クラスには一人は優等生と呼ばれる存在がいます。
太助くんのクラスにも、例外なくそのような存在がいるわけで。
「じゃ、キリュウ。この問題やってみて」
「……」
ルーアン先生が黒板に書いた数式の答えを、いとも簡単に書き示すのは涼しい顔をした少女。
けれども彼女は何故か男子用の制服を着ています。
その理由は無口な彼女の口から発せられた事はありません。
本来ならば先生に注意されるはずですが、肝心のルーアン先生は「似合うから良いじゃん」の一言。
また一部女子生徒からの猛烈な賛成によって、キリュウくんは男装の麗人としてこのクラス1の優等生として存在していました。
今回は、そんなキリュウくんと我らが太助くんとのお話です。
守護月天? シャオリュン
第6話
「ねぇねぇ、キリュウくん。この問題教えてよー」
休み時間、そうキリュウくんにアタックを仕掛けるのはクラス1BL好きの楊明ちゃんです。
キリュウくんは彼女とノートを一瞥すると、
「試練だ、独力で解かれよ」
「あ、うん……が、がんばるよっ!」
残念。楊明ちゃんはぎこちない笑みを浮かべて席に戻って行きます。
それを見送る事もなく、無表情で次の授業の準備をするキリュウくん。
どうやら彼女はあまり他人との接触を好むタイプではないようですね。
「よっ、キリュウ」
続いて彼女に声をかけるのは、なんとクラスのアイドル(?)翔子ちゃんでした。
「さっきのこの問題だけどよ。こいつはどうやって解くんだ?」
よくよく見れば、それは先程の楊明ちゃんが訊いたのと同じ問題です。
それはきっと答えてくれませんよ、翔子ちゃん。
と思いきや……。
おっとここでキリュウくん、初めてその無表情に困った色が加えられました。
「えっと、これは」
「ふんふん」
恥ずかしそうにキリュウくん、翔子ちゃんに説明していきます。
どうやらキリュウくん、翔子ちゃんには弱いようですね。
さてそんな太助くんのクラスですが、この日の午後は体育の授業でした。
久々の男女混合の体育。その科目は、
「テニスかぁ」
球技は苦手な太助くん。ちょっと困った顔をしています。
「じゃ、ダブルスだから組作るわよ」
何故かブルマ姿のルーアン先生。勝手にペアを作って行きます。
「で、七梨くんとキリュウね。次は…」
太助くん。どうやらダブルスのお相手はキリュウくんのようです。
「あ、よろしく」
「………」
太助くんの言葉に無反応なキリュウくんでした。
太助くんも差し出した手を所在なげにうろうろさせると、とりあえずラケットを掴んで素振りです。
さて、こんな縁で組んでしまった2人。一体どんな試合を見せてくれるのでしょうね?
ズバシッ!
キリュウくんのサーブが相手方のコートに突き刺さります。
その度に女子から黄色い声援が、男子から感嘆のどよめきが生まれます。
相手であるたかしくんも、乎一朗くんも手が出せずにコートを右往左往するだけでした。
さて、サーブ交代ということで次は太助くんの番。
「よし」
ごくりを息を呑み、太助くん。
ボールを高々と投げ上げ、ラケットを振り下ろします。
ズバシッ!
びすっ!
ボールは一直線に飛び、前衛であるキリュウくんの後ろ頭に直撃です。
「………」
「あ、ごめん」
「問題ない」
無表情ながらもムスっとした雰囲気を漂わせてキリュウくん。
再度、太助くんはボールを上げて、そしてスマッシュ!
ズバシッ!
びすっ!
ボールは先程よりも勢い強く、そしてまっすぐにキリュウくんの後ろ頭に突き刺さったのでした。
「ご、ごめん」
「………」
サーブ権がたかし&乎一朗ペアに移ります。
しかしこれも主にキリュウくんの力で難なく奪取。再度サーブ権が移り、そして巡り巡って太助くんにサーブが回ってきました。
ボールを手に太助くん。
「今度は成功するから」
「………」
彼の言葉に応えることなく、キリュウくんは構えます。
太助くん、三度目の正直なるか?
ボールを投げ上げ、そしてスマッシュ!!
ズビシッ!
良い音を立ててボールはまっすぐにキリュウくんの後ろ頭にっ。
クルリ
振りかえるキリュウくん。
その時にはすでに、彼女のラケットは構えられ、そして振り上げられています。
ズバシッ!
見事、太助くんのサーブを撃ち返しました!
「へ?」
ごす
撃ち返されたボールは上昇方向の回転をしながら、良い感じに太助くんのあごを打ち上げたのでした。
放課後。
太助くんはキリュウくんに呼び出されてテニスコートにやってきました。
太助くん、ドキドキです。
もしかして告白?
いえ、違います。
ネットを挟んで、向かい側にキリュウくんがラケットを持っていました。
そう、これは特訓。
組んでしまった以上、太助くんを無視できないキリュウくんが無理矢理彼を連れてきたのです。
「打ち返せ。試練だ」
「あ、う、うん」
ボソリと呟くキリュウくんに太助くんはぎこちなく返事。
途端、矢のようにボールが太助くんに飛んできます。
「早っ!」
「試練だ、耐えられよ」
息継ぐ間もなく飛来するボールの雨に、太助くんはオロオロするばかり。
と、その時です。
「甘い、甘いぜ」
「?! 虎賁。どうしてここに??」
現れたのは星神の虎賁でした。
「どうしてもなにも、離珠の奴がオマエをいじめる絶好の機会…じゃなかった、鍛える絶好の機会だからって報告をもらってさ」
慌てて後ろを振り返る太助くん。柱の影でビシッと親指を立てている離珠がいました。
「ともかく。甘いぜ、オマエ」
「?!」
虎賁が「甘い」と言ったのは太助くんにではありませんでした。
キリュウくんにです。
「甘い?」
「ああ。特訓ってのはな……こうするんだっ」
言うなり虎賁。キリュウくんの隣に立ち、どこからともなく取り出したラケットを構えます。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………
そんな効果音と共に、彼の背後に人影が浮かび上がりました。
まるでそれはスタンドの如く。
「行くぜ、太助。しっかり受けな!」
「え、えええええ?!」
ドドドドドドドドドドドド………
テニスボールがキリュウくんの時よりも1.5倍ほど多く、そして勢い付いて太助くんに降りかかりました。
「いた、いたたたたた、ちょ、ちょま」
ちょっと待ったとも言う暇のない太助くん。
「キリュウからもなんとか言ってくれーー!」
涙目で訴える太助に、キリュウは一言。
「試練だ、耐えられよ」
「そんなぁ」
やがてボールも尽きた頃、コートに大の字で倒れる太助くんがいました。
「まだだ、特訓はこれからだぞ」
虎賁の声に、ゆるゆると起きあがる太助くん。
ネットの向こうには、ラケットを構えた虎賁と、そしてキリュウくんがいます。
「質問だ」
虎賁が言います。
「右のオレがサーブを打つか、左のキリュウが打つか、当ててみな」
まるで死刑宣告のような声の響きに太助くんは腰を抜かしたようにずるずると後ろへ下がりつつ、
「ひ…ひと思いに右で…やってくれ」
フルフルと首を横に振る虎賁。
「ひ…左?」
その問いかけにはキリュウが首をこれまた横に振ることで否定されます。
途端、太助くんの顔色が真っ青になりました。
「り、りょうほーですかあああ〜。もしかして…オラオラですかーッ!?」
「「YES!」」
ニタリ。
虎賁とともに普段表情のないキリュウくんに笑みが宿った気がした太助くんです。
「「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」」
「ブギャーッ」
まるでテレンス・T・ダービーの断末魔のような叫び声が、夕暮れの校内に響き渡ったのでした。
なおこれを境に太助くんはテニスボールにトラウマを持ってしまい、体育の時間はしばらくお休みしたとかしないとか。
なのでキリュウくんのお相手は、代わりに翔子ちゃんになったそうです。
第6話 オラオラですか?
了