――第四章 迷走――そして道標――






ベッドに寝ていた紅零は、上半身を起こして左目だけで入口を見詰めていた。

何故か、その右目は堅く閉じられていた。

ガチャッ

扉が開き、誰かが入ってくる。

部屋に入ってきたのは太助、翔子、瑞穂だった。

その他の面々は部屋に入れる人数上大人しく下で待っている。

ちなみに選別方法は定番のくじ引きであったが、太助だけは優先的に行く事になっていた。

何故か、空は自分から面会を断った。

「・・・・・・主か、久しぶりだな。」

以外に、その口調ははっきりとしていた。

だが、その右目は堅く閉じられ、顔色も悪い。

「久しぶりって・・・・・・」

「いや、余りにも長く感じてしまったからな。所で主・・・・・・」

紅零は右半身が動かない為に、左側だけで心配そうな表情を浮かべると、太助に尋ねた。

「なんだ紅零?」

「シャオリンは、大丈夫か・・・・・・? 私は、余りにも酷い事をしてしまった・・・・・・」

紅零は俯き、太助から目をそらした。

「シャオなら、大丈夫・・・・・・それにシャオは紅零の事は恨んでないと思うか・・・・・・」

「何故だ・・・・・・」

太助が言い終わる前に紅零が割って入る。

「何故私を恨んでいない・・・・・・私は恨まれて当然の事をしたんだぞ!! それなのに・・・・・・それなのに何故だ!?」

紅零は激昂した様に太助に食って掛かった。

だが太助はそれに臆した様子も見せず、ゆっくりと口を開いた。

「シャオは・・・・・・紅零の気持ちを知ったんだ。

 だから、紅零を助けようと戦った・・・・・・だから、シャオは紅零を恨んで何かいない。」

「・・・・・・そうか・・・あの時の目は、そんな思いを秘めていたのか・・・・・・・・・」

紅零は俯き、ただ淡々と呟いた。

その左腕は震えていた。

「・・・・・・馬鹿だな、シャオリンは・・・・・・私なんかを助け様として・・・・・・私なんて、助けても意味なんてないのに・・・・・・」

「そんな事・・・・・・そんな事在りません!!」

紅零の言葉に反応して瑞穂が叫んだ。

目に涙を溜め、必死に、そして悲しそうに。

「なんで、なんで紅零さんは自分の事をそんなに悪く言うんですか!?

 私、紅零さんに憧れているんです!! 何時か紅零さんみたいになれたらって、いっつも思っています!!

 ですから、そんなに自分の事を悪く言わないで下さい・・・・・・そんなに、私をがっかりさせないでくださいよぉ・・・・・・」

瑞穂は、堪えていた気持ちを総べて吐き出すと、その場に座り込み、泣き崩れた。

「七梨、あたし瑞穂さんを連れて下いってるよ。なんか話しが暗すぎて症に合わないしさ・・・・・・」

翔子はそう言うと、座り込んだ瑞穂に肩を貸して、扉を開いた。

そして、振りかえらずに言葉を紡ぐ。

「紅零、あたしはさ、紅零にいなくなって欲しくないから、そんな事言わないで欲しいな。」

そう言い残し、翔子は瑞穂と共に部屋から出ていった。

扉が閉まると紅零は左手で顔を覆った。

そして、乾いた笑い声を上げる。

その掌の間からは、涙が流れ落ちた。

「ははは・・・・・・なんで、なんで私の事なんかを心配してくれるんだ・・・・・・私は、みんなに何かした訳でも・・・ないのに・・・・・・」

「みんな、紅零の事が大切なんだよ。俺にとっても、紅零は家族なんだからさ、そんな悲しい事言わないで欲しいな・・・・・・」

その言葉を聞き、紅零の肩が震え出した。

その様々な思いを秘めるのには、あまりにも小さな肩を・・・・・・

「なんで・・・・・・なんで主は・・・みんなはそんな事を言うんだ・・・・・・私は、みんなと違って血で汚れているのに・・・・・・なんで・・・・・・・・・」

「紅零の過去は知らない・・・・・・どんなに悲しい事が、辛い事があったのかも分からない・・・・・・

 でも、それでも今は紅零は俺の家族なんだ。大切な、家族なんだ・・・・・・

 みんなも、紅零の事は大切な友達とか、そう思っているんだよ・・・・・・」

彼女はシーツに顔を埋める。

「はは・・・・・・ははは・・・・・・そんな・・・卑怯だ・・・・・・主も、みんなも・・・・・・卑怯だよ・・・・・・・・・」

紅零は泣き崩れた。

それは、太助の前で見せる、初めての涙だった・・・・・・

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太助に肩を借り、如何にか紅零はリビングにまで降りて来た。

ただでさえ疲労し、その上に右半身が動かないからだ。

「すまないなみんな・・・・・・迷惑をかけた。」

紅零は全員と顔を会わせるなり頭を下げた。

「気にしていないさ。紅零殿も大変だったのだろう・・・・・・」

「そーよ。そんなに堅苦しくされたらこっちが参っちゃうわ。」

何時もの口調と表情でで精霊二人は紅零に言葉をかける。

その言葉に嘘偽りは無かった。

「ありがとう・・・・・・紀柳、汝昂・・・・・・」

紅零は二人に礼をのべると太助の手を借りてソファに座らせてもらった。

「瑞穂も、私の為に泣いてくれてありがとう・・・・・・本当に、嬉しかった・・・・・・」

紅零は左半分だけだが、心からの笑みを浮かべた。

「そんな・・・・・・私は迷惑をかけたんじゃないかと心配だったんです・・・・・・それに、あれは本心ですからね♪」

目を真赤にしながらも、精一杯形作った笑顔を浮かべる。

瑞穂の言葉に紅零はどう答えて言いか分からず、とりあえず苦笑した。

「那奈、彼方にも礼をのべなくてはならない。彼方には感謝している。」

那奈は苦笑しながら首を振った。

「あたしは何にもしてないって・・・・・・でも、あんがとな。」

紅零はルミの方を見詰めた。

今のルミは何時も通りの雰囲気を纏っていた。

「ルミ・・・お前は・・・・・・・・・・・・」

「あう・・・?」

ルミは頭に“?”を浮かべていた。

一瞬、紅零にはルミが今は亡き主の姿と被って見えた。

「・・・・・・・・・いや、なんでもない。」

気のせいだ。そう、紅零は思う事にした。

そして、紅零は蒼い髪の青年を見た。

「・・・・・・空、感謝している。

 私が暴走している間、悪霊などがよって来ない様に結界の上から別の結界を張り続けてくれていたのだろう。

 空が居なかったら、私はどうなっていたか分からない・・・・・・ありがとう・・・・・・・・・」

「・・・・・・なんの事ですか? 私はただ結界に脆い所がないか探していただけですから。」

その何時も通りの口調からは空の真意は読取れなかった。

彼女は隣に寝ている楊明の髪を撫でる。

「また、迷惑をかけたな楊明・・・・・・何時か必ず、恩は返すからな・・・・・・・・・」

紅零の表情は、何所か優しげだった。

そして彼女は顔を上げ、皆を見渡した。

「感謝している・・・・・・本当に、数えきれないほどに・・・・・・・・・そして・・・・・・・・・」

彼女は出入口を見詰めた。

それにつられて、皆も出入口の方向を向いた。

其処には、壁に寄りかかる様に一人の少女が立っていた。

「シャオリン、彼方には一番迷惑をかけた・・・・・・すまない・・・・・・・・・そして、ありがとう・・・・・・・・・・・・・・・」

銀髪の少女は、ゆっくりと、静かに微笑んだ。

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「シャオ!?」

慌てて太助が駆け寄る。

シャオリンは太助が駆け寄ると同時に力無く彼に向って倒れ込む。

太助は慌てて彼女を抱き止めた。

「シャオ、無理したら駄目だろ・・・・・」

彼女は笑みを浮かべ太助を見上げた。

「紅零さんとお話したかったから・・・・・・無理しちゃいました・・・・・・・・・」

その笑みは、悪戯を見付かった子供の様に無邪気な物だった。

その笑みを見て、太助は溜息と共に優しく微笑んだ。

シャオリンは太助の肩を借りて、紅零とは反対側のソファに座る。

「紅零さん、大丈夫ですか・・・・・・」

彼女のその言葉に紅零は唐突に動きが止まった。

信じられないと言わんばかりの表情で彼女を見詰める。

「何故、私の心配をする・・・・・・やはり、私にはお前が分からないよ・・・・・・・・・」

紅零は軽く溜息をつくと苦笑してシャオリンを見詰め直した。

「私も・・・・・・自分がわかりません。

 本当は紅零さんを恨むべきはずなのに、そんな気はまったく起こらないんです・・・・・・・・・

 それどころか・・・・・・・・・」

「私を助けたいと思った・・・・・・か。」

紅零はシャオリンより先にその後半部分を口にした。

彼女は紅零の言葉に首を縦に振る。

「だが、私は・・・・・・支天輪を砕いてしまった。

 その事実に変わりは無い・・・・・・・・・」

「大丈夫です・・・・・・約束してくれましたから。必ず、直してくれるって・・・・・・・・・」

ちらりと目線を太助に向け、優しく微笑む。

紅零は静かにシャオリンを見詰めた。

彼女は儚げにも見えるシャオリンの瞳の中に宿る希望の光を見た。

太助から与えられたであろう希望を・・・・・・

紅零は深く目を閉じ、ゆっくりと、深く息を吐いた。

「そう・・・・・・か。ありがとうな、主よ。」

「え、俺!?」

唐突に呼ばれて太助は思わず振り向いた。

「ああ、主のおかげだ。な、シャオリン?」

「はい♪」

紅零の言葉にシャオリンは本当にいい笑顔で答えた。

その笑顔を見て太助は紅くなりながら思わず頬をかいた。

すると・・・・・・

「う〜ん・・・・・・」

何か唸りながら楊明が目を覚ます。

どこかボ〜っとしたまま起き上がる。

「・・・・・・・・・なるほど。」

統天書も使わずに状況を理解したらしく、すぐに普段通りに戻る。

「もういいの楊ちゃん・・・・・・?」

「もう大丈夫だよ。これだけ寝れば十分だって♪」

ゆかりんの問いに楊明は笑顔で答えた。

「ところで紅零さん、何か話したい事があるんじゃないですか?」

楊明の言葉に紅零はうなずく。

「そうだな・・・・・・役者は揃ったんだ。話した方が良いだろう。」

「・・・・・・紅零、役者はそろったって・・・・・・・・・」

太助が、真面目な顔をして聞き返す。

「いや、ただ何度も話すのが面倒だから全員が揃っているこの場で言ってしまおうと言うだけだ。」

それが普通と言わんばかりの言葉に、全員が思わずこける。

そんな事も意に介さず、平然とした顔で紅零は話し始めた。

「それは別にいい。私が話したい事はそう・・・・・・支天輪の修復についてだ。」

その言葉によって、場の雰囲気が変わったのが手に取るように分かった。

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「な、ど、どうやるんだ紅零!?」

太助が思わず身を乗り出す。

「焦るな主。答えは逃げたりはしない。」

「紅零、支天輪は、支天輪は直るんだな!?」

「・・・・・・絶対とは、言わないが・・・・・・心当たりがある。」

その言葉を聞き、楊明が口を挟む。

「例の紅零さんの師匠、ですね?」

「ああ、その通りだ。軽く紹介しておこう。師匠は名を朱旋という。

 位は神仙。もっとも、その程度の言葉では言い表せないがな。

 性格は・・・・・・なんというか、極度の面倒臭がりで、面白い事好き・・・・・・・・・そして、何より変わり者・・・・・・といったところか。」

その紅零の説明に、一同は少々『なんだそれ?』という表情を浮かべる。

「とりあえず、会って見るのが一番だろうが、そう簡単には会ってくれない。

 まず、一切の精霊の力、仙術、魔術など、それらに類する物を使って行った場合、会ってくれない。

 途中でその力を使うことも不可。平たく言えば、電車や飛行機などの乗り物を利用して行け、と言う事だ。

 これがまず第一関門。」

紅零の言葉に、一同は黙って耳を傾けている。

「そして、第二関門。

 師匠のいる所は中国の山奥の何所かにある。

 これを探さねばならない。」

「ちょっと待って下さい。そんな事では何年掛かっても見付からないじゃないですか?」

「お兄さんの言う通り、どうやって探せばいいんだ、紅零!?」

その他も次々に同じような事を聞いてくる。

紅零は頭を押さえながら。

「最後まで聞け・・・・・・・・・手がかりが無い訳ではない。

 師匠が其処にたどり着く為のヒントを以前言っていた。

 そのヒントを使えば如何にかなるだろう。」

「紅零さん、そのヒントって、なんなんですか・・・・・・?」

花織が神妙に尋ねてくる。

紅零は苦笑いを浮かべ、呟く様に答えた。

「・・・・・・『信じる者は救われる』・・・・・・・・・だ。」

「な、なんだよそれ!?」

「んな宗教みたいな事を・・・・・・」

一同がブーイングを開始した(無理も無いが)

「だから言っただろう、師匠は変わり者だと・・・・・・・・・

 それに、その様に疑っていたら本当に何年たっても見付ける事は出来ないぞ。」

思わず、一同沈黙。

そして、紅零の険しい表情がその沈黙を深める。

「・・・・・・・・・そして、第三関門だが・・・・・・・・・・・・」

思わず戸惑い、言葉を切る。

「紅零、第三関門が・・・・・・・・・どうか、したのか・・・・・・?」

緊張した面持ちで太助が問いかけてくる。

紅零は時間をかけ、口を開いた。

「第三関門は、ある意味で斬られるよりも辛い・・・・・・恐らく、殺してくれた方がましだと思えるほどにな・・・・・・・・・」

その答えは、この場を完全に沈黙させるのに充分過ぎる答えだった。

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「それは、どんな事………なんだ……………?」

太助が聞きたくなるのも無理はなかった。

全員が同じ気持ちなのだから。

「いや、痛みではないんだ。決して、身体を傷付けられるわけではない。

 …………そうだな。私も体験した事はないのだが、師匠から聞いた事がある。」

少し間を置き、みなを見回してから再度続きを口にする。

「師匠はこう言っていた。

 『あれはな、言うなれば精神的苦痛ってやつだ。身体には一切傷は負わない。

 それは苦痛を受ける者の想いが強ければ強いほど、辛く苦しいが、楽になる。矛盾してるが、そう言うものなのさ。』とな。

 その真意は私にも分からない。一度体験するしかないのだろうな………」

そう言い、苦笑を浮かべる。

「取り敢えず、存在する関門はこれだけだ。

 第三関門が最大の難関だが、これは誰か一人でも通り抜ける事が出来れば良いからな。

 さて、私からの話しはこれで終わりだ。今日は解散、明日から忙しくなる。

 今日は各自十分に睡眠を取り、来るべき日に備えて体調を整える事。以上、解散!」

紅零の言葉に、全員が各々の返答をし、来るべき日への士気は高まるのであった。


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