――命令――







紅零は緑色の瞳で柱に短剣で止めてある紙を呆然と見つめていた。

「戦軍氷天 紅零。貴公の主と主の家族は預かった。主とその家族の命救いたけば敵国の将『離愁』の首を持って来い。

 三日以内に離愁の首を持ってこなかった場合、主の命はないと思え。」

そう書かれていた。

紅零は誰も居ない部屋で我知らず叫んでいた。

「くそぉ!!またか・・・・・・また私だけならず主にまで手を出すか!!時が流れようとも人は変わらないと言うのか・・・・・・」

紅零は人という生き物を恨んだ。

今までにも同じような事が幾度もあり、その度に紅零は主を失っていた。

だが主や今まで自分に関わってきた一部の者達の優しさを思いだし、絶望と言う闇からは抜け出す事ができた。

そして静寂が訪れる。










半刻ほどが経ち、紅零は戦いの準備に入った。

それも紅零は今までの中で最大の武装をする事にした。

悠久の時を生きると言う伝説の馬――仙馬でもある馬・・・・・・愛馬『白華』にも武装を施すことにした。

まず白華には走りを妨げないように武装し、左右に大型の箱をくくりつけた。

そして紅零自身普段は装備しない鎧を最低限ではあるが急所を守る為着こんだ。

(離愁と言えば守護月天の主・・・・・・守護月天との戦いは避けようがないな・・・・・・)

守護月天。紅零は話した事はなかったが守護月天の事はある程度知っていたし使命も知っている、更に戦場で見た事があった。

龍のような生き物の背中に乗り、主の側で精霊器から様々な生き物を呼び出している姿を。

もっともその時は同じ国に居たので戦わなかった。それに会話もしなかったが。

守護月天と戦軍氷天の使命は相反するものだった。

紅零が攻撃を仕掛け、敵を倒すことを使命とするのに対し、守護月天は反対になにかあった際に主を守る事を使命とする。

そのことで紅零は一種の因縁のようなものを感じていた。

相反する使命。戦軍氷天は血塗られた道を行き、敵となる者全てを倒す、もしくは殺す。主を守るどころか側に居る事すらできない。

それに対し守護月天は正しき道を行き、主に害を成す者のみを退ける。絶えず主の側に付き従う。

紅零は自分の使命が嫌いだった。

人を傷付け、殺める事が嫌だった。

主の為に戦い、そのたびに主の心が離れていくのがたまらなく怖かった。

殺した者達が夢に出てくるのが恐ろしかった。

故に守護月天に嫉妬しているのだと、紅零自身わかっていた。

そして一種の憧れだという事もわかっていた。

だが主の命を救う為にはまず、離愁の首を取らなければなかった。

すでに主は殺されているかもしれない。

今までもそうだった。

だが紅零は主の生死が何と無くではあるがわかるのである。

その為諦めるわけにはいかなかった。

そして、紅零は白華に乗り、離愁の居る部隊に向けて走り出した。

様々な局面を共にすごした愛刀にして戦軍氷天の象徴『戦天剣』を携えて。




















「敵襲!!敵襲!!」

兵が叫び、敵の存在を知らされる。

組み立て式の小屋に一人の兵が飛び込んできた。

「離愁様、我隊が敵襲を受け、第一部隊壊滅、第三部隊は撤退を余儀なくされました!!」

「なんだと!?」

兵の報告を聞いた離愁は思わず立ち上がった。

「何故もっと早く気付かなかったんだ!!この短時間で第一部隊を壊滅させるにはかなりの兵が居るだろう!!」

深い彫りの顔立ちをした年の頃50前後の初老の男――離愁は兵にたずねた。だが予想しなかった言葉が返ってきた。

「そ、それが・・・敵はたった一人なんです。」

「なんだと・・・・・・」

いまいち離愁はその言葉を理解できなかった。

「そんな事があるまい!!そんな事ができる者がこの世に・・・・・・」

「いえ、離愁様。本当に一人にやられたようですわ。」

離愁の言葉を遮ったのは一羽の大きな鳥を腕にとまらせた銀髪の少女――守護月天シャオリンだった。

「まことかシャオリン!?」

「ええ、天高に探らせておきましたから。敵はそう、恐らく敵国の猛将、鬼姫ではないでしょうか。」

「なんだと!!」

その言葉に離愁は絶句した。

神々しいまでの美しさと鬼神の如き強さを持つが故、敵味方問わず恐れられている者だった。

その者は人を人とも思わず斬り殺し、その血をすすると噂されていた。

「くっ・・・・・・鬼姫相手に兵達が勝てるはずがない・・・・・・このままでは全員犬死になる。全軍撤退させろ!!」

離愁が命令を下そうと小屋の外に出る。

だが、離愁はその瞬間全てが遅かったことを悟った。

「全軍撤退か・・・・・・どこに撤退させる部隊があるというのだ、離愁よ・・・・・・」


















「くっ、貴様ぁ!!よくも私の部下たちを!!」

離愁は叫んだ。

数刻前まで笑い、雑談を交わし、共に杯をかわした兵たちが、今や見る影もない・・・・・・

「ふっ、私としても用があったのは離愁。貴様だけなのだが・・・・・・

 どうやら兵に信頼されている様だな。道をあけてくれなかったから、仕方なく強引に通してもらった。」

なにも感情がない氷のように冷たい声が響いた。

何千、何万という骸が大地を埋め、その血が全てを赤く染めていた。

そしてその骸の大地の上の、一人の少女を改めて観直した。

剣は血に染まり、金色の腰まで届く髪のほとんどは深紅に染まっていた。

血の衣を纏った少女が、一匹の戦馬を従え、離愁を血と同じ色をした瞳で見ていた。

少女は刀身についた血を舌でなめ取った。

そして離愁はその姿に戦慄を覚えた。

身体の底から恐怖が離愁の心を支配して行く。

そして少女は口を開き、言葉を紡ぎ出した。

「私の名は紅零。離愁・・・貴様の首、いただこうか・・・・・・」

そこに居たのはまさしく噂通り、鬼だった。

その姿は神々しく、それ以上に禍禍しかった・・・・・・


















既にシャオリンは支天輪を取り出し、何時でも星神を呼び出せるように構えていた。

「離愁様、小屋から出ないで下さい。来来『塁壁陣』!!」

透明な蛇が小屋を覆い、障壁と化す。

すかさずシャオリンは叫んでいた。

「来来『梗河』!!」

対人用の星神で、熊にまたがり、剣を扱う武人である。

すかさず梗河は紅零を自分の間合いに捕らえようとした。

だが、何故か紅零は梗河とは逆の方向に飛んだ。

すると梗河は必然的に紅零の立っていた場所の上を通る事となる。

そして梗河は紅零が立っていた死体を踏む。

ドカァァァァァン!!

突如爆発が起こり、梗河が天高く舞い上げられた。

紅零は離愁とシャオリンが出てくる前に罠を仕掛けていたのだ。

梗河が地面に叩き付けられる。

血塗れで、虫の息だった。

「くっ!?来来『天陰』!!」

シャオリンが呼び出したのは鹿のような角を持った巨大な犬のような星神だった。

その俊敏な動きを捕らえるのは難しく、その足から逃げ切る事もできない。

天陰相手に普通なら回避も逃走も不可能。

だから紅零は天陰に向って走り出した。

人の足とは思えぬ異常な速度で。

すると紅零の馬、白華も走りだし、紅零の右側を走る形になった。

紅零は左手に剣を持ち替え、剣を前に突き刺すように構えた。

天陰は必然的に横に飛び、紅零の横を攻撃する形になった。

だが紅零はそれを狙っていたかのように右手で白華に積んである箱の紐を引っ張った。

すると箱が開き、そこには矢が隙間なく並んでいた。

天陰はそれに気付き、慌てて回避しようとするが、加速がついていたためそれはできない。

そして矢が発射され、天陰の身体に突き刺さった。

天陰が悲鳴をあげ、そのまま地面に倒れこむ。

紅零はそれを特に確認もせず、白華に飛び乗った。









「来来、『天鶏』!!」

それでもシャオリンは次の星神を呼び出した。

灼熱の炎を纏った火の鳥だ。

射落とす事もできず、罠にかかることもなく。

もし切り落とされても少しは傷を負わせられる筈だった。

だが紅零はいっさい動揺は見せず、剣を構えた。

「戦天剣技『氷刃』・・・・・・」

剣を振り下ろすと同時に刀身から氷の槍がうまれる。

刹那、天鶏の身体に氷の槍が突き刺さる。

その氷は溶けず、逆に天鶏が凍り付いた。

そして骸の山に沈んだ。















シャオリンは愕然としていた。

攻撃用の星神達が紅零の傷一つ負わせずに敗れて行く。

そんな事は、今までにはなかった事だ。

そしてシャオリンは最強の星神を呼び出した。

「来来・・・・・・『北斗七星』!!」

七人の星神がいっせいに紅零に向って攻撃を仕掛けて来た。

それに対し紅零も最強の技を出すしかなかった。

「戦天剣技、広範囲攻撃用、『紅烈森零破斬 壱式』!!」

強大な衝撃波が北斗七星と激突する。

周囲が煙に覆われ何も見えなくなる。







その力は均衡を保っており、それぞれの攻撃を打ち消しただけにすんだ。

だがこの時うまれた煙のせいで両者の視界はゼロ。

北斗七星は上空にあがり、煙が晴れるのを待った。

だが突如声が響いた。

「対空迎撃用、『紅烈森零破斬 四式』!!」

煙の中から煙を霧散させながら一直線の衝撃波が北斗七星の居る位置に正確に放たれてきた。

全員緊急回避を行うが、破軍は回避が間に合わずに衝撃波の直撃を受け、吹き飛ばされた。





破軍がやられた事によって北斗七星は一瞬動揺した。

紅零はその一瞬の内に既に北斗七星の上空に跳躍していた。

「対地追撃用、『紅烈森零破斬 五式』!!」

紅零は叫ぶと同時に剣を振り下ろしていた。

相手を押しつぶすような形で放たれた衝撃波に簾貞と禄存がまきこまれ、地面に叩き付けられた。





落下する紅零に対し、武曲が間合いを詰め、攻撃を繰り出す。

その一撃は紅零の左腕に傷を負わせる。

だが、紅零は傷を受けながらも剣を振り下ろした。

「対近接・・・戦闘用・・・・・・『紅烈森零破斬 弐式』ぃ!!」

刀身に圧縮された衝撃波が武曲を包みこむ。

武曲は防御すら崩され、無残にも地面に減り込み、動かなくなった。

貧狼が遠距離から攻撃を仕掛けようとする紅零から距離を取る。

だが紅零は剣では届くはずもない場所にいる貧狼に向けて剣を振るった。

「対遠距離戦闘用、『紅烈森零破斬 参式』!!」

一直線に伸びた衝撃波がこんな遠距離まで届かないと少しだけ思い、油断していた貧狼を直撃した。

そしてそのまま紅零も貧狼も地面に落下して行く。






貧狼は無様にも骸の大地に埋まる。

残された巨門と文曲は塁壁陣の中に居るシャオリン達を巻き添えにしないように反対側に移動した。

傷を負いながらも見事に地面に降り立った紅零が再度構えた。

今までとは違い目を閉じ、心を空にし、更に心を無心とかす。

まるで、これで終わらせるかのように・・・・・・

そして紅零が目を見開いた。

「対精霊最終決戦用、戦天剣技奥義。『紅烈森零破斬 零式』!!」

視界を覆い尽くすほどの強大な衝撃波の激流。

それは確実に巨門と文曲を飲み込んだ。

ドガァァァァァァァァァァァン!!

爆音が轟き、辺りを煙が包みこむ。

紅零は戦天剣を構え、シャオリンを睨みつけていた。

その顔は疲労と、北斗七星と"先に戦った兵に"受けた傷から溢れ出る出血によって青白くなっていた。

だがその眼光だけは鈍ってはいなかった。























「そろそろ決着をつけようか、シャオリン・・・・・・」

紅零は傷を負いながらも冷淡な声を保っていた。

左腕の傷に布を手早く巻き終え、戦天剣を構えた。

例えるのならそう、抜刀術の構えに。

「離愁様は私が守ります・・・・・・!!」

「守る・・・・・・か。ならば、私が試してやる・・・・・・シャオリン、最後の審判だ!!」

紅零は駆けた。

その脚力は凄まじく、シャオリンには紅零の姿が掻き消えたかのように見えた。

だが・・・

「もらったぁぁぁぁぁぁぁ!!」

突如、シャオリンの右側に紅零が出現した。

"塁壁陣をすり抜けて"

シャオリンは無意識の内に反応していた。

「来来『雷電』!!」

雷の龍がシャオの盾になるように"紅零の眼前に"出現した。

そして雷電は確実に紅零を捕らえた。

「ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

常人なら既に死んでいる。

だが、紅零は身体を雷電に撃たれながら立っていた。

戦天剣の結界が雷電の攻撃を軽減している。

それでも、常人では下手をすれば心臓停止に陥っているほどの威力はある。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

一瞬シャオリンは紅零の目が金色に輝いたような気がした。

紅零は剣を再度握り締め、凄まじい勢いで切り上げた。

そして、その一撃で雷電は霧散し、支天輪に帰還した。

紅零は膝を付き、戦天剣を杖代わりにしていた。

そしてその隙に塁壁陣は紅零が結界の外になるように移動した。

雷電で身体を撃ったとしても、まだ紅零は止まらなかった。

「私も・・・・・・負ける・・・・・・訳・・・には・・・・・・行かない・・・・・・行かないんだ!!」

紅零は立ちあがり、全身に大火傷を負いながらも戦天剣を地面に水平に構えた。

「・・・・・・戦天剣技、秘技・・・・・・・・・」

シャオリンは見た。

紅零の瞳が恨み、怒り、憎しみを通り越した感情のこもった深淵の闇に染まるのを。

人の内に眠る恐怖を呼び覚ます闇を。

「・・・・・・『終の章』!!」

紅零は爆発的に突きを繰り出した。

そして、戦天剣から深淵の闇がほとばしる。

刹那、全てを飲み込む闇が塁壁陣を飲み込むかのように見えた。

そして爆発が起こり、煙が視界を覆い尽くす。



















「うぅっ・・・・・・!?そんな・・・雷電まで・・・・・・」

シャオリンは瓦礫を押し退け、立ちあがった。

紅零の一撃は塁壁陣すら吹き飛ばし、小屋ごとシャオリンを吹き飛ばしていた。

(私ではかなわなかった・・・・・・ここは離愁様を連れて逃げなければ・・・・・・)

シャオは近くに居るはずの離愁を探した。

煙で視界はゼロ。

少し煙が晴れ、シャオリンは離愁と思しき人影をみつけた。

「離愁様、早くここから逃げなければ。さあ早く!!」

シャオリンは人影に近づき、その腕を掴み、引っ張った。

だが何故かその身体は動かなかった。

「離愁様・・・・・・?」

煙が晴れ、視界が開ける。

シャオリンは力なく座りこんだ。

「誰に逃げろと言っているんだ・・・・・・守護月天シャオリンよ。」

シャオリンが掴んでいたのは確かに離愁だった。

既に胸を戦天剣で貫かれ、息絶えていたが・・・・・・

シャオリンは今知った。

自分は主を守り通せなかったという事を・・・・・・

その瞳からは悲しい色をした雫が流れ落ちていた。





















紅零は離愁から剣を引き抜き、その血を払った。

そして透き通る様に清んだ蒼い瞳でシャオリンを見つめた。

「シャオリン・・・・・・許せとは言わない。」

「・・・・・・そんなのは当たり前です・・・・・・いくら彼方の主が命じた事とはいえ、彼方は無関係の兵達すら殺しています。」

「・・・・・・・・・」

紅零は何も言わなかった。

自分の主の命令ではなく、脅迫だった事を。

既に"自分の主が殺されていること"を。

もう紅零は知っていたのだ。

自分の主が殺された事に。

それも、紅零が離愁を殺した直後に・・・・・・

果たしてシャオリンは紅零の瞳に浮かんだ悲しみと後悔の色に気付いただろうか?

「シャオリン。私を倒すんだな・・・・・・」

「・・・・・・えっ・・・?」

それは紅零は微かに、それでいて深い悲しみを含んだ声だった。

シャオリンはゆっくりと顔を上げた。

「今度私がシャオリンと同じ時に呼び出される事があったとしたら、私を倒せ。

 さもなくば、また私は貴様の主を殺す事になる。」

そして紅零は白華に飛び乗った。

「倒すのなら、私の目の色が変らないうちにしておけ・・・・・・」

そして紅零は白華に乗り、駆け出して行った。

シャオリンはただ小さくなって行く紅零の背中を見つめる事しかできなかった。






























支天輪が光だし、一人の老人が現れた。

「南極寿星・・・・・・」

南極寿星と呼ばれた老人はシャオリンに向き直った。

「シャオリン様はあやつと今一度出会ったのならば殺しますかな・・・・・・」

シャオリンは少し躊躇しながらも首を縦に振った。

「ですがシャオリン様。あやつの眼、とても・・・」

「言わないで!!」

シャオリンは叫んでいた。

「お願い・・・・・・南極寿星・・・・・・言わないで・・・・・・・・・」

シャオリンは気付いていた。

紅零の瞳に宿る悲しみを。

その声に含まれる後悔を。

その言葉の意味に含まれた苦しみを。

もしも改めてそれを言われてしまったら決意が揺らいでしまいそうだった。

「・・・・・・・・・」

南極寿星もそれに気付いたのか、何も言わなかった。

そして南極寿星が支天輪に向けて命令を出す。

「長沙、傷ついた星神達の看護を。

 軍南門、傷ついた星神達をここまで運んでくるのじゃ。」

支天輪が光だし、長沙と軍南門が現れる。

再度、南極寿星は支天輪に向けて命令を出した。

「土司空、死んだ者達を埋葬する為の穴を掘ってくれんかのぅ。」

そしてシャオリンと星神達は後になって気付くことになる。

兵の半分はまだ息がある事に。



























かなり長い間走った白華を休める為。

紅零は白華を木陰で止めた。

そして紅零は白華から飛び降りる。

だが、大量の血を失った身体はこの程度の衝撃にも耐えられなかった。

そのまま紅零は地面に倒れこむ。

そこに白華が顔をすり寄せてくる。

紅零はゆっくりと、それでいて優しく白華の顔を右腕でなでた。

「白華・・・・・・馬鹿だよね、私は・・・・・・結局殺されるって分かっているのに、それでも脅しに乗って、また人を殺めてしまう・・・・・・」

紅零の瞳には涙が溢れていた。

けして他人にも、自分の主にも見せた事のない涙。

紅零の悲しみを知るものはこの白華と、数人の人物だけだった。

「何時になったら戦は終わるんだろう・・・・・・何時になったら人は争いを終えることが出きるんだろうか・・・・・・」

紅零は悲しかった。

人が傷付け合い、殺し合うのが。

紅零は虚しかった。

歴史が繰り返され、また戦争が起こる事が。

「人は本能のままに戦う・・・・・・?本能が壊れた生き物である人間がか・・・・・・!?

 人はどんな理由でも戦いたがる。戦いを望まない数少ない者は虐げられ、けしてその思いが届く事はない・・・・・・」

紅零は戦天剣を杖代わりにし、ゆっくりと立ちあがった。

「そろそろ行こうか・・・・・・」

紅零が白華に手をかける寸前に、白華が紅零をかばうように身を投げ出してきた。

「え・・・・・・?」

ズ、バァァァァァァァァァァァン!!

突如、生々しい音と共に紅零は白華ごと吹き飛ばされた。

紅零は白華の下から這い上がった。

そして紅零は音の正体を探した。

それはすぐに見つかった。

霞んで見えてはいるが、それは間違いなく大砲だった。

鉛弾を打ち出す兵器で、その威力は岩をも砕く。

そして紅零はやっと気付いた。

自分が血だらけなことに。

それも生暖かい血。

今流されたばかりの血。

そしてそれは白華から流れ出していた。

腹をえぐられ、血と肉片を撒き散らし、微かに息をしていた。

いくら悠久の時を生きる仙馬だとしても、もう助かる見込みはなかった・・・・・・

「白・・・・・華・・・・・・・・・?

 うそ・・・・・・なんで・・・そんな・・・・・・

 白華・・・・・・白華!!」

紅零は急いで白華の首を抱き起こした。

頬を止めど無く涙が流れる。

白華はもう死しか残されていないというのに、とてつもなく優しい目をしていた。

白華はゆっくりと紅零の涙をなめ取る。

そして、静かにその動きを止める。

紅零は白華が言葉を紡ぐように聞こえた。

『紅零・・・・・・生きろ・・・・・・自分は・・・見守っているから・・・・・・生きろ。』

紅零は知っていた。

その言葉が幻聴でも空耳でもない事を。

そして、白華は静かに息を引き取った。

紅零を理解し、信頼し、共に生きた仙馬はその生涯を終えた。

「いや・・・・・・お願い・・・だから・・・・・・いかないで・・・・・・白華・・・・・・・・・いやだよ・・・・・・白華・・・・・・白華ぁぁぁぁぁ!!」

紅零は叫んでいた。

誰も知らない紅零がここにあった。

鬼姫と恐れられ、数々の死戦を潜り抜けた少女の姿はそこにはなかった。

かわりに最愛の友を失った事を、一人になってしまった事を悲しみ泣き叫ぶ少女が居た。

















友の亡骸を抱きしめ、泣き続けた少女が泣き止め、顔を上げた時。既にそこに居たのは少女ではなかった。

怒りと憎悪を秘めた漆黒の瞳を持った一人の鬼神・・・・・・

そう言ったとしても過言ではなかっただろう。

「鬼姫・・・・・・そう呼ばれるのは嫌いだった・・・・・・だけど・・・・・・・・・今だけはこの名前、甘んじて受け入れてやる!!

 貴様達は・・・・・・楽には殺さない!!!!!」

紅零は戦天剣を構え、猛然と走り出した。

復讐されると思い、自分を殺そうとした者達の部下へ。

最愛の友を殺した者のもとへ。

自分も、戦を起こすものと何ら変わりない。

そう思いながら・・・・・・・・・


















































雪が降っていた。










白い絵の具をこぼしたように全てを白く染めてくれる。










街も、森も、荒野も。










そして、血に染まった骸の大地も・・・・・・










全てがなかったかのように思えるから、雪は好きだった。










それでも、もうこの身体から血の臭いは消えない。










育ててくれた人の長い髪が好きで、それを真似て伸ばしていたこの髪が好きだった。










癖のないサラサラとしたこの金色の髪が好きだった。










でも今はもう好きじゃない。










所々血でできた染みが嫌だった。










風になびくたびに血の臭いがするのが嫌いだった。










だからもう、この長い髪はいらない・・・・・・

























私は髪を掴み、それを肩までのところで切り捨てた。

風に舞いながら雪の上に私の髪が落ちる。

こんな事をしたとしても白華が戻ってくるわけじゃない。

それに血の臭いが消えるわけじゃなかった。

それでもやらないよりはましだった。

少しでも血の臭いから遠ざかりたかった。

でも、もう後戻りはできないほどに私の手は血に染まってしまった。

それなら、私は全てのものから戦と言う行為を封印する。

できるかどうかはわからない。

それでもやってみようと思う。

見守っていてね、白華・・・・・・

























この日から、『戦天剣』は『戦封剣』にその銘をかえた。

















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