「まもって守護月天」《絶守冥天推参編+知教空天推参編》

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【第伍話 変わらぬ時を―昼食前の日常〜昼食後の非日常―】

 

春の昼休み。

きっとそれはのどかであるに違いないだろう・・・・・・たぶん。

ちなみにいまは、ついさっき4時間目終了のチャイムが鳴り、ちょうどそれに入ったところである。

太助は机を占領していた教科書や筆記用具やらをしまい、鞄の中から弁当箱を取り出した。

そこで太助は一息つき――そして軽く意を決し――、“彼女”へと歩み寄る。

そして、“彼女”の真横に着き、右手に持っている弁当を掲げて見せ、できるだけ明るい声を出す。

「シャオ、弁当いっしょに食べないか?」

彼女――もといシャオがこちらに振り向く。

しばしの沈黙の間見つめ合い、その間に思わずごくりと唾を飲む。

するとシャオは太助の期待通り、にっこりと笑みを作った。

「はい、太助様」

思わず、安堵の息が漏れる。

「そうか、よかった。じゃ、屋上に――」

と、太助は言いかけて、気になることを思い出す。

(あれ、そういえばキリュウたちは・・・・・・?)

この教室から出ていった覚えはないし、少なくとも自分はそれを見ていない。

それに、知り合い、いやかなり仲の良い友達――ルーシェはもうそうなっているのだろうか?――でもある彼女たちならば、

視界の範囲に入ればたいていは気づくし、なにより授業中も時たま窓の外を眺めていたので、たとえ意識していなくてもい

ままでそこにいた者がいなくなれば、なんらかの違和感を感じるはずだ・・・・・・たぶん。

しばらく考えたのち、太助はあるひとつの結論にたどり着いた。

(まさか・・・・・・)

確か最後に窓の方を見たのは3時間目の終わり頃。

その時に、まだ空を眺めてるのか、と胸中でつぶやいたことを覚えている。

つまり――

「いや、まさか・・・・・・」

太助は苦笑しながら言った。

「太助様、どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ、シャオ」

シャオをなるたけ心配させないようそう言い、そして窓の外を見ると――

(はは、やっぱり・・・・・・)

キリュウとルーシェは、目線の先にいた。

ふたりとも、最後に見た時と同じ姿勢で空を眺めている。

ルーシェは寝ているかもしれないが。

とりあえず太助はそのキリュウたちに声をかけるため、ベランダの入り口から声をかけた。

「キリュウ、ルーシェ。屋上に行かないか?」

“なにをしに”、が抜けたが、とりあえずそれは気にしないことにしようと太助は心の中で考え、答えを待つ。

そして、答えてきたのは意外にもルーシェ――ただし太助の方に顔を向けず、半眼で空を見上げながらだが――。

「あ、もう、そんな時間でしたか・・・・・・で、キリュウはどーする?」

隣でルーシェと同じ体勢をしているキリュウが、ルーシェの方を振り向き、答える。

「そうだな・・・・・・ルーシェ殿は、どうする?」

ルーシェは、半眼で空を見上げたまま言う。

「ぼくは・・・・・・いや、キリュウが決めていいよ」

「いや、ルーシェ殿が・・・・・・」

目の前では同じ会話が繰り返されている。

ふたりとも謙虚なのか、あるいは自分で決めるのが面倒くさいのか。

前者に該当するのはキリュウ――とあるいはルーシェ――で、後者はルーシェか・・・・・・などと胸中でぼやきつつ、太助はも

うしばらくその会話を眺めるのもいいかな、とも思ったが、

(却下。そんなことしてたら一生屋上に行くことなんかできなくなるよ。はは)

このふたりをこのまま放っておこうか? などという考えも脳裏によぎったが、自分はそんな薄情者ではないはずだ、と自

分に言い聞かせ、考えを改める。

そんなことを考えていたためか、気がつくと自分のすぐ隣では、シャオが不思議そうな顔でこちらの顔をのぞき込んでいた。

「あの、太助様。どうかしましたか?」

ついさっき聞いたような台詞―セリフ―。

――実際聞いたのだが。

まあそんなことはどうでもいいとして、シャオがそんなことを聞いてきたということは、おそらく考えていたことが表情―

かお―に出てしまったのだろう。

「いや、なんでもないよ、シャオ」

これはさっき自分が言った台詞。

さっき言った言葉。

そしていつもと変わらぬ――会話。

少なくとも自分はそう思う。

いまみたいな退屈しない毎日は変わってほしくないし、できればこのままがいい。

(そう、こんな日々が続いてほしい)

――会話も、生活も、その日1日も。

もちろん、毎日まったく同じでは困るが。

でも、それでも――

「キリュウとルーシェの会話だけは変わって欲しいなあ」

太助は心底そう思う。

思わず声に出てしまうくらいに。

そんな太助を、シャオは先ほどよりも不思議そうな顔でのぞき込んでいた。

 

 

 

あれからどのくらい経ったのだろう。

とりあえずシャオが作ってくれた弁当を食べ終え、いまは小休止をしている最中――ちなみにシャオは隣にいる――である。

と、太助は時間をを確認しようと思ったが、ここ、屋上には時計がないことを思い出し、やめる。

自分は普段、腕時計を身に着けていない。

それになくてもだいたいの時間はわかるし、あるいはそんなことを気にしている暇もないせいか・・・・・・シャオたちがいるい

まとなっては見当もつかない。

話は変わるが、ここにはいつものメンバーがだいたいそろっている・・・・・・まあだいだい。

太助にシャオ、ようやくここへ来ることになったキリュウとルーシェ。

たかしに乎一郎に翔子にルーアン。

そして花織とヨウメイ。

なぜか今日は熱美とゆかりんがいない。

少し気になったが、そういえば自分はゆかりんの本当の名前を知らないことに気づき、そっちの方が気になってしまった。

まあそれはだいたいの予想がつくし、と太助はとりあえずそれは置いておくことに決め、それ以上気にしないことにした・・・

・・・なんとなく。

と、花織とヨウメイの話声が耳に入ってきた。

それによると、どうやら熱美とゆかりんがここにいないのは、風邪をひいたからであるらしい。

実に良いタイミングでその話をしてくれたものだ、と太助は少し花織とヨウメイに心の中で感謝する。

そして次に聞こえてきたのは、たかしとルーアンの叫び声にも近い言い争い。

話の内容から察するに、原因は些細なことらしい。

そんなたかしとルーアンを乎一郎は止めようとしているようだが、ふたりはそれに気づいてはいないことだろう。

一方翔子は、その3人のやりとりを笑いながら見物している。

しかもすぐ側で。

そんなことしている暇があったら少しはふたりを止める手伝いをしてくれ、と言いたかったが、いまの自分の状況も翔子と

大差ないことに気づき、その言葉はのどの奥に押し留めた。

そんな中、太助は自分の肩が小突かれていることに気づき、その方を向く。

と、シャオの顔。

「太助様。わたし、ルーアンさんとたかしさんのケンカ、止めてきますね」

「あ、ああ」

――情けない。

太助はそう思った。

どうしてシャオが止めに行く前に、自分が止めようとしなかったのだろう?

いや、それ以前にどうして止めようと思わなかったのだろう?

・・・・・・全部のどかな春の日差しのせいだ。

太助はそう結論付けた。

本当は、その結論こそ情けないものではあったが・・・・・・

と、別のところから、声から察するにキリュウとヨウメイの大声が聞こえてくる。

どうやらこちらも言い争っているらしい。

内容は――まあいいとして、こちらは自分が止めなければ、名誉挽回だ、などと胸中で決意を固めつつ立ち上がる。

しかし次の瞬間、それはもう言い争いと呼べるものではなくなっていた。

「万象大乱!」

キリュウの声に合わせて、ヨウメイの弁当箱が巨大化する。

それをすんでのところでかわすヨウメイ。

「来れ、吹雪!!」

ヨウメイのカウンター。

寒さに弱いキリュウは、当然のことながらこのヨウメイの反撃で、もはや戦闘不能状態。

が、ヨウメイの恐ろしさはここから。

寒がるキリュウを見て、高らかに笑っている――嘲笑しているようにも見えるが――。

もはや一方的となったこの状況。

はて、どうするべきか?

決まっている、止めなければ。

主である自分が。

(そうだ、俺が止めなきゃ。いや、だけど、でも――ううっ)

残念ながらキリュウの身も危険なのは確かだが、自分の身も危険に瀕しているのもまた事実である。

そう、“自分の身も”。

――つまり、被害はこちらにも及んでいるのだ。

寒い。

とにかく寒い。

余波を食らっている自分がこれだけ寒いのであれば、直撃を食らっている――さらに寒がりである――キリュウはもっと寒

いはずである。

太助は自分をかかえる格好、つまり両肩を抱きかかえている格好でふたりの様子を見ると、キリュウの身体にはうっすらと

雪の層ができていた。

これなら親父の手紙のギャグの方がよっぽどあったかいな、などとも思ってしまうほどの寒さ。

(ん? そもそも親父の手紙にギャグなんか書いてあったっけ・・・・・・?)

・・・・・・いまはそんなことどうでもいい。

この寒さの方が大問題だ。

ちなみに、屋上を極寒地獄に変えたヨウメイは、いまだ高らかに笑っている。

それを見て、太助。

(・・・・・・キレてるな、こりゃ)

声には出なかった。

それよりもシャオが心配だ。

(そういえば前の時はシャオが――ちなみに被害を受ける前に、だ――助けてくれたんだったな)

――そうだ、確か前にもこんなことがあった。

(あの時はどうなったんだっけ・・・・・・?)

と、太助がそんなことを考えていると、突如自分の目の前に人影が舞い降りて来た。

そして、それは――ルーシェはこの寒さの中、はっきりと聞き取れる声で、

「――我は拒む災いの侵入」

その瞬間、あたりにはガラスの壁のようなものが張られ、目の前を踊る雪はなくなり、そして凍てつくような寒さがやわら

いだ。

ルーシェは、呆気にとられている太助に見向きもせず、言った。

「・・・・・・止めなくて、いいんですか?」

おそらく自分に向けられている問い。

止める?

ヨウメイをか?

どうやって・・・・・・?

いや、答えはすでに決まっている。

――止めなければ!

と、決意を固めた時、上から自分を呼ぶ声がした。

「太助様!」

シャオの声だ。

無事だったのか、と一安心し、上を見る。

思った通り、そこには軒轅に乗ったシャオがいた。

「シャオ、俺は大丈夫だよ。でも、キリュウが・・・・・・」

そう言い、ヨウメイとキリュウの方へと視線を促す。

「わたし、ヨウメイさんを、止め――」

「主人殿」

シャオの言葉に割り込んだのはまたもや意外にもルーシェ。

しかもいつもと違い、言葉からわずかな、なんらかの感情が読み取れる。

「あ、はい、なんでしょう?」

思わず敬語で聞き返してしまう。

ルーシェは、やはりこちらを見ず、目線をキリュウたちに向けながら言う。

「ぼくが、止めてきます」

「へ?」

思いもよらなかった言葉に、まぬけな声が漏れてしまう。

「異論は・・・・・・ありませんね?」

「あ、ああ。けど――」

「大丈夫です。こういうことには慣れてるので」

そう言い、ルーシェはキリュウたちの元へと向かった。

(ルーシェって、こんなキャラだったっけか?)

思わずそんなことを胸中でつぶやいてしまったが、次の瞬間、それまで寒さを遮っていた壁がなくなり――

「さ、寒いー!」

その言葉を発したとほぼ同時に、太助はシャオに救助された。

(ううっ、かっこ悪い)

ついでに情けない。

そんなことを嘆きながら、太助は自分のかっこ悪さに、情けなさに涙した。

 

 

(寒い。このままでは本当に死んでしまう!)

キリュウはそう声には出さず、無言で叫んだ。

否、本当は声に出して叫びたかったのだが、もはやこの肌が張り裂けそうな寒さで声すら出ない。

――そういえば、以前にもこのようなことはあった。

(あの時は確か、花織殿がヨウメイ殿を止めてくれたのだったな・・・・・・)

今回はいったいどうなるのだろう?

キリュウはそう心の中で付け足し、自分の両肩をよりいっそうきつく抱きかかえた。

それにしても、よくこの寒さに耐えているものだ、と思わず自分に感心してしまう。

そういえば、時々ヨウメイ殿が『試練です』などと言ってこんなことを私にするが・・・・・・

やはり――不本意だが――これはヨウメイ殿のおかげなのだろうか?

そんなことをキリュウが考えていると、

「あはははは!! キリュウさんて本当に寒さに弱いんですね。せっかく時々鍛えてあげてたのに、学習能力がないと言う

 かなんと言うか」

前言撤回。

なにが試練なのだ?

結局、ヨウメイ殿は私をだしにただ自分が楽しんでいただけではないか!

・・・・・・それはさておき、もうこの寒さに耐えられそうにない。

私が倒れれば、ヨウメイ殿もきっとこの吹雪を止めてくれることだろう。

そこまでヨウメイ殿は馬鹿ではない。

むしろ頭は良い方のはずだ・・・・・・おそらく。

そして、キリュウに限界が差し迫り、意識がなくなりそうになったその時――

「我は拒む災いの侵入」

まわりには、ガラスが展開し、目の前には――銀色。

その銀色、もといルーシェは、目だけを向けて――見えてはいないのだろうが――キリュウに話しかけた。

「キリュウ、大丈夫?」

「あ、ああ、一応平気だ。あ、いや、それはいいとして、その・・・・・・」

「? どーかした?」

「・・・・・・ありがとう」

それを聞いたルーシェは、キリュウの方を振り向く。

ちなみにルーシェの表情は、きょとんとしていた。

しかし次の瞬間には、笑みへと変わり、

「いえ、どーいたしまして」

ルーシェはそう言うと、ヨウメイの方を向く。

と、突如、キリュウはつい最近、このようなこと――なのであろうか? あれは――があったのを思い出した。

(あの時も、確かルーシェ殿が・・・・・・)

そう、本当につい最近のできごとだった。

それはそうである。

ルーシェがキリュウたちの前に現れたのがつい最近なのだから。

一方ルーシェは、そんなキリュウをよそにヨウメイに問いかける。

「ヨウメイさん。少しやり過ぎなんじゃないですか?」

ルーシェの口調は、少し厳しいものへと変わっていた。

しかしヨウメイはその問いには答えず、いまだ――ルーシェに気づいていないのか?――に笑っている。

否、この吹雪の発生源にいちばん近い者に聞こえるはずがないのだ。

風向きも悪い。

ましてや、壁1枚隔ててなど・・・・・・

――いや、声は通るのだ。

現に、こうしてヨウメイの笑い声が――風向きのせいかもしれないが――聞こえている。

おそらく声は、ルーシェにとって“災い”ではないから、拒まれないのだ。

そんなキリュウの考察を知らないルーシェは、構わず続ける。

「やめてください。やり過ぎです!」

だが、ヨウメイは答えない。

やはり位置が悪いのだ。

いくら声を出しても、この吹雪の中で、そしてこの距離では届くものも届かない。

ルーシェもそれに気づいたのか、表情を少し険しくさせる。

しかしルーシェは、なぜ魔術を使わないのだろう?

ルーシェの魔術なら、この状況をどうにかすることができるかもしれないのに・・・・・・

――いや、使えないのか。

ルーシェが使うのは音声魔術。

効果範囲は――声の届く範囲。

つまり、真っ向から向かってくる吹雪のせいで声がヨウメイまで届かないのだ。

(それに、声が届かないことは証明済みか)

と、キリュウが心の中で駄目押しをしたその時、

「楊ちゃん、ストップ! もうやめて!!」

頭上から花織の叫び声。

上を見ると、そこにはルーアンの絨毯―じゅうたん―に乗った花織がいた。

・・・・・・絨毯?

いったいどこにあったのだ?

――まあいい、とりあえずそれは気にしないことにしておこう。

そんなことに気をとられていた間に、どうやら吹雪は収まったらしい。

ヨウメイの方を見ると、しきりに太助に謝っている。

本当は、こちらに全身全霊、誠心誠意を持って謝ってほしいのだが・・・・・・

ふと、今度はルーシェの方を見る。

ルーシェは、まだそこにいた・・・・・・定期的に首をこっくりとさせながら。

つまり、

(また寝ているのか、ルーシェ殿は)

そう胸中でつぶやくと、キリュウはなんとはなしに空を見上げた。

そして空は、なにごともなかったかのように、教室のベランダで見た時のままで・・・・・・

雲ひとつない、快晴の、いつもと変わらぬ青空だった。

 

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≪第伍話―昼休み―終わり≫

 

<またもやなかがき>

えーまず、遅くなってしまってすいません! ・・・・・・はい、で、前回の話からかなりブランクがあり、書き方が今回もなん

か変わったな〜と思っています。今回の話、太助が太助ではなかったり、ヨウメイが悪役っぽくてさらに壊れ気味だったり、

ルーシェがなんかルーシェっぽくなかったり、様々なところが少し――なのだろうか?――おかしいような気もしますが、

あんまり気にしないでください! では、次回の昼下がり以下――になるだろう、たぶん――を、読みたい方はお読みにな

ってください。それにしても、次回っていつになるんだろーなあ・・・・・・はっはっは。

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