Night Worker〜闇に彷徨う魂の賛歌〜
近年、世界はめざましい科学の発展を遂げた。だが、その代償として森林伐採・大気汚染といった自然破壊で多くの動物達が絶滅していった。
そしてその被害者は動物達だけではない。住む土地を追われた妖怪・魔物、死んでいった動物達の怨霊などが復讐とばかりに夜な夜な人を襲っているのだ。その被害が多大なため、各国の重役は話し合い、昔から陰陽道などの霊達と戦う術(すべ)を持っている日本にその本拠地を設けた。『Night Worker(夜の労働者)』と名付けられたその組織は、各地の法師・陰陽師・霊能力者や他国の神父・封魔士・ゴーストバスターといった専門家をスカウトした。そして妖怪・魔物・悪霊といったもの全てをひっくるめて『Darkness Resident(闇の住人)』と呼び、全ての『Darkness Resident』に賞金をかけた。そして雇った専門家達には階級をつけ、組織から報酬を受け取れるシステムを形成させた。こうして『Night Worker』と『Darkness Resident』の壮絶な戦いが始まった・・・・
全てが闇につつまれる夜。今宵もまた『新たな世界』の扉が開かれた。
「グ・・・・グルルル、ギヤァァァァ!!!!」
人でも獣でもない生き物。いや、生き物かどうかさえ分からないそのモノは辺りが震えるような雄叫びを上げた。巨大な虎か獅子の様な体を振るわせ、周囲の建物を破壊していく。
「あ〜、もう、近所迷惑でしょ!・・・・ハァ、こんなに夜遅くまで起きてたら肌が荒れちゃうよ・・・・」
手に札を持った少女が愚痴を言いながらそのモノに飛び掛った。
「グギャアァァァ!!!!」
少女に気付いたそのモノは鋭いツメを伸ばし少女に襲い掛かってきた。
「はいはい、そんなの鈍くて全然当たんないから。」
襲い掛かるツメを無駄のない動きで全て避けると、手に持っていた札を投げつけ唱言を唱えた。
「闇に生きる邪悪なる者よ、浄化の力により永久(とこしえ)の世界へ誘わん・・・・」
と、少女は眼を見開いて叫んだ。
「破邪・滅却!!」
「ギ、ギャァァァァ!!!!」
悲痛な叫びと共にそのモノは消えて、静けさだけが残った。
「これで7匹目・・・・っと。」
懐から水晶を取り出し、辺りに満ちている邪悪な空気を吸い取った。
ズゲシッ!
背後からチョップが放たれ少女の後頭部に直撃した。
「痛〜・・・・いきなり何するのお兄ちゃん!?」
涙目になって後頭部を擦りながら後ろを振り向く。
「お前、また高い札使っただろ!あれは護身用だってのに、こんな低級霊で使いやがって!!」
「だっていちいち攻撃するの面倒なんだもん。」
はたから見れば仲のいい兄妹だが、この二人も『Night Worker』に所属している退魔士である。兄のほうは霧島 秀一(きりしま しゅういち)。組織の中でもかなり名の知れた人物、その実力も上位で。階級もS〜Gの8段階のうちのAランクである。そして、妹の方の霧島 香凛(きりしま かりん)もまだ組織に入って日は浅いが十二という年齢で試験に合格し、組織に入ることが出来た実力者である。ちなみにランクはE。
「ったく、うちの家系が苦しいこと知ってんだろ?少しは節約しろ。」
「・・・・ごめんなさい。」
秀一はやれやれ、と苦笑しながら踵を返した。
「帰るぞ、明日は学校があるしな。」
「うん。」
翌日。
学校から帰宅した秀一はポストを開け、郵便のチェックをしていた。すると、その中に水色の封筒が混じっていた。
「(召集令状・・・・?国内か、珍しいな。)」
凶悪な『Darkness Resident』が現れた場合、ランクA以上の『Night Worker』
を集め、協力して退治させていた。今までの召集はほとんどが国外でのことだが、今回は国内での召集。本拠地がある日本ではかなり珍しいことである。
「(上の方は随分と慌てているみたいだな。)」
とりあえず同封されている書類に目を通す。その中身はこう書かれていた。
――――最近、国内で強大な闇が姿を現している。すでに被害者は50を上回り、討伐に向かった者も全て消されてしまった。被害者は全て少女、体内の血が全て抜かれているところからして吸血鬼の類だと判断された。よって、今夜0時に実力者同士が協力し討伐作戦を決行する。諸君らの健闘を祈る。
「・・・・少女ばかり・・・・か。」
秀一の表情が若干強張った。ふと、香凛の顔が脳裏によぎったのだ。
「どうしたの?そんな怖い顔して・・・・」
声の方を向くと、きょとんとした表情で香凛が立っていた。
「いや、何でもない。それより今日は夜の仕事は無しだ。」
「ホント!?それじゃ、久しぶりにゆっくり眠れるね。」
「あぁ、そうだな。」
秀一は努めて明るく振舞い、自室に戻った。
夜。
「やれやれ、移動費ぐらい組織の方で出してくれてもバチは当たらないと思うんだけどな。」
集合場所に到着した秀一はそう嘆いた。
「フッ、あまりそう責めないでくれ。今は不況だからな、組織の方も経営が大変なんだ。」
隣に立っていた二十代前半ぐらいの背の高い青年がそう話した。彼は組織の幹部で、『Night Worker』達を束ねる存在である。その実力は組織でも右に出る者はいないと言われるほどである。彼は『絶対なる審判者』という異名が与えられていた。これは組織が個人のプライバシーを守るために、全ての所属者に与えていることで、同業者は、異名で互いに呼び合っている。
「で、今回は随分と豪華なメンバーですね。隊長。」
秀一は彼のことを隊長と呼んでいた。彼に限らず一部の人は彼のことを隊長と呼び、慕っていた。
「資料は見ただろ?あれだけ被害にあった人がいるんだから当然だろうね『天使の右翼』」
『天使の右翼』というのは秀一の異名である。
「全く、こんな若造が来ても足手まといなだけだろ。」
背後から割り込むように無精ひげを生やした中年の男性が寄ってきた。
「そう悪く言わないでくれよ。こいつの力は頼りになるからな。」
「フンッ!最近の試験は簡単すぎるからこんな青い奴が出てくるんだ!」
いわゆる嫉妬というものだ。数年かけて築いた自分の地位に、ほんの少しの期間で同じラインまで上がった者。そんな者を見ているとそうなっても仕方ない。
「分かってますよ。まだまだ実績の少ない未熟者です。足を引っ張らないように努力するのでどうぞよろしくお願いします。」
「フンッ。分かってんならいい。」
秀一が謙虚にそう言うとその男もそれ以上咎めることはしなかった。こういう組織は上下関係が厳しい。下手にぶつかるよりこうして口で言いくるめて乗り切ったほうが得策だということを秀一は知っていた。
隊長は主力のメンバーを呼び、作戦を伝えた。
「さて、それでは今回の作戦だ。今回はおとりの『Night Worker』を呼んでいる。おとりに奴が引っかかったのを確認し次第、一斉に攻撃する。向こうはかなりの手慣れみたいだ。2区間離れたところに救護班を待機させているから、無理せず傷を負ったら離脱するんだ。」
と、ここまで説明すると連絡係から通信が入った。
「隊長。おとり役、ただいま到着しました。至急そちらに連れて行きます。」
その連絡が入ると、隊長はふと辛そうな表情を浮かべた。
「(・・・・上層部が焦っているのはわかる。だけどこの作戦はあまりにも彼女にとって危険なものだ、それに最悪の場合最も恐ろしい事態に陥る・・・・)」
彼は目を閉じると、辛い決断を下した。
「・・・・これより、『天使の左翼』おとりに、作戦を決行する。」
「なっ!?『天使の左翼』だって!?」
その言葉に秀一は同様を隠せなかった。『天使の左翼』―――それは霧島香凛の異名であった。
「・・・・『天使の左翼』ただいま到着しました。」
その場に香凛が到着した。その表情は恐怖や不安といった表情はなく、決意に満ちていた様子であった。
「・・・・この作戦、何故こいつを巻き込んだんですか!?」
秀一は殺気立たせて隊長に問いかけた。
「これは上の命令だ・・・・おとりには彼女が一番適している。」
「だからって・・・・」
「だったら一般人をおとりにするかい?・・・・彼女はまだ日は浅いが立派な『Night
Worker』だ。自分の身は自分で守れるだろう。・・・・これが一番最良の選択だ。」
隊長の言っていることは筋が通っている。そのため秀一は反論ができなかった。
時計の針が指定された時間を刻み、ついに作戦が始まった。
「いいか、相手が姿を現したらすぐに逃げるんだぞ。」
「うん。」
香凛は辺りを警戒しながら慎重に歩いていった。すると、前方の方に無数の影が姿を現した。
「姿を現した!戦闘部隊は一斉攻撃を開始。後の数名は『天使の左翼』の保護を急げ。」
隊長の指示により数人がその影に向って攻撃を仕掛けた。その影は『Night Worker』達の姿を見ると、一目散に逃げていった。
「さぁ、貴女は安全なところに・・・・」
「あ、はいっ、分かりました。」
紳士のような雰囲気を出す青年が香凛をつれて戦線を離脱した。
「・・・・おかしい、何でこんなにあっけないんだ・・・・?」
その影と戦っていて秀一はふと疑問を抱いた。
「(こいつら、本当に例の奴なのか・・・・?どう考えても式神や使い魔の類・・・・まさか!?)」
そこまで思考を巡らせると秀一はこれが罠だということに気付いた。
「た、大変です隊長!」
通信係が血相を変えて飛び込んできた。
「先ほどの連絡によると、何者かの手により待機していた保護班が全滅したと言うことです。」
「何だって!?ではさっきのは・・・・」
こちらも異変に気付いたようだ。隊長はすぐさま攻撃班に指示を出した。
「戦闘部隊、奴らは罠です。至急戻って体勢を整え・・・・」
「フッ、フハハハハ。」
指示の途中、辺りに甲高い声が響いた。声の方を見ると先ほどの紳士的な青年が高層ビルの上に立っていた。そしてそこには香凛の姿もあった。
「『Night Worker』の諸君。感謝するぞ、今宵はこのようなご馳走を用意してくれたのだからな。」
「くっ、離してっ!」
暴れてみたところで所詮、少女の力ではびくともしない。
「そう暴れなくても離してやる。・・・・その体の血を吸い尽くしてからな。」
そう言うとその吸血鬼は香凛の首筋に噛み付いた。
「い、やぁ・・・・。」
「素晴らしい、力が沸いてくるようだ・・・・このような美酒、飲んだのは始めてだ。」
吸われていくたびに体の力が抜けていくのを感じる・・・・もはや立っていることさえ出来ない。
「う・・・・あ・・・・」
そして呻き声と共に、香凛は崩れ落ちるように倒れ意識を失った。
「やれやれ、まだ半分も吸ってないというのに気絶されては吸いにくくて困るな。」
などと言ってもう一度香凛に噛み付こうと手を伸ばした直後。
パンッ!
「がはっ・・・・な、何だ・・・・」
背後から思いっきり頭部に衝撃が走った。振り返ると、そこには秀一が凄まじい殺気を放って、睨みつけていた。
「ごめんな・・・・お前をこんな危険な目にあわせちまって・・・・」
そっと香凛の体を抱きかかえると、先ほど噛まれ、血が流れている部分を優しく舌で舐めた。そして、ビルを飛び移り、隊長達がいるところまで来ると、そっと香凛を預けた。
「こいつのこと頼みます・・・・それと、もうここから離れてください。」
隊長は黙って頷くと、皆に撤退するように指示した。
全て撤退した後、秀一はその吸血鬼と互いに睨みあっていた。
「貴様、よくも私の獲物を逃がしてくれたな・・・・この恨み、貴様を切り裂いて晴らしてくれる!!!!」
吸血鬼はそう叫んで秀一に襲い掛かった。だが、秀一は紙一重で避けて腕を掴んだ。そして人とは思えない力でその腕を引き千切った。
「隊長!どうして引き上げるんですか!?」
撤退に不満を持った者がそう問いかけた。
「・・・・さっきの彼は昔の彼だったからね。」
「昔の・・・・?」
隊長はゆっくりと重い口を開いた。
「今の彼は『天使の右翼』と呼ばれているけど、これほど彼に似合わないと思った異名はないね。昔の彼の異名は『血に染まる死神』だったから・・・・」
「・・・・血に染まる・・・・死神?」
「表向きでは数ヶ月でAランクに上がったと言われているけど、本当は3日もかかってないんじゃないかな。」
ランクは倒した数や稼いだ賞金で付けられる。よほどの実力を持つものでもAに上がるには少なくても1年は必要なのだ。
「とにかく彼は強い。その戦う姿は相手からすると本当に死神のように見えるんじゃないのかな?」
救護班と合流し、そっと香凛を救護班に預けた。
「最善の治療を頼むよ。もし彼女に何かあったら死神の鎌は組織に振りかざされかねないからね。」
冗談っぽく話しているが、目は笑っていない。
一方、こちらの戦いも終局を迎えようとしていた。
「お、おのれ・・・・何故だ、何故こんな奴に・・・・」
両手と片足を引き千切られ、立つことさえ出来なかった。
「1つ聞く・・・・お前は血を吸うときいつもあんなに楽しそうにしているのか?」
「フンッ、愚問だな。当たり前のことだ。泣き叫ぶ者に恐怖と死を与える。それこそ至上の幸福だ。」
「そうか・・・・釈明の余地無し・・・・か。」
秀一はそう言って唱言を唱え始めた。
「我が体に眠る朱雀よ、汝の力、今ここに蘇れ・・・・」
周囲を紅蓮の炎が埋め尽くした。
「朱雀・転生!!!」
「ギャアアアアァァァァァ!!!!」
刹那、吸血鬼は塵と化した。
まだ闇の消えない夜に、二人の姿があった。
「ごめんなさい・・・・お兄ちゃん疲れてるのに・・・・」
秀一は香凛を背負って帰途に着いていた。
「気にするな・・・・お前は今、血が足りてない貧血状態なんだからな。」
「・・・・うん・・・・」
申しわけなさそうに香凛は秀一の背中にピタッと顔をつけて囁いた。
「ごめんなさい・・・・また迷惑かけて・・・・」
「謝る必要ないだろ・・・・いや、むしろ俺が謝らなくちゃな、あんな危険な目にあわせちまって・・・・ごめんな。」
ゆっくりと歩いていた足が不意に止まった。
「香凛、見てみろ。」
秀一が指をさした方を見ると、緑色の光が幾つも宙に舞っていた。
「ホタル・・・・綺麗だね。」
「ホタルって人間の命と同じだって知ってたか。」
「人間の命と同じ・・・・?」
秀一は微笑んで話し始めた。
「ホタルはすぐ死んでしまってひと夏も生きられない、人間の命ってのもこの地球が生まれた年月に比べて見ればすごく短いだろ?そんなところが同じなんだ・・・・どんなに頑張ってもほんの少ししかこの世に存在できない。永遠なんて実際は存在しない。ほんの一瞬だけの出来事でしかない。」
疲れていたのだろう、気付くと香凛は安らかな寝息を立てていた。
「(お前と一緒にいる時間はどのくらいなんだろうな・・・・まぁどのくらいにせよお前を任せることが出来る男が現れるまでは・・・・)」
またゆっくりと歩みだした。
「お前を守ってやるからな・・・・」
誰にも聞こえないような声でそう呟くと、秀一は夜空を見上げた。
澄み渡った黒いキャンバスに無数の星が散りばめられていた。
今宵もすべてのモノに一時の安らぎがありますように・・・・
END
あとがき
ども、ちょ〜さです。
私にも安らぎが欲しいです。これ書いていて一睡も出来ませんでした(本当の話です。)
こういった話はハッキリ言って苦手ですが、読んでいただけたら光栄です。
ではでは。