『数分後』

予想外に大きなダメージから立ち直るのに時間を費やし、

紅零はベンチに座って楊明が買ってきた缶コーヒー(ブラック)を飲んでいた。

「大丈夫ですか紅零さん・・・・・・」

「な、なんとかな・・・・・・」

紅零は疲れた顔で空を眺める。

空は晴れ渡り、まさしく晴天だった。

紅零がずっと空を眺めているのを見て楊明も空を眺める。

「なあ楊明・・・・・・」

「なんですか?」

唐突な紅零の言葉。

「空は、昔と変って居ないよな・・・・・・」

「ええ、そうですね。それに私も空天ですし。」

楊明の言葉に紅零は苦笑する。

「そうだったな・・・・・・」

「で、なんなんですか?」

「いや、なに・・・見上げた空は変らないのに、今の世の中は変ったなと思ってな。」

「そうですね・・・私も親友ができましたし・・・・・・」

「そうだな・・・私も自分が戦わ無いで済む世が来るとは思わなかった。」

二人とも遠い目をする。

「今朝言ってましたよね、紅零さんは今まで一度しか主を守れなかったって。」

「確かに・・・言ったな。」

「でも一度だけは守れたんですよね?」

「ああ、だが最後を見届けてはいない・・・・・・」

「じゃあ何所で別れたんですか?」

ふと思い出したように紅零が微笑を浮かべる。

「ふ、楊明が一日のうちに何度も人にものをたずねるとはな・・・・・・」

「何事にも例外はあるんです。」

楊明も苦笑していた。

「まあいい、別れたのは日本だ。」

「へぇ、そうなんですか。」

「驚かないんだな。」

「ええ、彼方だけはお父様の手を通さずにここに来ましたからおかしいと思って居たんですよ。」

「多分、前回の主が庭に突き刺したんだろう。主のもとに精霊が居る事を聞いてな。」

「知ってます。主様に呼ばれるほんの少し前までは主様が居たんでしょう。」

「ああ、そうだと思う。眠っていた記憶がなかったからな。」

紅零が言う眠っていたとは戦封剣の中に居る時の事だろう。

「しかし何故調べる気になったんだ?」

「彼方があまりにも現代に慣れすぎているからですよ。もっとも日本語などはいまいちですが。」

「確かに、ことわざも確り覚えていないからな。」

二人で笑う。

「って、私に聞く必要があったのか?」

「ありましたよ。私は少ししか調べていませんからね。」

「そうか、お前はあまり無駄な事をしないからな。」

「まったくですよ。」

そう言って苦笑する。

「もっとも例外もありますけどね。」

「だろうな・・・どんな事にも例外はある。」

紅零は残っていた缶コーヒーをいっきに飲み、遠くにあるごみ箱に放り投げた。

すると見事に入る。

「お見事。」

「まあ、体を使った事ぐらいしかできないからな。」

そう言うと紅零は立ちあがる。

「長話になった。そろそろ瑞穂達を追いかけないとな。」

「そうですね。」

二人は何と無く正面を見ると花織達が血相を変えて走ってきていた。

何故か熱美とルミの姿はない。

「楊ちゃん、紅零さん!!」

そして花織達の声が響く。

「どうしたの花織ちゃん?」

楊明の冷静な言葉に花織は大声を上げる。

「楊ちゃん落ちついている場合じゃないよ!!熱美とルミちゃんが!!」

その言葉に紅零と楊明は身構えた。

 『同時刻 路地裏にある空き地』

複雑な路地裏を通り抜けた先、そこにこの場所はあった。

周りを小さなビルに囲まれた薄暗い空き地。

そこに熱美とルミは追いこまれていた。

唯一の出口には五人のいかにも柄の悪そうな連中が立っており逃げられない。

助けを呼ぼうと思っても周りに窓はなく、あったとしても廃屋らしく、板で窓を打ち付けてある。

熱美はルミを抱き上げた。

ルミが熱美の手を握り締める。

「何するつもりなんですか!!」

熱美が気丈にも涙声で叫ぶ。

「んなもんここまで来ればわかるだろうが。」

そう言いながら五人のうちの四人の男達がじりじりと近付いて来る。

そのうちの一人が熱美の手を掴む。

「は、離して下さい!!」

「んな簡単に離すわけねぇだろうが!!」

男は力は熱美にのみに意識を集中させていたのである存在に気が付かなかった。

「ぎゃっ!?」

突如男が悲鳴をあげる。

その理由はルミが男の腕に噛みついたからだ。

腕から力が抜け、熱美が解放される。

「がきに興味はねぇんだよ!!」

そう叫び、男は力任せにルミを振りほどく。

「あうっ!!」

地面に打ち付けられルミが気を失う。

「ちっ、気にくわねぇな!!」

男がルミに向けて思いっきり足を振り上げる。

その時誰も気が付いていなかったが上空より飛来する者があった。

「やめてぇぇぇ!!」

熱美が叫ぶ。

そして次の瞬間、男の身体は壁に叩き付けられていた。

「ふん、すきだらけだな。」

何故か楊明を抱え、紅零はさっそうと降り立っていた。

 『数秒後』

ちょっぴし震えている気がする楊明をおろし、紅零は男たちを睨み付ける。

「大丈夫熱美ちゃん、ルミちゃん!!」

楊明は親友と今日知り合ったばかりの少女に駆け寄る。

「私は大丈夫。でもルミちゃんが・・・・・・」

楊明はルミを少しの間見ていたが、ルミを抱き上げるとニッコリと微笑む。

「大丈夫、気を失ってるだけ。特に外傷もないよ。」

その言葉に熱美は安堵の息を漏らす。

「く、くそぉ・・・・・・てめぇ何しやがる!!」

地面に這い付くばった形(紅零の蹴りを背中に受け、腰骨がおかしくなった)で紅零に向けて怒声を浴びせる。

それをみて紅零は冷淡に答える。

「なんだ、まだ生きているのか?」

その言葉のうちに秘められた感情に楊明は凍りついたように動きを止める。

楊明は昔のある日を思い出していた。

そのうちに秘められていた感情。

それ即ち“殺意”、そして氷のような怒り。

今、紅零の目は深紅に輝いていた。

その顔から感情が抜け落ち、氷のような冷たさが溢れ出ている。

(これは・・・・・・紅零さんの戦いの顔ですね)

楊明はそう直感した。

以前一度だけ見たことがある紅零の戦いの顔。

しかしあまりにも静かな殺気に楊明以外誰も気づかない。

楊明は男達に対し静かに冥福を祈った。

「けっ、言ってくれるぜ。あんたほどの良い女を傷物にしたくはねぇが仕方ねぇな。」

男たちが下司な笑みを浮かべる。

「ふ、言いたい事はそれだけか?」

紅零のあまりにも見下した言葉に男たちの怒りに油を注ぐ結果となった。

「やろう、やっちまえ!!」

紅零は何故か数歩下がり、熱美の首筋に手刀を食らわす。

「え・・・?」

何が起こったのかわからないうちに熱美は気を失った。

そしてそのまま楊明の首筋にも手刀を食らわした。

「紅零さ・・ん・・・どう言・・う・・・つもり・・・・・です・・・・か・・・・・・・・・」

気を失いかけた楊明の疑問。

その疑問に紅零は男たちに聞こえるような大きな声で話した。

「これからは一方的なリンチにしかならない。それを見せるわけにはいかないだろう。」

その言葉を微かな意識で聞き、楊明は気を失った。

「言いたい事いいやがっ・・・・・・!?」

一瞬で近付いた紅零の回し蹴りをもろに顔面に受け、男のうちの一人が壁まで吹っ飛ぶ。

「それから言っておこう。」

紅零は深紅ので男たちに向ける。

「もう逃げる事はできない。」

男たちは今になって気が付いた。

絶対に勝てない相手に喧嘩を売ってしまったのだと。

深紅の瞳に恐怖を呼び起こされた男たちは、これから訪れる恐怖に怯えるしかなかった。

 『一瞬の後』

「ひ、ひぃ!!」

出口いた男が逃げ出そうとした。だが刹那の瞬間に移動してきた紅零の裏拳が胸に入る。

その一撃で男の肋骨が数本砕け、壁に叩き付けられる。

次の瞬間紅零は離れた所にいた男の側まで一瞬で移動する。

「な!?」

眼前に現れた手のひらに男は困惑した。

紅零は左手で相手の顔を、右手で相手の左腕を持ち、柔道の要領で地面に叩きつける。

下は土だが、凄まじい勢いで叩き付けられた為に男の顎が砕け、悶絶する。

近くにいた最初に吹き飛ばした男の顔面を蹴り、気絶させる。

そして最後の一人の胸倉を片手で掴み上げ、そのまま持ち上げる。

その細身の身体に似合わぬ怪力で男がどうもがいても一向に離れない。

「す、すまねぇ!!お願いだもうしないから助けてくれぇ!!」

男の懺悔を聞きながら紅零は淡々とこう吐き捨てた。

「懺悔するのが遅すぎたな。」

片手を離すと同時に回し蹴りが男の側頭部を捕らえた。

 『約十分後 デパート前』

楊明に言われ、待っていた花織達の前に紅零が現れた。

それも紅零は軽々と楊明と熱美とルミを担ぎ上げて。

「二人は大丈夫なの!?」

ゆかりんの問いに紅零に担がれている楊明が眠そうに目をこするながら答えた。

「うん・・・特に何もないよ。ただ気絶してるだけ・・・・・・」

「良かったぁ、二人とも無事で・・・・・・」

楊明の言葉にゆかりんが安堵の言葉を漏らす。

あの後紅零は楊明を起こし、紅零が倒した者たちの傷の手当てをさせたのだ。

その為、一度寝てしまった楊明を担いで連れてきたのだ。

楊明がそっと紅零の耳に口を近付ける。

「(紅零さん、あれはいくらなんでもやりすぎですよ!それに私まで気絶させるなんて・・・・・・)」

「(す、すまない・・・・・・えらく久しぶりにその、なんだ。怒ってしまったから、手加減できなくて。

 それで少しだけ残っていた理性で最善の行動をしたつもりだったんだが、つい隣にいた楊明も一緒に・・・・・・・・・)」

「(今日のは貸しにしておきますから、またなにかおごって下さいね。)」

「(・・・・・・わかった。)」

ほんの少し悩んだ紅零だったがそれを了承した。

「(それにあれは最善の行動とは言えませんよ。)」

「(確かに・・・私もそう思う・・・・・・)」

ちゃんと反省した紅零に少し満足そうに(またおごってもらえるからだろうが)楊明は紅零から降りる。

「それじゃあもう帰ろうか。」

楊明は花織達に向けて提案する。

「えぇ、まだ遊び足りないよ!!」

花織が反対するが楊明がせいする。

「熱美ちゃんとルミちゃんがこんな状態でまだ遊べると思う?」

「う〜ん、そうだね、帰ろうか。」

みんなの意見が一致した所で瑞穂が名乗り(?)をあげる。

「私、そろそろ帰りますねぇ。それじゃあみなさん、さようならぁ〜♪」

そう言うと瑞穂は人込みの中に消えて行った。

「・・・・・・相変わらずだな、瑞穂は。」

呆れたように紅零はため息をつく。

「それじゃあ楊ちゃんの、そして七梨先輩の家にレッツゴー!!」

花織が元気に行き先を決定する。

何故か誰も異議をとなえる者は居ない。

そしてそのまま一行は七梨家に向う事になった。

 『午後五時 七梨家玄関』

「お邪魔しま〜す。」

「七梨せんぱ〜い。居ませんか〜?」

何故かゆかりんと花織が先に入る。

「おや、花織どのとゆかりんどの。いらっしゃい。」

「お久しぶりです。かおりさん、ゆかりんさん。」

リビングから出てきた空とシャオが花織とゆかりんに挨拶をする。

「ただいま空、シャオリン。」

「空さん、シャオリンさん、ただいま。」

「お帰りなさい紅零どの、空天どの。」

「お帰りなさい紅零さん、楊明さん。」

空とシャオは頭に“?”を浮かべる。

「紅零どの、背中の女の子は?」

「ああ、名をルミ・マージェと言って今日知り合ったんだ。色々あって熱美と一緒に寝て(気絶して)いる。」

「そうなんですか、それじゃあ布団を用意した方がいいですね。私の部屋でいいでしょうか?」

「ああ、頼む。」

シャオが奥に向う。

「それでは取りあえず、二人はリビングに寝かせましょう。」

空の言葉にみなリビングに移動する。

 『七梨家リビング』

紅零はゆっくりとソファに二人を寝かせる。

「しかし熱美ちゃん目を覚まさしませんね。」

楊明の言葉に紅零の頬を汗が一筋つたう。

「ああ、ちょっと加減を間違えたかもしれない・・・・・・起こすか?」

「ええ、お願いしますね。」

紅零は立ちあがり今朝と同じく、熱美にヘッドロックのような物をかけ、力を入れる。

今朝とは違い音はせず、すんなりと熱美は目を覚ます。

「あ、紅零さん・・・おはようございます。」

ちょっと寝ぼけている。

「あ、私あの後どうなったんですか!?」

一瞬で意識が覚醒した熱美は紅零にたずねる。

「あの人達は紅零さんが制裁を加えてくれて逃げ出したよ。」

「そうなんだ・・・・・・紅零さん、ありがとうございますね。」

楊明の説明で納得した熱美は紅零に礼をのべる。

「いや、別に・・・・・・」

ちょっと心苦しい事がある紅零は頬をかいた。

「そう言えば紅零さん、あの時どうやって助けに来てくれたんですか?」

熱美のもっともな質問。

それを答えたのは楊明だった。

「紅零さんはビルを飛び越えたんだよ。」

「「「え、えぇぇぇぇ!?」」」

熱美だけでなく、興味半分で聞いていた花織とゆかりんも悲鳴(?)をあげた。

「あそこ、最低でも10mはあったよ!!」

ゆかりんが驚きを隠せず叫ぶ。

「あれぐらい、私本来の脚力と加速。そして何より仙術を応用すれば飛び越える事など訳はない。」

紅零がさらりと言ってのける。

その言葉を聞いていた空はふと気付いたように紅零にたずねる。

「紅零どのは仙術が使えるのですか?」

「ああ、使えるが?」

「「「ええっ!?」」」

再度さらりと言ってのける紅零に空と楊明を除く三人は再度悲鳴(?)をあげる。

「もっとも初歩的なものだけで仙術と呼べるかどうかはわからないが。あまり修行する時間がないのでな。」

「確か紅零さんが使えるのは“縮地”と“符術”、それに“空歩”に“肉体強化”ぐらいでしょう?」

「ああ、その通りだ。」

統天書を見ていた楊明の言葉を紅零が肯定する。

「縮地は李飛さんが使ってるから知ってますし、符術は空さんも使ってるんでしょう?」

「ええ、私も符術は使いますね。」

「私は空ほどには使えないがな。」

熱美の言葉に空は肯定し、紅零が付け加える。

「それじゃあ“肉体強化”はわかるとして“空歩”ってなんですか?」

「そのまま空を歩く事が出きるんだ。もっとも私の場合は戦封剣の力を借りなければできないのだが・・・・・・」

情け無さそうに紅零は頬をかく。

「それに紅零さんの“肉体強化”は一時的なもので持続させるのは難しいのでしょう?」

「ああ、それに無理に強化し過ぎると身体の限界を超え筋肉が切れる。」

「それってすっごく痛そうなんですけど・・・・・・」

ゆかりんが冷や汗をたらす。

「ああ、そのようだな。私は切れたことはないが。それ以前にそこまで使う必要がないしな。」

そこに廊下からシャオが現れる。

「お布団が敷けましたけど?」

「それじゃあルミちゃんを寝かせようか。」

楊明がそう言うと紅零がルミを抱き上げて立ちあがる。

「それでは寝かしてこようか、誰かついていてやった方が良いと思うが?」

「あ、それじゃあ私が。」

熱美が立ちあがる。

「私も。」

「うん、ついてくよ。」

「それじゃあ私も。」

花織が立ちあがり、それに吊られてゆかりんと楊明も立ち上がる。

「空天どの、夕食はそちらで食べますか?」

「はい、お願いしますね空さん。」

“ちゃんとルミちゃんの分も含めて五人分持って来て下さいね”そう付け加え、楊明は部屋を出る。

「紅零どのは?」

「私は戻ってくるからここで食べる。」

「わかりました。」

紅零はルミを抱え、廊下に出た。

 『シャオの(さゆりの)部屋』

七梨家唯一の和室に敷かれた布団にゆっくりとルミを横たえる。

「可愛い寝顔だね・・・・・・」

「そうだね・・・・・・」

花織の言葉にゆかりんが同意する。

「・・・あう・・・・・・・うにゃ・・・・・・」

ルミが寝言(?)で鳴き声をあげる。

「ルミちゃんの口癖って“あう”なんだよね。」

「そう言えば。」

紅零以外がルミの周りに集まり小さな声で話し合っている。

そして紅零は一切の音を立てずに部屋を出た。

 『リビング』

紅零が戻った時には既に太助と紀柳が居た。

「主、紀柳。居たのか。」

「紅零、お帰り。」

「紅零殿。居たのかはないと思うが・・・」

「すまない紀柳。以後気を付ける。」

紅零はあっさりと紀柳に謝る。

「なんか小さい子を連れてきたんだって?」

「ああ、名をルミ・マージェと言う。今シャオリンの部屋で楊明達と一緒に寝ている。」

太助の言葉に説明加える

「どういう子なのだ?」

「淡い黄緑色の髪をした八歳ぐらいの少女で、ディ・マージェと言う店で一人の老人と共に住んでいる。

 物静かだが喋らないと言う訳ではない。肌の色は透ける様に白いが儚さは感じない。

 それどころか何かしらの存在感がある不思議な少女だ。」

的確な紅零の説明に二人は納得する。

「ああそうだ。」

「どうしたんだ紅零?」

ふと思い出したように紅零が付け足す。

「ルミは“あう”が口癖だ。」

「はぁ?」

紅零のどうでもいい付け足しに太助は肩をこかす。

何故か紀柳は何かに納得したようにうんうんと頷いている。

「それよりももうすぐ夕食なのか?夕食には早い気がするんだが・・・・・・」

「今日は早い方が良いと思って、シャオと空に頼んどいたんだ。」

太助の言葉を聞いて紅零は目を丸くする。

「ほお、なかなか勘が鋭いじゃないか主よ。今日楊明達が疲れている事を予想したのか?」

「いや、そう言う訳じゃないよ。ただなんとなくね。」

少々照れたように頬をかく。

そして思い出したように口を開く。

「そう言えば紅零って持久力が凄いよな・・・・・・どんなに走っても付かれないし、何か特殊な力でも使っているのか?」

太助の疑問に紅零は首を横に振る。

「確かにそう言う事も無い訳ではないが、これはただたんに私が疲れ難い走り方を知っているだけだ。」

「そうなのか・・・・・・今度教えてくれないか?」

「構わないが・・・・・・無駄だと思うぞ。人それぞれの個人差によってその走り方も異なる。

 とある人物にとっては走りやすくても、

 別の人物がその走り方をすると逆に疲れるとかがあるから、これだけは自分でこつを掴むしかない。

 楊明に教えてもらうのも手だが、教えてもらって頭で理解しても身体がついてこないからな。」

「そっか・・・・・・残念。」

その様子を見て紅零は苦笑する。

「なに、紀柳の試練ならば自ずと身に付くだろう。

 私自身人に運動を教える事は出きるが、所詮教え、鍛える程度。紀柳ほどの成長は望めない。

 紀柳よりも試練を与え、人を真の意味で成長させる事の出きる精霊は居ないだろう。」

「あ、ありがとう紅零殿・・・・・・」

紅零にほめられ、真っ赤になった紀柳が礼をのべる。

「なに、私が思っている事を口にしただけだ。礼をのべられても困る。」

それを聞いた紀柳はさらに顔を赤くする。

「ところでそろそろ夕食なのだろう?皿などを出した方が良くは無いか?」

「そうだな、そうするか。」

紅零と紀柳は立ちあがり台所に向う。

それに太助もついていった。

 『数分後』

「食器はこれで良いかシャオリン?」

「ええ、それで良いです。」

「空殿、皿の置き方はこうで良いだろうか・・・・・・?」

「地天どの、悩む事はありませんよ。」

「シャオ〜、オレなにか手伝う事あるか〜?」

「それじゃ太助様、お料理を運んでくれませんか?」

「了解。」

こんな感じでテキパキと準備が進んで行く。

シャオと紅零のわだかまりも完全に溶けたようで、普通に接する事が出きるようになった。

 『数分後』

「「「いただきます!!」」」

全員の声が見事に一致する

「・・・・・・そう言えば汝昂は何所にいるのだ?」

紅零が思い出したようにたずねる。

「汝昂さんは明後日まで宿直だそうですよ?」

「そうなのか、教師は大変なものだからな。」

納得したようにおかずに箸を伸ばす。

そして何故か静かに夕食が進む。

片付け終わり、全員でお茶を飲んでいると、五人分の料理をのせたお盆を持った空が紅零の前まで来る。

「紅零どの、空天どの達に夕食を届けてはくれませんか?」

「ああ、わかった。」

かなり重いはずのお盆を軽々と片手で持ち、紅零は部屋を出た。

 『シャオ(さゆり)の部屋』

軽く二回扉をノックして、音を立てずに紅零は部屋に入った。

そこにはすやすやと眠る四人と、眠れない様子の楊明が居た。

「楊明、夕食を持ってきたが・・・・・・みな寝ているようだな。」

「ええ、疲れてたみたいで熱美ちゃんが寝るとみんな次々に寝ちゃいました。」

料理を寝相などでこぼされない位置に置きながらたずねる。

「何故楊明は寝ないのだ?」

「目が覚めちゃいましたから。」

「そうか。」

納得したように苦笑する。

「そう言えば紅零さん、以前会った時よりも明るくありませんか?」

「ああ、そう言えばそんな気がする。多分吹っ切れたからだと思う。」

「吹っ切れた・・・・・・ですか?」

その言葉にうなずく。

「ちょっと、色々ありすぎたからな。楊明と会った後から・・・・・・」

「そうですか。」

そう言い楊明は統天書を凄い速度でめくり、とあるページで止める。

そして少し見て、驚いたような、悲しそうな顔をする。

「そんな事があったんですね・・・・・・」

ゆっくりと統天書を閉じる。

「ああ・・・・・・色々とな。」

凄く悲しそうな顔で、呟く。

そして瞳は何時の間にか蒼く染まっていた。

「悲しい目・・・・・・ですね。」

「そうみたい・・・だな。自分の目の色はわからないが、感情次第で変るみたいだ・・・・・・」

紅零は目を閉じ、ゆっくりと開いた。

そしてその目の色はもとの鮮やかな緑色に戻っていた。

「感情を制御するのも修行の一つなんだ、このくらいの感情の変化なら楽に制御できる。

 だが、時折制御できなくなる事もある。」

「あの時も・・・・・・そうでしたね。」

昔を思い出すように楊明は天井を見上げる。

「ああ、あの時も、そうだったな。」

そして紅零はゆっくりと立ちあがった。

「出来ればあの時の再来はごめんだ。また、楊明の手をわずらわせる事になる。」

「そうですが、もし止められなかった時は・・・・・・?」

楊明は深刻な顔でたずねる。

それに対し紅零は深刻な顔を崩し、苦笑してこたえる。

「その時は逃げてくれ。逃げるが勝ちと言うからな。」

「そんなのただの迷信ですよ。」

楊明も苦笑していた。

「それもそうだな。冷めない内に食べておけよ。じゃあな。」

そう言い残すと紅零は音を立てないで部屋を出た。

 『リビング』

「空、届けておいた。」

紅零はやはり一切の音を立てないでリビングに入っていた。

「ええ、ありがとうございます。それにしても長い時間向こうに居た様ですが?」

「なに、ただ短に楊明と話し込んでいただけさ。」

そして紅零は太助と向かい合ってお茶をすすっているシャオのもとに向う。

ちなみに紀柳は居ない。

「シャオリン、どうやら今日はシャオリンの部屋では眠れそうに無い。別の場所で寝た方が良いぞ。」

「え、あ・・・どうしてですか紅零さん?」

太助と向かい合って微妙に固まっていたシャオリンは驚いたようにたずねる。

「楊明以外の全員が寝ていたからな。もっとも元々寝るのはあきらめていたのだろう?」

「ええ、そうですけど・・・・・・それじゃあ私は何所で寝れば良いんでしょうか?」

その問いにわざと太助にも聞こえる声でこたえる。

「シャオリンが主の部屋で寝る・・・・・・とかな。」

「ぶっ!!こ、紅零なに言ってんだよ!?」

いきなりの言葉に太助は思わずお茶を吹き出した。

「嫌なのか、主よ。」

紅零はわざとらしくたずねてくる。

「い、嫌じゃないけど・・・・・・その、色々と・・・・・・・・・」

真っ赤になって太助は俯いてしまう。

「なに、冗談だ主よ。シャオリンは紀柳の部屋か汝昂の部屋で寝れば良いと思う。

 紀柳の部屋なら楊明が居ないから寝ることが出来る。

 汝昂の部屋なら汝昂が居ないから寝ることが出来る。

 まあ私としては紀柳の部屋だけは絶対に止めた方が良いと思うが・・・・・・」

その言葉に太助もうなずく。

「そ、それじゃあ汝昂さんの部屋になるんですね?」

こちらも真っ赤になっていたシャオがたずねて来る。

「ああ、そうなる。もっとも私も居るんだがな。」

「わかりましたわ。」

それを聞いた紅零は立ちあがった。

「きまりだな。それでは先に寝ている。」

そう言うと紅零はリビングを出た。

 『屋根』

紅零はそのまま汝昂の部屋には戻らず屋根の上に来ていた。

空は晴れ渡り、綺麗な満月が見えていた。

そしてそのまま月を見上げ、月光浴をしていると下から声が聞こえてきた。

「紅零さん、ここに居たんですね。」

シャオが星神の軒轅に乗り、屋根に登ってきた。

「部屋に居なかったんでここかなって思ったんです。」

「そうか・・・・・・」

紅零はそれを聞いて微笑を浮かべた。

「話しでもあるのか?」

「ええ、今朝の事なんですけど・・・・・・」

すまなさそうに口を開く。

「勝手に聞いていたのはすみませんでした・・・・・・盗み聞きするつもりは無かったんです。

 たまたま掃除道具を取りに戻ってきたら、話し声が聞こえてきたのでつい・・・・・・」

シャオは少し涙声になっていた。

それを紅零は微笑を浮かべたまま聞いていた。

「紅零さんにも悲しい事があったのに、私は自分の事を棚に上げて・・・・・・

 でも紅零さんは許してくれて・・・・・・でも、それなのに私は・・・・・・」

涙がこぼれていた。

目を閉じ、両手で顔をおおう。

シャオは頭に手が置かれたのを感じ、顔を上げた。

そこには驚くほど優しい顔をした紅零が居た。

「自分に素直になるのは悪い事じゃない。

 思った事、感じた事。取りあえず相手にぶつけて見れば良い。

 まったく考えないのは駄目だが、相手のことを傷付けないようにと考えすぎて、逆に傷付ける事もある。」

そして紅零はシャオを抱き寄せる。

「シャオリン、お前は優しすぎる。

 優しいのは良い事だが、少しは積極的に思った事を聞いたりやって見たい事を素直にやって見たり・・・・・・

 もっと自分に素直になって見るといい。

 主にも、他の者達にももっと素直になって見るといい。」

シャオの頭をなで、ゆっくりと顔を近付ける。

紅零は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

「そうすれば、きっと主も喜ぶし、面白い事も見つけられるかもしれないな。」

ゆっくりと紅零はシャオから離れた。

「もっとも、こんな事を言っている私が素直になっていないと説得力が無いかな?」

軽やかに紅零は一回転し、人差し指を自分の唇に押し当てる動作をした。

「シャオリン、私が本当はこんな態度が出来るっていうのは内緒だぞ?

 これはあまり人に見せる気は無い、恥ずかしいしな。」

紅零は笑っていた心から楽しそうな悪戯を思い浮かべた子供のような、なにより優しい笑顔だった。

それにつられてシャオも笑っていた。

まだ涙は溢れていたが、とても良い笑顔だった。

「それじゃあそろそろ部屋に入るか。ここに居ると風邪をひくかもしれないからな。」

ハンカチを取り出し、シャオに渡して紅零は屋根の端に歩み寄る。

「先に行っているぞシャオリン。あまりここに居ると居れてやらないからな。」

紅零は冗談っぽく言うとそのまま汝昂の部屋のベランダに降り立った。

 『汝昂の(那奈の)部屋』

ベランダから中に入り、窓の鍵を閉めずにそのまま床に寝転んだ。

「ふぅ・・・・・・今日は色々とありすぎだ。まったく私らしくなく疲れてしまったぞ。」

寝たまま大きく伸びをすると紅零は一瞬で立ちあがった。

「取りあえず布団を敷くかな。」

そして普段自分が使っている布団を床に敷きはじめた。

布団を敷き終るとそこにシャオが窓から入って来た。

「あ、シャオリン。シャオリンはベッドで寝ても構わないか?」

「あ、ええ。ありがとうございます。」

すっかり元に戻っている紅零に少し面食らう。

「さてと、早く寝るとするか。明日は多分朝から忙しい・・・・・・」

疲れたようにどっとため息をつく。

それを見てシャオは微笑を浮かべた。

「もう寝るかシャオリン。何時の間にやら10時だしな。」

「そうですね、おやすみなさい。」

「ああ、おやすみ。」

紅零は布団に、シャオはベッドに潜り込んだ。

 『数分後』

「あの、紅零さん。起きていますか・・・・・・?」

「ああ、起きている。」

シャオの言葉に紅零は寝たままこたえる。

「今朝紅零さんは私の事を憎んでもいるって言ってましたよね?」

「確かに言った気がするな。」

「それは・・・・・・本当なんですか・・・・・・・・・?」

「・・・・・・ああ、確かに私は憎んでいる。」

「そう・・・・・・ですか・・・・・・・・・」

「だがそれも一種の嫉妬から来るものであって、お前の事を特に憎んでいる訳ではない。

 ただ使命に関して、私はお前の使命に嫉妬しているんだと思う。」

「・・・・・・・・・」

「ふっ、だからあまり気にするな。たんなる私の我侭だよ。それに言っただろう、素直になれと。

 だから言った本人が言った相手に素直にならなくてどうするんだ?」

「それも・・・そうですね。」

布団をかぶる音が聞こえてくる。

「今度こそおやすみなさい。」

「ああ、おやすみシャオリン。」

シャオリンが寝息をたてるまで数分とかからなかった。

(だけど、私は嘘吐きだよ。心の何所かでお前を憎んでいるのをわかっていながらそれを言わないとは・・・・・・まったく、口だけだな。)

悲しく、暗い思いを胸に抱き、紅零は眠りについた。

明日は何が起こるのかなどと思いながら・・・・・・


























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―あとがき―

かなり好き勝手やってしまいましたが、どうやら書き終える事が出来ました。
もっとも書き終えたと言いながらも出来は良くありません。
今度は完全に誰かの視点で話しを進めて行きたいと思います・・・・・・
そして何より今回は僕のオリジナルキャラクターが多いです。
全部で6人ほど。数え間違ってるかもしれませんけど。
この小説には空理空論さんの精霊の知教空天 楊明さんとシグさんの精霊の符力蒼天 空(うつほ)さんをお借りしております。
自分としては空理さんの書いた知教空天楊明シリーズのストーリーの続編(一種のパラレルワールド)のつもりです。
多分この小説は空理さんの知教空天 楊明の小説を読まないとわからない部分や、
僕が以後書く予定の小説を読まないと完全にはわからないようになっています。
僕の腕が未熟なので上手く出来ていません。
キャラクターの台詞やバランスなどがおかしいです。
そして読んで下さった方、真にありがとうございました。
以後、がんばって小説を書く腕を上げるつもりです。

  ―荒川―

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