♪ビール 日本酒
♪スコッチ シャンパン
♪ウォッカ ブランデー」
酒の種類が挙げられる。歌詞はそれだけだが、やけに軽快な歌だ。
「♪なぜ お酒を飲むのか
♪きまっとる そこに
♪お酒があるからやぁ〜」
ノリ出した晴子。そして、聖の手をぐいっと引っ張った。
「ほらほら、聖先生も一緒に歌うんや!」
「いや、しかし私は…」
「うちの後に続いて歌ってくれたらええ!ほないくで!!」
「さ、酒がこぼれる!」
乱暴なそれに聖はたじたじ。
結局は立ち上がらされて、歌うこととなってしまった。
「♪お酒」
「お酒」
「♪おいし〜」
「おいしー…」
「♪お酒」
「お酒…」
「次はハモりやでー!」
瞬間的に晴子が告げる。と同時に、更に聖はぐいっと手を引っ張られた。
「「♪うれし〜」」
何故かしら奇麗に調和がなされる。
突発的に歌わされた聖本人にとっては不思議でしょうがなかった。
「♪お酒」
「お酒」
「♪たのし〜」
「たのしー」
「♪お酒」
「お酒」
「「♪よろし〜」」
再び奇麗にハモる。それを聴いて晴子は非常にゴキゲンだ。
「人生楽しまんとな〜♪」
高らかに告げてくいっと酒を飲み、ぷはぁと息をつく。
その顔には幸せの色がいっぱいいっぱいに浮かんでいた。
一方、振り回されっぱなしの聖は苦笑とも似た溜息をつく。
「ふっ、お酒でそんなにも幸せになれる、あ・な・た、がうらやましいな」
精一杯の嫌みを込めたセリフ。しかし晴子には通じなかった。
「な〜に言うてんねん。ほんならあんたも幸せになるか〜?」
言うが早いかテーブルにコップを置き、一升瓶を素早く手に取る。
コップを乗り越えて、聖の口へとそれを迫らせた。
「ほれ、ほれ」
「え?い、いや、いや、いらないいらない」
コップを持った手とは別の手で拒否のサインを送る聖。
しかし更に晴子は迫ってきた。
急接近のそれに圧倒され、聖はどしんとしりもちをつく。
「痛……」
コップから酒がこぼれるのはなんとか防いだが、不安定な体勢だ。
そこへ晴子が当然の様に迫る。
「おらおら遠慮せんと!!」
「いらないいらない!!」
抵抗を試みる聖だが、なんせ状況が不利。そして……
「おりゃ〜!!!」
「んがががが!!」
負けた聖の口に一升瓶の口があてがわれる。
晴子は瓶を両手に持ち、いっぱいに注ぎつづける。
どくどくどくと流し込まれる酒を、彼女はただ飲むしかなかった。

………

やがて、いい程度まで酒を流し込んだ後、晴子は一升瓶をすっと引いた。
元の位置に瓶を戻すと、がははと笑いながら告げた。
「どや?酒ってやっぱりうまいやろ〜?」
うつむいたままの聖。だが、しばらくして上げた顔は真っ赤でにやけていた。
「…んふにゃぁあ〜〜」
「お、お姉ちゃん…」
「ぴこぴこ〜…」
普段は決して見せる事がないであろう顔。そんな印象を佳乃は受けた。
酒が入るとこうも変わるのであろうかといういい例だろう。
「おっしゃー!ほんなら二番いくでー!!」
「おお〜!」
晴子と聖は立ち上がる。二人そろって顔がほころんでいる。上機嫌だということだ。
そして肩をお互いに組んで横に揺れ出した。
「♪ほろ苦なことも
♪あるやろけど
♪幸せのためには
♪努力を惜しまんとな」
歌い出す晴子。聖は手拍子。
佳乃とポテトはそれをただ呆然と見ているだけであった。
「♪それでも疲れたときは
♪くいくいっと飲んで
♪ひとやすみしてみー」
歌詞の内容を表現するかの様に手を足を動かす。
にやけいっぱいの二人は、もはや止めようがなかった。
「あ〜、すまんけど実はこっから先はぜんぜん変えてへんねん」
「構わない構わない。ぱーっと歌おうー!!」
「聖先生がそないに言うてくれるんならよっしゃやー!」
二人揃って大笑い。
待合室という会場はもはや二人の独壇場であった。
「♪あまい」
「♪あまい〜」
「♪うまい」
「♪う〜まい〜」
「♪あまい」
「♪あ〜まい〜〜」
「「♪であい〜」」
「♪あまい」
「♪あまい〜!」
「♪すごい」
「♪すごい〜〜!」
「♪あまい」
「♪あ〜ま〜い〜!!」
「「♪わらい〜〜」」
息がぴったり。ノリもばっちり。
前半に比べると、聖は明らかにとんでいた。
「人生 いろいろや うっしゃ!!」
「うっしゃ〜!!!」
拳をぐっと握って叫ぶ晴子に呼応するように、聖も叫ぶ。
びりびりと空間に響くそれに、佳乃もポテトも思わず耳を塞いだ。
ここで終わりと思いきや、晴子は更に歌を続ける。
「♪お酒」
「♪お酒〜」
「♪おいし〜」
「♪お〜いし〜」
「♪お酒」
「♪お〜さ〜け〜!」
「「♪うれし〜!!」」
「♪お酒」
「♪お酒〜!」
「♪たのし〜」
「♪た〜のしー!!」
「♪お酒〜」
「♪お〜さ〜け〜〜!!」
「「♪よろし〜〜!!」
完全にハマっている。
いわゆる峠、最高潮、てっぺん、頂き……天上天下唯我独尊状態。
「人生楽しまんとな〜〜」
一升瓶片手にんぐんぐとそれを飲んで晴子が告げる。
と、それに対抗するかの様に聖が言葉を発した。
「な〜つはやっぱり冷酒でぽん〜!」
「なーんじゃそりゃー!」
「うははははははは〜!!」
ツッコミをした晴子に聖は大笑い。
驚愕の表情でそれらを見ていた佳乃とポテトは…
「うわわわっ…。
お姉ちゃんと晴子さん、大大大絶好調だよぉ…」
「ぴこぴこ〜…」
ただただ呟くだけであった…。


………………


翌朝。
霧島診療所を一人の少女が訪れた。
神尾さんちの観鈴ちゃん、である。
一晩過ぎても帰ってこなかった晴子を心配して探しにきたのだった。
「ほんっとうにごめんなさい!!うちのお母さん酔いすぎると見境なくなるから……」
ぶんぶんと何度も何度も頭を下げて平謝り。
彼女の目の前には佳乃。その奥の待合室には、がんがんの二日酔いを食らっている聖と晴子が居た。
二人には昨晩までの元気さはまったくない。それどころか、立ち上がる事すら出来ないようだ。
「い、いいよぉ、そこまで頭下げなくても…。
もとはと言えばあたしが、一杯だけならとかお姉ちゃんに言い出したのが原因だし…」
「でもでもでも!…本当にごめんなさい!!
…ほら!お母さんも謝って!!」
部屋の奥に向かって観鈴が叫ぶ。少し顔を上げた晴子だったが、すぐにうつむいてしまった。
「うぇ〜、気分わるぅ〜…」
「あれは飲みすぎたな…」
やっとのことで聖も声を出す。
結局、晴子持参の一升瓶にプラス何本かを二人で飲み干してしまったのだ。
途中で“子供はもう寝る時間や〜!”と追い出された佳乃とポテトは、
詳しい経過を知る前に眠りについたのである。
「これじゃあ今日は診療所お休みだねぇ、お姉ちゃん」
「ああ…」
「もしもの事故があって医療ミスに問われちゃうと問題だもんねぇ」
「そうだな…」
もはや妹の問いかけにも簡単な返事しかできない姉であった。
弱々しい彼女の姿を見て、観鈴はキッと晴子を睨む。
「お母さん!今度から人の家でお酒飲むなんてしちゃ駄目だからね!!」
「そないなつれん事言わんといて〜…あいたたた…」
いつもは元気な晴子も、今はただの弱々しい人。
相当に辛い苦しい様子である。
「まあまあ、神尾さん…イツツ…。
お母さんも悪気があったわけではないんだし…」
「聖先生…」
「晴子さん、あなたさえ良ければいつでも飲みに来てくれ。
少しなら相手をするから…痛たたたた…」
険しい表情ではあったが、聖は穏やかに告げた。
意外なその言葉に観鈴も佳乃も呆然としていた。
が、晴子は口元を緩ませて精一杯笑顔を作った。
「おおきに、聖先生…痛たたたた…」
二日酔い同士、小さな笑いが起こる。
和やかな雰囲気に包まれた後、晴子と観鈴は霧島診療所を出ていった。
やんわりとそれを見送る霧島姉妹&ポテト。
突然の騒動は、あっけなくも平和に幕を閉じたのだった。

<おしまい>


後書き:声優ネタですわ。久川さんと冬馬さんは、ケロとスッピーやってたんで。
“こりゃネタにせなあかん!”と勝手に思い込んで作ったのでした。
つーか強引やな…。晴子さんあそこまで酒癖悪うないやろ…(爆)
まあ無理矢理替え歌やらせる為じゃって思ってくれたらそれで十分です(謎)
あと、本歌の『おかしのうた』をほとんど変えられへんかったんが…。
自分には替え歌の才能は無いみたいやわ(笑)

2001・10・4


























※おまけ話

晴子と観鈴二人が帰った後、聖は早々にベッドへと退散させられる。
そして待合室では佳乃とポテトが腕まくりしていた。
「よぉーっし、今からあたしとポテトでお掃除するよー!」
「ぴこ!」
「…それにしてもお酒くさい…でも頑張らなくちゃ!」
「ぴこ!」
とんとん
扉を叩く音がする。気合を入れてる所へ訪問者の様だ。
「あれれ?今日はお休みの札を出してるのになぁ…」
不思議に思いながら佳乃が出迎えると、そこには観鈴が立っていた。
「あれっ?どうしたの?」
「お掃除お手伝いしようと思って。お母さんが迷惑かけたから…」
「もぉ、そんなに気を遣わなくてもいいのに…でも折角だからお願いするねっ」
「ぴっこり」
佳乃もポテトも笑顔で観鈴を招き入れる。
が、そこで観鈴は少し踏みとどまっていた。
「い、いいのかな…」
「いいもなにも、その為に来たんじゃないの?」
「う、うん…にはは…」
少し笑いながら笑う彼女で、待合室は二人と一匹が居る空間になる。
相変わらず酒くさいのは変わらないが…。
「ではっ!」
佳乃がモップを携えたままびしっと観鈴を指差した。
「キミを待合室お掃除隊3号に任命するっ!」
「え、え?」
「ちなみにポテトは2号で〜…1号はあたしだよぉ」
にこやかに告げる佳乃に観鈴はきょとんとしていた。
しばらくの時間そのままで固まっていたが、元に戻ると観鈴は腕をまくりあげた。
「う、うん。観鈴ちん頑張る」
「よぉ〜し、それではお掃除開始だ〜!」
「ぴこぴこ〜」
何の問題も無いまま、賑やかで和やかな掃除が始められる。
昼過ぎ頃まで続いたそれにより、待合室はとても奇麗になったそうである。

<終わり>


あとがき:本編に更にオチ的に書いたものなんですが…
あんまり意味がないな、と思って分けました。
うーん…でもこれだけの意味もあんまりないんじゃ…まあいっか。
これはちょっとしたおまけ、って事ですから。