「どうにか、生きてはいるようだな。」
「……あぁ。どうにか、な。」
「だが、主はこの比ではない。……急がなければならないぞ。」
「……そうだな。ゆっくりなんてしていられないな。」
“まもって守護月天”外伝
新説・紅零の章 第五話~唐突開始!? 強化合宿!!(前編)~
時刻は正午。
何処とも知れぬ山奥の、寂れた元キャンプ場。
雑草も生い茂り、かつては広場だったであろう場所は、既に草原のようになっていた。
そこに、太助を筆頭にシャオ、ルーアン、キリュウ、コウレイ、そして何故か出雲と乎一郎が集まっていた。
コウレイを除く面々が一列に並び、唯一コウレイは、その面々と相対するように一人立っていた。
「今回、みなにこのような場所に集まってもらったのには理由がある!」
腕を組み、ライダースーツに身を包んだコウレイが大声を張り上げる。
「特に、今回の合宿に当たり、その内容ゆえ面子は厳選させてもらった。」
その言葉に、それぞれの口元が引き締まる。……乎一郎を除いて。
一人だけ、何が起きるのか分からない、という表情をしていた。
「……まぁ、遠藤がいるのは想定外だが。……というか、なんでいるのだ?」
「いや、なんか皆で家を出るときに見つかってたらしくて、ルーアンを追ってきたらしい。」
そう苦笑しながら、太助は答えた。
「……ま、遠藤くんが来ちゃったのは仕方ないわ。こうなったら、遠藤くんも含めてやりましょ。」
「はい! なんだかよく分からないけど、僕頑張りますね、ルーアン先生!!」
ルーアンと一緒に何かやれるとの事で、やる気満々の乎一郎であった。
「頑張りましょうね、乎一郎さん。」
「うん、頑張ろうね、シャオちゃん。……ところで、何をやるの?」
「試練、という訳ではないようですね。キリュウさんはこちらにいる訳ですから。」
「……どういう事なのだ、コウレイ殿?」
三人の疑問に答えるように、コウレイは頷いた。
「よかろう。では、今回の主旨を説明する。」
そう言って、コウレイは腰のベルトに差してある蒼天剣を抜き放った。そして、それをくるくると回し始める。
「現在の世の中は、至って平和。確かに、我々の出番は少ない。……だがしかし!」
そう言ってコウレイは蒼天剣で太助を指し示した。
「それはこの島国に限っての話。また、万が一の事態も存在する。その上、現在の科学力は私たちがその力を振るっていた当時とは比べ物にならない。」
今度は三精霊を指し示す。
「そして、何よりこの、四精霊同主という前代未聞の異常事態で、精霊達が協力して何かを退けるなどという事態が今の所発生していない。」
そして、今度は出雲と乎一郎を指し示す。
「そこで、各自の連携の修練と、更に一般の人間との協力という事態も想定しつつ、実践訓練を行う。出雲はその代表だ。」
それを聞いた出雲は、一人頷いていた。
(なるほど、コウレイさん。そういう事ですか……。)
「……そうですね。私も、守護月天としてその訓練には賛成です。」
「……そうだな、俺も試練の成果を試したいし。」
自分の最大の使命でもあること故に、コウレイの言葉を真摯に受け止めるシャオ。
そして、自分がどれだけ成長したのか。それを知りたい太助としても、文句はないようだった。
「それはいいけど……訓練って、なにすんのよ?」
「それが問題だな。どうするのだ、コウレイ殿?」
その二人の言葉に、不適に笑うコウレイ。
「今回の訓練内容は至って簡単だ。今日から三日目の日の入りまで、主を守り抜くこと。」
「……それじゃ、凄い簡単じゃないか? というか、何も起きないし。」
「うむ、主の疑問も当然だ。勿論、主を狙うものが必要だ。……第一、並の相手では精霊には手も足も出ない。」
その遠まわしの言い方に、ルーアンのほほがぴくりと引きつった。
「ねぇ、コウレイ。その言い方だと、もしかしてあんた……。」
「察しがいいな、ルーアン。……その通りだ。」
ルーアンの言葉に、コウレイが笑みを浮かべる。
「今回、主を狙わせてもらうのは、“私”だ。」
その言葉に、シャオとキリュウが硬直し、ルーアンが疲れたような表情を見せた。
今一つ分かっていないのは、人間組みだった。
「……でも、コウレイさん一人で、ルーアン先生たちと戦えるの?」
「遠藤くん。……そんな心配はする必要ないわ。」
乎一郎の疑問に、真剣な目つきのルーアンが答える。
「……どうやら、本当に遠藤くんにも協力してもらうかもしれないわね。」
緊張感を漂わせる三精霊に、太助、出雲、乎一郎は背筋に寒いものを感じていた。
「ルールは単純明快。あらゆる手を使って私から主を守りぬけ。そして、同時に私もあらゆる手を用いて主を狙う。」
そういいながら、コウレイは大きなリュックサックを背負った。
「また、今回の訓練の範囲はこの山全て。当然、人里に下りるのは禁止だ。」
「なぁ、コウレイ。ちょっといいか?」
「む? なんだ主よ。」
太助の問いに、一時説明を中断するコウレイ。
「三日の間に、コウレイが俺を狙えない状態にしたら、その時はもう俺たちの勝ち、でいいのか?」
太助の問いに、コウレイは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうだな。万が一できたら、その時点でそちらの勝ちだ。」
その言葉に、何か考え込む太助。
「説明を続けよう。今回私は、封渦冰銷による遠距離凍結を主に対しては使わない。簡単に終わってしまうからな。」
それを聞いて、太助はほっと胸を撫で下ろした。だが、三精霊たちの表情に、安堵は一片も見受けられなかった。
胸を撫で下ろす太助を見て、コウレイの目つきが鋭いものへと変わる。
「……主よ、いい機会だ。戦軍氷天がいかな存在か、しかと教えてやろう。」
その言葉に、太助はまるで自分が蛇に睨まれた蛙のような錯覚に襲われた。
「さて、それでは日が沈んだと同時に訓練を始める。それまでに万全の体制を整えるがいい。」
そういい残すと、コウレイは森の中へと消えていった。
開始まで残り時間少しとなった頃。
羽林軍が立てた砦の一室に、全員が集まっていた。
「……まさか、こんな形でコウレイさんとまた戦うとは思っても見ませんでしたね。」
緊張した面持ちで、シャオが呟いた。
今、羽林軍が仮設の砦を完成させる為に、他の星神や陽天心と共に急ピッチで作業を進めていた。
上空には偵察用星神の天高、地上には天陰を配置し、更に砦には軍南門、塁壁陣を配し、万全の構えを取っていた。
それどころか、砦内部には車騎、陽天心、キリュウ考案の罠等が至る所に配してあり、難攻不落の要塞の如くであった。
また、八穀が集めてきた食料によって、兵糧庫も万全である。
「しかし、あのコウレイ相手じゃ、これでも心配よね。」
「うむ。コウレイ殿相手では、気休めにしかならない。」
ルーアンとキリュウが何気なく漏らしたその言葉に、驚きの表情を隠せない太助、出雲、乎一郎。
「で、でもこんなに凄い砦だったら、いくらコウレイさんでも無理なんじゃないかな?」
「そうですよ。どれほどコウレイさんが凄くても、万全を期しているこの状況なら……。」
「甘いわね!」
乎一郎と出雲の楽観した言葉を、ルーアンは切り捨てた。
「あんた達はコウレイの恐ろしさを知らないからそういえるのよ。」
「……なぁ、ルーアン。コウレイってそんなに凄かったのか?」
太助の問いに、深々とうなずくルーアン。
「えぇ。昔のある時代にね、コウレイがある通り名で呼ばれていた時があったのよ。」
「通り名?」
「そう。その名も“無血の軍師”っていう名でね。」
その名前に、シャオとキリュウが頷いた。
「私も、その時コウレイさんの国と同盟関係にあった国の武将様に仕えていたのですが、私の国にもその武勇は伝わっていましたわ。」
「……“無血”というのは、血も涙も無い、という意味でしょうか?」
「そうじゃないわ。……あの子はね、一人たりとも死なさずに国を落としたことがあるの。それも、十倍の兵力の相手にね。」
その言葉に、出雲が凍りついた。
「……とんでもないですね、それは。」
「そ。だから、あの子はただ強いだけじゃなくて、戦術や戦略に関しても超一流なの。もちろん、どんな状況でもね。」
「それって、やっぱりすごいのか?」
太助が、思わず尋ねた。それに対し、少し呆れたように出雲が答える。
「いいですか、太助君。すなわち彼女は戦う以前に勝敗を決していた訳です。すなわち、将棋で相手の駒を取る前に、相手に勝てないと言わしめた。そういう事です。」
「……と、とんでもないな、それ。」
「すごいよね、それって……。」
驚愕のあまり、それ以上黙り込んでしまう二人。
「でも、安心してください太助様。私たちが、必ずお守りいたします。」
「そーよたー様。いくらコウレイにだって、そう簡単にやらせはしないわ。」
「その通りだ主殿。私たちとて、修羅場は潜って来ている。それに、何度と無くコウレイ殿とは戦ってきた。対抗策が無いわけではない。」
三人の強い言葉に勇気付けられた太助は、確りと頷いた。
「……そうだよな。みんなを信じるよ。」
「任せてください!」
力強く応えるシャオ。ルーアンもキリュウも、力強く頷いた。
「ま、太助君を守る、というのが少し複雑な気分ですが……。私に出来る事でしたら、何なりと力を貸しましょう。」
「あんたが力を貸してくれるっていうのはかなり意外だけど……頼むよ。」
「私にも、色々と事情がありましてね。」
そう言って、何時ものように髪をかきあげる出雲。
「ぼ、僕だって役に立てるなら……が、がんばるよ!」
「……頼りにしてるよ、乎一郎。」
「頼むわよ、えんどーくん。」
「は、はいっ!!」
太助の……というより、明らかにルーアンの言葉に、力いっぱい答える乎一郎であった。
シャオとルーアンが外の守りの為に砦を出た後。
「そう言えば、聞いておきたいんだけど……。」
太助が残っているキリュウに対して尋ねていた。
なお、その肩には呼び出された離珠がちょこんと座っていた。
「どうした主殿?」
「いや、コウレイの蒼天剣って切れるのか?」
「切れないな。コウレイ殿の蒼天剣は豆腐すら切れない鈍らだ。先端は尖っているから、物を刺す程度なら容易だろうが。」
キリュウの言葉に、少しだけほっとする太助。
「だが、侮ってはいけないぞ。コウレイ殿の蒼天剣には“鞘帯”というものがついており、それを用いてコウレイ殿は変幻自在の攻撃をしてくるのだ。」
「そ、そうなのか?」
「あぁ。あの鞘帯は蒼天剣の一部でもある故に、とてつも無く頑丈で、またとても薄い。そして、私の知る限りあの鞘帯は何処までも伸びるはずだ。」
腕を組み、思い出すように呟いた。
なお、コウレイの蒼天剣は刃、柄共に約15cm、計30cm程の短剣で、柄の所から鞘帯と呼ばれる帯が伸びている。
「……以前、コウレイ殿が蒼天剣を柄に、帯を刃にしていた所を見たことがある。恐らく、封渦冰銷で帯を板状に固定したのだろう。」
「それって、すごい切れ味なんじゃ……?」
「私の放った岩を簡単に両断していたから、相当な切れ味だろう。」
その言葉に、太助は冷や汗が流れるのを止める事はできなかった。
そんな太助のほほを、離珠が指でつついてきた。
(太助しゃま、大丈夫でしよ。太助しゃまには離珠がついてるでし!)
「そろそろ、日が沈みますね、ルーアンさん。」
「みたいね、シャオリン。」
それぞれ軒轅と、陽天心・板にのった二人が、砦の上空で日が沈むのを待っていた。
「……にしても、まさかあんたと一緒に戦う日が来るなんて、思いもしなかったわ。」
「……ですね。でも、私嬉しいんです。」
「どーしてよ?」
「ずっと、敵対してきた私たちが、共に戦う。……素晴らしいことですよね。」
「……そーね。でも、相手がコウレイだから、そうも言ってられないわね。」
「えぇ。……でも私、何でか負ける気がしないんです。」
「あら、奇遇ねシャオリン。……あたしもよ。」
「……勝ちましょうね、ルーアンさん!」
「当たり前よ! あたしの辞書に敗北の二文字はないわ!」
そして、日が落ちた。
辺りが闇に包まれ始め、山が静寂に包まれていく。
聞こえるのは蟲の声。鳥の羽ばたき。木々のさえずり。
そんな静かな森の中を、影が動いていく。
ただ黒い影が、音もなく風もなく、近づいていく。
闇を押し返さんばかりに焚かれた灯りに包まれた、一つの砦へと。
静かに、静かに。蟲すら、鳥すら気付かない。
そして、影が止まった。そこは、闇と光の境界線。
これ以上、闇の進入を拒む、灯りというのなの壁が。
そして、影はただ静かに、ただ一言だけ呟いた。
「……始まりだ。」
その刹那、影は姿を変え、黒い獣となって駆け出していった。
次回へ続く。
なかがき
こんにちは、荒川です。
今回から、コウレイが本格的に動き始めました。
有事に備えての、全精霊参加の実戦訓練。
三精霊が恐れるコウレイの実力とは!?
そして、コウレイの思惑とは一体!?
出雲は、何より太助はどう動く!?
というか、乎一郎は一体なんの役に立つのだろうか!?
全ては次回。
場合によっては前編中編後編の三段構えに……。