小説「AIR」(小説を書こう!)


『小説を書こう!(観鈴編)』

ブロロロロ……
どがしゃーん!!

いつもながらの騒々しい音が神尾家に響き渡る。
しかし今日の俺と観鈴にとっては、この音をこれほど待ちわびたことはなかった。
「帰ったでぇ〜」
がらりという扉の音と同時に聞こえてくる声。
心なしかハイに聞こえるところを考えると、やはり酒を飲んでるに違いなかった。
…もとより、衝撃が家にはしった時点でそんなことは分かりきっていた事だが。
無言のままで観鈴と二人顔を見合わせていると、声の主は居間へとやってきた。
「帰ったでぇ〜」
家に帰ってきた時と同じセリフを晴子は吐いた。
辺りにひろがる酒の匂い…。だがそれも、扇風機の風ですぐかきけされてしまった。
「お帰りなさい、お母さん」
「おお、ただいまや観鈴ちゃん!……どないした?」
上機嫌だった晴子の表情は、観鈴の言葉により、みるみるうちに疑問をはらんだものへと変わる。
正確には、観鈴の言葉ではなく観鈴の表情であろう。
何事だろうかと彼女は辺りを見回し探りを入れた。
そしていつもとは少し違ったものを発見した。テーブルの上の、原稿用紙。
「…居候の顔は相変わらずぶっさいくやなあ」
違った…。
「って、いきなり何言いやがる!!」
「冗談や、つかみやつかみ。…で、その原稿用紙はなんなん?」
嫌なつかみをする女だ。しかし、俺が晴子に対して真似をすればどんな報復がくるやらわからない。
そこらへんが非常に悔しかった。
「あのね、夏休みの宿題……」
気落ちしながら観鈴が答える。
「夏休みの宿題ぃ〜?」
「うん。小説を書いてこいって……」
「小説〜!!?」
居間に、神尾家に、そこら辺一帯に晴子の大声が響き渡る。
とっさに耳をふさいだ俺と観鈴は無事だったが、たまたま家の前を歩いていた奴は失神したに違いない。
「…なるほど、それであんなに雰囲気暗かったわけやな」
「うん、そうなの。往人さん考えてもすぐに寝ちゃうし」
「それはお前だろが…」



晴子が帰ってくる前。正確には観鈴の補習が終わってから。
迎えに行った後に宿題のことを俺は聞かされた。
なんでも、補習を受けてる者に特別課す宿題らしい。
夏休みを更にハードにするようなものを作るなんてこの学校は何を考えてるんだか。
そんなこんなで、家に帰って昼飯食った後、ずっと俺と観鈴は小説の案を練っていた。
いや、正確には観鈴に無理矢理引き止められた。俺は出稼ぎに行きたかったのに…。
……で途中、結局晴子が戻ってきた後に三人で考えようという結論に至ったのである。



「だからお母さん、いいアイデア出して」
「晴子が頼りだ。たまには役に立ってくれ」
「あん!?今なんつった居候!!」
いきなり胸倉をつかまれる。慌てて観鈴が止めに入った。
「わっわっ、落ち着いてお母さん!」
「……はあ、あほらし。まあええ、すぐにええ案出してやるわ。まずは着替えてこよーっと」
案外素直に晴子は俺を解放した。頼りにされて機嫌がいいのだろうか。
そのままどたどたと居間から姿を消す。
「もう、往人さん無駄に余計なこと言い過ぎ」
「俺は事実を言ったまでだ」
「そう言う往人さんもたまには役に立ってよ」
ぐっさあ!!
「………」
「…どしたの?」
観鈴はクリティカルヒットを放ったことに気付いてないようだった。
「駄目だよ往人さん、まだ寝たら」
「お前な……」
本当に寝てやろうかという気分になった。
だが、どうせ晴子にたたき起こされるのがオチに決まってる。
そのまま無言の状態で、俺も観鈴も晴子が着替えを終えるのを待っていた。

…と、晴子は一升瓶片手ににこやかな笑顔をたたえながらやってきた。
「さあ飲もかー!」
どんっ!と机の真ん中に置かれるそれに、一瞬目が点になる。
こいつは人の話を聞いていなかったのだろうか。…いや、考えるつもりがないのかもしれない。
「お母さん、宿題……」
懇願するような瞳で観鈴が晴子を見つめる。
無駄だ観鈴。晴子をあてにした俺達が間違ってたんだ……。
「なにそんな悲痛な顔してんねん。小説や簡単に書けるんとちゃうか」
なんだ、忘れたわけじゃなかったんだな。
と、観鈴はそんな晴子の言葉にふるふると首を横に振る。
「そんなことない……」
悲痛な顔をして当然だ。簡単に書けなかったからわざわざ晴子を俺達は待っていたんだ。
すると晴子は、“はあ”と息をついてどっかと机の傍に腰を下ろした。
「あんな、こういうんは深く考えたらあかんねん。
まずは身近な人物でキャラを作ってみ。例えばうちと観鈴と居候。
この三人で何かする話を考えたらええんや」
「「………」」
一瞬唖然。というか、言われてみればそんな簡単でも小説になりうる。
なぜこんな身近な作り方に気付かなかったのだろうか……。
「どないしたん?うちの案は気に入らんか?」
「えっ!?あ、う、ううん!い、今から書く!!」
「よっしゃよっしゃ。ま、酒飲みながらアドバイス入れたるわ。居候、コップ」
「あ、ああ……」
慌ててペンを走らせ始める観鈴。立ち上がって台所へ向かう俺。
そんな二人を見ながら、晴子はかんらかんらと笑っていた。
……余裕だ。余裕の精神だ。酒はその余裕があったからこそ持ってきたということか。
俺は晴子のその姿に感心せざるをえなかった。

台所へ向かい、コップを手に戻ってくると、観鈴の手の動きが止まっていた。
「うーん、名前、どうしよ……」
なるほど、実名そのまんまというのは芸がないだろう。
となると…どうするべきだろう?
「てきとーでええやん」
「ダメ。折角だから誰を題材にしてるかわかるのがいい」
頑固なやつだな。晴子の言う通りてきとーにすればいいのに。
RPGでもよくあるが、名前で悩むとキリがないぞ。
「ほんなら…元の名前をいじくるんがええな。
…お、居候。コップそこに置いといてや」
言われるままかたっとコップを置くと、それになみなみと酒を注ぎ出した。
「名前をいじくる?」
「そうや。例えば居候…往人は“じゅうにん”とかな」
「それって単に読み方変えただけじゃ……」
「ええんや。いじくるっていうんはそういうもんや」
“ふむふむ”と頷きながら観鈴はペンを動かす。
しかし俺は、“じゅうにん”と書こうとするその手をぐわしと止めた。
「何するの往人さん」
「観鈴も晴子も重大な事を忘れてないか?」
「何を忘れてるって言うんや」
コップ片手に白々しく言ってくる晴子に向かって、俺は大きく怒鳴りかえしてやる。
「漢字が違うだろうが!!」
「えっ!?……にはは、ほんとだ」
原稿用紙の片隅に観鈴が確認の意味で文字を書く。
住人と往人、書かれて初めて気付かれるとはなんだか悲しい気分だ。
「…ええやん別に。たかだかちょんの違いやないか」
なんてこと言いやがるこいつ。
「たかだかちょんでも漢字は違うんだよ!」
「…まあ居候がそうムキになるんなら仕方ないな〜。けど、なんて読むつもりや?」
「すみにん」
「おっしゃー!居候は“すみにん”やー!」
観鈴の隙のない割り込みに、一発決定。
往人はすみにんになってしまった。
「……なんなんだ、すみにんって。どういう名前なんだ…
っていうか、すみにんでも違ってるぞ!!」
「えーっと次はお母さん」
「晴子。さて観鈴、どないにいじくる?」
「うーん……」
この母娘聞いちゃいねえ。
どのみち、反論したところで無駄な抵抗に終わりそうだが…。
「うちが思うに“せいこ”やな」
「うーん…そうだね」
晴子がせいこに成りそうだった。
そんなわかりやすそうなのは俺の名前と合いそうに無い。
「せいしにしろ。“こ”だけそのまんまってのもどうかと思うぞ」
「つっかかるなあ…ま、居候の言うんも一理ある。“せいし”で決まりや、観鈴」
「あっ、わたしその名前聞いた事あるよ」
原稿用紙に“せいし”と書きながら観鈴は得意げに話し始めた。
「国語の授業で習ったんだけどね、“せいしのひそみにならう”って言葉があるんだって」
「へえ?それでそれはどんな意味なんや?」
「えっとね、昔中国に絶世の美女の西施って人が居たんだって。
けど病気になって村に戻ったとき、苦しくて胸に手を当てて眉をひそめて歩いてると、
その姿の美しさに惹かれて村の娘達がそれを真似して歩くようになったんだって。
でも、村一番の醜い娘までがそれをやったから、周りの人は皆驚いて逃げちゃったの。
ということで意味は、やたらに人のすること真似して失敗したり笑われたりする事なんだって。
…えっと、とにかくせいしってとっても奇麗な人だよ」
なんか文学的だ。っつーか観鈴のやつ、んなもんよく覚えてたな…。
「おおっ!そっかー、さすがうちやなー!うちは絶世の美女ってわけやなー!」
勝手にほざいてろ。それより“すみにん”に関するふぉろーはなしなのか?
「なあ観鈴……」
「えと、残るはわたしだね」
「観鈴…うーん、あっさりできそうやなあ」
無視された。
「あっさり…“かんりん”でどうや?」
「かんりん?うん、そうする」
言ってる傍からあっさりと決まった。
…ちょっとまて、かんりん?非常に気になる名前だが…気にしないでおこう。
かくして、すみにん、せいし、かんりん、というキャラが出来上がった。
いや、名前だけだ。もっとも性格なんかは俺達そのまんまだがな。
「で、次はこの三人で何をするかやな」
「何しよう……」
「ま、ここらへんは悩んだらええわ。何をするか決まったらもう出来たようなもんや。
観鈴ちゃんの初のオリジナル小説が」
「う、うん、頑張る。観鈴ちんふぁいと!」
著者の気合が入った。
ふむ、ここまでくれば俺はもうすることもないだろう。
「往人さん、何したい?」
呼びかけられた。
「居候、酒でも飲みながら考えや」
更には酒を勧められた。
まだまだ俺がすることはあるようだ……。
「何でもいいだろ。観鈴が好きなことやればいいだろうが」
「トランプ?」
ある日、すみにんとせいしとかんりんがトランプをした。
……そんなんで小説になるのか?
「もうちっと他に無いのか。買い物とか」
「どこに買い物行くねん」
「武田商店?」
ある日、武田商店にすみにんとせいしとかんりんが買い物に行きました。
三人は仲良く駄菓子を買っておもちゃで遊びましたとさ。
……俺達は子供じゃないんだが。
「別の買い物はどうなんだ」
「うーんと、商店街、かな……」
「商店街の買い物風景書くんか?書けんことはないやろうけどな…つまらんと思うで」
商店街へお買い物に出かけたすみにんとせいしとかんりん…
って、この三人で買い物に出かける意味はなんだ。
「買い物はやめにしないか?」
「だったら……海へ行こ、海。三人で仲良く遊ぶの」
「…遊ぶよりは……っちゅーか観鈴、別に小説やけん何をやってもええんやで?
遠くへ旅に出かけてもええ。宇宙へ飛び出してもええ。
空を飛んでも、大昔に行ってもええんや」
「空……大昔……」
観鈴の動きがぴたりと止まった。
何かをしきりに思い出してるような、そんな感じだ。
だが、行き当たったのか、ペンを少し走らせ始めた。
タイトルは……
「恐竜のせかい?」
「うん。すみにんとせいしとかんりんが恐竜と出会って色んな体験をするの」
「ほお、観鈴らしくってええ話やな。さあて、話も決まったし!心おきなく飲もかー」
今までローペースだった酒飲みが、たしかにハイペースになってきた。
多少は心配をしていたということだろうか。
しかし……本当にその話でいいのか?
一体俺達はどんな扱いになってるのやら……
「居候、小説家の邪魔したらあかん。うちらは黙って酒飲みや」
「あのな……」
書いてる横で酒を飲むのも邪魔になるんじゃないのか?
しかしそんな心配もしなくて済む様に思えるほど、観鈴は一心不乱に書き続けていた。
かりかりかりかりと……






翌日。高らかにぶいさいんを出しながら観鈴は登校。
結局書き終えたのは日が替わって結構経ってからであったが、
寝不足など気にならないくらいに出来が良かったのか、終始笑顔であった。
「提出はまだしないよ。後でまた見直すからね。
お母さんが“推敲は大事やで”って言ってたから」
朝、いつもの様に一緒に学校へ向かっていると観鈴は慎重な意見を出した。
もっとも、これはあくまでも夏休みの宿題であるから締め切りはまだ先。
ちなみに様々なアドバイスをくれた晴子は今は夢の中だ。
邪魔したらあかんとか言っておきながら、結局観鈴に色々ちょっかいを出していた。
しかしコツを心得ていたのか、素人の俺から見ても納得できるそれぞれであった。
もしかして昔何かをやってたということなんだろうか?
登校途中、観鈴が大まかながら話してくれた小説の概要はこんな感じだ……。
『あのね、ある日三人が目覚めると見た事も無い草原にごろんと寝っ転がってるの。
“ここはどこなんやー!?”
“あ、あれはもしかして恐竜じゃないか!?”
“が、がお、わたし達恐竜の世界にきちゃった!”
ぽかぽかっ
“イタイ……”
“かんりんが痛がっとるっちゅうことは、夢やないみたいやな”
“なんでだ、なんで俺達はこんな所に…”
冒頭はこんな感じ。で、すみにんがふと後ろをみるとでっかい肉食恐竜が!
三人で走って逃げたり、おとなしい恐竜さんと出会ってお話したり…
かんりんはずっとずっとはしゃいじゃって、せいしは色んな所でツッコみして…。
書いててとっても楽しかった。にはは』
聞いてる途中で、あらすじなのか観鈴の感想なのかわからなくなる所もあった。
それはともかく…観鈴らしい。そう言わざるを得ない作品だ。
もちろん観鈴が書いてるからそれは当たり前の事なのだが、これは観鈴にしか書けないだろう。
想像の中で、大好きな恐竜達と出会う…。日常のさりげないやりとりも交えつつ…、
何より、晴子や俺と一緒に楽しく居られる観鈴。
“小説は自由や。好きな事考えて、好きな様に書いたらええんや”
途中晴子が観鈴に何度も言っていた言葉が、脳裏によみがえってくる。
自由。これほどいい言葉はないだろう。
思うがままに話をえがき……観鈴は、どんな気持ちだったろう?
なんて、聞くまでも無い事かもしれないがな。
元気良く駆けて行った観鈴の背中を見ながらふと思った。
空を見上げる。
どこまでも青く、そしてどこまでも高く続いている空。
空へ飛ぶ事によって、太古の昔、観鈴が描いた世界へ、
本当に向かう事が出来たらいいな……。

“うっひゃー!これがプテラノドンっていうんかー!”
“空飛んでるよ、空!背中に乗れるなんて夢みたい!!”
“こういう夢みたいな現実もいいもんだな!”

<おしまい>


あとがき:間が空きましたが、小説を書こう!(観鈴編)がようやく仕上がりました。
これにて、小説を書こう!三部作はおしまい(とか言いつつも後一つもしかしたら作るかも<笑)
どんな話を作るかというよりは、話を書くに至るまでどんな、というのがメインかも。
(晴子さんや観鈴がやけに博識って感じがしますね)
私が話を書く時、おおよそ途中に書かれてあるまんまです。
つまり、キャラが居る。そのキャラが動く。それだけです。
(ネタってのはいわば、何をさせるか、ということにすぎません)
というかそれでいいと思ってます。細かく技術とか考慮するより、私はそれが好きなので。
この話の最大の主張である“小説は自由である”という事。
これを頭に置いてれば、いいんじゃないですかね?
2001・8・1


※追記:実は“すみにん”でも間違えてて、“おうにん”があるべき読み方ですが…
強引に一行足して、そのままにしました。やばいな、私の漢字力…(苦笑)