七梨太助くんの通う中学校は公立の、どこにでもある中学校です。
そして通っている生徒も、どこにでもいるような子ばかりです。
そしてそして、七梨太助くんはそのどこにでもいるようないじめられっ子だったのです。
守護月天? シャオリュン
第3話
その日、クラスのアイドル・山野辺翔子ちゃんのリコーダーが盗まれて騒然としていました。
翔子ちゃんは男子達からは女王様と、女子達からはお姉様と崇められている子なのです。
そんな彼女のリコーダーが盗まれてしまいました。
となれば、早速放課後のホームルームの議題に取り上げられます。
「はいっ!」
始まり次第、挙手するのは口のとんがった意地悪な子で有名な遠藤乎一郎くん。
「はい、乎一郎くん」
これは面倒くさそうに彼を当てる担任のルーアン先生です。
「ボク、見ちゃったんです」
「見た?」
ざわ
ざわ
ざわ(カイジ風に)
何を?と教室中がざわざわし始めました。
そんな様子を口のとんがった乎一郎くんは満足げに見渡し、言い放ちます。
「4時間目の体育の時間、ボク忘れ物があったんで教室に戻ったんです」
そうだ、戻った、などなどざわめきの中から同意の声が漏れてきます。
それが出たところで、乎一郎くんは言葉を続けました。
「そしたら教室から音が聞こえるんです。誰もいないはずの教室から」
ごくり、誰かが息を呑みました。
「恐る恐る覗いてみると、そこには」
乎一郎くんは、びしっと『彼』を指差して叫びます。
「太助くんが、翔子ちゃんのリコーダーを吸ってました」
「なに?!」
がたん、勢い良く立ち上がるのは体格が良くて歌の好きそうな乱暴者・野村たかしくんでした。
「吸っていたのか? 吹いていたんじゃなくて?!」
ちょっと論点が違いますが、厳しい目が次々と太助くんに突き刺さります。
慌てたのは当の太助くん。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺、体育の時間には一番に校庭に出て……」
「じゃ、これなんだよー」
「え?」
口のとんがった乎一郎くんは太助くんの机の中に手を伸ばすと、何かを取り出しました。
それはまさしく。
「「ああっ!!」」
叫んだのはクラスのみんな。
太助くんも例外ではありません。
「信じてよっ、俺は、俺はそんなことしてないっ!」
ざわめきの中で一人、叫んで弁明する太助くん。
そんな彼の視界の隅で、たかしくんと乎一郎くんがお互い嬉しそうに親指を立てていました。
「はーい、静かにー」
ぱんぱん、と手を叩きながら爆発しそうな教室を一次的に収めるのはルーアン先生。
「誰が犯人かは山野辺本人に決めてもらおうじゃないか」
「「え?」」
担任の言葉に首を傾げる一同。
「ほら、山野辺。七梨を信じるならリコーダーを吹いてみろ」
ルーアン先生の言葉に、翔子ちゃんは静かに立ち上がり、太助くんの机の前に立ちました。
「翔子ちゃん……」
すがるような太助くんの視線を目の前に受けながら、彼女は彼の机の上にあるかつては己のリコーダーを手に取り……。
彼女はニッコリ微笑んでいました。
一瞬、太助くんの心に安堵が広がります。ああ、彼女は分かってくれている、と。
翔子ちゃんは優しく微笑みながらリコーダーを振り上げて、
「キモイんじゃ、このド変態がぁ!」
ごめす!
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
太助くんの顔面に突き立てたのでした。
「わーん、シャオー。またいじめられたよー!」
泣きながら帰宅した太助くんは、早速シャオリュンに泣きつきました。
「あらあら、今日は誰に? 力の強い子? それとも口のとんがってる方?」
優しく、彼女は太助くんに聴きました。小龍包を口に運びながら。
太助くんは涙をぬぐいながら答えます。
「口のとんがってる方だよ」
「あらあら。なんでいじめられたの?」
「俺が翔子ちゃんのリコーダーを盗んで吸ったって」
「あらまぁ。今度からは見つからないようにやりなさいね。もっと周囲に気を配って」
「だーかーらー、やってないんだってば!」
「良いんですよ、私にまで隠さなくても。そういう行動は思春期の男の子にはある事だって、なんかの本に書いてありました」
「しくしくしく」
「で、仕返ししたいんですか? むしろ翔子ちゃんに痛い目に合ってる気もしますけど?」
「……帰り道、ずっとひどい事を言われたんだ」
「大体何を言われたのか分かるので、言わなくて良いですよ」
「うぅ……お前のところのシャオは菅原文太似だって、からかわれもしたんだ」
ずちゃ
何か重いモノが持ちあがる音が太助の耳に入りました。
「ひぃ!」
そして目の前の彼女を見て、思わず悲鳴。
シャオリュンが何やらどす黒いオーラを出して無表情になっています。
不意に、彼女の細く美しい右手が太助くんの頭を掴みます!
「乎一郎くんのお家は、どこでしょう?」
「え、えぇ?」
「乎一郎くんのお家は、どこ?」
「え、えと、行ってどうするつもり…!?」
その先の言葉が続きませんでした。太助くんに頭に食い込んだ右手がミシミシと音を立てています。
「言われた事にだけ、すぐ答えてくださいね。言葉の前と後にサーを付けて」
「さ、サー、イエス、サー! サー、隣の街区の、赤い屋根の大きな家です、サー!」
「良く出来ました」
万力のような握撃から解放された太助は、目に涙を貯めて荒い息を吐きます。
彼が見送った彼女の後姿は、歪んでいたそうです。
それは彼の流した涙で歪んでいたのか、はたまた最凶と言われる北斗七星を率いた戦慄によるオーラのためか……。
この後、乎一郎くんは一週間学校をお休みし、それ以降彼の人生の中で二度と菅原文太の名前が出る事はなかったそうです。
第3話
菅原文太と呼ばないで 了