ユメジュウヤ
〜第六夜〜

あたしはこんな夢見たなあ。

あたしは次の旅の準備の為に荷物をまとめていた。

明日にはもうこの日本を離れてる。

理由は弟とシャオの関係がこれ以上放っておいても大丈夫だろうし、

それに関係も14と言う年齢の関係の限界まで行っちゃったから、

ただひたすら毎日、奥ゆかしい毎日を送っていることにあたしは少し飽きていたからだ。

ただ次のステップまで行くためのハードルを、太助は今のところ全部越えてるから、

思春期ゆえのスランプ―――それによる問題がないので、全然面白くなかった。

世話の焼きようもなくなっちゃったので、刺激がなかった…それが本音だった。

そんな平凡でかつすばらしい毎日を送っている二人を思い起こしているうちに

荷物のまとめが全部終わった。

ふと、荷物を詰めたバッグを目にやる。

2年くらい愛用していた旅用のバッグだった。

そういえば日本を離れて世界へ旅するのは、もう何度目になるのか覚えていない。

そんなに数え切れないほど私は一人で、いろんな世界へ旅していた。

「おや、那奈殿、何をしているのだ?」

キリュウが部屋に入ってきた。

「いや、旅支度さ。」

「旅…か。どこへ行くのだ?行き先は?」

「…特にないよ。

あたしはただ行きたいと思ったところに行くだけなんだ。

今回はアフリカにでも行ってこようかな…と思ってる。」

あたしがそう言うと、キリュウは溜息をついて呟いた。

まあキリュウの呆れる気持ちもよく分かった。

「主殿がいつか言っていたな…那奈殿はアバウトな性格だと…

なるほど、主殿がため息をつくのも良く分かる。」

「何それ?太助のやつ、そんなこと言ってたのか?」

「独り言でよく愚痴をこぼしていたぞ、主殿は。」

クスッと笑ってキリュウは言った。

そしてあたしも笑い返した。

けれどそれは愛想笑いではなかった。

本当は、明確な目的地は決めていた。

あたしは最近キリュウの感情の起伏が大きくなってきたのに気がついた。

とても一昔前の内気なキリュウとは思えなくなった。

太助は勿論、この家の住人もすっかり変わっていた。

そういえば、キリュウの言葉で思い出したが、

あたしの旅の目的も旅を重ねるうちに随分変わっていることに気がついた。

あたしが世界へ旅に出たのはいつの頃からだっただろうか?

いや、そもそも何で旅に出たのだろうか?

そう考えると、その理由がすぐに思い出せない。

中国に憧れた親父の遺伝子を受け継いだがゆえにとった無意識の行動だったのだろうか?

それともどこかの発展途上国で必死に救済活動をしている母さんに会いたい為だったのだろうか?

はたまた、弟の太助が一通りの教育を受けてそれなりに自活できるようになったから、

これ以上面倒見るのに飽きたからだろうか?

全然思い出せない…

ということで、記憶を遡った…

 

 

 

最初に旅に出ようと決意したのは…あの時は高校を卒業したばっかだった。

他の皆は、優秀な奴はここいらで有名な大学に行って、他の連中は専門学校か、

あるいは何らかの企業に勤めたりとか、フリーターになってたりとか…

まぁそれぞれ各々の道を進んでいた。

ただあたしは、これといって明確な将来を決めていなかった。

それなりに成績もよかったから、世間で有名な女子大くらいは、

少し頑張って勉強すれば行けたかもしれない。

高校の三年のときは、よく先生にそう言われていた。

たしかにこの世の中、大学に入ってからでしかまともに就職することは出来ない。

けれどあたしはそれに少しだけ違和感を覚えた。

それは、電車を見比べるとその違和感は強まっていった。

なぜそう感じたか―――それはこういう考えだった。

電車は絶対地面に引いてある線路から外へ進むことは出来ない。

なぜなら車輪がそういうふうに出来ていて、脱線すればいろんな人に迷惑がかかる。

けれど、あたしは人間だ。

電車みたいに線路でしか走ることしか出来ないわけじゃなかった。

それに脱線―――フリーターになっても

誰も迷惑しなかった。

だから電車は考えようによっては、かえって不器用にも見えた。

けれど、あたし―――人間の足―――はそうじゃなく、自由に歩くことが出来た。

人の足はどこへでも進むことができる。

山に登ったり、谷を下ったり、海を渡ったり、砂漠を駆けたり…

定められたことを何度も同じように繰り返すのではなく、

自分の意志で決めた線路を進むこと。

これが大事じゃないかと思った。

世の中そういうことをせず、ただ流れるままに大学行って就職して…

と、トントン拍子にいくのが変に思えた。

本当にそれでいいのか…

 

 

―――なるほど!

その問いかけが『旅に行きたい』という本当の動機だったかもしれない。

気持ちははじけ、気付いたら、あたしはもう空港にいた。

弟―――太助は一人でも心配ない。

二人暮しで分担していた家事は徹底的に仕込んであるから、生活の知恵は太助の頭に詰まっている。

家計の面もあいつは大丈夫だし、自活能力は完璧だから、ほうっておいても大丈夫。

太助が赤ん坊だった時、一人でこなしていたあたしがそうだったし、

―――それを太助に全部教えたから大丈夫。

だからなのかよく分からないけど不思議なことに、

あたしが飛行機に乗ったときは、後ろめたいことは一つもなかった。

『―感情のままに行動することは正しいことだ。

なぜなら一秒先の未来すら、誰も予測できないから―』

そんな言葉を、何かの本で読んだ気がする。

ちなみにこの言葉には前提条件が確かあった。

―――どんな時でも即座に最悪の状況を乗り切れる事態を作っておくこと―――

あたしの場合はそれを全部作り上げていたから、後ろめたいことは感じなかったのかもしれない。

だから、感情のままに生きることが出来た。

あたしは、あたしの考えが正しいのかを知るために『世界』へ羽ばたいた。

 

 

 

いろんな地域へ行くことで、あたしの考えは次第に『推測』から『確信』へ変わった。

あたしはいろんな世界を見ては

いろんな種族の人たちに出会い、

いろんな生活習慣を学んで、

いろんな国の言葉を知って、

いろんな国の価値を知って、

いろんな国の気持ちを知った―――

それは旅に出る前のあたしが抱いていたものとはまったく別のものだった。

一番の違いは、あたしが見てきた『世界』は、日本でのあたしの友達が選んだような

電車の決められた線路を通るような生き方はなかった。

貧困に苦しんでいる人は、今を生きて明日に命をつなぐのに必死で、

そのための線路―――マニュアルはなく、自由に工夫して歩いていた。

時には卑劣な歩き方をする人もいたけど、それでも一握だが魅力があった。

安住した生活での風化した魅力より、自由に、そして必死に生きている姿―――

確かに日本でも全員が全員、あたしの友達みたいな人ではないけど、

でもあたしの周りは、『世界』の歩き方とは対照的だった。

やっぱり、決められたレールに乗るような生き方は、魅力のないことであった。

そう言うと、今も紛争をして苦しんでいる人たちからは、

『平和な世界に住んでいる人たちの贅沢』ともいわれなくもなかった。

そうかもしれない。

けれどあたしはそうでもよかった。

少なくとも、いろんな世界を知ることができたんだから…

そういうわけで、主に発展途上国を中心に転々と旅していた。

文明の力を借りた生活は、どこの世界でも、日本に似ているようなものだったからだ。

文明の支配力の及ばない―――自然界に支配された中で生きる人たち―――

の、長い間知恵を擦りあって築き上げた生活は、

あたしの住んでいた平和とは意味がまったく違う。

そんなことは、決して日本では知ることは出来なかった。

本来人間が持っていたことを捨てている人達―――

その人たちの生き方じゃない生き方を、私が選んだことは正しかった。

 

 

 

けれど、始めは『推測』だったのが『確信』に変わったのはいいけれど、

その内あたしが本当に求めていたものが徐々に変わっていることに気がついた。

『変わる』と言ったが『換わる』ではなく、むしろ『具現化』を望んでいた。

人々が心の中で望んでいる、まっすぐな想い―――

自由の哲学的な理由―――なぜ人は自由でもあるのか?

これは一体何?

旅をし始めてから一年ほどした後、次第に旅の目的はそれを模索する旅となっていた。

とても抽象的で曖昧なものを一般化するための旅―――

あたしは少し前の旅で、一瞬だが遂に神の頬に触れた。

それはあたしの求めた『生き方』の中にある、『変わらない想い』だった。

けれど頬に触れたのは一瞬であり、今度はそれを知りたくなった。

それはどこかで感じることができるのかもしれない。

どこかにあたしたちが失っている想いを呼び起こす鍵があるのかもしれない。

導き出した答えを見つけたあたしは、後は行動するだけになっていた。

 

 

 

―――あたしは今回、それを見つける旅の中で、最も重要なところへ行くのだった。

もっとも明確な答えがありそうな『聖地』へ…

「…それじゃ。」

あたしは笑いながら別れの挨拶をした。

「いってらっしゃい。」

「那奈姉、気をつけて。」

「太助、まだ中学生なんだから早まるなよ。

シャオ、寝るときは太助に気をつけろよ。」

「那奈姉!」

「あはははは。それじゃ。」

あたしは一通りからかって家を出た。

 

 

 

ユメの中で日本での出来事を回想している途中、

あたしは突然起こされて、着陸が近いことを告げられた。

静かに着陸すると、次のたびのステージにあたしは足を下ろした。

ケニアの首都・ナイロビ

あたしは空港からヒッチハイクで南の国境へむかった。

そして国境を越えタンザニアへ入国したあと、ホテルで一泊して、

そこから更にヒッチハイクを繰り返して南へ。

そんなこんなで昼が過ぎた時、あたしはやっと目的地にたどり着いた。

アフリカ大陸・タンザニアのラエトリ―――人類発祥の地。

人類最古の女性『ルーシー』の生まれた地―――だ。

あたしは宿をとってその夜、宿近くの小高い丘へ登った。

温かい風があたしの髪を吹き抜ける。

皆この風を受けては、日本ほど裕福な暮らしこそしていないものの、豊かな生活を送っていた。

ふとあたしはルーシーのことを思った。

今はルーシーの時と世界はあまりに違っている。

ルーシーはここで何を思ったのだろう…

世界が変わってしまったから、あたしの望む答えも変わってしまったのだろうか。

本来持っていた大事な想いは、ここにもないのだろうか。

いや、あるんだとしたらきっとここにあるはずだと思った。

そういう意味では、ここは『聖地』だから。

夜も更けて、あたしは宿へ戻った。

結局、あたしは何も感じ取ることは出来なかった。

もしかしたら、それを感じ取れないほど心が乾いているのからかもしれない。

ふとあたしは宿の窓から夜空に煌めく星星を見上げた。

半月の夜だった。

あたしはふと、その答えの一端に触れた気がした。

…もしかしたらルーシーも仰ぎ見たであろう変わらない月なのかもしれない。

月?

 

 

 

次に気がつくと、あたしはもう日本の成田空港に戻っていた。

正直言って、旅をしてきたことは、あまり覚えていなかった。

光陰矢のごとし―――そんな言葉があたしの頭に思い浮かんだ。

空港から電車やバスを乗り継いで、やっとのことで家に着く。

「ただいまー。」

いつもなら玄関のドアを開けると、そこにはあたしの帰る場所―――安らぎの場所があるはずだった。

けれどあたしはふと、入った瞬間に特異な違和感を覚えた。

何だろう、この違和感は…

「あ、那奈姉、お帰り。今回は随分早かったね。」

太助が玄関で迎えてくれた。

太助がいいタイミングで迎えてくれることは珍しいが、それだけじゃない違和感だった。

確かにここはあたしの家。

じゃあ何か変わったの?

「太助、何か変わったことは?」

あたしは訊かずにいられなかった。

「え?…いや、特に何も…」

「あ、那奈さん、お帰りなさい。」

シャオが台所から出てきた。

エプロンをしているところから調理中と取れる。

―――!

あたしはそれを目にしたとき、違和感の正体が分かった。

あたしが今回の旅で求めたもの―――それを感じた違和感だった。

瞬時にあたしはそれを知った。

そして今更ながらだが、母さんが

「世界の恵まれない人に『愛』をふりまきに行く」

と言った気持ちが分かった気がした。

母さんは、最初から人が持っていた想い―――『愛』を持っていた。

母さんが発展途上国へ行って救済活動を始めたのは、

恵まれない人達だからこそ、その愛を受けるべきと思っていたのだろう。

そしてこの日本には、いつでも万人が幸せになれる思いを呼び起こせると思ったのだろう。

あたしは流石にそこまでの想いには至れなかった。

その違いが、母さんが各地で『女神』やら『聖母』やら言われた所以だろうと思う。

 

 

 

けれど、そんな母さんでさえも過ちを犯した。

それはあたしの弟の太助だった。

太助が母さんに対して最初反抗的な態度をとっていたのは、

太助を赤ん坊としてみていなかったから―――

母さんはその気持ちが伝わると思い込んでいたからだった。

それが唯一の間違いだった。

けれど、月の精霊、シャオのおかげで、太助は母さんの願いどおり、

本来持っていた想いを理解した。

そのきっかけや道程は、すべてシャオの導きだった。

 

 

つまり、最初から答えはここにあったんだ。

帰るべき場所にはじめからあったことを気付かなかったあたしは、ちょっとだけ情けなく思えた。

探していたもの―――それは人が失った思いの原点。

それは―――『愛』だった。

 

 

END


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