小説「AIR」(小説を書こう!)


『小説を書こう!(美凪編)』

青い空を雲がどんどん流れてゆく、そんな夏の昼下がり。
ミンミンと鳴く蝉の声が現在の気候を物語っている。
照りつける太陽の直射も日陰に居れば問題なく、
更には心地よい風が吹き付けているので暑さはほとんど感じなかった。
ぶお〜ん
「……なあ遠野、風吹いてる時に扇風機は使うのやめないか?」
うるさい電機音の隣で読書に熱中する遠野に、俺はそれとなく呼びかけた。
「でも、みちるがお昼寝してますから」
「だったら余計うるさいと思うんだが」
「今のこの子にとっては、扇風機の音と風が子守唄代わりなんですよ」
遠野に膝枕をしてもらい、仰向けになって寝ているみちる。
片足をベンチの外へと投げ出して少々不安定そうに見えるが、本人はいたって幸せそうな寝顔である。
ついさっきまでしゃぼんだまづくりにわいわいと夢中になっていた証拠を顔に少し残している。
つまりは、石けん水のついたてかてかな顔の拭き損ないだということだ。
ふと俺は立ち上がって扇風機の向きや風力を変えたりしてみる。
すると、みちるがその変化に反応して“んにゅんにゅ”言ってるではないか。
なるほど、あながち扇風機が関係しているのも嘘ではなさそうだった。
「……かわいい」
気が付くと、遠野が目を輝かせてその光景を見ていた。
調子に乗ってもっといじってやろうかと思ったが、ばからしくなってやめる。
「国崎さん、もう終わりですか?」
残念そうな遠野の顔がそこにあった。
しかし俺はお構いなしに自分が座っていた位置へと戻る。
「休憩してるときに休まないのは損だからな」
「……そうですか」
少しだけ顔を伏せる遠野。
そして手に持っていた本をぱたんと閉じた。
「あ、いや、なにも読書をやめなくても……」
「………」
慌てて取り繕うものの、遠野はちらっと顔を上げただけ。
何故だかわからないまま雰囲気が悪くなってしまった。
「ところで、遠野ってよく読書してるけど…本が好きなのか?」
「………」
焦って話題を変えようとする。と、遠野がこくりと頷いた。
「本には……たくさんの想いがつまっていますから」
ほんの少し笑顔を見せた。
まるで、俺にも読書はどうかと勧める様な笑顔。
それを感じて、俺はわずかに首を振った。
「……残念」
なんかしらんが伝わったようだ。
「では国崎さんが書いてみましょう。私が読んでみます」
「は?」
空白の部分で話が進んでしまった。
というか、遠野の突拍子もない案が炸裂してしまった。
「俺が本を書く?」
「はい。詩でも小説でも、想いを込めて書いてみてください」
「うーん、しかしなあ……」
今までの生活で、俺は文というものすらほとんど書いたことがない。
“想い”という点で想像力には多少の自信はあるが、それを実物に表現するとなると話は別だ。
「………」
遠野は相変わらず俺を見つめている。
“書こう”というセリフを待っているのだろうか。
「……んに」
しばらくそのままでいると、声がした。
遠野の方をみやると、ふるふると首を横に振る。そして、二人同時に視線を落とした。
「ん…ふわぁ〜……」
みちるが目を覚ましたみたいだった。
伸びをすると共にあくびをはきだし、目をこする。
「あれぇ、ここどこ?」
「駅ですよ、みちる」
そのままに遠野が答えてやると、みちるは眠たげな目をこちらに向けた。
「んに、おはよーみなぎぃ」
「おはようみちる。よく眠れた?」
「うん!ばっちり快眠!」
「それはようございました」
一分と経たないうちにみちるは普段の元気を取り戻した。
相当に寝起きがいい奴だ。何故か分からないがうらやましく思ってしまう。
「国崎さん、それでどうですか?」
会話の続きをしようと遠野が声をかけてくる。
仕方なく俺は再び考察に入った。
「ん?ああ、そうだな……」
「なになになーにぃ?」
横からみちるが入ってきた。ますます頭がこんがらがる。
「国崎さんが小説を書くんですって」
まだそれは言ってないんだが。
「にょわっ!国崎往人が汚い字で小説を書くの!?」
余計なものをつけるな。
ごんっ
「んにょへっ」
とりあえず殴っておく。
「ううー、美凪より汚い字のくせにー」
「いつ俺の字を見た。……まあ遠野より汚いというのは当たってるが」
お米券入りの封筒に書かれてある遠野自筆の“進呈”を見れば、それは自分でもわかることであった。
「……汚い?」
「まあな。だから俺が小説を書くのは無理だ」
「読めないですか?」
「読めないことはないと思うが」
「……みみず?」
そこまでひどくはない。
「ともかく、書くんなら遠野が書け」
「では、こうしましょう」
夢見る瞳をして、遠野が俺とみちるの手を取った。
「三人でご一緒に。
原作、ちるちる&なぎー&ゆっきー。文、なぎー。で、お送りします」
あっという間にペンネームを決定されてしまった。
一瞬ぽかんとせざるを得なかったが、要は三人で話を考え、遠野が文を書くということだ。
「みちるも小説を考えるの?」
「そう。みちるも立派な小説家」
「わーいっ!」
小説家とはまた違う気がするんだが……。
そんなこんなで、駅にあるもので作家用の机を制作。
遠野を真ん中にして、俺とみちるは両脇に腰を下ろす。
机の上にはもちろん、遠野持参の原稿用紙が置かれていた。
ただ、書く道具は羽ペンではなくてシャープペンシル。これは仕方がないか。
「では、まずは話の構想から。ちるちるからどうぞ」
仕切るのは当然遠野。手で示されると、みちるはうーんと腕組みをする。
右に左に首を傾げ、口を曲がらせる。
呆れて俺は見ていただけだったが、遠野は密かに“かわいい”と呟いていたことだろう。
「……だめだぁ、みちるには思いつかない」
結局諦めてしまった。
とりあえずこれでみちるは後回しである。
「では、お次にゆっきー」
「………」
位置的に遠野が次かと思っていたが違ったみたいだ。
それに、俺自身さっぱり考えていないのは事実。
唐突に呼ばれたために、慌ててみちると同じくに考え出した。
「ぶっぶー、時間切れー」
みちるが×のサインを出した。
「おい、まだ一分も考えてないぞ」
「ではお次はなぎー行きます」
お構いなしに遠野は次に行ってしまった。
俺の立場って一体……。
そのまま約一分が経過。そして遠野は顔を上げた。
「……休憩にしましょう」
「おい……」
前途多難すぎる出だしであった。

日陰でくつろぎながら、日向で頑張る二人をみやる。
(日向といっても、それなりに木陰は出来ているが)
休憩と言い出したものの、遠野はまだ小説のネタ出し中だ。
みちるにいたってはしゃぼんだまづくりに余念がない。
一生懸命にふぅ〜っとふくらませようとしてはぱちんと割る。それを繰り返していた。
少なくともそれは遠野の視界に十分入っていた。
この調子では、遠野が見かねて手助けにいくのも時間の問題であろう。
「せめて俺だけでも頑張るかな」
折角俺が作った作家の机がこのままでは無駄になってしまう。それはなんだか悔しかった。
かといって……
「小説のネタなんてそうそう浮かんでくるもんじゃないよなあ」
ぽんっ
「ぽん?」
考え込んでいるうちに音が聞こえてきた。それは遠野が手を打った音であった。
同時にシャボン玉が割れる“ぱちん”という音も聞こえてきたが。
「どしたの美凪?」
「…しゃぼんだま、これを題材にしましょう」
どうやら小説のネタを思いついたらしい。
案外早かったなと思いつつ、俺は傍に寄っていった。もちろんみちるも一緒だ。
「しゃぼんだまを題材にするって?」
ちるちるとなぎーとゆっきーがある日迷い込んだのは不思議な世界。
そこでは自分が作ったシャボン玉の中にのってふわふわと、お空を散歩することが出来るのです。
ふうっとシャボン玉を一つ作ればそれはみるみる大きくなり、人一人が入れるほどのものになるのです

答えの代わりに、あらすじを述べだした。いつもと瞳の色が違う。どうやらノりだしたみたいだ。
なるほど、内容はほとんど童話のようなもんだな。
「それで?それで?」
興味をもったのか、みちるはひじをついて遠野に先をせかす。
三人は、それぞれシャボン玉に乗り込もうとします。
けれども、ちるちるとゆっきーはなかなかそれができません。
なぜなら二人は、まだきちんとシャボン玉を作る事ができないからです

現実の設定を使われてしまった。
少しショックを受けていると、みちるも同じ様子であった。
なぎーは困り果てました。自分が作ったシャボン玉では他人を乗せることができません。
……さて、どうしましょう?」
ここで遠野は瞳の色を戻した。
なるほど、ちるちるとゆっきーの出番のようだ。
「はいっ!」
みちるが元気良く手を挙げる。
「なぎーにシャボン玉の作り方を特訓してもらう!」
…なぎーはちるちるに手取り足取りコツを教えます。
ある程度掴んだところで、いよいよシャボン玉をふくらませ始めるちるちる。
なぎーはもちろん横で応援します。“頑張れちるちる!”
その声援を受けて、ちるちるは一生懸命になります。しかし……
ふぅ〜…ぱちん、ふぅ〜…ぱちん、ふぅ〜…ぱちん。失敗が幾度となく繰り返されます

「んにゅう……」
不憫に思えてきたのか、みちるが悲哀に満ちた顔をする。
ちなみに俺も同じ思いだ。心の中で“頑張れちるちる”と応援している。
しかし何度目になるでしょうか。ちるちるがシャボン玉を作るのに一個成功しました!
「おおっ、やった!」
喜んでちるちるはシャボン玉に乗り込もうとします。
ところがなぎーはいったんそれを引き留めました。
そう、もう一人シャボン玉が作れていない人がいるからです

ようやく出番がやってきた。今度は二人して応援かな。
“こらぁー!ゆっきー何寝てるんだー!”ちるちるが叫びます。
ちるちるが頑張る傍らで、ゆっきーはお昼寝をしていたのでありました

がくっ
なんだそりゃー!
「むうう、国崎往人ぉ、情けないぞぉ?」
「俺に言うな」
「さてみちる。ゆっきーにシャボン玉を作ってもらうためにどうする?」
「無視して置いてく」
なんて返答をしやがる。
「なぎーとちるちるが楽しくシャボン玉で飛んでいったでいいじゃん」
「おい」
登場人物を速攻一人削るつもりかこいつわ。
不満をあらわにしていると、遠野がぷるぷると首を横に振った。
諦めて去ろうとするちるちるをなぎーは引き留めます。
“三人で飛ばないと楽しくないよ?”

笑顔で告げるなぎーに、ちるちるは“よっし”と腕まくりをするのでした
おっ、ついにみちるも加わったみたいだ。
“必殺!ちるちるあたーっく!!”
どげし!!
強烈な蹴りがゆっきーに炸裂!!ごろんごろんと地平線の果てまで転がったゆっきーは、
ようやく目を覚まして駆けてきたのでした

………。
“何をするんだちるちるー!”“にょわっ!戻りが早い!!”
驚き慌てるちるちると、韋駄天の様なゆっきーが楽しくふざけあっています。
なぎーはそんな光景を見て“良かった。やっぱり仲良しさん”と嬉しそうに呟いたのでした

過激な表現が少し含まれだした気がする。
ここいらで俺も参加しておかないとやばいかもしれない。
“いつまでもふざけても仕方ない。シャボン玉を作るぞ!”ゆっきーは俄然その気になりました
ところがゆっきーはとっても不器用。ちるちる以上にシャボン玉を作るのがへたくそです
「こら…。
しかし偶然にもゆっきーはあっという間にシャボン玉を一個完成させます。
“どうだ!いきなり完成したぞ!”

「むむぅ…。
しかし不幸なゆっきーのシャボン玉はすぐに割れてしまいました。
やっぱり偶然だけではダメな様です

「このやろう…。
ゆっきーはめげずに再び挑戦しました。
すると、二度目もあっさり完成したではありませんか!

「うー…。
しかし残念残念。またもシャボン玉はすぐに割れてしまいます。
日頃の行いが悪いみたいです

「なんだと…。
と、同時にちるちるが既に作っていたシャボン玉も割れてしまいました。
おやおや、日頃の行いが悪いのはちるちるだったようです

「んにゅう〜…」
「ぬぬぬ〜…」
不毛な争いが二人の間で続いていた。
それに挟まれながら、遠野はしっかりとすべてを書き記している。
…こんな小説は後で読みたくない気がする。
しかし遠野が次に加わった。
顔を見合わせている二人の肩をぽんと叩く者が居ました。それはなぎーです。
“それじゃあ三人で一緒に作ってみよう?”
思わぬ提案に二人は少しびっくり。でも、しばらくしてこくりと頷いたのでした。
やっぱり仲良しさん。みんなでやれば出来ないことはありません。
それぞれ手に石けん水とストローを持ち、シャボン玉をふうっとふくらませ始めました

そこでいったん区切る。目でみちると俺に訴えた。続きをどうぞということらしい。
ふう〜っ。ちるちるのシャボン玉がみるみる大きくなっていきます。
ふう〜っ。ゆっきーのシャボン玉も大きくなっていきます。
ふう〜っ。なぎーのシャボン玉も、同じように大きくなっていきます。
そして……あらびっくり。なんと三人のシャボン玉がひっついて一つになってしまいました

ちょっと意外な、それでいて安心感のある展開になった。
みちると顔を見合わせて、更に続きを遠野に任せる。
ぷくっと出来上がった大きな大きなシャボン玉。
“三人一緒にこれに乗り込みましょう”
なぎーの言葉に、ちるちるもゆっきーも頷きます。
そして、三人は手をつないで、シャボン玉の中へと乗り込んだのでした

ここからいよいよ本領発揮。リレー方式で話をつなげていく。
中に入ると、そこはふわんふわんとした不思議なばしょでした。
ちるちるは大喜びです。“うっわー、シャボン玉の中ってこうなってたんだねー!”

はしゃぐちるちるを、笑みを浮かべて見やりながらゆっきーは内側の壁に触れました。
“中から見る外の景色は……普段とは違うんだな”
普通では見ることのできないものを、シャボン玉の壁は映していたのでした

“さあ出発しましょう。シャボン玉に乗って、どこまでもどこまでも……”
なぎーが笑みをたたえて告げると、一陣の風が吹いてきました。
それと同時にふわりと浮き上がるシャボン玉。
風に乗って、空気に乗って、シャボン玉は空を進み始めました。
旅の始まりです。長い長い……いつ終わるともしれぬ……。
期待にまじって不安もありますが、何より素敵な家族と一緒です。
なぎーとちるちるとゆっきーは手を取り合って、シャボン玉の中から流れてゆく景色を見ていました。
昼には鳥たちとお喋りし、夜には寝っ転がって星空を眺めながら。
どこまでも、いつまでも、旅は続いてゆくのです……

ここまでいくと、後は筆が進むのはたやすいことであった。
世界の様々な景色を、想像をふくらませてどんどん書いてゆく。
まるで実際に見てきたかの様な感覚に陥るほどに。

……日が沈む頃には、超大作が完成していた。
まさに終わりがないかと思われたそれを、遠野は最後にこう締めくくる。
しかし、どんなものにも終わりがあります。夢のような旅も終わりが来たのです
すっかり疲れて眠りこけてしまっているみちるの隣で、
遠野は穏やかにラストを書き記していた。
俺はあえてそれを見ずに、夕焼けに目を細めていた。
もう一度読んだ時に、ゆっくりと作品を味わおう。
遠野の、いや、三人の想いがこもった幻想的な作品を……。

<おしまい>


あとがき:やっと仕上げた気分です。
どんな小説を書いてもらうか、というのはずいぶん前から頭の中にありました。
問題は書き出すきっかけですね。最初は金儲けのためという、
(佳乃編)と同じ動機だったのですが、それは別のものにしました。
ほとんど小説の中身がメイン、ですかね。
(佳乃編)とはちょっと作り方を変えています。
セリフの区別がつきにくかったり見にくかったりしたらごめんなさい(汗)
それにしても………ほんと小説って難しい。
2001・6・12