小説「AIR」(小説を書こう!)


『小説を書こう!(佳乃編)』

霧島診療所。
一日の平均来訪者数は数人あるかないかというさびしい場所だ。
俺はここで住み込みのバイトをしているわけだが…。
「…暇だ」
主な仕事はモップがけ等の掃除。
医療機関は清潔第一だという、雇い主である聖の言葉に、
こればかりは絶対に欠かしたことがない。
…いや、別に他の仕事をサボってるわけでもないんだがな。
今現在俺が携わってる仕事は受付。
人が多ければさぞ、目の回る忙しさというものを体験できるだろう。
しかしここにはそれがない。
やることと言えば、時々こみあげてくるあくびに身を委ねるくらいだ。
「…ふああ」
言ってる傍から出てきた。
もったいない時間だ。
締め切りだとかに終われてせっぱ詰まってる奴がいたら分けてやりたいくらいだ。
昼食までの時間と、それから夕食までの時間と、夜食までの時間と…
……食いしん坊か、俺は。
「食いしん坊ばんざい」
「そう、食いしん坊ばんざい…って、俺は違う!」
さわやかな笑顔が目に入った。
佳乃である。勉強の合間に顔を出しに来た、といったところだろうか。
何の前触れも無く、密かに心を読まれていたみたいだ。
「往人くんこんにちは〜」
「同じ家に住んでてこんにちはもないだろ」
「じゃあこんばんは〜」
「それはなおさら違う」
「うぬぬぬ…。」
何を唸ってるんだ…。
「わっ」
「どうしたんだ?」
「往人くんがヒマヒマしてるよ〜」
「…………」
そんなに驚くことなのだろうか?
しかも唐突過ぎる。ついでに今更だ。
「見ての通りだろうが」
「だめだよぉ、仕事さぼっちゃあ。お姉ちゃんに怒られるよぉ」
「仕事がないからサボってるとは言わない」
「やっぱりヒマヒマなんだ?」
「だからそう言ってるだろうが」
ヒマという言葉を連発されるとどうもやるせない気分になる。
「それでは往人くんを暇暇番頭さん1号に任命するよっ」
「しなくていい」
「10番がよかった?」
「番号の問題じゃない。しかもかなり飛んだぞ」
「数学は難しいんだよ〜」
何の話だ…。佳乃も暇なのか?
一人で暇をもてあましている方がましに思えてきた。
「俺は暇だからいいが、佳乃はこんなところでいつまでもいていいのか?」
「大丈夫っ。働き蟻さんの6割はいっつも働いてるけど、残りは必ず休んでるんだよ。」
意味が分からなかった。
クーラーの当たりすぎ、もしくは勉強のしすぎで頭がどうにかなったのかもしれない。
こんな若いうちから不憫な娘だ。
「どうしたのっ?」
しげしげとした俺の視線に対し、佳乃が小首をかしげる。
「もしかして寝ちゃったの?」
「起きてる」
「うそだぁ。実は往人くんは目を開けて寝る星人さんだったんだねっ」
どんな星人だ、それは。
「というわけで、目を開けて寝る暇暇番頭星人さん1号に決定!」
さっきのと合成したのか?もはやわけがわからない。
ずっと相手してるとこちらの頭がどうにかなりそうだ。
「もういいから、自分の部屋へ行っててくれ」
「うぬぬぬ…折角付き合ってあげてるのに…」
要らないお世話だ。
「じゃあねー」
あっさりと佳乃はそこから居なくなった。自分の部屋へ戻ったのだろう。
しかし一体何をしにきたんだか。
結局はまたもや俺は暇と戦う羽目になったということだ。
ぼー…
…………
……………
何度も言うが……暇だ
この時間を利用して何かできないだろうか?
しかし何をする?
手元にあるものをみた。
使えそうなのは…ペンと、紙?
紙を使って書くものといえば、絵とか文とか…
「そうだ!小説を書こう!!」
唐突ながらに思いついた。
想像力豊かな俺の手にかかれば、凄いものができるに違いない。
受け付けの合間にコツコツと仕上げた作品がやがて賞を受ける。
きらびやかな衣服を身に纏い、聖や佳乃と共に授賞式に出席。
豪華なご馳走を食っては食べ食っては食べ…
って、食べ物はいい。
肝心の賞金で何をしようか?
この診療所を建て直すか?ふむ、それがいい。
そして霧島姉妹から受け取りきれないほどの感謝をもらう。
ゆくゆくは豪邸住まいだ。総合病院なんか建てちゃったりして…
「よし、その手でいこう。」
早速俺は紙を手元に置いた。
そしてペンを走らせる。

拝啓。あー、あー、本日は晴天なり晴天なり

「…って、違う!」
慌てて俺はくしゃくしゃと紙を丸めた。
何も考えずにいきなり書き出したのは問題ありだったか。
まずは構想を練らないとな。

日本全国を旅する青年。得意な技は操り人形。
相棒の人形片手に今日も行く…。

「…やめ。」
再び俺は紙を丸めた。自分の人生なんて今更書きたくない。
ふむ、ここはやはり身近な人物を題材にして物語を作るとしよう。
数秒の間考え込むと、佳乃の顔が一番に頭に浮かんできた。
彼女を主人公にした、冒険物を書く事にした。

世界各地を巡り、魔王の手下からいくつもの町を救い続ける少女がいた。
名前はカノ。様々な魔法のエキスパートだ。
右手の黄色いバンダナにより普段は魔力を封印しているが、
いざそれを解くと、より強力な魔法を使うことが出来る。
途中出会った、自分と目的を同じとする青年剣士ユキトと恋に落ちる…。
冒険を続けるうちに、魔王の正体は生き別れの姉ヒジリという事実に突き当たり…。

「おおっ!いける、いけるぞ!!」
調子に乗った俺は、小説を書き出した。
ファンタジーの超大作だ。全国の少年少女が涙して当然の作品だ。
「大賞はもらったな。」
ふっ、と一瞬ほくそえみ、俺はかりかりかりと一心不乱にペンを走らせた。

ファイヤードラゴンのブレスにより、ユキトは動けなくなってしまう!
『ユキト、しっかりしてよぉ!今すぐ回復魔法をかけるから!』
『お、俺は、大丈夫だ。それよりさっきの攻撃で奴の弱点が見えた』
『弱点?』
『そうだ。二本の角のうち、左の角の後ろに輝くうろこが…げふげふっ!』
ダメージが大きいのか、吐血するユキト。
慌ててカノは傷口を回復させようとするが…。
『駄目だ、残り少ない魔力をそんな事に費やしてる暇はない』
『でも、このままじゃあ!』
『大丈夫、俺は死なない。いいか、カノ。あのドラゴンを仕留められるのはお前だけなんだ』
『ユキト…』
『頼む…』
見詰め合う二人。ユキトの微笑みに、カノは無言で頷いた。
『分かった。死なないでねっ』
『ああ』
決心したように立ち上がるカノ。
そして、右手のバンダナをするりと外した。
『覚悟しなさいよ〜、絶対仕留めてやるんだからぁ!究極魔法……』

「ぴこぴこー!」

『ぴこぴこー!』
次の瞬間、辺り一面に無数のぴこぴこハンマーが出現した。
それらは一斉にドラゴンをどつく!どつく!
ぴこぴこぴこぴこぴこぴこ

「ぴこぴこっ!」

惑い慌てるドラゴン!
辺り一帯に響きまくるぴこぴこという音!
と、ぴこぴこハンマーの一つが、角の後ろの輝くうろこに命中!
グギャアアア!!
激しい咆哮をあげながら、ずううーんとドラゴンは地に倒れ伏した。

「…って、なんで究極魔法がぴこぴこハンマーなんだ!?」
書いてて途中で俺はわれに帰った。
受け付けの向こう。下部からぴこぴこという音が聞こえてくる。
カウンターから身を乗り出すと…
「ぴこぴこぴこっ」
毛玉があった。見てると浮かんでしまいそうなふわふわの毛玉だ。
短く舌を出して、つぶらな瞳でこちらをみている。
一体いつのまに、そしてどこから侵入してきたんだ?
「…ポテト、邪魔はしないでくれ。」
「ぴこぴこ?」
「俺は偉大なる作品を執筆中だ。
これはお前の食事にも関わってくるんだぞ?」
賞金が手に入ったならポテトにも何かご馳走をしてやろう。
今それを思い付いた。
「そういえばまだポテトを登場させてなかったな」
「ぴこ?」
「そう、お前だ。壮大なファンタジー小説の一登場人物になれるんだぞ」
「ぴこぴこ〜」
こうなったら誰でも登場させてみよう。
スケールは大きければ大きいほど書き甲斐が出てくるというものだ。
問題は役柄だが…
「ぴこぴこっ」
「味方を増やすか?いや、今敵キャラはヒジリだけだったな……。
よし、お前は魔王ヒジリの手下だ!」
わしっ
瞬間、後頭部をつかまれた。
つかんでいる手になすすべもなく頭を動かすと……
「誰が魔王だ」
魔王ヒジリが立っていた。
「私は魔王ではないぞ?」
つかんでいる手とは別の手に、キラリと光るメス。
身の危険を感じた俺はそのままの状態で首を横に振る。
「くっ、魔王ヒジリめ。動きを止めて勝負しようなど卑怯な……」
シュッ!!
ほほを刃が掠める。衝撃で切り傷ができ、血が滴り落ちた。
「心配するな、峰打ちだ」
血が出てるんですけど…。
本当にヤバイことを彼女の目から感じ、我に帰った。
頭を振りながら懸命に弁解する。
すると意外にもあっさりと離してくれた。
途端に俺は頬を押さえる。出血は早くも止まっていたみたいだが、ずきずきと痛い。
「心配するな、ちゃんと急所は外してある」
医学に精通した奴にしっかり当てられると、それこそ洒落にならないと思うぞ。
「そんなことより、仕事中に何を遊んでいる」
俺が受けた痛みはそんなことらしい。
だいたい仕事といっても他にすることなどないんだが。
そこはむやみに反抗せずに別のことを主張しておこう。
「遊んでなんかいない。これで豪邸を建てるんだ」
「小説で賞などそう簡単にとれるものではないぞ。
非現実的な夢は寝ている時に見てもらおう」
最初から最後までどうやら筒抜けだったようだ。
序盤の方でツッコミに来なかったのは、聖が魔王であることを口にだしてなかったからだろう。
痛みに耐えている傍らで、聖は書きかけの小説を手に取った。
しばらく顎に手を当てながら見ていたかと思うと…
「…ふむ、なかなか面白い設定だな」
意外な感想がきた。いけるかもしれない。
「しかし…」
「しかし?」
「ボツ」

ぐっさあ!!

何故だろう、この一言は強烈に俺のからだを貫いた。
なるほど、世の作家達が味わうのはこんな気持ちなんだろうな。
しばし呆然。傷の痛みなんて忘れていたくらいだ。
「もうすぐ昼食にする。佳乃を呼んできてくれ」
「わかった……」
のそりと俺は立ち上がった。
ふと時計を見ると、もうすぐ12時。
気が付かなかった。それだけ夢中になって書いていたということか。
佳乃の部屋へ行くと、丁度勉強にひと段落ついたところみたいだった。
「佳乃、昼御飯だぞ」
「う〜〜ん……っと」
両手を上げて伸びをする。
「タイミングばっちりだねっ」
「そうだな」
「それじゃあぼつぼつ行くことにするよっ」

ぐさぐさっ!!

鋭い衝撃が俺の体を貫いた。たまらずその場に膝を付く。
その様子を見て、慌てて佳乃は立ちあがった。
「ど、どうしたの?」
「な、なんでも、ない……」
「顔色悪そうだよ?」
「だい、じょうぶ、だ……」
「ツボでも押そうか?」
「ツボ?」
「そ。これでもあたし、おねえちゃんにツボを押さえるコツを習ってるんだよぉ〜。
しかも救急隊員になれるくらいなんだよぉ〜」
遠慮しようとしたが、佳乃は素早く俺の背中に回りこんだ。
「ツボツボ〜♪」
グサッ!
「ツボツボツボ〜♪」
グサッ!グサッ!
「ツボツボツボツボ〜♪」
グサッ!グサッ!グサッ!
ツボの歌に合わせて佳乃が体のあちこちを突いてくる。
気持ち良かったのは確かだが、それを上回る痛みが同時に襲ってくる。
耐えられず、途中で俺は意識を失った。
………………………
………………………
………………………
………………………
気が付くと俺は待合室のソファーに寝かされていた。
正面には、心配そうに俺を見つめる佳乃の顔。
「大丈夫?往人くん…」
手を口にあて、今にも泣き出しそうな顔だ。
「あたしがツボツボなんて押しちゃったから…」
グサッ!
再び衝撃が襲った。“うう…”と苦しそうな声を上げる。
それでますますおろおろしてしまう佳乃。
そこへ、手に紙の束を持って聖がやってきた。
「心配するな、佳乃。原因はこれだ」
彼女がすっと差し出したそれは、俺が書いた小説だった。
きょとんとしながらも、佳乃はそれを受け取り読み出した。
ただ黙って、俺の努力の結晶を目に進めてゆく。
数分の後、佳乃はぴたっと読むのをやめてこちらに目を向けた。
「面白いよ、これ。往人くんって……才能あるかもしれないよっ」
笑顔で言ってくれた。
これ以上の慰め、いや元気の素はなかった。
途端に俺は回復し、“ふんっ”と体を起こす。
「しかしボツだ」
ぐはっ!
聖の声にダメージを受け、再び俺はソファーに倒れこむ。
「もぉ、そういうこと言っちゃだめなのぉ。お姉ちゃんも魔王さんでカッコイイじゃない」
「……まあ佳乃がそう言うならいいだろう」
相変わらず妹には甘い姉だ。
「そういうわけで国崎くん、是非続きを書いてくれ」
「楽しみにしてるよぉ」
なんなんだ、一体……。
「ぴこぴこぴこっ」
いつの間にやらポテトも傍にいた。
しょうがねえ、書いてやるとしよう。
ゆっくりと俺は体を起こす。すると、視線の先に上手そうな料理が目に入った。
「少し遅くなったが昼御飯だ」
そういえば佳乃を呼びに行ったのは昼食のためだったっけかな。
「早く食べようっ」
「ぴこぴこっ」
食べる体制を整える。
“いただきます”の挨拶をして食べ始める。
しばらくして佳乃が口を開いた。
「ところで、どうして往人くんは調子が悪かったのぉ?」
「私の診たてでは、ボツという言葉に反応して傷を受けているようだ」
ぐさっ
「あ、そうかぁ。だからあたしが“ぼつぼつ行こうか”なんて言った途端にへたりこんだんだね」
ぐさぐさっ
「ぼつぼつ行こうか?佳乃、ぼちぼち行こうかじゃあないのか?」
ぐさぐさっ
「ちょっと気分を変えて言ってみたんだよぉ。
ふむふむ、ということはツボツボ押してたときもそれで良くならなかったんだね」
ぐさっ
「そうだ。お前のツボツボは私も驚くくらいに良く効く筈だしな」
ぐさっ
「えへへ〜。ツボツボツボツボツボツボツボツボツボ〜♪」
ぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさぐさっ
「こらこら、今は食事中だぞ。……ん?どうした、国崎くん」
「なんだか具合悪そうだね」
…………
「お前らな……絶対わざとやってるだろ?」
「何をだ」
「とぼけるな!俺の体は今ずたずた……」
「ぴこぴこっ」
「うぐあっ!」
…………
足元でポテトが何故か喉をならした。
「ポテトが美味しいって」
「そうか、それは結構だ。しかし……国崎くんはポテトの声にまで反応するようになったか」
「不憫だね…。往人くんかわいそうだよぉ」
「……………」
やりきれない。
しばらく俺は、“ボツ”という言葉と戦う日々を送りつづけるのであった。
肝心の小説は……聞かないでくれ。



「落選したと素直に言えばいいだろう」
「うるさい」

<おしまい>


あとがき:うっわあ……キャラがまだまだつかめてないええ証拠ですな。
でもいずれはきちっと書けるであろうでしょう、うむうむ(謎)
練習です、練習。数かいてゆきます。
見るに耐えないって人は……しばらくは読まないように、はい(笑)
ちなみに、見て分かると思いますがいつもとは文体を変えてみました。
“・・・”を“…”にしたりとか。AIRはこれでいってみようかな、って。
それではっ
2001・5・1