「M」

第2章 side-B


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コンサートが終わった後、私は自宅に帰るまえに大学の研究室による事にした。まだ教授が作業をしているかもしれないし、もう帰ったとしても何か指示を私にメールで残しているかもしれない。
今日はこのコンサートのために、忙しい時期であるにもかかわらず午後から休みをもらったのだから、それくらいはしておかなくては。

大学の方向へ向かう電車はコンサート帰りのお客さんで比較的混んでいた。
電車の中で立っていると、背の高い私を珍しそうに見る目線をいつも感じる。それにはいつまでたっても慣れることができない。
はやくお婆ちゃんになってしまえれば、背も小さくなって居心地がよくなるのだろうか。
こういう好奇の視線ではなく、今日のコンサートのステージに向かっていたような憧れの視線を受けたらどんな気持ちなんだろう。
きっと気持ちがいいんだろうな。

何を馬鹿なことを考えているんだろう。自分が恥ずかしくなって頭を軽く左右に振った。

大学について、理工学部の私の所属する研究室へと向かう。
大学はひっそりしていたけれども、理工学部の建物からだけは明かりがいくつも漏れていて、まだ中にたくさんの学生がいることを物語っていた。
卒業研究の追い込みをしている4年生が多いのだろう。この時期はいつもそうだ。だからこの時期の理工学部の建物は24時間営業となっている。
私は建物に入ると、研究室のある3階まで階段を使ってのぼり、のぼってすぐにある研究室の扉の前に立つ。
中に人の気配がある。きっと教授だ。私はドアを開けた。

『失礼します』
しかし私の声は、誰もいない研究室のなかでむなしく響くだけだった。
電灯はついていたが、そこに誰もいなかった。
おかしいな、人の気配はあったのに・・・・。
入り口近くのホワイトボードを見ると、教授の欄には『帰宅』と記されたマグネットが貼ってあった。
教授のPCの電源は落ちているし、まだいらっしゃるような気配もない。
何か急いで帰られたとかそういうことだろうか。ずぼらな教授だから、鍵をかけ忘れたり電灯を切り忘れることも度々ではあるし。

私は自分のPCへと向かい、電源を入れる。
PCが立ち上がるまでの間、研究室の内部を見回す。さまざまなコンピュータがそこかしこに雑然とちらかっていて、まるで物置のようだ。
私としてはきれいに整頓したいのだが、教授によると「どこに何があるかわからなくなるからやめてくれ」ということなので整頓をすることができない。
しかし・・・・何か部屋の中に違和感を感じる。なんだろう、何かいつもと違うような・・・・。
とはいえ見回してみても何もわからない。
そんな風に思っているうちにもPCが立ち上がった。私はメールをチェックする。「新しいメールは届いていません」という表示。

PCを落とし、電灯を切って、研究室のドアを閉める。そしてバッグから鍵を取り出し、鍵穴に入れて回す。
廊下にカチャリという音が響き、私は研究室を後にした。そのときドアの内側で別の音が響いていたことに、私は気がつかなかった。



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