読書感想

2004.06.04 評価開始(満点は100)。

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山田真哉「女子大生会計士の事件簿3」(8/27〜9/3)
 現役女子大生で公認会計士の"萌さん"藤原萌実と公認会計士補の"カッキー"柿本一麻が様々な企業の監査を 行うシリーズの第三弾。ストーリーが軽快で気軽に読める。ただ、番外編のウイルス騒動はどうなのか…と。 著者のIT業界への疎さが伺えてしまう内容だったし、会計もほぼ絡んで来ないちょっと残念なストーリーだっ た。
[評価:76]

大島清「歩くとなぜいいか?」(8/22〜8/26)
 薄い本ながら歩くと良いことが存分に書かれている。一方で純粋に歩くことに対する話題だけではネタ不足 なのかなと思わせる面もあった。
[評価:75]

森見登美彦「宵山万華鏡」(8/12〜8/21)
 最初に読んだ時にはユーモアなしの京都の不思議系かと思ったがユーモア仕立てもあり。同じ人物でも章に よって醸し出す雰囲気が変わるのは森見作品らしさが発揮されている。
[評価:77]

佐藤多佳子「黄色い目の魚」(8/3〜8/11)
 木島悟と村田みのりのそれぞれの視点から交互に描かれる章立てのストーリー。人間らしさがよく出ている が、みのりが章が進むにつれてしおらしくなったかな。
[評価:79]

原幸夫「ねこ背がスッキリ治る本」(7/31〜8/2)
 腰をまっすぐにする具体的方法が難しい気がする…。
[評価:76]

山本幸久「愛は苦手」(07/23〜07/30)
 アラフォーの女性を主人公とした連作短編集。難しい年頃の高校生の娘に悩みつつも旦那や自分との共通点 を見出す「カテイノキキ」、バツイチ男性と結婚したが家庭になる前妻の思い出の品を買い替えようと牛丼屋 でバイトを始める「買い替え妻」、テレビで人気の大学教授と離婚したが、離婚前も後もその教授を好きにな った女性の訪問を受ける「ズボンプレッサー」、独身女性ながら中古一軒家を購入し、前に住んでいた町子さ んの思い出が詰まった庭について近隣の住民から視線を浴びる「町子さんの庭」、少女向けヒロイン物にハマ る娘と共に夫と自分を結び付けた元編集長の葬儀に向かう「たこ焼き、焼けた」、自分が妊婦の身で夫が仕事 が多忙で結婚式の段取りに来てくれない日が続く中、同居する夫の父の運転する車に送ってもらうことになっ た「象を数える」、大物代議士の落選を機にその愛人として贅沢な暮らしから生活を一変することになる女性 を描いた「まぼろし」、洋服の直しの店で若くて男と付き合っている男と一緒に仕事をする独身女性の「愛は 苦手」の8篇。
 独身だったり不倫からの結婚だったり様々な立場の女性を描いている。三十代後半から四十代と微妙な女心 の描写は相変わらず見事だが、短編は物足りない。この作家では「凸凹デイズ」のような作品の再現を期待し てしまう。暖かさがあるが、「ズボンプレッサー」で女にだらしなすぎる大学教授や「象を数える」の夫の冷た さや「愛は苦手」で主人公を怪我させて逃げてしまうタカシや娘の幼稚園グッズを作る依頼をする母親などは ちょっと嫌悪感を抱いた。その辺もキャラクター造詣のうまさだろうが、ちょっと読後感がひっかかるものも あった。
[評価:75]

松樹剛史「スポーツドクター」(07/14〜07/22)
 高校3年でバスケ部キャプテンの岡島夏希は最後の大会間近の練習中にチームメイトの平沼幸の足を踏んで しまう。病院に行くという幸に付き添った先はアスリート専門医の靫矢が開業したスポーツクリニックだった。 幸の怪我は軽くほっとする夏希だったが、次の日夏希のもとにスポーツクリニックの受付が訪れて──。夏希 はクリニックに感銘を受けてバイトをすることになり、様々なアスリートの心の傷を垣間見る。夏希のまっす ぐな姿が印象的な青春小説。
 夏希の性格の良さが現れている。非常に面倒見の良い靫矢スポーツクリニックだが、利益がまるで出なそう で読んでいて心配になるほど。バスケでの柔軟性が仇になる話やドーピング問題への怒りなど読ませる展開も あり、夏希の他のキャラクターもなかなか良い味が出ている。とは言え、人物描写はもっと洗練される余地が あるようにも感じた。話は続編が作れそうな作りで、続きを読んでみたい作品の1つだ。
[評価:80]

山田真哉「女子大生会計士の事件簿2」(07/08〜07/13)
 現役女子大生で公認会計士の"萌さん"藤原萌実と29歳で公認会計士補の"カッキー"柿本一麻が様々な企業の 監査を行うシリーズの第二弾。今作ではラブストーリー、旅情、ミステリ、ファンタジックと章毎にテイスト を変えた内容になっている。
 色々なバリエーションで挑戦しているが、会計のことがメインであり、ストーリーは薄い。読みやすいが、 今回の2では肝心の会計に関する部分でもイマイチ物足りなく感じた。このシリーズは軽い読み物としてさら っと読むのが正解なんだと思う。
[評価:75]

山本幸久「失恋延長戦」(07/03〜07/08)
 米村真弓子は放送部の合宿以来大河原君に片思いし、打ち明けずに日々を過ごしていた。毎日散歩をしてい る柴犬のベンジャミンは真弓子を見守っていて真弓子はベンジャミンによく話しかけていた。学級委員の投票 で真弓子に敗れてから勝手にライバル視する藤枝美咲、地元のFMのドラッグ小川、後輩で可愛さ全開の鳶岡 るいなど様々な人間を絡めておりなす切ないラブストーリー。
 両思いになれるチャンスをそのオクテな性格が仇となって後輩に大河原君奪われてしまう真弓子。延長戦と タイトルにあるから延長戦での真弓子の頑張りを期待したが、受験には2年続けて失敗しニートに近い状態に。 恋愛での素直な気持ちを出してこないのもどうにももどかしい。読み終わって振り返ればベンジャミンは真弓 子の傍に寄り添って居てその暖かさは本書の魅力の1つでもあるが、著者の作品ではイマイチな出来かも。
 7話8話が書き下ろしで8話の構成はベンジャミン視点でこれまでと毛色が違うし、テーマがぶれたように 感じた。鳶岡るいのよなタイプを描くのは著者は得意だが、これまでの作品にも同じようなタイプが居て流石 にマンネリ感もあるし鳶岡るいの描写での可愛いを使った表現は流石にくどかった。
 全体の雰囲気は良いだけにチラホラと粗があるのが残念だった。
[評価:77]

松樹剛史「ジョッキー」(06/30〜07/03)
 中島八弥は週に一鞍の乗り馬もない日も珍しくないマイナーな中堅騎手。元は千葉厩舎の所属だったが、低 迷する千葉厩舎に大路繁という日本を代表するオーナーがバックアップする話の条件として厩舎の馬をすべて 息子の大路佳康に乗せることがあり、八弥はフリーになっていた。八弥にはかつて同じ千葉厩舎での兄弟子か つ目標としている糾健一から教わった「技術を安売りするな」の影響を受けて騎乗依頼を受けるための営業活 動をしていない。たまの依頼は癖馬ばかりな八弥に、ある日クラシックを意識できる大物馬・オウショウサン デーへの騎乗のチャンスが。しかし同期の天才ジョッキー生駒貴道からオウショウのオーナーに気をつけるよ う忠告を受ける。冴えない騎手の奮闘を描いた小説すばる新人賞受賞作。
 八弥のそれなりの技術がありながらももどかしい生活に思わず手に力が入るような展開。兄弟子・糾の失踪 とそれを引きずる千葉調教師の娘・真帆子や八弥。話は表面的で薄い印象や女子アナに簡単に行為を持たれた ことへの違和感もあるが、八弥の怠惰な面や終盤ひょんなことから巡って来たGIレースで見せる負の感情、 そして人馬一体となるクライマックスなど一気に読ませる魅力があった。
[評価:82]

佐藤多佳子「神様のくれた指」(06/14〜06/30)
 刑務所を出所したその日に少年達のスリを目撃し、肩関節の脱臼怪我を負うことになったスリの辻牧夫は、 意識を失う際に誰かに助けられる。助けてくれたのは昼間薫、ギャンブル癖で金を失い家賃を滞納しがちな男 で、タロット占い師であった。スリと占い師二人はそれが縁で不思議な同居生活を始める。
 スリの辻、占い師マルチェラを名乗る昼間の二人の家庭環境などバックボーン、スリと占い師のそれぞれの 生活とそれを取り巻く人間模様、後半になってクロスする展開などが見事。ページ数が多く途中だれる部分も あるが、辻に思いを寄せる早田咲、辻が追っていた少年やマルチェラに心を開きつつあった少女永井の結末な ど気になる部分はある。エピローグはなかなか良かった。
[評価:79]

佐藤多佳子「しゃべれどもしゃべれども」(05/31〜06/08)
 今昔亭三つ葉は夏目漱石の「坊ちゃん」ばりに気が短く女の気持ちに疎い男で普段着を和服で過ごし、古典 落語が大好きな現在二ツ目の落語家だ。テニスのコーチをする従弟の綾丸良が吃音、話し方で悩んでいる為、 三つ葉の師匠が講演をする話し方講座に連れて行ったら、黒髪で黒い服の美人な女、まるで黒猫のような女が 師匠の講演の途中で退席してしまう。後日良と一緒に見学に行った話し方講座で黒猫と再開する。話し方講座 でのやり方が向いてないと感じた良と黒猫こと十河五月は何と三つ葉に個人的なレッスンを受けることに。こ れに良のテニススクールに母親が通っている縁で10歳の関西弁の少年・村林優の3人を相手に落語のお稽古を することになった。落語を習ってそれぞれに悩みを抱える不器用な面々は果たして自分の道を開くことが出来 るのか。
 若い落語家の一人称の文体で所々に落語家らしい文章があってテンポも良い。落語を教わる3人+後に元プ ロ野球選手を加えた湯河原太一のそれぞれの不器用な面も良く現れているし個性豊か。三つ葉の恋の展開は予 想通り過ぎるお約束な展開だったが、爽やかで好印象。
[評価:82]

鳴海章「痩蛙」(05/17〜05/28)
 サラリーマンの瀬田幸次は営業成績の劣悪なサラリーマン。プロボクサーでもあるが、未勝利の4回戦ボー イで無能な上司には嫌味を言われる日々。ボクシングをやめて、オヤジ狩りの少年を返り討ちの重症に遭わせ 辻斬り的な行為を行う幸次は、会社にリストラされるが、基より生きていく上で希望を抱かないようにしてき た幸次。そんな幸次に転機を与えたのは池袋のクラブのホステスのチエ子だった──。
 前半の会社で次第に行き詰っていく幸次。辻斬りに及ぶ様は早く止まって欲しいと思わせ、憂鬱な展開だっ たが、チエ子の言葉でボクシングに戻ってからはボクシングをやっていた頃のトレーナー・横地に教えを乞う て頑張っていくがこの練習の光景は厳しさがありながら幸次が頑張っていくことに安堵できる。ボクシングの 描写は細かいが、細かすぎて読みづらい部分もあるが臨場感があった。チエ子の急展開は残念だが、読んだ文 庫本では再帰戦の幸次が決着をつけるところまで描いていて決着がはっきりしたのは良かった。この試合では それまでに関わったメンバーがそれなりに観戦に来ているのが如何にもフィクションぽいものの「らしさ」が あって良いかも。
[評価:79]

森見登美彦「四畳半神話体系」(05/05〜05/16)
 京都の大学3回生の「私」が新入生の時に入会を検討した4つのサークル。映画サークル「みそぎ」、弟子 求ムというビラ、ソフトボールサークル「ほんわか」、謎の組織「福耳飯店」の4つをそれぞれ選択した場合 を各章に据えた4章構成の小説。「私」とどの選択をしても付き纏う腐れ縁の小津、黒髪の乙女である明石さ ん、樋口師匠、城ヶ崎氏など個性的な人物が登場する。幻の至宝「薔薇色のキャンパスライフ」を目指すも 振り返ると「実益のない2年間」と断言する「私」は果たしてどんな2年間を過ごしたのか──。
 各章の話で小津、明石さんは元より占い師の婆の占いなどが毎回出現することや熊のぬいぐるみであるモチ グマンのリンク、大量の蛾の出現などが登場し、微妙に場面が変わりながらも同じような展開を迎える様は見 事。また、作品内のリンクの他にも他作品「夜は短し歩けよ乙女」で仙人然とした存在の樋口氏や歯科衛生士 の羽貫さんなどが居たのも面白かった(読んだ順が「夜は〜」が先だったが実際の時系列的では「夜は〜」の 方が後に発表されているのだが)。ソフトボールサークルの「ほんわか」の活動は紹介不足な感じがして物足 りない。アニメ化もして小説以上に色々なサークルに所属するが小説版の方がハッピーかつ小津がえぐ過ぎな い分だけ鑑賞後の印象は良いかも。
[評価:80]

三浦しをん「格闘するものに○(まる)」(04/24〜05/04)
 マイペースで漫画をこよなく愛する女子大生・可南子が迎える就職戦線。仲間の砂子、二木君ともども呑気 に構えてながら、大手出版社に応募し、選考を迎えるが──。恋人は年老いた書道家、滅多に家に帰られない 政治家の父と血の繋がっていない現在の母、腹違いの弟と複雑な家庭境遇の中で可南子の青春の日々が描かれ る。三浦しをんのデビュー作。
 当初読んだ時は可南子、砂子、二木の3名の能天気な感じや書道家の足フェチな部分などイマイチ理解でき ない部分があったが、可南子の家庭環境や就職戦線での厳しさなど徐々に共感できるようになった。大手出版 社の個性とそれに時に傷つく可南子のナイーブな心境などはデビュー作にしてはよく描けているのかもしれな いが文庫版の解説の重松清の「三浦しをん版の『我輩は猫である』」は言い過ぎと思う。就職活動で苦しみつ つもその決着がつかずに作品が終了するのは残念だが、家族の関係については少し良化し、その変化の描写は 絶妙かもしれない。
[評価:79]

森見登美彦「恋文の技術」(04/18〜04/24)
 京都の大学生・守田一郎は教授により能登半島の実験所での研究をすることになる。そんな、守田は文通の 武者修行として、京都に居る仲間や先輩、妹に手紙を書く。友人の恋の相談に乗りつつ妬んだり、先輩への意 地悪に踊らされ、夏に京都を訪れた際の失態を見られ、などしつつ出せないで居る好きな人への手紙。手紙形 式で展開の進む新感覚の小説。
 守田の強がりやトホホな失敗が手紙からよく伝わり、不思議な感覚の面白さ。この筆者ならではの面白さは よく発揮されているなりに切なさもあるのが良い。意地悪な先輩女史も展開を見るに優しさもあり、手紙の相 手に"森見登美彦"があり、そのやり取りから自身を皮肉っている感じなことや、「猫ラーメン」「黒髪の 乙女」「韋駄天コタツ」など他の著者の作品を見ているとニヤリと出来るキーワードも盛り込まれていて遊び 心に満ちている。
[評価:80]

森見登美彦「きつねのはなし」(04/10〜04/17)
 芳蓮堂という骨董屋で働くことになった大学生の私。店主のナツメさんから天城さんという細長い屋敷に住 む着流しの格好をした男への届け物などをしていたある日、別のお客に届ける品物を割ってしまい天城から代 わりの品物を頼んで受け取ることになる。しかし、天城は私に条件を出してきた──。表題作の「きつねのは なし」と他3つの書き下ろしかなる京都を舞台に描く幻想的な怪奇的な短編集。
 ユーモアを魅力と感じていた著者で事前情報なしに読んだが、ストーリーはシリアスだった。「きつねのは なし」、先輩から色々な体験談を聞く「果実の中の龍」はそれなりに面白く読めたが、ケモノが不気味な「魔」 は結末もすっきりしない感じ。ミステリアスな魅力はあるが。最後の「水神」は樋口家で祖父の葬式にあった 不思議な出来事が過去の樋口家のことを交えて語られているのだが、なかなか読み進めるだけの魅力を感じな かった。雰囲気はあるのだが、著者の期待値を過去読んだ2作で高めていた分、イマイチな作品という感想に なってしまった。ただ。丁寧な描写で京都の不思議な雰囲気が(「水神」は京都色はあまり感じないが)趣を 感じさせる部分はある。
[評価:73]

三羽省吾「厭世フレーバー」(04/03〜04/10)
 父親が失踪し中学を卒業したら働き、陸上部を辞めてしまった14歳のケイ。家に帰りたくなくてひょんなこ とからおでん屋でのバイトを始めた17歳のカナ。父の失踪を機に家に戻り生活費を母に渡すも、実は勤めてい た防犯会社をリストラされて必死にバイトをしている27歳のリュウ。酒ばかり飲むようになってしまった42歳 の薫、73歳でボケが進行しつつある新造のそれぞれの過去。全5章、5人の視点で軽快な文体で描かれる家族の 物語。
 ケイ、カナと読んでいった時にはどうなるかと思った家族も次第に再生の道へと進んで行くのが良い。カナ の文章はどうにも馴染めない部分もあったが、長男のリュウの誰にも見せない苦労、薫や新造の章になって初 めて分かる真実、なかなか面白い構成だと思う。読んでいる時には途中から「七十三歳」の章が気になって仕 方がなかった。新造の過去の語りは予想外の内容でびっくり。
[評価:80]

重松清「流星ワゴン」(03/24〜04/02)
 主人公は38歳の永田一雄。息子は中学受験に失敗して引きこもり家庭内暴力をも振るう。妻からは離婚を切 り出されるが原因が分からない。本人はリストラで再就職がままならず、飛行機に乗ってガンで入院した父を 見舞うと貰える「御車代」をアテにするような生活。そんな主人公は死んじゃってもいいかなあと思った夜、 地元の駅前のロータリーでオデッセイに乗る父子に出会う。5年前の記事で読んだ、交通事故で亡くなった橋 本さんと健太くんの父子のオデッセイに乗って時空を超えて人生の分岐点でのやり直しを試みる主人公。人生 を変えることは出来るのか?
 一雄と息子の広樹、橋本さんと健太くん、そしてチュウさんと一雄の3組の父子にスポットが当たった作品 で親子の絆を考えさせられる。中盤からは一気に読ませたくなるような魅力を感じた傑作だった。一雄の妻・ 美代子の行動はどうにもやるせない気がしてならないが、少しずつ受け入れる主人公の成長は考えさせられる。 健太君が最後にした特別なプレゼントはいい選択のプレゼントだと思うし、甘くない現実は現実として受け止 めるなりの結末もなかなか良い感じだった。一雄の父・チュウさんについてはやり直しの世界に居るチュウさ んが良い味を出しているが、一雄の憎みぶりから実際にはもっと冷たさもあったのではないかというところは 少し引っかかったのと健太君の成仏絡みはこれで良かったのか気になるところだ。
[評価:84]

森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女」(03/13〜03/24)
 大学生の「私」はサークルの後輩の黒髪の乙女に恋をしている。正面から告白せずに「外堀を埋める」日々 に明け暮れる。そんな中でにの千斗町での一夜の飲みの出来事、古本市、学園祭と不思議な出来事が待ち受け る。そして、冬を迎えて風邪にかかる私、黒髪の乙女との恋の行方は──?ファンタジックな恋愛小説。
 1章の飲みの話では「私」が黒髪の乙女にほぼ省みられることがなく、「私」の頑張りが報われない様が哀 れだったが、2章・3章では獅子奮迅の活躍。そして、最終章でのラストと「私」に感情移入して読む上で良 い感じの展開だった。また、「私」と黒髪の乙女それぞれが語り手となって描かれた小説だが、純情な所や独 特の感性をもったところなど似合いの二人に思えた。黒髪の乙女が当初、同じ著者の別小説「太陽の塔」の水 尾さんなのかと思ったが、同じではない方がいい。また、「太陽の塔」よりファンタジー的な色合いが強く、 良い味を出していると思う。序盤がイマイチなのが少し惜しい。
[評価:81]

三羽省吾「太陽がイッパイいっぱい」(03/03〜03/13)
 大学生のイズミは彼女との海外旅行の旅費を稼ぐ為に始めた工事現場での仕事。その働きぶりからマルヤマ という解体屋の親方に引き抜かれる。彼女とは引き抜かれる前に別れているのだが、マルショウ解体の一員と なったイズミは大学では感じられない汗をかき腹を空かせるというシンプルな生活の魅力にはまっていく。そ んなイズミがカン、クドウらマルショウ解体の面々、食堂のメロンちゃん達の日々を描いた青春小説。
 関西を舞台にした話で下品さも包み隠さず、飲酒運転、無免許運転、クスリ、浮気など問題なことも多々あ るが、マルショウ解体の面々の一人一人個性豊かかつシンプルな生き様には魅力を感じる。メンバーのハカセ の息子の目の具合が悪いことなどともすれば暗くなるだろうし、救いのある展開とも言えないのだが、暗くな らない。マルショウ解体は軟式野球マルショウスパイダースというチームをやっていて連敗続きなのだが、実 に楽しそうな野球をしている。 一方、ヤクザ組織と繋がる組織シックス・クールとカン達の顛末はちょっと リアリティを感じにくく微妙な印象がある。また、最後のイズミの結末について、何かに向かって進むという 点で具現化しないまま終わってしまうのは(具現化しない方がリアリティはありそうだが)残念だった。
[評価:82]

森見登美彦「太陽の塔」(02/27〜03/03)
 京都の大学生の私は恋人の水尾さんにふられる。自転車の「まなみ号」に乗り、4畳半の部屋に暮らす私は もてない仲間達と恋愛を否定する。水尾さん研究で知らない男に妨害を受けたり、クリスマスにある計画を立 てたり──。妄想を持って突っ走る男達。日本ファンタジーノベル大賞受賞作。
 知性を窺わせる文章で仲間達も優秀な頭脳を持つと思われるが、その才能を無駄に使って不毛な生活を送っ ている私と友人の飾磨達。恋人の居ないことを是とし気取った物言いをしつつも、裏腹に寂しさが隠し切れな い部分が面白い。当初水尾さん研究をする私に対して、ストーカー物なのかと不安になったが、研究以後は特 に面白い。蛇眼、ゴキブリキューブ、歩く法界悋気──面白いキーワードが色々と散りばめられていて、中盤 以降は夢中になって読むことができた。ちなみに「まなみ号」のまなみは著者がファンだと言う本上まなみの ことだそうで本上まなみが解説をしていたがその解説もなかなか良かった。
 日本ファンタジーノベル大賞だそうだが、これがファンタジーというジャンルなのは意外な感じだった。
[評価:83]

竹内真「じーさん武勇伝」(02/19〜02/26)
 神楽坂家のじーさんは喧嘩で無敗の畳職人。婆ちゃんを失ったじーさんは孫の担任と再婚し、サイパンで沈 没した船の宝探しを始めた。海賊やアメリカの海兵隊相手にも暴れ回るじーさんの冒険を描いたコメディー。
 「じーさん武勇伝」というタイトルに何の偽りもなく、荒唐無稽な展開ながらも、思ったより丁寧に描かれ ている。じーさんが如何にも老人な口調ではないところは格好いいかもしれない。読んでいて残念だったのが 孫である「僕」はほぼじーさんへの傍観者かつ語り手に終始している所。竹内真では「風に桜の舞う道で」で 期待値が上げてしまった分少々物足りなさもあったが、今作でも結末の描き方は納得できるような形で読後感 はなかなか良かった。文庫本を読んだが、追加されたエピソードであるらしい「解説」もなかなか面白かった。
[評価:77]

我孫子武丸「警視庁特捜班ドットジェイピー」(02/04〜02/14)
 不祥事で評判を落とす警視庁。内閣総理大臣が警察改革を提唱し、都知事がイメージアップキャンペーンを 行うと発言したことで警視総監が出した答えは警視庁でヒーロー戦隊を作るというものだった。警察官から美 男美女が5名集められたが性格にクセのある者ばかりでトラブルを巻き起こしてしまう。
 キャラクターが5名とも個性があり、気軽に読むことができる。我孫子武丸は久しぶりに読んだがユーモア のある作品というのは更に久しぶりな気がする。
[評価:78]

竹内真「風に桜の舞う道で」(02/04〜02/14)
 大学受験に失敗したアキラは浪人になったが予備校の特待生試験に合格し、桜花寮での生活が始まった。バ スから降りた時に知り合った頼りになる男・リュータと皮肉屋のヨージ。リュータは東大志望でアキラとヨー ジは早大志望だがアキラはやりたいことを見出せないでいた──そんな1990年。そして時が流れ2000年、アキ ラは「リュータが死んだ」という噂を耳にし、ヨージ他桜花寮の面々と連絡を取ってリュータの消息を確認し ていく。過去(1990年)と現在(2000年)の2つの時代から桜花寮の面々を描いた小説。
 アキラ、ヨージ、リュータの他、綺麗好きで社長と呼ばれる延岡社長、自慢話好きのニーヤン、部屋に神社 の御札を貼っているダイ、部屋にアイドルポスターを貼るが案外生真面目なタモツ、ラグビーで鍛えたサンジ、 医者を継ぐ予定で動物好きで大人しいゴロー、東大命でとっつきにくい吉村さんの7名が居て計10名の過去 と未来が描かれ、みんな予備校時代に鬱積したストレス、プレッシャーと向き合いながらも現在を精一杯生き ていることが分かり、現在ではリュータの消息、過去ではアキラがどんな進路の決断をしたのかがあることで 夢中になって読ませる構成だった。寮生のそれぞれの長所短所もよく描かれている。
[評価:85]

司馬遼太郎「戦国の忍び 司馬遼太郎・傑作短篇」(01/30〜02/04)
 戦国時代の日本で影の存在として暗躍した忍びの者達。伊賀の郷では上忍が依頼を受け、下忍を使って上忍 が受ける報酬。下忍は他の下忍から非違を監視されており、逃亡すれば始末される掟[しきもく]である。そん な郷から逃げ出そうとした若き下忍を描いた「下請忍者」や武田信玄の飼う忍びの名人・知道軒道人から織田 信長を守る忍者を描き驚きの結末が待つ「忍者四貫目の死」他「伊賀者」「伊賀の四鬼」「最後の伊賀者」の 短編5編を収録。
 忍者というと厳しい鍛錬をして忍術で大活躍というイメージを持ってしまうが、この小説では優れた忍びで もあっさり死んでしまう儚さが印象的だった。また、忍びが武士からは卑しいものとして忌み嫌われていて、 忍びの郷の仕組みから下忍がいつまでも下忍として飼われること、忍びの割り切った生き様など興味を惹きつ けられるものがあった。一方でヒーロー的な忍者の長編も読んでみたい。
[評価:80]

岡嶋二人「クラインの壺」(01/25〜01/30)
 ゲームブックの原作として「ブレイン・シンドローム」を応募した上杉彰彦はイプシロン・プロジェクトと いう企業の目に留まり、200万円でゲームの原作として売却した。イプシロン・プロジェクトでは「クライン 2」という現実の五感を再現してゲームに入り込める仮想現実のシステムを作成して、原作者の上杉にもテス トプレイヤーとして参加の要請をする。上杉は専門学校生でバイトに応募した高石梨紗とテストに参加し、そ の現実感に上杉も梨紗も興奮し、毎日テストを進めていくのだが──。ミステリ作家・岡嶋二人の描いたSF 劇。
 初版が1989年と随分古い小説なのだが、読み終わるまで知らないままに違和感なく読み進めた。現実にこの システムが作れるかと言われれば流石に不可能としか思えないが…。
 「クラインの壺」というどちらが現実(壺の外)でどちらが仮想(壺の内)なのか分からなくなる上杉の心 情がしっかり追体験できる。
 梨紗の失踪、失踪前後での梨紗の友人の真壁七美の登場、CIAやDDSTをキーワードにしたイプシロン・ プロジェクトの謎めいた顛末、主人公の上杉と梨紗の七美がイプシロン・プロジェクトの事務所で秘密を探ろ うとする下りなど要所要所をしっかり描いていて、厚みのある小説だが続きが気になり夢中で読んでしまった。
[評価:85]

小川一水「時砂の王」(01/17〜01/25)
 邪馬台国の卑弥呼である彌与はお忍びで海へ向かう道中に物の怪に襲われる。それを救ったのは灰色の鎧を 纏い大剣を下げた"使いの王"だった。使いの王・オーヴィルは26世紀の未来から時間遡行により地球外からの ETを掃討する為にやってきた知的人工生命体=メッセンジャーであった。
 SFとしては壮大なストーリー感がある。26世紀の未来で人間の恋人・サヤカと別れ、メッセンジャーとし て400もの戦闘を時間遡行しながら続けてきたオーヴィル、オーヴィルに惹かれ、少しずつ国の為に逞しくな っていく彌与。メッセンジャー仲間のアレクサンドルなど登場人物の個性もいい。時間遡行による時間枝の分 岐が混乱しそうになるが、別の時間枝によってサヤカには二度と会えない、そんな中でサヤカの考えが忘れら れないオーヴィルの切ない生き様には心を動かされる。この設定にしてはページ数が短くあっさりした感じな のが最も残念な点だがSFの良作だと思う。
[評価:83]

瀬名秀明「八月の博物館」(12/9〜2010/1/13)
 亨は啓太と雑誌を創刊しようと準備するほど本が大好きな小学6年生。夏休み前の学校の帰り、ひょんなこ とから「THE MUSEUM」なる博物館に行き当たり、そこで美宇という少女と出会う。その博物館では「同調」の 概念により、世界の色々が過去・未来を含めその展示が見ることができる。更に同調を生かして過去に遡るこ とさえ可能だ。古代エジプトの聖牛アピスの謎を解こうと美宇と亨は古代エジプトに向かうが、そこで邪悪な 力の封印が解かれてしまう──。亨の話と、古代エジプトの発掘に一生を捧げたオーギュスト・マリエット、 そしてこれらの小説を書く「私」の3つの視点で進むジュブナイル風小説。
 この小説で賛否が別れると思われるのが小説家のパート。瀬名秀明本人かと思われる作家としての苦悩が窺 る。ただ、これらは物語としてのテンポを悪くはしているものの興味を持って読める部分でもあった。自分の 中でこの小説で本来わくわくさせるはずの亨のパートがあまり面白く感じられず、600ページを超える長編で あることも相まってなかなか読み進められなかった。「同調」という発想は面白いが説得力の危うさ(読者の 代弁者として亨が美宇に説明を求めるが明快な回答に至ってない)、アピスの復活により「THE MUSEUM」が 危険な状態に陥っても亨が外国の人と言葉の壁なく会話が出来ている点、アピスとの和解を望むが対決の下り、 思ったより呆気ないアピスとの顛末、細かい部分の矛盾を犠牲にしても爽快感があればエンターテインメント として楽しめるのだが、(瀬名秀明がこの小説中に「ドラえもん」の話題をあげ、藤子・F・不二男をリスぺ クトする)「ドラえもん」の劇場版にあるような爽快感は乏しい。
 登場人物では、亨も小学生にしては終盤の立ち回りが賢すぎる。アピス復活からの「THE MUSEUM」側の大人 のダメさ加減とは対照的だ。「ドラえもん」との違いは小学校の友人と切り離した形(亨が1人)なのも影響 はあるかも。
 伏線はしっかり貼ってあるのだが、長いせいなのか読者である自分の問題なのか伏線の箇所を確認してもそ こでの感動は薄かった。亨とマリエット、亨と小説家のリンクについても驚きは薄かった。ネットでは意外に 好評な意見が多いのが意外だった。
[評価:72]

瀬尾まいこ「卵の緒」(12/6〜12/8)
 自分が捨て子だと思う小学4年生の育生。育生の家には父がいない。ある日授業でへその緒の話を聞いた育 生は母に見せて、と言うのだが…(「卵の緒」)。七子は母から父の愛人の子である七生を我が家で預かるこ とになったと告げられる。七生が来て5日目には母が入院、七子は七生と2人で生活を始める(「7's blood」)。 2つの中編からなる第7回坊ちゃん文学大賞の受賞作。
 瀬尾まいこのデビュー作もこれまで読んだ本同様、瀬尾らしい感性で読みやすく描かれている。雰囲気の温 かさもありながら七子が七生と離れる時のもう二度と会わないことを予感させる描写などはピンと来ない点も ある。どちらの中編も母のキャラクターが良い味を出している、かな。
[評価:77]

瀬尾まいこ「優しい音楽」(12/1〜12/3)
 駅で声を女子大生・鈴木千波に声をかけられ、付き合うことになった永井タケル。付き合ってしばらくして 何故千波が声をかけてきたのかを知る「優しい音楽」、妻子のいる平太と不倫関係になる深雪がその平太の娘 佐菜を1日預かることになる「タイムラグ」、章太郎が家に帰ると同棲するはな子に拾ってきたと言われ、そ の内容に章太郎が驚く「がらくた効果」からなる3編。瀬尾まいこらしい登場人物、その出来事から想像する よりも穏やかに流れる時間を感じることが出来る。
 3つのストーリーでは「優しい音楽」が一番まとまって綺麗に終わった印象がある。出来事だけで言えば、 「がらくた効果」は流石に有り得ない展開と思うのだが、これを章太郎までも受け入れる所が瀬尾作品らしい かもしれない。ただ「がらくた効果」のはな子が章太郎に脅す場面は恋人同士だからの軽い台詞だとは思うが 印象が悪い。また、「タイムラグ」については深雪がATMから平太のお金をおろす場面については普通に問題 となる行動であり、ひっかかる。それを踏まえても「優しい音楽」が一番安心して読めた。
[評価:78]

瀬尾まいこ「温室デイズ」(11/30〜11/29
 小学生の頃、ふとした理由でいじめられた前川優子。苛めていた側の中森みちる。みちるは空手を習ってい たし、不良の伊佐瞬と小さい頃から仲が良かった。しかしみちるは優子は隣の小学校に転校しごめんと謝った。 みちると優子は同じ中学校で再会し、親友となる。ある時優子が苛められたのを守ろうとしたみちるだが、今 度はみちるが苛めの標的になってしまう。苛めに耐えるみちると登校拒否となる優子。2人の視点から描かれ た話となっている。
 のんきなキャラなどの瀬尾作品では異色の重い内容の話。みちるは挫けそうになりながらも毎日学校に通い、 優子は優子なりの経験で伊佐瞬と接して色んな生き方があると感じられた。ただ、登校拒否後カウンセリング を受けてからの伊佐瞬の話を聞くようになる優子の行動にはリアリティーを感じなかった。タイトルにある「 温室」の意味は終盤に語られるが社会人となっての生活に比べてみちるの状況が温室のようにはとても思えな かった。みちるの健気さとみちるの父が苛めを知った時の涙には心を打たれるものがある。
[評価:78]

瀬尾まいこ「幸福な食卓」(11/21〜11/26)
 佐和子の家庭では家族全員揃って朝ご飯を食べるの決まりだ。例え誰かが用事で早い時も病気で寝込んでい ても。そして、重要な決心や悩みはその朝食の際に告白される。高校時代学年トップを獲り続けた兄・直が大 学進学をしないと決めたり、ある出来事をきっかけに母が家を出ると決心したり――。
 今は佐和子と父と兄が囲む食卓で今度は父が「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」と言い出した。
 家族に起きたある出来事がそれぞれ心に傷跡を残しながらもお互いを思いやる家族の姿が描かれる。
 北乃きい主演で映画化された小説。映画を見たことはなく、これまで読んだ瀬尾作品から当初はほのぼのと した話を期待していたが、トラウマを抱えてちぐはぐになってしまった家族が描かれていて予想よりシリアス だった。それでも直や佐和子の恋人の大浦、直の恋人の小林ヨシコなどの登場人物の魅力は瀬尾ワールドの住 人らしさがある。終盤に佐和子に大きな心の傷を負うことになり、家族の温かさを知るきっかけにはなるのだ が、それまで佐和子の支えだった存在のことを思うと切ない。
[評価:78]

瀬尾まいこ「強運の持ち主」(11/12〜11/18)
 元OLで営業をしていた吉田幸子は飽き性で上司とのいざこざもあって退職後、ジュリエ数術研究所のバイト の募集を見て占い師・ルイーズ吉田となった。最初は真面目に占っていたが慣れるにつれて直感で占い、いつ しか当たると評判を受けるようになる。そんなルイーズの基に買い物で2つのスーパーのうちどちらに行くか を相談する小学生男子が現れて――。
 ルイーズには彼氏が居て「のんき」という言葉が何度も登場するのんびり屋。2人の関係が良好だし、占い もいんちき占いなどと自嘲しつつも占い師としての評判は上々な感じ。瀬尾まい子らしい優しい空気が作品に 溢れているような感じで途中ルイーズが気軽に読むことができる。本当はルイーズは彼氏を手に入れるために 占いに来た女性から別れさせるような画策などしてはいるのだが…。
 色々な客を登場させれば続編も作れそう。
[評価:79]

山本幸久「シングルベル」(09/29〜11/12)
 進藤恵(しんどうめぐむ:男)は未来セミナーに向かった。このセミナーの実態は三十歳以上の未婚者の親が 集って自分の子供の結婚相手を探す会である。恵は息子の陽一が三十六歳にもなるのに結婚しない為、3人の 姉(菊枝、孝代、露子)のうちの菊枝がセミナーに勝手に応募したのだ。恵は何とか3人の親と知り合う。そ してそれぞれの娘が陽一と見合いらしからぬ出会いをすることになるのだが――。山本幸久の描く婚活狂想曲(?)。
 陽一の嫁候補である3人の女性はそれぞれ好きな男が居たが結ばれない過去を持つ。それぞれの女性は欠点 もあるが魅力があり、誰が陽一と結ばれるのかと言えば最後を読む前は誰とも結ばれないのかなとも思ったが 結末は意外な、しかし少々物足りないものだった。恵の3人の姉はバイタリティーがあるしカラオケも歌い出 すしかなり個性的。物語は五章がちょっとイマイチだと思ったし、結末にも不満はあるが終盤の陽一の母の行 動、ませた小学生の美和子の陽一を好きな気持ちなど山本作品らしい登場人物の魅力は良く出ていた。
[評価:79]

瀬尾まいこ「戸村飯店青春100連発」(11/04〜11/09)
 大阪の中華料理店・戸村飯店で次男のコウスケは女子・岡野から頼みに悩んでいた。コウスケは岡野のこと が好きなのに、岡野はある人のラブレターを書くのにアドバイスを求めてきたからだ。そのある人とは兄・ヘ イスケだった。要領が良く男前で女にもてるコウスケは高校卒業後小説家になる為の専門学校に行くと家を出 て東京へ。一方兄とは見た目も性格も正反対だが、店に来る常連のおっちゃん達始め誰からも可愛がられるヘ イスケは高校卒業後、店を継ぐ予定で最後の高校生活を満喫しようとはりきる。1章ではコウスケ、2章では ヘイスケと交互に2人の奮闘ぶりを描く。第24回(2008年)の坪田譲治文学賞受賞作。
 元々は一章が雑誌に発表され、二章以降が書き下ろしだからなのか一章での主人公・コウスケからは兄・ヘ イスケは憎らしいだけの存在のような感じだが、二章以降では要領が良いその兄が関西や家に馴染めず悩んで いたことや弟思いの一面を見せるなど表面的な部分とは違う魅力が分かる。合唱コンクールの指揮に打ち込ん だり緊張しながら岡野をデートに誘おうとする大阪のコウスケ、専門学校は入学1ヶ月を待たずに辞めてしま うがカフェでのメニュー改善を考えたり、恋人との関係に悩んだりと青春100連発のタイトルだけあって頑張る 2人。
 切ない結末に若干納得出来ないところ、一章とそれ以降の章でのコウスケの性格に違和感があることが難点 だが、全体的に読みやすくスイスイ読めるのだが切ない気持ちにさせるなど夢中になって読める魅力のある作 品。兄弟の良さ、実家やその周りの人々の良さも描かれればコウスケの東京で知り合った人も個性が良く出て いて楽しい読書が出来た。
[評価:85]

山本幸久「床屋さんへちょっと」(10/25〜11/04)
 シシクラ製菓の2代目社長だった宍倉勲は初代社長である父が築いた会社を引継ぎ頑張ったのだが十五年目 に倒産させてしまった。その後、勲は繊維会社に就職し妻・睦子と娘・香と暮らしてきた。定年を過ぎ、勲は 孫と一緒に自分の墓を買いに霊園へ向かう。父と同じ墓に入ることにためらいがあったのだ──。勲と仕事、 家族に繋がるエピソードを時間を遡る形でつむいだ連作長編。小説のタイトルに「床屋」とあるようにいずれ のエピソードでも床屋や髪を切る場面が織り交ぜられている。
 偉大な父に及ばないこと思い知らされ、石油ショックも影響したが会社を潰してしまったことに苦悩をして きた勲。シシクラ製菓では先代である父の生前を知らない若い社員でもの父の台詞が真似が出来るほど偉大だ ったのに対し、特徴のない自分。しかし、妻の睦子はそんな勲の口調を時々真似したいた。会社が潰れた後の 残務処理で勲が睦子に香を連れて実家に帰る際には睦子に「あたしは別れる気はありませんからね」と釘を刺 されていた。香の結婚相手を最初は敬遠しつつも少しずつ認めたり、繊維会社に勤務していた時代には総務か ら異動した里見妙子の企画に耳を傾けるなど、人柄の良さが各エピソードで滲み出ている。最終話である「床 屋さんへちょっと」はとても切ないが勲がみんなに認められていたことが窺えて、感情移入していた自分とし ては嬉しくもあった。
 山本幸久では最近読んだ著書は物足りないものが多かったが今作品は良かった。読みやすさはらしさがあり つつ、ツッコミは過剰ではなく時間を遡りつつ話をうまく絡める手法、印象的な桜や雪山など情景描写など作 家としての成長が感じられた。
[評価:83]

山田真哉「女子大生会計士の事件簿」(09/20〜09/28)
 現役女子大生で公認会計士の"萌さん"藤原萌実と29歳で公認会計士補の"カッキー"柿本一麻が様々な企業の 監査を行い、企業の不正を暴く。
 文章は読みやすく、物語は1話完結形式で会計に関する知識が織り込まれている。会計士の監査という仕事 についてがわかり、ストーリーはミステリ的要素を含んでいるので興味を持てる。登場人物に個性を持たせて いるのはわかるが今ひとつ読んでいて伝わらないのと台詞まわしが読んでいて届いてこない為、純粋に小説と してみるとイマイチだ。会計の話題でも同著者の「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」の時ほど読後の満足感 には至らない。
[評価:76]

石田衣良、中田永一、中村航、本多孝好、真伏修三、山本幸久「LOVE or LIKE」(08/25〜09/04)
 石田衣良「リアルラブ?」、中田永一「なみうちぎわ」、中村航「ハミングライフ」、本多孝好「DEAR」、 真伏修三「わかれ道」、山本幸久「ネコ・ノ・デコ」、それぞれの男性作家が書き下ろしで描く恋愛アンソロ ジー。
 読む前は2009年で最も読んでいる作家である山本幸久に期待していたが、読んで良かったのは中田永一、中 村航、本多孝好。中田は主人公・餅月姫子と近所で勉強をみてあげることになった灰谷小太郎とのお互いの気 の使い方、中村航は独特な文章表現ながら公園で出遭ったネコをきっかけに見ず知らずの人と木のウロ(洞) での小気味良いやり取り、本多孝好は3人の男子小学生と転校生の少女の友情と大人の事情に翻弄されて別れる 様の切なさと8年後の顛末が見所。石田衣良は短く展開に意表はなかったがすんなり読めた。山本幸久は主人 公・米村真弓子と過去の人とのやり取りが主眼で恋愛がテーマとはなっていないように思える。真伏修三は主 人公・青山の心情がイマイチ理解できなかったり、説得力に欠ける。また、文章表現力に疑問が残り個人的に は分かり易くすっきり読めた石田・山本よりイマイチだった。
[評価:80]

山本幸久「カイシャデイズ」(08/01〜08/13)
 内装会社「ココスペース」の営業のチーフの高柳、施工管理部で現場監督として働く篠崎、営業の中堅社員 の石渡、統括室長の大屋時枝、営業部の部長(リーダー)で社長を目指す江沢、設計部の隈元、営業部で新入 社員の橋本、社長の巨瀬──8人の視点で描かれるお仕事小説。
 この著者の"お仕事小説"は仕事は決して楽でも甘いものでもないが小さな成功ややり甲斐を見せたり、短所 もあるが長所もある社員などの描写が巧みである。憎めない人物ばかりなのも良い。この小説に関して言えば、 「魔のトライアングル」と称せられる強面の高柳、昔の2枚目顔の篠崎、無茶が多いがセンスの光る隈元の3人 が全編を通して目立っており、楽しく読める。また、高柳の部下である石渡や橋本が成長していく様も見所だ。 篠崎、隈元の恋愛模様が明確になることなく物語が終了してしまい、この著者の作品にしばしば感じる「続き を読みたい」と思われるだけの内容だった。結末に至る展開もよく出来ていると思う。
[評価:80]

山本幸久「男は敵、女はもっと敵」(07/16〜07/26)
 高坂藍子はフリーの宣伝マンで36歳。女として魅力を持ちつつも、妻子の居る西村と不倫関係になった後、 西村と結婚出来ない為にあてつけるように冴えない湯川卓と結婚したが半年後に離婚。そして、妻と別れた西 村との関係も解消してしまう。この小説ではそんな藍子を中心に、藍子に卓を奪われるが、離婚後卓と結婚を 予定している池上真紀、西村の元妻である大湊八重、藍子と一緒に仕事をした吾妻、藍子とよりを戻そうとす る西村など様々な人間模様を連作で描く。
 これまで読んだ山本作品の中で最も男女関係のドロドロを描いた作品だった。ただ、これまで読んだ山本作 品では脇役でもそのキャラの魅力が滲み出ていたが、今作はそこまで至ってないし、読後感のすっきりさも今 ひとつだった。特に湯川卓が絡む部分は何ともやるせない。
 文章内のツッコミが控えめなのは作品を考えるとこのぐらいが良い感じ。
 連作としての話は完結したようには思えないので続きを描いて欲しい。
[評価:76]

山本幸久「美晴さんランナウェイ」(07/09〜07/15)
 世宇子[ようこ]は中学生。父と母と弟の翔とそして叔母(父の妹)の美晴と一緒に暮らしている。美晴は27 歳で独身の美人だが、奔放な性格で、家族は振り回されっ放し。そんな美晴が結婚するまでを世宇子の視点で 描いた物語。
 美晴は山本作品らしさが良く出ていて、詰まらない男に引っかかったり、バイトの電話で「今日、あたし必 要でしょうか?」などと聞くなどだらしなさが目立つものの、自分の母がなくなった時に葬式に出ずに京都と 奈良に行った話の顛末など憎めない部分がある。美晴だけではなく従兄の自由に密かに恋する世宇子やあやし いSF雑誌「月刊モー」を読む翔、街に先輩や同輩や後輩が沢山居る学(父の弟で自由の父の勉や美晴も同様だ が)、実は一番怖い母など山本作品らしく個性はよく出ている。母が美晴を厄介に感じているのが少し残念だ がこうでないと現実味はないか。この作者ということで期待を持って読んで期待通りの面白さがある。少しラ ストで寂しい気持ちになるのは美晴が家を出て行くからか。
[評価:79]

井伏鱒二「駅前旅館」(06/29〜07/08)
 戦後の東京・上野の駅前の柊元(くきもと)旅館の番頭・生野次平の独白文の形式で旅館業界での符牒や一癖 も二癖もある番頭仲間達との慰安旅行、お客への風俗の案内、江ノ島での呼び込みの修行など業界の舞台裏が 語られる。また、最初は春木屋で中番まで勤めたのが艶聞や色事の為に辞めて他の旅館で働くことになり煩悩 の念をおさえようとしている生野がお客や贔屓にしている居酒屋の女将との恋模様なども描かれる。
 この小説では人間のだらしなさや弱い部分などがよく見え、実に人間らしさが滲み出た作品だ。現在はこう いった駅前旅館というのは存在しないが、井伏の文章力の賜物か戦後の日本の雰囲気がよく伝わってくる。番 頭仲間かつライバルである高沢のでまかせの発言なども面白い。修学旅行の学生とのやり取りで学生や教師の 偉そうな態度なども印象的で見所は多い。一時絶版になったようだが、復刊に値するというか絶版になってい たのがおかしい作品だと思う。後世に遺して欲しい本。
[評価:82]

山本幸久「はなうた日和」(06/19〜07/02)
 小学生が母と離婚した父に逢いに行く「閣下のお出まし」やスナックで働く女が以前勤めた会社の上司の妻 と対面する「犬が笑う」など老若男女を主人公に小さな幸せを描いた短編集。
 今年はこの著者の作品を好んで読んでいるが傾向としては導入部はさほど面白くないが途中から引き込まれ ることが多い。その為、短編という形態ではどうかなと思いながら読んだがどの短編も出来は悪くない。この 短編では最後に前向きになれる作品が多いが年齢でサバを読んでいるミドリが主人公の「五歳と十ヶ月」、夫 との思い出が消えて行くことを悲しむ老婆・サトヨの「うぐいす」は最後が暗い訳ではないが物悲しい気持ち にもなった。短編の中でテレビ番組や会社などがリンクしていて短編集として読んでいて楽しい。ただ、やはり この著者は長編でじっくりキャラクターをみていきたい。
[評価:77]

幸田真音「投資アドバイザー有利子」(2009.6.15〜06.26)
 ふたば証券の投資アドバイザー・財前有利子(ありこ)は個人客相手に損をさせないことをモットーに日々奮 闘している。ある日老人からの持ち金の2500万円を1週間で倍にして欲しいという依頼を受けた。無理だと断る 有利子だったが……。
 カッとなるとお客相手でもタメ口になる有利子のキャラクター、そしてそうなった背景などは後半分かる形 でエンターテインメント小説として気軽に読める。ただ、過去に読んだ幸田真音作品と比べても話が薄い感じ だし、所詮フィクションと思わせるご都合主義的展開が否めない。また、冒頭に官能的な描写があるが全くの 蛇足でむしろない方が良かったぐらい。どちらかというともっと投資や証券会社の部分を詳細に描いて欲しか った。
[評価:75]

川端康成「雪国」(2009.6.07〜06.18)
 無為徒食の生活をする主人公・島村は電車で雪国の温泉町に向かう。そこで新緑の季節に知り合った・駒子 と再会する。駒子は芸者になっていた。島村には東京に妻子が居るのだが、ひたむきに生きる駒子に惹かれ、 また、駒子も許婚とおぼしき人よりも島村に思いを寄せる。島村は温泉町に向かう電車で出会った葉子の美し さにもひかれながら駒子との関係を深めていく。しかし、島村は三度目の逗留がこの温泉町で過ごす最後とす ることを決意するのだった。
 冒頭の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」があまりに有名なこの小説は読んでいた際の印象と しては、直接的な表現ではなく難解さを感じた。駒子と葉子と行男の関係もはっきりしないし、島村に東京に 戻る時にそれまであまり接点のない葉子が東京に連れて行くようにお願いするのも唐突な感じがした。物語の 最後の火事で繭倉の2階から転落した葉子についても、その生死が分からないまま話が終わってしまう。その 一方で風景描写には雪国の温泉町を感じさせられたし、所々に伏線を散りばめていて、暗喩的な表現に長けて いるようだ。何度か読むうちにまた年齢を重ねるうちにこの作品の評価も変わってきそう。情熱的な駒子と駒 子の生き方に「徒労」を感じさえするさめた島村のやり取りは初見でも興味深く読めた部分だ。
[評価:80]

山本幸久「渋谷に里帰り」(2009.6.07〜06.13)
 食品会社に勤める峰崎稔は入社10年目の冴えない営業マン。営業成績1の坂崎千明が結婚退職することに なり、引継相手として峰崎が担当することになった。坂崎の担当地区は渋谷。峰崎にとってはかつて住んでい た一方で、渋谷は鬼門の場所であった──。
 坂崎の営業先での人気ぶりにとても引き継げないと思いながらも少しずつ峰崎が成長していくところが見所 と思った。同著者の「幸福ロケット」でもあったが、その舞台に魅力を抱き、行ってみたくなる魅力がある。 ただ、これまでの著者の作品での満足度と比べると物足りない印象がある。峰崎稔のような感情の起伏が薄い 主人公はありだとは思うが「八時半の女」が峰崎と親しくなる過程は現実味はあまりない気がしたし、八時半 の女の性格もこれまでの山本作品の女の中では魅力が今ひとつだった。登場人物の台詞にツッコミが入る山本 節だが、峰崎のキャラ的にしっくりこない感じもあった。と、残念な部分もあるが、坂崎や峰崎の異動前の上 司である椎名の個性はなかなか楽しいし、それなりの水準の出来ではあると思う。「凸凹デイズ」とのリンク もあるのが嬉しい。
[評価:78]

高杉良「対決」(2009.06.1〜06.06)
 中央化学工業社長の島崎の下で役員から課長や係長の人事にまで口出しできる程の実権を手にした労組委員 長・久保田剛造。島崎が肝臓癌で急遽し、代表取締役会長の吉川良平は通産省で中小企業庁長官の経験を持つ 三田佳夫を次期社長として擁立する。三田は会社を憂うる人事部の小津頼介を社長付秘書とし、久保田の牛耳 る会社で労使正常化を目指すが――。
 序盤から終盤まで久保田とこれに媚びへつらう役員達とこれに苦しむ吉川、三田という展開にどんな結末に なるのか気になって終盤は寝る時間を惜しんで一気に読んでしまった。久保田の強引さ、泥臭さもあって、読 んでいて三田や小津に感情移入し易い。三田の人柄を思うと心身ともに疲弊したのは同情の念に堪えないし、 小津も大変な目に遭ってしまう。しかし、最後まで読んで後味の悪さだけが残るような作品ではない。終盤、 久保田が墓穴を掘ったり、三田の次の社長となる池口副社長の手腕辺りの描写があまりないのが少々残念だっ た。
[評価:83]

笹沢左保「小早川秀明の悲劇」(2009.5.25〜06.05)
 関ヶ原の戦いで徳川家康を大将とする東軍を勝利に導いた要因として挙げられる西軍の小早川秀明の寝返り。 小早川秀明はこの戦いの論功行賞で備前、美作の五十一万石を与えられた。この本ではこの"日本一の裏切り者" となった小早川秀明のその後を描いている。
 関ヶ原での裏切りは有名であり、知っていたがその後の小早川秀明のことは知らない為、文章興味深く読め た。関ヶ原後は酒に溺れ殺戮を繰り返し、多くの重臣に見捨てられた末に21歳で病死、嗣子がなく小早川家断 絶と自業自得な面も勿論あるが末路は正に悲劇的だ。
 あとがきの筆者同様、もし小早川秀明が西軍として最後まで戦ったらというIfの世界への思いは読んでいる 間、何度も思いを馳せらせた。
[評価:80]

山本幸久「幸福ロケット」 (2009.5.25〜05.30)
 父が会社を辞めて小石川からお花茶屋に引越すことになった山田香な子は小学5年生。香な子はクラスの学 級委員の町田ノドカが香な子の隣の席の男子の小森裕樹のことを好きでデートに誘って欲しいと頼まれる。そ れから香な子は小森のことを意識し始め…。小学5年生の視点で、恋、将来の事、父親が仕事を辞めた理由な どに色々な事を考え、香な子はそれに向き合っていく。
 小学生の視点らしい文章で非常に読み易くそれでいてこの著者らしく人間味のある魅力的なキャラクターが 揃っている。ただ、「凸凹デイズ」でこの著者の作品には期待値があがってしまっていた為、全体的にはよく 出来ているのだがあっさりした印象で読後感も「凸凹デイズ」には劣る。それでも香な子が父に仕事を辞めた 理由を聞く一連のやり取りや入院している小森の母親を見舞うやり取りなど見所はあるし、小学生にも大人に も読んでもらいたい本。
 本書では「笑う招き猫」のアカコとヒトミの話題があったのが嬉しかった。
[評価:80]

上大岡トメ「キッパリ!―たった5分間で自分を変える方法」(2009.05.18〜19)
 イラストレーターの著者が実体験に基づいて「今の自分をキッパリ変えるための60項目」を紹介する。
 親しみやすいイラストやマンガを交えて読みやすく、60項目は確かに実行自体は難しくないものが多い。た だ、時々文章が鼻につく部分があった。あと、読むだけだと簡単でも忘れがちなことも多く、意識して実行に 移すのはなかなか難しいかも…それは自分の問題ではあるのだけど。
[評価:75]

大塚将司「謀略銀行」(2009.05.11〜17)
 ワンマンだった先代社長が亡くなった東都相互銀行は巨額の不良債権に悩まされていた。日銀考査の結果を 踏まえ、監査役として事実上ナンバーワンの地位にいる井浦重男はオーナーである創業者一族を排除し、株の 取得や創業者一族が持つ優良資産を取り上げて不良債権にあて、行員の為の自主再建を目指すというものだっ た。経営側とオーナー側の対立から始まったかに見えたこの争いには裏で巨大な陰謀が渦巻いていた――。
 特捜部では「カミソリ井浦」と異名を取り、先代社長の不正の後始末を幾度と成し遂げ、銀行の中では天皇 とまで呼ばれる井浦をもってしても追い詰められていく現経営陣。政・財・官の癒着や情報戦、株の取得手段 などが分かりやすく描写されていた。悪事にも手を染めつつ最後は正義の為に戦おうとした井浦だったが果た してこの小説の最後の結末の後、行員は幸せになれたのか?この話は実話をヒントに得た完全なフィクション との作者からのことわりがあり、この文庫の佐高信の解説によれば実在の銀行として平和相互銀行が参考にな るとあったのでWikipediaを読んだのだが……。
 作中の記者・大石眞吾は著者である大塚将司がモデルではないかと思われる。現在のマスコミは腰の引けた 記者が多いと思われるが、大塚氏のように鋭くメスを入れる記者に頑張ってもらいたいし、またこういう人が 輩出される世の中であって欲しい。
[評価:84]

山本幸久「凸凹デイズ」 (2009.4.29〜05.11)
 浦原凪海はバイトを経てデザイン事務所・凹組で働いている。凹組は凪海の他、先輩の大滝、黒川と3人だ けで手がけるのは和菓子のちらしやエロ雑誌のレイアウトなど小さなものばかり。そんな凹組が慈楽園のリニ ューアルのデザインとしてコンペに参加する。このコンペには大手事務所のQQQも参加していた。コンペの 結果発表では凹組とQQQの両者が呼ばれる。凹組は凪海と大滝、QQQからは女社長・醐宮純子が参加。醐 宮は10年前凹組を止め、大滝や黒川とは浅からぬ因縁があった。
 ストーリーは凪海の視点からの今と大滝が専門学校を卒業して天才的な才能を持つ黒川、女として魅力的な 醐宮と知り合って凹組を始めるところまでの2つから展開されている。
 天才だが人付き合いが苦手な黒川、律儀で後輩思いでもある大滝、他人の手柄を自分のものにする狡猾さも あるが仕事熱心な醐宮、いつも笑顔ばかりの広告代理店の未名未コーポレーションの磐井田やと個性的で欠点 もあるけどみんな魅力的な登場人物だった。特に醐宮は長所短所が良く出ていて持ち歌の話やバイクのエピソ ードなど感動させられた。
 また、終盤に話が急展開を迎えるのだが、凹組に仕事を持ってきている広告代理店の未名未コーポレーショ ンの磐井田や凪海の熱意には心を打たれるものがある。読後感が素晴らしい。
 読んでいて気になるのは凪海がキャラクターデザインしたデビゾーとオニノスケが慈楽園に気に入られたこ ともあり、QQQが凪海を引き抜こうとした際のエピソードで大滝が磐井田から凹組に醐宮が凹組と仕事を一 緒にしたくないと言われたような話だったが、その後の醐宮を見ると一緒に仕事をしたくないと発言したのが 不思議であること(凪海をQQQに入れさせる為の発言かもしれないが)と大滝が慈楽園のロゴデザインの修 正を黒川に勧められたのに断ったことの2点。
[評価:88]

西澤保彦「スコッチ・ゲーム」(2009.04.18〜05.08)
 匠千暁シリーズのミステリ。高瀬千帆(タカチ)が高校卒業を迎える時の話で女子寮のルームメイトで恋人 だった鞆呂木恵が惨殺されていた。その後も女子生徒が殺害される。タカチは犯人を突き止めようとするが──。
 シリーズ物らしいが、西澤保彦自体これが初めて読んだ作品。シリーズ物の中ではこの話はシリアスな部類 らしいが、高瀬千帆の内面が描かれていてそこでの父への反発や恵に対しての気持ちなど読んでいてあまり共 感できるキャラではなかった。この小説だけ読んだ感じでは正直好きなキャラではない。また、特に高瀬千帆 の内面での文章の修飾表現がどうも好かなかった。少し稚拙な感じも…。
 ただ、推理自体は終盤まで犯人や何故殺害されたのかが全く分からなかったので匠千暁の推理が始まってか らは引き込まれた。動機の点では引っかかるものがあるが、途中に犯人の動機が窺い知れるヒントになるよう な描写もあるにはあったし、しっかりと伏線が張られていたことや、この行動は実はこの人だったというよう な所でまんまとミスリードされた部分もあって巧いなあとは思った。また、これまで読んでいた新本格では一 人称の語りに食傷気味だったので今回の三人称は自分には新鮮で良かった。「安楽椅子探偵」というスタイル だが、匠千暁が謎の解決するに至るに随分詳細に渡って状況が説明できたことが窺えるがその記憶力は現実離 れしている気がする。
[評価:76]

山本幸久「ある日、アヒルバス」(2009.04.13〜29)
 デコこと高松秀子はバスガイド。ある日のツアーを通してバスガイドとしての奮闘振りが描かれる。また、 先輩社員の退社をきっかけにデコは新人育成の担当になってしまう。鋼鉄母さんと呼ばれる戸田夏美に新人育 成が出来るようビシバシ鍛えられるが個性的な新人の面々相手に計画は遅々として進まず──。
 デコ、同僚の亜紀、デコと喧嘩ばかりの運転手・小田桐、鋼鉄母さんと息子のカオル、ツアー客の面々、新 人達と個性的かつ魅力的な面々が揃い楽しく読むことができる。また、フィクションとは言えバスガイドが主 人公だけあって東京ツアーを擬似体験できるし、バスガイドの仕事の大変さが伺いしれるのが良い。この小説 で一番面白かったのが"この世でいちばん、いかさない歌"ことアヒルバスの社歌斉唱の場面だ。電車の中でど れ程笑いをこらえるのが大変だったか。
[評価:84]

武者小路実篤「友情」(2009.04.12〜04.18)
 脚本家志望の野島は友人・仲田の妹である杉子を熱愛する。野島は親友である大宮に度々相談し、大宮は野 島を応援するが、杉子の意中の相手は大宮であった──。
 野島が杉子を独りよがりなまでに好きになる様、一方でそれを杉子が拒絶し、渡仏した大宮との手紙のやり 取りなど恋愛の残酷さ。大宮は杉子に想いがあるのに野島との友情を優先しようとするが、最後には杉子の熱 意に野島を裏切る結果になってしまう。ただ、大宮としても自分が居なくても杉子は野島を選ぶ気持ちがなか ったことが明白で止むを得ないと思う。野島に伝える為に、手紙のやり取りを同人誌に掲載した大宮の行動は わからないが。野島は嫉妬したり、杉子の表面的な所しか見えていないなど欠点も人間らしく、読んでいて感 情移入してしまった。野島はこの結果から立ち直り仕事上での大宮との対決を誓うが失恋をバネに社会的成功 を収めて貰いたいと思った。
 武者小路実篤の小説をはじめて読んだが文章は読み易く、それでいて青春期の葛藤が鮮やかに描かれている 良著と感じた。
[評価:86]

山田真哉「さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学」(2009.04.07〜〜04.10)
 さおだけ屋はなぜ潰れないのか、ベッドタウンに高級料理店がある理由、在庫だらけの自然食品店など身近 な疑問をエピソードとして、謎を推理すると共に会計の本質を説明していく。
 当初は雑学本を思っていたので、会計学とうまくリンク出来るように作られた本で感心した。難しいところ は読み飛ばして下さいと前置きがあったが、初心者に分かりやすくなるようよく配慮されているし、実生活を 例に出すからこそ意義もある。会計学に興味が持てるようになる本。
[評価:84]

大平光代「だから、あなたも生きぬいて」(2009.04.02〜04.07)
 著者の自伝。中学で引っ越してからいじめられ割腹自殺を図る。未遂に終わったものの学校ではいじめは続 き、居場所を求めて不良グループと付き合い、16歳で背中に刺青を入れ暴力団の妻となる。転落の一途を辿っ た著者が父の友人のおっちゃん――大平浩三郎氏と再会後、立ち直り、宅建・司法書士・司法試験に合格し、 弁護士となるまでが描かれる。
 幼少時から親や祖母に可愛がられた件があっただけに陰湿ないじめは読んでいても悲痛さが伝わってきたし 更正前に祖母が亡くなったのは残念だった。一方、父がガンと判明し、もう長くないという状況の中、必死の 頑張りで司法試験に一発合格し、父にその報告が出来た著者の頑張りには感動できた。大平さんが居なければ 著者はどうなったのか、人との出会いというものの大切さがよくわかる。
 転落の頃は詳細な記述を避けているのかが若干気になった。例えば極道の妻となるなり染めなど何故見初め られたのかと言ったことは語られていないなど。また、司法書士になってから司法試験を受ける間、勉強しか していなかったのか、経済的な部分などは読み取れなかった。
 出る文章は非常に読みやすい。大ベストセラーなだけの魅力はあると思う。自分の体験から道を踏み外すこ とはすべきではないと訴えているが強い説得力がある。
[評価:81]

我孫子武丸「少年たちの四季」(2009.03.22〜04.04)
 「ぼくの推理研究」「凍てついた季節」「死神になった少年」「少女たちの戦争」という4つの短編からな る連作ミステリ。主人公は皆川歩と遠山可奈子で中学生(「死神になった少年」では皆川歩は高校生)のジュ ブナイル。作品を通して2人の主人公と同じマンションの萩原さんが全編に登場する。
 少年や少女の悩みがうまく表現されている。一方で、「凍てついた季節」のタネはイマイチで「死神になっ た少年」のトリックも特に今のご時世で見るとたいした謎でもない。というようにミステリとしては物足りな い。だが、我孫子武丸の小説らしく読みやすい。また、大人である萩原さんが子供たちの気持ちをうまく代弁 しているのと、陰惨な物語ではないのが読んでいる自分には良かった。
[評価:78]

瀬尾まいこ「図書館の神様」(2009.03.22〜03.26)
 早川清[きよ]は学生時代はバレーボールに打ち込んできたのだがチームメイトの自殺を機にバレーボールか ら離れてしまう。そんな清は恋人の勧めもあってバレーボール部の顧問になろうと教員免許を取りとある海の 見える高校の講師になったが、何と受け持つことになったのは文芸部――。部員は垣内君たったの1人で、1 対1のクラブ活動が始まった。
 先生と生徒の1対1でも垣内君の方が大人っぽく先生である清の方が子供のようなことが多く、緩やかな時 間の流れつつも次第に文学に関心を持つようになり文芸部に愛着を感じていく清が描かれているが垣内君もか なり先生に少なからず影響を受けた所が大変面白い。また、清はプライベートでは恋人の居る浅見さんと不倫 関係にあるのだが、その関係の割にドロドロとした印象はあまりないのが読んでいて不思議な感じだった。こ の他、清と弟の巧実の姉弟の仲の良さも微笑ましく全編を通して好印象な小説だ。
[評価:80]

戸根勤「ネットワークはなぜつながるのか 第2版 知っておきたいTCP/IP、LAN、光ファイバの基礎知識」(2009.02.08〜03.20)
 ブラウザでWebサーバーにアクセスするという流れを詳細に探検し、その都度わかりやすくネットワークの 説明をしていくスタイルの入門書。
 個人的にはソケットやプロトコル・スタックの辺りは未知の部分だったのでその箇所は興味深く読めた。注 釈で例外を記すなど細かく丁寧に説明をしようとした努力が伺えるので好印象の本ではあるが、逆に注釈じゃ なく本文で触れればいいのに、と思う箇所があったり、全体の探検ツアーから脇道にそれるのにあたってその 脇道部分が長くツアーのスタイルとしては微妙だったり、図を使った方が良いと思う箇所で文章の羅列があっ たり・・・と惜しい出来を感じることもしばしば。自分の苦手な箇所としては物理層の部分があるがこの辺りの 説明は日経ネットワークの記事などの方が理解できたかな・・・。あともう少しテンポよく読めれば良かった。
 第1版は読んだことがないのだが第2版で100ページ以上追加して改善されたようだし、今後更に良書に洗練 されていくことをを期待したい。
[評価:82]

浅井建爾「図解&入門 大人のための日本地理」(2009.03.01〜03.19)
 国土、気候、山・川・湖・島・行政・文化と色々なテーマから日本の特徴をまとめた地理の本。
 気候の件など学校の時に勉強して以来の知識を思い出させるような内容で懐かしく思えたり、日照時間の長 いのが内陸の盆地という意外な事実を知ったり、日本で認定された世界遺産についての話題が興味深いなど読 んでいてそれなりに楽しめた。
 ただ、一級水系・二級水系での一級河川、二級河川、準用河川、普通河川の説明がもう少し丁寧であると良 かったなど細かい部分で残念な箇所もあった。
[評価:78]

山本幸久「笑う招き猫」(2009.02.12〜27)
 漫才コンビのアカコとヒトミ。20代後半の二人の目指すのは大きな舞台での漫才をすること。最初は緊張で 全く笑いが獲れなかったり事務所の売れっ子お笑い芸人を飲みの席で殴るなど前途多難だったがデブ吉こと永 吉マネージャーにネタのダメ出しや舞台になれるなどして着実に力をつけていく。そして、ひょんなことから テレビのお笑い番組のオーディションに出場することに――。小説すばる新人賞受賞作。
 登場人物のキャラクターがいきいきとしている。特に主人公である長身のヒトミと"豆タンク"のアカコとい う凸凹コンビは二人の友情を含めて見ていて楽しめた。二人のネタを文章で読む限りはそんなに人気が出るの だろうか…と思ってしまう部分はあるが、作中で人気があがるにつれて素直に喜べる。また、テレビに出てラ イブ一辺倒だった時期から笑いの質が落ちたことに関するヒトミの悩み、そしてそれをきっかけにアカコとケ ンカをしてしまいそんな中でマネージャーが去り…と終盤に問題が色々と持ち上がるが、最後の最後の招き猫 に関するエピソードやアカコとヒトミのシーンなど読後感はとても爽やか。さりげない伏線にも感心してしま った。ストーリーでは序盤の頃読んでいて退屈になる部分もあったが筆者の文章力による部分のような気がす る。これがデビュー作であるし、今後が楽しみ。
[評価:80]

山本文緒「プラナリア」(2009.02.02〜02.11)
 乳がんの手術後、無職の春香を描いた「プラナリア」、勉強も仕事も出来る女だったが離婚を期に怠惰な生 活を送る泉水涼子の「ネイキッド」、リストラに遭って半分になった夫の給料を支える為にパートをしつつ、 家に帰って来ない娘に悩まされる加藤真穂の奮闘ぶりが描かれる「どこかではないここ」、心理学科で知り合 った彼氏からの結婚を避ける美都の「囚われ人のジレンマ」、離婚を期に脱サラした居酒屋を始めた真島誠と そこで知り合い真島の家に転がり込んだふみ江との関係を描いた「あいあるあした」の5つの短編を収録。直 木賞受賞作品。
 最初に読んだ「プラナリア」の春香の卑屈さや好きな彼氏とは肉体関係を持たず行きずりの男とは肉体関係 に及ぶ美都など女性としてのリアルさは感じるが共感は出来なかった。同じ著者では「ココナッツ」「チェ リーブラッサム」以来だが、これらとは全く毛色が違うので戸惑いもあった。結末を含めてトータルでは「あ いあるあした」が一番好きな話だ。基本的にどの話も読みやすく登場人物の個性はよく描かれているように思 う。
[評価:78]

川上健一「四月になれば彼女は」(2009.01.26〜02.08)
 小説家になった沢木圭太の人生の転機となった波乱に満ちた1日。肩を壊してプロ野球選手としての道をあ きらめ、何事にもやる気をなくしていた沢木圭太は高校を卒業して三日目の朝に友人の駆け落ちの手伝い、そ の際に友人の彼女の兄に相撲取りになるよう執拗に誘われ、ケンカ相手と遭遇し…とホンダのカブを足として 色々な出来事に遭遇し、最後には沢木圭太はやりたいことをやろうと決意する。
 特に事前に情報を持たずに読んだのだが川上健一の自伝的な小説と思われた。難しい文章表現はない一方で 心に響くような川上流の文章は健在。好きな女子である二瓶みどりとのやり取りはとても切ない気分になった。
 エピローグの展開は同じ著者の「翼はいつまでも」より現実めいていてドラマチックではない。そこが良く もあり物足りなくもあった。作家の道を選ぶきっかけとしてはこの物語では直接的には描かれていないことや 1日の間で描かれたことが基になっているが、もっと深くこの物語を追ってみたく感じた。
[評価:80]

小野一之「わかりやすく説明・説得する技術 」(2009.01.26〜01.30)
 出版社で編集の仕事をしていた著者が自分の培った経験などを例に人への説明・説得する上でどんな技術 が必要なのかを示した実用書。
・説得は相手の話をしっかり聞き意見をすり合わせることが大事
・仕事のできる人は、人の力の借り方がうまい
・説得は口ではなく、耳でする
・「むずかしい正確さ」より、「やや不正確でも基本的なところはガッチリ大づかみできる説明」の方が相手 の腑に落ちる  この他、聞き上手になる法則や応酬話法やクロージングによる話法など、さすが説得の為の実用書だけあ って読んでいて1つ1つの説明がなるほど、と納得できる。著者は内容自体難しくないように努めているの だろう、スイスイと読んでいけるのも良かった。
[評価:81]

中野朝安「トランジスタ開発物語 研究者の創造と感性」(2009.01.06〜01.19)
 アメリカで発明されたトランジスタ。日本はアメリカに大きく技術面で立ち後れていたが生産技術でアメ リカを超え、半導体摩擦が起きるに至った。この本ではトランジスタ創成期の日本の技術者でもあった著者 やその周りの当時のことやトランジスタの構成などが記されている。
 技術観の第一編、他国の気質や著者の人生に影響のあった人を記した第二編の構造になっていて、思って いた程読んで堅苦しくはなかった。この本で著者が詩をたしなんでいたり絵画の展覧をやっているなど意外 な事実を知ることになった。
 この本は大学在籍時代にほぼ強制的に購入させられたものだが卒業後10年以上経てこうして読んでみると、 大学時代に読んでおけば良かったかもしれない。
[評価:76]

夏目漱石「我輩は猫である」(2007.11.16〜12.26)
 言わずと知れた文豪の最初の小説にして代表作の1つ。
 珍野苦沙弥先生に飼われた名前のない猫の目を通して苦沙弥、迷亭、水島寒月や太平の逸民達人間のやり 取りや心模様を描く。
 猫が気取った文体での滑稽な言動が面白おかしく、また最終章などで顕著な社会風刺の面は現代を生きる が故にむしろ考えさせられもする。登場人物は皆個性的。難解な熟語は少なくないし、読むのに骨が折れる 箇所もあったが、読み始める以前に抱いていた純文学の長編小説である故の読み難さは危惧した程ではなく、 猫が読者に向けて自説を語る部分についても猫を媒介に夏目漱石の随筆を読んでいるような趣でなかなか楽 しめた。
 猫の最期はこの猫らしいと言えばらしいのだが、やはり残念かも。
[評価:89]

椎名誠「さらば国分寺書店のオババ」(2007.11.08〜11.15)
 鉄道関係の話題から始まり、警察など制服関係の職業の人への批判、古本屋で本を売ろうとした顛末、 留置場暮らしの話、共同生活、路線バス、マスコミ関係のパーティ、そして国分寺書店がなくなった話と 色々な話題を独特の文章表現(昭和軽薄体と呼ばれたらしい)で綴るスーパーエッセイ。
 取り留めなく話が進みつつ、批判的だった制服関係の人へも終盤にはむしろマスコミ関係者より個性的 と評価し直したり、煙たい存在であった国分寺書店のオババも最終的には惜しむなどして読み終わるとう まくまとまっている感じがした。
 電車の発車のベルの音を「ビャーン!」と表現したり「〜なのネ」「〜だもんね」などという語尾、 「ユーウツ」「スルドク」など端々に出てくるカタカナ表記など良くも悪くも独自の文章表現が印象的。 昭和時代の作品である為、現在の状況との対比で当時と変わってきた部分がもちろんある訳だが、余り世 の中が変わってないことが発見できたのが読んでいて面白かった。路線バスでお腹を壊して難儀な状況に なった際のバスの運転手への「『早期釈放』の陳情におもむいた」や「内なる万雷のとどろきの高まりと ともに大腸から直腸のあたりが圧倒的な大地の引力とあいまって、その魅惑的な噴出欲にのたうちまわる のを感じながら」などの比ゆ表現もかなり可笑しかった。うに寿司を食べようとする食べようとするエピ ソードなども面白い。
 ただ、通して読むのに時間がかかった。続きが気になるという作りではないせいだからだろうか?
[評価:73]

原田宗典「平成トム・ソーヤー」(2007.10.30〜11.07)
 ノムラノブオは右手の感覚が鋭敏であるという特殊な才能を持つ。この才能を利用して時々掏摸[すり] 行為を行ったいたが、ある日同じ学校の生徒に気づかれる。その生徒──通称"スウガク"はノムラノブオ にある計画話を持ちかける。彼らと女子高生のキクチを加えた3人は果たして計画を成功させることがで きるのか。
 新宿を舞台に悪いことも危険なことも行って冒険する3人。400ページ弱あるが、読んでいる限りは中 だるみは感じなかった。むしろかなり終盤の方にいよいよ計画を実行に移すといった具合で、刑事との絡 みの顛末やスウガクの中学時代の噂の真相はどうであったのかなどが描かれてないことが残念。もう少し 丁寧に結末を描いて欲しかった。ただ、そう思うのは久しぶりに読んでいてどんどんハマれる楽しい小説 だったからでもある。
 それにしてもノムラノブオや師匠のような存在になったちさと婆さんのようなスリのテクニックが現実 に可能であればアタッシェケースにあるものも掏られてしまう訳でかなり恐ろしい。
[評価:78]

ビジネスリサーチ・ジャパン「図解 業界地図が一目でわかる本」(2007.10.22〜10.29)
 6つのパートに分けて各業界の勢力図を記し、それについての文章が付随した本。データが2002年2月 15日現在とあり、この段階でも合併や外資との提携など大きな動きはあるのだが、2007年10月現在と比 べれば勢力図が変わる前でもあり、それに気づくこともまた面白い。
 所々誤植があったり、ゲームの「マルチプラットホーム」の意味に「ハードが違ってもソフトが稼動 する」とあるが、ゲームでのその意味は「複数のハードに同じ内容のソフトを販売すること」だったり 本書の性質上やむなしだが浅く触れるだけの記述が物足りなかったりはするのは残念。
[評価:68]

伊藤左千夫「野菊の墓」(2006.12.22〜12.26)
 政夫は、仕事の手伝いや母の看護の為に家に来ていた親類の民子とは大の仲良しであったが、政夫が 十五歳になったある日、母からもう児供ではないのだから、これから気をつけるようにと注意を受ける。 この件がきっかけになり、政夫は民子への恋の感情が芽生えたことを意識するようになる。民子は二歳 年上ということもあり、政夫を予定より学校へ行かせて二人は引き離れてしまう。そして、二人の恋は 哀しい運命を辿る──。
 千葉の矢切村での生活での政夫と民子の純朴な恋の末路は哀しいものになるが、その哀しみは二人の 恋が肉体的ないやらしさのないプラトニックなものであったが故に、心に残るような気がした。周囲の 人間が深く後悔しているのが読んでいる自分としてはせめてもの救いだった。全体を通して変な小細工 のない文調はとても好感が持てた。
[評価:82]

島崎藤村「ふるさと」(2006.12.14〜12.22)
 島崎藤村が10歳の時の信州木曽での生活を基に父親から息子に語る形式で綴られた童話集。山でお祖 父さんに手作りのものを作ってもらったことや花や鳥のことなど、70個の話となっている。
 自然主義作家として著名ではあるが、これは有名な作品ではないらしい。そして、自分はこれが島崎 藤村で初めて読んだ本となる。
 長野県木曽郡山口村神坂馬籠(現在は合併により岐阜県らしい)の自然が描かれているが、正直、 2006年に読んだ本の中で最も興味を持てないままに読み進める形となった。端的に言ってしまうと面白 くない。息子宛の文章の為、難解な本ではないが、終盤に旅に出るというエピソードになるまでがなか なか読み実は読んだ本は「野菊の墓ほか」と書かれたもので、自分の目当てはあくまで伊藤左千夫の 「野菊の墓」である。この本の佐藤泉による解説には「ふるさと」は童話の形式を取っているものの、 動物や植物たちと親しげな会話があっても決して動物が人間の生に入り込まないように近代作家の作品 という風にまとめられている。解説に書いてあること自体は納得できる内容だが、童話が近代作家のア プローチで描かれることの意義は語られていない。自分としては童話である意味は息子に語っているか らぐらいしか意味が思いつかないし、童話なら一般的な御伽話の方が面白いのではないだろうか。郷愁 感はよく描かれているが、自伝的なアプローチで比べるなら井上靖「しろばんば」には面白さで遠く及 ばない。
[評価:63]

片川優子「佐藤さん」(2006.12.12〜12.14)
 僕──主人公の佐伯はクラスで隣に席に居る佐藤さんを怖がっている。佐藤さんはおとなしく優しい 普通の女の子。しかし、佐藤さんには幽霊が憑いていて、佐伯はそれが見えてしまうからだ。
 情けない男の子が主人公で、佐藤さんや幽霊の安土さん、友人の志村などとのふれあいを経て、少し ずつ成長される様が描かれる。第四十四回講談社児童文学新人賞入賞作。
 「ジョナさん」の片川優子が中学生時代に書いたという小説。あとがきに十代の犯罪が多くなったが、 純朴な高校生だって居るんだ、と思っているからこの小説を書いたとある。そうした作者の考えは読ん でいてもわかるし、自分で何の取り柄もないと思っていてもいい所がある、なんて所も伝わってきた。 ただ、主人公の佐伯は思ってることがすぐ顔に出るという美味しいキャラではあるものの、中盤までは かなりネガティブで、人の好き嫌いな十人十色なれどこれで佐藤さんが佐伯を好きになることにはちょ っと説得力に乏しい面が。
 いじめや虐待も意識した内容にはなっているのだが、全体的には同じ作者なら「ジョナさん」に比べ ると生温い印象。逆に言えば「ジョナさん」で作者は大分成長を遂げたことが伺える。
[評価:77]

片川優子「ジョナさん」(2006.12.05〜12.09)
 大学受験・将来の事、亡くなったおじいちゃんのことなど様々な悩みを抱える高校2年生のチャコは、 友人のトキコが大学受験をせず就職するという一言に動揺するが、トキコはその理由を語ってくれない。 そんなチャコは毎週日曜におじいちゃんが生前可愛がってた犬を日曜にゲートボール場まで散歩に連れ て行っている。そんなチャコがある散歩の日に「かっこいいお兄さん」から声を掛けられる。
 「ジョナさん」なるタイトルと著者が1987年生まれでこの若さでどんな小説を書くんだろうと興味を 持って読んでみたこの作品。等身大の悩みやチャコやトキコの個性も、なかなかよく描けているように 思った。今風ながら読みづらくまではなってない会話も良い。終盤に前向き一直線になる辺りは、この 手の小説にはよくありそうだが、読後感は良い。
 ただ、本文中に「いいとも」や「速水もこみち」や「ギバちゃん」など出てて2006年12月現在なら通 じるが、何十年先になれば意味がわからなくなるかもしれないという懸念はある。
 この作家には今後も期待してみたい。
[評価:81]

井上靖「しろばんば」(2006.11.18〜12.05)
 井上靖の自伝的小説。父母から離れ、伊豆湯ヶ島で曽祖父の妾だったおぬい婆さんと土蔵で小学生時 代の伊上洪作が少しずつ成長する姿を描く。
 井上靖の自伝的小説は中高生時代に「しろばんば」の続編にあたる「夏草冬濤」「北の海」と読んで いたが、「しろばんば」は小学6年か中学生の頃に買ってポプラ社刊行のものを読み、転校で行方不明 だった。これが昨年見つかり、いずれ読もうと思っていて遂に読むに至った。ただ、この本が「しろば んば」すべてではなく後編部分のみの収録だったようなので読み終わった後に前編部分を図書館で借り た。そうして、20年近く遅れて読んだこの作品は、湯ヶ島の自然や子供達の集団心理、村の慣習、洪作 を心底可愛がるおぬい婆さん、次第に精神的に逞しく成長する洪作など読む価値は十二分にある作品だ った。
 学校推薦される定番の純文学だが、文章自体は読み易く、かつ大人の自分が読んでも生き方を考えさ せられる珠玉の傑作。自伝的である故か、時に巷の小説を読んで感じてしまう「作者の感動の押し売り」 めいたものがないのも好印象。
[評価:91]

北村薫「リセット」(2006.04.09〜04.27)
 「スキップ」「ターン」に続く「時と人」シリーズ三部作の最終作。第一部では太平洋戦争時の女学 生の水原真澄の一人称で当時の生活、そして愛する人との別れを、時が進んだ第二部では村上和彦が父 として子供たちに向けて小学生時代の日記を基にラジカセにメッセージを録音する形で話が進む。そし て第三部、見事な結末を迎える。
 丁寧に時代を描写している。「スキップ」同様、中盤、特に第二部途中の冗長な感じがしたが、読後 感は爽やか。三部作の最後に相応しい結末となっている。
[評価:81]

高橋三千綱「霊能者」(2006.03.29〜04.07)
 女子大生のエリと広美はロスへ行く。霊能者と会うことと霊能者と全米から集まる霊能力のある人を 集めたオカルト大会を見るのが目的だ。二人はロスで、大学で心理学の講師をしている川島礼治と合流 する。川島に好意を抱くエリは出立前に手紙を書いたことで川島から連絡があったのだ取っていた為だ。
 合流後、川島は知り合いの学者とそのパートナーで霊能力としてテレパシー能力を持つクリスと出会 う。クリスは川島の国を見ている内に、川島の愛娘・亜里が黒い渦に飲まれるイメージを霊視する。
 その後、亜里の友達が行方不明になり、そしてそれを探すと言った亜里も行方不明になる。急遽帰国 した川島は日米の霊能者の助けを得て亜里の手がかりを探る。果たして無事に助け出すことはできるの か──。
 当初は霊能力についての説明だが、途中で悪魔と悪霊が混じるグダグダな展開。悪魔教の連中辺りは 人間の悪が出ているらしいがいまひとつ具体的ではないし、海外取材を基に書いた割悪魔と悪霊の両方 を出して却って胡散臭いストーリーになった印象がある。霊能力についての知識が広がることを期待し たがアテが外れてしまった。川島が亜里を取り戻そうとする場面での苦難も伝わり切らない。
 エリの友人の広美の妊娠が、途中で広美が抜けるという意味を除き特に伏線にならないことや、悪霊 の居る館の管理をしていたことのある小田夫人が何か理由[ワケ]ありそうだったが、それに触れられて ないなど消化不良な面が多い。警察に関する川島のコメントも酷いものが…。また、衝撃の異次元小説 と表紙裏に書いてあるが、途中で悪魔教という敵が出てきたことぐらいで結末に対しては衝撃なし。た だし決して嫌いな結末ではない。
 作品としては読みやすさはあり、川島を「川島」と「礼治」と表現を使い分けるなど工夫も見られる が芥川章受賞経験のある作家にしては全体的に物足りなかった。高橋三千綱の本は初めて読んだのだが 正直ガッカリ。他の本はもっと面白く読めることを期待したい。
[評価:74]

夢枕獏「陰陽師」(2006.03.22〜03.28)
 雅であり、鬼やあやかしの居た平安時代に生きた雲のようなつかみどころのない男・安部晴明が陰陽 師として妖異な事件を友人の武士・源博雅と共に解決していく。
 映画化されたという知識以外のことを知らないで図書館から借り、映画になったのだから長編かなと 思ったが短編集となっていて肩透かしを受けた。平安時代を描いているとは言え、会話が多く、また作 者・夢枕獏の独特の文調が読みやすい。作者が「あとがき」で言及しているだけあり、晴明と博雅のや り取りが面白い。博雅の実直な性格がこの作品を面白くしているのだろう。
[評価:78]

大沢在昌「炎蛹 新宿鮫V」(2006.02.08〜02.16)
 新宿鮫の異名をとる新宿署の刑事・鮫島はイラン人の窃盗団の足取りを掴むべく内偵を進めていた が、イラン人に中国人のグループの襲撃が行われ、中国人グループの主犯格が逃亡してしまう。それ とは別に歌舞伎町でコロンビア人娼婦の殺人、その近くのラブホテルでの放火事件が発生。更に外国 人女性殺害の捜査時に農水省の植物検疫官の甲屋からコロンビアより持ち込まれたフラメウス・フー パ(火の蛹)なるイネの大害虫の羽化の阻止の協力を要請される。
 新宿鮫が消防司令の吾妻や甲屋と協力し、同時進行する事件に挑むシリーズ第五弾。
 単独行動の多い鮫島が甲屋と共に捜査を進める過程や、消防庁と警察の放火の認識の相違、害虫に 関する記載など興味深く読むことができた。また複数の事件が起きながらもその微妙な絡み合い、そ して終盤事件が五月雨式に鮮やかに解決していく。新宿という無国籍の街の特性の描き方も見事。
 甲屋のキャラクターとそれを接する鮫島とのやり取りも面白い。
 ただ、終盤一気に解決するのがドタバタした印象もあり、呆気ない印象も受けた。甲屋や吾妻が登 場しているので無理な話だが桃井や昌の出番が少ないのも残念だった。また、直木賞受賞となった前 作「無間人形 新宿鮫IV」が緊迫感溢れる傑作だったので求めるハードルが高くなってしまうのかも しれない。
[評価:82]

椎名誠「黄金時代」(2006.01.30〜2006.02.08)
 "おれ"の中学三年から大学時代までを描いた純文学テイストの私小説風な小説で時代は東京オリン ピック前後。"おれ"が集団リンチにあって、ヤクザのゆうさんに友人と喧嘩を学ぶところから物語は 始まり、全編を通じて喧嘩がキーワードとなっており、喧嘩による痛みも含めリアルに描かれている。 他、"おれ"のバイトや自分の部屋を作ろうと奮闘する姿など男の世界が描かれた熱血青春小説。
 椎名誠を読むのは初めてだが、これまで読んできた小説とは一味違った世界観で、かつ一人称形式 で語り手となる"おれ"の綴るストーリーのテンポの良さは読んでいて引き込まれるものがある。読ん でいる限りは作者によって創られた世界という感じではなく、自伝のような印象を受けた。
[評価:81]

東野圭吾「探偵ガリレオ」(2006.01.20〜2006.01.29)
 5章からなる科学的なミステリの連作シリーズ。刑事・草薙俊平が事件で不思議な現象に遭遇する と、友人の物理学科助教授・湯川学を訪ね、湯川が科学的なアプローチで不思議な現象──1章では 若者の後頭部が燃え上がり2章ではデスマスク、3章は心臓だけ腐った死体、4章では海水浴中の女 性の近くでの爆発、5章では幽体離脱を解き明かす。
 この小説では科学的な出来事が犯人の意図するものである場合もあれば偶然の産物である場合もあ るが実験を交えるなどどれも読めば納得できる解明になっている。ミステリというよりは科学実験的 な印象を持った。短編のシリーズ物ながら子供嫌い、分かりかけてもきっちり解明するまで伝えなか ったり、湯川学のクセのあるキャラと草薙と湯川の掛け合い(湯川の出すインスタントコーヒーにげ んなりするが湯川はインスタントコーヒーを熱く語る場面など)が面白い。また、湯川は草薙の頼み をしっかり受けるが、現象の解明に心血を注ぎ、動機やアリバイなど犯人を挙げるという形である意 味で刑事の知的作業要らずになりがちな探偵モノとは違った読み口なのが面白かった。
[評価:81]

乃南アサ「6月19日の花嫁」(2006.01.11〜2006.01.20)
 6月12日にあと1週間で花嫁になる記憶を失った池野千尋は交通事故に遭う。翌日に千尋が目覚めた のは見覚えのない室内。そして部屋に知らない男が。何があったのかを思い出せない千尋。記憶喪失 になってしまっていた。自分が失った記憶を取り戻そうとする千尋。少しずつ自分の過去を取り戻す 千尋。そして千尋の記憶が戻るのを望む男と千尋はどうなるのか──?
 千尋の個性が好きでない男にも甘えたいというものであったり、好きでない男との結婚を考えてい たこともあるなど女としていやらしい感じなのがリアルな印象を受けた。当初はこの本を読むのは興 味を沸きにくかったが終盤から面白くなってきた。記憶喪失をおこしたのが1度でないところや写真や 鍵の意味などもしっかり後で生きて仕掛けのうまさを感じた。前田一行が最初裏がありそうでそうで もないのが拍子抜けするところではあるが、一行が悪人だと後味が悪いのでこれでいいのかもしれな い。
[評価:79]

北村薫「スキップ」(2005.12.22〜2006.01.10)
 昭和40年代に女子高2年生として生きていた一ノ瀬真理子は文化祭準備に追われる雨の日の夕方、自 宅で音楽を聴きながら眠りにつく。眼が覚めると見慣れぬ場所。そして出逢った女子高生・桜木美也 子に「お母さん」と呼ばれる。何と真理子は25年後の世界へ意識が飛んでしまったのだった。自分の 肉体の失われた若さ、恋愛をしていないにも関わらず旦那と娘が居る現実、そして両親は既に他界し ていることにショックを受ける桜木真理子だったが、旦那や娘の協力を得て、高校で国語教師をして いた桜木真理子として生きて行く。自分の生きた時代と未来である現代との違いに戸惑い、嘆くこと もあるが、過去には戻れないことが分かっている。前を向いて進んで行く主人公。
 覆面作家シリーズとは一転して厚い内容の本で教師として生徒とのやり取りする場面が多数描かれ ている。若い自分が目覚めた時オバサンという結果を厳粛に受け止めてもなお、主人公は主人公らし さを失わない。そこが最大の魅力であり、読者を勇気付けるメッセージもあるのだろうが、生徒達の 個性も興味深い。旦那もかなり素晴らしい人でさすがこの主人公が選んだ伴侶なだけのことはある。 文章表現も北村薫らしさが滲み出て好印象。桜木美也子が評価されたという読書感想文は内容は物議 を醸したらしい冒頭の一文以外わからないのが残念。
 なお、改めて読み返すと冒頭にある池ちゃん(一ノ瀬真理子の親友)が演劇めいた演説をするのだ が、その内容が
『我々は、小人になったのか!』
『──いや、我々は常に我々である。ガリバーこそ異邦からの来訪者なのだ。(中略)』
とあり、主人公が時をスキップしてしまってもは女子高生の時の真理子らしさを失わないことを暗示 させるものとしてプロローグの段階で置いたのかもしれない。
 旦那も同じ国語教師で娘は主人公の通う学校の生徒という設定も教師として何とかこなせるのを説 得させる設定なのだろう。それでもこんなにうまく行くかなと思えてしまうが…。
 読んでいる中盤には冗長な印象も受けたが、エピローグに来た時に、もう終わってしまうのか…と 寂しくなる。しかし真理子はずっと今を生きることを感じさせるいい結末だったと思う。
[評価:84]

北村薫「覆面作家の夢の歌」(2005.12.18〜12.22)
 覆面作家シリーズ第三弾。「覆面作家と謎の写真」「覆面作家、目白を呼ぶ」、「覆面作家の夢の 家」の三編を収録。角川文庫の解説の有栖川有栖の文面で今更ながらに気づくことになったのが北村 薫が「本格推理原理主義者」と呼ばれる程の謎物語に対する執着である。今作では作中の人物からも 謎に対するこだわりが伺うことができる。
 本格推理とは突き詰めればると登場人物は謎を描く駒として振舞い、人間を描写することより謎と それを解き明かすことに比重が置かれる。そうした構造故、小説に「登場人物の個性」に趣きを求め る自分がミステリを読んでエンタテイメント作品として物足りないと感じる部分があるのだろう。
 しかし、この覆面作家シリーズは本格ミステリと言っても外界との連絡手段の経たれた環境での密 室殺人事件という大仰な設定はない。ふとしたところから謎が表出する。
 また、北村薫は登場人物の描写に関して確かなものがあり、今作でも北村薫ならではのセリフまわ しが楽しめた。ただ、覆面作家・新妻千秋の個性はシリーズ当初より薄まった感も。長編でも読んで 見たかったシリーズだが、新妻千秋と岡部良介の今後の進展など気になる形でシリーズ完結となるの が惜しいがそう思えることがシリーズ完結の理想形かもしれない。
 この登場人物で長編も読んでみたかった。
[評価:80]

飯田譲治 梓河人「ギフト」(2005.11.28〜12.06)
 部屋から消えていた51億円。その部屋に居た男は記憶喪失だった。男は早坂由紀夫と名付けられ、 依頼されたものを届ける届け屋となった。当初は全く蘇る兆候のなかった由紀夫の記憶だが、ある時 過去がフラッシュバックする。しかし、その浮かぶビジョンには残虐な行動をする自分だった。その 後もフラッシュバックに困惑する由紀夫。果たして自分は何者だったのか?そして、記憶が戻る時"早 坂由紀夫"という人格は失われるのか──。
 1997年にフジテレビで木村拓哉主演でドラマ化された原作だが、ドラマは見たことがない。飯田、 梓のコンビなだけあって個性的なキャラ達が登場し、会話や文章表現が楽しめる。ただ、「アナザヘ ヴン」に比べれば物足りなさも。納得できる結末なのは良かった。
[評価:79]

川嶋光「図解 ずばり!ホントの値段 あなたはダマされている!?」(2005.11.16〜11.26)
 スーパーの牛乳、家電製品や墓石の値段などモノの価格に関して原価や粗利を分析し、価格の妥当 性、時にはお得な情報を記載した本。
 興味深く読むことができた。家電販売店のように価格競争に勝つために、徹底したコストダウンを はかり、店長とバイトの構成かつ店長は複数店舗掛け持ちのように人件費を削減するなど努力をして いる業界もあれば、銀行のように30歳の年収が1000万円の為にカード発行手数料など手数料がかかる 業界や墓石などは100万円でも実際には石の原価がせいぜい3万円であるなど、納得行かない価格設定 の業界もいくつかあった。ただ、大抵の業界では値段はそれなりに妥当なものになっている印象。価 格構造を知る機会を得て良かったと思う。なお、著者の文章的にはそのテーマに関して最後にオチを つけているが途中からマンネリ感を禁じえなかったのが残念。
[評価:82]

北村薫「覆面作家の愛の歌」(2005.11.05〜11.16)
 覆面作家シリーズの第二弾。「覆面作家のお茶の会」「覆面作家と溶ける男」「覆面作家の愛の歌」 の三編を収録。前作同様、楽しい会話・丁寧な描写の北村薫の描写を楽しんだ。前作よりはミステリ 面が濃くなりお嬢様・新妻千秋の個性が薄まった印象もある。また、「覆面作家の愛の歌」における 演出家・南条の挑戦的な姿勢など前作にはない魅力も。
 なお、角川文庫で収録されている大多和伴彦の解説は必見。
[評価:79]

北村薫「覆面作家は二人いる」(2005.10.28〜11.04)
 推理雑誌の編集者である岡部良介は編集部宛てに送られた原稿を読む。作者・新妻千秋は豪邸のお 嬢様で世間知らず。しかし、このお嬢様には驚くべき秘密があった。
 「ターン」を読んだ際に北村薫の小説はまた読んでみたかったのでこれが2冊目となる。今回の作品 は推理小説(北村薫はそもそも推理小説家か…)で「覆面作家のクリスマス」「眠る覆面作家」「覆 面作家は二人いる」という70ページ前後の3編が収録された同作品は名探偵役となるお嬢様の推理の冴 えにも驚かされる部分があるが、それ以上に登場人物の描写だったり、文章表現に関する部分が魅力 だった。コメディー的な部分が良くて起こる事件そのものについてはどちらかと言うと「ああ、そう 言えばその事件を解決するのか」という副産物的な印象を受けた。
 北村薫作品は今後もチェックしてみたい。
[評価:79]

伊坂幸太郎「オーデュボンの祈り」(2005.04.18〜05.11)
 伊藤はコンビニ強盗未遂で警察に捕まったはずの主人公・伊藤が気づくと見知らぬ家。そこは150年 前から外界との交流を断った荻島だった。島で「島に欠けているもの」を求める日比野、銃で人を撃 ち殺すことを公認された桜、地べたに横たわる若葉、妻が死んで嘘ばかりつくようになった画家の園山、 などこの島の不思議な住人たちと出逢う。そして、喋る上に未来を予知できるカカシ・優牛と出会う。
 しかし、カカシは何者かに殺されてしまう。自分の未来を予知できなかったのか?
 島に欠けているものとは?
 ミステリに分類されるのか?余りにも不思議な感覚の読み応えだった。
 優午の死後、江戸時代に優午が誕生した場面が描写されるなどソツがない。序盤から描かれた島の 住民たちの不思議な行動は振り返ると見事な伏線で、優午のお願いの意図も最終的には見える鮮やか な展開。だからこそ(名探偵に否定的な見解を述べていた)伊藤が推理ミスもあるものの見事に繋が りを導き出す様は予定調和のような印象も受けそこが残念だった。また、行き詰る緊迫感のようなも のがないのは物足りなく感じたがこの小説に求めるものではないか。
 この小説は伊坂幸太郎のデビュー作で同作家の小説に触れる機会は初めてだったが、是非他の作品 も読んでみたいところだ。
[評価:80]

大沢在昌「無間人形 新宿鮫IV」(2005.01.22〜02.04)
 新宿鮫シリーズ4作目にして第110回直木賞受賞作。
 若者達に安価で急速に普及しているアイスキャンディーは新種の覚せい剤。それを追っている新宿 署の鮫島は末端の密売人を手がかりに密売ルートを追っていく。しかし、麻薬取締官の妨害に遭う。 更に全国ツアー中だった晶が麻薬の製造元とおぼしき人物に囚われてしまう…。
 文庫で550ページを超える長編作品。警察組織や対外組織とのしがらみ、ヤクザ社会など構造に基づ いた描写には説得力を感じさせられた。過去の3作品と比べると大作という感じはするが、面白さに関 して直木賞受賞のこの作品がずば抜けているという感じはしない。もちろん、シリーズを通したクオ リティは十分保たれていると思うし、鮫島や桃井課長は無茶苦茶カッコイイ。香川家の分家・香川昇 は切れる頭脳がありそうなのに弟・進の行動について昇は対策無しで居た所が残念。ただ、昇がうま く立ち回りすぎたらこの事件は鮫島にはどうにもならなかったろうし仕方ないか。
[評価:84]

北村薫「ターン」(2005.01.12〜01.22)
 29歳で版画家の森真希は晴天の夏の午後3時過ぎに車で交通事故に遭う。気がつくと前日の午後3時 15分で部屋でまどろんでいる。しかし、その世界には人も動物も居なかった。そして、また午後3時 15分を迎えると部屋でまどろむ「ターン」を繰り返す。真希は果たしてこの世界から抜け出して元の 世界に帰ることができるのか――。
 読み始めて印象的なのは「君」という二人称での文調、そしてそれに返答する真希。不思議なテン ポで読み進められる。作者の女性の心情の描き方がかなり巧く、この小説の魅力は「ターン」する設 定以外にも見受けられる。そして「ターン」の発生。中盤は間延びした印象も受けたが、電話が鳴っ たり上野で車を見かけたり、終盤の微かなサスペンスな展開、と随所に続きが気になる出来事が盛り 込まれ、なかなか楽しく読むことができた。出来れば蛇足となるのだろうが最後はもう少し真希が幸 せになる部分をみたかった。なお、読んだ文庫では「付記」として作者からの1点の解説がついてい たが、読むまで気にしてない部分だった。よく考えられた小説だと思う。
[評価:84]

三雲岳斗「M.G.H 楽園の鏡像」(2004.12.25〜2005.01.11)
 第1回日本SF新人賞受賞作。ひょんなことから日本初の多目的長期滞在型宇宙ステーション「白鳳」 に義理の従姉妹である森鷹舞衣と宇宙旅行を行うことになった鷲見崎凌。その旅行先の白鳳で凌と 舞衣は死体に遭遇する。死体の状態は墜落死のように見えるが、現場は無重力空間。その謎に凌と 舞衣が迫っていく。
 ジャンルはSFミステリだが、凌が探偵ぶりを発揮するのは後半から。三雲の作品を読むのはこ の作品の後発表されたという「海底密室」に次いで2作目となる。「海底密室」では鷲見崎遊という 女性が主人公だったが本作でも同じ鷲見崎姓・・・ではあるが関連は不明。登場人物にはそれぞれに背 景があるのだが、残念ながら人物描写についてはもう1つかも。作中では端末[メスギア]やミラーワ ールドなど近未来世界が描かれ、白鳳で研究をしている博士の言葉より作者のSF観のようなものが 垣間見え、「文学の中ではSFだけが普遍的に思考を伝えられる」などの言葉とその根拠は興味深か った。不可解な死の原因については理系的トリックが用いられており、解き明かされるまで全くわ からなかったのだが、読み進めると決して難解なトリックではなく説明されてみるとすんなり受け 入れられるものだった。
[評価:80]

川上健一「地図にない国」(2004.11.30〜12.17)
 デッドボールをきっかけに打撃不振なったプロ野球の強打者の三本杉慎。球団に引退勧告とも受 け取れる療養を勧められた彼は妻とのイギリスで"新婚旅行"を行う。その後、友人の小説家の待つ スペインへ。サン・フェルミン祭でのエンシエロ(牛追い)、闘牛――。スペイン人とバスク人の 対立を含め異国情緒溢れる舞台で自分の生き方を問う主人公。
 日本人闘牛士が出たり、わがままだが才能のある小説家とその取り巻き達、元反政府組織のシン ボルなど登場人物が個性豊かで川上健一作品らしく楽しめる。一方で、これまで読んだ本より大人 向けの作品の印象がある。
 川上健一の作品はどうしても同じ作者の「翼はいつまでも」と比べてしまう。あの作品に比べれ ば全体の構成など物足りなく、感動も薄い。ただ、スペインが舞台であり新鮮な読み応えもあった。
[評価:77]

大沢在昌「毒猿 新宿鮫III」(2004.11.20〜11.29)
 新宿署の鮫島がポン引きの男・浜倉の変死を調査する過程で婦人科医院の存在が浮かび上がった。 しかし、鮫島に汚職の疑いがかかり、本庁二課が動き出した。それを逃れるべく動いた鮫島だが、 殺人の第一発見者として更なる罠にはまってしまう。
 犯人側の絆、須藤あかねの存在、英雄然とした鮫島がギリギリの状況に立たされるなど見所が多 い。かなり桃井警部が動いてくれているのが印象的。解説の受け売りになるがアクション中心のシ リーズ前作の「毒猿」に比べ、今作は登場人物の思考部分で読ませる対比もうまく描かれている。 犯人側に関する部分など物語に対する説得力は思ったより薄く感じたが、(だからこそなのかもし れないが)読み易く、エンタテイメント小説であることを実感させる。
[評価:82]

山本文緒「チェリーブラッサム」(2004.11.15〜11.19)
 中学2年の桜井実乃は4年前に母親を失うがお寺の永春さんとの出会いを経て今は元気を取り戻し てきた。そんな矢先、父親が銀行員を辞めて便利屋を始めることになり、姉・花乃と共に便利屋の 手伝いをすることになる。そして、実乃はクラスメイトのハズムの祖母の盲導犬・ラブリーを探す ことになるのだが・・・。
 実乃の永春さんへの恋心、揺れる家族や、ラブリーの行方など見所があり、なかなか楽しめる。 最後の方のドタバタ感と「こんな計画を思いついた人がこれでいいのか」という感じの結末が腑に 落ちない部分もあったが・・・。自分の場合はこれの続編「ココナッツ」を先に読んでいるが、「 ココナッツ」に比べると実乃の子供っぽさが出ている、逆に言えば続編で実乃の成長が楽しめるの だろう。
[評価:80]

川上健一「虹の彼方に」(2004.10.29〜11.10)
 「ふたつの太陽と満月と」と同じ主人公、同じバンコー(ゴルフ場)を舞台にしたゴルフ小説。 「ふたつの太陽と満月と」がなかなか読後感の良い小説で期待したこの小説では川上健一らしいス トーリー展開は健在だが、「ふたつの太陽と満月と」に比べると物足りない印象も。
[評価:78]

三田誠広「いちご同盟 純愛−中学編」(2004.10.25〜10.28)
 中学3年生の良一は野球部のエースで女生徒に人気のある徹也に試合を撮影するように頼まれる。 それは徹也の幼馴染で重い病気で入院する直美にビデオを見せる為だった。
 良一は聴音とピアノを習っており、母もピアノの先生をしているが、母の演奏、指導に疑問を抱 き、かといって自分のあるべき姿も見えていない。自分の気持ちと世界のギャップに以前、自殺し た小学5年生の「どうせみんな死んでしまうんだ」という言葉が強く心に残っている良一だったが、 直美や徹也とのふれあいを通じ良一の中に次第に「生きていく」という気持ちが芽生える。
 徹也の徹也なりの優しさや直美の複雑な感情、そして目立たない性格な良一など登場人物の心情 が見事で大きな誇張のない描写が好印象の小説だった。
[評価:80]

小池真理子「恋」(2004.06.03〜06.25)
 第114回直木賞受賞作。ノンフィクション作家の鳥飼三津彦は浅間山荘事件の新聞記事を集めてい る時に若い女性による殺人事件があったことを知り、強く興味を抱く。その女性、矢野布美子は最 初は難色を示すが、入院し、死期が近づいているある日、遂に事件のことを鳥飼に語る。それは布 美子が女子大生だった時の片瀬夫妻との楽しい時間、その生活が崩れていく中での銃で人を殺す経 緯、そして布美子がずっと抱いていた秘密・・・。
 恋愛モノでありながらミステリー的展開、そして布美子が殺人に至るまでが綴られた作品。解説 の阿刀田高は軽井沢の描写が美しいとあったが、自分としては前に読んだ「冬の伽藍」の方が印象 に残っており、さほどでもない印象だ。布美子による心情の様は読みませる力を感じた。電器店の 店員に対する描写が希薄な印象があるが、布美子による視点だから仕方ないか。ラストは多少くど い感じがしなくもないが、長編の最後を飾るに美しい結末だったのではないだろうか。
[評価:80]

斉藤孝「イラスト・図解 改訂版LANのしくみがわかる本」(2004.06.04〜06.13)[評価:85]
 職場や学校はもちろん、家庭でLANを構築することも不思議ではなくなった現在、LANの技 術をイラストを交えて分かりやすく説明した本。
 ・・・ということになるのだろうが簡単に説明できる部分は詳しくても難しい部分はあっさりと した説明だったり、デメリットには終盤に少し記述しているだけ、デメリットへの対策などは具体 的には記載がないなど不満点が多い。ただ、LANの入門の入門として読むには意味がある・・・ かなあ。本格的にこのジャンルを学ぶならやはり定評のある本を選ぶべきなんだろうということを 痛感した。
[評価:60]

幸田真音「マネー・ハッキング」(2004.05.23〜06.03)
 ファースト・ギャランティ・トラスト銀行東京支店で20年勤務した米山志乃は突然リストラ対象 者であることを銀行側から告げられた。失意の志乃はバーで長峰という別の銀行でディーラーをや っているという男性にハッカーの計画を持ちかけられる。一度思いっきり自分でディーリングをし たいので協力を、請われる。断るはずが何故か引き受けてしまう志乃。
 長峰が家庭教師をしていた時の教え子でコンピュータの天才・後藤と3人で後藤がコンピュータ のネットワークへ侵入・銀行のセキュリティをかいくぐり、長峰がディーリング、志乃が後処理の 決済事務と役割分担での必要最小限のハッカー集団のゲームの行方は?邦銀の不良債権問題なども 絡めた金融小説。
 銀行業務という見知らぬ世界をわかり易く描き出されている。インターネットという言葉がまだ まだ知られてない1995年頃に執筆されたものであるが、今日[こんにち]問題となっている事柄が見 事に描かれており、作者の先見性が伺われる。「小説ヘッジファンド」の時同様、事がうまく運び すぎるきらいがあるが、本作の方が人間ドラマ的にも楽しめた。ただ、作者がコンピュータで出来 ることを万能視しているように感じられたのが気になった。
[評価:85]

川上健一「雨鱒の川」(2004.05.04〜05.21)
 川での魚獲りや絵を描くことに明け暮れる主人公・心平が母のヒデや耳が不自由だが心平とは心 が通じ合っている小百合や秀二郎爺っちゃ、小百合に思いを寄せる英蔵達と美しい自然と過ごす少 年時代を第一部。第二部では心平は18歳を迎え、人間の手により失われつつある自然、小百合は高 倉酒造の一人娘として心平ではない人との婚約が定められるなど環境の変化に直面する。
 川上健一の小説の中では最も読むのに時間がかかった。これまでの小説と違いスポーツが出て来 ず自然の描写が多かったためかも。心平のキャラクターに関してはあまり共感できない部分があっ た。感動の度合いもこれまで読んだ川上健一作品の中ではそれほどでもない。だが、さすがは川上 健一の小説だけあって青森の自然とそこに住む人の方言など生き生きとした魅力が描かれている。
[評価:80]

川上健一「ふたつの太陽と満月と」(2004.04.30〜05.04)
 ニューヨーク、サウスブロンクス。主人公はこの世界で一番物騒な街で暮らしている。この街の ゴルフ場「バン・コートランド・ゴルフコース」、通称バンコーでは夜にバーベキューパーティー があったりヘリやパトカーでの大捕物があったり、と色んなことが巻き起こる。しかし、こんなゴ ルフ場で主人公の謙ちゃんこと柳生謙二はバンコーでゴルフを覚え、仲間と出逢った。そんなバン コーを中心に起きるハートウォームな短編集。
 川上健一作品では初めて読む短編集でしかもゴルフの物語ということで、読むのに不安もあった が、読んでみればいつもの川上節の世界観でスイスイ読めた。登場人物の個性も良い。

小池真理子「冬の伽藍」(2004.04.18〜04.30)
 交通事故で夫を喪った高森悠子は友人・摂子の紹介で摂子がかつて薬剤師をしていた軽井沢の診 療所に勤めることになった。診療所で医師として働く兵藤義彦に惹かれていく悠子だったが、義彦 の義父である英二郎からの執拗な求愛を受ける。頭では拒みつつも身体に英二郎の快楽を味わおう としてしまう悠子。義彦と恋人関係になる悠子だが、英二郎に関することでは嘘を重ねる。義彦は かつて妻・美冬を自殺で喪っているが、自殺の原因が英二郎に手篭めにされたことだと信じており、 余計に英二郎との事を隠さざるを得ないのだ。そして、第一章の最後で起きる事件。
 第二章での手紙のやり取り、第三章での友人・摂子の奔走と続く全三章の構成の恋愛小説。  590ページに及ぶ大作。序盤はなかなか読み進まなかったが、三章では引き込まれ読み終えた。読 み応えは十分。

藤堂志津子「別れはなし」(2004.04.13〜04.18)
 OLの千奈は傍目にも仲の良さそうに見える同棲中の恋人に別れ話を持ち出す。千奈は花形営業 マンから窓際に異動していた杉岡に興味を抱き、いつしか恋に落ちていた。杉岡には妻が居て、千 奈と杉岡はお互いのパートナーに関係を清算しようとするのだが・・・。
 軽快に読める恋愛小説。テーマが恋愛に関してのみである為か、内容は薄く感じるが人間の感情 の動きの描写(好きな気持ちがなくなっていても相手が思い通りにならないと許せないとか)はな かなかうまいと思った。

川上健一「翼はいつまでも」(2004.04.09〜04.12)
 「ぼく」――神山久志は野球部で補欠、母を亡くして父の再婚に反対で父とは距離を持つように なっていた。そんなぼくは深夜のラジオ番組で「プリーズ・プリーズ・ミー」という曲に衝撃を受 け、翌日の学校でみんなに知って貰おうと勇気を出して唄う。みんなは嘲笑するのだが、クラスで おとなしかった斉藤多恵が感動し、アンコールをする。斉藤多恵は転校生だが、音楽では唄わず、 成績は奮わず、運動もできない少女だったのだが――。
  「本の雑誌」2001年度1位、第17回坪田譲治文学賞受賞となった本作品はビートルズに勇気付け られた少年の野球への情熱、性への関心、大人達への不満・葛藤、美しい自然、淡い恋。青春小説 の要素をたっぷり詰め込んだ珠玉の作品。ネットでこの本の評価を見た限り、ストーリーが出来過 ぎているとか青森の十和田を舞台にしながら標準語なのか、純朴過ぎるなど不満を挙げている方も 居たが、絶賛している人が多い。自分の場合は、終章での恋愛の行方に関しては、「こうでない結 果」を望んだのだけど、そんな終章も含めて、何度と涙が出るほどに感動した。主人公もセリフは かっこよくないけど、めちゃめちゃかっこいい!もっとこんな感じの作品を読みたいものだ。
 あと、十和田湖に行くこととビートルズに関心を抱くようになった。

長坂秀佳「寄生木」(2004.03.30〜04.09)
 「弟切草」、「彼岸花」と続いたシリーズの完結編。「寄生木」の構想に悩む長坂に松平直樹と  いう第一作「弟切草」の登場人物の名前を名乗る男から執筆を中止しないと小説通りに人が実際 に死ぬことになるとの警告がされる。一方、長坂の編集者は青沼篠というこちらは第ニ作「彼岸花」 の登場人物の名前を名乗る女から同じような内容の電話があったという。長坂は意地で執筆を開始 するが・・・。東京からのベルギーへのミステリーツアー、そして巻き起こる惨劇。殺人犯の招待 は。そして、ノマラーブの言葉の真意は?
 今回も主観の切替、言葉遊び、強引な展開、終盤のドタバタなど良くも悪くも長坂作品だった。 途中までは結構わくわくしながらページをめくっていたが終盤が曖昧な印象で、物足りなさも感じ た。なお、この小説はあとがきの表現は自分には結構新鮮だった。

乙一「夏と花火と私の死体」(2004.03.24〜03.29)
 9歳のわたし――五月は、同級生の弥生に木から突き落とされて殺されてしまう。弥生とその兄・ 健がわたしの死体を隠し、見つかりそうになっては移動する・・・というサスペンス調な物語を「 わたし」が淡々と綴るホラー。ジャンプ小説・ノンフィクション大賞の第6回大賞受賞作で受賞時の 乙一は17歳だったそうだ。
 表題作の他に「優子」を収録。こちらは新本格派の短編。昭和の大戦後と思しき時代の、人形と 人間の区別のつかなくなった人間の狂気が窺える。
 どちらもよく出来ていると思うが、個人的には「夏と花火と私の死体」よりは「優子」の方がい いかな・・・。淡々とした文調の為か、「夏と花火と私の死体」は登場人物に愛着を持つことがで きなかったし、結末もあまり好きではない。「わたし」の一人称にて綴られる物語の違和感は確か に奇妙な魅力を感じはしたが。
 ひょっとすると自分があまり短編は肌に合わないのかもしれない・・・?

久美沙織「あの夏に戻れなくても」(2004.03.18〜03.24)
:奥来教子は27歳で東京でリストラの憂き目に遭い、地元の野水鎚の実家に戻った。再就職の為の 活動をするがままならず、家では料理をしてみても天敵である母に悩まされる。そんなある日、高 校時代大好きだった先輩と再会し・・・、という話だが、文調がかなり口語体であり、小説として は出来事より教子の考え事や率直な意見が多くを占め、寧ろ随筆的な読み物のようにも見える。街 や母娘のやり取りなどはリアリティーがあり、なかなか面白い。久美沙織の本を読むのは 「MOTHER」、「MOTHER2」に続き3冊目となるが、過去に読んだテイストに通じるも のを感じた。
 ページ数は少ないが文字が思いの他埋まっているので意外と読み応えあり。

大沢在昌「毒猿 新宿鮫II」(2004.02.22〜03.04)
:キャバクラのホステス・奈美は中国残留孤児ニ世だが、そのことを隠していた。そんな奈美は楊 [ヤン]という従業員に心を惹かれていく。
 新宿署・防犯課の鮫島警部がある事件をきっかけに知り合った台湾の刑事・郭[グオ]は、名目上 は休暇で日本へ観光に来ていたが、実は彼は毒猿[ドゥ・ユアン]と呼ばれる男を追っていた。毒猿 は暗殺者で、かつて自分を裏切り、日本の石和組に身を寄せている台湾マフィアのボス・葉威[イエ ー・ウエイ]の命を狙い日本に潜伏しているのだった。新宿を舞台に繰り広げられる毒猿の殺戮。奈 美を狙う葉威と石和組。奈美の運命は?そして毒猿の凶行を鮫島は防ぐことができるのか。
 「新宿鮫」以上に緊迫した空気が伝わる傑作。前作の主要人物はほぼ脇役に廻っているが、残留 孤児ニ世の心の闇や台湾の暗黒社会などの背景がしっかりと描かれており、キャラクターにリアリ ティを感じる。終盤の激闘、暴力団の石和組さえ畏怖させる毒猿に少し爽快感を覚えつつも、奈美 や郭の薄幸な展開には悲しみを覚えた。
 鮫島が強過ぎないのもこの作品の魅力か。

大沢在昌「新宿鮫」(2004.01.30〜02.13)
:国家試験公務員上級試験に合格し、キャリアとして将来が嘱望されながらも公安の暗闘に巻き込 まれて所轄の新宿署の防犯課で孤立遊軍で捜査を行っている鮫島警部。彼は銃を製造する天才・木 津の"工房"のありかをおさえ捕らえることに執着する。そんな傍ら、新宿で制服警官が連続して銃 によって射殺される事件が発生していた。
 4作目の「無間人形」では直木賞を受賞した刑事小説の金字塔的シリーズ。個人的には全編に渡る 緊張感というのは評価されている程には感じなかったが、"マンジュウ"の桃井課長や恋人でロック シンガーの昌、警察マニアの"エド"、木津や香田警視など登場人物の個性はよく描かれていると思 う。続編も読んでみたいと思わせる作品。

川上健一「ららのいた夏」(2004.01.25〜01.30)
:プロ野球を目指す高校生投手・小杉純也は1年の時に引き続きマラソン大会で優勝を狙うが、坂 本ららという1年生と同着になる。ららは走ることが大好きで明るく笑う少女だった。ららはマラ ソン大会の後、ロードレース、駅伝、フルマラソンといずれも記憶に焼きつくような走りを見せ、 一方純也はプロ野球選手となる。そして、二人の恋が育まれる。
 軽快なセリフが特徴的で爽やかな読後感。第六章では泣けてしまう。二人がスポーツで大活躍を するが、大筋だけで見るとらら、純也、ららの幼馴染の洋一(ベストテン1位に輝く)らがみんな 結果を残し、こんな順風満帆な展開でいいのかとも思えるが、この小説はそこに目くじらを立てる 類ではないと思う。読み始める前に予想していたよりもマラソンや野球の描写はよく描かれていた し、思ったほど無茶な展開でもなかった。物語にも笑ってばかりのヒロインのららにも好き嫌いが 別れそうだが、個人的には結構好き。
 余談だがららの友人の智子がセリフが1つもなかった(?)り、久留米宏というキャスターが 「イヒヒイヒヒ」と笑ったりするなど細部が気になるのは・・・テールだけか?

須賀しのぶ「流血女神伝 帝国の娘 後編」(2004.01.20〜01.24)
:皇位継承者として第三皇子・アルゼウスの影武者を演じるカリエはカデーレ宮殿に向かうことと なった。ここでは皇位継承者の資格を有する3人の皇子達と共に皇帝となる上での鍛錬の日々が待 っている。3人の皇子の中で年下だが年齢が近くアルゼウス同様に有力な貴族の後見を得ているミ ューカレウスは何かとカリエを意識して挑発してくる為、喧嘩の耐えない日々だった。そんな生活 を過ごしていたカリエは一緒にミューカレウスと宮殿を抜け出して街に出るのだがそこには悲しい 運命が待ち構えていたのだった。
 前半には第一皇子・ドミトリアスの皇位継承者としての自覚を持った言葉、終盤に明らかになる 悲しい運命にそこに絡む複雑な人間模様と力という魔物の恐ろしさ。伏線なども残し、今後も楽し みなシリーズと感じさせる出来になっている。

須賀しのぶ「流血女神伝 帝国の娘 前編」(2004.01.16〜01.20)
:貧しい山村で狩りをする14歳の少女・カリエはある日エディアルドという長身の青年に捉えられ る。カエリが連れ去られた目的はルトヴィア帝国次期皇帝候補の1人・アルゼウス皇子が大病の為、 身代わりとなることだった。カリエはアルゼウス皇子と瓜二つの容貌だったのだ。望みもしないの に皇子を演じる羽目になったアルゼウスの従者・エディアルドが教育係としてカリエは厳しく指導 される。
 須賀しのぶ作品にしてはキャラクターがやや地味な印象を受けるが、世界観など温めていたもの だけあってよく考えられていると思う。以前この続編的な話をいくつか読んでいたのでその繋がり がわかって良かった。

須賀しのぶ「MAMA」(2004.01.13〜01.16)
:砂の惑星・セレで父の後を継いでマイカが非合法の運び屋となって半年。初めての客として元科 学者のソウ・ハヅキの依頼を受ける。依頼内容は天才科学者であった母・シマを探す為、ハヅキ自 身をシャハイ宙域へ運んで欲しいというものであったがシャハイは船の墓場として現在は誰も訪れ ない場所であり、ハヅキが一級犯罪者として追われる身だったのである。しかし、マイカは依頼を 受けることになる。ハヅキの母・ミリの治療の為にも・・・。
 著者曰く、当初は「惑星童話」の続編として考えられたものが予定が独立した話となったらしい。 ご都合主義的な展開を感じなくはないが、登場人物の個性も良く出ているし、終盤の悲しい結末の 後のエピローグを含め、最後まで楽しく読める作品だったと思う。

須賀しのぶ「惑星童話」(2004.01.02〜01.07)
:須賀しのぶの1994年上期コバルト読書大賞受賞、そして文庫デビュー作品。著者曰く、SFもど きの作品。世界中から尊敬される若き天才宇宙飛行士であるアーノルド・クライヴは雷光船[サン ダー・シップ]という亜光速の宇宙探査船での旅を続けていた。しかし、雷光船に乗る人間には浦 島効果[ウラシマエフェクト]という地上の人類の時間から取り残されるという現象に見舞われる。 アーノルドは孤独であり、自分の存在意義にさえ疑問を抱いてしまうが・・・。
 須賀テイストはデビュー作だけあってまだ薄味だが、須賀しのぶらしさも既に(特に「あとが き」で)垣間見える。浦島効果による人間ドラマが面白い。

山崎洋樹「小説バンカーズ ぼくが銀行をやめた理由」(2003.12.19〜2004.01.01)
:銀行員として6年間勤務をした著者の体験を基に書かれた小説。F銀行の奇妙な慣習、ゴマすり をして上への覚えだけの良い副支店長や代理、出世に燃える先輩、ノイローゼになる部下など様 々な人間模様が面白い。また、銀行員の生活というのが小説を通じて垣間見えたのも○。後半に 急転直下で退行したい気持ちを強めた部分を見るに描写を避けた部分もある、か?著者としては 銀行にはその組織の構造的な問題があることを示唆しており読む限り、今後もその問題による不 祥事は起き得る気がする。

坂東眞砂子「死国」(2003.12.07〜12.18)
:東京での生活に疲れ、20年前ぶりに小学生時代を過ごした高知の矢狗村を訪れた明神比奈子は 仲の良かった莎代里との再会を楽しみにしていたが日浦莎代里は15歳の時に溺死していた。同窓 会でかつて憧れた文也と再会し、恋に落ちる比奈子であったが莎代里の照子は不可解な現象が起 こる。日浦の女は代々口寄せ巫女を行っている家柄で、莎代里の母・照子は死者の歳の数だけ四 国八十八所を逆に巡ることで死者を蘇らせようとしていた・・・。
 映画化もされたはずの同作品について、読む前はホラーかと思っていたが、恐怖するような展 開にはほとんどならず伝奇色が強い。四国という地が日本で最初に誕生した、など古代ロマン的 な面白さが少し含まれている。ただ、メリハリはそんなに強くないので淡々とした読書となった。 作品中では比奈子と同級生の再会辺りでは同級生の個性が描かれて面白かった。比奈子の己を見 つめる部分も読みどころ。

須賀しのぶ「キル・ゾーン 地上[ここ]より永遠[とわ]に」(2003.12.04〜07)
:キル・ゾーンシリーズ20巻目にして最終巻。ユージィンの体内に巣食うヘルは前巻での襲撃に より体を乗っ取とる。そして、ユージィンの体を操り、ユージィンの以前のやり口から一変、月 に対しての完全勝利を目指す強硬な姿勢になっていた。それにより戦争は激化し、過大な被害を もたらす。こうして、火星内では元首への支持が揺らいで行った。
 ユージィンに恩義のあるエーリヒはかつてのユージィンの恩義を胸にユージィンの暗殺を企て、 エイゼンはそれを知るがエーリヒがかつて自分が月で仕官し、クーデターの為、国の為に命を投 げ売った友人・サウルとオーバーラップするのだった・・・。
 ヴィクトールのユージィンへの復讐の顛末、ユージィンとラファエルとの死闘など見せ場も多 く、様々な人間ドラマも描かれる。6年間続いたシリーズの集大成。
 キル・ゾーンに関連するブルー・ブラッドシリーズ(全4巻)も含めて、様々なドラマ、戦いが あったがうまくこの最終巻でまとまったと思う。
 作者の展開の甘い部分も好きな箇所。このシリーズを最初から最後まで読めたことは自分にと って至福の出来事だと思う。(さすがにこう書くと表現が大袈裟な気がするけど)

須賀しのぶ「キル・ゾーン 叛逆」(2003.11.29〜12.04)
:キル・ゾーンシリーズの19巻目。火星と月の激闘は火星に優位に傾きつつあったが、火星元首 のユージィン・アフォルターはまだ和平を結ぶタイミングを図っている元首の車が襲撃される。 若き頃ユージィンに騙され、ユージィンへの復讐を糧に生きてきた火星の情報部長官、ヴィクト ール・クリューガーはその事に苛立ちを見せるのだった。
 そんな中、火星元首の息子であり「完成されたユーベルメンシュ(強化人間)」としてユーベ ルメンシュの部隊を率いて地球での激戦を繰り広げ、軍神と称えられるラファエル。そんなラフ ァエルに恋慕の情を抱かれながら前巻でユージィンと関係を持ち、自分の精神的な弱さに気づき 苦しむキャッスル。しかし、キャッスルは憎み続けた父・オブライエンを見舞いに行った時の会 話を経て自分の心に素直であろうと決心をつけるのだった。
 ユージィンが襲撃されることにより元首とその息子を圧倒的に支持していた火星の体制に大き な転機が訪れること、キャッスルが自分自身の中にあるわだかまりを克服していくというマクロ ・ミクロそれぞれで最終巻に向けての大きなターニングポイントとなる巻である。
 18巻目から大分間隔が空いて読んだのでかなり忘却した部分もあるが、キル・ゾーン作品の安 定した面白さ・魅力は変わらなかった。そして、最終巻が楽しみだ。

上遠野[かどの]浩平「あなたは虚人と星に舞う」(2003.11.20〜11.28)
:太陽系最外縁空域にある宇宙港。超光速空間移動兵器を操るべく生まれた合成人間・キョウ= 鷹梨杏子は<虚人>を操って人類連合軍配下の戦闘部隊との戦いをしていた。人間が孤独に耐え うることができないことを配慮して、太陽系最外縁空域では宇宙港と<虚人>により創られた世 界があり、それは現代(この小説における旧時代)を模している世界で、宇宙港でたった1人の 人間であるキョウの為に存在する世界である。キョウは何の為に戦い、そしてその先に何がある のか――。
 虚偽と真実、近未来で地球外を舞台にしながら人間は物事そどんな「眼鏡」で見ているのか、 というテーマがこの小説の要素を為していて興味深く読むことができた。初めて読んだ作家だが シリーズ第3弾らしいので他のシリーズのストーリーも気になるところだ。

宮沢賢治「銀河鉄道の夜」(2003.11.04〜11.20)
:農学を学び、農業を始めるも病に倒れた宮沢賢治の代表作「銀河鉄道の夜」他中短編が集めら れている。童話的であるが、仏教やキリスト教のような宗教色の色合いも持ち合わせつつも説教 的という感じとはやや異なる趣で深い印象。逆に期待していたようにスイスイと読める小説でも なかった。

須賀しのぶ「天気晴朗なれど波高し。」(2003.10.28〜11.03)
:「流血女神伝」シリーズのサブストーリー的作品。名門ギアス家の三男・ランゾットは小説家 志望だが、しかし名門であるが故に海軍の見習い士官になることに。出発前夜の宴で左瞳が琥珀 に輝く大男。トルヴァン・コーアと出会う。コーアも見習い士官で同じジュリエンド号に搭乗。 その船での厳しい生活、巻き起こる事件。ランゾットの運命は!?
 キャラの個性や、運命のいたずらなどやはり須賀しのぶ作品の楽しさを堪能できた。今回は海 での生活などが新鮮でその辺も興味深く読めた。

矢口史靖[しのぶ]「ウォーターボーイズ」(2003.10.26〜10.27)
:映画版の原作。唯野高校の水泳部は部員が1人でその鈴木は大会でもぶっちぎりの最下位。引退 を決意したがそんな矢先、新任の女性教師・佐久間が就任、水泳部の顧問になる。一気に部員 が増えるが佐久間の希望は水泳部でシンクロをすることだった。部員は鈴木を含む5名に減るが 5名は紆余曲折を経て文化祭でのシンクロ公演を目指す。
 イラストがあって読みやすい。逆に薄いこともあって読み応えが物足りないけど・・・。2003 年夏のドラマでもこれを踏襲したストーリーになっている。

前屋毅「『謝罪させた男』『企業側』全証言 東芝クレーマー事件」(2003.09.17〜09.23)
:東芝のサポート問題に憤慨した男が1999年6月に開設したホームページ。そのアクセスはみる みるうちに数百万件となり、遂には東芝の副社長を謝罪させるに至るが、それに至るまでの経 緯を男と東芝の両者へのインタビューを交えながら、個人と企業の観点、認識のズレなどが浮 き彫りとする。
 この問題は、当時から有名だったが、この本を読んで男も東芝もどちらにもそれなりの言い 分があると思えた。東芝はビデオの機能を改善したほどだし。男も工場から送り返されたデッ キに付随していた文書を読んで「性能を落とした」と受け取った男の側もビデオデッキを再生 して確認しても良かったように思う。
 東芝側での担当者の口調に問題はあったし、人間関係および組織の問題を考えさせられる結 果となった。この問題に関してちょっと検索をしたが、誤解をしている人も多いことや新たに 出てきた東芝以外の問題など最初に東芝が修理した時、お詫びと誤解ない説明をすれば起こり 得なかったところに運命の残酷さを感じなくもない。
 なお、当書について、解説のページはインターネットについて書かれているが、面食らう観 点での文章だった。今回の事件の問題の本質はネットは絡むがそこではないと思う。それから 本書は巻末にもで男と企業の「事実」を時間経過や食い違う点について表にして読者に分りや すくする工夫があっても良かったのではないかと思う。

恩田陸「puzzle」(2003.09.09〜09.16)
:二人の同世代の検事がある廃墟の島を訪れた。その島では3つの変死体が発見されていた。 体育館の餓死死体、高層アパートの屋上での墜落したとおぼしき死体。映画館の席での感電死 体。そして、それらの推定死亡時刻はかなり近い時間帯である。検事は果たして、この謎のパ ズルを解くことができるのか?
 この本の前に読んだのがアナザヘヴンの上下巻なだけに拍子抜けするほどあっさりとした読 み口だった。

飯田譲治 梓河人「アナザヘヴン(下)」(2003.09.01〜09.05)
:連続首切り殺人事件を止めようと懸命な警察もその原因を突き止められない。世界に満ち溢 れる人間の「悪意」。事件を引き起こした「ナニカ」とは一体何者なのか?飛鷹と早瀬の二人 の刑事が核心に迫る。
 下巻の終盤では観念的な展開が。上巻に比べると緊迫感は薄いが、上巻同様に各登場人物の 個性が魅力で読むのが楽しかった。

飯田譲治 梓河人「アナザヘヴン(上)」(2003.08.22〜08.31)
:東京で連続首切り殺人事件が発生した。犯人は被害者の脳を料理して食している形跡があ り、肉体派の飛鷹警部補とクールなインテリ・早瀬警部補のコンビは捜査のうちに1人の女性 を突き止める。
 かなりボリューム一杯の上巻。角川ホラー文庫で猟奇殺人がテーマとなっているが、それ 程怖い話ではなく、むしろ刑事達の会話が楽しい。

小池真理子「蔵の中」(2003.08.18〜08.21)
:鮎子は交通事故で下半身不随になった夫を世話していたが、夫の友人・新吾への感情が芽 生えていった。新吾は実は夫の交通事故の加害者でもあったが、夢を諦め夫の家に毎日のよ うに用事をこなしたのだ。
 新吾は義母より養子縁組の話を受けるが、新吾と鮎子の中をかつて家政婦をしていた女に 見られてもいた。
 鮎子の狂おしい感情が描かれる中編サスペンス。

竹下隆史・村山公保・荒井透・苅田幸雄 共著「マスタリングTCP/IP 入門編 第3版」(2003.06.20〜08.17)
:ネットワークの学習をするにあたって、分りやすく丁寧に書かれた本。定評のある本だか らなのかコンピュータ関係の本を通して読んだことのない自分でも最後まで読めた。ただし、 2ヶ月近く読むのに時間をかけてしまったが・・・。ネットワークの仕組みなどは全く無知だ った部分が多く、読む度に新しい発見があってこの手の本にしては読むのも楽しかった。

長坂秀佳「彼岸花」(2003.06.03〜06.19)
:ゲーム化もされた小説「弟切草」の続編的位置付けの小説。但し、登場人物は一新され、 美人女子大生3人組が主役。元彼の思い出を引きずりつつの3人が新幹線で意気投合し京都で 起こる奇怪な事件に巻き込まれるというストーリー。
 角川ホラー文庫の小説だが、個人的にはそれ程ホラー的恐怖はなかった。ミステリー的要 素を組み込んでいるせいかも。説明し切れず破綻している部分もあるが・・・。
 この小説自体は2月に長野に行った時に友人に貰ったものだが「面白くないよ」と言って 渡されたものの思ったよりは面白かった。
 余談だが「彼岸花」もプレイステーション2でサミー、ゲームボーイアドバンスでアテナ というメーカーがゲーム化している(「弟切草」はチュンソフト)がアドバンスの方は10点 満点で3点の評価がついていてそれが印象的です。

幸田真音「小説ヘッジファンド」(2003.05.20〜06.02)
:金融市場において孤独な戦いを挑むディーラー。派手に市場を荒らし回るDファンドと いう謎の投機集団に興味を抱く東洋銀行のディーラー・岡田隆之。Dファンドは岡田のデ ィーラーとしての可能性を見出し、岡田には大きな転機が訪れる。
 後半部の結果オーライが実は計算されたもののようなうまく行き過ぎる場面やもう少し 金融市場へ踏み込んだ表現が欲しかったが、読者に分かりやすく金融についての魅力を伝 える一冊。

栗本薫「あなたとワルツを踊りたい」(2003.05.09〜05.20)
:人気急騰のユウキとユウキを追っかけるOL・はづき。そのOLにストーカー的行為を はたらく青年・昌一。ユウキは人気俳優と同性愛の関係を迫られ、はづきは昌一のストー カー行為に悩まされる。最終章で待ち受ける狂気――。3つの視点で展開するサスペンス 小説。

宮部みゆき「R.P.G.」(2003.04.28〜05.08)
:ネットで「お父さん」を名乗っていた男が刺殺される。数日前に別の場所で絞殺された 女子大生との遺留品が同じであり、合同捜査を行うこととなる。事件は女子大生の友人が 浮かび上がるが、デスク担当のベテラン・中本刑事にはある考えがあった・・・。
 「模倣犯」「クロスファイア」に登場した刑事が登場し、限定された空間で繰り広げら れる短編的な切り口の長編ミステリー。

富田隆・監修「ことばの心理テクニック」(2003.03.25〜03.29)
:人と上手くコミュニケーションを取るテクニックを心理学者の実験など具体例を交え、 わかりやすい文章で説明する。これを読むことでこれまでの自分の人との接し方の反省に も成り得る。逆にこの書に書かれた通りでは上手く行かない部分もありそうだが、読みや すいし一見の価値あり。特に自分が読んで一番心に残ったのは心理学者のジンバルドが人 間同士に好意が生まれる条件として(1)「外見性」(2)「近接性」(3)「類似性」(4)「相補 性」を提示したというくだり。

川上稔「都市シリーズ 機甲都市 伯林 パンツァーポリス1937」(2003.03.06〜03.25)
:1937年の独逸。最新戦闘艦「疾風」が暴走していた頃、異族の少女・ヘイゼルの右目に は「疾風」の開発者による義眼が移植されていた。へイゼルを予言にある救世者として信 じて捕らえようとする組織と「依頼」によってヘイゼルを組織から守るベルガー。
 独逸の機甲都市化計画なども絡み、「遺伝詞」「強臓式開発術」など魅力的な世界観 でベルガー対組織、あるいは人対「疾風」の戦いが展開される。

狗飼恭子「おしまいの時間[とき]」(〜2003.03.06)
:21歳の春を迎えたリカコの高校時代の先生の自殺をきっかけにと高校時代の友人と再会 し遺族である少年と出逢う。
 気持ちを知って欲しいけど知られたくない、人から嫌われることを恐れるリカコ、登校 拒否になっている少年、先生の子を妊娠して父親になってくれる人を探していると言う友 人、それぞれの感情が伝わってくる。

鯨統一郎「CANDY(キャンディ)」
:記憶喪失の「あなた」が迷い込んだ現実に似ているがどこかとぼけた世界。訳もわから ず警察に追われる「あなた」はキャンディーを三つ集めることができるのか!?
 二人称形式で独特の世界が進行する。ダジャレも炸裂し違う意味で衝撃を受けるかも。

田中芳樹「紅塵」
:「銀河英雄伝説」、「創竜伝」で有名な著者による12世紀半ばの中国の歴史スペクタル。 宋の国の抗金名将達による英雄の時代が過ぎ去ろうとする頃の漢民族による宋国と異民族・ 女真族の金との関係(和平・戦争など)を中心に文官・子温を主人公の視点で描かれてい る。抗金名将ではなく子温の視点で時代を切り取ったのが新鮮(らしいです)。

小林光恵「ときどき、陰性感情 看護学生 理実の青春」
:前にドラマでやっていた「ナースマン」の著者による看護学生・理実の小説。看護学校 に合格した理実は煩わしい家族の下を離れ、看護寮で生活をする。ネガティブな部分のあ る弱い自分を見せることなく看護学生としての生活でも家でのようにしっかり者として振 舞うが・・・。

雁屋哲「究極の美味」
:「美味しんぼ」の原作者による美食ホラー。自分が皇帝であるという夢を何度となくみ てきた美食評論家の主人公は食に精通するある中国人と出逢い、豪奢な接待を受けるが・ ・・。料理の描写には流石と思わせる部分があるが中盤の展開が冗長なのとオチが予想 通りだったのが残念だった。

太宰治「津軽」[2003年初の読了作品]
:太宰による故郷・津軽の風土記。家族や友人との再会などを通して津軽の人達の温かさ や時にユーモラスな太宰の人柄が伝わってくる。

太宰治「走れメロス」
:表題他、「富嶽百景」「女生徒」など含む太宰にとって安定期であった中期の作品群。 感性、才能が光る。

狗飼恭子「あいたい気持ち」
:父の死をきっかけに肉を食べなくなっていた少女がコスモス畑のある土手で少年との 出会いをきっかけに変わっていく。

我孫子武丸「人形はライブハウスで推理する」
:腹話術師の別人格による人形鞠夫の推理が冴えるミステリ短編集。

梶井基次郎「檸檬」
:肺病の作者を投影した主人公が多く、退廃的なのだが、しかし澄み切った空気を感じ させる短編集。

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