「これが、これがっ!!」

 

「……そうだ。あらゆる災厄を撥ね退ける、『守護月天』の守りを得る事ができる六角輪『支天輪』だ。」

 

「……俺たちが、捜し求めてきたもの、か。」

 

「あぁ。……もっとも、まだ安心する事はできないがな。」

 

「……そうだな。まだ、だな。……そう。まだ、だ。」


“まもって守護月天”外伝

新説・紅零の章 第八話~遠いあの日(前編)~

 

――物語は、十二年前に遡る。

 

まだ、真新しい七梨家に、チャイムの音が鳴り響いた。

「お、ようやく届いたか!!」

若かりし頃の太郎助が、その音に立ち上がり玄関へと飛んでいった。

扉を開けると、そこには小さな小包を持った配達員がいた。

「ちわー、郵便です。判子、お願いします。」

「おー、そうだそうだ。少し待ってくれ……。っと、どこやったっけな?」

玄関をきょろきょろしながら、判子を探す太郎助。

……そこに。

「お父さん。はい、はんこ。」

小さな女の子が、判子を太郎助に向かって差し出した。

「おぉ、すまんな、那奈。ありがとうな。」

「へへっ。」

父親からの言葉に、照れた様子の那奈。

太郎助は手早く判子を押すと、手早く荷物を受け取った。

「……ねぇ、お父さん。今度は、なに?」

少し呆れたように那奈は聞いてきた。

「うむ、これはだな……っと、まぁ、とりあえずリビングで開けようか。」

「うん。太助にも見せたいしね。」

二人はそのままリビングへと戻っていった。

 

「おとーさん、おねーちゃん。それ、なに?」

まだ本当に小さい、二歳の太助がリビングで積み木を並べていた。

「えっとねー、お父さんが今から教えてくれるんだって。」

「おう。これはだなぁ……。」

そう言って、太郎助は包みを解いていった。

「えっと、確かな……『この剣の封を解けし者は、あらゆる障害を切り開く力を得るだろう』という伝承のある、『蒼天剣』というものだな。」

包みの中には、綺麗な帯のようなもので刀身を包まれた、綺麗な短剣が入っていた。

「へぇ……。あたしには、ただのきれいな棒にしか見えないなぁ。」

「なんだとぉ……。これはだな、以前父さんが中国を旅していた時に、とある骨董品屋で見つけたものでなぁ……。」

「はいはい、何度も聞きました。どーせ、ただの骨董品でしょ。」

「でしょー。」

「ぬぅ、太助まで……。」

太郎助は、息子と娘の言葉に、がっくりとうな垂れた。

「み、みてろよ……。」

そう言って、太郎助は短剣の布を解こうと力を入れた。

……だが。

結局、それはビクともしなかった。

那奈も引っ張ってみるが、やっぱり解ける気配は無かった。

「……ほら、やっぱりただの骨董品じゃない。」

「う、うーむ。」

残念そうに、太郎助は大きく唸った。

「……それじゃ、あたし友達と約束があるから、でかけてくるね。」

「お、おぉ。気をつけてな。」

「うん。それじゃ、いってきまーす。」

「おねーちゃん、いってらっしゃーい。」

元気一杯に、那奈は駆け出していった。それを大きく手を振って見送る太助。

「うーむ。しかし、今回は自信あったのだがなぁ。」

テーブルの上に置いた蒼天剣を見ながら、落ち込む太郎助。

「これなーに?」

そこに、とてとてと歩きながら太助がやってきた。

「……そーだな、折角だから太助もやってみるか。ほれ。」

太助に蒼天剣を渡すと、太助は抱え込むようにして受け取った。

「こりぇ、どーするの?」

「あぁ、ここを持ってだな、引っ張ってみるんだ。」

当然ながら、太郎助は太助も解けないだろう。そう思っていた。

……だが。

「とけたよー。」

あっさり解いた太助が、あどけない口調で帯をひらひらとしていた。

「……なっ、ど、どーやったんだ太助!?」

思わず、慌てて太助に尋ねる太郎助。

何故父親が慌てているかわからない太助は、とりあえず頭に疑問符を浮かべていた。

「えっとねー……。」

太助が、どうやったか説明しようとした、その時。

刀身が露になった蒼天剣から、蒼い風が巻き起こった。

「な、ななな、何事だっ!?」

唐突に巻き起こった風に、驚きを隠せない太郎助。

心地いい風に、とりあえずきょとんとしている太助。

……そして。

彼女は現れた。

 

銀色の長い髪と、ゆったりとした道着を風になびかせ、ゆっくりと彼女は降り立った。

「……始めまして、ご主人。私の名は戦軍氷天コウレイ。これからよろしくたの……む?」

ふと、何か違和感を感じたのか、蒼い瞳を瞬き、辺りを見回した。

ソファに座って、こちらを驚きの眼差しで見ている太郎助と、自分の足元で自分の事を見上げながら蒼天剣を抱えている太助。

「……な、なぁ。もしかして、君が蒼天剣の封を解き、私を呼び出したのかい?」

「??」

きょとんと自分の事を見上げている太助に、なんとも微妙な気分になりながら、コウレイはとりあえず太郎助のほうに向き直った。

「この子が、私を呼び出したのか……?」

「あ、あぁ……。太助が、あの帯を解いたんだが……。」

「そ、そうなのか……。う、うぅむ。」

困ったような顔をしながら、とりあえず唸るコウレイ。

「この子が、主、かぁ……。」

そういいながら、とりあえず太助と目線を合わせる為に、しゃがみ込むコウレイ。

「は、始めまして、主。私は……。」

「あるじじゃないよ、太助だよ。」

「え、あ、うん。太助、だな。……えと、私は戦軍氷天コウレイと言ってだな……。」

「せんぐんひょうて……う?」

「あ、いや、コウレイって呼んでくれればいいぞ……?」

「うん。こーれい。」

拙い言葉遣いに、自然とコウレイの頬は緩んでいった。

「あ、あの……すまないが、君は一体……?」

何やら複雑な表情をしながら、太郎助がコウレイに尋ねてきた。

「え、あ、あぁ……悪い。私は、研ぎ澄まされた氷の刃のように、主の障害を切り開く事を使命とする、氷の精霊だ。」

「せ、精霊……?」

「せーれい?」

「あぁ。……そうだな、証拠を見せよう。……あ、太助。すまないが、蒼天剣を返してくれないか?」

「そーてんけん?」

「あぁ、太助が今手に持っている、その剣だよ。」

「あ、うん。……はいっ。」

「……ありがとう。」

小さな手を一生懸命に伸ばして、蒼天剣を手渡してくれた太助に、思わずコウレイは優しく微笑んだ。

「よし。まぁ見ていろ。」

そう言ってコウレイは、手ごろに置いてあった湯飲みを手に取った。

太郎助も太助も、何をしようとしているのか分からず、頭に疑問符を浮かべていた。

コウレイは、湯飲みを軽く上に向かって投げた。

中に若干残っていたお茶が、そのまま空中に投げ出される。

思わず、それを見ていた太郎助が声を上げた。

「な、なにを……っ。」

「……封渦冰銷。」

太郎助が言葉を言い切る前に、コウレイは蒼天剣を一閃した。

残光と共に生まれた風が湯飲みとお茶を撫でると、まるでビデオの停止ボタンを押したかのように凍りついた。

「お、おぉっ!?」

「おぉー。」

「これが私の力だ。森羅万象一切合切、全てものを凍り付いたかのように動きを止める事ができる。」

コウレイがそういうと、太郎助は驚きながらも、納得していた。……だが。

「しんらばんしょー?」

「あ、まだ太助にはわからないよな、すまない。え、えっとだな、ようするに、何でもぴたっと止めれる訳なんだけど……わかったか?」

「……うん。こーれい、すごいね。」

「あ、あぁ。ありがとう。」

何とも調子が狂ってしまっているコウレイであった。

「……すごい、な。何だか、信じられないよ。」

「そうか……。まぁ、それが普通だろうな。」

コウレイはそういうと、空中に止まっている湯飲みを掴み、、軽く蒼天剣で叩いた。

すると、凍り付いていた湯飲みが元の状態に戻った。

そして空中に浮いているお茶をすくうと再度叩き、元あった場所に戻した。

「……しかし、私からも少々疑問があるのだが……。」

「な、なんだ?」

コウレイは、少し難しい顔をしてから、黒い大きな箱。

……ようするに、テレビを指差した。

「あれは、なんだ? いや、色々と疑問のものには尽きないのだが……。」

周囲を見回しながら、そう呟いていた。

「あ、あれはだな。……よっと。」

そう言って、太郎助はリモコンのスイッチを入れた。

「お、おぉ!?」

唐突に付いたテレビに、思わずコウレイは驚きの声を上げた。

「……す、すごいな……。か、科学はここまで進歩したのか……。」

驚きの声を上げながらも、リモコンのスイッチを色々と試していくコウレイ。

「おぉ……。」

テレビに熱中するコウレイに、思わず失笑する太郎助。

そのまま、しばらく色々な電化製品についての質問をしてくるコウレイに、何度も答える太郎助。

「……そうか。なるほど。色々と便利な世の中になったものだな。」

腕を組みながら、何度も頷くコウレイ。

そして、二人ともふと我に返り、太助が居ないのに気が付いた。

「……太助は何処に行った?」

「ぬ、私とした事が主を放っておいて、熱中してしまうとは……。」

二人揃って探し回る。

すると、何時の間に登ったのか、丁度太助は階段を登っている途中だった。

とりあえず、見つかった事に二人揃って安堵のため息をつく。

……だが、二人の姿を見つけた太助が、登っている状態で、後ろを振り向いた。

「なっ!?」

「た、太助!!」

思わず叫ぶコウレイと太郎助。

「……ほぇ?」

間の抜けた声を出しながら、太助が体勢を崩した。

そして、そのまま、転がり落ちそうになる。

「くっ!!」

コウレイは、数段を踏み台に跳躍し、大きく手を伸ばして太助を受け止めた。

……そして、思いっきり階段の角に全身を打ち付ける。

「うぅ……だ、だいじょうぶか、太助……っ。」

痛みにうめき声をあげながらも、太助に声をかけた。

太助は、最初こそきょとんととしていたが、唐突に顔をゆがめる。

「……え?」

そして、唐突に大泣きを始めた。

「うぇえええんっ!!」

「え、ええ!?」

腕の中で大泣きをする太助を見ながら、どうしたらいいかわからなくなったコウレイ。

「あ、あの……え、あ、どうしたんだ、え、えと……うぅ、な、泣き止んでくれ、太助ぇ。あ、よ、よしよし。いい子だから、な……。」

階段に座りなおし、腕の中の太助を不器用ながらも必死にあやすコウレイ。

それを見て、太郎助が耐え切れずに笑い出した。

「な、何を笑っている!? って、大声出してごめんな、えっと、えと……。あぁ、どうしたらいいんだっ!?」

更に、太郎助がそれを見て大笑いをする。

「さ、流石の精霊も、太助の大泣きには勝てないか……。」

「う、うるさい!! わ、私はずっと戦いばっかりで……。第一、こんな小さな主も、小さな子の相手も初めてで……って、あぁ、ごめん、ごめんなっ!?」

……結局、太郎助は息が切れるまで笑い続け、コウレイは自力でなんとか太助を泣き止ませたのであった。

 

「……うぅ、前途多難だ。」

コウレイは、思わずそうもらしていたのだった。

「あ、泣くな、泣かないでくれ……ほら、たかいたかーい。……あぁ!?」


なかがき

 

どうも、荒川です。

今回から、十二年前の回想シーンのものとなります。

その中でも、太郎助の記憶にあるものが中心となります。

それ以外のエピソードもありますが……それはまた、別の機会に必ず。

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