舞台監督論
舞 台 監 督 論                                    田才益夫
(1) 序
(2) 舞台監督の定義
(3) 舞台監督の実務
(4) 演劇史のなかの舞台監督
(5) とりあえず結論


   (一) 序

 舞台監督も我が国の演劇界において、どうやら確固たる地位を築いたかのようである。 そのことはどんな演劇公演のポスターにも舞台監督がスタツフの一員として名前を連ねていることからも察せられる。また、たとえポスターに舞台監督の名を記さない公演にしても、公演スタッフとして舞台監督が加わっていないものはほとんどないと言ってよいだろう。
 その一方で、では、舞台監督とはいかなる業務に携わっているかという点になると、概略においては一致するものの、細部になると依然千差万別というのが現状のようである。それは各々の公演団体の構成や性格の相違によって大きく左右されるからであろう。


 例えば、稽古の段階から、仕込み、公演と全てにわたって要求される一切の業務の責任を持つ場合もあれば、劇場における本番のみを担当し、必要な限りにおいて稽古に立ち会う場合もある等々である。またスタッフの構成によってその業務の分担が異ることもある。
 舞台監督とは言ってもその業務の具体的内容は様々である。舞台監督とは何かという質問に対して我々自身が戸惑うのも、実は、舞台監督のこの多様な在り方を自らが知っていればこそであろう。いま仮りに次のように定義してみよう。
「舞台監督とは、稽古の過程を経て演出家が創造した舞台芸術の創造的進行を公演の現場に立ち会い、監督するものである」
 もちろん舞台監督の仕事がこれだけでないことは、我々は十分承知のはずである。では付け加えよう。
「この公演実現のため必要とされる業務のうち、舞台に関わる部分の業務の進行を、その準備の段階においても監督する」
 その他、まだ定義の仕様はあるだろうが、このような定義は原則的なものであって、それ自体、具体性を含んではいない。


 例えば、本番の際、どん帳のボタンは舞台監督が押すのか、キューだけ出して、ボタンを押すのは助手なのか。それともそのキューも助手にまかせ、自分は舞台進行の誤りの有無をチエックすべきなのかという問題なども定説はない。現場ではこの何れのケースも見られるのではないだろうか。この一点を見ただけでも舞台監督のあり方の多様さが分かる。

 だが、たまたま例に挙げた舞台監督の三様のあり方に、実は大きな問題が含まれている。
 つまつ、第一の場合には、舞台監督は現場の実務者として舞台の進行に直接かかわっている。第二の場合は、進行の管理者としての立場であり、第三の場合は、舞台全体の進行の監視者として実務から離れている。
 
 ただ共通して言えることは「舞台の進行を監督している」だろうということである。そして異なる三つの場合にしても、段階的に舞台監督のキャリアに応じてそうなることもあるだろうし、公演の規模、更には経済条件によってその何れかを選ばざるを得ないということもあり得るだろう。それでは何故にこのような舞台監督の多様性、無規定性は生じたのであろうか?
 私が思うに、それは舞台監督の業務自体が、その業務内容の具体性に対応して決まったのではなく、「何々を除いたその他の業務」という形で決められたものだからであろう。
 もともと現在の演出家を意味していた舞台監督という名称が、現在我々が職能とするところの舞台監督として規定されたのは築地小劇場においてであった(註一)。つまり「演出者の担う創造面を除いたあとの舞台の実務を執る者」(註2)が舞台監督となったのである。
 われわれの職能とする舞台監督はその出生の時点から、己の業務内容についてのポジティーヴな定義を持たぬ職能であったし、今でも持っているとは言いがたい。従って様々の舞台公演で、一応、その地位は確立したとはいえ、その方法論はまちまちであり、その業務内容が明確に規定されているわけではなく、各個人の経験的なものに左右されているのが実情のようである。


 つまり、舞台監督になるにはいかなる技術、技能を修得し、いかなる業務を処理する能力を身につけなければならないかということが依然として暖昧なのである。しかも、その実情はと言えば、演劇について全く未経験な人間が、その気になりさえすれば明日からでも舞台監督助手になれるし、ときには舞台監督を名乗ることさえできるのである。
 誰にでも自分の職業を選ぷ自由があるという自由主義社会のたてまえとはいえ、それをもって自分の職業を名乗る以上ば、その職能についてある一定の専門家の水準をマスターしていなければならないはずなのにである。
 ピアノもろくに弾けずにピアニストを名乗ることの愚かしさは誰にでもわかかるが、舞台監督を誰が名乗っても、誰も不思議とは思わない。あいつは「ひどい舞台監督だ」とか「あいつは仕事ができねえ」と非難はされるとしても、それでも、その非難の対象となる人物が舞台監督であることを前提としたところでの非難である。


 では、何を基準に「ひどい」とか「できねえ」という評価になるかというと、何々ができないから、何々しかできないからという、明確な「何々」を尺度としての評価ではない。舞台監督の条件として「何が」できなければ駄目だという必須条件は今のところはっきりした形では、あるいは、要件としては提示されていないのである。
 あるいは、芝居作りの過程における諸々の実務、ないし雑務をテキバキと処理しうる能力のことを言うのであろうか? 実務、雑務の内容、処理方法にしても各々の現場において可成りの相違がある。演出助手がいる場合といない場合でも違う。
 つまり、その様々にあり得る情況のなかで臨機応変に対応して物事の流れをスムーズにすることが舞台監督の職能なのだろうか?


 かつては大道具の統領のようなことを生き甲斐とした舞台監督もいた。部下のスタッフを従えて酒宴を催すことを舞台監督の才覚と褒めそやす人もいた。最近はさすが、そのような前近代的センスの舞台監督はいなくなったし、求められなくなった反面、最近の舞台監督は小粒になった、サラリーマン化した、スタッフの心を掌握できなくなったという感想も聞くようになった。
 では舞台監督とはいかなる職能であり、その前提としていかなる技術を身につければよいのかという点になると、結局、暖味模糊である。
 数年前から、舞台監督協会の理事会で、「舞台監督講習会」を開こうとか、「研修会」をやろうという話が出ては、その度に立ち消えになるのも、舞台監督として何が肝要な技術であり、またその前提として何が不可欠な問題なのか、私たち舞台監督自身にも特定できないからである。舞台監督の技能の評価にしても何に基づいてなせばよいのかよく分からない。
 だが、それでも舞台監督は存在し、芝居作りの過程で不可欠な職能としての地位はいささかも揺るがないほどに確立したようにも思える。私のこの小論は以上のような反省に立って、舞台監督の発生をその根源にまで遡及し、そこからもう一度舞台監督の存在理由を確かめたいという希求に促されたものである。


(注1) 舞台監督の名が築地小劇場のプログラムにはじめて載ったのは、昭和二年五月の武者小路実篤作、土方与志演出『愛欲』(再演) からと水品先生は『舞台監督の仕事』(六七頁)に書いておられる。それは築地開場の四年目の第六二回公演だった。ちなみに最初の舞台監督は隆松秋彦氏だった。
(註2) このあと「四」のA「演出家の誕生」参照


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   (二) 舞台監督の定義


 前舞台監督協会々長であられた故水品春樹先生は舞台監督という職能に対し人一倍の愛情と誇りを持っておられた方であった。そのことは先生が舞台監督について書かれた書物や時折々の言葉の中にうかがうことが出来る。先生は築地小劇場において新しい職能として舞台監督が確立して以来、演劇の歴史の中で一貫して舞台監督として身をもってその職責を全うされた方であり、まさに、舞台監督の象徴とも言われるべき方である。
 したがって私たちが舞台監督とは何かという問題を考える時、先生が舞台監督というものをどのように考え、どのような機能を演劇創造の中で果たすものととらえておられたかについて耳を傾ける必要がある。

舞台監督とは演出者の単なる従属者ではなく、あくまでも独自の権能をもつ協力者として演出者に代り、全員の仕事の要(かなめ)となって、全公演期間の舞台と舞台裏のいっさいを監督する人である。

これは「演劇百科大辞典」(平凡社・一九六一)に提供された定義である。この総論的定義に対し私たちに異論のあろうはずはない。
 しかし、現実にはこのような関係が成り立つためには、やはり水品先生のごとき実績とキャリアがなによりも前提であり、一つの究極の理想とも言えるものである。
 確かに、これは私たち舞台監督の努力目標でもある。逆に言えば、現実にはなかなかこうはいかないという理想像であり、私たちの日常の現場ははるかにこれ以前の段階での苦闘なのだ。
 だが一方でこのような舞台監督像に対する期待は演出者側から無いわけではない。たとえば演出家観世栄夫氏は機関紙「舞台監督」第四号で、舞台監督の仕事の困難さと、またその要求される高度な資質についてある種の畏敬の念をもって述べておられる。

舞台監督は、限られた時問と、限られた費用のなかで、演出者を助け、全スタッフ、キャストを掌握し、直接観客の心とブツカリ合って、稽古の初旦から、全公演の終了まで、一切の舞台上の、芸術的活動を芸術的に処理、統卒するために、芸術的なセンスと、事務的な才能を兼ねそなえるばかりでなく、舞台の.機構から、大道具、小道具はもとより、照明、音響、効果、衣裳から、社会科学全般にいたる迄の知識を持ち合せていなければならず、なまなかな事で出来る仕事ではありません。僕が、まがりなりにも、舞台の仕事が出来ているのも、今迄に、本当にいい、舞台監督にめぐり合えたせいだと思っている。

 以上のような演出家からの評価がある一方で、現実には必ずしもそうはいっていない実状をふまえて、長年演劇制作に携わって来られた倉林誠一郎氏(故人)は、一般の演劇界の舞台監督に対するとらえ方を批判的に述べておられる。

自覚は職能確立の第一歩だが、それと同時に、舞台創造の参加者がこの職能を正しく認識し、待遇するかが問題である。待遇するというのは経済的なことだけでなく、創造の協カ者としての待遇である。この点が遅れている。演出者などは、文章や公的なところでの発言では、もっと理解のある態度を示すが、実際の行動では大分開きがある。俳優にしても同じだ。舞台監督は俳優の小使いではないのだ。(「舞台監督」第三号)

 確かにこの発言は演劇界の実状を十分知りつくした上での発言だ。しかも、その一方で舞台監督に対する警告も忘れてはおられない。右の言葉に続けて「こういうことは、考えれば信頼される舞台監督かどうかにかかっている」と釘を刺すことも忘れておられない。
 舞台監督が演劇創造における協力者であるという立場を自らも定義し、また演出者からも期待されているという事実を考えた時、舞台監督は「演出者や演出助手や時としては俳優が片手間にやれる」(註1)仕事ではないのだという事実が痛感されてくる。

 では、今しばらく、舞台監督に対する大向うや周辺からの声に耳を傾けてみよう。これらの声は何れも創刊号以来の機関紙(誌)「舞台監督」に寄せられた声である。

  観世栄夫氏と倉林誠一郎氏の声はほんの一部だが紹介した。(以下の引用に際しては敬称は省略させていただく。括弧内の数字は機関誌「舞台監督」の号数)
 大橋喜一(四)「……演劇にたずさわるもろもろの仕事の中で、もっとも経験を要し、熟練した技術的知識が要求され、いささかも素人くさいものが通用しないところといえば、それは舞台監督ではあるまいか。……彼は演劇の全機構を知っていなくてはなるまい。そのさまざまな芸術家たちのすべての芸術性がよくわかり、そしていつでも演出家を代行できる能力をもたねばなるまい」

 北川 勇(五)演出家は基本的要素である脚本や演技の面にのみ関心を持ち、その他の実務的な仕事は専門家である舞台監督にすべてまかせて置けばいいと考え、舞台監督自身もそれが職能の独立と考えて居るとすれば、私は一寸それに疑問を持つのである。……舞台監督が、演出という演劇創造の一部を受け持つものであるという立場から考えると、舞台監督の仕事は演出の従属的な立場ではなく演出そのものであると考えるのである」

 千田是也(一〇)私たち演出家からみて頼りになる舞台監督は、俳優の状態も含めて、稽古の進行状態をよく知り、よい意味での集団作業の中で啓発し合える、技術者として、同時に人間として信頼できる仕事仲間です。……演出家には、まず作品があるのであって……稽古の中で創造力を発揮してゆくものですから、その変化するプロセスで、演出の意図や方法を理解して、上演の技術面と実行面を受け持つ立場で、どう演劇になじむかです。同時に……、演出家とちがった視点で全体をみて、柔軟に対応しながら経済的に物事をはこんでもらいたいと思います〉〈一方わが国では長い間、この仕事がなんとなく演出家になるための修業の場と考えられてきたところがあります。たしかに演出家がこの仕事を知っていなくてはならないでしようが、この仕事に精通することと、演出家として成功するかどうかは別問題です」

 戌井一郎(一〇)「演出者のことを舞台監督と称した時代から、舞台監督と演出者の仕事が分離して確立するまで、どのような過程があったか私はよく知りませんが、舞台監督の人材には、演出家と同じか、あるいは、それ以上の経験を積んだ人が選ばれたようです」 池辺晋一郎(一〇)「演出が、たとえば、ひとつの芝居の、太い幹のようなものだとすれば、各々のスタッフはその幹からのびた枝のようなものだ……舞台監督もスタッフだから、ならばやはり枝の一本か?/いや違う、舞台監督は枝ではないと、ぼくは考える……。舞台監督は、演出という幹の、その樹皮のような存在だ……。樹皮は幹をおおうのである。樹皮は具体的な形象であり、他方幹はイデーこそが最も大切なのである。樹皮は樹と枝とをつなぐのである。樹皮はまんべんなく見渡すのである。………… 樹皮はこの一本の樹の外観を作る花ではないが(花は役者だ)、実は外観の根底を作る存在である」

  以上の他にも舞台監督に対する好意的なコメントがあるし、引用した文章も全体の中の一部分に過ぎない。しかし、これらのコメントからも分かるのは、演劇創造における舞台監督の立場、そしてその意味である。
 もちろん、舞台監督との関係のしかたについては各々の演出家によって相違はあるだろう。だが、共通して言えるのは、従属的な関係においてではなく、「協力者」「仕事仲間」としての舞台監督像が求められているように思われることである。
 では、そのような協力者としての舞台監督に求められている資質とは何だろう? 端的に要約すれば、(1)芸術性、(2)技術性(実務性)、(3)人間性(信頼感)の三つのように思われる。

(1)芸術性について言うならば、舞台監督が取扱う対象が演劇という芸術である以上、それに対応すべき芸術的感性が要求されるのは当然であるはずだし、また(2)技術性(実務性)にしても、いかに演出家のイメージを理解し賛同しても、そのイメージを実現するための技術的方法論、またそれを実行に移す実務能力を欠いでいたら舞台監督はつとまらない。そして技術的実務の進行をよりスムーズにするためには(3)人問性とか信頼感は不可欠であるということになる。
 つまり、この三つの資質は舞台監督という鼎を支える三本の足といえる。その一本だけが発達し過ぎていても、未熟であっても舞台監督としては不安定ということになる。
 舞台監督は「演出家」でもなければならないと言われ、また舞台監督の仕事に精通していても、それで演出家になれるものでもないと言われる。演出家はオリジナルを創造し、舞台監督はそれを創造的に再現(上演)するとも言われる。演出は素人にもできるが、舞台監督は素人では駄目だ生言われる。このような舞台監督観を言い出せば、次々といくらでも出て来るだろうが、ズバリ言って、何だ?という質問に対するポジティーヴな端的な定義はなかなか難しい。それは、やはリ舞台監督の業務の多面性と多様性に由釆するものであろう。
 たとえば、水品先生の『舞台監督の仕事』の稽古の際における舞台監督の仕事について述べられた一節にはこうある。
「稽古中の舞台監督の仕事は、演出者のよき相談相手となり芸術的援助者となる一方、演出事務の面をうけもち、演出者の創作意図と作品の仕組に十分こころを行きとどかせながら公演にそなえる」(註2)とある。
 こう言われると確かに私たち舞台監督は稽古場においてこういうふうなことをやっているような気もするのだが、「私はまさにこうやっている」と胸を張った断言するのも気恥ずかしい感じがしないでもない。一方、千田先生のように「集団作業の中で啓発し合える、技術者として、同時に人間として信頼できる仕事仲間」(下線筆者)という具合に舞台監督の技術性を強調される場合もある。もちろん、技術者とはいえ、演劇という芸術に携わる以上、その芸術性は殊更に言うまでもなく前提になっているのだという解釈も成り立つ。
 こう見て来ると舞台監督が演出家と対照してその持ち分となる分野は、たとえ前提として芸術性や人間性があるとしても、すぐれて技術性においてであるのではあるまいか。
 そこで舞台監督の技術性とは何かが問われることになる。舞台監督の技術とはドン帳のボタンを押すことか? 吊物の綱を引くことか? 張物を正確に立てることか?
 ほとんどの人がこれに対して「否」と答えるに違いない。では、限られた条件の中で公演をうまく成功させることか?その前提としては段取りを上手に進めなければならないが、その段取りが舞台監督の技術だろうか?
「それだけじゃないよ」がその答えだろう。
 では舞台監督の技術とは何だろう?
 これもポジティーヴな定義というよりは比楡的な説明に過ぎないのだが、こうも一言えるのではあるまいか。
 舞台監督とは諸々の要素から成り立つ劇場芸術という楽器を演奏する演奏家のようなものだ。その中には演出も、俳優も、大道具も小道具も、照明も効果も、衣裳、かつら、履物、そしてそれらを操作する人々をも含めて、劇場芸術を構成するありとあらゆる要素が含まれている。その楽器を演奏するためには、その楽器の演奏法に熟達しなければならない。そのためには、その個々の要素についての研究も必要であり、場合によっては個々の要素の操作に習熟する必要もあるだろう。また、それが演奏される現代がいかなる時代であるかも知る必要があろうし、いかなる観客が客席をうめているかにも無関心であってはなるまい。演奏家である以上彼は芸術家である。芸術性はまたその芸術家の教養とも無関係ではない。そこで「社会科学全般」にわたる勉強も必要となる。
 ここまで来ると、舞台監督は単なる舞台監督に留まらず、いまや劇場芸術を支配(マネージ)する全舞台監督(かつて、そういう表現が築地小劇場で使用されたことがある)ないしは芸術監督のイメージに近くなって来る。

 それでは、私たち舞台監督自身は自分の職をどうとらえ、どう定義づけているのだろうか? それをやはり、これまでの機関紙(誌)「舞台監督」の中から抽出してみよう。

 三上 博(五)「舞台監督はポスターに名前が出るようにプランナーの一人であると思います。だから舞台監督と助手との関係について言えば、現場は全て助手に任せていいのではないかと思うのです。……舞台監督のイメージは世問一般的にも現場監督みたいに見られていますよね」

 宮永雄平(五)「わりと演出家なり、プロデューサーなりという人は舞台監督のことを大道具や小道具のチーフみたいな目で見ている人が多いような気がするんですよ」

 佐竹修(五)「舞台監督は演出的な才能というか見方も持ち合わせる必要があると思います」
 川尻原次(六)「舞台監督というのは芝居づくりに、またその芝居を長期間打ち続けていく時に、創造者としても実務者としても絶対に必要不可欠の要素であり、扇の要のような存在であって、その芝居の最終的な出来の良し悪しは舞台監督によって決まる」

 松岡道生(七)舞台監督は作品の芸術的完成度という点では演出家の側に立って稽古を進め、なおかつ上演にいたるまでの舞台技術的な問題点での総責任をおっているものでありながら、経済的観点からは制作者の側に立ち、公演が経済的にもなり立ちうるように、芸術性と経済性の分岐点をさぐるわけである。稽古場にあっては出演者相互のコミュニケーションを深め演出家とのパイプとなり、各スタッフ間のまとめ役でもある。という事は、総ての分野についての公平な知識と技術、それに加えて芸術的なセンスと経済的なカンを合わせ持った、言ってみればオールマイティーといった像が浮かび上がってくるのではないだろうか。したがって舞台監督の実体とはいったい何であるかという事になると、まったくの所困ってしまうのである」

 土岐八夫(七)舞台監督は過程であってその先に何かあるというふうに、もしとらえる方がいらっしやると僕はとっても癩に障るんです。私は舞台監督を一生続けていきたいと思っています……」

 安川修(二〇)「僕の場合……演出志向というのが非常に強いんです。だから、実際に今舞台監督をやっていますけど、どこかで舞台監督というのは、自分がやがて演出家になっていくためのステップである、という意識があるわけです」

 三宅博(同)「……実際上の舞台の実務がきちんと出来て、何の手落ちなくスムースに進行出来るような力の実績――この人が舞台監督をやってくれれば、何か事故があっても的確に処理してくれるだろうという安心感――幕が開いてからの役者の心理的信頼感――そういうものがないといけないよ」

 楠本章介(同)「僕の方としては、ただ和ですね。……和を大事にして今までやって来ました」

 土岐八夫(同)「舞台監督の仕事というのは、あらゆる状況の中で、結果として舞台をより良く進行することだと思うんですよ。……そのことの為に責任が取れるということですね」「そのために必要な技術というのを考えていくと、その中に役者的なものも入ってくるのではないかと思うんです。大道具・小道具・衣裳・照明・音響といった技術パートを並べて、比重としては同じくらいに、演技的な役者の基礎技術というか、役者の毎日の生理状態のようなものまでわかるというか、掌握していかないと、舞台監督という職能は遂行できないのではないか。演技的なこと、基礎的なことでもいいからその要素をきちんと把握していないと演技者に対して、ものが言えなくなってしまって、単なる技術屋さんになってしまうのではないかと思うのです」
「演出というのはオリジナルなものを作るのだけど、そのオリジナルなものをコピーするのではなくて、更によりよい成果が上げられるような助言が出来る目がなくてはいけないのではないかと思うんです。しかし、仕事の中にはそういうことが要求されることもありますが、無いこともある。不要な場合だってあるわけです。……ただ、舞台監督の仕事として、そういうことも掌握しておくべきだと思うんですね」
「『演出コースの中の舞台監督』というのではなく、『演出』というのもちゃんと掌握しておかないと、これからの舞台監督はその職能をちゃんと遂行出来ないのではないかと思うのです。その意味では……人格というか人問性みたいなものも大切ですよね。なにしろ、話が通じなければしょうがないわけだし――」
「舞台監督というのは本番のまとめ役でしよう。それには、いろんなトラブルの処理だけじゃなくて、よりスムiスに、より良い成果をあげるための演技者も含めた人達がコミュニケイト出来るような人間性というか、未熟な人から大ベテランにいたるまで話の通じるような抱擁力のようなものを持っていないと、トータルな進行は出来ないと思います」「そのためにはあるキャリアも必要になってくるわけだけれど、だからといって若い人達には無理かというと、そうではなくて若い人は若い人なりのもの言いでもって説得しなければいけないし、古い人達はそういう苦労はないかわりに、もう一つ次のステップでのもの言いが出来ると思うのです」
「舞台監督は現場の技術者というよりね、技術のわかる人だと思うんだよ。自分が技術を持っているというのも大事だけど、全部の技術を身につけるわけにはいかないでしよう。照明から音響から、そういう意味で演技もそうだろうと思うんだが、そういうのが全部わかる人、理解出来る人で、しかも演出家が意図するところを稽古場できっちりつかまえられて、演技者も含む現場の人問に伝えられる人だね」


 以上、現役の舞台監督たちからの発言を見ても、前に挙げた芸術性、技術性、人間性の三点が意識するしないに拘らず前提となっているように思われる。また、舞台監督としての今の立場を演出家になるためのステップと明快に割り切っている人もいれば、一方では一生の仕事と考えている人もいる。当然その何れもがあってよいのだが、これらの発一言を通して、舞台監督もまた演出的能力を持つべきであるという考え方が意外にはっきりと意識されていることが分かった。
 では舞台監督としての演出的能力とはどういうものか。土岐さんは「演出コースの中の舞台監督」を否定した上で、「演出というものもしゃんと掌握しておかないと」舞台監督の職能は遂行出来ないのではないかと一言っている。そして舞台監督の演出家性について、演出がオリジナルなものを作るのに対し、舞台監督は「そのオリジナルなものをコピーするのではなくて、更によりよい成果が上げられるような助言が出来る目」というふうに提えているようだ。
 同様の趣旨はプークの川尻さんの発言の中にもある。
「演出家の手を離れたその舞台を、演出のイメージにより近づけ、舞台をただ維持すみだけでなく……あわよくば演出のイメージを更にふくらませた舞台をつくろうとしてきた」という姿勢の中には演出家的創造意欲が感じられる。
 しかし、そのような意気込みがあっても、それを可能とさせる状況がなければ、その意気込みも空回りに終る。それを可能とするのは舞台監督の人間性であり、信頼感である。三宅さんはこの点に関して「稽古場での演出家のダメに対するこちら側からの助言にしても、本番になって、稽古の時に気づかなかった事を注文する場合でも、そういう信頼感がないと聞いてくれない」と述べている。その信頼感は舞台監督の技術者としての実績によってはじめて裏づけられると言う(前掲の三宅さんの発言参照)。

 では舞台監督の技術とは、あるいは技術者性とは何か? 早乙女さんは自分の紀伊国屋ホールでの体験をもとに次のように証言している。
「最初のころは、使い走りじゃないけど舞台の上の細かいことを処理する人、道具を建てたり、小道具を用意したり、そういうことを事務的に整えていく人、といった人が多かったと思うんです。で、いる場所にしても、袖にいていっしょに転換したり、キューを出したりしている。あとのダメ出しは演出家や演出助手なりがする、というスタィルですね。ところが最近では、本番は舞台を見ていて、もちろん人出の足りない時には転換に出たりなさってますが、舞台を見つめていて、あとでその日のダメ出しなんかをする舞台監督さんがふえてきているように思うのです」

 この傾向は時代の推移に伴う舞台監督の職能の質的な変化を意味するのだろうか、それとも舞台監督の年令層が上がって来たせいなのだろうか?
 三宅さんは次のように述懐している。
「やっぱり年令のせいかな、若い頃はガムシャラに飛びまわってやれたんだけど、身体が動かなくなってくると、どっしりと腰を据えて見ていて、それでやるということになる」
 しかし、三宅さんより若い世代の舞台監督の中にも「現場は全て助手に任せていいのではないか」(三上)という発言もあるし、もっと積極的意味あいで「自分の得意なパートでもある程度その技術者にまかせられる度量が舞台監督には求められる」(土岐)という意見もある。 では舞台監督と技術の関係はどうなのだろうか。舞台監督は現場の技術者なんだろうかという発言に対し、土岐さんは「技術のわかる人」と定義している。そして続けて「自分が技術を持っているというのも大事だけど、全部の技術を身につけるわけにはいかない」のだから、照明から音響から、演技にいたるまで「そういうものが全部」わかり、理解でき、しかも「演出家が意図するところを稽古場できっちりつかえまられて、演技者も含む現場の人間に伝えられる人」と説明する。
 土岐さんのこの定義、つまり、技術全般についてわかり、理解でき、かつ現場の人間に適確に伝えられる人という舞台監督の要素に対する一つの定義は確かに異論をはさむ余地がない。がしかし、その方法ということになとなかなかむずかしい問題を含んでいる。
「わかる」ためには、各々の技術の何を、どの程度知ればいいのか。あるいはその技術の質と量とも言えるだろうか。今の日本の演劇界の状況では、それぞれの専門の技術分野において何年かずつその技術を習得するために現場につくというのは殆ど不可能である。また、それらの技術をコンバクトに実習する教育システムもないとすると、それらの技術が「わかり」「理解」できるようになるための方法は、演劇創造現場での体験ないし経験であり、また、その質と量に大きく左右されることにもなる。
 土岐さんは演技については少なくとも「役者の基礎技術」は知っていなければならないと述べている。この点から類推すると、音響、照明、衣裳、小道具等々について少なくとも基礎知識は持っていなければならないということになる。これはなまなかのことではない。
 私は土岐さんの言葉を否定的にあげつらっているのではない。私も全く同感なのだ。そして今後の舞台監督は芸術的感性と人間性に支えられた、かかる技術の基礎の上に自己の職能を遂行することが求められていると思うのである。

 このように大向うからの意見や、協会員自身の認識を聞いてみても、結局、この章の初めに紹介した水品先生の舞台監督の定義に変更を加える要因となるような決定的な意見は見当たらないようだ。しかし、我々舞台監督の業務の遂行の前提となる要素は、多少なりとも具体的に見えてきたように思われる。
 舞台監督協会の理事会でしばしば立ち消えになってきた「舞台監督研修」の問題も、この辺にとっかかりの糸口があるのかも知れない。

註1 水品春樹著『舞台監督の仕事』未来社、1935年初版。94頁。
註2 同上、八頁。





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