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2004/09/03(Fri)
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病院坂の首縊りの家
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長崎大学病院の旧正門前、 現在の長崎大学歯学部付属病院へと続く坂道。
長崎大学付属病院が北へ移転するまでは、そこは病院坂と呼ばれていた。
常緑樹に蔽われたなだらかな坂道で、 その樹の枝々から木漏れ日が差している様は、長閑そのもの。
だが歩いていると、 ふとしたおりにそれらが木漏れ日ではないのではないか、 この自分に注ぐ明暗は枝葉の隙間から射す光なのではなく、 むしろ影が射しているのではないか、 やがてその影が増し光は消えついには影は陰となり、 歩いている自分はそれに飲み込まれ消えてしまうのではないか、
そんなどこか空恐ろしい気分を掻き立てるところのある、坂だった。
坂を蔽う木々の向こうには、 九尾括(クビククリ)のお屋敷と呼ばれる旧家の大きな家屋が建っており、
その由来は九尾の狐を
当主、灸楼曲時(クロウマガトキ)は以降、九牢曲時と名を改め狐の功徳を称えたが、 日清戦争の折、大陸の奇妙な熱病に罹り、 全身から血を流しながら屋敷の正面にある楠で
真の由来は、「首縊り(クビククリ)」とも──
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