「M」

第16章 side-B


----------------□


暗い部屋にいくつかのモニターが作る照明。
そのほのかな照明に照らされて、部屋の奥に大きな棺のような金属製の箱があった。
上面はガラスでできており、中で眠る若い男の姿が見える。
彼は眠っているように見えるが、その実、その脳は覚醒時のほぼ4倍の忙しさで働いている。
ネットでつながれた、東西大の宗像教授の研究室の巨大なシステムと接続し、そのシステムの内部に構築された巨大なバーチャル世界の中でその精神が活動しているのである。

リンクインシステムに接続しているとき、脳と体の各部位を連絡する神経通信はすべてリンクインシステムによってインターセプトされる。
脳が体に送った信号は今ここにある物理的な体には届かず、システム内の自分のよりしろの体に送られる。その代わりシステム世界内の体が受けた物理的刺激が脳に直接送られてきて、あたかも自分の体がその刺激を受けたかのように感じることができる。
つまりシステムにリンクイン中は、脳以外の体の部分は全く機能していないことになる。
だが、それではもちろん困ることになる。必要最低限の生理機能が動いていなければ、その体自体が死んでしまい、それは脳の死に直結する。
ゆえに、それらの生理機能を維持させるため、脳と体の通信が完全には遮断されないようにシステムは作られている。
簡単に言えばシステムがバイパスを作って、そこを通って一部の信号が脳と体の間を行き来するのである。
そして時に、生理機能以外の信号もバイパスに紛れ込むことがあり、被験者が表情を変えたり、体が動くこともごくまれに起こる。これは神経組織が平行して走っている箇所において同時に信号が発生すると、信号の共鳴によって、片方の信号にもう片方の信号が紛れ込んでしまうことにより起こってしまう。

リンクインシステム内に横たわる上坂の表情は、ただ眠っているだけのように見えた。
だが今、システム世界内の上坂の感情の高ぶりに呼応するかのように、必ずしも通る必要のない信号がいくつかバイパスを通過した。
そしてその瞬間、ガラスの中の上坂がにやりと笑った。



----------------□


>第17章 side-A

>目次