(注:本作は月天などの2次創作とは全く関係の無い、完全なオリジナルストーリーです。ジャンルは不明です<苦笑)


「俺と烏(カラス)と」          (by路崎 高久) 

         

午後の4時過ぎ、俺は電車が行ったばかりのT駅に立ち尽くしていた。

大学からのスクールバスは、いつも電車のドアが閉まる時に、最悪のタイミングで駅前のバス停に俺を下ろしてれる。

おかげで俺は、次の列車までの15分間という、どうしようもなく長くて短い時間を過ごさねばならないというわけだ。

たかが15分だろ?と言う人がいるかもしれない。

それは俺も重々承知している。

実家のある東北地方の一時間に一本の列車に比べたら、こっちは15分おきに電車が来るので文句は言えない。

言えるはずがないのだが…この待ち時間は、田舎の一時間に相当するぐらいに長く感じるものだ。

ましてやこの寒空の季節だから、俺の形容しにくいイライラも、腹の中にたまりまくっていた。

俺は、ムスッとした表情のまま(いや、いつもこんな表情なのだが)、火の気の無いホームの片隅に置かれているサビだらけのベンチに腰を下ろした。

俺は煙草は吸えないし、CDを聴こうにもあいにくと電池切れ。

退屈を紛らわす術は、俺の鞄の中には無かった。

(ジュースでも飲むか…)

俺は財布を開けてみた。

中には、新渡戸稲造先生と小銭が50円ばかし。

まったく、自動販売機というものは夏目漱石先生は快く受け付けてくれるが、新渡戸稲造先生はまったくもって受け付けてくれやしない。

金があるのに、ジュースは買えない。

こんなバカなことってあるか?

舌打ちをして財布をポケットに戻した俺の目に、不意に黒い物体が飛び込んできた。

黒い羽を持つ、あいつ…。

ゴキブリほどではないにせよ、いろんな連中からまんべんなく嫌われている、あの黒い生物…。

そいつは、俺のほうをじいっと眺めていた。

…が、俺自身を見ているようではない。

ヤツの視線を追ってみる。



 「……なるほどな。」



俺の座ったベンチの端の席の下に、誰かが食い散らかして捨てて行ったのであろう、コンビニのフライドチキンの骨が転がっていた。

おそらく近頃の分別のない若いのが食ったのであろう、肉や衣がまだあちこちにひっついたそのゴミを、ヤツはじっと眺めていたのだ。

…おっと、ゴミの分析をするなんて、俺までヤツの仲間になっちまったみたいだな、いかんいかん。

兎にも角にも、ヤツは虎視眈々と獲物を狙っている。

俺はその獲物の獲得を邪魔する妨害者ってわけだ。

人間の歩幅にして3歩、ヤツにとってもたいした距離ではない。

首都圏のカラスは狡猾だから、公園のハト並みに人を怖がらないと聞いたことがある。

ヤツは虎視眈々と獲物を狙っている。



(………………………あっ、動いたっ!)

すかさず俺はベンチから立ち上がり、ヤツを睨みつける!

…ヤツはすぐさま飛び退くようにして、人間にして数歩分さがった。

だが、諦めた様子はない。

相変わらず、虎視眈々と「ご馳走」を狙っている。



 「根競べ」

そんな言葉が、俺の頭をよぎった・

(…面白ぇ。)

ちょうど退屈してたとこだ。

意を決するかのように、俺はいつだったか漫画で読んだセリフを頭の中でつぶやく。

「烏よ、俺を退屈させないでくれ…」と。



俺と烏の「勝負」が始まって数分後、ヤツはまたも動いた。

しかし、コースは同じ。

俺は立ち上がる。すると、ヤツはすぐに飛び退く。

そんなことを五回は繰り返したであろうか、俺の中の「退屈」が再び鎌首をもたげてきたとき、ヤツの動きに変化があった!

ヤツはホームの端っこ、俺を遠巻きにして動き始めたのだ。

(迂回作戦か、ヤツもバカじゃないな…。)

一応俺も「ベンチから一歩も動かない(立ち上がるのはOK)」というルールを(勝手に)作っていたので、このまま黙っていたらこっちの負けだ。



(コツン)

…っと?

…すぐそばに、空き缶があった。

ガラン!

わざと大きな音を立てるようにして、空き缶を蹴っ飛ばす。

別にヤツに当てるつもりはない。

たとえ当たるコースであっても、ヤツはたやすく避けるだろう。

しかし、俺の目的は別のところにある。

そう、この空き缶はヤツを退却させるための手段なのだ。

そしてその作戦は…見事成功!

ヤツは(鳥の距離で)あと十歩足らずというところで、退却を余儀なくされた。ビンゴ!!

…がしかし、次の瞬間、ヤツは羽根を広げたかと思うと、猛然と突撃を敢行してきやがった!

(恐るべき執念!尊敬に値するねぇ…。)

…とか思ってる場合じゃねぇ!

(ヤバイ!盗られる!!)

と思ったそのとき!



 「え〜、だってよ〜俺今学校だぜ〜?今から行くなんてよぉ〜」

…携帯電話片手に、人が通り過ぎた。

ヤツは…またホームの端に退却している。

フライドチキンは…ホッ、まだ無事だ。



自分は携帯電話片手に頭の悪い会話をしているチャランポランな若造が嫌いだが、今日ばかりは感謝しといてやるよ…。

…と、通り過ぎていった若造の後ろ姿を見た後に視線を戻すと、ヤツはまたも遠巻きに接近する戦法を敢行中だった。

まずい…今度は蹴れるような空き缶も無いし、大声をあげたら奇人扱いだ。どうする…。



…とそこへ、T鉄道特有の無機質な女性の声でアナウンスが入った。

 「1番線、お下がりください。今度の1番線の電車は、通過電車です。ご乗車できませんのでご注意ください」

(しめた!)

俺は心の中で叫んだ。

ヤツは一歩、また一歩と獲物に近づいている。

早く!早く来てくれ!!

あと4歩、3歩、2歩………ダメか!?



ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーッツ!!

…すさまじい速さで、特急列車が通過していった。

この路線の特急はこの駅には停まらない。もっとも、急行は停まるんだが。

ヤツは…今度はかなり下がって、むこうの自販機のゴミ箱の脇まで退却していた。

フライドチキンも無事である。

さすがに今回ばかりは都会の荒波で鍛えられているヤツもビビッたろう。

まぁ、無理も無い。

どでかい鉄の塊が自分の真横を突っ切って行ったんだからな。

 「………へっ。」

なんだか可笑しくなって、俺は、少し笑った。



そうして、またヤツの攻勢を見守ろうとしたそのとき、終焉の声が響いた。

 「間もなく2番線に、急行I袋行きの電車が、十両編成でまいります。白線の内側まで、さがってお待ちください。駆け込み乗車は………」

これまた無機質な男性の声が響く。

終わり、だな。

俺は、腰を上げた。



ヤツはゴミ箱から少し歩いて、獲物の手前まで来ていた。

俺はヤツを刺激しないよう、遠巻きに歩いて2番線に移動する(言い忘れたが、島式ホームだ)

よく考えたら、ヤツと同じような行動をとっている自分に気付き、苦笑する。

ほどなくして、白地に青い帯の地味〜な外見のT鉄道の列車がホームに滑り込んできた。

プレートに赤地に白い字で書かれた「急行」の文字が目に映る。

(この時間帯は、急行しかねぇな…。)

ふと後ろを見ると、獲物にありついたと思っていたヤツはまだその場を動かず、じっとどこかを見ていた。



 「………」

俺はおもむろにフライドチキンに近づく。

ヤツがちょっと警戒したような気がした。

俺がこれを拾って喰うとでも思っているのだろうか?

…お前と一緒にするなよな。

 「ほれ」

さっきの空き缶より力をいれずに、フライドチキンの残骸を箱ごと蹴っ飛ばす。

箱はカラカラと乾いた音を立てて、ヤツの目の前で止まった。

ヤツは一瞬、不思議そうな顔をしていたような気がしたが、すぐさま骨をひったくると、そのまま何処かへ飛び去ってしまった。

俺はその姿を見送ることなく開いたドアに入り、空席の目立つロングシートの一角に腰をおろした。

 「………ふぅ」

幸せが逃げると言われていても、どうしても溜息が出てしまう。

そんなことを考えていたそのとき、俺は瞬時に「理解」した。

そのとき初めて、俺はこのどうしようもなく長くて短く、そして退屈な時間をいっとき忘れることが出来たことに。



…電車は、ただお決まりの目的地へ向けて走っている。

乗っている乗客たちもどこか退屈そうだ。

だけど、俺は考えていた。

俺と烏と、どっちが勝ったのかを。

だが、それはあまりにもわかりきっていた。

 「ヤツは俺を退屈させなかった。」

 「ヤツは最後まで諦めなかった。」

 「ヤツはしぶとく、面白かった。」

そう、もはや勝負はついていたのだ。

たぶん、俺がベンチに座ったときから。



…やがて次の駅のアナウンスが流れるころ、俺はだれにも聞こえないぐらい小さな声でつぶやいた。

 「お前の………勝ちだ」と。


(おわり)




【あとがき】

どうも、路崎です。
なんなんでしょうねぇ、この話?(滝汗)

…実はこれ、去年の大学の某特殊講義の課題の一環として、
「短編小説を書いてみよう」ってのがありまして、その課題としていくつか書いた作品のひとつだったりします。
結局他の作品を提出してしまったのでお蔵入りになるはずでした。
…が、個人的に気に入っているので投稿させていただきました(空理空論さん、ごめんなさい)

なんとなく想像がつくかもしれませんが、本作は(半分くらい)事実をもとに書かれています。
実際、路崎が烏とやりあった(?)ことがありまして、「幼稚なことを…」と思いながらも記憶に残っているんですよね。
本当、こっち(首都圏)に来るとたった15分の待ち時間が許せない体質になってしまい、なんか怖いです(汗)
ですが、退屈というものはたしかにあちこちに転がっているものですが、
それを紛らわす方法も、けっこう意外なところに転がっているのではないか…?
そのとき、自分はそんなことを感じました。

最後までお読みいただき、まことにありがとうございました。


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