春風の音色〜song for you〜

 

流れる風が桜の花弁を運んで行く。

出会いと別れの季節・・・・春。

とある学園のとある生徒・・・・彼がこの舞台の主役である。

 

 

「・・・・眠ぃ・・・・」

青年は一言だけそう呟くと、ベンチに腰掛けて眠りついた。

彼の名は神崎 唯人(かんざき ゆいと)容姿はなかなかのものだが、勉強も運動も常人並のそれこそどこにでもいるような青年である。

ただ、彼の家はその地域では有数の名家。両親に期待され、地元の住人には持て囃された。このような立場になると人間の隠れた部分を知ることがある。

媚を売って利益を手に入れようとする者、嫉妬して陰口をたたく者、様々な人間の負の部分を知った。その結果、彼は地位や名誉を捨て、こうして自分を知る人の居ない遠くの学園に入った。

「・・・・」

人通りの少ない中庭には彼の姿だけあった。今日は入学式、新入生は皆、式に出席している。だが、彼は面倒だったためサボってしまったのだ。

「コラッ!あなた新入生でしょ。駄目ですよこんなところでサボったりしたら。」

耳元でそう言われ体を揺すられたため、瞼を開ける。するとそこには自分の背丈より頭1つ小さい少女が立っていた。

「・・・・そういうあんたは行かなくていいのか?」

そう答えると少女の表情がだんだんと怒っていった。

「私は上級生です。2年生なんです。あなたより1つ上なんですからね!」

「そうだったか・・・・すまない、どう見ても同い年にしか見えなかった。その制服でなければ年下にも思えるけどな・・・・」

「うぅ〜・・・・人が気にしていることをよくもまぁずけずけとおっしゃって下さいましたねぇ!このまま先生方をお呼びして入学早々処分を受けますか?」

流石にそんな面倒な事態になってしまってはいろいろと都合が悪い。

「悪かった、今からきちんと行くから内密に頼むよ。」

そう投げやりに謝罪の台詞を言い残して立ち去ろうとした・・・・が、

「待ってください!」

ふと、呼び止められ、その少女の方に振り返る。

「私は御凪 希望(みなぎ のぞみ)です。」

「・・・・別にあんたの名前なんかどうでもいい。」

「そんな言い方、失礼ですよ!私はあなたの名前が知りたいんです!名前を聞く前に自分の名前を名乗るのは常識ですっ!」

「・・・・プッ。」

小さな体で懸命に背伸びをして怒ってる姿はあまりにも滑稽で唯人は思わず笑ってしまった。

「ハハッ、あんた面白いな・・・・俺は神崎 唯人。よろしくな、先輩。」

そういい残して唯人は式が行われている講堂の方に行った。その後ろではまだ希望が頬を膨らませて怒っていた。

 

 

後日。

「やっぱりここはいいな、誰にも邪魔されずに春眠を貪れる。」

唯人はいつものように中庭のベンチに横になって昼寝を始めた。この学園は広く、敷地内なら何処でも生徒が利用できる。屋上や公園といった場所も生徒が自由に使えるため、中庭を利用する生徒はほとんどいなかった。そのため唯人はこの中庭をよく利用していた。

「桜を見ながら昼寝ってのもなかなかいいもんだな。」

うとうとして眠りにつこうとした時。ふと、耳に微かな旋律が流れてきた。

「(・・・・この音色はたしか・・・・)」

瞼を開けてゆっくりと上体を起こした。目の前にはその音を出している原因が立っていた。入学式で出会った希望である。

「あれ?お目覚めですか?」

「あぁ、うるさくて目が冴えた。」

希望はムッとして反論してきた。

「うるさいとは何ですか!せっかく気持ちよく眠れるようにとこうして吹いていたのに。」

「さっきの音色・・・・手に持ってるそれはクロマチックハーモニカだろ。」

クロマチックハーモニカとは内部が二段構造になっていて1つの穴で4つの音を奏でることができ、その変化に富んだ豊かなメロディーラインはジャズやポピュラー、日本の曲と幅広いジャンルと相性がいいハーモニカである。

「へぇ、唯人君は楽器に詳しいんですね。」

「昔取ったなんとかってやつだ。」

唯人は小・中と様々な習い事をさせられた。そろばん、習字、剣道など遊ぶ暇もないぐらい習っていた。そのうちの1つの音楽教室で、楽器の知識を身に付けたのだ。

「あんたは吹奏楽部にでも入ってるのか?」

「いいえ、どの部活にも所属はしてないですよ。ただ、音楽大学を目指しているので放課後によく先生に指導をしてもらってます。」

「指導・・・・ってそのハーモニカを?」

「違いますよ。これはあくまで趣味で吹いているだけです。指導してもらっているのはピアノです。」

「ピアノ・・・・か。ピアニストにでもなりたいのか?」

「そうですね、出来ればなりたいですね。」

唯人は希望の言葉に多少違和感を感じた。

「変わった答えだな。普通は「絶対になりたい。」とかって答えるものじゃないのか?」

希望はその問いに苦笑しながら答えた。

「私、そういう競ったりとかって苦手で・・・・ピアノは楽しいから弾いているんです。人を蹴落したりして弾いても楽しくないですよ。」

「・・・・変わった考えだな。そんなんじゃ社会に出てから生き残れないだろ。」

「あはは、友達にもよく言われます。でも、人を不幸にしてまで幸せにはなりたくないですよ。」

この瞬間、感じていた違和感が何なのか理解できた。彼女は自分の知っている人間と正反対だったということに。

「私の話はもういいじゃないですか。それよりも、唯人さんはどうなんですか?家はここから随分離れたところと聞きました。何かやりたいことがあって、ここに来たんでしょう?」

今更隠す必要もなかった。唯人は手短にこの学園に来た経緯を話し始めた。そして全てを話し終えると苦笑して言葉を続けた。

「結局、俺は自分の立場が嫌でここに逃げてきただけ、目的も何もなく・・・・な。」

そんな唯人に希望は微笑んだ。

「唯人さんはちゃんと目的があるじゃないですか。」

「えっ・・・・?」

「今までの自分を捨てて、新しい自分に変わる・・・・っていう目的が。」

「新しい自分に・・・・?」

「はいっ!もう唯人さんを縛り付ける地位も名誉もここにはありません。唯人さんがしたいことをすればいいんですよ。」

笑顔でそう答える希望を見ると自然と唯人も笑顔になった。

「あんた、ホントに変わってるな。」

「どうでもいいですけど、一応私先輩ですから「あんた」呼ばわりは止めてくれませんか?」

怒ってそう言う彼女の姿を見ると、さらに笑みがこぼれてくる。

「なぁ、さっきのハーモニカ、すごくよかった。もう一度吹いてくれないか?」

「話を逸らさないで下さい!それにさっきはうるさいって言ってたじゃないですか。」

「あれは寝ていたからだ。今はもう目が冴えている。」

「もう・・・・演奏料取りますよ。」

ハーモニカを口にくわえ、ゆっくりと息を吹き込む。

「(とりあえずこの人に出会えただけでも、ここに来た意味があったな・・・・)」

なんてことを考えながら、唯人はハーモニカの音色に耳を澄ました。

やがて奏でられた旋律は春風に乗って桜の花弁と共に遠くまで運ばれる。

春、それは出会いの季節。

どうか・・・・あなたにも素敵な出会いがありますように・・・・

 

 

END

 

 

 

 

あとがき

 

ども、さすらいの小説家(笑)ちょ〜さです。

如何だったでしょうか、この『春風の音色』は。何だか書いていてこそばゆくなってしまいましたが、それなりに頑張れたと思います。雑文ですが、最後まで読んで頂けたら嬉しいです。

ではでは。

 


戻る