ユメジュウヤ
〜第二夜〜
その日は何でもない小春日和の日曜日だった。
自分の家のベッドに横たわって、外にいる小鳥のさえずりを目覚まし代わりに起きた。
一時期波乱を含んだ出来事に嫌気がさして、安らぎを得るために孤独が恋しくなったこともあったけど、
それから考えて見れば、俺も随分変わった。
14のあのときを境にして止められた孤独な時間は、もう俺には必要がなかった。
なぜなら・・・・・・・
「お父さん、起きてよ!朝だよ。」
ドアをノックもせずに少年が元気に入ってきた。
俺はその少年の言葉に従い、半身を起こした。
その声の主は、もう五歳くらいになる少年だった。
その顔は父親である俺の幼年期によく似ていた。
「お父さん、もうすぐ御飯できるよ。早く!」
「ああ分かった。」
俺は答えるなりベッドから起き上がった。
少年は部屋から出るなり、廊下をかけていった。
俺はベッドに腰をおろして、足もとの床を焦点のあわない眼で見ていた。
そして、「俺もいつの間にか父親なんだな」と思い、ふっと笑みを浮かべた。
着替え終わった俺は窓を開けて部屋をあとにし、顔を洗う。
水の流れる音に混じって、俺を呼ぶ子供の声がした。
顔を洗い終えて居間に入る。そこには紺碧の色をした長い髪が特徴の女性がいた。
「おはようございます。太助様。」
シャオだ。俺はそれを聞くなり笑って答える。
「おはようシャオ。でも“様”はつけなくていいんだよ。」
「あ、ごめんなさい太助・・・・・・・・・・・・・・・・・・・様。あっ!」
いつの間に日課となってしまった朝の俺とシャオの会話。
もう十数年以上経つというのに、相変わらず俺に対して“様”をつけて呼んでいる。
でも彼女は人の一生より長い間、心の清い主に何回も仕えていたのだ。
長年植え付けられた価値観はやすやすと消えるものじゃない。
だからまだ彼女にとって十数年というのも微々たる時間なのだろう。
そんな会話が続いているのを何度も目の当たりにしている俺の子供は、
不思議にそのことについて追求しなかった。
「御飯できましたよ。」
「ああ分かった。」
一通りの食事が済んだ俺達は、相変わらず平穏だった。
庭で鳥の鳴き声が聞こえ、外では遠くで子供達が遊んでいる声がする。
止められた時間でもこのようなことを感じることができたが
今はそれより何か、とても抽象的だが充実感があった。
俺は昔を思い出し始めた。その時子供が俺の背中に乗っかった。
「お父さん。どっか遊びにいかない?お母さんと一緒に・・・・・・」
「ん、ああいいよ。じゃあお母さんの洗い物が一通り済んだらな。」
「やったー!」
子供ははしゃぎながらその場を去った。
その後姿を見るなり、俺は昔を思い出すことが馬鹿らしく思えた。
「お父さん・・・・・・・・か・・・・・・・」
俺はその言葉をかみしめるように呟いた。
俺は子供とシャオの三人と一緒に、これといってあてもなく歩いていた。
子供は無邪気に走って俺達に早く来るよう催促する。
それを笑って俺達は返した。子供は更に早く先へと駆けて行った。
俺はそれを見送った。シャオは何故か足もとを見ていた。表情には雲がかかっている。
「・・・・・・・・・・・太助様。」
「ん?」
俺はいつの間にか昔に戻っていた。
「・・・・・・・・平和ですね。いつもここは。」
「ああ、そうだな。」
なんでもない光景。それは彼女にとって理想とされるものだった。
俺はそれを当然のように受け止めているが、シャオはまだ少し拒絶している。
「・・・・・・・」
シャオの表情はまだ晴れない。
「シャオ。」
俺は優しく声をかけた。
「はい!?」
「シャオ。シャオがあのときを境に人間として生きられるようになったんだからさ、
もっと、心の内から楽しんだほうがいいよ。」
この言葉を補足するなら
不老不死から解放され、すっかり身体も大人になった彼女には、命に限りがある。
だからいつまでも過去の価値観を引き摺って生きるよりは
解放された自由に従って生きたほうがよい。
それが本当の幸せであり、シャオが心の底から望んでいるものなんだ。
という意味が含まれていた。
「はい。」
シャオはその言葉に含まれた意味が判ったうえで答えた。
それをきっかけに俺は無意識だが、ごく自然にシャオの手をつないだ。
シャオは少し顔を赤らめる。
「シャオ。少しずつでいいから、変わっていこう。怖くないからさ。」
「・・・・・・・・・・・はい」
シャオは安心した表情で俺に向かって笑った。
その時、突風が俺達を襲った。
「!」
風の音が耳に入る。同時に砂がそれに乗って俺を襲った。
俺はとっさに腕で顔を覆う。
一回の突風を境に、先程よりは弱いが、風が吹き始めた。
俺が次に見たものは、信じられないものだった。
シャオが凍りついたように先程の笑みを浮かべて止まっていた。
そして風が吹くにつれて彼女の身体が砂となって少しずつ流されていく。
「シャオ!」
俺は叫ぶなり彼女の肩を持った。だが触れるなり、彼女の身体は砂となって崩れた。
「シャオ・・・・・・・・・・ウソだろ・・・・・・・・」
その砂は無情にも俺の足もとに広がった。
俺は力なくひざをついて崩れた。
いつの間にか俺の手もと足もとが、砂だらけになっている。
あたりを見渡せば、平穏な俺の住んでいる町が、全て砂漠と化していた。
植物、動物、そして俺の子供まで、砂漠の一部になろうとしていた。
建物は砂と化していないものの、すぐにでも崩壊しそうなほどボロボロになっていた。
いつの間にか俺の住んでいる町は、砂漠に広がる崩壊した町となっていた。
「どうなっているんだ?」
俺は崩れたままだった。立つ気力のようなものもなかった。
わけが分からないまま、俺は砂漠の一部となることなく崩れている。
俺の頭上には太陽が照っている。砂がその熱を吸収し、砂に触れている俺の手足は熱を持ち始めた。
俺は熱さに耐えきれず力の抜けたまま、仕方なく体を持ち上げた。
俺は手を広げてそれをみる。手についた砂が風に流されていった。
「町は・・・・・・動物は・・・・・・・・・・・子供は・・・・・・・・・そしてシャオは・・・・・・・・どこへいったんだ・・・・・・・・」
俺はうわごとのようにそれを言い続けていた。
自然に動く俺の足は、あてもなくただひたすら前へ進んでいた。
一歩一歩歩くたびに砂埃が俺の後ろへ飛散する。
足跡がついているはずだが、次第に強くなる風で消えていく。
「ハア・・・・・・・・・・ハア・・・・・・・ハア・・・・・・・」
日差しが強くなる太陽に照らされて、俺の体から汗が滴り落ちる。
そのせいか、どんどん足取りがおぼつかなくなっていく。
俺はまるで海へ向かって歩いているかのように、どんどん足が砂にとられていった。
それが膝までつくかつかないかの所まで来たとき、俺は再び崩れた。
「もう・・・・・・・・・・・動けない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」
俺が崩れてちょっと前のところに、澄んだ池があった。
「池?・・・・・・・・・・・・・・いつの間に・・・・・・・・・・・」
俺は手で池の水をすくい、それを飲んだ。水は砂漠の温度とは逆にすごく冷たい。
俺は必死にのどを潤そうとした。しかしその時俺は、その池に映る自分の姿に驚いた。
その姿は、大人としての俺ではなく、止まった時間の俺の姿になっていた。
「!・・・・・これが俺?」
それを確認するなり、俺に止まったはずである時間が、再び動き始めた。
俺はしばらくの間、池に映るその自分の姿を見ていた。
砂漠の熱さはいつの間にか感じることがなくなった。
本当は感じているのかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。
日は沈み、夜が来た。月が昇り、それが池に映る。
その月はとうとうと照っている。
俺はしばらく、池に映った月を見つめていた。いや、それしかできなかった。
でも俺の手はその池へと伸びていた。その池に手を入れるなり、そこから波紋が生じた。
生じた波紋で映った月が揺らめく。手もとから出てくる波紋は、
加減を知らないのか、いつまでも発せられた。
やがてそれが止まると、その月には懐かしい顔が映し出されていた。
止まったときを境に、シャオと会うことで知ることとなった人達の顔。
俺に幸運を授ける太陽の精霊 ルーアン
いつも俺にべたべたしてきたよな。
俺は懐かしがりながらもため息をついた。心の中で・・・・・・
神社の祭りを境にシャオに目をつけた神主 出雲
嫌なやつだったけど、あれからどうしてるのかな・・・・・・・・・・・・
俺にはそれを想像できなかった。
俺が雨の降っているときに傘を貸してあげたことがきっかけで知ることとなった愛原
俺以外に好きな人を見つけることができたのか?
俺はふと自問した。
俺に試練を与えていた大地の精霊 キリュウ
そういえば試練試練って躍起になっていたときもあったな。
苦悩の日々を思い出す。苦しいはずだったのに懐かしさが勝る。
時間の止まる前から知っていた友人、たかしに乎一郎
たかしは、本当にいいやつだったな。あれから何に情熱を燃やした?
乎一郎は、俺の時間が止まったと同時に変わったな。
あいつも時が止まったのか?
友人なのにも関わらず、心の奥底までは理解し尽くすことができなかった、と落胆する。
出会ったときの事や、その波乱の日々、そして俺の頭の中から何故か欠如されている別れの記憶。
それらが全て、やわらかい月の光に照らされて映し出された。
何度も、何度も・・・・・・・・・・・・・
走馬灯のようにそれらが映し出された。
だが不思議にその中には、俺の大事な人の姿がなかった。
なんで・・・・・・・・・
そう思うなり、俺がシャオと二人きりの刻の憧憬が映し出された。
海で花火をした思い出。チョコレートを貰った思い出。シャオに助けてもらった思い出。
シャオに泣かれて、同時に怒られた思い出。シャオのために頑張った思い出・・・・・・・・・
それを始め、先程には無かった、他の人達と体験した記憶まで映し出されていった。
みんな大事なものだった。だが今はそれが無い。
なんで・・・・・・・・・大事な人がいないから?ここに・・・・・・・・・・・・・
その答えに回答を導くことができないのを嘲笑うかのように、
池には嘲る南極寿星が映しだされた。
南極寿星 俺の止められた時間を無理矢理動かそうとしたじーさん。
俺は瞬きをした。それが俺には分かった。
なぜなら再び眼を開いたところには、それが再び動き出そうとした時間と場所に戻っていたのだ。
俺の家。俺が始めてシャオに促され、シャオの部屋に入った時。
その刻が俺の前で動き出した。
南極寿星がシャオに命令した。
「支天輪に、帰ってもらいます。」
樫の気の杖をシャオに向ける。
「・・・・南極寿星・・・・・・いや、やめて・・・・・・・帰りたくない!
私・・・・・・・・・・ここにいたいの!太助様のそばにいたいの!!」
シャオは泣きながら南極寿星に懇願する。
今の俺はあのときの俺だった。
あの時俺は、何もできずに彼女を帰してしまった。一言「シャオ!」と叫ぶことしかできなかった。
結局、止まった時間を動かされた。
いや、動かしたのは俺自身だった。
でも俺は、もう動かしたくなかった。
「太助様!!太助様!!」
俺はあの時とは違い、俺の名前を叫ぶシャオに手を伸ばした。
俺は彼女の手を取った。
しかし!
あの時とは違い、シャオは支天輪には戻らなかったが、
音を立てて、彼女が砕けた。
その目は閉じられていたが、彼女の眼には涙が溜まっている。
後悔の念が募る表情。
俺はやっぱり、止まった時間を動かした。
動かしその直後、俺はいつの間にか、彼女が始めて俺の眼の前に出てきた刻に戻された。
時間が止まりかけたときだった。
しかし、それが止まろうとするときに、少し前の時間に戻された。止まるのを否定するかのように。
そこからまた彼女が眼の前に出てきた。しかしそれもまた戻される。
戻されるスピードが速くなる。それは次第に速くなった。
何度も・・・・・・・・・・・何度も・・・・・・・・・・・・・
刹那、彼女の目もとから涙がこぼれる。水晶のようきらめくその一滴は、
音を立てずにはじけた。
俺の心、そして意識は潰された。
そして涙は俺の心を貫いた。
槍でやられたように俺は貫かれた。
俺は一瞬にして眼から涙がこぼれた。
だが涙は途中で消え、代わりに俺のリボンが落ちた。
俺は途端に砂漠へ引き戻された。
静かにリボンが池に落ちると、波紋を立てることなく俺から遠ざかっていく。
笹舟が流されていくように・・・
「シャオ!」
俺は手を伸ばした。しかし取れなかった。
時間は再び動き出そうとしていた。それはもう永遠に終わることは無いのだろうか・・・・・・
そう思ったとき、月が消えた。
リボンはまだ見えた。近くに見えるのだが、何故か取れなかった。
それはどんどん遠ざかっていく。時間が動き出す。
だが、そのリボンを池の向こう岸でとった人がいた。
姿は見えない。でも、大事な人だった。
俺の時間は、止まったのだろうか・・・・・・・・・
俺は夢から覚めた。時間は午前12時を指している。
ここは止まった時間だった。少し安心したが、俺の身体には汗だらけである。
荒い息遣いで俺は窓越しに見える月を見た。
それはさっき見ていた満月だった。
シャオ!
俺はベランダに出た。そこにはシャオが月を見ていた。
シャオは俺の存在に気がついた。
「太助様!どうかしました?」
俺はこの一言で、さっきのが何か、すべてわかった。
俺はシャオに抱きついた。まったく無意識にとった行動だった。
シャオはわけが分からない表情で俺を見る。
「太助様?一体・・・・・・・・」
俺は泣いた。依然としてシャオは何が起こったのか分からない。
「太助様・・・・・・・」
シャオは俺の頭をなでてくれた。
泣き終わったとき、俺はシャオと二人で月を見ていた。
周りは虫の鳴き声で支配されていた。お互い一言も出せなかった。
やがて、シャオが先に口を開いた。
「太助様・・・・・・さっきは何で泣いたりしたんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
俺は答えずにうつむいた。俺が何でシャオに抱きついたのか、
そして何で泣いたのかが分からなかったからだ。
思い出したくなかった。それが本音だった。
「何か、怖いユメでも見たんですか?」
言葉には出さなくても、シャオは俺の心を汲んでくれた。
心配してくれている今がとても貴重に思えた。
「シャオ・・・・・・・・」
「はい?」
俺は願いたかった。さっきのようなことが無いように、と。
「どんなときでも、俺のそばにいて欲しい・・・・・・・・たとえユメのなかでも・・・・・」
シャオは一瞬きょとんとした表情になった。
シャオはその言葉の意味がよく分かって無かったのかもしれない。
でもシャオは俺の手に手を乗せてくれた。
言葉の領域を越えて、俺の想いが伝わった瞬間だった。
「太助様、おやすみなさい。」
「おやすみ。」
俺はシャオにそういうなり、再びベッドへ戻った。
そして
「目が覚めても、またここにいられるように・・・・・・・・・」
そう俺は呟いた。
そして俺は、再び夢の中のユメへと戻ることにした。
END
第一夜と違って今回容量が少ないですけど、それなりに内容を凝縮したつもりです。
さて、なぜ第二夜の完成がここまで遅れたのでしょうか?
一応完成品はあったものの、それを正式に破棄したのには理由がありました。
それは、面白くなかったからです。(単純な理由ですね)
実を言うと、今回のユメジュウヤ第二夜は四作目になります。つまり、過去に三回も書き直したということです。
書き直す理由は、夢を見る人を二夜作成の段階で決めていなかった私のミスでもあります。
完成までの変遷は以下の通り。当初はたかし君の夢にしようと思っていました。
第一作目「よし、第二夜は無情感を出さなきゃいけないから、たかしの情熱を無情化した話にしよう!」
(結果、書いて、面白くなかった。)
第二作目「よし次こそは!」
(結果、これもまた駄作に終わる。)
第三作目「よし、話のステージを変えよう(たかしの夢のままで作ろうとする。)」
(結果、テスト途中でアイデアが挫折してしまったため制作を中止。)
結局このようなミスが相次いで、原点に返る事にして太助の夢となりました。
今回の話は、言ってみれば第一夜の続編として構成されています。ですから「あのときを境に・・・」
という記述は、第一夜を読んでいただければ分かります。
第一夜のあとがきで書きましたが、漱石さんは
「胸を暖める愛であるよりは、そうした愛への憧憬を必至とする存在の喪失感」を第一夜で書いたと言いました。
ですから、今回はそれにあわせて作ってみました。
以前と同様、地の文が多いですね。今回はあくまで太助主体で書いたので、
前よりかは”様”になっているとは思いますから、
少しは奥が深くできたのではないかと思います。(分からないって・・・)
これを読んで何かわかることがあったら、是非御一報ください。
メールはこちらまで→ fwht3305@mb.infoweb.ne.jp
まあ二ヶ月も休んでいましたけど、まったくアイデアを出せなかったわけではないので
恐らく五夜までは順調にできると思います。(本当かナ?)
次回の第三夜は、さゆりさんのユメです。それでまたお会いしましょう。