小説「AIR」(トランプはお好きですか?)


『熱中しよう』

それは虫の声が辺りに響く、静かで騒がしい夜のことだった。
ぴらっ
「にははっ、当たり〜」
「俺が合わせそこなったやつだから当たって当然だろ」
「でも当たりは当たり〜」
「………」
今俺と観鈴は居間でトランプをしている。
すべてのカードを裏返しにして場に並べ、同じ数字を引くと獲得できるという神経衰弱だ。
俺の記憶力より観鈴の記憶力が凄いのか、または観鈴がトランプ自体に強すぎるのか、
俺は連戦連敗だった。
「はい、次往人さんだよ」
「おし……うりゃっ!!」
ばばっと両手でカードをめくる。
……ハズレだった。
「残念〜。ジョーカー引いたから一回休み〜」
「くそ……」
52枚の数字にプラスしてジョーカーも何枚か混ぜてある。
ジョーカー同士で合わせないと一回休みを食らうという嫌なルールだ。
「往人さん、さっきもジョーカー引いて休みになってたよ?」
「油断しただけだ」
「わ、余裕。でも観鈴ちんは手加減しないからね」
笑顔でカードを合わせて行く。
油断なんてハッタリだ。ジョーカーを混ぜたルールは、正直言って俺にはキツイ。
ただでさえカードを忘れやすいのに、このままだと更に負けが込む。

『……頼む、少しは手加減してくれ』
『いいよ、ハンデいくらくらいつける?』
『いくらでもいいぞ』
『じゃあ20組くらいどうかな』
『よし、それなら絶対勝てる!』

……なんてことになったら情けなさ過ぎる。
そろそろ汚名挽回を……!
「あ、もう終わったよ」
「なぬ!?い、いつの間に……」
拳を握り締め、気合ためをしている間に観鈴が残りをすべて合わせ終わってしまっていた。
結果、26+2組が22:6という悲惨な結果になってしまった。
「くそ、また負けた…」
「もう一度やる?」
「いや、別のゲームをやろう。トランプでピラミッドを作る!
制限時間内に多くの段を作れたほうの勝ちだ」
「わ、難しそう……」
普段からのんびりしたペースの観鈴だ。
このゲームなら勝てる!他のゲームは負けばかりだが!
……なんだかむなしい気がするのはなぜだ?
「じゃあ早速始めよう。五分で何段作れるか!」
「了解」
トランプをきちんとそろえ、観鈴が構える。
俺は時計を見る。やがて秒針が12の所に来る。
「始め!」
「いっくよ〜」
えしょえしょと観鈴がピラミッドをくみ出した。
一段目はなんなく終えた様だが、ここから先が難しくなる。
なんといっても、ひとたび上段が崩れると下段にまで影響が出るからな。
案の定、観鈴はかなりローペースになった。
三角状になったカードをそろりそろりと上に置いて行く。
ぽん
「ふう」
そろりそろり……
ぽん
「ふう」
一つ置くたびに息をつく。こんな調子だと時間が足りないぞ?
しかし、三段目にとりかかろうとしたその時、事件は起こった。
ぽん
「ふう」
ぐらぐらっ
「わっ、わっ」
知らない間に観鈴の口から漏れていた息がピラミッドに直撃していたのだろう。
それはトランプのバランスを崩すことなり……
バラバラバラっ
「ああ〜!」
一部を残して、ピラミッドはあっという間に崩れ去ってしまった。
茫然自失。今までの苦労が水の泡だな。
「が、がお……」
ぽかっ
「イタイ……なんで更に酷い目に遭わないといけないかな……」
「すまない、つい」
「手を出すの明らかに往人さんの妨害…」
「そ、そうだな…」
どんな理由があろうと、挑戦者の邪魔をするのはよくない。
反射的に手が出てしまったことを俺は素直に謝った。
「ばつとしてペナルティー払って」
「ペナルティー?」
「ペナルティーはどろり濃厚ジュース1ダース買ってくるの」
そんなペナルティー嫌過ぎるぞ。
「心配しなくてもひと箱分けてあげる」
ますます嫌だ。
「ボーナスとしてゲルルンも分けてあげる」
更に更に嫌だ。
「ペナルティーの話は後でいい。そんなことよりもう時間だぞ」
「えっ?」
時計を指差してやると、丁度そこで五分が終わった。
観鈴の記録は一段だ。
「ズルイ……。往人さん邪魔した……」
「お前がペナルティーの話なんか仕出すからいけないんだろ」
「が、がお……」
ぽかっ
「イタイ……」
「さて、次は俺だ。観鈴、しっかり時間計ってくれ」
「う、うん……」
涙目の観鈴と席を交替。
一段という記録が相手なら楽勝だ。しかし、それだと可哀想だな。
俺にも情けというものがある。
「観鈴、ハンデをくれてやろう」
「ハンデ?」
「そうだ。俺にマイナス3段のハンデを課すがいい。」
「ええっ、いいの?」
「ああ、もちろんだ。そしてそれで俺が敗れたらペナルティーを払ってやろう」
「あ、それナイスアイデア」
「いややっぱり待て。あのペナルティーはきついものがあるから別のにしてくれないか?」
ピラミッド組で負ける気はしないが、万が一と言う事もある。
あのジュースだけは俺は飲みたくなかったしな。
「うーん……じゃあ明日お休みだから、一日ずっとトランプやりたいな」
「げっ……ま、まあいいだろう」
「やった。約束約束」
「あ、ああ」
指切りを交わす。はっきり言って濃厚ジュースより洒落になってないかもしれない。
まあいい、俺が勝てば問題なしだ。
「じゃあいくよ」
「ああ」
「スタート!」
観鈴の合図により、トランプピラミッドが組み立て始められる。
俺はだてに普段人形を動かしたりしてるわけじゃない。
あれは実はバランス感覚をも鍛えている、それが最近分かった。
すいすいすいとピラミッドを組み立てていく。
あっという間に三段完成だ。
「さて、あと二段作れば俺の勝ちだな」
「往人さん、凄い……」
「ふっ」
素直に感心している観鈴を横目に、四段目にとりかかる。
短時間で問題なくそれは完成した。
口をぽかんと開けたまま見ている観鈴に時間を聞く。
「おい観鈴、後何分だ」
「え、えっと……多分一分」
「あのなあ、ちゃんと計ってろよ?」
「う、うん…」
まあどのみち、一分もあれば上等だ。俺の勝ちは決まったようなもんだな。
悠々と五段目を乗せようとしたその時だ、事件は起こった。

ぶろろろろろろ……

「ん?」
田舎にはあまり似つかわしくない低いエンジンの音。
ま、まさか!?
「ま、待て待て、まってくれー!!」
五段目を置こうとしたその瞬間…

どがしゃーん!!!

居間が激しく揺れる。そして…
ばらららららっ
「ノオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
「あっ、お母さん帰ってきたね〜」
呑気に声を上げている観鈴だが、俺には大変極まりないことだった。
約四分で組み立てたトランプピラミッドは、あっという間に崩れ去ってしまったのだ。
しかも観鈴の時みたく残っているものは何一つないときたもんだ。
「あと30秒だね」
「お、おい、ちょっと待てっ!」
「心配しなくても、時間はちゃんと計ってるから」
「だあああ!!」
慌ててピラミッドを組み直す。
すすすすすすす……ばらっ
「ぐはあっ!」
慌てるとすぐに崩れてしまう。
「10秒前。きゅう、はち、なな、ろく……」
某対局の秒読みを真似て、観鈴がカウントし始めた。
やばいやばいやばいー!
「ごー、よん、さん、にい、いち、ぜろ。おっしまい〜!」
「………」
一段たりとも組めなかった。
完全に放心状態だ。
「ハンデを勘定しなくてもわたしの勝ちだね。
ぶいっ」
高らかかにきめのピースサインを出してくる。
完全に俺はやられてしまった。
がらっ
「帰ったでぇ〜」
「お母さんお帰りなさ〜い♪」
ゴキゲンな声で観鈴は駈けていった。
娘のぴんちを救った母親。すなわち、俺の妨害をした晴子が帰ってきたのだ。
「なんや観鈴、えらいごきげんやなあ」
「うんっ。ありがとうお母さん」
「は?うちなんかしたか?」
「ううん、なんでもない。なんでもないよっ♪」
落ち込んでる俺をよそに楽しそうな会話が聞こえてくる。
しばらくして、その主二人が居間に姿を現した。
「おっ、居候。……どないしたん?えらい沈んどるやないか」
「………」
「ま、居候が沈んでもうちには関係あらへんけどな〜」
相変わらず酒臭い。今日ほど晴子の酒のみ癖を恨んだことはなかった。
「にははっ、わたしもう寝るね。あ、トランプ片付けないと」
てきぱきてきぱきと机の上にちらばったトランプを整理する。
すべてしまわれたケースを手に、観鈴は立ち上がった。
「おやすみ〜」
「あ、ああお休み」
手を振りながら観鈴は駈けていった。
何がなんだかわからずにいた晴子はそれに手を振り返す。
「なあ居候、観鈴なんかあったんか?」
「………」
「喜んどるんはええことやけどな。ありがとう言われるし、何も知らんときしょくわるいわ」
「………」
「居候も居候でどないしたんや、ずっと黙っとるやないか」
「………」
「…ま、ええか。着替えてこよ―っと」
俺の心中なんてどうでもいいみたく、晴子は部屋を後にした。
そして数分と経たないうちに居間に戻ってくる。
「さ、飲もうか。居候ももちろん飲むな?」
手には一升瓶。それがどんと机に置かれる。
ちらりと見て、無性にやるせなさが込み上げてきた。
あれは不可抗力だ。しかし俺自身も作業中に観鈴の頭を殴ってる以上強くは反論できない。
明日一日中トランプ三昧なのはもう決定したも同然だろう。
別にそれが嫌というわけでもない。
ただただ、ピラミッド組みに負けたことが非常に腹立たしかった。
「当たり前だ―!!飲ませろ、こんちくしょー!!!」
「お、おおっ?今晩は二人とも変や〜!」
「うるさいっ!瓶貸せ瓶!」
酒瓶を取り上げ、ふたをきゅぽっと開ける。
そして…
「んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ……」
「待たんかい居候!!うちの分までの飲むなや!!」
体を揺さぶる晴子に構わず、俺は酒を思う存分喉に流し込んだ。
どんっ
「ぷはーっ」
「……あ、ああ…うちの酒が…」
一升瓶の中身は、ほとんど空に近かった。
「俺は寝るっ!」
しゅたっと手を振り上げ、ふらふらしながら俺は納屋に向かっていった。
あとには、ただ俺の後姿を見つめる晴子がいた。
「一体なんなんや、わけがわからんー!!」
珍しく晴子の動揺した声が聞こえた。
得をしたような損をしたような複雑な気分で、俺は眠りにつくのだった……。

翌朝。激しい頭痛と吐き気に見まわれながら俺は目覚めた。
さすがに一升瓶は効いたな……
(それよりよく一気にあれだけ飲めたな)
母屋にあがると、既に観鈴は起きて朝食を作っていた。
「トランプ♪トランプ♪」
なんとも楽しそうに歌を歌っている。
そうだ、今日は一日観鈴とトランプだった。
約束した手前むげに断るわけにはいかないのだが、
果たして俺のこの状態でまともに相手が出来るかどうか……

1.逃げ出す
2.おとなしくトランプをする

当然1だ。
「あっ、おはよう往人さんっ」
行動に移す前に見つかった。
「早く朝食食べよ。そんでもってトランプしよっ」
さわやかな笑顔だ。それにくらべて俺の顔はどれだけ淀んでいることだろう。
……酒の所為じゃないか。
「悪いが観鈴、俺は二日酔いで……」
「大丈夫。二日酔いに効くメニューだから。
お母さんがそれになった時、たまに作ってたんだよ」
準備万端のようだ。もはや腹をくくるしかないか。
おとなしくできた朝食をいただく。
「いただきまーす」
「いただきます……」
見た目には平凡なメニューだ。ごはんに味噌汁などなど。
おこめぞくにとってはこれが普通、だろう。
もぐもぐとそれらを食す。
「ん?」
途端に不思議な感覚にみまわれた。
すうーっと何かが吸い寄せられてゆく。
気付いたときには、あれほど重くなっていた頭が妙に軽かった。
「痛みが…消えた?」
「良かった。二日酔い治ったんだね」
「うそだろお?でも、本当に消えたな……」
「にははっ、観鈴ちんすごい」
凄いどころじゃない気もするんだが…。
もはやこれは家事が器用だとかいうレベルを超えている。
こいつには医者の才能があるのではないだろうか?
朝食を食べ終える頃には、調子はすっかり元通りになった。
首をかしげながら居間で過ごす。
その後、洗い物を終えた観鈴が、トランプ片手にやってきた。
「お待たせっ。さ、トランプやろ」
「あ、ああ」
いい意味での執念というものを感じる。末恐ろしい娘だ。
「まずは何をする?二人でできるものがいいよね」
「晴子はやっぱりまだ寝てるのか?」
「ううん。珍しく早く起きてもうでかけちゃったよ。
なんだか不機嫌そうだった。往人さんに“今夜は覚えとけや”だって」
「げ……」
そういえば晴子の分の酒を俺がすべて飲み干してしまったんだった。
報復が恐ろしい。今夜は晴子が帰ってくる前に納屋に退散しておこう……
って晴子はまず納屋にくるじゃないか!!
くそ、今夜は野宿か…。
「往人さん往人さん、さっきから黙っちゃってどうしたの?」
気が付くと観鈴がトランプを手に、急かすような瞳で見つめている。
そうだな。とりあえずは彼女との約束を果たすとしよう。
「なんでもない。さて、何をする?簡単なルール、そして二人で出来るものだ」
「大富豪…は無理だよねえ」
きゅぴーん!
「何を言う、そんな金が儲かりそうなゲームやらずにおくか!!」
「……ルール知ってる?」
「知らない」
「じゃあダメだよ。それに二人じゃあ面白くないし」
「む、そうか。残念だ……」
名残惜しそうな瞳で観鈴を見つめる。
「……大貧民、そんなにやりたい?」
「ああ!…ってちょっとまて。大貧民?」
「うん。色々名前があるの。でもルールはほとんど同じだよ」
「貧民なんて縁起の悪そうな名前はやめてくれ。大富豪だ、大富豪」
「どっちでもいいけど……ルール教えるのが難しい」
「がんばれ観鈴ちん」
「…わかった、頑張る。観鈴ちん、ふぁいと」
「その意気だ」
そして始まる観鈴の講義。
五分経過……
「…わからん」
「だから難しいって言ったのに」
「仕方ない、別のゲームにしよう」
あっさり投げ出した。
「えーと、カブはどうかな?」
きゅぴーん!!
「観鈴、ぬしも悪よのう」
カブ。またもや儲かりそうなゲームではないか。
「あ、でもわたしルール知らないや。名前だけ知ってる。にははっ」
「…やめちまえ」
人の心をもてあそぶとは許すまじ。
俺はぷいっと横を向いた。
「わー待って待って。じゃあダウトしよ、ダウト」
「ダウト?」
「うん。順番に裏返しに数字を出していって、嘘のカードを疑ったらダウトって言うの」
「よくわからん。ちゃんと説明してくれ」
「あ、うん。えっとね……」
今度のこれはわかりやすかった。
二人で何枚かずつカードを持つ。裏返しにして、1から順番に数字を大きくして交替に出して行く。
13までいったらまた1から。ただ、例えば6の次に7が無ければ違うカードを出してもかまわない。
しかしその時点で相手に読まれて“ダウト”と言われればアウト。
今まで出していったカードがすべて手元に返ってくる。
逆に、正しいのに“ダウト”をかけると、今度はかけた方にカードはゆく。
そうやっていって、早く手持ちのカードをすべて置き終えた方が勝ちだ。
「わかった?」
「ああ、完璧だ」
「それじゃあ始めるねっ」
手に何枚かのカードを持つ。全部使うと面白くないらしいので、一部は別の山に保留だ。
「それじゃあわたしから。1」
「よし。2」
「3」
「4」
…………………
…………………
「11」
「12」
「13。わたし終わり〜」
「1。俺も終わり」
「………」
「………」
何の問題も無く、俺達はゲームの終わりを迎えた。
「全然面白くない…」
「まったくだ。なんでこんなゲームをしようと言い出したんだ」
「往人さん、“ダウト”って言わなきゃだめだよ」
「お前こそなんで言わないんだ」
「だって外れたら恐いもん」
「同じくだ」
「………」
「………」
「もう一回やろ。今度は観鈴ちん頑張る」
「頑張られてもどうかと思うが…」
再び配りなおし。そしてお互い手に持った。
「じゃあ今度は俺からだ。1」
「2」
「ダウト!」
「わ、早い。…早速ばれちゃった、観鈴ちんぴんち」
その通り、観鈴は10を出していた。2枚のカードが彼女の手に行く。
「じゃあ今度はわたしから。3」
「ダウト!」
「残念、今度は本当に3でした〜」
「くっ…」
というわけで3が手元にやってくる。
「次は往人さんだよ」
「わかった。4」
「5」
「ダウト!」
「…ねえ往人さん」
「なんだ」
「全部にダウト言ってない?」
「気のせいだ」
「ずっとやってると永遠に終わらなくなるよ」
「そらよかったな。今日は一日ずっとダウトだ」
「そんなのつまんない…」
「じゃあ仕方ないな。別のゲームにうつるとしよう」
「往人さんやめるの早すぎ……」
しぶしぶながらもカードはもとの一束になる。
とんとんとそれらをそろえる観鈴。
「それじゃあ次は戦争」
「戦争!?…お前、いつの間に訓練受けたんだ」
「違うよ。そういうゲームなの」
一体どんなゲームなんだ。トランプ同士で競い合うのは間違い無いだろうが…
「わかった!観鈴、カード貸してみろ」
「嫌な予感…」
「いいから貸してみろ」
いぶかしげな表情でこちらをみる。
しかしそんな彼女から、俺は無理矢理カードを奪い取った。
「カードをとにかく相手の陣地に投げ入れたものの勝ち!!」
「わっ、わっ、ちょっと待って!」
「開始だ、トランプ戦争!!」
おりゃあああ!!
と、カードを投げる投げる。
「わわっ!」
しゅびびびびっ
手裏剣のように飛ばす飛ばす。
「が、がおー!」
1分と経たないうちに、すべてのカードは観鈴陣地に集まった。
トランプにうずもれながら呆然と座っている少女。
「はっはっは、どうだ観鈴!!俺の勝ちだ!」
「……往人さんって、ほんっとこども」
ずずーん!!
ゲームには勝ったが、俺は何か大切なものに負けた気がした。
「戦争はやめるね」
「あ、ああ…」
呆れた顔でトランプを回収する観鈴。
その姿を見て俺は切な過ぎる敗北感を感じた。
「それじゃあぶたのしっぽをしよ」
「ぶたのしっぽ?」
「うん。こうやってね…」
重ねたトランプを床に置き、それをぐるりと円形に動かし始めた。
少しずつ山が崩れてゆき……斜めにカードが重なった状態の、円形が出来あがった。
「ね、こうすればぶたのしっぽでしょ」
Qを少し崩したような模様は、言われてみればそう見える。
「なるほど、上手くこういう形を作ったほうの勝ちだな」
「違うよ…。えっとね、この中からカードを交替に一枚ずつめくってゆくの。
真ん中にどんどん重ねていって、数字かマークが同じだったら山を全部とらなきゃならないの。
カードが全部なくなるまでやっていって、最後に沢山持ってた人が負け」
「ほう、なるほどな」
ルールは簡単なようだな。
しかし何故こんな形を作る必要があるのだろう?
このゲームを考え出した奴の趣味だろうか。もしくは、呪詛的な意味とかあったりして……。
「じゃあいくねっ」
観鈴がすっとカードを一枚めくる。ハートのキングだ。
「次は俺だな」
場所はどこでもいいらしいので、好きなところから取る。
出てきたのはスペードのキング。
「わ、早い」
「………」
早速二枚が俺の手元にやってきた。
往人はカードを二枚手に入れた!
やった、今日ははっぴーはっぴーだー!!
「…って、取った方が負けなんじゃないか!!」
「最後までやんないとわからないって。ほらほら」
次々とカードはめくられてゆく。
………………
………………
結果。
「わたし7枚」
「俺45枚。…なんか細工してないか?」
「ううん、往人さんの運が悪いだけだよ」
「そうか、運なら仕方ないな…」
いや、仕方ないのか?これって人生に関わってこないか?
運が悪いって事なんだろう?嫌すぎる……。
「つまらなさそうだから別のゲームにするね。ポーカーなんてどうかな」
「ポーカー?ああ、カジノによくあったりするやつな」
「うん、そう。じゃあ五枚配るね〜」
しゅしゅしゅっと配られるカード。
見ると、すべてハートで覆い尽くされていた。
「こ、これはっっっ!!!」
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない。ふっ、ポーカーフェイス」
「相当いい役みたい…」
ポーカーフェイスは観鈴に通用しなかった。
さておき、五枚すべて同じ柄なのはフラッシュというやつだ。
更に数字がつづきであるならばストレートフラッシュという高級な役になるが…
あえて危ない橋を渡ることも無い。ここは交換せずにやろう。
「慎重な俺に万歳」
「え?」
「なんでもない。ポーカーフェイス」
「………」
いぶかしげな顔をしながら、観鈴は首を捻っていた。
「うーん、わたし三枚交換。先に交換していい?」
「ああいいぞ、俺は交換しないからな」
「わ、凄い自信……」
手元から三枚のカードを取り、場に伏せる。
そして残っている山から三枚とる。
「わ…」
なんだ?
観鈴の顔をさっと見るが、それほど喜んだ顔でもなかった。
おおかたワンペアを残して三枚引いたが、せいぜいスリーカードになったくらいだろう。
「えっと、往人さんは?」
「俺はこのままでいい」
「あ、そうだったね」
「ふっ。そうそう、ポーカーといえば何かをかけた方が面白くないか?」
「え?でも今更…」
「観鈴、勝負に情けは禁物だぞ?」
「それ関係無い…でも、うん、いいよ」
なかなかに話がわかる奴だな。
「で、何をかけるの?」
「勝った方の言う事を何でも聞く!これでどうだ?」
「凄いこと言ってる…。うん、わかった」
俺が勝ったらトランプは即止めだ。
「では、勝負!」
「勝負っ!」
同時に五枚のカードを見せ合う。
俺はハートの2、3、4、6、8。
ハートの8を捨ててハートの5を狙うという手もあったが、そこまでする必要はないとふんだ。
対する観鈴の手札は…
ダイヤの4、スペードの5、クラブの5、ハートの5、ジョーカー。
「なっ!!?」
「にははっ、フォーカードだよ〜。あ、往人さんはフラッシュだね。
わーい、わたしの勝ち〜」
「…マジか?」
「うん、マジ」
「激マジ?」
「うん、激マジ」
「………」
馬鹿な。こんなことがあってたまるか…。
「最初スペードとクラブの5でワンペアが出来てたんだよ。
それで三枚交換したらハートの5とジョーカーとダイヤの4が来たの」
「なにっ!?という事は…」
欲張ってハートの8を交換に踏み切っていれば俺はストレートフラッシュが出来たはず!!
「くっそおおお!」
「にははっ、ぶい」
大きな役が出来たことは快挙のようだ。
ぶいさいんに心なしかいつもより力がこもっているように見える。
ついでに言えば、観鈴のポーカーフェイスは大したものだった。
完全に敗北だな、こりゃ……。
「じゃあわたしの言う事ひとつ聞いてね」
そ、そうだった。俺は馬鹿か?なんであんな約束をしたんだ?
「い、いいとも。なんだ?」
「明日も一日トランプ〜」
「ぐはっ……」
「うそうそ。明日はさすがに補習があるから。帰ってきてからずっとトランプだね」
結局これか。けど半日に減った分マシだと思わなければならないな。
「…わかった」
「あ、でもたまには外で遊びたいな。そうだ、お願い変更。
補習が終わったらお弁当食べた後に海であそぼ。
浜辺で鬼ごっこしたり波でジャブジャブやったりしよ」
「マジか……」
あの暑い中を外で遊ぶってか?
トランプの方がマシなんじゃないだろうか。
「ね、そうしよ」
屈託の無い笑顔で迫ってくる。
もはや選択の余地は無いようだった。
「わかった、補習終わった後に海な」
「やった。約束約束」
指切りをさせられる。完全に自業自得だった。
「そろそろお昼だね。ご飯作るから待ってて」
「ああ…」
トランプをそのままに、観鈴は台所へぱたぱたと駆け出していった。
ふと外を見ると、目に入った樹にセミが止まっていた。
うるさく鳴くそれに気がめいるほど暑いのを感じる。
「もう昼か…」
結構あっという間に過ぎるもんだな、時間って。
午後から更に暑くなりそうだった。

「それではトランプ大会午後の部〜」
「張りきってるな、お前」
「うん。今度はブラックジャックだよ」
「俺は医師免許は持ってない。モグリの医者だ」
「ブラックジャックって知らないの?じゃあ違うゲームにしようか」
無視された…
「知ってる。ちょっとボケただけだ」
「ボケてたの?観鈴ちんわかんなかった」
ぐさっ
その一言はきつかった。
「ま、まあいいから。それでブラックジャックをするのか?」
「ううん、やっぱり別なのしよ。二人だけでやってもすぐ終わっちゃうし」
そんなこと言うのなら最初から名前を出すな。
「セブンブリッジしよ」
「俺はブリッジは得意だぞ」
ふんっ、と床でブリッジを組む。
「説明するから聞いてて」
また無視された…
よっ、と体を元に戻す。
「観鈴、お前の勝ちだ」
「まだ勝負してない…」
「弱者をいたぶるな、お前は十分強い」
「…わかった、違うのにする」
不機嫌な顔になった。少し言いすぎたか?
「七五三しよ」
「俺はとっくに終わってるぞ。観鈴はまだだったのか?」
「ルール説明するね。山からカードをめくっていって、
7か5か3が出たら、一斉にカードにタッチ。
一番遅かった人がそれまで溜まっていたカード受け取るの。
山札が無くなった時点で、一番カード持ってたひとが負け。わかった?」
くそ、またまた無視された…。
「一応ルールはわかった。しかし…いいのか?」
「なんで?」
「俺は女に対して手が早いので有名だぞ」
「インチキはやっちゃダメだよ」
「………」
四度目ボケが無視された。観鈴の前では、二度とトランプでボケるまい。
「じゃあ始めるね〜」
とさっとカードの束が場に置かれる。
まずは観鈴が一枚めくった。
「4」
次は俺だな。
「5」
「タッチ!」
俺が手を離した途端に観鈴が手を伸ばしてきた。
俊足だ。いや、俊手だ。電光石火だ、韋駄天だ。
「往人さん、ルールわかってる?」
「わかってるぞ。さっきは観鈴の反応に感心してたんだ」
「にはは…」
珍しく照れてる。ふっ、まずは様子見という事に気付いてないな。
まずはコツというものを俺は見て覚え…
「7だ。えいっ」
気付けば、カードがめくられていた。
「にははっ、観鈴ちん強い」
「………」
無造作に手渡されるカード。隙をつくとはなかなかやるな。
「だがまだまだだ」
めくりっ
「えいっ」
めくりっ
「こんなのはまだ序の口に過ぎない」
めくりっ
「えいっ」
めくりっ
「俺が本気を出せば…」
めくりっ
「あっ、たっち!」
素早く観鈴が手を伸ばしてきた。3だった。
「にはは、またわたしが早かった。
往人さん口ばっかり動いてても勝てないよ」
「……うがー!」
めくりっ
「えいっ」
めくりっ
「うおー!」
めくりっ
「えいっ」
めくりっ
「ふがー!」
めくりっ
「えいっ」
めくりっ
「どおりゃー!」
めくりっ
「えいっ」
めくりっ
「たっちっ!」
「ぬおおおー!…え?」
気付けば、観鈴はまたもやカードに手を触れていた。
そんなこんなで…
…………
敗北。
圧倒的枚数の差で、観鈴が勝利したのだった。
「俺はどうもこういうのに向いてないようだな」
「セミを素手で掴むほどの反射神経を考えると…往人さんは無駄な行動が多すぎるんだと思うよ」
「冷静に分析されても困るが…」
「じゃあ別のにする?」
ばらばらになっているカードをとんとんと観鈴が纏める。
「ページワンなんてどうかな。」
「横文字は苦手だ…」
「…じゃあ七ならべにしよ」
こんなしょーもない理由であっさり引き下がるとは意外だ。…ん?七ならべ?
「わかった。止めてパスしまくってやる」
「…やっぱり神経衰弱にしよ」
「待った待った、今のは冗談だ。七ならべがいいと俺は思うぞ」
昨日の対戦成績から、神経衰弱は遠慮したかった。
「でもあんまり意地悪しないでほしい」
「何を甘い事言ってるんだ。止めをしないで何が七ならべだ!」
力説する俺に、観鈴が少し引く。とその時だ。

ぶろろろろろろ……
「ん?」
低いエンジンの音が聞こえてきた。
思わず身構えたが何事も起こらない。
しばらくしてがらっと戸が開く音が聞こえた。
「ただいまやでぇ〜」
「あ、お母さんだ。どうしたんだろ。今日は随分と早いな…」
トランプをそのままに、観鈴はパタパタと駆け出していった。
言われてみればそのとおり。まだ夕方にもなっていない。
なるほど、だから酒も飲んでないというわけか。
「お帰りお母さん。早かったね?」
「今日は仕事が早うに終わったんや。
でな、居候におとしまえつけたろうと帰ってきたっちゅうわけや」
おとしまえ?…すっかり忘れてた。
晴子から逃げないと俺の身が危ない。
そろりと立ちあがり、家から抜け出そうとしたが…
「居候、どこいくつもりやねん」
見つかった。
「おのれは、昨日ようもうちの酒飲み干してくれたな」
「あれは事故だ」
「あんなんが事故であってたまるかい!!
弁償してもらうで、高級な酒で身代わり立ててもらおか」
要は代わりの酒を用意しろという事だ。しかも高いものを。
冗談じゃない。俺は無一文の状態だぞ。
あれは本当に事故だ。いや、事故じゃないか……。
気圧されてたじろいでいると、観鈴がぽんっと手を打った。
「そうだ、お母さんも一緒に七ならべしよ」
「七ならべ―?」
なんだか嫌そうな声だ。
「うんっ。それで一位になった人がびりの人に言う事を聞いてもらうの。
うん、観鈴ちんナイスアイデア」
「ほお……」
しばらく晴子はぶつぶつと考え事をしていた。
と、キッと俺をにらむ。
「よっしゃ、居候にきっちり落とし前つけさせるためにも勝負したろやないか。
うちが勝ったらもっと凄いもん弁償さしたる」
一体何をさせる気だ。
「そうと決まったらはよ始めよか!」
どっかと床に腰を下ろす。と思ったらすぐに立ち上がった。
「始める前に着替えてくるわ。観鈴、用意しよってや」
「うんわかった」
晴子が去った後に、観鈴はちょこんと座ってトランプをきりはじめた。
逃げ出そうとも思った俺だったが…
ここで姿をくらませば、後でもっと酷い報復が来るに違いない。
とことんやるしかないだろう。なあに、七ならべなら勝てるさ。
腹をくくって、俺は観鈴の前に腰を下ろした。
彼女は、静かにカードを配っていた。
「嬉しい…。お母さんと、往人さんと、一緒にトランプ……」
「観鈴…?」
「わたし頑張って勝つ。そして、もっと一緒に遊ぶ約束するの…」
「観鈴…」
穏やかな、喜びに満ち溢れた笑顔。
ゲームに勝った時とはまた違う笑顔だ。
そういえば今日は一度も癇癪を起こしていない。
相当頑張ってるな、観鈴。
それだけ嬉しいって事なんだな……。
しかし……もっともっと遊ぶって、一体どれだけ遊ぶつもりなんだ?
元気だな。でも…本当によかったな、観鈴。
…素直に言えないのがなんとも困ったことだが。
観鈴がカードをすべて配り終えると同時に、晴子が姿を現した。
「よっしゃ、ほな勝負やでえ!」
「うんっ」
「居候、覚悟しときいや。あんたを執拗に狙ったる」
「そんな陰険なことはするな。しかしこれ以上は負けたくないな…」
そんなこんなで七ならべは始められた。
勝ち負けに関わらず終始楽しそうだったのは観鈴だ。
負けて大騒ぎの俺と晴子はちょくちょく喧嘩に発展したり……。
夕食時になって終えてみれば……

「おーい居候、力が弱いで。もっと強うに揉みや」
俺は晴子の肩揉みをさせられていた。
「くそ、なんで俺がこんなことを…」
「贅沢言うなや。観鈴に免じてこれに勘弁してやったんやからな」
「飯食ったらまた七ならべしないか?」
「あほ、誰がするかい。きわどいところやったんやからな、うちがトップになるんは。
ほんま、観鈴があれほど手ごわいとはおもわんかったわ」
一勝の差で、晴子が辛くも総合優勝の座を勝ち取った。
俺もそれなりに勝ちはしたのだが、観鈴には一歩及ばず。
よくよくみれば、3人とも勝率は似たようなものだ。
やはりこれは運の差だ、と思った…。
「あー、ごくらくごくらく」
目を瞑ってのんびりしてる晴子の肩をもみながら、台所の観鈴をちらりと見た。
ゲームが終わった時には少し残念そうだったが、今はそんなことも感じさせない。
鼻歌を歌いながら楽しそうに夕食の準備をしている。
食後に更にトランプをやるつもりなんだろうな。
一日中やるとか言っていたし…。
今日は観鈴の笑顔を見ながら過ごす一日となっていた。
明日も多分……

<おしまい>


あとがき:はいはい〜。懲りずにAIR小説です〜。
小説とはもう違うって気もしますが、まあ気にせずに。
本来は「小説を書こう!」の冒頭部分だったのですが、
“トランプの話に纏めるか”と思ってこういうふうにしました。
全部ではありませんが、私が知ってるトランプのゲームをいくつか紹介してます。
(中には、別の方から教えられて初めて知ったというものもありますけどね)
往人がほとんど知らないという設定は無理があるかもしれませんが。
それにしても実際に対戦模様を描くってのは実に辛いですね…。
それに、多分まだ観鈴の喋りにはなれてないです、はい。
更に言うと、晴子さんもなんか違う気が…。おいらは関西人なのに〜(爆)
2001・5・6









「トランプ大会夜の部〜」
「うちは酒飲んでる…」
「だめ、お母さんも一緒にするの」
「積極的やなあ…まあええわ。で、何をするんや?」
「えっとねえ…」
「ふっ、それは晴子が居ないと成り立たない、ババア抜きだ!!」
すぱこーん!!
「いらんこと言うとると殴るで居候!!」
「も、もう殴ってる…」
「お母さん、ババアだったの?」
すぱこーん!!
「ちゃうわいっ!!」
「が、がお…」
ぽかっ
「イタイ…」
「その口癖直し…って、居候何寝てんねん。観鈴につっこまんかい!!」
「アー、ワレワレハトオイホシカラキタウチュウジン…」
どぐぉっ!
「ぐはっ」
「現実逃避に走りよるとは…」
「お母さん、やっぱりわたしもう寝るね」
「そうか?ほなおやすみや」
「おやすみなさーい。往人さん、また明日ね〜」
「………」
「もう寝とるで。納屋に行く前から寝つきのいいやっちゃ」
「気絶してるだけって風にも見えるけど…」
オチがないけどおしまい(爆)