――第一章 悪夢――そして予感――






「!?・・・・・・・・・ここは・・・・・・」

私は思い出すかのように唐突に目を覚ました。

私は癖で辺りの気配を探り、それと同時に身体に異常が無いか確認をする。

辺りに気配は無い。

身体の異常は喉が刺す様に痛むだけだ。

どうやら、喉が乾いているようだ。

(口を開けたまま寝ていたのだろうか?)

私は思わず苦笑した。

普段ならまずやらない失態だった。

(だが別にここは戦場でも水不足の地でもない。どうでも良い事だな)

私はキッチンに向う為立ち上がった。

(さっきの夢は何だったのだろうか?)

酷く曖昧で、良く覚えていない。

今までの生活では夢など気にかけた事などなかったのだが、今は自然に気にかける事ができる。

(平和・・・なんだな)

そんな言葉が頭を過ぎる。

(たとえこの平和が偽りだとしても、今すぐに崩れ落ちる事はないだろう)

そう思いながら私は軽く蛇口をひねる。

だが何故か水が出てこない。

私は疑問に思いながらも更に蛇口をひねった。

「っ!!」

そして確かに出てきた。

だが水などではなく、どす黒い液体。そして刺すような嫌な臭い。

これには見覚えがあった。何より忘れたくとも忘れられない臭い。

(これは人間の血だ!!)

私は思わず一歩下がった。

すると何かにぶつかった。

背中に生暖かい液体の感触。それでありながら中途半端に冷たい。

これも忘れる事は出来ない・・・・・・この感じは死肉の、それも殺されてからあまり時が経っていない人間の!!

思わず後ろの人間から物体へとその存在を変えたばかり“物”から離れる。

そして私が恐る恐る振り返る。

私は其処にあった“物”に見覚えがあった。

見間違える筈もない・・・・・・紛れもなくそれは・・・・・・・・・

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 『午前四時』

紅零は目を見開いた。

光になれていない目には朝日が辛いが、気にせずに周りを見まわす。

ここはリビングだった。

そして自分はテレビの前のソファに座っている。

日曜の朝四時。

時計を見るまでもなく、日の位置から時間はわかっていた。

額が熱い。

だがそれは錯覚で、実際は冷たかった。

服が汗で身体に張りつく嫌な感触。

軽い嘔吐感。

そして何より大きな脱力感・・・・・・

それが彼女を支配していた。

(夢・・・だったのか・・・・・・・?)

彼女は力の入らない身体に活を入れ、ゆっくりと立ち上がった。

夢はあまり憶えていなかった。

だが嫌な所だけは憶えており、それが嘔吐感の理由だった。

そして脱力感の理由は・・・・・・

(憶えていない・・・・・・か)

そんなものだと、紅零は思っていた。

最後の重要だと思える部分は記憶になかった。

所詮は夢、気にする事は無い。

だが。

(今までにもこのような夢を見た事はあるが・・・・・・ここまではっきりとしている事は初めてだ)

紅零は色々と考えるが、結局ただの夢で片付けてしまう事になった。

(考えるだけ無駄だな・・・・・・夢を見るだけましという事か?)

夢を見るうちは特に身体に問題が無いと言う事を、紅零は経験から知っていた。

彼女は立ち上がりキッチンに向う。

彼女は少し警戒して台所で蛇口を軽くひねると、普通に水が出てきた。

なんの問題も無い。

(やはりあれはただの夢だ。ましてや正夢などではないな)

そう思いながら彼女は蛇口に口を近づけ、喉を潤す。

そのまま頭を覚ますために顔を洗う。

冷たい水が、彼女に微かに残った眠気を消しさってくれる。

近くにあったタオルを取り、顔を拭く。

そして彼女はタオルを首にかけてリビングに戻った。

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「そう言えば私は何でリビングで寝ていたんだろうか・・・・・・?」

そう呟いてソファの周りを見る。

テーブルには様々な剣や刀、ナイフにダガーが数本あリ、さらにアイスピックのような物も数本。他にもボーガンなどもあった。

更には素人にはどう使うのかわからない物や、どう見ても武器には見えない物もかなりの数存在した。

そして拳銃も3丁あり、その隣には様々な銃弾が置いてある。

拳銃のうち一つはリボルバー。

6発の弾丸が入るタイプで、かなり使い込まれ、改良されている。

どこかのタイプのリボルバーとも似ていそうだが、完全に別物だった。

もう二つは大型の無骨な自動拳銃。

その大きさは半端では無く、銃身もかなり長い。

これほどの大きさならば破壊力も相当な物だろう。

これはどう考えても市販の物ではなかった。

(そう言えば昨夜武器を手入れしようと思って、私の武器を全部ここに持ってきていたな)

そう心の中で呟き、そのまま寝てしまったのだろうと付け足す。

(・・・・・・どうやら、気が緩んでいた様だな。途中で眠ってしまうとは・・・・・・)

自分の犯した醜態に反省し、以後同じ過ちを繰り返さない事を心の中で誓った。

そして紅零は目に止まったリボルバーを手に取った。

これはおよそ五十年前に襲ってきた相手から奪い取った物だった。

だが紅零がその欠点を見ぬき、何度にも渡り改良を重ねてきた物で、その為元のリボルバーのパーツは1割も使われていない。

更に材質も特殊な材質に変更しており、どんな威力の銃弾の発射の圧力にも耐えられる。

その為本来なら五十年前の旧式でお蔵入りの拳銃だが、彼女には現在存在するどんな同型の拳銃の性能にも勝る自信があった。

彼女は球が全弾入っている事を確認すると、安全装置をかけてテーブルに置いた。

そして今度は2丁の大型拳銃を手に取る。

これはとある人物が生涯をかけて作り上げた至高の名作。

名は無いが、彼女はそれぞれ“ファースト”“セカンド”と呼んでいる。

それを紅零が中国を離れる際に譲り受けた物だった。

もっとも作り上げたと当の本人は数年前に死んだと聞いているが。

材質は何で出来ているかは知らないが、鋼鉄よりも硬く軽い。

その為見た目とは裏腹にかなり軽い。

そしてその安定性、給弾性、命中率は凄まじく、何よりその威力は郡を抜いて通常の自動拳銃をはるかに上回る。

それを相応の銃弾を入れてやれば防弾ガラスすら撃ちぬく事も出来る。

色は漆黒で、それぞれ銃身にT、Uと刻んである。

何故かこの二つは紅零の手に良く馴染み、その作った人物によれば、なんと紅零にあわせて作ったと言う。

その人物にとって精霊である紅零は永遠にこの銃を使いつづけられ、何よりこの銃を使いこなせる最適の人物だったのだろう。

紅零はマガジンを引きぬき弾数を確認する。

マガジンに全弾入っている事を確認すると、マガジンを元の場所に押し込んだ。

このマガジンは予備も多数存在しており、何より弾が入れやすい作りになっていた。

それを確認し終わると紅零は二つの拳銃をテーブルに置いた。

そして彼女はソファに座る。

そして目がいったのは銃弾だった。

様々な種類があリ、全部彼女がこの2種類の拳銃の為に精製した銃弾だった。

火薬量を増やした物や、テフロン加工した物。

その他にも種類は多種多様に及んだ。

中には“聖油”を組み込んだ、対霊体用の銃弾まであった。

そして彼女はとあるケースの蓋を開け、保管してある銃弾を取り出した。

弾は3発、材質は白銀のようだが違う。

材質は“ミスリル銀”だがミスリル銀は伝説上の金属であり、本来なら存在していない。

細部に呪文のような物が彫り込んであリ、それは何重にも及び、

電子顕微鏡でも確認できないほどの極小単位まで彫り込まれている。

この銃弾の名前。

それは“レクイエム”――鎮魂歌という名だった。

これは彼女が作ったものでは無く、彼女の師匠が数日前に送ってくれた物だった。

と言っても普通の郵便だったのだが。

彼女は“レクイエム”をケースに戻し、蓋を閉めた。

そしてまだ手入れが終わっていなかった物があることを思い出し、手入れし始めた。

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 『午前五時半』

武器の整理がほとんど終りに近付き、彼女は最後にリボルバーを手に取って、何やら調整をしている。

するとリビングのドアが開き、咄嗟に彼女は銃を持った右手をドアに向けた。安全装置は反射的に外してある。

「おはよ・・・うわっ!?」

入ってきた少年――七梨太助は自分に向けられている拳銃に思わず飛びのき、両手を上げた。

「なんだ主か。」

そう言うと紅零は安全装置をかけて拳銃を下ろした。

「な、なんで拳銃が!?」

彼は彼女が何で拳銃を所持しているのかわからないのだろう。

彼の視線が拳銃に釘付けになる。

彼女はその視線に気付き、彼のほうを見る。

「これは昔に手に入れた銃を改良した物だ。なに、多分使うつもりはないから安心してくれ。」

「多分って・・・・・・」

彼は(厄介な事になりかねない為か)動揺したように呟いた。

「まあ確かに銃刀法違反になるな。だがそんな事を言ったらここにある物のほとんどや、戦封剣もそうだぞ?」

そう言って紅零はテーブルを指差す。

「・・・・・・確かに。」

そう言って彼は苦笑して彼女とは反対側のソファに座った。

彼が興味心身にテーブルに並べられた武器を眺めている。

「主、欲しければ言ってみてくれ。物によっては譲っても良い。」

そう言うと彼女は拳銃をテーブルに置いた。

「え、別にいいよ・・・・・・」

そう言いながらも彼は物珍しそうに武器を眺めている。

「そうか、別に無理にとは言わない。あと、別に触っても構わないぞ。」

彼女はそう言うと苦笑して彼を見やる。

彼は考えている事を見向かれた事に多少驚きながらも、恐る恐る一本の日本刀を手に取った。

そしてゆっくりと鞘から刀身を引き抜く。

すると銀色の裸身が惜し気も無く微かな朝の光に照らされ、輝いた。

「それから一つだけ言っておくが、全部切れ味は鋭いから、あやまって指を切り落とさない様にな。

 ほとんどの物が軽くなぞるだけで指が落ちるほどの切れ味があるから。」

「マジ!?」

彼はその言葉に驚き、思わず刀を鞘におさめる。

何より彼がその言葉を聞いて驚いた理由はテーブルに並べてある物の中には鞘がない剣があるからだった。

「これもそうなのか紅零・・・・・・」

彼は恐る恐る鞘の無い剣を摘み上げた。

「それは違う。それはただの儀礼用の剣で、切れ味は無いに等しい。」

彼はその言葉にほっとして彼はその剣をテーブルに置いた。

「・・・・・・そうだ主よ。これを持っておくといい。」

そう言って彼女が投げてよこしたのは先ほどの拳銃――それもリボルバー――だった。

「・・・・・・ええ!?」

彼は投げてよこされた武器に思わず驚きの声を上げる。

その拳銃はひんやりと冷たく、そして何故か良く手に馴染んだ。

「何で・・・・・・」

「もしもの為だ。それに、剣は扱いが難しいが、銃なら相手を狙ってトリガーに軽く力を入れればいいだけだ。

 それだけで相手を倒すことも出来るし、狙い所によっては相手を行動不能にさせる事が出来る。」

「でも・・・・・・」

彼は合点がいかないようだった。

「理由は特に無いが・・・・・・ただの私の勘だ。何か嫌な予感がするからな。その為の保険と言うわけさ。」

そう言うと彼女はとあるケースを取り出し、彼に渡す。

「この中に銃弾が120発入っている。全部強化弾だ。使い方と弾の装填の仕方ぐらいはわかるだろう。」

「何で俺に・・・・・・」

その言葉に彼女は真剣な顔で答える。

「私は精霊だ。その為そういったものは必要がない。

 もしも強大な敵と遣り合っても勝てるし、もし勝てなくても逃げ出す事ぐらいは出来る。

 だが主がもしも一人の時に敵と遭遇した場合、如何にかできるか?」

「出来るわけないだろ、俺は人間なんだから・・・・・・」

彼の言葉に彼女は頷く。

「確かにそうだ。だが相手は人間だからと言って手加減はしてくれないぞ。だから持っておくといい。

 誰かを殺せとも攻撃して来た者を全て撃てとは言わない。だが万が一に備えて持っておいてくれ。」

そう言うと彼女は何処かからとベストを取り出した。

「もし、何かあった時はそれを着てくれ。その中には渡した物をしまう場所がある。」

彼女は彼にそのベストを投げてよこす。妙に重い。

「特殊な繊維で作られているから少し重いが、かわりに生半可な物ではそれを貫く事は出来ない。

 まあ妙に重い理由は、中に既にナイフなどが仕込んであるからなんだがな。」

彼はそれを受け取り、無言で眺める。

「銃は部屋の隅にでも置いておいてくれ。無理に使えと言う気はない。

 ベストは紀柳の試練の時に試して見るのもいいと思うが。」

彼女の言葉に彼は少し間を置き、口を開いた。

「・・・・・・そうだな。」

そう答えると彼は立ち上がった。

「部屋に置いて来るよ。」

そう言って彼は扉に向う。

「ちょっと待ってくれないか。」

「え・・・・・?」

彼女の言葉に彼は思わず立ち止まる。

「なんだい紅零?」

「いや、すまないが・・・・・・」

そう言って言葉を切る。

彼女は少し赤面してテーブルを横目に見ながら再度口を開いた。

「荷物・・・というか私の武器を部屋に運ぶのを手伝ってくれないか?」

その言葉に思わず彼は吹き出していた。

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 『午前六時』

荷物を汝昂と紅零の部屋に運び終え(汝昂は寝ていた)二人はリビングに戻っていた。

だが太助は先ほどのベストを着込み、紅零は例の太助に渡した拳銃を持っていた。

「あ、主様に紅零さん。おはようございます。」

二人が部屋に戻っている間にリビングには楊明が降りて来ていた。

服装は寝間着ではなく、白衣の黒い物――黒衣――だった。

すると楊明は紅零の持っている物騒な物を見て目を細める。

「それは・・・・・・」

楊明は素早く統天書を開き、あるページで手を止めた。

「リボルバーですか・・・・・・しかし何で拳銃なんて持ってきたんですか?」

「いや、何かあった時の為に紅零が銃の使い方を教えてくれるらしいんだ。」

「それで練習をさせようと思ってな。」

その言葉に楊明は“ふ〜ん”と言う顔をした。

「そこで楊明に相談なんだが。」

「なんですか?」

「いや、近所の人達が銃声を聞いたら大変だから、庭の一部を真空の壁で囲んではくれないか?」

「ただで、ですか?」

楊明の言葉に紅零は苦笑する。

「それなら今度の仕事の帰りにケーキでも買って来よう。それで良いか?」

「はい、美味しいのを御願いしますね♪」

その言葉に思わず太助は吹き出し、紅零は苦笑した。

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 『庭』

「それでは主、良いか?」

「ああ。」

そう言うと紅零は何所に持っていたのか、2丁の銃の内一つを片手で構え、太助もそれを真似して片手で構える。

この場には教える立場の紅零と、教わる立場の太助。

そして教授の専門家として訓練をサポートしてもらう為に楊明がいる。

思い出した様に紅零が銃を両手で構える。

「すまない主、初めは銃は両手で扱って方が良かった。何時もの癖で・・・・・・すまない。」

「別に良いって。」

そう答えると太助も両手で構える。

「片手で狙うとどうしても反動で狙いがずれる事があるし、下手をすると肩や腕をいためる事になる。

 その分、連射力や給弾性が高くなるがその分扱いが難しくなる。

 昔の拳銃は元々接近戦で相手に止めを刺す為の武器だったらから、あまり命中率は良くない。

 もっとも最近の拳銃はそんな事はないがな。」

そう言って紅零は銃を構えなおす。

「楊明、塀の近くに岩を落としてくれないか?」

「わかりまし。来れ『落石』!!」

すると空間から突如岩が数個現れ、塀の近く落ちる。

「ありがとう。それでは見本を見せる。」

そう言うと同時に紅零はトリガーに力を入れる。

ダッ

発射の反動を手首を使って無効化し、続けて三発連射する。

ダダダッ

銃弾が発射されたと同時に岩に着弾。

そして全く同じ所に三発が命中する。

「こんな所だな。」

ドスッ

着弾した岩が一点に集中した力に耐えきれず砕けて地面に転がった。

「す、すげぇ・・・・・・」

「お見事。」

二人の歓声に紅零は微笑を浮かべ、服に隠れる様に左脇についていたホルスターに銃を入れる。

左脇にはもう片方の銃――セカンド――が収めてある。

「それじゃあ主、ちょっと待ってくれ。」

「え、ああ・・・・・・」

太助の言葉を聞くと同時に紅零の両手に一瞬で銃が出現する。

下手なマシンガン並の連射のストレスにもこの2丁の銃は平然と耐えた。

見ると命中した岩の着弾した場所が人型になっていた。

そして気付くと既に銃はしまわれていた。

「「おおぉぉぉぉぉ・・・・・・」」

思わず見ていた二人は歓声を上げ、拍手をしてしまう。

紅零はそれには構わずに岩に近付き、隠し持っていた空き缶を三つ乗せた。

「冗談はこれくらいにしてこれを狙ってくれ。」

その言葉に太助と楊明は思わず派手に地面に突っ伏した。

「・・・・・・如何したんだ二人とも?」

太助は勢いよく起き上がると、

「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

思わず叫んでいたのだった。

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 『一時間後』

カンッ!

甲高い音と共に岩の上の空き缶が宙を舞う。

銃弾は中央に命中していた。

「・・・・・・ほう、なかなか上達したじゃないか。」

紅零の感嘆の声を聞き、太助を首をふった。

「そんな、これも紅零の教え方と楊明のアドバイスのおかげだよ。」

そう、実は楊明も教える事を手伝っていたのだった。

教える事が使命・・・いや、生き甲斐なだけに、このような絶好の機会を逃すわけがなかった。

「そんなぁ〜、それ程の事もありますよ♪」

「楊明、日本語がおかしい気がするのだが・・・・・・」

思わず紅零は楊明にツッコミを入れる。

「紅零さん、そんな事は気にしないで下さいよ。」

「・・・・・・わかった。」

楊明の言葉に、釈然としないながらもうなずいてしまうのは、やはり性分の所為だろうか。

「まあそれはいいとして主よ、片手撃ちを試して見ないか?」

「片手撃ちか・・・・・・」

紅零の言葉に太助は考え込むような仕草をした。

だがほとんど答えは決まっていた。

何故なら銃を撃つ楽しみという物を知ったからだ。

もちろんスポーツとして、である。

「やってみるよ。」

太助は答えながら撃ち尽くした弾丸を慣れた手つきで装填した。

「給弾も手馴れてきたみたいだな」

「ああ、多分見ないでもやれると思うよ。」

そう言って太助はリボルバーを片手で構えた。

「主よ、撃った時は手首を使って反動を打ち消した方が良い。もっとも無理にやろうと思わず自然にやると良いぞ。」

「わかった。やってみる・・・・・・」

そう言うと太助は岩に置いてある空き缶に狙いを付けた。

そしてリボルバーが火を吹いた。

太助は見事なまでの正確さで缶を撃ちぬき、反動も手首で受け流し次の標的を狙う。

更に缶を撃ち抜き、撃ち尽くした銃弾を正確かつ確実に、それも素早く装填する。

突如、太助の前に缶が放り投げられる。

一瞬で反応した太助はその缶に確実に銃弾を叩き込み、その反動で宙に舞う缶に残りの弾を全弾叩き込んだ。

そして蜂の巣と化した缶が地面に転がる事になった。

太助は無意識の内に弾を装填した。

「まさかこれほどとは・・・・・・」

流石の紅零も驚愕していた。

結果は――――全弾命中。

それも全て確実に中央部に命中していた。

「どうやらこれ以上教える事は無い様だな。主、見事な上達ぶりだ。流石に驚いた。」

「そんな事無いって・・・・・・これくらい普通だって。」

太助が否定するが紅零は真面目な顔になる。

「いや、明らかにこれは異常だ。ただ置いてある缶の中心部に当てるだけなら確かに普通かもしれない。」

紅零は蜂の巣と化した空き缶を拾い上げた。

「だがな、突然放り投げられた缶に全弾命中させる事は、

 たった一時間足らずの時間で出来るようになるのは異常以外の何物でもない。」

空き缶を振ると、中から明らかに発射された事が分かる6発の弾丸が出てきた。

「主様、彼方はかなり才能があるみたいですね・・・・・・でもあまりいい事には思えませんけど。」

楊明は岩を片付けながらそう呟いた。

「まあ楊明の言う通りいい事ではないだろうな。これを使う場面なんて未来永劫出てきて欲しくない物だしな。」

太助は安全装置をかけた拳銃をベストにしまいながら頬をかいた。

「ただの偶然だよ。でも、二人の言う通りそんな場面は出てきて欲しくないな・・・・・・」

太助の言葉の所為か辺りを沈黙が包み込んだ。

そこにサンダルをはいている所為か、ペタペタと足音を立てながらシャオリンがやって来た。

「太助様、楊明さん、紅零さん。朝ご飯出来ましたよ。」

「ああ、分かった。すぐ行くよ。」

そう言うと一名を除く者は玄関に向った。

残ったのは・・・・・・紅零だった。

「如何したんですか紅零さん?」

「なに、野暮用さ。朝ご飯は先に食べていてくれ。私は今日は仕事が休みだしな。」

「分かりました。それじゃあ先に食べていますね。」

そして、庭には紅零以外誰も居なくなった。

だが・・・・・・

「・・・・・・そこに居るのは分かっている、出て来い。」

紅零は塀の上に――何時の間に取り出したのか――銃を向け、狙いを定めた。

すると、そこの空気が動いた。

音も無く何かが庭に降りてきた。

「にゃうぅ・・・・・・出て来なかったら撃たれそうだにゃ・・・・・・出てきたんだからその物騒な物下げてくれないかにゃ・・・・・・?」

それは人ではなかった。

身体の大きさは普通の猫程度。

だがその顔は黒猫の様に・・・・・・いや、その身体は猫そのものだった。

簡単に言えば黒猫が立ってロングコートのような――もっともサイズはかなり大きい――服を着ているわけだ。

ちなみに妙に装飾が多い。

紅零はその要求を無視し、銃口をその化け猫の額にあわせていた。

更に引き金を限界まで絞り、たった1ミリ引き金を引くだけで銃は火を吹くだろう。

「・・・・・・何のようだ?」

「何の用って・・・・・・それはにゃいって・・・・・・」

その化け猫――女の子の声だ――は両手を上げて戦意がない事を示す。

「朱旋様に言われてここまで来たにょに、それはにゃいよ・・・・・・」

「・・・・・・まさか、師匠の式神か!?」

紅零は一瞬にして蒼白になり、銃をホルスターに納めた。

「式神じゃなくて使い魔にゃ!! 第一朱旋様の頼みで来ただけであって朱旋様の使い魔じゃないなにゃ!!」

「わかったわかった・・・・・・なら手っ取り早く用件を言ってくれないか?」

「むむぅ・・・・・・その言葉は何か引っかかるんにゃけど・・・・・・別にいいにゃ。えっと、用件にゃけど・・・・・・」

突如化け猫の動きが完全に止まった。

「用件は・・・・・・用件は・・・・・・・・・」

目に見えて化け猫が焦っているのが分かる。

紅零は深く溜息をつき、半眼で口を開いた。

「まさか忘れたのか?」

紅零の言葉を受けて化け猫の毛と尻尾がビクッと逆立った。

「そそそ、そんな事にゃ、にゃい・・・そ、そうにゃ・・・・・・そんな事にゃいにゃ!!」

「嘘を付くな。」

化け猫の額に銃を突き付けて紅零は淡々と言った。

もっと突き付けている紅零自身ほとんど諦めているんだろうが・・・・・・

「うにゃ・・・・・・完璧な偽装工作のはずにゃんだけどにゃぁ・・・・・・」

涙声で、更に目に涙まで溜めて化け猫は地面に“の”の字を書いていたりする。

「はぁ・・・・・・わかったわかった・・・・・・思い出すまで待っていてやるから取りあえず主達の前で自己紹介してもらうぞ。」

心底呆れた様にそう言うと、紅零は化け猫の首根っこを掴んで持ち上げる。

「にゃ、にゃにするにゃぁ!!」

聞く耳も持たず、紅零は五月蝿く騒ぐ化け猫を掴んで家に向った。

「師匠が何か送ってよこすと必ず悪い事が起きるんだからなぁ・・・・・・私の悪い予感も捨てた物じゃないようだな・・・・・・」

その呟きは、ほとんど皮肉であった。

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 『リビング』

「みゃあの名前は“パン” そこの所よろしくにゃ!」

紀柳と汝昂以外が揃ったリビングで、テーブルに乗った化け猫――パンが名乗っていたりする。

「猫さん・・・・・・♪」

「うわぁ〜・・・・・・御喋り猫さんだぁ・・・・・・始めて見たよぉ〜」

「・・・・・・おい、なんでルミと瑞穂がここにいる?」

紅零は半眼で、パンに顔を近づけているルミと瑞穂に尋ねた。

「猫さん♪ 可愛い・・・・・・」

如何やら聞こえていない様で、ルミはパンを抱き抱える。

「ふみゃ!?」

「・・・・・・なで、なで♪」

ルミは笑顔でパンの頭を撫でていたりする。

「紅零さんおはよう御座います〜♪」

妙に嬉しそうに――それも目を輝かせながら――瑞穂が紅零を見つめてくる。

「だから、なんで二人がここに居るのかと聞いているのだが・・・・・・・・・」

紅零は諦めたのか、太助達の方向に向き直った。

「瑞穂さんでしたら6時過ぎに来ましたよ。なんでもお暇だったそうで。」

シャオリンが笑顔で答えてくる。

「ルミちゃんなら家に泊まっていましたよ。休みの日には花織ちゃん達と代わる代わるルミちゃんを泊めているんです。」

楊明がパンを抱いているルミを撫でながらこちらも笑顔で答えてくる。

「しっかし帰って来た時は驚いたよ・・・・・・今度は太助がこんなに小さい子まで連れ込んだのかってね。」

「那奈姉・・・・・・それはないだろう・・・・・・」

「何言っているだん太助。今までに6人も連れ込んでいるお前が言える事か?」

「うぐっ・・・・・・」

那奈に反撃されて簡単に太助は口篭もった。

「それより紅零さん。この猫さんは誰なんですか?」

シャオリンがパンを横目に見ながら尋ねてくる。

「はぁ・・・・・・どうやら師匠の使いらしい。また厄介事か・・・・・・・・・」

紅零は深く溜息をついた。

パタン。そんな音がして、皆がその音の方向を見た。

「如何やらその方は“トムキャット”と呼ばれる西洋の魔法使いなどが使う典型的な使い魔のようですね。」

楊明は淡々とそう言うと、ルミの手からパンを取り上げた。

「な、何するにゃ!?」

「あ、猫さん・・・・・・」

「ルミちゃん、ちょっと貸して下さいね。」

「みゃあはこの子の物じゃないにゃぁ!!」

聞く耳持たず、楊明はパンを机の上に置いた。

そして統天書を凄まじい速度で捲り始める。

突如、とあるページでその手が止まった。

「え〜っと・・・・・・汝が力、その主、源を我に示せ・・・・・・」

楊明の言葉が唐突に言葉ではなくなる。

いや、それは言葉であったかもしれない。

それはこの世界の何所かに眠る失われし言葉であった。

「・・・・・・・・・はい、分かりました。」

そう言うとパタンと統天書を閉じた。

「なるほど・・・・・・ふむふむ・・・・・・そう言う訳なんですね、よくわかりました。」

全員が楊明の言葉を聞き、頭に“?”を浮かべる。

「楊明、分かったって何が分かったんだ?」

「それはですねぇ〜・・・・・・漬物の美味しい作り方です。」

三名を除いて一同が凍りつく。

「冗談です、えへ。」

その言葉を聞いた次の瞬間、紅零の表情が険しくなる。

そして、紅零は隠し持っていた日本刀を構えた。

抜刀術の構えに。

彼女の目は確実に何かを捉えていた。

「ちょ、こ、紅零さん!? 冗談って言ったじゃないですか!!」

思わず楊明は一歩下がる。

「はあっ!!」

紅零の手が霞み、抜く手も見せず返す手も見せず、抜刀したと誰が気付いただろうか?

ザシュッ!!

「ビジィィィィィィィィイ!!!」

「え・・・・・・」

“何か”が発した叫びは唐突に始まり・・・・・・終わった。

「あ・・・・・・えっと・・・・・・」

楊明は自分の頬を触りながら恐る恐る後ろを振り向いた。

そこには何も無かった。

「確かに・・・・・・生暖かい物がかかった気がしたんです・・・・・・でも、何もかかっていない?」

「空天どの、そこを動かないで下さい。」

何所から現れたのか、空は数枚の札を持っていた。

「いや、空。まかせろ・・・・・・」

紅零は空を押し止めた。

そして刀を床に放り、戦封剣を構えた。

「我滅するは有では無く、無であり、この世に存在せぬマヤカシ・・・・・・幻刀『邪心滅殺』!!」

バキィッ!

凄まじい踏み込みに家が揺れ、踏み込まれた床が砕ける。

それと同時に振り下ろされた剣が楊明を一刀両断した!

「っ!?」

そして・・・・・・楊明は何とも無かった。

「・・・・・・え?」

斬られた楊明当人が一番半信半疑だった。

力が抜けた様に楊明は地面に座り込んだ。

「えっと・・・・・・どう言う事ですか?」

「今私は楊明に入り込もうとした憑依霊を斬ったんだ。本能的にな。ただ・・・・・・」

紅零はいったん言葉を切り、頬をかいた。何故か一筋汗が伝っていた。

「誤って楊明の精神にまで影響を及ぼしてしまった・・・・・・すまん・・・・・・・・・」

「って・・・・・・何ですかそれは!?」

思わず楊明が食って掛かる。

ちなみに後ろでは羽林軍が紅零が踏み抜いた床を修理しているのだが、その内の数人がルミに捕まって撫でられてたりする。

「助かったんだから別にいいだろう・・・・・・私とて悪かったと思っているんだからな・・・・・・」

「助かったって何にですか?」

「それはだな、楊明が話していた言葉・・・・・・魔術などに用いる言葉だったんだろう? それに引かれてやってきた憑依霊だ。

 もっとも私達の目に見えなかった所を見ると特殊な霊なのだろうな。

 それを私が特殊な方法で鍛えたこの降魔刀で斬ったのだ。

 そして最後の力で楊明に憑依しようとしたのだろう。おそらく自分の血のような物を使ってな。」

「憑依霊が来た理由は多分違うにゃ。」

唐突に割って入ってきた声に全員がその方向を向いた。

「それは多分にゃけど、みゃあが原因にゃ。」

スチャ。

「にゃっ!?」

「それは如何言う事だ?」

紅零は眉一つ動かさず銃をパンの額に突き付けた。

更にトリガーは限界まで引かれている。

ガシャン!!

誤って羽林軍が工具を取り落とし大きな音が立つ。

だが紅零はピクリともしなかった。

半眼で無表情にパンを見下ろす紅零は、はっきり言って恐かった。

「説明してもらおうか?」

「うにゃぁ・・・・・・そ、それはみゃあがここに来る途中お腹が空いて、それでちょうどお備え物があったからパクッと・・・・・・」

パンは恐る恐る紅零を見上げている。

「それで?」

軽く溜息を吐きながら、おそらく大体の予想はついているのだろう。

「そしたら凄い恐い唸り声が聞こえてきて、すっごい恐い気配がしたから、急いで逃げ出してきたんだにゃ。」

「それで、とてつもなく厄介なものを連れて来たんだな・・・・・・」

紅零は銃を一瞬で納めると、床に転がっていた降魔刀を瑞穂に投げ渡した。

「こ、紅零さん・・・・・・これって!?」

「いいから持っていろ。場合によっては迷わず抜け、いいな!!」

紅零は戦封剣を構え、窓の方を見た。

「主、私の部屋にある儀礼用の長剣を那奈に渡せ、あれは霊体を斬る事が出きる。

 置いてある場所は主が置いたのだから分かるな? それから主、これを持っておけ。」

紅零は“レクイエム”の入っているケースを太助に投げて渡した。

「それは最後の手段だ、普段は使うなよ。それから部屋においてある十字架の彫り込まれた銃弾を持てるだけ持っておけ。

 あれは霊にも効く。それから空は紀柳を、シャオリンは主と一緒に汝昂を起こしてくれ。楊明はここで待機してルミと瑞穂を!!

 それからパンはルミについていろ!!」

「了解にゃ!!」

言い終わると紅零は駆け出していた。

「な、なんなんだ!?」

太助が混乱していると、

「太助様、紅零さんの言う通りにしましょう。何か・・・・・・とても邪悪なものが近付いてきています!!」

シャオリンの真剣な言葉を聞き、太助も気付いた。

今がかなり危険な状況だと言う事が。

次の瞬間、爆音と共に家が大きく震えた。


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