<Viertes Ergänzungswerk>
「化学者たちのパズルゲーム 第四補遺」です。緩和についての密度行列の取り扱いとそれを利用した測定法について。
NMRの測定においてパルスによって回転させられた磁化ベクトルは徐々に熱平衡な状態へと復帰します。これは分子の運動などによってスピンに働く磁場がランダムにゆらぎ、そのゆらぎの中からスピンの状態間の遷移を起こすことのできる共鳴周波数にあたる成分を吸収することによって起こります。今まではこのランダムに揺らぐ部分については一切考慮してきませんでしたので磁化ベクトルの緩和は考慮されていません。ここでそれについての考慮を少し加えたりしてみます。
まずハミルトニアンH(t) = H0 + H1(t)とおきます。H0は時間的に変動しない磁場に由来するハミルトニアンの成分であり、H1(t)がランダムにゆらぐ磁場に由来するハミルトニアンの成分です。Liouville-von Neumann方程式はdρ/dt = i(ρ(H0 + H1(t))-(H0 + H1(t))ρ) = i[ρ,H0 + H1(t)] となります。これに対して回転座標系への変換と同様の手法を用いて時間的に変動しない磁場の影響を除去します。すなわちρ→ρ' = eiH0tρ e-iH0t、H→H' = eiH0t(H-H0) e-iH0t = eiH0tH1(t)e-iH0t = H1'(t)と置き換えます。するとLiouville-von Neumann方程式はdρ'/dt = i(ρ'H1'(t)-H1'(t)ρ') = i[ρ',H1'(t)]と書き換えることができます。
これを積分形式に書き直すとρ'(t) = ρ'(0) + i∫0t[ρ'(t'),H1'(t')]dt。ここで遂次近似法を適用します。すなわちρn+1'(t) = ρ'(0) + i∫0t[ρn'(t'),H1'(t')]dtという式を用います。これは量子化学計算で使われているSCF(Self Consistent Field)と同じような方法です。SCFはまず適当な近似波動関数ψ1を設定し、それを方程式に代入して、より真の波動関数に近い関数ψ2を求めます。その求まった関数ψ2を再び方程式に代入してさらに真の波動関数に近い関数ψ3を求めます。それを繰り返して代入した関数と求まった関数が等しくなるまで続ける方法です。ここでH1'(t')が小さければρ'(t) ≒ρ'(0)と考えられますから、近似密度演算子としてρ1'(t) = ρ'(0)を使います。するとρ2'(t) = ρ'(0) + i∫0t[ρ1'(t'),H1'(t')]dt = ρ'(0) + i∫0t[ρ'(0),H1'(t')]dt。このρ2'(t)をもう一度代入するとρ3'(t) = ρ'(0) + i∫0t[ρ2'(t'),H1'(t')]dt = ρ'(0) + i∫0t[ρ'(0) + i∫0t[ρ'(0),H1'(t')]dt ,H1'(t')]dt = ρ'(0) + i∫0t[ρ'(0),H1'(t')]dt - ∫0t∫0t'[[ρ'(0),H1'(t'')],H1'(t')]dt'dt''。普通NMRでは主磁場に対する摂動磁場の大きさの比は1/10000程度なので近似としてはこれで充分です。これを元の微分形式に戻すとdρ'/dt = i[ρ'(0),H1'(t')] - ∫0t[[ρ'(0),H1'(t')],H1'(t)]dt'となります。これが緩和を考えるときの基本方程式になります。
この方程式は解くには直積演算子法でρを直積演算子の和で表しても役には立たず、直接密度行列の要素を計算する必要があります。