水妖記(ウンディーネ) その3

〜まもって守護月天オリジナルストーリー〜



「んんー、今日もいい天気だな。あ、シャオ、おはよう」
 太助が気持ちよさそうに伸びをしながら窓際で朝日にきらめく湖を見ていると、シャオと 翔子、そしてウンディーネが部屋から出てきた。
「太助様、おはようございます」
「よっ、七梨」
「ウンディーネさんも、よく眠れた?」
「ええ、とっても。ありがとう」
「七梨、他の奴らは?」
「ああ、たかし達はまだ寝てる」
 夏の夜明けは早い。そのため日はもうかなり昇っているが、実際時計はまだ7時前を指し ている。太助は窓から差し込む眩しい日差しとひんやりとした朝の空気に、さわやかに目覚 めることができた。一方、翔子は同室のシャオやウンディーネの目覚めが早かったために、 珍しく早起きをすることになったのだ。もっとも、こんなにすがすがしい朝の空気は、翔子 にとっても気分のいいものであるに違いなかった。食堂の窓を開けて流れ込む新鮮な空気を 胸に吸い込むと、4人は朝食の支度に取りかかった。
 しばらくすると、寝室の扉が静かに開く音がした。出雲が足音を立てないように頭を隠し ながらそそくさと洗面所へ向かっていく。誰にも見つからないように、との彼の努力も虚し く、一部始終はちゃんと翔子に見られていた。彼がそこから出てくるのはそれから45分も 後のことだった。
 包丁の音が軽快にリズムを刻み、フライパンがジュージューと賑やかに歌うキッチンでは、 4人が楽しげに料理をしていた。シャオは太助に楽しそうに話しかけながら、野菜を刻んで いた。太助も笑顔で答えながらフライパンで卵を焼いている。翔子は口笛を吹き吹きトース トの準備をし、ウンディーネはついさっき水辺で摘んできた香草でさらに彩りを添えている。 こうして、トーストとサンドイッチに目玉焼き、みずみずしいサラダにスープ、と、賑やか な料理が食卓にならんだ。
「そろそろみんなも起きてくるな」
 那奈姉たちは・・・と一つの部屋をうかがった瞬間、ズドン!!という激しい音と甲高い 悲鳴が聞こえ、そして再び沈黙が訪れた。ウンディーネは何ごとかと目を丸くしたが、残り の3人は顔を見合わせて苦笑するしかなかった。5分後、ようやく部屋から疲れた顔をして ぞろぞろと4人が出てきた。
「キリュウ、相変わらずまともに起きられないな、あんたは。下のベッドのあたしまで巻き 込むなよ」
 ま、スリルがあって面白かったけどさ、とカラカラと笑い飛ばす那奈だが、キリュウはう つむいてしまった。
「す、すまぬ、那奈殿」
「キリュウさんって、毎朝あんなことしてるんですか?」
 花織の表情は青ざめてさえいる。生まれてはじめてあんな目覚ましを体験すれば無理もな いのかも知れないが。
「でも、ルーアン先生はよく寝てましたねえ」
 花織が感心したような呆れたような顔で振り返ると、
「あら、慶幸日天たるものちょっとしたことで驚くほどやわじゃなくてよ」
と胸を張って見せた。が、
「そんなこと言って、ただ寝起きが悪いだけだろ、ルーアン」
「な、ちょっとあんた!・・・って、おはよーん、たー様!!」
「七梨先輩、おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「みなさん、おはようございます」
 朝からさっそくげんなりした顔をした太助とは対照的に、シャオは楽しそうに挨拶を交わ している。
「後はたかし達だけか」
 お越しにいった方がいいかな、と考えたのと同時に、
「おーっす、みんな早いな」
と噂の当人達が顔を出してきた。たかしはいかにも爽快な顔をしているが、乎一郎は眠そう な目をしている。
「なんだ、乎一郎。ずいぶん眠そうだな」
「そんなこと言って、たかし君は気持ちよさそうに寝てたけどさあ。朝だってどんなに起こ してもなかなか起きてくれないし」
 ぷうっと頬を膨らませて乎一郎は文句を言った。
「そう言えば、乎一郎はずいぶん寝返りうってたもんな。寝つけなかったのか?」
「だって太助君、たかし君の歯ぎしりとか寝言が気になって。太助君はよく眠れたね」
「ああ、ここに来るまでで結構疲れてたからな」
 太助は苦笑しながら頭をかいた。そう言われるとまるで自分が鈍感なように聞こえる。太 助も最初はたかしの立てる物音が気になっていたが、道中での試練やら騒動やらの疲れです ぐに眠りに落ちていったのだ。
「あなたたちはまだ向かい側のベッドだからいいですよ。下に寝ていた私はもっと辛かった んですからね」
 いつの間にか洗面所から戻ってきた出雲もそこに加わった。前髪はしっかり立っている。
「お、相変わらず決まってるねえ、おにーさん」
「いえ、身だしなみですから」
 前髪をかき上げて見せた出雲だが、
「たしかに前髪が垂れてると情けなかったもんなあ」
「み、みてたんですかっ」
「ま、そうとりみだすなって。シャオ達は見てないよ。な」
 案の上、シャオもウンディーネもきょとんとしている。
「そんなことより、ずいぶんと長かったんじゃない?」
「ええ、たかし君のお陰でずいぶんと寝覚めが悪かったもので」
 いつもなら30分もあれば済むのですが、という出雲に誰もが、十分長いよ、と心 の中でつっこみを入れたことは間違いない。
「たかし君、少しは寝相をよくしてくださいよ。自分から上の段を希望したにもかかわらず、 落ちそうになったり、どたばたと暴れるのは止めてくれませんか。それに・・・」
 出雲は眉間にしわを寄せながら低い声でこういった。
「寝言で歌うのは止めて下さい」
「ううっ、そ、それは・・・俺の熱い魂はたとえ眠っているときでも冷めないんだよ。文句 あるか」
「「「「「ある!」」」」」
 たかしと他約2名を除く声が見事に重なった。あれっと顔を見合わせて誰からともなく沸 き起こる笑いの渦。入れ立てのコーヒーとトーストの香ばしい香りが、そんなみんなを食堂 へと誘っていった。



その4につづく


初出 月天召来! 2000.4.21
改訂 2000.10.5
written by AST (S.Naitoh),2000

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