Das Raetselspiel der Chemiker

<Zweites Ergänzungswerk>


「化学者たちのパズルゲーム 第二補遺」です。最新のNMRに使われている技術についてごちょごちょ書いていきます。

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2スピン系の直積演算子

 ページを書いていくのにも必要なのでもう一度載せておきます。

A/H

ωE

ωIx

ωIy

ωIz

E

E

E

E

E

Ix

Ix

Ix

Ixcosωt - Izsinωt

Ixcosωt + Iysinωt

Iy

Iy

Iycosωt + Izsinωt

Iy

Iycosωt -Ixsinωt

Iz

Iz

Izcosωt - Iysinωt

Izcosωt +Ixsinωt

Iz

A/H

2πJIzSz

Ix

IxcosπJt + 2IySzsinπJt

Iy

IycosπJt - 2IxSzsinπJt

2IxSz

2IxSzcosπJt + IysinπJt

2IySz

2IySzcosπJt - IxsinπJt

Sx

SxcosπJt + 2IzSysinπJt

Sy

SycosπJt - 2IzSxsinπJt

2IzSx

2IzSxcosπJt + SysinπJt

2IzSy

2IzSycosπJt - SxsinπJt

そのほか

変化しない


コヒーレンスフィルター:
CYCLOPS(CYCLically Ordered Phase Sequence)とPFG(Plus Field Gradient)

CYCLOPS

 2スピン系に対してCOSYのパルスシーケンス(下記)を当てたときのことを考えます。

90度xパルス

化学シフトI

カップリング、90度xパルス

化学シフトI

化学シフトS

カップリング

Iz→-Iy

-Iy

 

-Iy→-Iz

-Iz

-Iz

-Iz

2IxSz→-2IxSy

-2IxSy

-2IxSy

-2IxSy

2IxSx

2IxSx

-2IySy

-2IySy

-2IySy

2IySx

2IySx

Ix

Ix

Ix

Ix

Ix

2IySz

Iy

Iy

Iy : 対角ピーク

- 2IxSz

2IySz→-2IzSy

-2IzSy

-2IzSy

-2IzSy

Sx

2IzSx

2IzSx

Sy : 交差ピーク

 ではここで2つのパルスの位相を90度yパルスとしたらどうなるでしょうか?

90度yパルス

化学シフトI

カップリング、90度yパルス

化学シフトI

化学シフトS

カップリング

IzIx

Ix

 

Ix→-Iz

-Iz

-Iz

-Iz

2IySz→2IySx

2IySx

2IySx

2IySx

2IySy

2IySy

-2IxSx

-2IxSx

-2IxSx

-2IxSy

-2IxSy

Iy

Iy

Iy

Iy

Iy

-2IxSz

-Ix

-Ix

-Ix

-2IySz

-2IxSz→2IzSx

2IzSx

2IzSx

2IzSx

Sy

2IzSy

2IzSy

-Sx

 まず90度xパルスにおいて最終的に-Izになった項は、90度yパルスのときも-Izです。つまり変化しないことが分かります。次に90度xパルスにおいて最終的に-2IxSyになった項は、90度yパルスのとき2IySxとなったことが分かります。さらに90度xパルスにおいて最終的にIyになった項は、90度yパルスのときにIxとなったことが分かります。

 このような感じでさらに-90x度パルス、-90度yパルスについても調べてみます。すると

90度xパルス

90度yパルス

-90度xパルス

-90度yパルス

分類

-Iz

-Iz

-Iz

-Iz

A

-2IxSy

2IySx

-2IxSy

2IySx

B

2IxSx

2IySy

2IxSx

2IySy

-2IySy

-2IxSx

-2IySy

-2IxSx

2IySx

-2IxSy

2IySx

-2IxSy

Ix

Iy

-Ix

-Iy

C

2IySz

-2IxSz

-2IySz

2IxSz

Iy

-Ix

-Iy

Ix

- 2IxSz

-2IySz

2IxSz

2IySz

-2IzSy

2IzSx

2IzSy

-2IzSx

Sx

Sy

-Sx

-Sy

2IzSx

2IzSy

-2IzSx

-2IzSy

Sy

-Sx

-Sy

Sx

というようになることが分かります。ここで注意深く表を見ると変化の仕方が3種類に分けられることが分かります。まず分類Aが-Izでまったく変化しないものです。分類Bがその下の4つで90度xもしくはyパルスに対する応答と-90度xもしくはyパルスに対する応答がまったく同じ物です。分類Cが残りで90度xもしくはyパルスに対する応答と-90度xもしくはyパルスに対する応答が逆符号になっているものです。

 さらに分類Bに属するものについては2IxSx と2IySy、2IxSy と2IySxで和と差をつくると

90度xパルス

90度yパルス

-90度xパルス

-90度yパルス

分類

-2IxSy+2IySx

-2IxSy+2IySx

-2IxSy+2IySx

-2IxSy+2IySx

A

-2IxSy-2IySx

2IxSy+2IySx

-2IxSy-2IySx

2IxSy+2IySx

D

2IxSx-2IySy

-2IxSx+2IySy

2IxSx-2IySy

2IySy-2IxSx

D
2IxSx+2IySy 2IxSx +2IySy 2IxSx+2IySy 2IxSx+2IySy A

 分類Aに属するものと、さらに分類Dとしてxパルスとyパルスの応答が逆符号になっているものに分類しなおすことができます。

 ここでコヒーレンスの次数というものを導入します。分類Aに属するものは0次のコヒーレンス(か、コヒーレンスがない項)です。分類Cに属するものは1次のコヒーレンスです。分類Dに属するものは2次のコヒーレンスです。(より正確には次数には符号が存在します。)

 今までのパルスへの応答の例は次の事実の一般的なものです。

 「m次のコヒーレンスからn次のコヒーレンスを作るのに要するパルスシーケンスのすべてのパルスの位相をθ度シフトさせると、コヒーレンスの位相は-(n-m)θ度シフトする。」

 ここで重要なのは、この性質を利用してある特定の次数を持つコヒーレンスを抽出することができるということです。例えばS(90x)-S(90y)+S(-90x)-S(-90y)というようなスペクトルをとってやります。すると0次のコヒーレンスはS(90x)とS(90y)の符号が同じですからスペクトルに現れません。また、1次のコヒーレンスはS(90x)とS(-90x)の符号が逆ですからやはりスペクトルに現れません。その結果2次のコヒーレンスだけがスペクトルに現れることになるわけです。

 このようにパルスの位相を変えてスペクトルを測定し、その和や差をうまくとることで測定したいコヒーレンスのみを得る方法をCYCLOPSといいます。INEPTやDEPTのところで分極移動とは関係ないシグナルを消去する方法としてすでに紹介しています。INEPTやDEPTでは位相を180度ずつ回して差をとってやることで、分極移動を起こしていない位相回しによって符号の変化しない0次コヒーレンス由来の項を消去し、符号の変化する分極移動を起こした1次コヒーレンス由来の項だけをスペクトルに取り出しているのです。

PFG

 一方で位相回しを使用せずに特定のコヒーレンスを取り出す方法があります。それがPFGを利用する方法です。PFGとは短時間(つまりパルス状に)サンプルのz軸方向に対して強度の勾配のある磁場をかける方法です。その結果サンプル内のスピンが感じる静磁場の大きさはB0からB0+Gzに変化します。(GはPFGの強さ、zはサンプルのz座標)

 ここでIyが化学シフトIzにより時間変化しているところに強さGのPFGをτ時間かけてやるとIycosγ(B0+Gz)τ -Ixsinγ(B0+Gz)τとなります。もし、γGzτが十分に大きければIyの位相はサンプル内で均一に分散してしまうので<Iy> = 0となってシグナルはそのままでは観測されなくなります(これは緩和時間が長い核の残存横磁化を次の積算が始めるまえに消去するホモスポイルパルスというものです)

 しかしIycosγ(B0+Gz)τ -Ixsinγ(B0+Gz)τに対して今度は強さ-GのPFGを同じ時間τかけてやるとIycos2γB0τ -Ixsin2γB0τとなってPFGによって分散した位相を元に戻すことができます。

 ここで先ほどのコヒーレンスの次数を考えてみます。0次のコヒーレンス(もしくはコヒーレンスのない)Izや2IxSx+2IySyなどは化学シフトによって時間変化しません。よってPFGの影響を受けません。1次のコヒーレンスは先のIyのようにPFGによってγGzτだけ位相がシフトします。2次のコヒーレンス、例えば2IxSy+2IySx はPFGによって2γGzτだけ位相がシフトします。

 以上のことから、PFGを次のように利用できることが分かります。

 「m次のコヒーレンスからn次のコヒーレンスを作る際に、m次のコヒーレンスに強さGのPFGをτ時間かけたのちパルスシーケンスにより、n次のコヒーレンスに変えてから強さ-GのPFGを(m/n)τ時間かけると、そのコヒーレンスのみを抽出できる」

 この方法の優れている点はCYCLOPSのように何回も積算しなくとも1回だけで目的のコヒーレンスが得られることです。


DQFCOSY (Double Quantum Filtered COSY)

 先にCOSYについての直積演算子法による解釈を行いましたが、このCOSYにはいくつか欠点があります。

 まず上の式から見て分かるように、対角ピークがcos、交差ピークがsinで現れます。つまり交差ピークに位相を合わせると、対角ピークの位相が合わない(逆も同様)。位相がずれたピークはすそを大きく引くために他のピークと重なったりして解析の邪魔になります。

 カップリングのないメチル基やメトキシ基の強いシングレットがあると、これに伴うすそやノイズが解析の邪魔になることがしばしばあります。

 これらを改善するために使用されるのがDQFCOSYです。DQFCOSYのパルスシーケンスはCOSYのパルスシーケンスにさらにもう一つの90度パルスを付け加えたものです。これを説明するために系統図をまず見てみます。系統図によると第3のパルスにより観測可能となる項(★、☆)として4つの項があることが分かります。これだけの項が一辺に観測されるとスペクトルは非常に汚くなってしまいます。なので、この中から必要な項だけ選ぶことが必要になります。

90度xパルス

化学シフトI

カップリング、90度xパルス、90度xパルス

化学シフトI

化学シフトS

カップリング

観測可能

Iz→-Iy

-Iy

 

-Iy→-IzIy

Iy

Iy

Iy

- 2IxSz
-Ix -Ix

-Ix

-2IySz

2IxSz→-2IxSy→-2IxSz

-2IxSz

-2IxSz

-2IxSz

-Iy

-2IySz

-2IySz

-2IySz

Ix

Ix

Ix

Ix

Ix

Ix

2IySz

Iy

Iy

Iy

- 2IxSz

2IySz→-2IzSy→2IySz

2IySz

2IySz

2IySz

-Ix

-2IxSz

-2IxSz

-2IxSz
-Iy

 ここで使用されるのが上で挙げたCYCLOPSもしくはPFGのテクニックです。これによって2量子コヒーレンス由来の項(☆)だけをスペクトルに表します。系統樹をたどれば☆の項はカップリングのないスピンからは絶対に生じないことが分かります。カップリングがない場合、カップリングのあるときのcos項(上段)しか生成しないからです。よってこの方法ならば強いシングレットはスペクトル上にまったく現れません。

 DQFCOSYでは最初の2つのパルスにxパルスを使用したときには観測可能な項がIy、すなわち対角ピーク、yパルスを使用したときには観測可能な項がSy、すなわち交差ピークとなります。この項の形は同じですから(系統樹の同じ位置に現れるので)対角ピークと交差ピークの位相が異なるという問題も解決します。

 しかしよいことだけではありません。DQFCOSYでは2回の積算で初めてCOSYと同じ強度のスペクトルが得られます(xパルスでは対角ピークだけ、yパルスでは交差ピークだけが得られるから)。よっておのずと測定にかかる時間が倍になってしまいます。


INADEQUATE (Increditable Natural Abandance Double Quantum Transfer Experiment)

 DQFCOSYと同じように二量子コヒーレンスを利用するのがINADEQUATE実験です。この手法は言ってみれば13C同士のCOSYをとろうということに他なりません。ただし、普通にCOSYをとろうとしても他の13Cとカップリングしていないシグナルがカップリングしているシグナルの100倍の高さで現れるためにまともなスペクトルを得ることができません。そこでDQF-COSYと同様にカップリングがなければ生成しない2量子コヒーレンスを経由するシグナルのみを観測するのですが、その方法がDQF-COSYとは違っています。

 INADEQUATEのパルスシーケンスは

という4パルスの実験になっています。

 最初の「90xパルス→1/4J→180度yパルス→1/4J」の部分は化学シフトのみを再結像させます。すなわちカップリングしている場合にはρ = Iz + Szρ =  2IxSz + 2IzSxとなります。ところがカップリングがない場合にはρ = Iz → ρ = -Iy です。よってここでカップリングのあるコヒーレンスとないコヒーレンスが分離されたことになります。

 まずカップリングがない場合には90xパルスによってρ = -Iy → ρ = -Izとなります。-Izはt1のあいだに化学シフトによって時間変化しないのでそのまま次の90度xパルスによってρ = Iyになります。Iyという形の項が現れていることから分かるように、このままだと、カップリングのないシグナルがスペクトル上に現れてしまいます。そこでCYCLOPSやPFGによってこれは消去します。

 カップリングがある場合には、90度xパルスを当てると ρ = 2IxSz + 2IzSxρ = - 2IxSy - 2IySx。ここでt1だけ待ち、さらに90度xパルスを当てると以下の表のようになります(カップリングによる変調はこの項には起こらないことに注意)。

化学シフトI

化学シフトS、90度xパルス

-2IxSy

-2IxSy

-2IxSy→-2IxSz

2IxSx

-2IySy

-2IySy→-2IzSz

2IySx→-2IzSx

-2IySx -2IySx -2IySx→-2IzSx
-2IySy→-2IzSz
2IxSx 2IxSx
2IxSy→2IxSz

 さて、これらの項の中で検出時間内に観測可能となる項は2IxSz、2IzSxの項です。これは検出時間内に次のように時間変化します。

化学シフトI

化学シフトS

カップリング

2IxSz

2IxSz

2IxSz

2IxSz
Iy

2IySz

2IySz

2IySz
-Ix
2IzSx 2IzSx 2IzSx 2IzSx
Sy
2IzSy 2IzSy
-Sx

 上記の時間変化を改めてたどってみると、<Iy> = {sin(ω0I) t1sin(ω0S) t1 - cos(ω0I) t1cos(ω0S) t1}cos (ω0I) t2 sin πJ t2 = 1/2cos (2ω0IS) t1{sin(ω0I - πJ ) t2 - sin(ω0I + πJ ) t2}となります。これを2次元フーリエ変換すると、交差ピークが(ωIS, ωI + πJ)と(ωIS, ωI - πJ)に現れるという変則的なINADEQUATEのスペクトルが得られます。


HETCOR(HETeronuclear CORrelation)

 この手法は異なる2つの核種の間のCOSYスペクトルを得るための方法です。異種核間のCOSYはとりあえずは

という単純なパルスシークエンスで測定は可能です。これはC-H COSYであればH-H COSYのパルスシーケンスの第二のパルスにCへの90度xパルスを付け加えて観測をC側で行うだけの違いです。系統樹で追跡すると(C-H COSYの場合IがC、SがHになります)

90度Sxパルス

化学シフトS

カップリング、90度Sxパルス、90度Ixパルス

化学シフトI

化学シフトS

カップリング

観測可能

Sz→-Sy

-Sy

 

-Sy→-Sz

-Sz

-Sz

-Sz

2IzSx→-2IySx

-2IySx

-2IySx

-2IySx

-2IySy

-2IySy

2IxSx

2IxSx

2IxSx

2IxSy

2IxSy

Sx

Sx

Sx

Sx

Sx

2IzSy

Sy

Sy

- 2IzSx

2IzSy→-2IySz

2IySz

2IySz

2IySz

-Ix

-2IxSz

-2IxSz

-2IxSz

Iy

Iz Iz Iz-Iy -Iy -Iy -Iy
2IxSz
Ix Ix Ix
2IySz

 観測可能な項として★と☆の2つがありますが、★の方の項はカップリングがなくても生成する項です。それゆえに☆の方が観測したい項となります。この分別はCYCLOPSやPFGで行います。
 しかし、このパルス系列ですとC-H COSYのように観測核の感度が悪い場合には大きな不利が生じます。この測定において☆を観測すると<Iy> = sin πJt2 sin (ω0I) t2 sin πJ t1sin (ω0S) t1ですからt1軸側にもt2軸側にもカップリングによるシグナルの分裂が観測され、ただでさえ感度が悪いのにシグナルの強度が低下してしまいます。それゆえにできればこの分裂を避けたいところです。これにはまずスピンエコーのテクニックを使用します。展開時間t1の中央で180度Iyパルスを当ててやります。するとカップリングの変調だけが再結像されて、カップリングが無いかのように直積演算子は振舞います。こうすることでt1軸側の分裂がなくなります。しかし、このまま90度Sxパルス、90度Ixパルスを当てると、カップリングのところの上の段の項(cos側の項)しか生成していないためにコヒーレンス移動が起こらず、最終的にIyの項が生成せず観測できなくなってしまいます。そこでt1の後さらに1/2J時間だけ待ち下の段の項(sin側の項)だけが生成するようにします。従来cos側の項に捨てられていた磁化を有効利用することもできます。
 そしてシグナルの観測中にSをデカップリングしてやると観測時間中のカップリングによる変調がなくなりますのでt2軸側の分裂もなくなります。ここで注意しなければならないのはHの周波数情報を持っているIyの項はカップリングの変調によってはじめて生成してくることです。なので、パルス直後からデカップリングするとIyの項が生成せず何も観測できません。よってパルスから1/2J時間待ってカップリングによる変調でIyの項が最大になったところからデカップリングと観測をスタートさせます。ここで注意点としてはここの1/2JはCに結合しているHが1つの場合に最適な数値となります。ちょうどINEPT-Rが似たような例ですがこの数値はCに結合しているHが2つまたは3つある場合には適していません:シグナルが消失してしまいます。結合しているHの数が様々な有機化合物を測定する場合は1/4J~1/3Jにします。この改良型のパルスシークエンスが通常HETCORとして使用されているものです。

系統樹で表すと次のようになります。

90度Sxパルス

化学シフトS、180度Iyパルス、化学シフトS(カップリングは再結像するので無視)

カップリング、90度Sxパルス、90度Ixパルス

化学シフトI

化学シフトS

カップリング

観測可能

Sz→-Sy

-Sy

2IzSx→-2IySx

-2IySx

-2IySx

-2IySx

-2IySy

-2IySy

2IxSx

2IxSx

2IxSx

2IxSy

2IxSy

Sx

2IzSy→-2IySz

2IySz

2IySz

2IySz

-Ix

-2IxSz

-2IxSz

-2IxSz

Iy

Iz Iz Iz-Iy -Iy -Iy -Iy
2IxSz
Ix Ix Ix
2IySz

HSQC(Heteronuclear Single-Quantum Correlation)

 通常のC-H COSYはCで観測を行うためCの感度の悪さが最大の難点です。この欠点はH側を観測することである程度補うことができます。しかし、CからHにコヒーレンス移動を行なうとCの占有数の差をHに移して観測することになります(ちょうどINEPTによる感度増強の逆の状態)。Cの占有数の差はHの1/4しかないため、Hの感度の高さがかなり打ち消されてしまいます。
 そこで、HからCに一旦INEPTで磁化移動を行ない、その磁化をHに戻してやって観測する方法が考え出されました。これがHSQCです。そのパルスシーケンスは次のようになります(H-C HSQCなら、HがI、CがSになります。)

 HETCORでは、t1時間たったところでI, Sに90度xパルスを当ててしまうとコヒーレンス移動が起こらないので余分に1/2J待っていましたが、HSQCではその必要はありません。I, Sに90度xパルスを当てた直後からデカップリングして観測すると観測可能な項である-Ixが生成しないのはHETCORと同じなので1/2J待っています(中央に化学シフト変調を再結像するパルスが入っている点がHETCORと違いますが)。ここはHETCORと違い、Hに結合しているCは必ず1つだけですから1/2Jで構わないのです。系統樹では次のようになります。

INEPTパルスシーケンス

化学シフトI, S、180度Iyパルス、化学シフトI, S(カップリングは再結像されるので無視)

90度Ixパルス、90度Sxパルス

カップリング、180度Ixパルス、180度Sxパルス、カップリング(化学シフトは再結像されるので無視)

Iz→-2IzSy

-2IzSy

-2IzSy→2IySz

-Ix

2IzSx

2IzSx→-2IySx

IySx

IzIy
(カップリングのない場合)
Iy Iz -Iz
-Ix -Ix -Ix
Sz→Sy Sy Sz Sz
-Sx -Sx -Sx
-2IzSy

 系統図によると重大な問題があることが分かります。カップリングの無い場合にも同様に-Ixが生成してしまっています。これ自体はCYCLOPSやPFGで消去できます。しかし、13Cの天然存在比は1%くらいしかないわけですから、99%のHはカップリングの無い場合のシグナルを与えます。このため、一旦シグナルを取り込んでから差を取って処理を行うCYCLOPSではどうしてもノイズが多くなってしまいます(フーリエ変換する都合上、レシーバーのレンジを最も大きいシグナル=カップリングの無い場合のシグナルの大きさに合わせるしかないので)。そのためこの測定ではパルスシーケンス中で不要なシグナルを消すPFGの方が推奨されます。しかし、CYCLOPSでもノイズを減らす方法があります。次のようなパルスシーケンスを前に置くことでノイズを抑えることが可能です。

このパルスシーケンスではカップリングがあるIではIz→-Iy→2IxSzIyIzという挙動を示して元の状態に戻ります。しかしカップリングがないIではIz→-Iy-Izとなって磁化が反転します。-Izとなった磁化は縦緩和によってIzに戻っていきますが、だいたい縦緩和の時定数T1の0.7倍程度の時間でちょうど磁化が0になります。よってこの時間だけ待ってで測定するとあたかもカップリングしていないHが存在しないかのように測定することができます(実際には各HのT1に差があるのでそんなにうまい具合にはいかないですが)。このパルスシーケンスをBIRD(Bilinear Rotation Decoupling)パルスと呼びます。


HMQC(Heteronuclear Multi-Quantum Correlation)

 HSQCがINEPTに対応するように、HMQCはDEPTに対応しています。HSQCでは1量子コヒーレンスを経由して観測を行っていますが、HMQCでは多量子コヒーレンスを経由して観測を行います。パルスシークエンスはかなり簡略化されていて設定が楽なのでHSQCよりもHMQCの方が良く使われているようです。

パルスシーケンスは次のようになります(H-C HMQCなら、HがI、CがSになります。)

中央の180度Iyパルスで化学シフトIが再結像されることに注意すると系統樹は

90度Ixパルス カップリング、90度Sxパルス(化学シフトは再結像されるので無視) 化学シフトS、180度Iyパルス、化学シフトS(化学シフトは再結像されるので無視)、90度xパルス 化学シフトS、カップリング(化学シフトは再結像されるので無視)
IzーIy 2IxSz→-2IxSy -2IxSy→-2IxSz -Iy
-2IxSx -2IxSx
-2IxSy
IzーIy
(カップリングの無い場合)
ーIy ーIy ーIy

 HSQCと同様にカップリングの無い場合にもシグナルを与える項が生成してしまうのでBIRDパルスが有用なことは同様です。

 上の系統樹だけからではちょっと分かりにくいですがHSQCとの大きな違いとしてt1時間中の第3の核による時間変化の仕方があります。もしスピンIと結合定数JIKでカップリングしている第3のスピンKが存在すると(普通の測定ではスピンIはHですから、隣りの炭素上のH(これがスピンKになる)とカップリングしていることは良くあることです)HMQCではt1時間中に-2IxSy→-2IxSycosπJIKt1-2IxKzSysinπJIKt1という形に時間変化がおきてしまいます(同種核では180度yパルスでカップリングが再結像しないので)。すると最終的なスペクトルはまるでスピンSがSとは直接関係ない結合定数JIKで分裂しているかのようになってしまいます。HSQCではt1時間には項が-2IzSyでカップリングの影響を受けない形になっています。そのためスピンS側のピークの重なりが問題になるような化合物の測定ではHSQCの方が有利になります。

 また2次元NMRでは積算時間の関係でどうしてもt1の方は測定点数を多くしにくいためにHMQCもHSQCもスピンS側の分解能が悪くなります。スピンS側で化学シフトが近接しているピークが多い場合には相関が見にくくなるのでサンプル量が多ければHETCORをとる方が良いこともあります。


遠隔結合測定
ロングレンジCOSY
COLOC(COrrelate spectroscopy for LOng-range Coupings)
HMBC(Heteronuclear Multiple Bond Coherence)

 一般にHとHでは4本以上、その他の組み合わせでは2本以上の結合を隔てたカップリングをロングレンジカップリングと称しますが、それらのカップリングをしているスピン対を選択的に観測しようというスペクトルがあります。

 COSYでは<Iy> = cos πJt2sin(ω0I) t2cos πJ t1sin (ω0I) t1+ sin πJt2 sin (ω0I) t2 sin πJ t1sin (ω0S) t1で、Jが充分小さい場合cosπJt ≒ 1、sin πJt ≒ 0で近似できるので<Iy>≒sin(ω0I) t2sin (ω0I) t1となり交差ピークを観測することができません。これを防ぐには上の近似が破れるのに充分な大きさまでtを大きくしてやるのが解決方法となります。しかし、tを大きな値になるまで観測すると積算回数が大きくなり測定に時間がかかってしまいます。そこでt1、t2の初期値を0でなく1/4J程度とする方法がとられます。これがロングレンジCOSYです。

 COLOCはINEPTを変形した形をしています。すなわち

90度Sxパルス カップリング、180度Ix、Sxパルス、カップリング
(化学シフトはt1終了時に再結像するので無視)
化学シフトS カップリング、90度Syパルス、90度Ixパルス
SzーSy ーSySy Sy Sy
-2IzSx→2IySz
-Sx -SxSz
2IzSy→-2IySy
2IzSx→-2IzSx -2IzSx -2IzSx→-2IySz
-Sy
-2IzSy -2IzSy→2IySy
Sx→-Sz

 しかし、この方法はJが小さいために、第一のパルスの後の待ち時間がt1/2時間のためにt1が小さいうちは分極移動の効率が悪くなる上、INEPTの待ち時間1/2Jが大きくなり、その間に緩和が起こるため感度がHETCORよりも一段と悪いこともありほとんど使用されていません。

 最もよく使用されているHMBCはHMQCの変形でJ1を直接結合しているカップリングの結合定数、Jを遠隔の結合定数とすると

90度Ixパルス 化学シフトI カップリング、90度Sxパルス
(1/2J1が小さいため遠隔結合は時間変化しない)
化学シフトI 化学シフトS カップリング、90度Sxパルス 化学シフトS、180度Iyパルス、化学シフトS
(化学シフトI、カップリングは再結像するので無視)
90度Sxパルス 観測可能
IzーIy
(遠隔結合の場合)
-Iy -Iy -Iy -Iy 2IxSz→-2IxSy -2IxSy -2IxSz
2IxSx 2IxSx
Ix Ix Ix Ix 2IySz→-2IySy -2IySy -2IySz
2IySx 2IySx
IzーIy
(直接結合の場合)
-Iy 2IxSz→-2IxSy -2IxSy -2IxSy -2IxSy→-2IxSz -2IxSz 2IxSy
2IxSx 2IxSx 2IxSx 2IxSx
2IxSy 2IxSz
-2IySy -2IySy -2IySy→-2IySz -2IySz 2IySy
2IySx 2IySx 2IySx 2IySx
2IySy 2IySz
Ix 2IySz→-2IySy -2IySy -2IySy -2IySy→-2IySz -2IySz 2IySy
2IySx 2IySx 2IySx 2IySx
2IySy 2IySz
2IxSy 2IxSy 2IxSy→2IxSz 2IxSz -2IxSy
-2IxSx -2IxSx -2IxSx -2IxSx
-2IxSy -2IxSz
IzーIy
(結合していない場合)
-Iy -Iy -Iy -Iy -Iy -Iy -Iy
Ix Ix Ix Ix Ix Ix-Ix -Ix

 HMBCではHMQCと比較して90度Sxパルスが一回増えています。最初の90度Sxパルスは大きな結合定数J1を持つスピン系を2量子コヒーレンスに変換します。第二の90度Sxパルスは小さな結合定数Jを持つスピン系を2量子コヒーレンスに変換しますが、このとき先ほどすでに二量子コヒーレンスに変換された系は一部が1量子コヒーレンスに戻されます。ここのコヒーレンスの次数の差を利用してCYCLOPSやPFGを使えば大きな結合定数を持つ交差ピークをフィルタリングすることができます。またHMBCでは緩和による感度低下のデメリットを避けるために観測前の再結像を行わないので、観測中にはSのデカップリングは行いません。また1/2Jの間の化学シフトIによる時間変化の再結像を行っていないのでスペクトルは位相がうまく合わないので絶対値表示を行ないます(もちろん再結像を行うようなパルスシークエンスに書き換えられますが、そうするメリットはあまりないでしょう)。

 HMQCではBIRDパルスによって結合の無いIのシグナルを抑制できましたが、HMBCではJが小さいためにBIRDパルス間にも緩和が起こり、結合の無いIの磁化をきれいに反転させるのが難しいので普通BIRDパルスは使用しません。


もう少し続く?