「M」

第4章 side-A


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『おはよう!・・・・・って誰もいないのかよっ!』
眠りから覚めリビングルームに入った矢口は、母がいると思い込んでいた部屋に誰もいないのを見て一人叫んだ。
最近毎晩練習している「ノリ突っ込み」の成果に少々むなしさを感じながら、矢口はテーブルの上に置かれた置手紙を見つけた。
「真里へ お母さんはお料理教室へ行ってきます。今日は晩御飯は保田さんたちと食べるのかしら。家で食べるのなら電話をください」
『あの歳でお料理教室ねぇ・・・・花嫁修業じゃあるまいし』
壁にかけられた時計を見る。朝の9:30。父や妹もそれぞれ職場と学校へ行ったようだ。

矢口はキッチンに入り、まずは冷凍庫を開け、常備してある氷のかけらを一つ手でつかみ口に放り込んだ。
それを口の中でゴロゴロさせながら、今度は冷蔵庫からマーガリンとジャムを取り出す。
そしてキッチンの隅のトースターの電源を入れ、食パンを2つセットした。
トースターは45秒後に、カチャンという音と共に、きれいに焦げ目のついた食パンを彼女の前に差し出した。
相変わらず氷をゴロゴロさせながら、彼女はそれを取り上げ、片方にマーガリンを、片方にジャムを塗りたくる。
その2つの食パンをサンドイッチのように貼り合わせ、棚から取り出した食器皿の上に置く。
さらにインスタントのコーンスープの素をマグカップにいれ、ポットからお湯を注ぐ。
『出来上がり』
簡易サンドイッチの載った皿と、コーンスープのマグカップをテーブルにセットして、彼女の朝ごはんの用意が完了した。
そしてちょうどその時点で、彼女の口の中の氷も無残に噛み砕かれた後溶けてなくなっていた。

TVをつけると朝のワイドショーの中のニュースコーナーをやっていた。
政治のニュース。経済のニュース。遠い国の戦争のニュース。朝ごはんを食べながらそれらをなんとなく見る。
嫌なニュースが多い。だから矢口はニュースを見るのがあまり好きではないのだが、ある程度の常識は持っていないと、「モーニング娘。はみんなバカ」とか言われてしまう。
(特にうちの若い子達はなぁ・・・・)
そんなことを考えていると嫌なニュースがまた一つ報道されていた。
資産家の令嬢の失踪事件。
10日ほど前、突然なんの跡形も無く大金持ちの家のお嬢様が失踪したというこの事件は、報道が解禁となった先週から大きな話題となっていた。
当初は身代金目的の誘拐事件と思われたが、犯人からの連絡等も無く、情報が公にされた後も特に有力な目撃証言はないらしい。ただ失踪した当日、都庁に家の仕事で訪れていて、そこで何人かに目撃されているのが最後だということだった。
マスコミは最近では、ロミオとジュリエットよろしくな駆け落ちであるとか、がんじがらめな生活に嫌気がさしての家出だとか、好きなことを憶測しては報道する方向に傾いている。
そして都内では最近この手の名のある人間の失踪事件が相次いでいるらしく、ワイドショーではそれらの事件の一覧表を作ってなにやら分析していた。誰と誰はこういうつながりがあるかもしれないなどと、コメンテイターが誰にでも適当とわかるようないい加減なことを言っている。さらには、別のコメンテイターが『これだけ見事に失踪されると宇宙人にさらわれたのかもなんて思ってしまいますね』なんてことを言って笑っていた。

『だからこういう番組は嫌い』
矢口はそうつぶやいてリモコンの電源ボタンを押した。



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