「スマイル・キーパーズ」


ここはとある郊外の街。
王都から大きく離れたこの町は規模としてはあまり大きくない。
そんな町の中にある住民の憩いの場ともいえる広場に、
二人の男女が現れていた。
男の方は20代半ばといったところでやや背が高い。
女もほぼ同年代で男よりやや小柄である。
共通するのは二人とも活発そうな印象をうける所だ。
町民が何人か集まってきた所で二人はしゃべり始めた。

「「はい、どうもー『チャップ&リン』です。よろしくお願いしまーす!!」」
「いやー、王都からはるばるここまでやってきたわけだけど、どう、調子は?」
「実は緊張して昨日はろくに眠れなかったのよー」
「そりゃまずいな、よし俺が羊を数えてやろう」
「ありがとう、それじゃ頼むわ」
「羊が一匹、羊が二匹…グー」
「あんたが寝てどうすんのよ!しかも寝付き早いし!」
「もう食べられないよぉ…」
「古くさい寝言を言うんじゃないの!」
男のボケに女がすかさずツッコミを入れる。
そう、この二人の男女は一言で言えば「お笑い芸人」なのである。
「もういいって」
「「どうも、ありがとうございましたー」」
最後に二人揃って頭を下げて漫才が終了した。
広場に集まっていた観客からはいくらかの拍手も送られたが
二人の前に置かれた箱の中には一銭も入れられなかった。

やがて広場から人が去って人気がなくなった頃、
二人は話し合いを始めた。
「うーむ…ネタのウケはけっこう良かったはずなんだが」
ボケ担当の男、チャップは首をひねっていた。
「今回の収入はゼロかぁ…きついわね」
ツッコミ担当の女、リンは空っぽの箱を覗きながら
憂鬱そうにつぶやいた。
「あ、あの…」
「ん?」
そこへ一人の少女が二人に話しかけてきた。
見た感じどうやら10代後半のようだ。
「どうしたの?」
「えっと…その…面白かったです…とても…はい…」
リンに笑顔で話しかけられて、少女は照れながら
ようやく自分の気持ちを話し始めた。
「あの…良かったら、少しお話させてもらっても…いいですか?」
なおも少女は照れながら話し続けた。
「いいわよ。あなたお名前は?」
「え、エリーです…」
その時、エリーと名乗った少女のお腹がぐーっと鳴った。
「なんだ、腹減ってるのか?」
それを聞いたチャップがエリーに尋ねてきた。
「いえ…平気です…」
「ま、こうして話しかけてきてくれた事だし…何か奢ってやるよ」
「え!?そ、そんな悪いです。ホントに平気ですから…」
「遠慮すんなって、ちょっと買ってくる」
そう言ってチャップは手近な店に入ってお菓子を注文していた。
「気にしなくていいわ。あいつは昔からああいう奴なの」
それを見てリンはエリーの横で微笑んでいた。

「んぐっ…お二人は…王都から来られたんですよね?」
チャップの買ってきたクレープを頬張りながらエリーが話しかけてきた。
「そうよ、私達はあちこち旅しながらさっきみたいに
漫才やコントをやってお金を稼いでいるの。
今日みたいにうまくいかない事もあるけどね」
「え、それじゃこのクレープの代金は…」
「ふふ、大丈夫よ。今日の収入はゼロだったけどまだ蓄えは残ってるから」
オロオロするエリーにリンは笑顔でそう話した。
「明日は自信作のコントをやるつもりだ。それでめいっぱい稼いでやるさ」
自信ありげにチャップは言ったがその言葉にエリーは表情を暗くした。
「ううん…この町でいくらやってもお金は稼げないと思います…」
「え…なんで?」
いきなり縁起でもない事を言われ、思わずチャップはそう応えた。
「この町は…税金が厳しくて…みんなほとんどお金ないんです…」
「あ…それでウケが良かったわりに全然お金が…」
思い当たったのかリンがそうつぶやく。
「みんな生活していくのがやっとで…私のお姉ちゃんが見かねて
町長さんに抗議に行ったんだけど…あれから…戻ってこなくて…うぅ…」
思い出したのかリンの目に涙が浮かんできた。
「泣かないで、ほら涙を拭いて」
リンが差し出したハンカチでエリーは涙を拭き取った。
「ごめんなさい…こんな話しちゃって…」
なんとか泣き止んだエリーは落ち着いて話し始めた。
「リンさんがお姉ちゃんに似てて…それでつい話しかけたんです…
ありがとうございました。私はもうこれで…」
ぺこりと頭を下げ、エリーはその場を去っていった。
そうしてそこにはチャップとリンの二人が残った。
「…どうする?チャップ?」
「決まってるさ。俺達はお笑い芸人、人を笑わせるのが仕事だ」
リンの言葉にチャップは一言そう言って微笑を浮かべた。


やがて辺りが暗闇に包まれ、町が眠りについた頃。
町長の屋敷にはいまだに明かりが灯っていた。
「おい…どうも今月の税金が少ないんじゃないか?」
明かりの灯っている一室では大きな机に座った男が金を勘定していた。
この男こそこの町の町長なのだが男は大柄で顔に小さな無数の傷があり、
とても町長には見えぬごつい顔だ。
「それは…町民のほとんどが税金を納めきれなかったもので…」
「ふざけんなバカヤロー!!」
部下の言葉に町長は怒鳴り声を上げた。
「この町で一番偉いのはこの俺だぁ!!
一番偉いこの俺の言うことが聞けないって言うのかぁ!!」
「そうは言いましても…」
「俺はな、昔王都で軍隊にいたんだよ。
そこでは階級が全て。上官の命令は絶対なんだよ!
町も同じだ。一番偉い奴が厳しく統制をとって
初めて全体の調和というもの成立するんだ!!」
「だからと言ってこの税金は無茶が過ぎるのでは…」
「うるさいぞ…お前も俺に逆らう気か?」
町長は懐から拳銃を取りだして部下に向けた。
「軍隊ってのは全体の統一が命だ。
それを乱す不穏分子は徹底的に矯正するのが俺のやり方だ」
「も、申し訳ありません…」
部下は向けられた銃口に怯え、ただそう応えた。
「とにかく税金の不足分は3日以内に納めさせろ。
それでも納めねぇ奴は片っ端から不穏分子として捕らえろ。
この俺に楯突いた生意気なあの女みたいにな…」
「はぁ…では失礼いたします」
表情を曇らせながら部下は町長の部屋を後にした。
「ふん…どいつもこいつも、この俺に反抗しやがって…」

「ぐあっ!」

「なんだっ!?」
扉の向こうから先程出ていった部下の声が聞こえてきた。
それもただ事ではない様子に町長は身を固くした。
ガチャ
しばらくしてドアを開けて一人の男性が部屋に入ってきた。
「おじゃましまーす」
のんきな挨拶をしながら現れたのはやや背の高い20代の男、
芸人のチャップであった。
「…誰だね君は。面会なら事前にアポをとってもらわないと困る。
それ以前にこんな深夜に尋ねてくるなんて非常識ではないかね」
「はは、それは申し訳ない。こちらも都合があったもんでね」
「…で、何か用なのかね」
「いや、この町は王都からだいぶ離れてるから王都の目が届かないのをいいことに
あんたが随分と好き勝手やってるようなんでね。ちょっとお仕置きに」
「…冗談を言いに来たのなら即座に帰ってもらおうか」
「冗談とはひどいな。俺はそんなつまらねーギャグ言わねーって」
「本気だとしたら君は相当愚かな男だな。正義の味方でも気取ってるつもりかね?」
町長は立ち上がると冷酷な表情を浮かべながらチャップに拳銃を突き付けた。
しかしそれに臆するどころか堂々としてチャップは話を続けた。
「いや、俺達は人を笑わせるのが仕事なんでね。
あんたがいなくなれば多くの人が笑ってくれるさ」
「言いたいことはそれだけか?」
町長はそう言って拳銃の引き金を引こうとした瞬間、
ゴンッ!
「うりゃっ!」
「ごはっ!」
町長が引き金を引くより早く、接近したチャップが
町長の頭にヘッドバットをお見舞いした。
「遅いんだよっ!!」
さらにチャップはふらついている町長の股間に蹴りを入れた!
ベキィッ!!
「ごはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
町長は悶絶しながら部屋に倒れて転げ回った。
「あ、いけね。けっこうマジに蹴っちまったけどつぶれてないか?」
「くっ…くそぉぉぉぉ!!」
頭にきた町長はなんとか落とさずにすんだ拳銃を
チャップに向けて躊躇なく発砲した!!

ダンッ!

「ぐあっ!」
銃弾は狙い違わずチャップの頭に直撃した。
「…いってぇな。何するんだ」
「なっ!?」
ところが、頭に銃弾を受けたにも関わらず
チャップは全くの無傷だった。
信じられない光景に町長は驚愕した。
「バカな!頭に銃弾受けて生きていられるはずがない!」
「俺はこう見えても体は丈夫な方なんだ。
芸人ってのは体が資本だからな。
これなら今朝やった漫才のリンのツッコミの方が痛かったぞ」
そう言うとチャップは町長を睨み付けた。
「とはいえ、やられた分は返さないとな」
ドゴンッ!
「ぐわっ!」
瞬時にして接近したチャップのパンチをまともにくらって
町長は壁に激突した。
「そんな…近付いてくるのが…見えなかった…
くそっ!元軍人の俺をなめるなっ!」
怒った町長がチャップに殴りかかった。
「おっと」
ビシッ!
「ぐぅっ!」
しかしそれは簡単にかわされ、カウンターに
足払いをかけられて町長は転倒した。
「くぅっ…」
さすがの町長も危機を感じ、立ち上がると慌てて
部屋の外に飛び出した。
「おい警備員何してる!侵入者だ!ただちに始末を…」
廊下に出た町長が見たのは廊下に気絶して倒れている無数の警備員だった。
中には先程部屋から出ていった部下の姿もある。
「ど…どうなってるんだ…まさかあいつが…」
「どうする?町長さんよ」
すぐ後ろから迫るチャップの声で町長は震え上がった。
「くそっ!まだ手はある!!」
町長は大慌てでその場を逃げ出していった。
「あっ、待てっ!」

階段を降り、地階へと逃げていった町長を追うチャップは、
やがて関係者でなければ知らないような特別な通路へと入り込んでいた。
「おらぁ!追いつめたぞ!」
ようやく行き止まりまで町長を追いつめたチャップ。
だがその町長の横には一人の女性の姿があった。
「…その人は…まさかエリーちゃんのお姉さん!?」
「ここまでだ、この人質の娘の命が惜しければそこから動かないでいてもらおうか…」
エリーの姉に銃を突き付け、町長は形勢逆転とばかりにチャップを脅迫した。
「はぁ…また随分と古くさい手を使うねぇ」
「やかましい!とにかく貴様が相当な手練であることはわかった。
元軍人の俺がかなわないんだからな。しかも銃がきかんとは…
だがこっちに人質がいる以上、もう手出しは出来まい!」
「それはどうかしら?」
その時、町長の横でエリーの姉が顔に手を当てると顔をビリビリと破いていった。
「なっ!?」
破れた顔の下から現れたのはチャップの相方のリンの顔だった。
エリーの姉だと思ったその女性はリンの変装だったのだ。
「き、貴様、何者だ!あの人質の娘はどうした!?」
「あぁ、あの人ならとっくに私が助け出して今頃安全な場所で眠ってるわ」
当然といった感じでリンはさらりと答えた。
「だ、だが、こっちに人質がいるという事実には変わりない!
降参しなければこの女の命はないぞ!」
その町長の言葉にもチャップは動じることなく応えた。
「やれるもんならやってみろよ。そいつがお前の手に負える女ならな」
「何をっ!」
トンッ
「ごふっ!」
唐突にリンに背中を突かれ、町長はその場に倒れ込んだ。
「な…なんだ…力が入らん…貴様…何をした…」
「ちょっとツボを押してあげただけよ、おかげで
力が抜けたでしょ?抜けすぎて指一本動かせないと思うけど」
「くっ…」
悪戯っぽく微笑むリンを町長は睨み付けた。
「さて…そろそろオチをつけるとするか…」
チャップは町長の取り落とした拳銃を手にとった。
「き、貴様ら一体何者だ…どこの組織の差し金だ!」
「勘違いするな…俺達は殺し屋じゃない。―――ただのお笑い芸人だ」
そう言ってチャップはニヤリと笑い、拳銃を町長に向けた。
「ま、待ってくれ!金なら払う!命だけは」
ダンッ!
町長が言い終わる前に、一発の銃声が響いた。



「お姉ちゃん!おねえちゃぁん!!」
「うん…エリー?」
翌日、町の病院のベッドでその女性は目覚めた。
その傍らには彼女の妹であるエリーが立っている。
「よかったぁ!無事だったんだねお姉ちゃん!」
「え…ここは?」
「ここは病院だよ。昨日お姉ちゃんが運ばれてきたって
聞いて慌てて飛んできたんだよ」
「運ばれてきたって…一体誰が私を…」
エリーの話を聞いて姉は怪訝な表情を浮かべた。
「お姉ちゃん心当たりないの?」
「うん…それがなんだかさっぱりわかんないの。
独房の中にいきなり誰か入ってきたかと思うと
すぐに気を失って…気が付いたらここに…」
「そういえば町長さんの部下の人も部屋から
出た瞬間に気を失ったって言ってたなぁ。
あ、そうそう。町長さんが昨日の晩に殺されたんだって。
その犯人も不明で今大騒ぎになってるよ」
「そうなんだ…」
「でもこれでこの町も少しは良くなるかも。役人さんが今回の事件で
町長さんの家を調べたら町長さんが色々と悪い事してた事を突き止めたから
すぐにでも王都に連絡が届いて新任の町長さんが来てくれるよ」
「…もしかしたら犯人が私を助けてくれたのかな?
わからないけどなんだかそんな気がするの」
「さぁ…でももしそうだとしたらちゃんとお礼を言いたいな…」

ガチャ

そこへドアを開けて二人の男女が現れた。
「おっす、エリーちゃん」
「元気にしてた?」
「リンさん!チャップさん!」
二人の嬉しい訪問にエリーは満面の笑みを浮かべた。
「よかった、エリーちゃん笑ってくれて」
「いい笑顔だ。やっぱり笑ってる顔が一番だ」
エリーの笑顔につられて二人の顔もにこやかになっていた。
「エリーちゃんのお姉さんですか?初めまして」
「あ、初めまして」
「具合は大丈夫なんですか?」
「えぇ、多少怪我があるだけで…少しの間入院すれば大丈夫です」
「よし、それなら元気が出るように俺達の漫才で笑わせてあげましょう」
「ふふ、チャップったら…それじゃここでよろしいかしら?」
二人はエリーとその姉の前に立ち、早速漫才を始めた。
「「はい、どうもー『チャップ&リン』です。よろしくお願いしまーす!!」」


おわり


後書き
久しぶりのオリジナル作品、「スマイル・キーパーズ」
いかがでしたでしょうか。
表はお笑い芸人、裏は暗殺のプロ、というこの設定が
なんとも私のツボでして、今回ストーリーを仕上げました。
ネタ自体は昔からあったんですが元々は男一人が主人公だったんです。
それを発展させて男と女の漫才コンビにしてみました。
ちなみに二人の名前を繋げると…某有名喜劇役者ですね。
一番苦労したのは冒頭の漫才シーンです。
毎週オンエアバトル見てるのに…
感想お待ちしています。


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