第二話 紅零、登場

 それは、よく晴れた日だった。

 蒼い空、流れる白い雲、そして、庭先で日光の照り返しを受ける……

 大きな両刃の剣

「はぁ?」

 太助は思わず声をあげていた。

 もちろん、目の前にある見覚えのない物体についてだ。

「何なんだ、これは……」

 思わず近寄って、柄に手をかける。

「誰かの落し物……な訳ないよな。」

 刃が突き刺さるような落とし方をする者はいない。

 ……それ以前に、こんな物を落とすのはいないが。

「とりあえず、庭先に置いとけないよな。」

 決心し、手に力を込めて剣を抜く。

 ズボッ

 思っていたよりも、簡単に抜くことができた。

 すると、剣を中心に光があふれ……収まった後には一人の少女が立っていた。








「またかよ。」

 その少女は、身長も高く、顔立ちも太助たちより大人びて見えた。

 そして、太助を見据えて言葉を発する。

「私は、戦軍氷天 紅零(せんぐんひょうてん こうれい)。主よ、よろしく頼む。」

 少女――紅零は、そう言った後しばらく立ち尽くす。

 太助が何の反応も示さなかったからだ。

「あの、主よ。」

「えっ!……ああ、何だ?」

「いや、あの……反応がなかったから……」

「そうだった。よろしくな、紅零。」

 完全に納得した。という訳ではないだろうが、もう諦める事にしたようだ。

(もう、一人増えるぐらいはいいか……)

 そう考えていると

「おや?紅零どのじゃないですか。」

 と、声がかかるのだった……








 いったんリビングに上がり、そこで話す事にした。

「それで?二人は知り合いなのか?」

「ええ。少し前に知り合ったんですよ。」

「少しか?500年も前の事だぞ。」

 紅零が、呆れたように言う。

「……そうですね。少し、ではなかったかもしれません。」

 でも……と、続ける。

「しっかりと覚えてますよ。あの3日間……」

「それ、聞いてもいいのか?」

 太助が遠慮がちに聞く。

「ええ。別に大した事ではありませんから。」

 と言うと

「えっ!?」

 と、紅零が驚いた声をあげた。

「紅零?どうかしたのか?」

「いや……なんでもない。(そうか。空にとっては大した事じゃなかったんだな……)」

「……主人どの。お話するのは今度でよろしいですか?」

「ああ、話してくれるのなら、いつでもいいけど……」

「……とりあえず、お茶を入れてきますね。」

「あ、うん。頼む。」

「紅零どのは、烏龍茶でよろしかったですよね。」

「ああ。」

 それを聞きながら、空はリビングを出ていった。








 空が台所に行くと、シャオリンがいた。

「おはようございます。空さん。」

「起きられてましたか、月天どの。」

「ええ。そろそろ皆さんも起きてくると思いますよ。」

「多分、地天どのを除いて……ですけどね。」

 空が苦笑している。

「大丈夫ですよ。紀柳さんは楊明さんが起こしてくれますから。」

「そうですか。所で……急須はここに有りますよね。」

「はい。ありますよ。」

「ちょっと使います。」

 と、いきなり空の手にお茶の缶が出現した。

「ウーロン茶ですか?」

「ええ、紅零どのが好きなお茶ですから。」

「えっ!!紅零さんがいるんですか!!……そんなっ!!」

 それを聞いて、シャオリンが駆け出す。

 空は、その後ろ姿を見送って

「……失敗しましたね……忘れてはいけない事でしたのに……」

 と、呟くのだった。








 すでにリビングでは、険悪な雰囲気が漂っていた。

 見ると、ルーアン、キリュウ、楊明も集まり……

 そして、その中心では、シャオリンと紅零が物も言わず対峙している。

「どうやら……遅かったようですね……」

「あ、空!おまえは、あの二人に何があったか知ってるのか!?」

「ええ……知って…います……」

「教えてくれ!!いったい何があったんだ!?」

 その言葉に反応して、紅零が空を睨む。

 空は頷きを返した後、

「まだ……教える事はできません。」

 と言うのだった。

 そして、今度は紅零が口を開く。

「シャオリン……」

「……」

 シャオリンの体に緊張が走る。

「構えろ。おまえが主を守れるか……試す!」

「何勝手なこと言ってるのよ。たー様に何かする気なら許さないわよ!!」

「ルーアン殿の言うとおりだ。私たちも戦うぞ。」

「いいだろう。」

 そう言って、庭へと歩き出す。

「……空天どのはどうするのです?」

「空さんこそ、どうするんですか?」

「私は……何もしませんよ。」

「そうですか。……空さん、何か隠してますね。」

「……ええ。」

「知ってる事があるんですね。」

「……」

「何で黙ってるんですか?」

「……彼女は優しい人です。私はそれを知っています。ただ……それだけですよ。」

「なるほど。じゃあ、私もならいましょうか。」

「……?」

「今回は見学します。」

「……ありがとうございます。」

「何でありがとうなんですか?」

「さあ?でも……これでいいと思いましたから。」

「ふぅん。あ、始まるみたいですね。」

「……空天どの。いつでも結界を張れるようにしておいて下さい。」








 先手を取ったのは、シャオリン達だった。

 紅零を挟んで、左にシャオリン、右にルーアンとキリュウが走る。

「陽天心招来!」

 小石が飛び回り、

「万象大乱!」

 意思を持ったつぶてが巨大化する。

「来々、天鶏!」

 さらに岩が炎にあぶられ、触れるだけで火傷をするほどになる。

 が、それが襲い掛かる前に、

「――氷刃!」

 剣より氷の槍を飛ばし、すべて打ち落とす。

「くっ!まだよ。陽天心招来!」

「来々、天陰!」

 上方からは石が、下方からは天陰が襲う。

 そして、

「万象大乱!」

 紅零の足元の草が巨大化し、足を払う。

「うっ!」

 紅零がバランスを崩し、地面に倒れる。

「くぅ――りゃぁぁぁ!!」

 倒れながらも、剣を前に突き出す。

 そのまま走ると剣によって真っ二つになるため、天陰は軌道を変える。

 その後に石が紅零に当たるが、たいしたダメージにはならなかった。

「ほとんど効いてないわね。」

「やはり攻撃はシャオ殿に任せないとだめか……?」

「ちょっと癪だけど仕方ないわね。……隙をつくるわよ。」

「ああっ。」

 と、紅零に目を向けると、その姿が一瞬にして掻き消えた……かに見えた。

「―――なにっ!?」

 そして、接近してルーアンの胴を薙ぐ。

「―――!?」

 声もなくルーアンが崩れ落ちる。

 その体が地面に倒れるまでに、キリュウの懐にもぐりこみ、柄で鳩尾をえぐる。

「――っ!!」








「ルーアン!!キリュウ!!」

「あ〜あ。紀柳さんったら、あっさりとやられちゃうんですから。」

 はぁ、と、ため息をつく。

「楊明!そんな事を言ってる場合か!!」

「そろそろ危ないですね……」

「えっ?」

「……空天どの。結界をお願いします。」

「はぁ……」

「少なくとも主人どのは守りきってください。……余裕があったら家も。」

 承諾も聞かず、庭に飛び出す。

「しょうがないですね。来れ、結界!」

 言葉と共に、家を覆う結界が発生する。

「空天どの、感謝します。……さて、私も。」

 袖の中に手を入れ、一度に数十枚の札を取り出す。

「混沌を宿す符よ、我が名『空』の下に命ず。」

 呪符を投げ、術を完成させる。

「全てを守る障壁を成せ。結界起動、急々如律令!」

 楊明が覆わなかった部分――そこに結界が発生する。

「さあ……月天どの。後は貴女次第ですよ……」








 シャオリンは支天輪を正面……紅零のいる方に構える。

 それに応えるかの様に紅零も剣を構える。

 そして、

「来々、北斗七星!」

「紅烈森零破斬!」

 互いに最強の技を放つ。




 ―――爆発が起こり、砂煙が舞う。

 その中で、紅零は剣を上げる。

 辺りは爆発によって凄まじい事になっているだろう

 が、紅零自身は力が相殺しあったのかたいした傷は負ってなかった。

 そして、恐らくシャオリンも同じであるから、身構える必要があった。

 そこに、

「やぁぁぁぁぁっ!!」

 予想よりもはるかに早く、シャオリンの影が現れる。

「――シャオリン!?」

 シャオリンは自分の拳で紅零に殴りかかってきていた。

 完全に意表を突かれる。が、何とか頬をかすめる程度でよける事ができた。

「くうっ!……このぉ!!」








 しばらくして、煙が晴れると、そこに現れたのは変わらずに立つ紅零と―――

 力なく崩れ落ちているシャオリンだった。

「シャオ―――!!」

「シャオリンさん!!」

 太助と楊明が叫ぶ。

 いまや半分荒野となりかけている庭に向かって。

「二人とも、落ち着いてください。」

 その後ろより声がかかる。

「っ!?」

「いつの間に後ろに回ったんですか……?二人も抱えて。」

 ソファーにルーアンとキリュウを横たえ、それに答える。

「……今、ですよ。あ、空天どの、日天どのと地天どのをお願いします。」

「そんな事よりっ!落ち着けってどういう事だよ。シャオが倒れてるんだぞっ!!」

 太助が空にくいかかる。

「今回は…月天どのの勝ちですよ……勝敗をつけるなら…ですけど。」

「空……って、おまえ怪我してるじゃないか!何でだ!?」

「……3人分の結界を張る時…ちょっと失敗しただけですよ。」

 掌が裂け、血が出ている。よく見ると、他にも傷はありそうだった。

「ちょっとじゃないだろ……」

「……私の心配は後です。主人どのは……貴方の大切な人を……介抱しないと。」

 そこだけ悪戯っぽく言う。顔をしかめながらも、笑顔で。

「あぁ、分かった……けど、ちゃんと自分の手当てもしとけよ!」

 そして、太助はシャオリンの元へと駆け出す。

「やれやれ。これで後は……」

「まだ何かあるのか?」

 唐突に声がかかる。

「えぇ。貴女とお話をしないといけませんよ。……そうでしょう、紅零どの。」








「屋根の上か。相変わらず、高い所が好きなんだな。空は。」

「そうですね。よく分かりますから……人の営みが。」

「そうかもな……」

 若干の間。それを打ち消し、空が口を開く。

「謝るん…ですよね。……月天どのに。」

「あぁ、私がシャオリンの主を殺してしまったのは事実だからな……」

「………」

「だけど、許してもらえるだろうか……?」

「平気ですよ。心から言えば、ちゃんと通じますから。」

「そうか……?」

「はい。私が保証します。」

「それなら……大丈夫だな。」

 幾分赤くなりながら、微笑む。

「さて、そろそろ戻りましょうか。」

「えっ……どこにだ?」

「家の中ですよ……よく考えたら、私は自分の怪我を治してませんでした。」

「あっ、それなら手当てぐらいはするぞ。……私のせいだろ。」

 怪我をさせた負い目からか、申し訳なさそうに言う。

「別に紅零どののせいじゃないですけど……それじゃあ、お願いしますね。」

「任せろっ!」

 そう言って、二人は家の中に入っていくのだった……

 第二話 終わり


プロフィール(2)
*私の知り合いの“荒川"さんよりお借りしている精霊です。

戦軍氷天 紅零(せんぐんひょうてん こうれい)
アイテム:戦封剣(大型の両刃剣)
性別:女
身長、体重:160cm,
使命:主の命にしたがい敵を排除する、または行動不能におとしいれる
趣味:運動、音楽鑑賞
備考:戦の精霊。戦いと運動は他の精霊よりも上だが、それ意外ではかなり劣る。
   自分の使命を忌み嫌っている。そのため、人に役立つ事が好きらしい。


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