「私は先に行きます。あの子たちには、まだ父親は必要でしょう。」
「辛い思いをさせて、すまないな。」
「……いや。私にも、あの子達の心を守れるのだから。辛くなんて、ないですよ。」
“まもって守護月天”外伝
新説・紅零の章 第三話~爆音響かす怪物現る?~
「……見事なものだな。」
七梨家に新たに増設された部屋を見て、コウレイが思わず呟いた。
入ると直ぐに階段になっており、少し下に下がる形で、実質一階と二階の中間に位置している部屋。
床を掘り下げる事によって部屋の高さを増し、上下二部屋にする事で小さなスペースを最大限に活用している。
上のスペースは就寝スペースで、木組みのベッドが既に備え付けられていた。更に、本を読めるようにとの事か、本棚と明かりまでも付け加えられていた。
下のスペースは床下収納などを多様する事で収容スペースと居住スペースを両立し、奥には備え付け式の机までも設置されていた。
なお、床の一つを外すと階段になっており、下の物置スペースとつながっている。
内装も、木の暖かさを残すような装飾で、落ち着ける空間となっていた。天井には採光窓も設置され、日当たりもばっちしである。
また、その過程で太助の部屋の窓をふさぐ事になるかと思われていたのだが、一階と二階の中間の位置に部屋の高さを引き下げる形でそれを克服した。
まぁ、少々階段が多いという難点はあるが、そんなもの戦軍氷天たるコウレイにとって、何の障害となるものであろうか。
「羽林軍、みんな。……ありがとう。素晴らしい部屋だ。」
心底からその言葉を発したコウレイ。
その言葉に、みんな照れくさそうにしていた。
「そろそろ、私が預けてある荷物が届く頃だな。」
みんなで部屋を見た後、リビングに戻るなりコウレイがそう言い出した。
ちなみに、たかしと乎一郎は用事の最中だったらしく、直ぐ用事を終わらせてくるといって猛ダッシュで走り去っていった。
もちろん、乎一郎が引き摺られていった事は想像に難くない。
「荷物……って、かなりの量持って来てたじゃないか。……まだあるのか?」
太助の問いに軽く頷き、肯定の意志を示す。
「確かに、私が手荷物として持ってきたものでほぼ全部だが……今回私は飛行機で来たから、“足”を届けてもらう予定になっている。」
“足”、という言葉を聴いて、三精霊が。
「あぁ、そういえばそうですね。」
「なるほど。今回はなんなのだ?」
「多分、あれじゃない?」
と、いった反応を返した。
「……なんなんだ、その“足”って?」
「見た方が分かりやすいわよ、たー様。」
ルーアンの言葉に、とりあえず納得しておく太助。
と、その時、何やら高いエンジン音と排気音が鳴り響いた。
「……来たな。」
一同が玄関を出ると、七梨家の駐車スペースに、重厚な大型バイクが鎮座していた。
その傍らには、バイクに乗り、ライダースーツに身を包んだ女と男が一人ずつ。
「コウレイ様、確かに、お届けいたしました。」
「うむ、助かる。」
女性がそういい終わるや否や、男がアクセルを全開にし、猛スピードで走り去っていった。
「えっと……今の人達は? コウレイ様って……。」
急な展開に今一つ付いていけない太助がそう呟いた。
「様呼ばわりなのは、単純に私が客だからだ。彼らは単純に“運び屋”だ。」
「……はぁ。で、あのバイクが?」
「あぁ、あれが私の今回の“足”だ。」
そう言って示したのが、駐車スペースに鎮座する、重厚な大型バイク。
市販のどんな型のバイクよりも大型で、下手をすれば軽自動車よりも重いのではないのか、と思わせる。
傷の付いたボディはどれだけコウレイが荒っぽい運転をしてきたかを物語っていた。
また、積んであるエンジンも相当な規格外品のようで、まるで荒れ狂う魂を無理やり押さえつけているような、威圧感すら漂っていた。
「“足”?」
その単語に引っかかるものを感じた太助が思わず聞き返していた。
「うむ。私も、他の三人のように空を飛ぶことは出来る。……のだが、私一人では空を走る事になる。」
そういいながら、コウレイは腰に差してある蒼天剣を抜いた。
よく見ると、蒼天剣の柄の所にはかなり長い帯が伸びていた。
「この帯は“鞘”でな。これが刀身に巻きついていて、清きものだけが解く事ができる、というものなのだが、これにはもう一つ意味があってな。」
そう言って、コウレイは自分の身体にその帯を巻きつけた。
そして、階段を上るような感覚で、虚空に足をかけた。そしてそのまま数歩空を歩いてみせる。
何かに乗って空を飛ぶのではなく、虚空を歩くという行為に、流石の太助も目を丸くした。
「これを巻きつけたものは、空を大地と同じように歩く事が出来るようになる。そして、当然ながらそれは私以外にも適用する。」
そう言って帯を解き地面に降り立つ。そして、そのままバイクへと近づいていく。
そして、バイクのハンドル部分に帯を巻きつけた。そのまま、差しっぱなしの鍵を回してエンジンを起動させる。
「まぁ、こう言うことだ。」
そう言いながら、コウレイはアクセルを踏み込んだ。そして、そのままゆっくりと虚空を走り始めるバイク。
「おぉ……。」
流石に目立つとあれなので、直ぐに降りてきたコウレイ。そのまま、駐車スペースに止め、エンジンを止めた。
「とまぁ、こんな感じだ。……まぁ、汎用性が低いのが難点か。」
「昔乗っていたのは馬だったんですよ。」
「まぁ、今この時代で馬を街中で乗り回すわけにもいかないしな……。」
今それが出来るのはパレードぐらいである。
太助は改めて、このモンスターマシンを見つめて、ため息を漏らした。
「これ……一体いくら掛かったんだ?」
「うむ、それなんだがな……。」
そう言い腕を組み、頭をひねるコウレイ。
「元々はスクラップ同然のバイクを改修したものだったのだが、修理やら改良やらを繰り返すうちに、こうなったのだ。」
「嘘だろ……?」
どう見ても、これがスクラップ同然だったものとは思えない。
「まぁ、中国でも高名な機械工の手によって大幅な改修が行われてな、何やら気がついたらこんな化け物になっていたんだ。だから、幾ら掛かったか分からん。」
「はぁ……。」
まるで、自分がここ(駐車スペース)の主だと言わんばかりの威圧感を放つバイクを見て、相当かかったんだろうな、と納得しておく事にした。
「これは私が乗るために改修したらしく、私にしか扱えないじゃじゃ馬になっていてな。乗り手の事など全く考えていないから、凡人なら一分と立たずに事故る。」
さらりと危険な事を述べてくださるコウレイさん。
「……まじ?」
「まじだ。だから、間違えても乗ろうとするなよ。」
「いや、乗らないから。」
それ以前に、中学生がバイク乗るのは法律違反です。しっかり適応年齢に達してから免許を取ってお乗りください。
「まぁ、これからはこいつも厄介になる。よろしくな。」
そう言うとコウレイは、嬉しそうにバイクを軽く叩いた。
「相変わらずね、コウレイは。」
どこか呆れたように呟くルーアンだった。
「昔っから、乗り物とかには目がないんだから。」
「そうなのか、ルーアン?」
ルーアンが漏らした言葉に、思わず助けが聞き返した。
「そーなのよたー様。コウレイったら、昔っから乗れる物が好きで、いい馬を見るとふらふら~、速そうな船を見るとふらふら~っと、そこん所は子供なのよ。」
「……悪かったな。だが、私の場合、実際に実用的だからだな……!」
少し顔を紅くして反論に講じようとするコウレイ。
「ま、そういう事にしておいてあげるわよ。……なんか疲れたわね。シャオリン、お茶の準備。」
が、軽くあしらわれるのであった。
「あ、はい。少し待っててくださいね。」
そう言うと急ぎ足で家の中へと駆けていくシャオであった。
それを見送ってから、ルーアンが太助に近づいて耳打ちする。
「実はね、コウレイって普段は沈着冷静で悠然としてるけど、いじるとそうでもなくて面白いのよー。ま、コウレイをいじろうだなんて考えるのは普通いないんだけどね。」
「……そうなのか?」
ちょっと呆れ気味に答える太助。
「そうよ! そう言えば昔の話なんだけど……。」
「……ルーアンっ!!」
ちょっとお怒り気味のコウレイが、後ろからルーアンに拳を振るう。が、予期していたルーアンはそれを軽々とよける。
「っと、危ないわねぇ……。じゃ、たー様、この話はまた後で~。」
「まて、ルーアンっ!!」
こうして、追いかけっこが始まった。流石に、力までは使う気がないのか、普通に追い掛け回すコウレイ。といっても、傍から見ると案外楽しそうにも見えるが。
(もしかして、コウレイがルーアンにちょっと薄情だったり容赦が無いのって、唯一自分をいじる相手だからなのだろうか……?)
能力の相性は最悪でも、当人同士の相性は、何やらルーアンの方が上なのかもしれない。そう、感じる太助であった。
「追い詰めたぞ、ルーアン……。」
「あら、ちょっとやばいわね……。」
壁際に追い込まれたルーアンが、冷や汗を一筋流していた。
……が、疲れたように大きなため息を一つつくと、コウレイは拳を収めた。
「まぁ、いい。それよりも、ルーアンに聞きたいことがある。」
「なによ? 面倒な事はいやよ。」
そういいながらも、真面目なコウレイの声色に、同じく真面目な顔つきになるルーアン。
「……なぜ、お前は私が十二年間何をしていたとか、そういう事を聞かないんだ?」
シャオからも、キリュウからも問いただされた事。けれど、ルーアンからは微塵もそんな気配は感じられなかった。
「なぜって……当たり前じゃない。」
そういって、そうそう見せることの無い、優しい目つきをする。
「あんたが意味も理由もなく、そんなことする訳がないからよ。」
堂々と、そしてあっけんからんと、ルーアンは言ってのけた。
「まぁ、それに、あんたが最初から居たら、邪魔者が増えてたかもしれないじゃない?」
冗談めかしていうルーアンに、コウレイは軽く頭を下げた。
「助かる。」
「……あったりまえじゃない。あたしを誰だと思ってるのよ。」
そういうルーアンの顔は、そう言うに見合う顔つきだった。
「うむ、やはりシャオリンの入れたお茶は美味い。」
後片付けも終り、みんなして部屋の完成祝いもかねて、お茶会となっていた。
好物の烏龍茶をすすりながら、お茶菓子に手を伸ばすコウレイ。
……が、手に取るより先に、横合いから伸びてきた手が先に取り去り、そのまま一瞬でその手の主の口へと消えていった。
「…………。」
じと目でルーアンを見るコウレイ。が、大人気ないと思ったのか、再度別のお茶菓子に手を伸ばす。
そして、またも横合いから伸びてきた手が、コウレイが取ろうとしたお茶菓子を先に奪い去っていった。
「…………っ。」
最早意地なのか、何度も別のお茶菓子に手を伸ばすが、それすらもルーアンが奪い去っていった。
周りはそれを見て、むしろあきれ果てていた。二つの意味で。
一つは、ルーアンのコウレイへ対する意地悪。
そしてもう一つは、仮にも戦闘を主体とする精霊であるコウレイよりも早く、お茶菓子を奪い去っていくルーアンの食への執念であった。
流石にもう少しで邪魔された回数が二桁に達しようとした時、流石のコウレイも思わず立ち上がり、抗議の声を上げようとした。
その瞬間。
――ぴんぽーんぴんぽーん。
――ガチャ。
「遊びに来たぜ、シャオちゃん!」
「ルーアン先生、宿題分からない所があって……。」
「七梨せんぱーい、お邪魔しまーす。」
「よう七梨、また新しい人が来たんだってな?」
「お久しぶりですシャオさん。今日は、新しい人への挨拶も兼ねてまいりました。」
何時もの面子の乱入により気勢を削がれたコウレイは、しゅるしゅるとソファへと座る事を余儀なくされた。
「……大丈夫か、コウレイ?」
呆れ顔の太助が尋ねる。
「……だい、じょうぶだ……。多分。」
相当な精神ダメージとなったのか、その声には力がなかったという。
あとがき
と、いう訳で第三話!
いいペースで執筆が続いております。このままのペースで、この夏季休暇中に製作を終えれれば完璧なのですが……。
まぁ、結果は神の味噌汁……じゃなくて、神のみぞ知る、という事で。
今回の話は、コウレイの部屋完成と、コウレイの愛車であるモンスターバイク登場な話しでした。
ただ、このコウレイの部屋の内装を書いているときに最大の問題を発見しまして……。
それは、このままでは太助の部屋の窓をふさいでしまう! という事でした。
その為、実質1.5階という謎の建築方法によってそれを回避するという荒業を使用。
まぁ、羽林軍なら朝飯前でちょちょいとやってくれるかと。
との思いで製作完了。
ちなみに、作中コウレイがいじられると弱い、となっておりますが、あれは弱点が多いわけではありません(情に脆くて涙もろいだけでも十分だし)
ただ、好きなものが意外と多く、その大半に少なからずコンプレックスを抱いているから、いじられると弱い、という事です。
そんな訳で、次回は何時ものメンバーが押し寄せて来ての大波乱。
ぶっちゃけ、そんなに書き分けるほうが大変な、一番おいらが大波乱な話となるでしょう!(爆
という訳で、また次回お会いしましょう。