<Drittes Ergänzungswerk>
「化学者たちのパズルゲーム 第三補遺」です。ここでは基底の取替え系の解説をやってみたり。
今までは、例えば2スピン系では各スピンの状態を各単位ベクトルで表現することを前提に演算子を表現する行列を構築して考えてきました。
|++> |
|+-> |
|-+> |
|--> |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 | 1 | 0 | 0 |
0 | 0 | 1 | 0 |
0 | 0 | 0 | 1 |
しかしこれは必須ではなく4つの直交規格化された状態があればそれに対して直交規格化されたベクトルを対応させて、そこから演算子の行列を構築することができます。
例えば
1/21/2(|++> + |-->) |
1/21/2(|+-> + |-+>) |
1/21/2(|+-> - |-+>) |
1/21/2(|++> - |-->) |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 | 1 | 0 | 0 |
0 | 0 | 1 | 0 |
0 | 0 | 0 | 1 |
というように単位ベクトルに対応させれば
の関係式より
E |
Ix |
Iy |
Iz |
I+ |
I- |
||||||||||||||||||
1 |
0 | 0 | 0 |
0 |
1/2 | 0 | 0 |
0 |
0 | -1/2i | 0 | 0 | 0 | 0 | 1/2 |
0 |
1/2 | -1/2 | 0 |
0 |
1/2 | 1/2 | 0 |
0 | 1 | 0 | 0 | 1/2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -1/2i | 0 | 0 | 1/2 | 0 | 1/2 | 0 | 0 | -1/2 | 1/2 | 0 | 0 | 1/2 |
0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | -1/2 | 1/2i | 0 | 0 | 0 | 0 | 1/2 | 0 | 0 | 1/2 | 0 | 0 | -1/2 | -1/2 | 0 | 0 | -1/2 |
0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | -1/2 | 0 | 0 | 1/2i | 0 | 0 | 1/2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1/2 | -1/2 | 0 | 0 | -1/2 | -1/2 | 0 |
Sx |
Sy |
Sz |
S+ |
S- | |||||||||||||||||||
0 | 1/2 | 0 | 0 |
0 |
0 | 1/2i | 0 | 0 | 0 | 0 | 1/2 |
0 |
1/2 | 1/2 | 0 | 0 | 1/2 | -1/2 | 0 | ||||
1/2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -1/2i | 0 | 0 | -1/2 | 0 | 1/2 | 0 | 0 | -1/2 | 1/2 | 0 | 0 | 1/2 | ||||
0 | 0 | 0 | 1/2 | -1/2i | 0 | 0 | 0 | 0 | -1/2 | 0 | 0 | -1/2 | 0 | 0 | 1/2 | 1/2 | 0 | 0 | 1/2 | ||||
0 | 0 | 1/2 | 0 | 0 | 1/2i | 0 | 0 | 1/2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1/2 | 1/2 | 0 | 0 | -1/2 | 1/2 | 0 |
というように表すことができます。このように演算子の表現の基本となっている状態(基底)の表現を取替えて全部の演算子の表現を置き換えることを基底の取替えと言います。
ここである基底で表した演算子の行列表現と別の基底で表された演算子の行列表現の間には(新しい演算子の表現) = (基底を変換する行列)(もとの演算子の表現)(基底を変換する行列)-1という関係式が成立します。例えば
|++> |
|+-> |
|-+> |
|--> |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 | 1 | 0 | 0 |
0 | 0 | 1 | 0 |
0 | 0 | 0 | 1 |
で表した演算子の行列表現を
1/21/2(|++> + |-->) |
1/21/2(|+-> + |-+>) |
1/21/2(|+-> - |-+>) |
1/21/2(|++> - |-->) |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 | 1 | 0 | 0 |
0 | 0 | 1 | 0 |
0 | 0 | 0 | 1 |
で表された演算子の行列表現に変換するには基底を変換する行列とその逆行列(この場合同じ行列だったりしますが)
基底を変換する行列 | (基底を変換する行列)-1 | ||||||
1/21/2 | 0 | 0 | 1/21/2 | 1/21/2 | 0 | 0 | 1/21/2 |
0 | 1/21/2 | 1/21/2 | 0 | 0 | 1/21/2 | 1/21/2 | 0 |
0 | 1/21/2 | -1/21/2 | 0 | 0 | 1/21/2 | -1/21/2 | 0 |
1/21/2 | 0 | 0 | -1/21/2 | 1/21/2 | 0 | 0 | -1/21/2 |
を用いて変換できます。
基底の取替えをする意味があるのはハミルトニアンHが非対角行列で表される時です。この場合密度演算子の時間変化を示すLiouville-von Neumann方程式の解ρ = e-iHtρ0 eiHtのうちeiHtを計算するのが極めて難しくなります。この時、ハミルトニアンが対角行列で表されるように基底を選びなおしてやることでeiHtを容易に計算できるようにします。
手順としては以下のようになります。
スピン-スピン結合している2つのスピンにおいて、化学シフトの差がカップリング定数よりずっと大きい場合、2つのピークは同じ強度のダブレットになります。しかし化学シフトの差が小さい場合には、内側のピークが強くなり外側のピークが弱くなります。さらに化学シフトが完全に一致すると外側のピークは消失して、まるでカップリングが無いかのようにシングレットのピークとなってしまいます。この挙動の原因は何かという疑問を解決するコーナーです。
通常の1パルスの測定においては最初の密度演算子はρ0 = Iz + Szであり、これが90度xパルスH = γB1(Ix + Sxのもとで時間変化しρ1 = -Iy - Syとなります。このあとの化学シフトとスピン-スピンカップリングによる時間変化のハミルトニアンは回転座標系ではH = (ω0-ωI)Iz + (ω0-ωS)Sz+ 2πJI⋅Sとなります。(Δω>>2πJではない強いスピン結合なのでI⋅S = IxSx+IySy+IzSz中のIxSx+IySyを省略できない。なお、実験室座標系ではω0が消える。)このハミルトニアンのもとで密度演算子がどのように時間変化するかを追跡すればよいわけです。I⋅SはIzSzと違いIz やSzと可換でないので、弱い結合の系のように各項別々にe-iHtρ0 eiHtを計算することができません。そのため全部の項をまとめて扱う必要があり、このハミルトニアンの行列表示は
H |
|||
1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ/2 | 0 | 0 | 0 |
0 | 1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)-πJ/2 | πJ | 0 |
0 | πJ | -1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ/2 | 0 |
0 | 0 | 0 | -1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)+πJ/2 |
となります。しかし、これは対角行列でないため、Liouville-von Neumann方程式の解ρ = e-iHtρ0 eiHtを計算するのはかなり面倒です。そのため、このハミルトニアンが対角化されるように基底を|++>、|+->、|-+>、|-->から取り替えます。このハミルトニアンの固有値と固有ベクトルを計算すると
固有値 | 1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ/2 | -πJ/2+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2 | -πJ/2-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2 | -1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)+πJ/2 |
固有ベクトル | 1 | 0 | 0 | 0 |
0 | cosθ | -sinθ | 0 | |
0 | sinθ | cosθ | 0 | |
0 | 0 | 0 | 1 |
ただし、θはtanθ=-((1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)/πJとなるθです。ハミルトニアンの固有ベクトルはSchrödinger方程式の定常状態の解ですから、強いスピン結合をしている系では|+->と|-+>の状態が恒に混じりあっていることが分かります。
これらの固有ベクトルを基底とすると、(新しい演算子の表現) = (固有ベクトルを並べた行列)-1(もとの演算子の表現)(固有ベクトルを並べた行列)ですから
固有ベクトルを並べた行列-1 | もとのIyの表現 | 固有ベクトルを並べた行列 | 新しいIyの表現 | 新しいSyの表現 | |||||||||||||||
1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1/2i | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1/2i sinθ | 1/2i cosθ | 0 |
0 |
1/2i cosθ | -1/2i sinθ | 0 |
0 | cosθ | sinθ | 0 | 0 | 0 | 0 | 1/2i | 0 | cosθ | -sinθ | 0 | 1/2i sinθ | 0 | 0 | 1/2i cosθ | 1/2i cosθ | 0 | 0 | 1/2i sinθ |
0 | -sinθ | cosθ | 0 | -1/2i | 0 | 0 | 0 | 0 | sinθ | cosθ | 0 | 1/2i cosθ | 0 | 0 | -1/2i sinθ | -1/2i sinθ | 0 | 0 | 1/2i cosθ |
0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -1/2i | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1/2i cosθ | -1/2i sinθ | 0 | 0 | 1/2i sinθ | 1/2i cosθ | 0 |
よってハミルトニアンH = (ω0-ωI)Iz + (ω0-ωS)Sz+ 2πJI⋅Sによるρ1 = -Iy - Syの時間変化ρ2は
H |
ρ1 |
ρ2 |
|||||||||
1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ/2 |
0 | 0 | 0 | 0 | -1/2i(sinθ+cosθ) | -1/2i(cosθ-sinθ) | 0 | 0 | -1/2i(sinθ+cosθ)e-1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)-πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it | -1/2i(cosθ-sinθ)e-1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)-πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it | 0 |
0 | -πJ/2+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2 | 0 | 0 | -1/2i(sinθ+cosθ) | 0 | 0 | -1/2i(cosθ+sinθ) | -1/2i(sinθ+cosθ)e1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it | 0 | 0 | -1/2i(cosθ+sinθ)e-1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)+πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it |
0 | 0 | -πJ/2-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2 | 0 | -1/2i(cosθ-sinθ) | 0 | 0 | 1/2i(sinθ-cosθ) | -1/2i(cosθ-sinθ)e1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it | 0 | 0 | 1/2i(sinθ-cosθ)e-1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)+πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it |
0 | 0 | 0 | -1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)+πJ/2 | 0 | -1/2i(cosθ+sinθ) | 1/2i(sinθ-cosθ) | 0 | 0 | -1/2i(cosθ+sinθ)e1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it | 1/2i(sinθ-cosθ)e1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it | 0 |
よって<Iy> = Tr {Iyρ2}
= 1/4(sin2θ+cosθsinθ)e1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(cos2θ-cosθsinθ)e1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(sin2θ+cosθsinθ)e-1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)-πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(cos2θ+cosθsinθ)e1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(cos2θ-cosθsinθ)e-1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)-πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(sin2θ-cosθsinθ)e1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(cos2θ+cosθsinθ)e-1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)+πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(sin2θ-cosθsinθ)e-1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)+πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
= 1/2(sin2θ+cosθsinθ)(cos (1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)t)
+1/2(cos2θ-cosθsinθ)(cos (1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)t)
+1/2(cos2θ+cosθsinθ)(cos (1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)t)
+1/2(sin2θ-cosθsinθ)(cos (1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)t)
このように4本のピークが得られます。もし、|1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)| >> |πJ| ならば(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2 ≒ 1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)(ただし1/2(ω0-ωI)>1/2 (ω0-ωS)の場合)、cosθ≒1、sinθ≒0なので<Iy> ≒ 1/2(cos (ω0-ωI)+πJ)+1/2(cos (ω0-ωI)-πJ)となり2πJI⋅S ≒ 2πJIzSzと近似した場合の結果と一致することが分かります。4本のピークのうちの2本は弱い結合の時にはカップリング相手のS由来でしか生じなかったピークであることも分かります。このことからも|+->と|-+>とが混じりあってコヒーレンス移動が起こっていることが分かります。
一方、<Sy> = Tr {Syρ2}
= 1/4(cos2θ+cosθsinθ)e1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(sin2θ-cosθsinθ)e1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(cos2θ+cosθsinθ)e-1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)-πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(sin2θ+cosθsinθ)e1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(sin2θ-cosθsinθ)e-1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)-πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(cos2θ+cosθsinθ)e1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(sin2θ+cosθsinθ)e-1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)+πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
+1/4(cos2θ-cosθsinθ)e-1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)+πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2it
= 1/2(cos2θ+cosθsinθ)(cos (1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)t)
+1/2(sin2θ-cosθsinθ)(cos (1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)t)
+1/2(sin2θ+cosθsinθ)(cos (1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)t)
+1/2(cos2θ-cosθsinθ)(cos (1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)t)
よって<Iy>+<Sy> =
1/2(1+2cosθsinθ)(cos (1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)t)
+1/2(1-2cosθsinθ)(cos (1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)t)
+1/2(1+2cosθsinθ)(cos (1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)t)
+1/2(1-2cosθsinθ)(cos (1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)t)
1/2(ω0-ωI)>1/2 (ω0-ωS)、J > 0とすればtanθ> 0よりcosθsinθ>0であるので、弱い結合の時に低磁場(高周波数)の化学シフトを持つ核Sの高磁場側ピークに対応する1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)+πJ-(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2のピークと高磁場(低周波数)の化学シフトを持つ核Iの低磁場側ピークに対応する1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)-πJ+(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2のピーク(つまり内側の2本のピーク)が大きくなることが分かります。また、IとSの化学シフトが近くなるとθ→π/4になるので2cosθsinθ→1/2となり、内側のピークはさらに大きくなり、外側のピークは小さくなります。化学シフトが完全に一致すると(θ=π/4)外側の2本のピークの強度は0となり、内側の2本のピークの共鳴周波数は1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)で一致し、シングレットで観測される結果と一致します。
また、弱い結合の時のそれぞれの化学シフトを持つ核の低(高)磁場側に対応するピークの共鳴周波数の差を取ると2(π2J2+(1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS))2)1/2)となるので、これを2で割って二乗した後にカップリングの分裂幅の半分の二乗π2J2を引いてから平方根をとると1/2(ω0-ωI)-1/2 (ω0-ωS)となります。これと内(外)側ピークの共鳴周波数の平均1/2(ω0-ωI)+1/2 (ω0-ωS)の和と差を計算すれば真の化学シフトが求まりまることが分かります。
この分光法はちょっと特殊でスピンロックパルスというものを使用します。
回転座標系のベクトルモデルで考えると最初の90度xパルスで磁化ベクトルはIz→-Iy となり、すぐにy軸方向のパルスを連続で当てるとその間磁化ベクトルはz軸方向の有効磁場とパルスによるy軸方向の磁場の和の方向を軸として歳差運動することになります。y軸方向のパルス磁場がz軸方向の有効磁場より充分に強いと、歳差運動の軸はほとんどy軸になるため、磁化ベクトルは化学シフトによって時間変化できずに-Iyのまま留まります。それゆえ、このパルスをスピンロックパルスと呼びます。密度演算子で追跡すると、通常の1パルスの測定においては最初の密度演算子はρ0 = Iz であり、これが90度xパルスH = γB1Ixのもとで時間変化しρ1 = -Iyとなります。このあとの化学シフトとスピンロックパルスによる時間変化のハミルトニアンは回転座標系ではH = (ω0-ωI)Iz +γB1Iyとなります。このハミルトニアンの行列表示は
H | |
1/2(ω0-ωI) | 1/2iγB1 |
-1/2iγB1 | -1/2(ω0-ωI) |
この固有値と固有ベクトルを求めると
固有値 | 1/2(γ2B12+(ω0-ωI)2)1/2 | -1/2((ω0-ωI)2+γ2B12)1/2 |
固有ベクトル | cosθ | isinθ |
isinθ | cosθ |
ただし、θはtanθ=((ω0-ωI)-(γ2B12+(ω0-ωI)2)1/2)/γB1となるθ。これらの固有ベクトルを基底として取り直し、(新しいIyの表現) = (固有ベクトルを並べた行列)-1(もとのIyの表現)(固有ベクトルを並べた行列)で計算すると
固有ベクトルを並べた行列-1 | もとのIyの表現 | 固有ベクトルを並べた行列 | 新しいIyの表現 | ||||
cosθ | -isinθ | 0 | 1/2i | cosθ | isinθ | cosθsinθ | 1/2i (cos2θ-sin2θ) |
-isinθ | cosθ | -1/2i | 0 | isinθ | cosθ | -1/2i (cos2θ-sin2θ) | -cosθsinθ |
よってρ1 = -IyのH = (ω0-ωI)Iz +γB1Iyによる時間変化ρ2は
H |
ρ1 |
ρ2 |
|||
1/2(γ2B12+(ω0-ωI)2)1/2 |
0 | -cosθsinθ | -1/2i (cos2θ-sin2θ) | -cosθsinθ | -1/2i (cos2θ-sin2θ)e(γ2B12+(ω0-ωI)2)1/2it |
0 | -1/2(γ2B12+(ω0-ωI)2)1/2 | 1/2i (cos2θ-sin2θ) | cosθsinθ | 1/2i (cos2θ-sin2θ)e-(γ2B12+(ω0-ωI)2)1/2it | cosθsinθ |
よって<Iy> = Tr {Iyρ2}
= -2cos2θsin2θ- 1/4(cos2θ-sin2θ)2(e(γ2B12+(ω0-ωI)2)1/2it+e-(γ2B12+(ω0-ωI)2)1/2it)
= -1/2sin22θ-1/2cos22θcos (γ2B12+(ω0-ωI)2)1/2t
γB1 >> (ω0-ωI) ならばtanθ≒±1なのでsin22θ≒ 1、cos22θ≒ 0。すると<Iy> = -1/2となり完全に磁化ベクトルはy軸にロックされます。またω0-ωI = 0ならば恒にtanθ= ±1なのでスピンロック磁場の強度B1によらずに完全なスピンロックが起こります。
2つのカップリングしているスピンI, Sを90度xパルスによってy軸に倒した後、同時に完全にスピンロックすることを考えます。このとき、完全なスピンロックなのでハミルトニアンはH = γIBIIy +γSBSSy + 2πJI⋅Sとすることができます。
H |
|||
πJ/2 | 1/2iγSBS | 1/2iγIBI | 0 |
-1/2iγSBS | -πJ/2 | πJ | 1/2iγIBI |
-1/2iγIBI | πJ | -πJ/2 | 1/2iγSBS |
0 | -1/2iγIBI | -1/2iγSBS | πJ/2 |
この行列をそのまま扱うのは面倒くさいので、これを基底を変換する行列e-iIxπ/2とe-iSxπ/2により基底の取替えをします。これはちょうど90度xパルスを当てたのと同様に(つまり新しいIzの表現がもとの-Iyの表現、新しいIyの表現がもとのIzの表現になる)に行列が変換されるので新しいハミルトニアンHの行列表現は
H |
|||
1/2(γIBI + γSBS)+ πJ/2 | 0 | 0 | 0 |
0 | 1/2(γIBI - γSBS)-πJ/2 | πJ | 0 |
0 | πJ | -1/2(γIBI - γSBS)-πJ/2 | 0 |
0 | 0 | 0 | -1/2(γIBI + γSBS)+ πJ/2 |
比較すれば分かるように、これは先にとりあげた強いスピン系のハミルトニアンと同じ形をしています。よってこの固有値は
固有値 | 1/2(γIBI + γSBS)+πJ/2 | -πJ/2+(π2J2+(1/2(γIBI - γSBS))2)1/2 | -πJ/2-(π2J2+(1/2(γIBI - γSBS))2)1/2 | -1/2(γIBI + γSBS)+πJ/2 |
固有ベクトル | 1 | 0 | 0 | 0 |
0 | cosθ | -sinθ | 0 | |
0 | sinθ | cosθ | 0 | |
0 | 0 | 0 | 1 |
ただし、θはtanθ=-(1/2(γIBI - γSBS)+(π2J2+(1/2(γIBI - γSBS))2)1/2)/πJとなるθです。
固有ベクトルを並べた行列-1 | もとのIyの表現 | 固有ベクトルを並べた行列 | 新しいIyの表現 | 新しいSyの表現 | |||||||||||||||
1 | 0 | 0 | 0 | 1/2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1/2 | 0 | 0 | 0 | 1/2 | 0 | 0 | 0 |
0 | cosθ | sinθ | 0 | 0 | 1/2 | 0 | 0 | 0 | cosθ | -sinθ | 0 | 0 | 1/2cos2θ | -1/2sin2θ | 0 | 0 | -1/2cos2θ | 1/2sin2θ | 0 |
0 | -sinθ | cosθ | 0 | 0 | 0 | -1/2 | 0 | 0 | sinθ | cosθ | 0 | 0 | -1/2sin2θ | -1/2cos2θ | 0 | 0 | 1/2sin2θ | 1/2cos2θ | 0 |
0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | -1/2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | -1/2 | 0 | 0 | 0 | -1/2 |
ここでIyおよびSyのハミルトニアンH = γIBIIy +γIBSSy + 2πJI⋅Sによる時間変化Iy'およびSy'は
Iy' | Sy' | ||||||
1/2 | 0 | 0 | 0 | 1/2 | 0 | 0 | 0 |
0 | 1/2cos2θ | -1/2sin2θe-2i(π2J2+(1/2(γIBI - γSBS))2)1/2t | 0 | 0 | -1/2cos2θ | 1/2sin2θe-2i(π2J2+(1/2(γIBI - γSBS))2)1/2t | 0 |
0 | -1/2sin2θe2i(π2J2+(1/2(γIBI - γSBS))2)1/2t | -1/2cos2θ | 0 | 0 | 1/2sin2θe2i(π2J2+(1/2(γIBI - γSBS))2)1/2t | 1/2cos2θ | 0 |
0 | 0 | 0 | -1/2 | 0 | 0 | 0 | -1/2 |
Tr{Iy⋅Iy'} = 1/2 + 1/2cos22θ + 1/2sin22θ⋅cos2(π2J2+(1/2(γIBI - γSBS))2)1/2t
= 1-sin22θ⋅sin2(π2J2+(1/2(γIBI - γSBS))2)1/2t
Tr{Sy⋅Iy'} = 1/2 - 1/2cos22θ - 1/2sin22θ⋅cos2(π2J2+(1/2(γIBI - γSBS))2)1/2t
= sin22θ⋅sin2(π2J2+(1/2(γIBI - γSBS))2)1/2t
ということになりIyからSyへのコヒーレンス移動が起こることが分かります(逆向きのコヒーレンス移動も同時に起こります)。その効率はsin22θ= 1つまりθ= 45度で最大になり、θはtanθ=-(1/2(γIBI - γSBS)+(π2J2+(1/2(γIBI -γSBS))2)1/2)/πJですから、γIBI =γSBSにおいてそれが実現されます。これをHartmann-Hahn条件といいます。
COSYの第2パルスの代わりにHartmann-Hahn条件を満たすようにスピンロックパルスを使用するとそれによるコヒーレンス移動が起こります。この場合コヒーレンスはスピン-スピン結合を伝ってI1からそれとカップリングしているスピンI2、スピンI2からそれとカップリングしているスピンI3、スピンI3からそれとカップリングしているスピンI4⋅⋅⋅とスピンロックパルスが継続している限り次々に移動して行きます。その結果、I1に対してI2、I3、I4⋅⋅⋅に交差ピークが現れるCOSYの拡張のスペクトルを得ることができます。これがTOCSY(もしくは2D HOHAHA)です。これはペプチドや糖鎖のようなカルボニル基やエーテル結合によっていくつかの単位に区切られている分子の構造解析に有用です。