ユメジュウヤ
〜第三夜〜


私はこんな夢を見たわ。

私は今日も恵まれない子供たちを助けるために

一人発展途上国を中心に歩き回っていたわ。

時々思う。日本で私の子供たちはどうしているか。

太郎助さんは相変わらず中国で旅をしているみたい。

でも私はそこに行ったことがないからよく分からない。

たまに届く便りからしか、私にはよく分からなかった。

それが、私と太郎助さんを確実に繋いでいるんだという唯一にして確実な証明だった。

子供は、那奈はあれからまた旅をしているのかしら?

またどこか出会えるのかしら?

太助は、あれからどうしたのかしら?

シャオちゃんがついているから心配ないって言ってたけど…

月の精霊さんだから、きっと私の思いも届くはず。

でも、私はやっぱり・・・・・・・・・・・・・
 
 

私はよぎった思いを断つべく、毅然とした態度で、歩き始めた。

そこには、恵まれない子供たちが何人も横たわっている。

何故だか私にはここがどこか分からない。

人種も混合していて、とても奇妙な場所だった。

でも私は人種差別をしなかった。

一人でも多くの人を助けたい思いでいっぱいだった。

病気が蔓延しているのか、病人の看護という仕事がほとんどだった。

大人たちも手伝ってくれるが、その大人たちのほとんども病魔に襲われている。

結局私が一番頑張る事となった。

それに奔走するあまり、ふと安堵の溜め息をついたときには

いつの間にか日は沈み、あたりが暗くなっていた。

しかし、安堵の溜め息をついたとて、休憩という時間は私には許されない。

食事を作ったりしなきゃいけないし、やることは山積みだった。

それを一つ一つ、確実に終わらせなければいけない。

十分に動けるのは、もはや私だけしかいなかいのだから。

私は食事を作るために水を汲みに川へと向かった。

その時、一人の黒人の子供がこちらへ歩いてきた。

5,6才くらいの男の子だったが、体はとても痩せ細い。

おぼつかない足取りで私のところへ来た。おなかがすいているらしい。

「どうしたの?パパやママは?」

その子供は何も答えなかった。答える気力がないからかもしれない。

「おなかすいてるでしょ?近くに集落があるからそこで待ってて。

すぐにおいしいご飯作るから。」

その子供は数瞬の沈黙のあと、ゆっくり首を縦に振った。

そして、その足で集落へと向かう。

私はその子供を見送った後、改めて水を汲みに行った。

集落に戻ったとき、私は泣き声を耳にした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・なに?

私はそこへ向かう。見ると、さっきの子供が女性に抱えられて泣いている。

どうやらその女性は母親のようだった。なるほど、確かに似ていた。

私はその抱えられた子供に向かっていった。

「よかったね。ママにあえて。」

少年は涙眼で私の方を向き、うなずいた。

それから私は食事の準備に取り掛かった。

その泣き声は食事の準備が整うまでずっと続いていた。
 
 

都会とは違い、虫の根や風の音によって漆黒の闇は支配される。

光源となるランプはあるものの、灯油にも限りがあるので、

それが消えてしまえば、頼りになあるのは天に浮かぶ大きな月の一条の光だけだった。

子供たちが寝る時間がやってきた。

泣いていたあの子供も、母親の懐でぐっすり眠っている。

泣き疲れたんだろう。私はそっとその二人に毛布をかけた。

続いて子供たちにも毛布をかける。皆すやすやと小さな寝息を立てて寝ている。

私は一人の子供のところに駆け寄った。

瞼が少しぬれている。私はそれをそっとぬぐって、毛布をかけた。

この子もさっきの子供と同じだったんだ。

いや、もしかしたらもう親を失ったのかもしれない。

私は一通りの仕事を追えた後、一眠りする前に水を汲みに行った。

月明かりに照らされて、踏み鳴らされた道を歩いている間、

私はさっきの二人の子供が心に残っていることに気がついた。

どちらも親がいなかった。一方は再び会えたけど、もう一方はまだ。

もしかしたら一生会えないかもしれない。

そう思いながら私は水を汲んでいた。その水に映し出された月を見て、私はふと思った。

太助も、あんな想いをしていたんだろうか・・・・・・・・・・・・

私はそれを肯定するのは簡単だった。

でも、目の前の現実を放っておくことが出来なかった。

いつ、どこの国だったか覚えていないけど、一人の母親に訊かれたことがあった。

「あなたは子供がいるの?」と。

私はいつもその答えを有耶無耶にした。

そのときには半ば、母親失格だって事を自覚していた。

だから私には子供がいないものと思われていた。

でも私はやっぱり母親らしいことを太助にもしておきたかった。

月を見るたびにそう思った。

汲んだ水を所定の位置に置き、やっと今日の仕事が終わった。

私はまた溜め息をつく。

だがその直後、近くで何かが草を擦って落ちていくような音がした。

私ははっとしてその方向へ目をやった。しかし視界が悪く、よく分からない。

私はランプを持ってそこへ歩み寄った。

しかしそこは草が生い茂っていたので、前方に何があるのかよく分からなかった。

それでも私は前方へ注意を向けて、歩いた。

そのときだった。

私は前へ進んだ途端、足を踏み外して下へ落ちてしまった。

「いたっ!」

私は大きく転んだ。手からランプが離れ、音を立てて転がっていく。

私は起き上がり、ふらつきながらもそのランプを手にとる。

そこで改めて周囲を確認するとそこは密林のように木々が生い茂った所の中だった。

どうやら私が落ちたところは、崖のように切り立った場所だったようだ。

だけど段差は1メートルほどしかなかったので軽傷で済んだ。

それは良かったが、どうやって戻るかが問題だった。

それほど高くはないが、それを登るのは難しい。

仕方なく私は、別の道を探すことにした。

少し歩いた先で、近くで誰かの呻き声がした。

「え?」

私はその声のしたほうへランプの光をやる。

するとそこには、14,5歳くらいの少年がうずくまっていた。

その少年は、私には見覚えがあった。

私の子供、太助だった。

しかし、何故太助がここにいるのかは分からない。

「太助……太助なの?」

私は恐る恐る呟いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ん」

太助は私に気がついた。

「太助?太助なの?」

「うん・・・・・痛ッ!」

太助は悲鳴を漏らして左足に手をやった。

ズボンの一部が破け、露になった左足には大きな切り傷があった。

爛れた傷口から、血が流れ出てくる。

「どうしたのこの傷・・・・・・・・それにこんなに血が・・・・」

「さっき落ちたときに・・・・・」

どうやら私が聞いた音は、太助がここへ落ちた音だったらしい。

恐らく石の角か、木の枝に切られたかでつけられた傷だろう。

私はとっさに自分の持っていたハンカチで応急処置をした。

「これで大丈夫よ。近くに集落があるからそこで手当てすればよくなるから…」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。」

私はそれを聞いて、思わず微笑んだ。

すっかり少年となった太助が、子供っぽい返事をしたのを聞いたからだ。

私は心の底ではもっとそれを聞きたかった。

私は太助の右腕を自分の右肩に乗せ、左腕を自分の左肩に乗せた。

そして太助の両足を持つ。

「な…何を?」

「その足じゃ歩けないでしょ?だからおぶって行こうと・・・・・・」

「でも、俺重いよ。」

「大丈夫。」

私はそう言って立ち上がった。なるほど、確かに重かった。

思えば小さな子をおぶったことはあっても、太助くらいの年齢で、

ましてや男の子をおぶったことはない。でも、歩けないわけではなかった。

私はゆっくりと、歩いていった。

太助はランプを持って、私の視界を良くしてくれる。

「・・・・・・・・・・・そういえば、こうやって太助のことをおぶったのって、懐かしいなあ…」

私はふと呟いた。でも太助は黙ったまま、何も答えない。

あたりまえだけど、私は話さずにいられなかった。

生まれたばかりの太助をおぶったことは、よくよく考えてみれば数えられるほどしか思い出せなかった。

それだけしか思い出はなかったからだ。

太助が一歳のときに、私は世話とかを全て那奈に任せて以来、

私は世界へ旅立ったから・・・・・・・・

私には恵まれない子供たちのことを考えると、自分だけ幸せになるということが辛かった。

私はその時のことを回想し始めたが、すぐに現実へ引き戻される。

進む先に路のようなものが突然現われた。

それに沿って歩くと、今度は路が二つに分かれていた。

私はそこで立ち止まる。すると太助が

「左だよ。」と言った。

どうして道が分かったのかはわからないけど、それをあえて聞こうと思わなかった。

別れ道から進んで数分後、

「ねえ、重くない?」と、太助が聞いた。

本当は重かったが、できれば心配させたくはなかったので

「いや、大丈夫よ。」と答えたら

「・・・・・次第に重くなるよ。」と言った。

私には意味が分からなかった。いつの間にかランプの光が消えている。

でも月の光が私の目の前を灯してくれた。

それに導かれるままに、私はゆっくり歩いていた。

足音が信号となり、私には13年ぶりに我が家へ帰る前を思い出す。

正直、以前日本の家へ帰ることは怖かった。

別に悪いことをした覚えはないけれど、でも目に見えないものがそこにはあった。

そして私は理解した。それは太助の想いだった。

1歳という年齢で、私という母親と別れたこと。

今まで私が訪れた国ではよく目にすることだった。

その時の太助の心情は、よく理解できたはずだった。

それを知っていたはずなのに・・・・・・・・・

私は少しうつむいた。

静寂の中を刻む私の足音のテンポが少し遅くなる。

分からないけれど、何故か悲しくなった。胸が苦しかった。

いや、苦しくなったのは重くのしかかる太助によるものだった。

太助の言葉通り、それは以前より更に重く感じられた。

それでも私は、導かれるままに前へ進んだ。
 
 

どれくらい歩いただろうか・・・・もはや時間の感覚までも失っていた。

しかし、あたりは暗かった。

どんなに時間が経っても、暗闇から開放されることはなかった。

突然、短調なリズムを刻む足音に変化が見られた。

自分の足音が少し硬質に聞こえるようになったのだ。

ふと足元を見る。いつの間にかアスファルトの上を歩いていた。

「え?」

横を見ると、そこには私の家があった。

知らぬ間に、私は太助をおぶって家へと戻ってしまったのだ。

私はそのまま、玄関へ入ろうとした。その時

「ちょうどこういう日だったよね。13年前の。」

と太助が言った途端、私ははっとした。

そして太助が石のように重くなった。

思わず手を離しそうになったけど、金縛りに合ったように手が動かない。

私はそのまま太助の重みに苦しみながら、その場に立ち尽くすこととなった。

その時、ドアから私が出てきた。手には一つのかばんを持っていた。

13年前、世界に愛を振りまこうとした時の私だった。

遅れて那奈がないている1歳の太助を抱えて出てきた。

「お母さん!」

那奈が叫んだ。私は振り返り、那奈の頭を撫でて言った。

「大丈夫よ。あなた達にも愛は届くわ。」

そう言って身を翻し、私はその場を後にした。

その後ろ姿を、幼い那奈と太助は私と一緒に立ち尽くしていた。

私が闇に消えたあと、幼い太助と那奈の姿は消えていた。

「もういいよ。降ろして」

太助が言った。

私は言われるままに太助を降ろす。離した時の私の手には力が抜けていた。

でも、私は足の傷を心配し、家に入ろうとする太助に声をかけた。

「大丈夫?」

太助は振り返り、少し顔が赤いまま微笑みながら言った。

「大丈夫だよ。ありがとう、母さん。」

それを聞くなり、思わず私は太助を抱いた。そして泣いた。

その言葉にどれだけの意味があったのか、私には分かっていたからだ。

いつしか太助の足の傷は消えていた。
 
 

太助を部屋まで見送って、私は居間のソファに座り込んだ。

すると、那奈が入ってきた。

「おかえり。」

「・・・・・・」

那奈は微笑みながら声をかけてくれた。でも私には何も言えなかった。

今更ながらだが、子供たちの気持ちを理解できなかった自分が許せなかった。

でも私は、恐る恐る聞いてみた。

「ねえ那奈、もしかして私って太助に嫌われているのかしら?今でももしかして・・・・・」

那奈は一瞬きょとんとした表情になったが、

すぐに何かを思い出したような不敵な笑みを浮かべて、私に答えてくれた。

「・・・・・・母さん、普通男の人がどんな女の人を好きになるかって、知ってる?」

私は考えたが、答えは出なかった。

「大体母親のイメージを重ねちゃったりするんだよ。

だから太助もシャオに母さんを重ねているんだよ、きっと。

好きな女の子ができているってことは、母親が好きな証拠!

だからさ、嫌われていないよ。

それに、母さんとシャオって、本当に良く似ているんだから。」

フフッと那奈は笑って言った。その笑いが、私にはとても気持ちが良かった。

「そう…やっぱり私とシャオちゃんはつながってるんだ。」

私も、那奈につられて笑っていた。
 
 

小鳥が鳴き始めた。朝が近い。

私は改めて荷物をまとめた。

そして、誰も起こさないように、そっと家を出る。

門のところには太助がいた。私が出てきたのに気づいて、私の方を振り向く。

「おはよう。」

「おはよう。」

私は太助と挨拶を交わした。

私の目に熱い涙が溜まるのを感じたが、それを悟られないように笑ってやり過ごした。

門を出かかった時、太助が魔法をかけてくれた。

「いってらっしゃい、気をつけて。」

足が止まった。

すると、眼から我慢し切れなかった涙が伝わった。

私はそれをぬぐって、目一杯微笑んだ。そして

「いってきます。」

と太助に言った。

そして私は元来た道を歩いていった。

後ろには太助が手を振ってくれている。

振り向かなくてもそれが分かった。

私の心に、子供たちに分け与えるべき幸せが見つかった。
 
 

END



第三夜です。ついに完成です。

と言っても、本当はもっと早く世に送り出されるべき作品だったのですが、

テストラッシュに飲まれた結果、ここまで遅れてしまいました。

本当にすみません。

さて、今回の夢の解説。

言わずと知れたさゆりさんの夢です。

今回は子供たちに愛を振りまきに行くと言いながら、自分の子供たちに愛を振りまかなかったという

『罪』と、それを享受し、償う『贖罪』がテーマになっています。

原作(漱石さんの)も、大体こんな感じでかかれていますので、読んでみると良いでしょう。

今回は随分それに近くなっています。

贖罪意識にかられながらも、目の前の現実から眼を背けることができない。

でもその罪が現実に引き出され、呼応する。

そしてさゆりさんは贖罪する。

最終的には『罪』の集大成である太助が許す。大体こんな構成でできています。

漫画を見ると、よく考えてみれば自分の母親と言う意味で、「母さん」と言ったことってありませんでしたから、

今回はそれも絡めてみました。

あと、ごく当たり前な交流でも、さゆりさんにとってみれば嬉しいものばかりなんですよね。

書いている途中で思わず同情してしまいました。

今回は太助君が、さゆりさんの『罪』になっています。

そしてその中に埋もれていた本当の幸せを、太助君が教えてくれるとことが、今回内容をぎゅっと凝縮したところです。

”魔法をかけた”という表現は、今回一番良くできたと思ってます。

皆さんはこのお話から何を思いましたか?

このお話からいろんなものを汲み取ってくれれば幸いです。

第四夜は・・・・・・・原作にのっとるとすごい分かりにくいので、次回は完全オリジナル!

誰の夢かは・・・お楽しみです。では。


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