小説「AIR」(その名は扇風機)


『ぐるんばっさ』

それは佳乃の余計きわまりない一言から始まった。
「クーラーの当たりすぎは体によくないよぉ」
医学書を引っ張り出して読んできたのか昼間の健康チェックTV番組で見たのか知らないが、
唐突に佳乃はこんな事を言い放ったのだ。
流しそうめんを平和に雑談混じりに食べられる一号艇ならではの意見である。
こんな意見が飛び出したのも、診療所ではほぼ24時間クーラーがつきっぱなしである所為だろう。
もちろんそれは所内全体を指している。佳乃の部屋なども例外ではないのだ。
「そうだな、佳乃の言う通りだ」
一号艇の姉である二号艇がすぐさま同意しやがる。
そして行き着く案は……
「これからは国崎くんに扇風機代わりになってもらおう」
という悲惨かつこの上も無いくらいふざけた案であった。
つーか扇風機くらい家の中にあるはずじゃないのか。
なければ買ってこい。この家はそこまで貧乏じゃないだろうが。
更に言うなら扇風機だって当たりすぎは体に良くないと思わないのか?
それ以前になにより、なんで扇風機が必要になるんだ。
もう一つ付け足すなら、それをわざわざ俺にやらせる理由は何だ。
……しかし三号艇である俺が反論する余地はまったくなかった。
流れに乗って霧島姉妹は、俺を扇風機係に任命したのであった……



そして待合室……。
「うんっ、似合ってるよぉ。どこから見ても往人くんは立派な扇風機だね」
なすがままに、俺は着せ替え人形となってしまった。その結果がこれである。
扇風機とは言うが、外見は単に団扇を両手に構えた好青年だ。
普通と違う点は、でかでかと“扇風機”という文字を書かれたエプロンを身につけているくらいだろう。
「こんな扇風機が実際にいたら怖いぞ」
「怖かったら余計涼しくなっておっけい!怪談話も霊体験も超能力も付いてきておっけい!」
んなわけわからんもんがついてきてたまるか。
で、相変わらずにこにことしている佳乃はいいが……
「おい、そこの後ろ向いてくすくす笑ってる奴」
「ぷ、くく……ん、私の事か?気にするな……ぷっ。に、似合って居るぞ国崎くん」
明らかににやついている。聖のこんな表情も珍しい。
「わぁっ、お姉ちゃんごきげん一番だぁ〜」
「……ふふふふふふふっ、これも佳乃のおかげだ」
「やったぁ〜」
姉妹揃って絶好調だ。
ちなみに俺はもちろん絶不調。
「…で、俺に何をどうしろってんだ」
「扇風機だ」
「そう、扇風機だよぉ〜」
質問の意図がわかってないようだった。
「扇風機はわかった。具体的に何をするかってことだ」
「扇風機だからな……回ってもらうか」
「は?」
「何を驚く。扇風機は羽根を回して風を送るだろう?
国崎くんも同じように回れば問題ない」
てっきり団扇で仰げというのかと思いきや…
ますますろくでもない要求をつきつけてきやがった。
「では往人扇風機始動しま〜す。ぽちっ」
エプロンに“スイッチ”と書かれた箇所を佳乃が指で押す。
仕方なく俺は腕を回転させた。
扇風機と同じく、体の前で平行にぐるんぐるんと。
……たしかラジオ体操にこんなのがあったような気がする。
だが、しばらくして佳乃がスイッチ(本当はスイッチなどないが)を押した。
当然止まる。何故か二人は考え込んだままであった。
「全然風が来ないな」
「お姉ちゃん、もしかして壊れてるのかもしれないよぉ?」
「早速ゴミか。使えんな……」
「じゃあ明日学校へ行く前に佐久間リサイクルへ持っていくよぉ」
姉妹揃って血も涙もないことを言い放つ。
「いきなり捨てるな!!」
「冗談だ」
「そう。冗談だよぉ〜」
顔が笑ってるがイマイチ信用できない。
明日目覚めれば粗大ゴミ置き場に捨てられていそうだ。
「仰ぎ方が悪いのかもしれないな」
「だから普通に仰げばいいだろうが。俺が持ってるのは団扇なんだ」
もっともな案を出してやる。
そう、扇風機とか呼ばずに、素直に団扇で仰げばいいはなしのはずだ。
「えぇ〜?折角扇風機さんなんだから回らなきゃだめだよぉ〜」
切なげな瞳をして佳乃が反論する。
「そうだな。佳乃の言う通りだ」
聖があっさり同調した。何考えてんだこいつらわ…。
「そうだっ!往人くん体を回転させてみてよぉ、コマみたいに」
来るだろうと思っていた案があっさりきた。
要は団扇を水平にのばして、それで俺が回転するのだ。
拒否しようかとも思ったが、聖のメスが飛んできそうな気配だったのでおとなしく従う。
「すいっちおーん!」
佳乃がスイッチを押す。
ぐるんぐるん
俺はその場で回りだした。
「おっ、なるほど。これなら風が来るな」
「えへへっ、涼しいよぉ」
笑顔で和む二人。しかし当然俺は和んでなど居られない。
一分もやっていると目が回ってきたからだ。
だんだんと回転の速度が落ちてくる…。
「どうした国崎扇風機、風力が落ちてるぞ」
聖のそんな言葉を最後に、俺はついに崩れ落ちた。
床にどすんと仰向けに……世界が回っている……。
「わあぁ……」
佳乃が心配そうにのぞき込んでくる。
「おめめぐるぐる……目を回す扇風機ってあたし初めて見たよぉ」
俺は人間だ。
「とりあえずすいっちおふー」
ぽちっと扇風機の電源が切られる。
それでも何も変わらない。ただ床で目を回しているだけだった。
「この回り方もダメか。使えん扇風機だ」
というか人にそんな事させるな。
「そうだっ!でんぐり返しならどうかな。マットを用意してそこでまわってもらうの」
いくらなんでもそれは扇風機の目的とずれまくってるぞ。
「なるほど」
「なるほどじゃねえっ!」
ぽんと手を叩く聖に、俺は起きあがった。
もはやこれ以上の遊ばれ気分は我慢ならなかった。
「あっ、扇風機さん元気になった〜。すいっちおーん」
ぽちっと電源が入れられる。
「ぶおーん」
俺は回りだした。
「……って、やらせるな!!」
回るのを即座にやめた。
「うぬぬぬ、この扇風機さん反抗期だよぉ〜」
どんな扇風機だそれは。
「ともかく俺からの提案だ。普通に団扇で仰ぐのでいいだろう?
いちいち回る必要なんて無い!!」
「えぇ〜?」
「えぇ〜?じゃないっ!!」
佳乃の反論を遮って叫ぶ。
そんなやりとりをじっと見ていた聖は“ふむ”と頷いた。
「わかった。今のままでは効率も悪いしな。素直にあおいでもらうことにしよう」
「やっとそれに落ち着いたか」
「えぇ〜?」
残念そうな声を出す佳乃は無視。
「しかしだ、国崎扇風機にも一扇風機としてのプライドがあるだろう」
「んなもんあってたまるか」
「安心しろ。付属品をつければいいのだ。回る何かを」
「わあっ、さすがお姉ちゃん!」
変な方向へ話が進んでしまった。
要は回る何かが存在するということは欠かせないらしい。
……というか、ここまで扇風機にこだわる理由は何だ。
「さて、何をつけるかだが……」
「はいっ!」
佳乃が手を挙げる。聖を議長とした会議がもう始まったようだ。
「よし、佳乃」
「うんっ。やっぱり回るものだからプロペラだよねえ」
何の意味があるんだ。
「往人扇風機の頭につけてもらおうよ。空に飛んでっちゃうかもしれないけど」
それは漫画の見過ぎだ。
「たしかにいい案かもしれないが…動力は?」
「動力は風だよぉ」
本末転倒な意見であった。
というかこれのどこがいい案なんだ。
「情けないな……。自分を回転させるために風を起こす。
国崎扇風機はそこまで墜ちたか」
勝手に人を堕落物扱いするな。
「もっと別な物がいいだろ?プロペラなんて…」
シュッ
聖の手元でメスがきらりと光り、俺に向けられた。
「扇風機といえど、発言は手を挙げてからにしてもらおう」
「………」
もはや人間扱いをされてないって事だろうか。
しかし特に反論はせずに挙手を行う。
「よし、国崎扇風機」
「……コマはどうだ」
「コマ?」
「そうだ。仰いでる傍らで、回し続ける」
無難な線でせめてみた。と、ここで佳乃が挙手をする。
「よし、佳乃」
「どうせだったら往人扇風機の頭の上で回そうよぉ」
心のどこかでおそれていた意見が出されてしまった。
素早く挙手を行う。
「よし、国崎扇風機」
「それで頭が薄くなったりしたらどうするんだ。俺は嫌だ。
それに回すのも大変だぞ。おかげで仰ぐのがおろそかになるぞ」
「ふむ、国崎扇風機の言うことももっともだな。却下だ佳乃」
「うぬぬぬ〜、残念だよぉ〜」
意外にも俺の意見を、まともに聖は受け入れた。
そしてあっさり佳乃は引き下がったが、どうも安心できない。
というか俺達はなんて馬鹿な会議をしているんだろう。
「さて、いいかげん回す物を決めないとな」
んなもん無理矢理決めるより回す物をなしにしやがれってんだ。
「……議長の私が提案するが、いいか?」
「うんっ、もちろんだよぉ」
ろくでもない案だとは思ったのだが、佳乃がOKを出したので俺も頷いておく。
これにそろそろ落ち着きそうだな。
「よし言うぞ。私の案はフラフープだ」
案の定ろくでもなかった。こんなんで落ち着いてはたまらない。
「うわぁ、往人扇風機おっしゃれぇ」
どこがだ。
速攻反論してやろうと挙手をした。
「これなら目が回ることもあるまい。そしてちょっとした運動にもなる」
「なるほどぉ。さすがお姉ちゃん」
無視された。
「はいっ!」
諦めずにもう一度挙手。今度は声つきだ。
「ではこれに決定だな。フラフープ付きの国崎扇風機だ」
「凄いよぉ、これは。世界初の発明品で特許とれてガッポリ儲けられるよぉ」
こんなんで儲けられれば誰でも億万長者だ。
「というか無視すんな!俺が手を挙げてるだろうが!!」
「もう会議は終わったぞ」
「ふざけんな!俺はフラフープなんて回さないぞ!!」
「では他に何かいい物があるか?無ければフラフープだぞ」
真剣な目つきで問い返してきた。
どうしてここまで真面目になれるのか俺にはさっぱりわからない。
それでも俺はふいっとある物を思い浮かべることが出来た。
「皿なんてどうだ」
「皿?」
「仰いでる手と別の手で回す。フラフープより現実的だぞ。
もっとも、落として割ってしまうと危ないがな」
「………」
聖の顔が少し険しくなった。
つーか余計なことを言いすぎてしまったかもしれない。
このままではフラフープに……
「やはりフラフープだな」
ぐは…
「指で回すぐらいのサイズだ。それなら文句ないだろう」
「そうだねぇ。往人扇風機の体力を考えるとそれが妥当だよねぇ」
「………」
思いきり不自然に、最後には落ち着いた案に決定した。
つまり、片手で団扇を仰ぎながら、片手は指先でくるくるとわっかを回せということだ。
最初っからこういう無難なものを出せという気もするが……。
そして俺はその日の夜から本格的活動を開始した。
聖がカルテを書く横で団扇をぱたぱたぱた。同時に小さなわっかをくるくるくる。
佳乃が勉強する横で団扇をぱたぱたぱた。同時に小さなわっかをくるくるくる。
…そっこー疑問を感じ始めた。
「なあ佳乃」
「なあに?」
「俺はなんでこんなことをしてるんだろう」
「それはもちろん、往人扇風機の宿命だからだよぉ。
頑張ってね。後でご褒美に電気とガソリンと石油を補給してあげるよぉ」
んなもんいるか。
「素直に普通の飯を食わせてくれ」
「好き嫌いは駄目だよぉ。でもわかった。
あたしが腕によりをかけて美味しいものつくってあげるね」
…それも遠慮したい。
「インスタントか出前で十分だ」
「うぬぬぬ〜、どうして相変わらず往人扇風機は反抗的なのかなぁ」
反抗したくなるようなセリフを投げかけてくるからだろ。
「よーし、こうなったら…」
勉強をやりかけにして、あおぐ俺の目の前に佳乃はちょこんと座り込んだ。
思いっきり顔を近づけてくる。
「お、おい、何をする気だ」
「いいからおとなしくしててよぉ」
どんどんと顔は迫ってくる。
こ、このままでは……
とか思っていたら、ある程度の距離を置いて佳乃は近づけるのを止めた。
そして、おもむろに口を開ける。
「アー、ワレワレハ、トオイホシカラキタウチュウジンダヨォ」
「………」
くだらない遊びだった。
経験者の俺からすれば、こんなものをわざわざするのは相当暇人な証拠だ。
それより、これで扇風機の反抗を押さえようというのだからどうかしてる。
「お前な……」
「…やーめた。全然面白くないねぇ」
当たり前だ。
「さ〜て、くだらないことやってないで勉強勉強!」
俺はそろそろ寝たい。
「あっ、往人扇風機。今晩はずっと動いててね」
ふざけんな。
「佳乃が寝たら俺も寝る」
「え〜?扇風機は寝ないよぉ」
「タイマーが付いてるんだ」
「じゃあ8時間後切れるにセットだぁ」
しまった。余計なことを言ったかもしれない。
「あと8時間、しっかり動いてね。あ、首振りにしようっと」
ぽちっと頭を押される。
俺はゆっくりと体を動かしながら、団扇を仰ぎ続けた。
「うんっ、ばっちりだよぉ。よーし次は強風だー」
ぽちっと腕を押される。俺はあおぐスピードをあげた。
ぶわわっ
「わっわっ、ノートが飛んじゃうよお!」
バラバラと勢いよくページがめくれてゆく。
佳乃は重しを乗せると俺のとこまでやってきた。
「やっぱり弱風にしようっと」
ぽちっと腕を押される。俺はあおぐスピードをさげた。
……いいかげん俺はむなしくなってきた。
「俺やっぱもう寝たい」
「だらしないねぇ。そんなんじゃあ弱肉強食の世界に生き残れないよ?
リヤカーに運ばれてゴミの楽園へ連れてかれちゃうよ?」
「何と言われようと、俺は寝る」
「覚悟を決めたんだ…さようなら、扇風機さん」
名残惜しそうに佳乃ははんかちを振る。
更には涙まで流し始めた。演技だろうが…。
「わかったよ、寝るまで居てやる」
「うんっ。よろしくたのんだよぉ」
ころっと笑顔に戻る佳乃。
やれやれと思いつつも、俺は再び業務に戻った。
こうして、クーラーを使用しない霧島家の夜は更けていく……。

<おしまい>


あとがき:何が何やらわからん話です。どうもこういうの多いなあ……。
(私的都合によりポテトは出してません)
で、佳乃りん、まだまだです。とてもじゃないですが、
“超A級の腕前だから各国からの依頼がひっきりなしで貧乏暇ナシなんだよぉ”
なんてものに匹敵するものが書けません。(おいらにゃやっぱ無理だ)
その前に話をきっちり書けって言われそうですけどね(爆)
2001・6・13