「M」
第5章 side-B
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結局ハード、ソフト共に完成したのは5日後だった。
さすがに5日間不眠不休というのは無理で途中2回ほど自宅に帰ってお風呂と睡眠をとった。
でもそれ以外の時間は、私はひたすら一万個のチップを今作っている装置に組み込む作業をしていた。
もうこのチップはしばらく、いや一生見たくない。
『まさに歴史を変える発明、いや歴史を作る発明かな』
無精ひげを顔中に生やした教授がそう言いながら、今完成したばかりのこの装置をなでる。
それは外観はいたってシンプルな金属の筒にしか見えない。やや楕円の形をした円筒が研究室の中央にどーんと構えている。
楕円の直径は長いところで約3m、短いところで2m。円筒の高さはこの研究室の床から天井までの高さとほぼ同じ。
表面は鉛をきれいにアルミコーティングした壁で囲まれていて、凹凸はなく、一見すると何かのオブジェのようにも見える。
もっとも材料費だけで100億円くらいはする装置であるから、なんとも贅沢なオブジェといえるけれども。
その円筒からは3本のケーブルが延びていて、1本はその隣に設置されたありふれたPCに接続されている。
1本は部屋の隅に置かれている専用電源装置へ、そしてもう1本は、まるでSF映画の冷凍睡眠装置のような格好をした、透明な蓋のついたベッドのような機械につながっている。
これがこの装置の全て。
そしてこの中に一つの世界が作られる・・・・予定である。
『あの・・・教授・・・』
私はずっと聞きたかったことをこの機会に聞くことにした。答えはなんとなく分かってはいるけれども。
『何かね?』
『えっとその、これからこの装置をテストするんだと思いますが・・・』
『テスト?違うな。テストなんてのは凡人のためにある言葉だ。私の辞書にはテストなんて言葉はない。あくまで稼動する。GOするだけだ。いやEXECUTEといったほうが格好いいかな』
『はぁ』ノリノリである。装置が完成して最高に機嫌がいいようだ。
『それからこの装置という呼び方もやめなさい。この装置の名前はmシステムだ。そしてこのmシステム内で新たに作られる世界をm世界と呼ぶことにしよう。mとは何か分かるかね?』
『えっと・・・・・教授の名前が雅人さんですので、そのmでしょうか?』
ここはわざと間違わなければならないことも私の経験が知っている。
『はっはっは・・・・外れ。まぁ誰もがそう思うだろうがな、そんな単純な答えではないのだよ。それではつまらないだろう』
『はい・・・』
『答えは枕だ。まくら。どうだいこの円筒は横にすると枕のようじゃないか。これはね、私がいずれ書く自叙伝の中ではじめて発表して世間を驚かせてやるのだよ。だから、君もこれは秘密にしておいてくれたまえ。口が堅いのも君の優秀なところだからな』
『わかりました』こんな恥ずかしいこと口外できない。
『あの、それでですね』私は話を本筋に戻そうとする。
『他に何かね?』
『そのテスト・・・じゃなくてGOですかEXCUTE・・・・・あのとにかくこれからすると思うんですけども』
『うむ』
『あの・・・・誰が実験台・・・・じゃなくて、その被験者になるんでしょうか?』
『心配しなくていいよ、西田君』
『へっ!?』
私は予想外の教授の答えにびっくりした。どうせ私が実験台になるに決まっていると思っていたからだ。
『これから稼動するこのmシステムを最初に体験するというのはこれはもう歴史的名誉といえる』
『はい』
『だから、そんな名誉を自分なんかが体験するのは申し訳ないという君の気持ちも分かる。しかしだ』
『はぁ』・・・・なんとなく・・・・
『君は確かに学者としての能力はあまりないようだが、この4年間それなりに私をサポートしてくれた。その恩に私は今日報いようじゃないか』
『えっと・・・それはつまり・・・』・・・・・先が読めて・・・・・
『うむ。心配しなくて良い。名誉ある第一号は君だよ、西田君』
『はい・・・・』・・・・やっぱり・・・・
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