第一話 空、登場

 片手で持てるほどの小さな包み。

 簡単な包装をされた贈り物。

 幾度か繰り返された光景……それが、また目の前で起こる。

 今、太助の前には父からの小包があった……








 ―――リビング

 慎重に、中身に触れない様に包みを開ける。

「今回は笛か……何の仕掛けも無いといいけど……」

 開けたはいいが、その後の事に困ってしまう。

 そうこうしている内に、ショッピングに出かけたヨウメイが帰ってきた。

 ちなみに、ルーアンは宿直(2日連続)疲れから寝ている。キリュウは、ヨウメイに、

「する事ないならシャオリンさんの買い物を手伝ったらどうです。」

 と言われ(言い負かされ)、シャオリンに荷物持ちとして付いていった。

「ただいまー。」

「あ、ヨウメイ。いい所に……ちょっと教えてほしい事があるんだけど。」

「なんですか、主様。」

「うん……とりあえず、来てくれ。」

 ヨウメイも家に上がり、リビングへと向かった。

「これ……どう思う。」

「笛、ですよ。」

 見たままのことを言う。

「それは見れば分かるって。」

「そうでしょうね。それで、これがただの笛か調べてほしいのですね。」

「うん。頼む。」

 言うが早いか、すごい速度で統天書をめくる。その手があるページで止まる。

「ええっと……えっ!ええっ!?」

「お、見つかったのか?」

「はい。……結論から言いますと、この中にも精霊が居ます。」

「そうなのか……まったく、親父はどこでこんな物を……」

「ある種の才能ですよね。ところで主様……どうするんですか?」

「どうするって……」

「この中の精霊を呼び出すんですか。それとも、呼び出さないでほっとくとか。」

「あ…………」

 太助は、前にキリュウとのいざこざの 中、シャオリンに言われた事を思い出していた。

(私達は、暗い闇の中で御主人様に呼ばれる日を、いつも待ってます。)

 ここで呼び出さなければ、いつ出れるかも分からない……

 精霊の宿命とはそういうものである事を、太助は知っている。

「結局、呼び出す事には変わりが無いのか……」

「いいえ。ご自分で決心なされたのは、よい事ですよ。」

「……サンキュー。」

 そう言って、送られた笛に手を掛ける。

「良しっ、やるぞっ!!」

 その笛を掴みあげると……真ん中から二つに折れた。

「はぁ!?」








 いきなりの事に、少々度肝を抜かれてしまった。

「折れ……た?」

「……」

 太助が放心している横では、何食わぬ顔の楊明がそれを見ている。

「楊明……知ってたな。」

「はい。だって、統天書に書いてましたから。」

 その二人の背後から声がかかる。

「あの……お二方ともよろしいでしょうか?」

 慌てて後ろを振り向く。

 そこに立っていたのは、青く長い髪、穏やかな目を持つ者だった。

「……私は、符力蒼天 空(ふりょくそうてん うつほ)という者です。

 主に力を与える事が、私の持つ役目。……あの……ご理解いただけますか?」

 返事は……一つしかなかった。

「分かった。これからよろしくな。」

「はい。あの……主人どのの名と、そちらの方の名を教えていただけますか?」

「ああ。俺は、七梨太助。」

「私は、知教空天 楊明です。」

「知教空天?……貴女も精霊なのですか?」

「そうですよ。驚いてくださいね。この家には、ほかに3人も精霊が居るんですよ。」

「そうですか。珍しい事……ですね。」

「もうっ!驚いてください、って言ったのに。」

「はあ……済みませんでした……」

 別に悪いことをしたわけではないのに、謝っている。

「……おやつ作ってくれたら許してあげます。」

 どうやら、計画の内だったらしい。

「なあ、楊明……それはどうかと……」

「分かりました。主人どの、厨房を借りてよろしいでしょうか?」

「ええっ!ほんとに作るのか!?」

 あまりに素直な反応に、太助が面食らってしまう。

「?そうですけど……ああ、ついでに晩の食事も作らせていただきます。」

 そう言って、台所に向かう。

「おい、楊明!いきなりなんて事を……」

「だって主様。統天書には料理がすっごく上手だって書いてあったんですよ。」

「ふぅん。それで?」

 太助の声音が、少し低くなる。

「食べてみたいじゃないですか。」

「それだけかっ!!」

「主様。おいしい食事は、何より優先されるんです。」

「なんで!!」

 ……そんなとりとめも無い会話が続く。








 それからしばらくして、買い物に行っていたシャオリンとキリュウが帰ってきた。

「お帰り。」

 太助が出迎える。

「おやつが有りますよ。」

 これは楊明だ。

 ルーアンは、物も言わずにおやつを食べている。

「?出雲さんがいらしたんですか?」

 お菓子が有るといったら、一番高い確率がそれだった。

「違うと思うが……」

 キリュウが控えめに言う。

「それはですね。」

 ヨウメイが説明をしようとする。と、

「さ、お茶が入りましたよ。」

 台所から空が顔を出す。

「おや?空殿ではないか。」

 キリュウが懐かしそうに言う。

「誰ですか?」

 これはシャオリンだ。

「……地天どのと……誰でしょうか?」

「私は、守護月天シャオリンです。初めまして。」

「そうですか。初めまして。私は、空と申します。」

「もうっ!私が説明しようとしたのに……」

「楊明殿……試練だ、耐えられよ。」

「いっつも同じ事ばかり……たまには、捻ってみたらどうです?」

「何だと!!」

 いつもの様に、言い争いが始まった。実は、今日は2回目だ。

 そのためか、すぐに……

「万象大乱!」

「来れ、雷。」

 実力行使が始まった。








「……いつも、こういう事をしているんですか?」

「ああ、そうだよ。」

「空天どのと地天どのは、仲が良いんですね。」

 どうやればそう見えるんだろう。と、太助は心の中で突っ込んだ。

 そのうちに、キリュウとヨウメイの戦いも終わりかけていた。

「万象大乱!」

「来れ、落石。」

 岩が地面に落ち、いくらかの飛礫が太助達も襲う。

 が、それは全て空の手で弾き落とされた。

「あ……ありがと。」

「これは……良くないですね。」

「え?……」

 あっけに取られている間に、ズイッと前に出る。

「万象……」

「来れ……」

 唱えようとした瞬間、二人は手に痺れを感じた。

 そして、キリュウは短天扇を、ヨウメイは統天書を取り落としていた。

「はい、そこまでですよ。」

「「えっ!?」」

「……手の神経を……打たせてもらいました。しばらく物は持てませんよ。」

 思わぬ乱入者に、驚いてしまう。

「さて、二人共……」

「あっ。……なんだ?」

 少々放心しながら、問う。

「用があるなら、手短にしてくださいね。」

 統天書を拾いながら、こちらは幾分冷静に、だが同じように問う。

「埃が落ちます。それに……」

「「それに?」」

「……お茶が冷めますよ。」








「空さん、少しいいですか?」

 しばらくして、シャオリンが洗い物をし、ルーアンが部屋に帰ったころ、ヨウメイがそう切り出した。

「かまいませんよ。」

「さっき聞こうと思ったんですけど、余計な邪魔が入って聞きそびれたんですよね。」

「!?邪魔とは私の事か?楊明殿……」

 怒った様に聞く。

「その他に心当たりが有るんですか?」

「このっ!!」

「それで……何なのでしょうか?」

「あ、そうでした。紀柳さん、何回も邪魔しないでください。」

「先に言ったのは、楊明殿だろうがっ!!」

「私は邪魔はしてませんよ。ってそれよりも、空さん。」

 紀柳との会話を切り上げ、訊ねなおす。

「あなたについて……記載されているのに、理解ができないんです。

 ……これは一体どういう事なんですか?」

 真剣に聞いている事が、一目で分かる。

 が、それに答えるでもなく、逆に聞き返した。

「楊明どの。貴女は、混沌を……知っていますか?」

「知ってますよ。なるほど……それなら、理解できますね。」

「混沌!?それっていいのか?あんまり良いイメージないんだけど……」

「そうですか?」

「主様のは、西洋的な考えなんですよ。」

 楊明がフォローに回る。

「中国で混沌とは、何にも分かれていない状態を指すんです。

 混沌無差別な大始あり一。一は二を生じ、ニは三を生ず。そして、三は万物を生ずる。

 本当はさらに続くんですけど、とりあえずこれが基本となります。」

 長く続くかと思った楊明の講義だが、意外とあっさり終わる。

 なぜなら、

「楊明さーん。ちょっと来てくださいませんかぁ。」

 と、台所からシャオリンの声がしたからだ。

「はーい。ちょっと待ってくださいねー。じゃあ、主様、また後で。」

 そして、トテトテと台所に駆けていった。

「大体は空天どのに言われてしまいましたね……私の出る幕ではないようです。」

 空が苦笑している。

「そう言えば、主に力を与えるっていってたけど……具体的にはどんな力を?」

「それは、主人どの次第ですね。

 誰にも負けない心の強さでも、戦うための力でも、それを望むなら与えます。」

 その言葉に、助けは決意の表情で口を開く。

「じゃあ、俺の望みは……」

 そこでいったん呼吸を整え、

「シャオを守護月天の宿命から開放すること。」

 一息に言い放つ。

「――貴方の望み、受け取りました。では、これより貴方に仕える事、誓います。」

「……うん。」

 そこで、はっと気づいた。

「あ、そういえば。」

「どうかされましたか?」

「大した事じゃないんだけどな。空って、男?女?」

 そう聞くと、空はばつの悪そうな顔をして、

「今は……女ですよ。」

「今は?」

「えぇ……前の主の時の反動が残ってまして……」

「反動って?」

「……秘密です。まあ、機会があればお見せする。という事で。」

 そして、にっこりと笑って、忘れていた挨拶をする。

「さて……それでは主人どの、これからよろしくお願いしますね。」

第一話 終わり


後書きではなくプロフィール(1)

名前:符力蒼天 空(ふりょくそうてん うつほ)
アイテム:崩天笛(最初は笛だが、呼び出された後は8個の指輪となる)
性別:現在は女
身長、体重:145cm,38kg
使命:主に力を与える
趣味:笛を吹くこと。時々、琴を引きながら歌うこともある。
備考:精霊としての力以外に、さまざまな特技を持っている。
   そのため、あまり崩天笛を使った力は使わない。
   総じて高い能力を持ってはいるが、家事全般ぐらいにしか使われていない。


戻る