" Kanon" side story "DEPART FROM THIS WORLD"



         

       " Kanon" side story "DEPART FROM THIS WORLD"




      第VI章 輝ける命の十字


   消えただと?くだらないことだ、何故消えたなどと!
    消えるも何もないも、所詮は同じ。
     我ら被造物を無へと引きさらう永遠の創造。
      そんなことに、何の意味があろうか?

   消えただと?それに何の意味があろうか?
    何もなかったと同じ事。
     何かがあったかのような、堂々巡りの空回り。
      永遠の虚無の方が、余程良いというものだ!!

          −ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ/『ファウスト』−


         1


「どうした、美坂?」
 学校からの帰り道、どこかを見上げる香里に、北川は声をかけた。

「あ・・・ううん。なんでもないわ」
 わざと首を振り、答える香里。

「・・・・・・あれ、か」
 遠くに光る光の柱を見つめる北川。

「ねえ、潤」
「ん?」
 北川のその問いには答えず、香里は無言で北川の袖を握る。

 震えていた。
 怯えていた。

 その姿は何か、とても儚く、か細く見えた。

「栞が死にそうだったときのこと、覚えてる?」
「ああ・・・・・・」

 栞の死期が迫っていたとき、最後の手術が行われようとしていた。
 治療法が確立されていなかった病気ではなかった。

 最後の大博打。
 そう形容されてもおかしくはなかった。

 だが、奇跡は起きた。
 それは、誰の手によるものなのか・・・・・・

 栞は、生まれつき心臓機能に障害を持っていた。
 それは心筋が徐々に衰え、やがては死に至るという難病だった。

 それは不幸としか言いようが無い。
 気まぐれなDNAが生み出した欠陥を持つ肉体。

 それが、栞の体だった。


「夢を見たのよ」
 ポツリポツリと香里は話す。

「栞の手術が始まって、結果を聞くのが怖くて、気がついたらあそこにいた」
 ものみの丘を指差す。

「そこには輝く駅があったわ」
「駅?」

「そう、天国へと至る列車の止まる駅」
「美坂・・・・・・」

 震える肩に北川は手を置いた。

「そこで、列車に乗ろうとする栞に会った」
「!?」

「逝って欲しくなかった・・・だから、栞を止めた」

「だから、奇跡が起きた・・・・・・か」
 北川の言葉に香里は頷く。

「あそこには何かがある・・・そんな気がする」
「だが、お前にまとわりついていた死はもうない」

 香里が北川を見上げる。こぼれかけていた涙をそっとぬぐい、北川は笑う。

「そんな顔をするな。俺達に今不安は無い。だから、嫌なことは考えるな」
「潤・・・そうね、何を思い出していたんだか」

 香里は初めて笑い、軽く駆け出す。

「でも、あんたには不安はあるんじゃない、今度のテストとか」
 悪戯っぽく笑い、香里が言う。

「嫌なこと思い出させるなっ!ていうか、頼む、教えてくれ香里様!!」
「どうしようかしらぁ〜?」
 くすくすと笑い、香里は歩く。それを追う北川。


 彼らは『あの世界』から帰ってきた。
 だが、人が生きるうえで、誰しも一度は『死』と向き合わねばならない。

 そしてまた『死』と向き合わねばならぬ少女がいた。
 その少女の名は・・・・


         2


 列車から降り立ち、あゆは漸く我にかえっていた。

「ここは・・・」
 眼前には高くそびえる十字架があった。

 十字架からは無数の死人が奏でる唱和の声が広がる。
 それはその空間を荘厳な空気に満たし、立ち入る者を全て恐れ、或いは敬わせる威厳があった。

「・・・みんな、何処へ行くの?」
 あゆと共に列車から降りた人々。

 彼らは誰もが頭を垂れ、跪き、先の見えぬ十字架の頂上から発せられる気配に哀れみを求めていた。

−哀れみたまえ、主よ哀れみたまえ・・・−

 あゆの周りの人々と十字架にいるであろう死人(しびと)の声が入り交じる。
 地平の彼方まで届かんばかりのキリエの歌声が木霊する。

「いやだ・・・」
 その光景はあゆに恐怖を思い起こさせた。

 生き霊となり遊離していた日々の記憶が強烈にあゆの脳裏にリフレインしてくる。

「いやだ・・・やめて・・・ボクは君達とは違う!」
 頭を抱えてあゆはうずくまる。

 しかし耳を塞ごうと、
 地に蹲ろうと、
 響きわたるキリエの歌声はあゆの意識に直接語りかけるかの如くその響きを強めてゆく。

−イヤだ・・・−

 不意にあゆの脳裏に死人達の声が届いた。

「・・・これは」
 あゆはおそるおそる頭を上げ、死人の声に耳を傾ける。

−イヤだ・・・苦しい・・・−

−どうして死んだの・・・私は・・・−

−こんなのは・・・嫌だ−

「みんな・・・?」
 あゆには聞こえていた。

 死人の生への執着を、不本意な死に対する絶望を、生者に対する嫉妬の声を。
 彼等は幼い子供もいれば、醜悪な憎悪に満ちた老人もいた。
 老若男女を問わず死にいたり、死にきれぬ人々がここにいた。

「・・・どうして・・・どうしてそんなに哀しいの・・・苦しいの?」
 あゆは問いかける。

 最初に感じていた恐怖はいつのまにか消え失せていた。
 苦痛に歪む彼等の姿を見て浮かぶのは、ただ悲しみのみだった。

「教えてよ・・・みんな。ボクには何もできないの?」
 しかしその言葉が彼等に届くことは無かった。

 彼等は最早考えることも出来ないのだろう。
 ただただ死の瞬間の想いだけが残り、こうしてその絶望の瞬間を味わい続けているのだ。

−来たか・・・死人達よ−

 不意に一人の男の声が響きわたった。

「?」
 その声が響きわたると同時に、ざわめいた空間が水をうったかの様に静まり返る。

 死人達は歌うことを止め、誰しもがその場に跪いた。

「あなたは・・・・・・誰?」
 声の主は十字架の足下に立っていた。

 年齢は若そうではあるが正確な歳は解らない。

 20代くらいにその姿は見える。
 だが全身から発せられる雰囲気は長く険しい経験を積んで生きてきた老人のような落ち着きがある。
 一つの場所を預かる者の責任感は彼を見かけ通りの年齢と判断することを拒ませていた。
 襷を巻いた小袖に袴姿。
 黒く長い髪を後ろで無造作に縛り、腰には一振りの刀を携えていた。

−ぬ?何故生者がここにいる?ここは死人の終着駅だ。お前の居場所ではない−
 男はあゆの気配に気がつき、あゆの側へと降り立った。

「え・・・ぼ、ボクは誰かにここに呼ばれて・・・それで・・・」
−呼ばれただと?馬鹿な・・・そんなことが?−

「ほ、本当だよ・・・ボクは月宮あゆ。よく覚えていないんだけど」
 慌てて弁解するかのようにあゆが両手を振った。

−月宮・・・?−
 男はその名に何か心当たりがあるのかしきりに首を捻る。

「ねえ、ここはいったいどこなの?あなたは何者なの?」
 男の顔を上目遣いにのぞき込み、あゆが訊ねた。

−ん、ああ。ここはサザンクロス。
 ヒトの魂がソウラスに分解され、この星を巡るエネルギーに変えられるところ。
 私の名は柳也(りゅうや)、ここの番人だ−

「柳也さん、柳也さんっていうんだ。よろしくね」
 あゆはそうして不安を覆い隠すかのように微笑み、柳也に右手を差し出す。

 一瞬呆気にとられた柳也だったが、すぐにあゆの手を握り返した。

「柳也さん、訊いてもいい?」
−ああ−

「さっきヒトの魂を分解させるとか言っていたけど・・・どういうことなの?」

−ヒトは死とともに肉体と融合していた魂が切り離され、再び星を流れるエネルギーへと変えられる。
 それが叶わぬ魂はこの場所へとやってくる。
 この場所は魂を砕き、ソウラスという魂を構成する物質に分解するのだ−

「魂を分解して・・・ソウラスに」

−そうだ。ソウラスとは魂の物質であり、命を生み出すエネルギーでもある。
 それがなければ命は生まれない。いわば生命と輪廻の要なのだ−
 死人達を見回す柳也。

 死人達は再び歌い始め、彼等の体は風の前に崩れ落ちる砂細工のようにさらさらと崩壊していく。
 それらは天へと登り、十字架の頂上へと吸収されていく。

「上へ行くんだね・・・あそこには何かあるの?」

−・・・星の巫女がいる。星の記憶を宿し、その記憶を受け継いでいく存在だ。
今は死人の魂を空へと解放する役目を背負わされている・・・−
 その時初めて柳也の表情に陰りが見えた。

 あゆにはそれがどうしても気になり、ついこんな事を訊いてしまう。

「それは、柳也さんの大切なヒト?」

−・・・・・・−
 柳也は答えない。

 かわりに視線を駅舎に移し、早く帰れと視線で語っていた。
「帰るわけにはいかないよ・・・ボクはここに呼ばれたんだから」
 あゆは首を横に振り、答えた。

−ここにいるという事は死人になることを意味する。若い身空で死にたくも無かろう?−
 柳也がそれでも食い下がろうとしたときだった。

−柳也様・・・お止めください。その方はあの方が呼ばれた方・・・−
 一人の女がその場に姿を見せた。

 柳也と同じ神官装束に身を包み、歳の頃は柳也とさほどかわらないように見える。
 最もあくまでも見かけの話ではあるが。

−どういうことだ、裏葉(うらは)・・・まさか−
 柳也が裏葉と呼ばれた女に向かって驚愕に満ちた声をあげる。

 そしてその瞬間柳也のあゆに対する視線が変わった。
 最初の柳也の視線はそれはさながら迷子を見つけた大人のようなものであった。
 が、今は末期症状の患者の末期を哀れむそれへと変わっていた。

「ど・・・どういうことなの」
 哀れみと同情の眼差しを向ける柳也と裏葉に困惑するあゆ。

−・・・ついてくるがいい−
 柳也が背を向け、歩き出す。

 柳也はあえて手を取ろうとはしない。言葉とは裏腹に来るなと言っているようにも見えた。

「うん・・・」
 しかしあゆは歩き出した。

 何故自分がそうしたのかは解らなかった。
 ただ、行かねばならない。そう思った。
 それは彼女の「性」故だと感じるのは柳也と裏葉の気のせいではなかったろう・・・


         3


−こちらになります−
 裏葉があゆを促し、一つの扉の前に立たせた。

「ここは?」
 首を傾げるあゆ。

−人柱の部屋だ・・・お前を呼んだであろう人物はここにいる。
 月宮か・・・なるほど、合点が行く・・・−
 あえて柳也はあゆを見ることを避けていた。

 拳を握り、俯く柳也。

「柳也さん・・・どうしてそんなに哀しそうなの?」
 そんな柳也の様子をいたたまれずに、あゆが訊ねた。

−いや・・・なんともない、早く行くがいい・・・答えは自ずと解るはずだ−
 そう言って柳也は扉を押し開いた。

 扉の奥は光に満たされた世界とは対照的に、どこまでも闇が広がっていた。
 しかし恐怖は感じない。

 まるで母の胎内のようにどこか懐かしさと安らぎを感じさせる闇だった。

 あゆは足を踏み出す、一歩、また一歩と。静寂の闇の中に床を打つ自分の足音だけが木霊する。

「?」
 不意に視線の先に、何かの光を感じた。
 懐かしい気配だった。遥か遠い時にあゆはいつでもこの気配を感じていた。

「ここは・・・」
 光の正体は水晶に満たされた空間だった。

 高さ十数メートルはあろうかという巨大な水晶が所狭しと乱立していた。
 更にそれらはどれもが僅かに輝きを放っているのだ。

「これは・・・人!?」
 そしてあゆは見た。水晶の中に埋め込まれた人々を。

 どの水晶もその中に人を宿していた。
 その中にいる人は眠るかのように瞳を閉じ、両手を合わせて祈っていた。

 祈りの声が聞こえたわけではない、ましてや動いてすらいない。だが解るのだ。
 彼等から発せられる光からは彼等の心が聞こえてくる。彼等は祈っていた。

−迷える魂に救済を・・・−

−哀しき御霊に祝福を・・・−

−苦しむ者に安らぎを・・・−

−哀れな死人に救済を・・・−

 祈りの声があゆの心へと突き刺さる。彼等は祈っていた。
 祈りこそがこの場所を支えているのかもしれないとあゆは思う。

 そう思わせるほどに彼等の祈りは真剣で、そして切実さを感じさせていた。

「・・・・・・あれはっ!?」
 そしてあゆは見た。水晶の中に収められたその姿を。見まごうはずは無かった。

 それは紛れもなくあの日に失った彼女の母親の姿。

 あゆはその水晶に向かって走る。
 躓きながら、転びながら、それでもひたすらにそこへと向けて走る。

「おかあさんっ!!」
 転んだ体を両手で支えながら、眼前にそびえ立つ水晶を見上げるあゆ。

 その水晶は、そこにあるものの中でも一際鮮烈な輝きを放っていた。
 あたかも水晶達の長の如く威厳を持って存在していた。

 立ち上がり、水晶へと駆け出すあゆ。

−ばちっ!−
 あゆが水晶に触れようとした刹那、不可視の力があゆを襲う。

「うぐぅぅぅぅぅぅ!!」
 吹き飛ばされ、その場に倒れ伏すあゆ。

 全身がしびれ、上体を起こすことがやっとだった。

「お母さん!お母さん!答えてよ!」
 動かぬ体で必死にあゆは叫んでいた。

 幾度その名を呼んだか・・・やがてその祈りが通じたのか、水晶の中のあゆの母が瞳を開く。

−あゆ・・・私の子・・・−
 あゆの母はあゆと同じ色の瞳を、眼下で叫び続ける娘へと向けた。

「お母さん・・・だよね?」
−あゆ・・・−
 再び娘の名を呼ぶ母。

 それこそがあゆの問いに対する肯定だった。

「どうして、どうしてそんなところに閉じこめられているの!」
 水晶を破壊して助けようと必死であゆは拳を握り、母を捕らえる水晶を叩く。

 しかしそれは堅牢で、砕こうと殴りつけるあゆの小さな拳が逆に赤く染まって行く。

   あゆは殴る、
 拳の皮がむけようと、
 手の骨にひびが入る音が聞こえようと、
 痛みなどを越えた想いで、あゆはひたすら殴り続ける。

−やめなさい!−
「・・・っ!?」
 あゆの母の凛とした声が響いた。

 その声であゆは我にかえり血みどろの両手を地面につけ、膝を落とした。

−無駄よ・・・私達を縛るこの運命は、あゆでは壊せない・・・−
「じゃあどうすればいいの!?ボクは嫌だよ!このままお母さんを見捨てるのは嫌!!」
 潤む瞳を母に向け、あゆは叫ぶ。

−これは・・・人の罪の証。どうすることもできないの−

「罪の・・・証?」

−そう、この場所・・・サザンクロスが何故存在するか解る?−

「銀河鉄道の夜では・・・みんなを天へと運んでいく場所だったけど・・・?」
 本の内容を思い出し、あゆは言った。

−確かにそう・・・ここはヒトの魂の終の場所。
 ヒトの魂が集まり、この宇宙を流れるエネルギーへと還るところ−

「エネルギー?」
 小首を傾げて訊ねるあゆに、母は諭した。

−全ての魂はこの宇宙を流れるエネルギー・・・
 ソウラスウェーブと呼ばれるものから作られ、死と共にその魂はソウラスウェーブへと回帰するの。
 回帰した魂は再びソウラスウェーブとなり、新たな命へと変化していく。
 それはこの宇宙が創成されたときから続く、輪廻の流れ−

「輪廻の流れ・・・宮沢賢治は見たの?この場所を?」
 様々な宗教に造詣の深かった宮沢賢治の作品。

 それには輪廻や天上界といった概念が作品の随所に示唆されているものが多かった。
 ならば宮沢賢治はかつてこの場所に来て、この世界を見たのだろうか。

 あゆはそう思った。

−それは解らないわ。でもここが輪廻の一つの要であること。
 それは間違いない事実・・・そしてこの場所の存在する意義は・・・−
「意義は?」
 あゆがごくりと唾を飲み込んだ。

 微かな沈黙の後、母は言った。

−ヒトの・・・魂を砕くこと−


         4


「魂を・・・砕く?」
 痛みも忘れ、あゆは呆然と立ちつくす。

−そう、ヒトは進化の果てに他の生物をも越える知性を身につけた。
 この星に君臨する生物の中でも最も強い魂を持つに至った。
 ・・・でも、それは罪でもあるの−

「罪?ボク達はなにも・・・」
−していない、と言いきれる?−
 母はあゆを見据え、滔々と語って行く。

−命の本質、それが何か解る?−
 首を横に振るあゆ。

−それは、命を奪うこと・・・あゆ、あなた一人を生かすために多くの命が使われる。
 生きることは他者を捕食すること。
 命を奪い、奪われ、命を奪い合う無限に続く死闘こそが生命の本質−

「でも、そんなのはどんな生き物も同じだよ!罪はみんなにあるんだよ!」

−でも、ヒトは特に多くの命を得て生きている。
 他の生物も、時には同胞たるヒトすらも・・・それが、ヒトの魂を砕きにくくしている−

「そんな・・・」

−御覧なさい−

「?」
 振り返るあゆ。

 扉からは無数の砕けた魂の残骸が金色に輝くソウラスとなって浮遊していた。
 それはその空間を金色に染め上げる。
 光は水晶に反射し、その空間そのものが光と思えるほどのまばゆさに満たされる。
 その光景を見つめながら、母は言った。

−ヒトは多くの命を喰らう。それはひとえにその魂を強くすることに他ならない。
 しかし、時に強くなった魂は死を認めない。
 永遠の存在を求め、死してもなお此岸と彼岸の間を彷徨い、悪鬼となる。
 それこそが、強い魂を得るように進化したヒトの罪−

「つまり、簡単には成仏出来なくなったヒトが増えたって事なの?」
 訊ねるあゆに母は頷いた。そしてそのためにここはあるのだと締めくくった。

「じゃあ・・・ここに何故お母さんがいるの?」
 その問いに母の表情がにわかに厳しさを増す。

 母と娘の視線が結ばれ、射抜くような母の瞳があゆを捕らえた。
 手の痛みも忘れ、あゆはごくりと唾を呑む。あゆは母の言葉を待つ。
 沈黙が流れる、それは刹那にも永遠にも感じられるほどの。
 そして母は言った。

−私は・・・人柱だから−
「人柱・・・生贄!?」
 あゆが驚愕に目を見開く。

−この場所がいつから存在しているのかは解らない。
 解ることは、この場所がヒトの魂を砕く場所であること。
 そして人柱を得て機能するシステムであること。
 私はここの人柱に『適合』する人間だった・・・だからこうしてここにいる−

「まさか、ここにいる人達はみんな!?」
 周りの水晶を見回すあゆ。

 ということはここにいる人間は皆『サザンクロス』を運用するために集められた人柱?

−そう。全てのヒトのためにその命を捧げたヒトのなれの果て。
・・・そして私も、もう終えねばならない・・・−

「じゃあ・・・じゃあボクをここに呼んだのは・・・?」

−あゆ・・・あなたはまごうことなき『適合者』
・・・人柱は力を失い、眠りにつく直前に新たな人柱を呼ぶ
・・・それがあゆ、あなたよ−


「ボクが・・・人柱」
 呆然とした瞳で、あゆは言う。

−あなたがいなければ、星は滅ぶ。あなたの大切な人々も、滅ぶ・・・−
 母は言う。人柱の意義を。

「ボクがいなければ・・・全てが」
 あゆはその言葉を繰り返し、母の眠る水晶へと歩み寄る。

 歩むあゆの足下から新たな水晶が生まれ、あゆの足を覆った。
 水晶はあゆの体を凍らせるかのように、あゆの体を浸食して行く。
 足首から臑へ、臑から腿へと、あゆの体が成長する水晶へと覆われていく。

「ボクが犠牲になれば・・・」
 祐一の、名雪の、秋子の記憶があゆの脳裏を掠める。

 意地悪だが優しい祐一。あの日も救ってくれたのは祐一だった。

 困ったときは力になってくれる名雪。この人になら祐一をあげてもいいと思えた。

   あゆにとってもう一人の母である秋子。いつも微笑み、行く当ての無い自分を受け入れてくれた。

 ・・・そして、秋子が事故にあい、水瀬家の灯が消えたときのこと・・・
 自分が犠牲にならなければ、彼等は生きられない。
 ・・・悲壮的な情景があゆの脳裏に映る。

「みんなが、生きられない」
 水晶はあゆの胸にまで達し、あゆの全身を遍く覆い尽くして行く。

−あゆ・・・−
 そんなあゆの様子を見つめる母。

−これも・・・運命ですか・・・−
 あゆの姿を見つめ、そしてあゆをシステムに取り込もうと力を収束させようとした刹那・・・


「何が運命だ!!」
 何かを砕く爆音。その間隙をぬって届く叫び声。

「なに!?」

−これは!?−

 2人は視線を後ろに移す。囂々と立ちのぼる煙。
 その中から現れた二人が、ダメージを受けているのかその場に倒れ伏した。

「柳也さん、裏葉さん!?」
 それは柳也と裏葉だった。

 そして彼等の後ろから感じられる気配があった。
 一人の少年と一人の少女。
 2人は手を握り合い、威風堂々とその場へと歩み寄る。
 少年の瞳は抜き放たれた刃のような峻烈さをもち、寄り添う少女の瞳は少年に命を預けた覚悟が宿る。

「あゆ、おまえはそれでいいのか?」
 少年が放った力は、あゆの呪縛を砕き、

「あゆちゃんが犠牲になることは、私達の望みじゃないよ」
 少女が放った力は、あゆの傷を癒した。

−番人の後継者・・・COS-MOSの娘と血縁ですか−
 乱入者達を交互に見比べ、母は言った。

「そうだ、俺は相沢祐一・・・」
「私は水瀬名雪・・・」
 少年と少女は名乗りをあげ、構えて母に向き直った。


         5


 それより少し前のことだった。

−やけに今日は死人以外の来客が多い日だな・・・−
 列車から降り立った祐一と名雪を見つめて柳也は言った。

「あんたは?」
−私は柳也。ここの番人とでも思ってもらおう−

「COS-MOSと同じか・・・生きながらこの世界に囚われた」
−COS-MOS・・・なるほど。君達があの子の・・・−

「あゆちゃんを知っているんですか!?」
 名雪が祐一を押しのけて訊ねた。

−残念ながら・・・もう遅いのです−
 横から現れた裏葉がいさめるように言う。

「どういうことだ・・・まさか?」
 祐一の脳裏に最悪の事態が浮かぶ・・・それは即ち、あゆが最早吸収されているという事。

−残念ながら・・・あの中に−
 柳也の視線が示す先にはそびえ立つサザンクロス。駆け出そうとする祐一。

−どこへいこうというのだ。あの地に立ち入ることを許されるのは人柱の後継者のみだ。
・・・心中は察するがいかせるわけにはいかん−
 柳也が立ちふさがり、静かに言った。

 その瞳は番人に相応しく、この先に進もうとするものを容赦なく排除しようとする意志が浮かんでいた。

「どけ」
 祐一はそれらを全て受け止め、それでもあえてその言葉を紡いだ。

−行ってどうするというのだ。絶望を味わうだけだ−
「生憎だったな。俺はその絶望とやらを終わらせるために来たんだ。邪魔はさせない!」

 柳也と祐一の視線が真っ向からぶつかる。
 柳也の意志と祐一の決意が火花を散らす。


−同じですね・・・あなたはあの日の柳也様と−
 その様子を見ていた裏葉が静かに言う。

「あの日の・・・柳也?」
 祐一の側に寄り添うように立っていた名雪が柳也と裏葉の顔を交互に見比べる。

−遠い日の話だ・・・私が大切な人の残酷な運命に抗おうとして倒れた。
・・・その時の、な。そう、確かに君達はあの時の私だ−
 微かに遠い目で空を見上げる柳也。

 サザンクロスの発する光の彼方には幾つもの星が乱舞する闇が広がっていた。

−だが、所詮それは青い夢だ。星の運命に抗うことなど誰にも出来はしなかったのだ−
 再び柳也は祐一に視線を戻す。

「ああそうさ!俺の夢は青臭い理想論だ!だがそれがどうした!」
 手を振り、祐一は一歩前に踏み出す。

「どんな夢だって、あきらめたらそれで終わりだよ・・・青臭いと言われてもいい。
 私達、その青さは無くさない!」
 名雪も一歩前に歩き、そして言った。


−・・・それが、お前達の答えか。
・・・千年かけて成し得なかった事を、お前達は為そうというのか−
 柳也が刀を抜く。

「やろうっていうのか・・・」
 祐一の全身から湯気のように金色のオーラが立ちのぼる。

 真琴の力を継承した、魔物としての力が顕現していく。

−試されますか・・・柳也様−
 裏葉が御幣を取り出し、柳也の傍らに立った。

「悪いけど・・・容赦はしないよ」
 名雪もまた魔物の力を受け継いでいた。

 いや、或いは秋子と同じ力が本来宿っていて、それが真琴との出来事で覚醒したのかもしれない。

 名雪の全身からは銀色のオーラが立ちのぼる。
 そして名雪の長く青い髪がふわりと不可視の力で浮き上がる。

−丸腰の相手を斬るつもりもないのでな・・・受け取るがいい−
 柳也が空いた手をかざすやいなや、祐一の手に剣と銃が融合したような武器が手渡される。

 二つのライフルを上面で組み合わせたような形状で、銃口の部分には二本の刃が取り付けられている。
 銃のグリップにあたる部分を祐一が掴む。
 軽い、さながら小枝のようにとりまわすことが出来た。

「スライプナーってところだな・・・いいな、俺にぴったりだ」
 以前、良く名雪やあゆと遊んだバーチャロンというゲームを思い出す祐一。

 この武器は祐一が愛用していたテムジンの武器『スライプナー』によく似ていた。
 祐一は不意にそのときのことを思い出す。


         *


「うぐぅーーーーーーー!?なんで、どうしてえ!?」
 コントローラーを握ったまま、ぼろぼろと涙をこぼすあゆ。

 モニターにはYOU LOSEの文字と共に崩れ落ちるあゆのサイファー。
 PERFECTの文字と共に勝ちポーズを決める祐一のテムジンが映っていた。

 更に1P:100勝0敗、2P:0勝100敗の文字が無常に光る。そこで名雪が
「だめだよ祐一、あゆちゃんいじめたら」
 と言ってくる。

「いや、こいつがあまりにも弱いもんだから、負けようがないっていうか」
「いくらあゆちゃんがへたくそだからって、一生懸命なんだよ」
「名雪さん・・・・・・それフォローになってない」

 そんな日常の一コマが、ずいぶんと遠くに感じられた。


         *


−見せなさい、あなた達の覚悟を・・・−
 裏葉の手から発せられた光が名雪に届く。

 そして、名雪の手にレイピアと呼ばれる細身の剣が渡された。
 剣の柄はハート状をしており、淡いピンクの輝きを放っている。

「これは・・・・・・愚者の慈愛・・・フェイ・イェンだったっけ」
 名雪もそのときのことはよく覚えていた。


         *


「うー、じゃあ今度は私」
 あの後名雪があゆからコントローラを受け取り、祐一と珍しくむきになって対戦したことを名雪は思い出す。

『あゆちゃんが退院したばかりの頃だったね、確か』
 あゆはその頃一人で暮らしていたが、何かと理由をつけて水瀬家に招いていた。
 彼女を一人ぼっちにさせてはいけないと。

 でも、何かとあゆにばかりかまう祐一に、少し妬いていた。

『あの時むきになってたのは、そういうことだったね。
 祐一は、いつも優しいから。私、あゆちゃんにやきもちをやいていたんだよ』

「行くよ!祐一!あゆちゃんの仇はとるよ!」
「名雪さん!仇、討ってね」
 コントローラを握って真剣な名雪、それを両手を握って応援するあゆ。

「あらあら、楽しそうね」
 そんな3人をニコニコと見つめる秋子。

「仇って、おまえなあ・・・・」



 あのときは、ただの遊び。でも今は、本当の戦い。


         *


「ハンデのつもりか?」
 祐一が問う。

−いいえ、それは『祭祀』が持つ武器。『祭祀』に応じて、形は変わる−
 答える裏葉。

「お母さんの剣と同じ・・・」
 名雪は秋子が持っていたライトサーベルの様な武器を思い出す。

 つまりは祭祀になりうる可能性がある自分たちのために用意された武器ということなのだろう。

 武器の形がスライプナーや愚者の慈愛なのも自分達の記憶が武器を形作ったと思えば納得いく。

「なら、遠慮はいらないな!」
 祐一が渡されたスライプナーを振るう。

 振られた軌跡は鈍く輝き、刀身は星を埋め込んだかのように輝きに彩られていた。

「抜かるなよ!名雪!」
「うん!」
 柳也と裏葉、祐一と名雪、それは運命を司る者と変革を望む者の決戦だった・・・


         6


−はっ!式神・天空!!−
 裏葉が懐から人型の紙人形を取り出し、念を込める。

 込められた紙人形は鬼の顔の炎を作り出し、空を切り裂き飛んでゆく。

 俗に言う式神とでもいうものであろうか。
 それはまさに裏葉の魔力が作り出す魔物だった。

「舐めるな!」
 祐一がスライプナーを振るう。

 振られた刃の軌跡は青白い衝撃となって飛び、裏葉の弾を相殺した。

−やるな・・・だが!−
 柳也の振るった刃からは青白い炎が生まれ、それが2人めがけて飛んでゆく。

「おっと!」
「うわっ!」
 祐一が横に飛び、名雪が側転でかわす。

 体勢を崩した祐一に柳也が、名雪に裏葉が飛びかかる。

−はっ!−
「ちぃっ!」

 上段から振り下ろされる柳也の刃を辛うじて受け止め、祐一は再び間合いを離した。

 柳也が飛び上がり、蒼い炎を纏った蹴りを繰り出してくる。

「なめるなって!言っているだろうが!」
 祐一が走り込む。

 そして大きく刀を円弧を描くように振るい、その遠心力を活かして剣をかざして祐一は舞い上がる。

「アッパー近接とは、こういうものだっ!!」
 切り上げの動作を伴い、祐一が飛び上がる。

−なめてなど、いないさ!鳳翼天翔!!−
 柳也は炎で全身を包み、巨大な鳳凰の姿となり祐一へと飛んでゆく。

「ぐあぁっっ!」
 衝撃と熱が祐一の胸に大きく傷をつける。
 逆に迎撃されて大きく吹き飛ばされる祐一。

「祐一!」
−あまいですよ−
 一瞬、祐一に気を取られた名雪に向かって飛びかかる裏葉。

 別の紙人形を地面に叩きつける。その刹那・・・

「式神・六合!!」
−ぐおおおおおお!−

「ひっ!?」
 鋼に包まれ、龍の如き顔を持つ巨大な百足が地面から召喚される。
 百足は名雪の体を加え、地面に叩きつける。

「きゃああっ!」
 名雪も吹き飛ばされ、祐一の側に転がった。


         *


−呆気ないな・・・所詮はその程度か−
 倒れ伏した祐一を見下し、柳也は言った。

「こ・・・んな・・・ところで・・・」
 自分の武器に必死で手を伸ばす祐一。
 だが体は最早言うことを聞かず、その手は空しく地面を撫でるに過ぎない。

−愚かなことだ・・・−
 柳也が刀を振り上げ、上段に構える。狙うは祐一の首。

「のやろ・・・」
 祐一の目には無表情に刀を振り上げる柳也が映る。
 ダメージが大きすぎた。体が僅かにも動かない。

「祐一ぃぃぃ!!」
 名雪の悲鳴、振り下ろされる刃。その刹那・・・


−柳也様!!−

「!?」
 裏葉の叫びに柳也が駅の方向を見た。

「お母さん!」
 走り寄る秋子、舞、そして佐祐理。

「佐祐理・・・さん?」
 佐祐理が高く掲げた杖から、不可思議な文様とも文字ともつかないものが現れた。

「一弥・・・あなたの力、遠慮なく使わせてもらいます!!」

 彼女を中心としたリングを形作っていた。
 リングはやがて青白く変化し、氷のリングが佐祐理を中心として回転しているように見える。
 そしてリングが砕け、砕けた中から巨大な二匹の氷の龍が出現した。

「クリスタル・ビット!!」
 佐祐理の叫びと共に、二匹の氷の龍が柳也と裏葉へと飛んでゆく。

−ぬうっ!−
−はあっ!−
 柳也は炎で、裏葉は式神で応戦する。飛び交う炎と式神。

 が、龍の顎はそれらを苦もなくかみ砕き、そのまま柳也と裏葉に体当たりを敢行する。

−うぁぁっ!−
−きゃああっ!−
 二匹の龍はそのまま柳也と裏葉にかじりつき、近場の柱に2人もろとも激突し砕け散った。

 砕けた柱と氷の欠片に混じって2人の体が地に伏した。

「佐祐理・・・凄い」
 半ば呆然と舞がその姿を見つめる。

「秋子・・・さん?」
「喋らないで、いきますよ・・・」
 秋子が祐一と名雪を抱き起こした。

 ライトサーベルに向かって祐一が聞いたことも無い独特の符丁で何かを呟く。

「・・・・・・はっ!」
 秋子の呪文が終わるやいなや、祐一と名雪の体を無数の白いリングが覆う。

 リングから発せられる白い光に当たる度に傷が癒され、体力が回復していく様を2人は実感する。

「これが・・・お母さんの力なの?」
「ええ・・・これが祭祀の力。魔物を祓い、この世界を平定するための」
 術を終えた秋子が答えた。

「なるほど・・・そして俺達は」
 先に回復した祐一が立ち上がり、再びスライプナーを握る。

「ここを潰す・・・んだね」
 名雪も横に立ち、祐一に続く。

「・・・・・・・」
 秋子はただそれを見つめ、自らの武器を収めた。

「ありがとな、舞、佐祐理さん」
 祐一が舞と佐祐理を制して一歩前に出た。

「もういいの?」
 心配げに問う舞に対し、笑顔で頷く祐一。

「この先にあゆさんが?」
「はい」
 佐祐理の問いに名雪が頷いた。

「俺達は宿命を壊す・・・」
 祐一がスライプナーを構えた。

 柳也と裏葉はやっとの思いで立ち上がろうとしている。チャンスは今しかなかった。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 天高く掲げられる刃。

 それからは青白い巨大なオーラが顕現し、天を貫かんばかりの巨大な刃が出現する。

−おのれ・・・潜在奥義!焚書坑儒!!−
 柳也は全身を炎で包み、蒼い炎を纏う不死鳥へとその姿を変えた。

−させません・・・劾鬼・百鬼夜行!!−
 裏葉は無数の護符を掲げ、それらを様々な悪鬼羅刹へと変化させる。
 更に百鬼夜行とも言うべき無数の魔物を生み出す。

「どけろっ!亡霊があっ!!メガスピンソードォ!!」
 一閃。
 祐一は竜巻のように回転させながら刃を振るう。

 振るわれた刃からは濃紺の軌跡を生み出した。

 軌跡は衝撃となって柳也の纏う紫炎を吹き飛ばす。
 裏葉に使役する式神を薙ぎ払う。

「もう一度!!喰らいやがれえ!!」
 刃は再び衝撃を産んだ。

 今度は無防備になった2人を捉える。
 猛禽の鉤爪の如き衝撃が柳也、裏葉を捉え、二人をあゆが消えた門扉へと叩きつけた。

−うあああああ!−
−きゃああああ!−
 苦悶の悲鳴をあげる2人と共に扉が砕け、彼等はあゆの元へと足を踏み入れた。


         7


「祐一君・・・名雪さん、みんなも」
 突如の乱入者達にあゆは瞳を白黒させる。

「馬鹿野郎!!」
「ひっ!?」
 祐一の怒声があゆへと飛ぶ。

「お前はせっかくの命をなんだと思っていやがる!?
 お前がそれを受け入れたらもう後戻りは出来ないんだぞ!」

 あゆを捕らえる水晶を砕き、祐一があゆの両肩を押さえる。
 真琴と同じ悲劇を繰り返させはしない。
 その思いが祐一を突き動かしていた。

「ゆ・・・祐一君」
 あゆの視線を正面に捉え、祐一は続ける。

「お前はかつては黄泉の縁から立ち戻った・・・それがなぜだか解るか!?」
 祐一の視線はあゆを捕らえて離さない。
 その真摯な瞳はあゆに目を伏せることも視線を逸らすことも拒ませていた。

「わから・・・ないよ。そんなの」
 べそをかく子供のようにおどおどと答えるあゆ。

「・・・あゆ、お前も解っているんだろう?」
 そして祐一は乱れた息を整え、心を静め、語調穏やかにあゆに語りかける。

「何が?」
「この場所がどういうところか・・・命の終焉の行き着く先がどこなのか」
 こくり、とあゆは頷く。

「なら、お前には解るはずだ。輪廻という言葉の本当の意味も、命の正体も」

「命とはソウラスの流れ。
・・・命が終わるとき、ソウラスに還り、そして新たな命を生み出す源となる」
 ぽつりぽつりと、見てきたことをまとめながらあゆは言う。

「そうだ・・・ヒトは死ねばソウラスに還る・・・
 それはひとえに『月宮あゆ』という命が砕ければ、二度と同じ形で復活することはないってことだ!」

「!!」
 その言葉にあゆは目を見開く。

   あゆは今まで『誰かを助ける』ことは願っていた。
 それでも『自分自身が生きる』という事を全く失念していたことに気がついた。

「ボクは・・・何のために生きて・・・何のために死ぬの?」
 茫然自失となりながら、その言葉のみが声となる。

「それは・・・私達が答えることではないわ。あゆちゃん」
「秋子さん・・・」
 あゆの傍らに立ち、秋子が言う。

「でも、これだけは言える。一つの命は一度きり。
 それをどう使うか、或いは生きるか死ぬか、その選択権は本人にしかないの」
 母が娘に諭すかの如く優しく、かつはっきりと秋子は言葉を紡ぐ。

「ボクが・・・選ぶ」
 満足げに頷く秋子。

「そうよあゆちゃん・・・選びなさい。あなたの道を・・・」


 そして秋子は立ち上がり、あゆの母が眠る水晶に視線を移し、そしてその前に立った。

 秋子は一同に向き直り、叫ぶかのように問いかけた。
 かつて無いほど大きく声を張り上げて。

「さあ、選ぶときが来ました!」
 スライプナーを握り、立ち上がった祐一に。

「あなた達の未来を!」
 レイピアを構え、祐一の傍らに立つ名雪に。

「立ちはだかる運命に束縛されるのではなく!」
 ロッドを携え、一弥の遺志を受け継いだ佐祐理に。

「自らの手で運命を紡ぐとき!」
 剣を構え、佐祐理を護ろうと構える舞に。

「自分の心で感じたままに!」
 柳也を睨み付け。

「自分の心が思うがままに!」
 裏葉を睨み付け。

「あなた達の望みに従い、自分たちの線路を選ぶ時です!!」
 秋子の体から光が放たれ、CHAOSへと向かっていく。

 光はCHAOSを包み込み、彼の姿を変えていく。
 CHAOSの肉体が紫に輝く粒子となり、先の割れたカタールのような武器へと変化を遂げる。

「マルチランチャー・・・?この武器は?」
 あゆの武器は、バーチャロンでサイファーの武器であるマルチランチャーだった。

「CHAOSさん・・・あなたは?」
 その様を見つめ、呆然と問いかける名雪。

「これが私の役目なのですよ・・・新たに生まれる人柱の力となること。
 あゆさん、これ(私)で己の胸を突けばあなたは母君の後を継ぎ、人柱となる。
しかしこれで母君を討てば・・・」
 CHAOSの意識はやがて消え失せ、あゆの右腕にCHAOSであった武器が装着される。

 同時にあゆの背に紫に輝く光の翼が生まれ、あゆの全身から灼熱の生気を伴う紫のオーラが顕現した。

「お母さん・・・」
 あゆの母を見つめ、あゆは言う。

「ボク・・・正直迷っていた」
 そんなあゆを一同は見守る。

「どうすればいいのか、何のために生きるのか」
 あゆは続ける。自分と関わった人々のことを思い返しながら。

「だけど・・・ボク、決めたよ」
 あゆの瞳は母と向き合い、そして武器を母に向けた。

「ごめん・・・ボク、まだ逝けない」
 あゆの脳裏に去来する母との思い出。

「ボク、ここで終わりたくはない」
 それらを振り払うかの如く、あゆは続ける。

「だから・・・ボクは人柱にはならない!」
 目頭が熱かった。目の前の光景が歪んで映っていた。


−よい覚悟だ−

「!?・・・上!」
 舞の言葉に上を見上げる一同。漆黒のマントを纏う黒い男。

「COS-MOS!!」
「お父さん!!」
 祐一が武器を構え、頭上の男に向ける。

−お前達は成し得るか・・・私達が出来なかったことを−

 COS-MOSの手から放たれた光が、あゆの母が眠る水晶を覆う。
「お母さん!?」
 驚愕するあゆ。

−見せてもらおう、お前達の生き様を−

 砕けた水晶はやがてヒトの頭ほどの八面体の緑色の水晶へと再構築される。

「・・・あれもまた、死人のなれの果て?」
 ロッドを構え、佐祐理が『それ』を見つめる。

『それ』は砕けた水晶を集め、やがてはたおやかな肉体を持つ女性の姿へと変化する。

 それはまさしく水晶細工の女性。
 あゆの母親が変化した、存在。

−お前達の、覚悟を!−

 COS-MOSがマントを脱ぎ去る。その下にあったのは蒼い八面体の水晶。
 彼には最早肉体は無かった。

 水晶の中に意思を封じ、この世界でのみ存在するヒトだった。

「あなた・・・」
 秋子の構えるレーザーブレードが再び光を放つ。

 水晶は周囲に散らばる水晶の欠片を集め、逞しさにあふれる男性の姿を形作った。

 それこそが人柱と祭祀の真の姿・・・カラテアとピグマリオ。

 カラテアと化したあゆの母と、ピグマリオと化した名雪の父が天に向かって吠えた。

 そして、決戦が始まった。



  次回予告

 彼等は武器を取り、死の理に戦いを挑む。
 その戦いで、彼等はこの世界に刻まれた呪詛を知る。

 呪詛の巫女、星の遺志の継承者。
 彼女との邂逅は、彼等に何をもたらす?

 彼女の遺志は、彼等に何を伝える?

 巡る因果の遥か果て、彼等は巫女と出会う。

 次回" Kanon" side story "DEPART FROM THIS WORLD"
  第VII章 輪廻の呪詛

 ご期待ください。

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