――第二章 偽り――そして記憶――






嫌な気配がし、その根源を迎え撃つ為に紅零は外に飛び出した。

「ぐぅっ!?」

紅零が塀を飛び越えたと同時に、強力な衝撃が彼女を襲った。

如何にか足から地面に着地し、辺りの気配を探る。

(なんだ今のは・・・・・・)

攻撃を受けたと同時に彼女は相手の感情のような物を感じていた。

――偽り、恨み、嫉妬、復讐、後悔、そして絶望。

そのどれもが彼女にもある感情だった。

昔から、一人の少女に思いつづけてきた感情。

時に、その感情故に人を殺めた事すらあった。

それは、その少女の大切な人であったと思う。

だが・・・・・・

(今はそんな事は関係がない!!)

彼女は後ろに振り向きざま斬り付けた。

ギヂィィィィィィィィィイ!!!

五感ではなく第六感に響いてくる絶叫。

それは断末魔の叫びにも、全てを恨む声にも聞こえた。

「なんだと言うんだ!? それほどにまでこの世が憎いか!? それとも・・・・・・私が憎いか!!」

彼女は天に向って叫んだ。

「憎みたければ憎めばいい!! だが・・・・・・その程度でなんだと言うのだ!? 憎むのなら私を殺して見ろ!!」

そして近付いてきた“何か”を叩き斬った。

「さあ、もっとかかって来い!!」

だが彼女は気付いていなかった。既に彼女の心に広がっているものがある事に・・・・・・

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振動が収まると同時に太助とシャオリンと空は駆けていた。

それぞれ紅零に言われた所に向っていた。

階段を駆け上がり、太助は迷う事なく汝昂の部屋に転がり込むように入った。

「・・・・・・たー様、如何したの?」

如何やら起きていたらしく、汝昂が尋ねて来た。

太助の後ろ――部屋の扉――からシャオリンが入ってくる。

「汝昂さん、大変なんです!!」

シャオリンの言葉を聞き、汝昂は少しあたりの気配を探った。

「・・・・・・分かったわ。確かに、何か嫌な気配がするわね・・・・・・」

“何か”の存在を感じ取り、汝昂は黒天筒を構えた。

太助は急いで紅零が物を入れている箱を開けた。

その中に目当ての物はあった。

「これだな・・・・・・十字架が彫り込んである。これだ!!」

そう言うと太助は銃弾を持てるだけベストに突っ込んだ。

そして朝見かけた儀礼用の長剣を取り出すとベストに付いているリングに挿し込む。

「太助様、来ます!!」

バリィィィィィン!!

シャオリンの声と同時に、窓ガラスが粉々に砕け散った。

ダダダダダダッ!!

何時の間に抜いたのか、太助のリボルバーが火を吹いた。

ギャァァ!?

一瞬で全弾撃ち尽くした拳銃に、太助はケースに入っている弾丸を一発装填し、両腕で構えた。

今のはただの強化弾。その為相手はただたんに怯んだだけだ。

そのまま“何か”は太助に襲いかかってきた。

「太助様!!」

そして今度のは・・・・・・

「くらえぇぇぇぇぇぇ!!」

筋肉が悲鳴をあげるほどの強力な反動。

片腕ならば確実に骨が外れるほどの衝撃と共に撃ち出された白銀の閃光。

凄まじい閃光の前に太助の眼前に在るものが消滅していた。

襲ってきた“何か”も、壁も隣の家の屋根の一部も、刹那もかからない一瞬で消滅していた。

そしてその消えた場所に光の粒が舞い落ちてきた。

まるで消えた魂達を鎮めるかのように・・・・・・

「す、すげぇ・・・・・・」

その状況に、撃った太助本人が一番驚いている様だった。

だが無意識の内に例の十字架の彫り込まれた銃弾を装填しているのは既に癖とかしたからだろう。

少し間を置き、太助ははっとする。

「早く下に戻ろう!!」

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「まったく・・・・・・何ですかこれは・・・・・・来れ『雷』!!」

ギャァァァァァァァア!!

楊明の放った雷が“何か”を撃ち抜き、消滅させた。

「目に見えないのは痛いですね・・・・・・次に来るのは・・・・・・」

楊明は目に見えない“何か”を統天書を使う事で見ているのだ。

「あ・・・しまっ・・・・・・!!」

不意打ちの一撃を受け、楊明は弾き飛ばされた。

在ろう事か統天書まで手放してしまった。

楊明の前方で“何か”が腕を振りかぶる気配がした。

だが、

「瑞穂お姉ちゃん、楊明お姉ちゃんの一歩前を縦に斬って!!」

「分かった・・・・・・めぇぇぇん!!」

ビヂィィィィィィィィィィィィイ!!

ルミの的確な指示と瑞穂の正確な攻撃が“何か”を切り裂いた。

「中学の時、剣道やっててよかったぁ・・・・・・」

瑞穂は改めて気を引き締めると、降魔刀を両手で確りと構え直した。

「楊明お姉ちゃん大丈夫・・・・・・?」

ルミが心配そうに楊明を見下ろす。

「はい、大丈夫です。私は打たれ強いんですから。」

楊明は何事も無かったかのように立ちあがった。

「楊明、統天書。」

那奈が遠くに弾き飛ばされていた統天書を拾ってきて楊明に渡した。

「ありがとう御座います那奈さん。」

「なあルミ、もしかして見えているのか?」

那奈の問いにルミはコクリと頷いた。

「昔から見えないものが見えるの・・・・・・おじいちゃんに見えないものも・・・・・・」

「それは・・・・・・」

刹那、凄まじい閃光が窓から入ってきた。

「!? これは・・・・・・」

「二階からみたいだね・・・・・・」

瑞穂が上を見上げていると・・・

「!? 瑞穂お姉ちゃん後ろ!!」

「え・・・・・・?」

凄まじい“何か”が発する殺気。

何かが振り上げられる気配。

瑞穂は何故か呆然として、これから起こるであろう出来事を眺めていただけだった。

ギャァァァァァァァァァァア!?

唐突に放たれた一撃が“何か”を撃ち抜いた。

「大丈夫ですか瑞穂さん!!」

“何か”を廊下から撃ち抜いたのはシャオリンの星神“車騎”だった。

「・・・・・・あ、シャオリンさん・・・・・・ありがとう御座います・・・・・・えっと・・・すいません、何かぼーっとしちゃって・・・・・・」

「しっかりするにゃ。そんなんじゃ早死にするにゃよ。」

「あはは・・・・・・すいません。」

車騎を飛び越えて太助が入ってきた。

「那奈姉、紅零に言われた物持ってきた。はいっ!!」

「サンキュ太助。これで自分の身ぐらい護れそうだな。」

太助が投げた儀礼用の長剣を那奈が見事にキャッチする。

「主殿、これは一体・・・・・・」

そこに二階から降りてきた紀柳と空がやって来た。

「よく分からないんだ・・・・・・ただ分かっているのは」

太助が不意に言葉を切る。

「とてつもなくヤバイ状況って事よ。」

その言葉を引き継いだのは汝昂だった。

汝昂の言葉に、一同を沈黙が支配した。

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キィィィィン!!

彼女は数度打ち合っただけで相手を切り伏せ、次の獲物目掛けて走って行った。

彼女が戦っているのは“何か”などと言う不確定な物ではなかった。

既に形を現し、彼女の目に確りと見えている。

彼女にはその者達に見覚えが在った。

それは彼女が今まで殺して来た者達。

それも一人や二人では無く、数万と言う単位だった。

「馬鹿げている、まさしく喜劇だ・・・・・・其処までして、また殺して欲しいのか貴様達はぁぁぁぁ!!」

彼女は近付いてきた者を一瞬にして全て切り伏せた。

「いいだろう・・・・・・全員斬り捨ててやる!!」

――これ以上お前達を斬りたくない・・・・・・

「また殺してやる、死にたい奴からかかって来るがいい!!」

――お願いだ、もう来ないでくれ・・・・・・

「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!」

――やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!

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「!? いや、なんで・・・・・・いやぁぁぁ!!」

突如、外を見たルミが悲鳴をあげる。

「如何したんだルミ!?」

那奈がルミに駆け寄る。

「みんな、みんな、なんでこんな・・・・・・そんな事言っているの・・・・・・!!」

ルミの様子に状況を察したのか、それとも荒れ狂う悪意のを感じ取ったのか。

精霊を含めた戦う力を持つ者達がそれぞれの武器を構える。

シャオリンは支天輪を。

汝昂は黒天筒を。

紀柳は短天扇を。

楊明は統天書を。

空は七星剣を。

瑞穂は降魔刀を。

那奈は長剣を。

そして太助は拳銃を。

来るであろう何かを迎え撃つ為に・・・・・・

そして、

「・・・・・・来た!!」

ルミの声を引き金に。

「来来『天鶏』!!」

「陽天心召来!!」

「万象大乱!!」

「来れ『吹雪』!!」

「奥義『一葉』!!」

精霊達は一斉に攻撃を開始した。

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ザァァァァァァァァァァァァァァ・・・・・・・・・

唐突に振り始めた雨が彼女を濡らす。

ほぼ全ての敵を葬り、彼女は草臥れていた。

金色の美しい髪は色落ち、目は光を失っていた。

一度殺した者を殺す事を躊躇ったのか、それともわざと受けたのか・・・・・・そのどちらにせよ心を斬られ、魂に傷を負っていた。

そして、最後の相手は彼女を打ちのめすには最適だったかもしれない。

「・・・・・・ははは・・・はは・・・・・・・・・まさか・・・・・・そんな・・・・・・最後の相手が二人だなんて・・・・・・・・・悪質な冗談はやめてくれ・・・・・・・・・」

彼女の声は涙声になっていた。

いや、彼女は泣いていたのだ。

「お願いだから・・・・・・私に二人を殺させないで・・・・・・それに、私が殺した訳じゃ・・・・・・・・・いや、私の所為・・・かな・・・・・・・・・」

カラン・・・そんな音がして彼女が彼女である証である武器――戦封剣が落ちた。

彼女はゆっくりと両腕を広げ、蒼い瞳で眼前にいる者を見詰めた。

「千年近く昔、私を庇って死んだ白華・・・・・・五十年前に私を庇って死んだ白華・・・・・・同じ名前の二人・・・・・・私が心を許せた二人・・・・・・

 二人の手にかかって死ぬのなら、それもいいかもしれない・・・・・・私が居なければ二人は死ななかったのだから・・・・・・・・・」

彼女の前にいたのは、白い馬と黒髪の青年だった。

そして青年は持っていた銃を彼女の――紅零の心臓に向けた。

「ごめん・・・・・・」

この言葉は誰に向けられていたのか・・・・・・その答えは出ないまま、青年の銃が火を吹いた。

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精霊達の凄まじい攻撃によって、辺りは滅茶苦茶になっていた。

「え・・・・・・なんで・・・・・・いないの・・・・・・」

ルミの言葉と同時に、“何か”の気配が消えさった。

「もしかして・・・・・・終わったのかにゃ? ふぅ〜・・・・・・摘み食いなんてするもんじゃないにゃね〜・・・・・・」

「違う・・・よ。猫さんが摘み食いした・・・・・・それ・・・違う。みんな・・・・・・・・・誰かを・・・恨んでた。」

「恨み・・・・・・」

シャオリンがその言葉を口の中で繰り返す。

「それってどう言う事にゃ!?」

パンがルミに尋ねてくる。この場に居る全員の視線がルミに向けられる。

「最初の原因は猫さんだけど、本当の原因は違う・・・・・・」

「パンさんが連れてきた霊を中心に、誰かを恨んでいる霊が集まってきたんでしょう・・・・・・」

楊明がルミの言葉を元に推測する。

「そうするとなんで消えたんだ?」

「おそらく・・・・・・恨みを果たした・・・・・・でも誰の?」

「まさか!!」

唐突にシャオリンが叫ぶ。

「如何したんだシャオ!?」

「恨みをあんなにも買って居るのは・・・・・・多分紅零さんだと思います。

 紅零さんに殺された人は、少なくないですから・・・・・・・・・」

その言葉に全員が沈黙する。

「あ、まさか!」

気付いた様に楊明が統天書を凄まじい勢いで捲る。

「今紅零さんは・・・・・・!?」

とあるページを見た途端楊明の顔が蒼白になる。

「如何したんだ楊明殿!?」

「楊明、どうしたのよ!!」

「紅零さんが如何したんですか!?」

全員の視線が集まる中、楊明は真剣な顔で統天書を睨んだ。

「皆さん、落ち着いてよく聞いて下さい。」

低い声音で全員に注意を呼びかける。

楊明はゆっくりと統天書を閉じ、前を見据えた。

「紅零さんの意思が感じられません・・・・・・直訳すれば、死んでいるかもしれないという事です・・・・・・」

全員が、理解するのに数秒の時を要した。

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「ねえ紅零・・・・・・」

一人の少女が私の名を呼ぶ。

「なんだ?」

私は剣を拭く手を止めた。

「私・・・・・・なんの為に生きているんだろうね・・・・・・」

最初はただの冗談かと思った。

だから私は苦笑して少女の方を見やった。

「何を・・・・・・」

だがその先を言う事は出来なかった・・・・・・何故ならその目はあまりにも真剣で、悲しそうだったから・・・・・・

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彼方は何故そんな質問をしたのだろうか・・・・・・今は亡き幼き主よ・・・・・・その幼心に何を感じていたのだ・・・・・・

だが彼方は死ぬ間際に、何故私を“可哀相”などと言ったのだ・・・・・・・・・

でも・・・その言葉が彼方の最後の言葉であってよかったかもしれない・・・・・・何故かあの後、私は泣いてしまったから・・・・・・

彼方が残したその言葉を、私は時折思い出す。

その言葉の答え、まだ分からないよ・・・・・・

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太助達は雨の中、傘をさす事ももどかしく走っていた。

「こっちよ!!」

コンパクトを使って汝昂が先導する。

全員楊明の言葉を信じたくない一心で喋る者はいなかった。

無言のまま雨の中を駆ける。

突如太助が銃を抜いた。

「太助様!?」

刹那、太助の銃が火を吹き、道の角から飛び出してきた“何か”を撃ち抜いた。

“何か”は自分がどうなったのか気付く間も無く消滅した。

「太助・・・・・・なんで分かったんだ!?」

唐突の出来事に驚いた那奈が思わず太助に尋ねてくる。

「何かこう・・・・・・見えたんだよ。襲って来るって・・・・・・」

太助が頬をかきながら説明している姿をルミが横から見詰めていた。

全てを見抜くような金色の瞳で・・・・・・

「主殿、あそこだ!!」

紀柳が能力を使って木を巨大化させ、正確な位置を割り出した。

木が見える場所は、学校だった・・・・・・

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「紅零!!」

その声と同時に私は彼に弾き飛ばされた。

私は急いで態勢を立て直して彼を見た。

彼は、微笑を浮かべていた。

何時もと変わらぬ暖かな笑みを・・・・・・

そして・・・・・・幾千もの火線が、彼をボロ雑巾の様に引き裂いた。

「白華ぁぁぁぁぁぁ!!」

私は泣きながら立ち上がり、彼に駆け寄った。

彼は息をしていた・・・・・・していて欲しくないのに、それでも息をしていた。

「白華・・・・・・今すぐ医者に連れて行ってやる・・・・・・・・・だから、だから死ぬな!!」

私は敵がいる事すら忘れただ彼に泣きついていた。

「紅・・・零・・・・・・今日こそ・・・・・・雪は降る・・・かなぁ・・・・・・・・・君と・・・出会った時と・・・同じ雪が・・・・・・・・・」

彼は原型を留めていない顔で微笑を浮かべた・・・・・・その声は、とても穏やかで、儚かった・・・・・・

「ああ、降る・・・必ず降るから・・・・・・だから、だから!!」

彼は私の言葉を聞き安堵の溜息をついた。

「・・・・・・ああ、最後・・・に・・・・・・もう一度・・・・・・見たかった・・・・・・君と・・・僕と・・・菊花の三人で・・・・・・見たかったなぁ・・・・・・・・・」

そして、彼は瞳を閉じた・・・・・・その瞳は、もう二度と開く事は無かった・・・・・・・・・

「白華・・・・・・嘘・・・・・・嫌・・・・・・嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」

私の絶叫が灰色の空に響き渡った・・・・・・・・・

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「紅零!!」

太助が最初に校庭に飛び込み、紅零の名を叫ぶ。

其処には戦封剣を携えて立ち、天を仰ぐ紅零の姿があった。

「なんだ、大丈夫じゃないか・・・・・・」

「そんなはずは!?」

太助の言葉に楊明は統天書を捲る。

「・・・・・・確かに生命反応はありますが意思は感じられません・・・・・・・・・なのに・・・なのになんで立っているんですか!?」

「何だって!? それじゃあ紅零は一体・・・・・・」

楊明の叫びを聞いた那奈が紅零を見た。

すると紅零はようやくこちらに気付いた様に振り向いてきた。

その目は、例え様も無いほどに黒かった・・・・・・

「ああ、ああ・・・・・・ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

その目を見た途端ルミが悲鳴をあげ、目を見開く。

「ルミさん!?」

シャオリンがルミの方を向いたその瞬間、紅零が剣を振るった。

刹那、シャオリンを除く全員が弾き飛ばされた。

「っ!?」

弾き飛ばされた面々は痛みで声すら出なかった・・・・・・一人を除いて。

「・・・・・・紅零さん、彼方はまた・・・・・・・・・」

楊明はただただ真剣な目で痛みを忘れて紅零を見詰めていた。

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唐突の事に驚き、シャオリンは一瞬動揺した。

「え・・・・・・太助様、みんな!?」

その一瞬の間にシャオリンの眼前に戦封剣を構えた紅零がいた。

凍て付くような・・・いや、心だけで無く身体すら引き裂くような視線がシャオリンを射貫いた。

「あ・・・・・・」

シャオリンは紅零と目が合った。

紅零の様々な感情と記憶がシャオリンは見えた気がした。

その奥に秘められた感情も・・・・・・・・・

「貴様さえ・・・・・・いなければ・・・・・・・・・白華は死ななかった。

 白華に会う事もなかった・・・・・・悲しみを、味わう事も無かったんだ!!」

紅零の瞳から紅い涙が溢れ、頬を濡らした。

そして、紅零は戦封剣を振り被った。

・・・・・・戦封剣の封印は解かれ、既に戦天剣とその姿を戻していたが・・・・・・・・・

「くっ!? ・・・・・・元に、元に戻ってください紅零さん!! 来来『梗河』!!」

振り下ろされると寸前、支天輪から現れた梗河が剣を受け止めた。

だが・・・・・・

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

紅零の意思力が増大し、戦天剣が黒く輝いた。

刹那、剣ごと梗河を断ち切った・・・・・・かに見えた。

だが梗河もかなりの実力を持つ武人。

剣を使い戦天剣をそらし、紙一重で剣をかわした。

だが次の瞬間、梗河の眼前に銃が出現していた。

ダンッ

余りにも、軽い音がした。

梗河を庇った熊は胸に銃弾を受けて吹っ飛んだ。

「梗河!?」

シャオリンは梗河を見つつも紅零から距離を取るべく後ろに跳んだ。

そして跳びつつ支天輪を構える。

「来来『天陰』!! 来来『天鶏』!!」

そして、二匹の星神が数千年前の恨みを果たすべく、紅零の前に現れた。

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「くっ・・・・・・シャオ!!」

痛みを堪え、如何にか立ち上がった太助はシャオリンに向けて駆けた。

だが、結界のような物に阻まれそこから先にいく事が出来なかった。

「なんだよこれ!?」

太助が思いっきり殴りつけてもびくともしない。

「ちぃっ!!」

太助は後ろに跳ぶと同時に拳銃を抜いた。

そして一瞬で銃弾を結界に叩き込む。

だが・・・・・・

「くそぉ!!」

それでも結界には傷一つ付かなかった。

そこに・・・・・・

「主殿、もう一度それを撃ってみてくれ!! 私と汝昂殿がそれぞれ術をかける。」

起き上がった紀柳が叫ぶ。隣には汝昂もいた。

「分かった!!」

太助は更に結界から離れる。

「いくぞ!!」

太助が銃を発射すると同時に・・・・・・

「万象大乱!!」

「陽天心召来!!」

二人の声が響き、銃弾が巨大化し、意思を持った。

ズドォォォォォォン・・・・・・

大地を揺るがすほどの音が響き、砂煙が上がる。

そして、煙が晴れ、結界が姿を現した。

結界には、傷一つ付いてなかった・・・・・・・・・

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二匹の戦闘用星神が見事な連携で攻撃を開始し、後方からは車騎が援護を行い塁壁陣がシャオリンを守る。

更に塁壁陣の中では長沙が梗河の熊の治療を行っていた。

二匹の戦闘用星神の連携と車騎の援護。

この猛攻の前に流石の紅零も防戦一方に見える。

(これなら・・・・・・紅零さんを止められる!!)

シャオリンは紅零の心の奥に秘められた感情を見て、微かに残っていたわだかまりも完全に消えうせた。

その為シャオリンは紅零を止める為に戦っているのだ。

かつての戦いで護っていた者は主であり、紅零は敵以外の何者でもなかった。

だが今の戦いで護るものは紅零の心であり、紅零は敵ではなく救う者であった。

「私は・・・・・・この戦いは絶対に負けません!! 私の為に・・・何より、彼方の為に!!」

シャオリンの瞳に宿る光は、揺るが無き真に強き心であった。

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戦いを見詰めながら楊明はただ黙々と統天書を捲り、何やら言葉を紡いでいる。

「・・・・・・如何したんですか楊明さん?」

瑞穂が楊明に尋ねてくる。

その表情が強張っているのは仕方ない事だろう。

自分の憧れの人があんな状況なのだから。

それでも正気を失はないのは瑞穂自身の意思が強いからだ。

「・・・・・・・・・」

だが、楊明は答えてこない。

ただ黙々と言葉と紡いでいるだけだ。

それを見て瑞穂は諦め、紅零の方を見た。

紅零は天陰と天鶏を相手にしている。

「紅零さん・・・・・・あんな瞳、しないで下さいよ・・・・・・・・・」

そう呟き、瑞穂はぎゅっと目を閉じ、唇を噛んだ。

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彼女は襲い来る二匹の星神に押されていた。

冷静な判断力の欠如した彼女には致し方ない事かもしれない。

だが、彼女にはそんな事は如何でも良かった。

彼女が気にしていたのは目の前の脅威などでは無く、シャオリンだった。

――あの人は私を助けようと・・・・・・

そう、正気の部分が告げている。

微かに残った自我。

“何か”に身体を乗っ取られていながら、彼女は自我を微かでは在るが保っていた。

だが、微かに残った自我では人を識別する事は出来ない。

  殺せ。

――っ!?

    ただ殺せ。

彼女を支配している霊が・・・・・・いや、彼女の心の奥に眠る、『鬼姫』と呼ばれていた人格が、そう語り掛けてくる。

      殺してしまえ。

――嫌だ・・・・・・

        そうすれば楽になれる。

――やめろ!!

          気に病む事は無い。

――黙れ!!

            人を殺す事が好きなのだろう。

――違う!!

              その血を浴びる事が好きなのだろう。

――そんな事を思った事は無い!!

                なら、何故“私”が生まれた?

――なにを・・・・・・

                  なら、何故“私”を生み出した!?

――私は・・・・・・お前など知らない。

                    嘘だ。“私”は貴様のかわりに人を殺して来た。それはお前が殺す事を嫌った所為だ。

――なにを・・・・・・言っている。

                      “私”は、貴様が嫌いなのに人を殺した所為で生まれた・・・・・・それを貴様は!!

――黙れ・・・・・・

                        貴様は自分が嫌いだと言う理由で“私”に押しつけた・・・・・・元は同じ心なのに。

――黙れ・・・

                          嫌な事は“私”に押しつけた。自分が嫌な事をもう一人の自分、“私”に!!

――黙れ。

                            だから“私”が貴様を殺して“私”が貴様になってやる!!

――黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

この時、何かが音をたてて砕けた。

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突如戦天剣が漆黒の光を放った。

刹那、天陰と天鶏が弾き飛ばされる。

「!?」

その状況を見ていたシャオリンは戦慄を覚えた。

一瞬にして弾き飛ばされた天陰の身体には数発の銃弾が撃ちこまれており、天鶏は凍り付いていた。

まるで、過去の戦いの時のように・・・・・・

シャオリンは一息で心を落ち着けると、強きと意思のこもった瞳で紅零を見詰めた。

「彼方を止めるには、まず動きを止めないと行けませんね。その為には・・・・・・来来『北斗七星』!!」

刹那、目にも映らぬ速度で北斗七星は飛翔し、紅零を取り囲んだ。

シャオリンの意思を感じ取った為か、北斗七星の力は普段の数倍と化していた。

その力に、シャオリン自身が驚愕していた。

そこに・・・・・・

「シャオリン様・・・・・・」

瞳に凄まじい意思の力を秘めた梗河が歩み寄って来た。

そして地に片膝をつき、シャオリンを見上げた。

「あの者は真の武人であります・・・・・・ですが、今は見る影も無い・・・・・・

 故に・・・・・・故に耐えられないのです!! 我にかの者と戦う事を御許し下さい!!」

それは怒りなどでは無く、共に剣を扱う者として、紅零と武人として決着をつけたいと思う、梗河の武人としての心だった。

「ですが梗河・・・・・・彼方には共に戦う者が・・・・・・」

シャオリンは長沙に治療を受ける熊を見た・・・・・・

だが、梗河の意思は揺るがな無い。

「・・・・・・分かりました。彼方に任せます。彼女を、紅零さんを止めて下さい!!」

「・・・・・・我に、任せて下さい。」

そしてシャオリンは支天輪を構え、一匹の星神を呼び出した。

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楊明は今だ黙々と統天書に掲載されている言葉を紡いでいた。

だがその額を物凄い量の汗が流れ、手が震え、顔は蒼白になっている。

「楊明如何したのよ!?」

汝昂が楊明の様子に見かねて駆け寄ろうとした。

だが、紀柳がそれを押し留めた。

「駄目だ汝昂殿、楊明殿の邪魔をしてはいけない。楊明殿は今、とてつもなく重要で大切な事をしている。」

紀柳の真剣な様子に汝昂も黙って見守る事しか出来なかった。

黙々と言葉を紡ぎつづける楊明も、結界を破ろうと一点に銃弾を撃ち続けている太助も、強き意思を瞳に秘めたシャオリンも。

何よりも、何かと戦っているようにも見える紅零を・・・・・・・・・

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通常時を遥かに凌ぐ圧倒的な力を発揮した北斗七星・・・・・・だが、その北斗七星が押されていた。

全てが一撃必殺の威力を持つ紅零の剣を潜り抜け、攻撃を当てる事が出来ない。

そこに、真の武人が来た。

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

梗河が、“軒轅に乗って”凄まじい勢いで突っ込んできたのだ。

北斗七星が開けた道を通り、梗河が紅零に斬り込む。

ガキィン!!

凄まじく甲高い音がして剣と剣が火花を上げる。

冷静な思考力を失った紅零と、凄まじい意思を秘めた梗河。

共に最高の武人なれど、今のこの差が全ての明暗を分けた。

互いに一撃必殺で放たれし技。

されどただ剣を振り回すようにも見える紅零と、様々な位置から繰り出される芸術のような梗河の技。

どちらが優勢かは言うまでも無かった。

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ルミは見詰め続けた。

“何か”を金色の瞳で見詰め続けた。

ただ見詰めるだけで、一言も発しない。

それどころか、息をしているかどうかさえ疑わしい。

白い肌が、余計に白く、透明になっていた。

「ルミちゃん・・・・・・何か話すにゃよぉ・・・・・・」

その様子を抱かれたまま見上げていたパンは心配げに何度も何度も問いかけていた。

「如何したんだルミは?」

那奈が心配げに近寄って来る。

その顔には疲労に色が濃い。

「なんか知らにゃいけどずっとこのままなんだにゃぁ・・・・・・」

パンがふと那奈の手を見ると、何度も何度もこすった様にボロボロで、血が滲んでいた。

「ど、如何したにゃその手!?」

「これか? あの結界みたいなのを壊そうと何度も斬ってたんだが、終いには痛くなって来たからちょっと休憩。」

那奈はそう言ってどっかりと腰を下ろす。

それと同時に地面に転がった朱色の長剣の柄は血に塗れていた。

「みゃ、みゃぁあ!? 血、血にゃぁぁぁぁぁ!?」

パンはびっくりして毛を逆立て、目を見開いた。

「あたしなんてまだいい方だよ。しっかし楊明と太助だけじゃなくてルミまでこんな状況とはね・・・・・・」

「みゃ? 太助さんも?」

「ああ、太助の奴、銃を撃ち尽くしたからその場所を殴り付けているんだ。

 何度も止めたんだが聞いてくれなくて、頬を引っ叩いてようやく止めた。だから・・・・・・」

“代わりにずっと斬り付けていたんだ”

パンは那奈が言いかけたその言葉に気付いてしまった。

「みゃぁ・・・・・・仕方にゃいなぁ・・・・・・」

そう言うとパンはルミから飛び降りると同時に服を脱いだ。

そして、一瞬にして虎ほどの大きさに巨大化した。

「な、なぁぁぁ!?」

那奈は突然の出来事に開いた口が塞がらなかった。

その姿は先ほどまでの可愛らしいものでは無く、百獣の王のような風格に満ちていた。

まさしくその姿は黒豹そのものだった。

「ガルゥゥ・・・・・・ウガァァァァァ!!」

そして、その凶悪な爪を結界に突き立てた。

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数度斬り合わせただけで剣が砕け散った。

梗河は大きく跳び退ると、簾貞から剣を借り、すかさず紅零の攻撃を受け流す。

状況は梗河の優勢から紅零の優勢へと変わっていた。

それは時折放つ紅零の技の所為であった。

全てを凍りつかせる刃『氷刃』

凄まじい熱を持つ一撃『炎撃』

そして、防御不可能な『紅烈森零破斬』

この他数々の技を出される度に梗河は後退し、北斗七星がその攻撃を打ち消した。

その為ペースを乱され、梗河は思う様に戦えず、北斗七星も体力を削られていった。

そして、梗河達の一瞬の隙を突いて紅零が吼えた。

「戦天剣技秘技・・・・・・『終の章』!!」

刹那、漆黒の激流が結界内のもの全てを覆い尽くした。

その時、結界内に一筋の光が挿し込んだ事には誰も気付かなかった。

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「シャオぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

一瞬にして結界の中が黒く染まり、太助は叫び、結界に跳び付いた。

だが結界に触れた瞬間、太助の中にありとあらゆる負の感情が流れ込んで来た。

「っ!?」

凄まじい嘔吐感に太助は思わず跳び退った。

一瞬にして血の気は失せ、顔面蒼白だった。

パタン

突然本を閉じるような音が聞こえた。

ドサッ

すぐ後に、倒れる音も。

「楊明殿!!」

紀柳が倒れた楊明に素早く近付いた。

それに遅れて皆も近付く。

「・・・・・・ふぅ・・・如何にか、私のできる事は終わりました・・・・・・後は、任せ・・・まし・・・・・・た・・・・・・・・・」

そして楊明はゆっくりと瞳を閉じ・・・・・・・・・寝息を立てた。

「いい気なものだな・・・・・・だが、よく頑張ったな楊明殿。」

紀柳は立ち上がり闇の晴れてきた結界を見詰めた。

全員が結界を見詰めた。

結界に攻撃していたパンも静かに結界を見詰めていた。

突如闇が晴れ、其処には倒れ伏す星神達と、力無く座り込むシャオリン。

そして、悠然と戦天剣を携え、シャオリンに歩み寄る漆黒の瞳を持った紅零がいた。

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「くっ・・・・・・一体・・・・・・・・・」

突然闇に覆われたシャオリンは闇に飲まれる瞬間光に覆われ、闇に飲まれる事は無かった。

そして、辺りの光景はシャオリンに圧倒的に不利な状況だった。

ほぼ全ての戦闘用星神は倒れ、起き上がる気配はない。

そして、紅零は確実に自分に向けて歩んできていた。

「・・・・・・・・・まだ、諦めません。絶対に、諦めません!!」

ゆっくりと立ち上がり、シャオリンは支天輪を構える。

「雷電、私に力を貸して!!」

シャオリンは雷電を自分の周りに出現させるとそのまま紅零に向って走り出した。

紅零は走ってくるシャオリンを見て驚愕した。

そして、歩みが止まる。

「やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

シャオリンは雷電を腕に纏わりつかせて、紅零の左頬を殴り付け、紅零は同時に戦天剣の柄でシャオリンの鳩尾を打った。

そして、シャオリンと紅零はお互いに吹き飛んだ。

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先に立ち上がったのは紅零だった。

その左目には知性が戻り、左目だけだが闇色の瞳が元の鮮やかな緑色の瞳に戻っている。

――シャオリン・・・・・・私は・・・・・・・・・

シャオリンの文字通り命懸けの一撃は、紅零の意識を取り戻させるのに、精神的にも肉体的にも十分だった。

だが、それでも紅零の身体の自由は戻っては来なかった。

紅零の身体は紅零自身の意思とは逆に戦天剣を握り締め、倒れ伏すシャオリンに近付いて行く。

――やめろ・・・・・・

その距離約10m。

確実にシャオリンに向って歩み寄る。

――やめてくれ!!

紅零は結界の外で必死に結界を壊そうとしている者達を見つけた。

――主達・・・・・・くっ!!

紅零がどれだけ必死に抵抗しても身体を止める事は出来ない。

そして、シャオリンの目の前に来て、紅零の足が止まった。

気付いたシャオリンが動かない身体を無理に動かして支天輪を構え唱言を唱えようとする。

何故か雷電は既に支天輪に帰還しているらしい。

だが、そんな暇を与えず紅零の身体は本人の意思に反して戦天剣を振り下ろした。

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「シャオ・・・・・・くっそぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

太助は思いっきり結界を殴り付ける。

その拳は、血塗れだった。

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

更にもう一発殴り付けようとした拳を受け止められた。

「っ!?」

其処には今まで何所に行っていたのか、空の姿があった。

「主人どの、そのような事をしていても意味はありません。

 紅零どのの意識も次第に戻りつつあります。今は堪えて下さい・・・・・・」

「くっ・・・・・・・・・」

太助は如何にかおとなしく引き下がった。

だが、その腕は震えていた。

シャオリンの為に何も出来ない事が、悔しくて堪らないのだろう。

そして、太助は忘れていたある事に気が付き、ベストのポケットから引っ張り出した。

それは、紅零から渡された“レクイエム”のケースだった。

太助は急いで“レクイエム”を装填し、銃を構えた。

“レクイエム”の数は、残り2発。

太助が“レクイエム”を装填するのを見て、パンは静かに元に戻り、服を着込んだ。

そして、ルミの元に駆け戻る。

ルミは金色の瞳のままだったが、その顔には表情が戻っていた。

何所か安堵したような表情が。

それを見て安心したパンはルミに駆け寄る。

パンを見つけたルミはパンを抱き抱え、再度何かを見詰め始めた。


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