小説「AIR」(びしっと妙案)


『突っ込め!』

それは雲一つない青空が広がる、とてもとても暑い日。
いつもの堤防に座り、海からの風を受けて暑さをしのぐ。
俺は空を見上げながら考え事をしていた。
「観鈴の口癖、さっぱり直らないよな…」
“がお”という言葉を発したらぽかっと叩く。
晴子の口からそういう許可も出ているのだが……
叩いても叩いても一向に直る気配はない。
更には、叩いた後にまで“がお”などと言ってしまう時もある。
このままではいつか、俺はただの暴力青年というレッテルを貼られてしまうかもしれない。
冗談じゃない。俺はただ晴子に言われてるだけ…
「じゃないな、よく考えれば」
がおじゃなくても、色んな場面で殴ってる。
いかん、やっぱり暴力青年のレッテルを貼られてしまう。
子供に夢を与える人形使いがこんなことでどうするんだ。
考えろ国崎往人。殴るじゃなくて別の方法を…。



「えっ、ツッコミ?」
補習が終わった観鈴と一緒の帰り道。
俺は考えついた案を彼女に話していた。
「そうだ。ぽかっと殴るんじゃなくてびしっと突っ込むという事に変更する。
なんでやねん!ってな風にな」
「どうしてそういうことにしたの?」
「今のままじゃあ観鈴の口癖は直らない、そう思ったからだ。
これからは徹底して突っ込むからな!」
「が、がお…」
いきなり言うとは…。早速試すチャンスだ!
「なんでやねん!」
びしっ
「はうっ!」
俺の裏拳は見事観鈴にヒット。
だが、観鈴はお腹を押さえてその場にうずくまってしまった。
「どうした?」
「往人さん……みぞおちは……キツイ……」
「これしきのことでくじけるな。芸の道は厳しいんだぞ」
「わたし芸人じゃないのに…」
苦しそうな顔で反論する。
同時にとても嫌そうだというのがはっきりと見て取れた。
そのまま待つこと数分。回復して立ち上がった観鈴に尋ねてみる。
「…突っ込みは嫌か?」
「殴られる方がまだマシ」
殴られる方がマシだと?しかしそれならば好都合だ。
「ならなおさら効果があるだろう。がおを直すためにも俺は突っ込みを続ける。」
「が、がお…」
むっ、また言ったな!?
「なんでやねん!!」
びしっ!
「あうっ!!」
今度もみぞおちにヒットしたみたいだ。観鈴は再び道路の真ん中にうずくまる。
「うう、こんなのあんまりだ…」
たった二回なのに既に泣きそうだ。
だが、俺は心を鬼にして告げてやる。
「辛いか観鈴。しかし、辛ければ辛いほど乗り越えた時の効果は大きい。
頑張って突っ込みに耐えろ。いずれ“がお”がなくなるはずだ。」
「が……う、うん」
おおっ、言いかけて我慢した!
効果は既に現れているに違いなかった。
「でも、往人さんの突っ込み厳しすぎるよ。もうちょっと優しく突っ込んで」
「あのなあ、それだと意味が無いじゃないか。きつい突っ込みだからこそ効くんだろ?」
「それはそうだと思うけど…」
「観鈴ちんは強い子だ。だからどんな強烈な突っ込みにも耐えられる。
たとえタライでも、ハリセンでも、バイクではねても、二階の屋根から落としても。」
「わたしそこまで強くない…」
「ひ弱だな。俺は全部経験したぞ」
「…嘘でしょ?」
「ふっ、ばれたか」
冗談のつもりで俺は言ってやったのだ。
だが、途端に観鈴の視線がきつくなった。
にらみをきかせながらゆっくりと立ち上がる。
「どうしてそんな嘘つくかなあ…」
「うそも方便というだろう」
「嘘は良くないよ。罰としてこれおごって」
たたたっと駆けていった観鈴がとんとんと指で叩いたのは自販機だった。
どろり濃厚シリーズを唯一置いてある、貴重であり奇特な自販機だ。
「………」
すたすたすた
俺は無視して歩き出した。
「あっ、待ってよ往人さん!」
後を慌てて駆けてくる観鈴。ぐいっと腕を掴まれた。
「どろり濃厚〜」
「おごらない」
「おごっておごって〜」
「おごらないったらおごらない」
数分間格闘を続ける。
最終的に観鈴は諦めた。
「ケチなオタマジャクシさん…」
「誰がオタマジャクシだ」
「往人さん」
「オタマジャクシでもなんでもいい。ケチでもいい」
「が、がお…」
む!
「なんでやねん!」
ふにっ!
ふに?この感触は……
「わ…!」
今度はみぞおちにヒットしなかったようだ。
「往人さん胸さわったー!!」
「つ、突っ込みをミスしただけだ!」
「酷い…どうしてそんな嫌がらせするかなあ…」
非常に非常に冷たい視線が送られてきた。
顔をそらすも、背後からびしびしと突き刺さる。
いたたまれなくなり、俺はダッシュして逃げ出した。
「うちまで競争!」
「わ、ズルイ!触り逃げ!!」
「人聞きの悪いこと叫ぶなー!!」
「だって事実!!」
「どうしろってんだ!!」
「どろり濃厚全部おごって!!」
「んなもんできるかー!!」
言い争いながら、走りながら、俺と観鈴は家へとたどり着いた。
玄関で一息つく。はあはあと息が荒い。
更にこの暑い中運動したんで汗でびしょびしょだった。
「はう、しんどい……」
「誰の所為だ…」
「もちろん往人さん」
「話は後で聞いてやる。まずは汗を流したい」
「日光浴してたら汗も乾くよ」
こんな暑い中誰がそんなことするか。
「俺はシャワーを使いたいんだ」
「庭に水撒き用のホースがあるからそれ使って。
さーて、わたしはシャワー浴びてこよーっと」
冷たい言葉を言い放ち、観鈴は家の中へ姿を消した。
むう、失敗した突っ込みが思った以上に悪影響を及ぼしたみたいだな。
そのまま思案しながら、観鈴がシャワーを浴び終えるのをじっと待っていた。
待つこと十数分。さっぱりした顔を見せて観鈴は玄関に登場。
「あれっ、往人さんホース使わなかったの?」
まだそんなこと言ってるのかお前は。
「あんな目立つところで裸になんか成れるか」
「服のまま浴びたらいいじゃない」
いつになくキツイ言葉を浴びせる観鈴であった。
「…怒ってるのか?」
「怒ってないよ、にはは」
思い切って尋ねてみると笑顔を見せた。
しかし明らかに怒気をはらんだ笑顔であった。にははも棒読みだ。
「すまん、俺が悪かったから。」
「何のこと?」
「突っ込みをミスして観鈴の胸に触ってしまっただろうが。
本当にすまなかった。謝るから許してくれ」
恭しく頭を垂れてみた。
これくらいしないと許してもらえそうになかったから。
このままでは昼飯抜きを宣言されかねなかったし。
「…本当に反省してる?」
「ああ、反省してる。海より深く反省してる」
「…じゃあ許してあげる。」
ふうと息を付いて観鈴の口から出た言葉に、俺はすっと顔を上げた。
「ほんとか?」
「でもこれからはあんな突っ込みやめてね。みぞおちも却下」
「わかった。約束しよう」
「じゃあ往人さんシャワーでも浴びてて。その間にお昼ご飯作るから」
最後にいつもの笑顔を見せて、観鈴はすたすたと歩いていった。
折角の突っ込み案がもう崩れ去ってしまうとは……。しかし昼飯にはかえられまい。
それにしてもシャワーったって、既に手遅れの気もするが…まあ浴びないよりはいいか。
俺はいそいそと玄関に上がり、風呂場を目指した。

十分後、やっと体がさっぱりした状態で台所へ顔を見せる。
み――ん!!
「おっ、我は見たりラーメンセット」
じゃない。
「往人さん、セミっセミっ!」
おそらくは換気扇から侵入したのであろうセミが、台所を所狭しと飛び回っている。
鍋のふたを振り回しながら観鈴は慌てふためいていた。
「掴んでやってもいいが、条件が一つある」
「えっ、えっ?」
「なんでやねん!を認めろ」
「が、がお…」
困ってるみたいだ。
しかし残念だ。つい先ほど突っ込みはやめると約束したから突っ込めない。
ここぞとばかりに使うなんて卑怯だぞ。
それはさておき、改めて尋ねてやる。
「さあどうする?」
「うーん……わかった……」
心底嫌そうな顔をしながらも観鈴は頷いた。
ぱしっ
同時にセミを素早く掴んでやる。
そして俺は意気揚々と踵を返した。
「心配するな、みぞおちにはしないから。もっと耐えられそうな場所に突っ込む」
「そうして欲しい…」
「そんなことより、昼飯を早く頼む」
「う、うん」
いそいそと準備に戻る観鈴を背に、俺は台所を後にした。
玄関まで出たところでセミを離してやる。
そいつは“み――ん”と元気良く飛び立っていった。
さらばセミ。そしてありがとうセミ。お前のおかげでツッコミは復活だ。
にやりと笑みを浮かべながら、俺は台所へと戻っていった。

しばらくして出来上がる昼飯。椅子に座っていただきますを告げる。
ラーメンセットならぬソーメンセットを俺と観鈴は食していた。
「やっぱり夏はソーメンだね」
「………」
「往人さんどしたの?」
「いや、流しじゃなくて良かったなって。
野山にまじって竹を切ってこなければならないところだった」
「にはは、さすがに流しソーメンは無理だよ」
つるつるというのどごしを味わいながら、観鈴が笑う。
時たま、口に入る際に麺に付いていたツユが飛び散っていた。
ぴっ
それが目に直撃した。
「……観鈴、やったな」
「え?何が?」
「気づいていないのか?俺に攻撃を仕掛けておきながら」
「わたしそんなことしてないけど…」
「ふっ、お返しだ」
観鈴の否定を流し、素早く俺もすすってやる。
ズズズズッ!……ぴぴっ
ねらい通り、ツユは勢いよく飛び散った。
「往人さん、お行儀悪い…」
「………」
しつけの様な言葉で流されてしまった。
「くっ、やはり流しソーメン」
「………」
その後は滞り無く食事はすすみ、そして終わる。
座って居間でくつろぐ。食器も少なかった所為か、
観鈴はあっさりと洗い物を終えてやって来た。
手にはカードの束を持っている。
「往人さん、トランプしよ」
「断る」
「七ならべと神経衰弱どっちがいい?」
「俺はやらない」
「あっ、でも二人ならスピードが出来そうだね。じゃあそれにしよ」
聞いちゃいねえ。
ぽかっ
「イタイ…なんで叩かれないといけないかな…」
「俺はやらないっての」
「が、がお……」
むっ!突っ込みのチャンス到来!!
“しまった”という顔をした観鈴を先取り、俺は手を振り上げた。
「なんでやねん!」
ばしっ!
「あぐっ!!」
背中に俺の平手がヒット。
たまらず観鈴はエビぞりになった。
「ひ、酷い…。ここまできつく叩かなくても……」
「みぞおちに戻そうか?」
「それもヤダ……」
「なら我慢しろ」
「だからもうちょっと優しく突っ込んでって言ってるのに。
どうしてここまで激しくするかなあ…」
1,2分ほどして痛みが治まってきたのか、観鈴はようやく体を元に戻した。
「……なんか背中がひりひりする」
「日焼けしたんじゃないのか」
「往人さんが叩いた所為だよ。跡が残ったらどうしてくれるの」
「そんなわけないだろ」
「やっぱり突っ込みなんて方法は却下」
「なんでやねん!」
今度は言葉だけ返してやった。
それでも観鈴はびくっとなって後ずさる。
「……びっくりした。往人さんタチ悪すぎ」
「条件反射だ」
「こうなったらもう口癖の事なんてわすれてよ」
「それは未来永劫無理だな。諦めろ」
「がお……あっ!い、今がおって言ってない、言ってないよ!」
いつになく慌ててる。
両手をつきだしてぶんぶんと上下に振っているその姿を見て、なんか不憫に思えてきた。
まるで虐待を受けている子供のようじゃないか。
俺は結局観鈴に乱暴をはたらいているんじゃないだろうか。
「心配するな。優しく突っ込むことに今決めた」
「えっ?」
「なんというか、そういう気分になったんだ」
「そうなんだ…」
「というわけで…なんでやねんっ」
むにっ
むに?
また胸に触ってしまったのか?
いやそんなはずはない。俺は背後に平手をかましたはずだ。
「わわわっ……往人さん今度はお尻触ったぁー!!!」
「へ?」
「あんたとはもうやってられへんわー!」
「ぬをっ!?」
どげしっ!!
「ぐはぁっ!!」
超強烈なびんたが俺の頬を炸裂。
倒れるどころじゃなく、俺は壁まで吹っ飛んだ。
ふっ、観鈴にこんな力があったとは……。
しかもあのセリフ、晴子直伝なのかもしれない。
「って、なんなんだ最後のつっこみわああ……」
「決めた!観鈴ちん、突っ込みには突っ込みで返す!!」
部屋の端っこで崩れ落ちる俺が見たのは、
ゴゴゴゴと何かを燃やしながら立ち上がる観鈴であった。
冗談じゃない、どっちもツッコミになったら漫才じゃなくなる。
……じゃなくって、あんなのが返ってきたら俺の身がもたなくなる。
「観鈴……やっぱりツッコミは無しって事で」
「が、がお。残念……」
む!?
「なんでやねんっ」
びしっ
…し、しまった。
後悔したときには遅かった。
観鈴の背中に触れている俺の手を取り、観鈴がにははっと笑う。
「あんたとはやってられへんわー!!」
ばちこーん!!
「ぐはあっ!!」
さっきとは反対側の頬にくらった。
もはや俺の顔は真っ赤に腫れ上がってるに違いない。
「にはは、こういう遊びも面白いかも」
「そんなんあってたまるか」
しかしなかなかどうして、俺達二人のやりとりは夜まで続いていた。
ツッコミにツッコミが重なり……
結局完全にやまったのは晴子が帰ってきてからだった。
俺よりも観鈴よりも、より強烈なツッコミをかましてきたからだ。

「あんたらええかげんにせんかいー!!!」

余談:結局観鈴の口癖は今も健在である

<ちゃんちゃん>


あとがき:書き始めた当初はそれなりにいい案だと思ってたんですが……
なんやねんこの話は、って感じですねえ。
終わり方といい進み方といい、えらい中途半端やのう…。
なんか改良する気も起きへんわ(爆)
2001・6・9

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