「悪魔の手毬唄」は、今はなくなってしまっている推理小説専門雑誌「宝石」に、昭和32(1957)年8月号より昭和34(1959)年1月号までの18ヶ月に渡って掲載されていました(途中1回休載あり)。
 以後、いくつもの出版社より出版され、現在に至るまで数多くの読者に愛され続けてきている訳ですが、同時にそれら一連の書籍の他にも、映画化、テレビドラマ化、あるいはマンガ化までされ、多くの読者は、「悪魔の手毬唄」と聞くとそれなりに自分にとって印象深いビジュアルを伴って、「あぁ、あれね…」と意識していることでしょう。
 人によっては東宝映画版の岸恵子に涙した人もいるでしょうし、あるいは東映映画の高倉健の活躍に胸を踊らせた人もいるかもしれません。つのだじろうのマンガに「原作と違いすぎる!」と腹をたてた人もいれば、「『手毬唄』っていったらやっぱり角川文庫の表紙(杉本一文・画)のでしょ…」という人も多いはずです。

 今でこそ、横溝小説のほとんどは活字のみでしか世間の目に触れることがなく、これらの作品の多くが初めて世間に発表された雑誌掲載時には挿絵があったことさえあまり気に留められていないところかもしれません。また、連載されていた当時から半世紀近くも経ち、当時のイラストを見たいと思ってもなかなか目にする機会も難しいのが現状です(角川の生誕百周年記念文庫もカバーデザインの一新だけでなく、こういうものを復刻再掲載くらいすればよかったのに…)。
 かつて、「宝石」誌に連載されていた当時の紙面を飾っていた村上 松次郎氏による扉絵や挿絵は、数多ある「悪魔の手毬唄」ビジュアル関連の先駆であると同時に、唯一、本文であるところの『悪魔の手毬唄』と時代を共にした歴史的にも価値ある記録のひとつであるとも言えるのではないでしょうか。
 こういった『宝石』や『新青年』というような古い雑誌に掲載されていた当時の挿絵を集めた画集といったものも世の中にあるよう
ですが、さすがに古本市場でも希少高額品になってしまっていて、なかなか簡単に誰でもが入手できるといった訳にはいきません。…と、いうことで、誰かがやってくれないかな…と待ってても仕方ないですし、生誕百周年記念を自分でも何らかの形でお祝いしたいと考えているなかで、これもまた“資料”として無視できないものでもあり、こういうものを目にすることができない人にも、せめてこれくらいはご案内してみてもいいかな…との思いもあって、“資料”としてのご紹介といった意味で引用掲載してみました。
 もちろんオリジナル原画からの画像ではなく、掲載誌からの“引用”ですので印刷状態などの関係からかなりムラなどもありますが、当時の雰囲気の一端くらいは楽しんでいただくことはできるかと思います。 なお、挿絵の間に白い線が入っているもの(左下)がありますが、これは掲載時見開きになっていたものを、そのまま間に隙間を残したままにしたものです。


宝石 昭和32年8月号(第回)より引用
宝石 昭和32年10月(第回)より引用
宝石 昭和33年1月号(第回)より引用
と、これくらいならネタバレにもなっていないので、まだ『悪魔の手毬唄』を読んだことがない人へのご案内としても許されるでしょう。
とはいえ、既読ファンにはこれでは物足りないかもしれませんので、もっと見てみたいという方は こちら


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∵∴∵∴ こちらのHPなどでも雑誌掲載時の挿絵などに関しての記述を御案内されておられます。 ∴∵∴∵

金田一耕助アートウエーブ  http://homepage2.nifty.com/a-to/

横溝正史エンサイクロペディア  http://member.nifty.ne.jp/jiichi_kakeya/ys_pedia/ys_pedia_index.html