先日、女の子だけで翔子の家に泊まりにいった時、
みんなで山野辺家大浴場に入ったのだ。
全員が入ってもまだゆとりある大きな浴場で
キリュウはのんびりと湯につかってその温もりを満喫していた。
そこへふと一人の少女が近付いてきた。
「隣りいいですか?」
彼女は愛原花織。中学1年生の女の子で太助の後輩でもある。
「かまわぬが…珍しいな、何か用か?」
キリュウと花織はほとんど会話した事がない。
別に仲が悪いわけではなく、単に話す事がないからなのだが。
故にキリュウが珍しいと言ったのも無理もない事だった。
「だって…見て下さいよ、アレ」
そう言われて花織の視線の先を見てみるとそこには
シャオ、ルーアン、那奈、翔子といった
他のメンツがはしゃいでいる光景があった。
「あれがどうかしたのか?」
「…胸が大きい人なんて嫌いです」
「は?」
確かにあのメンツは多少の差こそあれ、みな胸が大きい。
「ルーアン先生や七梨先輩のお姉さんは言うに及ばず
シャオ先輩と山野辺先輩なんかあれで中学生なんて反則です」
そう言って花織は自らの胸を見下ろす。
幼児体型のその胸はまだまだ未熟だ。
中一では無理もないが。
「あーぁ、あたしももう少し胸が大きければ
七梨先輩を振り向かせる事だって出来るのに」
「別に…そんな事はないと思うが…」
「キリュウさんならわかりますよね?
私と同じくらい胸が小さいもん」
が―――――――――ん。
きっぱりはっきりと言われてキリュウは衝撃を受けた。
今まで気にした事もなかった。
どうでもいいとさえ思っていた。
それら全て否定された気分だった。
キリュウは自分の胸元を見る。
ぺったんこだ。ものの見事に。
いわゆる「つるぺた」だというのをキリュウは聞いた事がある。
どこで聞いたのか謎だが。
花織が自分と同じくらいと言うのも頷ける。
「頑張りましょうキリュウさん!胸が小さい者同士!」
慰められてしまった。
数千年を生き抜いてきた自分が、こんな子供に。
やめてくれ。慰めなどいらん。情けをかけるな。
同情するなら胸をくれ。
「私はこんなにも弱い存在だったのか…」
キリュウのプライドが、自信が、音をたてて崩れていく。
胸が小さいというそれだけの理由で。
「このままではいかん。私は試練を与える万難地天。
そうだ。これは私の試練だ…乗り越えてみせる!」
キリュウはその小さな胸に大きな決意を固めていた。
「とはいえどうしたら胸を大きくする事ができるんだろう…」
はたから見たら馬鹿馬鹿しい事この上ないが
本人にとっては最重要であるこの課題に、
キリュウは頭を悩ませていた。
「ふん…一人で考えても埒があかんな。
ここは誰かに助言をしてもらおう」
シャオの場合:
「む、胸ですか…うーん、よくわかりません。
昔からずっとこの体型ですし…」
「なんでもよい、思いつく事があったら言って欲しい」
「うーん、それじゃ…ありがちですけどミルクをたくさん飲むっていうのは?」
「ミルクか…よし、さっそくやってみよう」
冷蔵庫から紙パックのミルクを取り出し、
蓋を開けてそのまま口に運ぶ。
「よし…行くぞ!」
気合十分、キリュウは紙パックのミルクをゴクゴクと飲み始めた。
しかしミルクの量は多く、簡単にはなくならない。
(むぅ…なかなか多いな…だがこれしきの事で私は負けぬ!)
やがてキリュウはミルクを飲み干し、紙パックを見事に空にした。
「よ、よし…まずは一本目を制覇したぞ。この調子で二本目も…はうっ!?」
その瞬間、キリュウの腹がキリキリと痛み出した。
ミルクの飲み過ぎはお腹を壊す元です。気を付けましょう。
翔子の場合:
「む…胸!?ぶはははははは!!」
「笑うでない。私は真剣なのだ」
「いやいや、キリュウがそーんな女の子らしい悩みを持っていたとはね。
いいだろう。協力してやるよ」
「うむ。それで何かいい方法はないものかと…」
「それならやっぱりアレだろう…」
「アレとは…?」
「ズバリ!他人に揉んでもらう!!」
「も…揉む!?」
翔子の大胆な発言にキリュウは少し顔を赤らめた。
「そ、そんな事で本当に胸が大きくなるのか?」
「さぁてね、それはやってみなけりゃ…」
「そ、そうだな…じゃ後で一人で…」
「ふっふっふ、後でと言わずここであたしが試してやる!」
「ぬおおおお!!?」
キリュウ、翔子に胸を掴まれて大混乱。
「心配するな!あたしのこの手でキリュウの胸をビッグにしてやるよ!」
「な、何か手つきがやらしいぞ翔子殿ーっ!」
「とか言いながら早くも少し大きくなって…つーか固く…」
「翔子殿が触るからだーっ!!」
何が起こったのかは、キリュウの名誉のため秘密です。
那奈の場合:
「む…胸!?ぶはははははは!!」
「翔子殿と同じ反応だな」
「いや、悪い悪い。そうかそれならいい方法がある。
ズバリ!他人に揉ん」
「それはもう翔子殿にやられた。本気で貞操の危機を感じた」
「ちぇ、つまんねーの。それじゃ他には…そうだな」
しばし考え込む那奈。やがて何か思いついたようにキリュウに迫った。
「そうだ!妊娠すりゃいいじゃん!そうすりゃ間違いなく胸が大きくなるぞ!」
「に、妊娠!?それはいくらなんでも無理だろう!?」
「でもこれなら確実だと思うんだけど」
「妊娠するって…だ、誰の子を…」
「そうだな。とりあえずうちの弟あたりで手をうっておくか?」
「あ、主殿を!?」
一瞬想像してしまうキリュウ。
(わ、私が主殿の子を…つまりそれは私が主殿と…)
ぼふーっ!!
「あぁっ!キリュウどうした!?顔真っ赤にして煙なんか噴いちゃって!」
とりあえず、この案は保留、ということで。
ルーアンの場合:
「あははははははははははははははは!
あーはははははははははははははははは!!」
「…笑いすぎだルーアン殿」
「だ。だって!胸を大きくしたいだなんて!
あまりにもおかしくって…あはははははははははは!!」
「…もうよい。ルーアン殿には期待していなかったし」
「あぁ、待ちなさいよ」
笑いをこらえながらルーアンはキリュウを呼び止めた。
「胸を大きくするなら手っ取り早い方法があるじゃない」
「なんだ…」
信用してないのか、キリュウの目は冷ややかだ。
「万象大乱使えば一発じゃない。それこそどんな大きさでも自由自在よ!!」
それを聞いたキリュウはハッとした。
「そうか!その手があったか!何故気付かなかったのだ…
私には大地の精霊たる証であるこの短天扇があったではないか!
灯台もと暗しとはこの事だな…礼を言うぞルーアン殿!」
意気揚々として去っていくキリュウの背中にルーアンはつぶやいた。
「あの…冗談よ?ちょっと、聞いてる?」
さて、ついに解決策を見出したキリュウであったが
いざとなるとなかなか決心がつかないでいた。
「むぅ…はたして胸に万象大乱が通じるのであろうか…
通じたとしてもどのくらいの効果があるものか…」
キリュウの長い人生の中でも未知の体験なので
さしものキリュウも躊躇っている。
そりゃ胸に万象大乱を試した事などないだろうが。
「いや、私は試練を与える万難地天。
これしきの事で恐れてはいかん。私は…やる!」
キリュウは意を決して短天扇を広げた、その時。
「何してんだ?キリュウ?」
「ほぅっ!?」
突然話しかけられ、慌てるキリュウが
後ろを振り向くとそこには主である太助が立っていた。
「なんか今日はバタバタしてるけど何かあったのか?」
「いや…その…」
言葉を詰まらせるキリュウだったがやがてぽつりとつぶやいた。
「主殿…女は…やはり胸が大きい方が良いのだろうか…」
「む、胸?…いや、俺に聞かれてもな…」
「そ、そうだな」
「うーん、でも…とりあえず似合ってて可愛ければ
それでいいんじゃないかな?」
「そういう…ものか?」
「あぁ、キリュウだって十分可愛いと思うよ?」
「なっ!」
ぼふーっ!
「あぁっ!キリュウどうした!?顔真っ赤にして煙なんか噴いちゃって!」
鈍感。
「もう胸の事などどうでもよくなった…あれほどこだわっていたのが嘘のようだ…」
そうつぶやくキリュウはすっきりとした晴れやかな表情を浮かべていた。
「そうだ。私は気の遠くなるほどの長い年月をこの体で生き抜いてきたのだ。
もっと誇りを持たねば…それに気付かせてくれた主殿には感謝せねばな…」
彼女は立派に己に課した試練を乗り越え、大きく成長したのであった。
太助へのお礼にはもっと成長出来るよう大きな試練を与えるつもりだ。
…本人いい迷惑かもしれんが。
「しかし胸に万象大乱が効くかどうかは…一度試しておきたいな」
せっかくの名案を使わずじまい、というのも勿体ないと
しばし考えるキリュウ。
「よし。今度花織殿に試してやろう。胸が小さいと嘆いていたようだし…」
けっこう鬼だ、あんた。それともちょっと根に持ってる?
後書き
ノリと勢いだけで書いたネタ。
とりあえずキリュウさんは貧乳だと思うんですよ(知らねぇよ)
なんか後半キリュウ×太助になっちゃった(笑)