エキスパートへの道 2010

モデル・監修・綾小路鬚麻呂

谷回りでのズラシ操作



前回までの続エキスパートへの道では、山回り(横滑り)を基本とするカービングテクニックを論じてきました。
横滑りをするためには、板のズレに体が付いていく事が大切で、ずらすために板を押していく力の掛け方が次の谷回りにつながるとも述べてきました。
カービングテクニックとズラシの滑りは、そのずらす量が多いか少ないかの違いで、滑りとしては共通する部分が多いにもかかわらず、カービングはエッジを立てて体が内側、ズラシは外向傾のオールドスタイルみたいに、カービングとズラシの滑りを全く別のテクニックのように感じてしまい、カービング滑りの時はいつまでもターンインサイドに体が残り、切り換えで妙な動きをしてしまう滑りも多く見受けます。

今回は、このズラシとカービングテクニックを更に深く掘り下げてみます。



左の写真は横滑りです。
青矢印のように、重心が板に付いていくように体の移動を意識します。山側の腰や山側の腕で、板の面を押しずらしていく感覚が大切です。山回りで上の横滑りのような方向へ力を掛け続けると、板が切れ上がったときに体は谷に向かう(谷に落ちる)力が働いています。これにより、切り換えでスムーズに体が谷に落ちていきます。


一方で、山回りの時に、谷足を突っ張って重心がいつまでも山側に残ってしまうと、板が切れ上がっても体には谷に向かう力は働かず、重心を谷に落とすために、自分から体を振り込んでしまうようになります。
これではターンとターンのつなぎ目がなめらかな運動にならないばかりか、振り込み動作は内倒につながります。

言われると当たり前だし、今までも常識のように語られていますが、山回りの時、板を押しずらす方向に力を掛けていくとズレのターンに、板を推進させる方向に力を掛けていくとカービングになるという事で、板を押していく力の働きかけの方向でポジションが決まると言う事ですし、反対に、ポジションを見れば板にどのような力を掛けているかが分かります。

注)今年からSAJは山回りと谷回りと言う言葉を止め、山回りという単語を使わなくなりました。ターンは谷回りの連続で、従来の山回りは「谷回り後半」と言うようになりましたが、紛らわしいので、ここでは「谷回り」「山回り」と表記します。


ここで横滑り=ずらし を整理すると、Aのように常に板よりも重心が山側にある初歩的なズラシから、Bのようにフォールラインに絡むあたりからずらせるレベルと、Cのように谷回りから板をずらせる上級者レベルに分けられます。
ただし、ここで言うCの谷回りからのズラシは、シュテムのように開き出すのではなく、後述するように板全体を山側に向かって押し出すようなズラシを指します。

今回主題にしたいのは、このCのような「谷回りからのズラシ操作」です。今まで論じてきたのは「山回り」でのズレと切れでしたが、今回は更に発展させて、谷回りからのズラシ操作に着目してみたいのです。
谷回りからズラシ操作が可能になると、驚くほどスキー操作のバリエーションが増え、スピードコントロールも、弧の大きさの調整も、ターン全域でズレと切れの使い分けが可能になります。
この「谷回りからのズラシ操作」を可能にするのは、その少し前に時間を戻して、前のターン後半のポジションと力の使い方なのです。






左のように切り換えで重心が入れ替わっていない段階で山側に板を押しずらそうとすると、かかと押し出しのようになってしまいますが、今回言う谷回りからのズラシ操作とは、エッジを切り換えるためのズラシ操作ではありませんし、谷回りから極端な外向傾姿勢を取るわけでもありません。




左写真のように、切り交え直後の谷回りですでにエッジが切り替わっていて、そのときに曲げられている脚を伸ばすようにして山側に板を押しずらしていくのです。ナチュラルな谷回り姿勢のまま、板を山側に少しだけ(感覚で言うと5センチとか10センチ)押しずらします。
この、谷回りからのズラシ操作を可能にするのは、「クロスオーバーでエッジが切り替わっている事」と、「クロスオーバー後に伸ばすのに必要な脚の曲げがある事」です。


ではこれを、「谷回り」で論じてみましょう。
左図は、ニュートラルポジションから谷回りのカービングターンの一コマです。

一コマ目はほぼニュートラル。この直後、エッジがフラットになり、写真で言う右足大腿が寝かされていますが、ここから時計で言うと11時くらいにかけて重心が落ちてゆき、大腿も立ち上がっているのがわかります。
大腿が立ち上がるという事は、谷回りで脚の伸ばしを使っているし、大腿の立ち上がりの基盤は山側スキーの踏みしめです(外主導の場合)。

上で解説したCでの谷回りのズラシというのは、この写真で言う1コマから2コマにかけて、エッジに乗って山側を踏むのではなく、若干エッジを外しながら板全体を山側に押しずらしていく事なのです。
写真のように、山側に向かってエッジを立てて、立てたエッジをしっかり踏んで落ちていくのか、エッジを若干外し気味にして、板全体を山側に押しずらすかの違いでしか無く、谷回りでのカービングも、谷回りでのずらしも、相異なる動きではなく、立てたエッジを踏みしめて乗るのか、若干エッジを外し気味にして押しずらしていくのかの違いでしかありません。
つまり、ズラシの要素が多いか、切る要素が多いかの違いでしかなく、全く別物の技術とは考えていません。ズラシ操作には、極端な外向傾姿勢を取る場合と、カービングポジションに近いポジションで行う場合がありますが、今回のズラシは後者です。

前回までの続エキスパートの道で述べた「山回りでのズレと切れ」のように、このように、「谷回り」でもズレと切れが全く同じ要素で表現出来ると思います。ただし、ズレと切れの使い分けのためには、板に対する力の働きかけの方向が違うだけで、その力の働きかけのために必要なポジションが、外向や外傾、正対やローテーションとして、結果的に現れてくるのではないでしょうか。
つまり、ズレと切れのポジションは、板に対する力の働きかけの結果でそのような形になって表れてくるだけで、最初から形だけを真似してしまうと、ズレはズレ、切れは切れと区別してしまうのだと思います。また、ズラシは極端な外向傾姿勢、カービングは外足を突っ張って内足を畳み込むなど、歩スキー操作によってポジションを決めつけてしまうのも個人的には賛成しません。滑りに現れる形は、あくまでも板に対する力の掛け方の結果だという事を忘れないで欲しいと思います。

このように、ずれはとても大切な要素だし、ズレと切れは全く異なる運動ではないのに、今の世の中、エッジを立ててカービングばかりに目が逝ってしまい、ずらせないスキーヤーが本当に多くなってしまいました。

一言で「ずらし」と言っても、このように、山回りでのズラシ、谷回りでのズラシがあり、谷回りで山側に板全体を押し出すようなずらしが使えるようになると、スピードコントロールや、弧の大きさの調整、グサグサ雪や新雪滑降など、驚くほどスキー操作のバリエーションが増えるのです。

写真は、カービングターンの谷回りです。
切り換えが終わった直後の2コマ目では、山足が伸びて、エッジが切り替わっているのが分かります。2コマ目の板のデザイン面が見えています。

今回述べてきた「谷回りで板全体を山側に押しずらすような谷回りのズラシ操作」を実現するためには、前述したように2つの要素が必要になります。
一つは切り換えでの「素早い重心移動」。もうひとつは、谷回りで伸ばせるだけの「脚の曲げ」です。この二つの要素を解説します。

【素早い重心移動】
左の写真はカービングターンの舵取りです。
ターンインサイドの内半身、つまり、左肩から左足ブーツまでの距離に注目してください。
一コマ目では、内足の大腿にわずかな畳み込みが見られ、腰高の体軸が伸びたポジションになっていますが、2コマ目の内半身を見ると、内肩と内スキーまでの距離が随分縮んでいて、内膝を腰の高さまで抱え込むくらい大腿が曲げられています。
舵取りで、両スキーの板の面に対し、垂直に体を縮めて両スキーに荷重し、板を走らせながら、板に圧をためているところです。
舵取りでこのような方向に荷重すると、体には谷方向に向かう力が働いている事になり、切り換えで板を引き込むと自動的に体は谷に向かいます。つまり、このような荷重の舵取りの意識が、素早いクロスオーバーにつながります。また、素早いクロスオーバーに効果的な小技としては、谷回りで目線を先行させる、足首→膝→腰→の順に谷に向かって返す、等もあります。

【ニュートラルでの脚の曲げ】
谷回りで脚を伸ばすためには、その前に脚が曲げられている必要があります。そのためには、左の写真の二コマ目グレー○で囲ったように、舵取りで両スキーに縮むように曲げ荷重をする事も一つの方法です。
舵取りでのこのような脚の曲げが、切り換えでの曲げ量のキープにつながります。左写真のターンマキシムあたりで、谷回りと同じ固まった棒立ちポジションのままではいけません。一コマ目から二コマ目にかけて、白矢印の板の軌跡と、黒矢印の重心の軌跡が三次元的に近づくイメージの舵取りが板を走らせ、圧をためる事にもつながります。
また、以前解説したように、切り換えに向かい板を腰下に引き込む動きや、切り換えでおへそをブーツに近づけるように自分から縮んでいく意識も有効です。

また、斜度によって切り換えで動く方向を考えた方が良いです。左図Aのように、緩斜面と同じような意識でクロスオーバーをすると、板と腰が谷回りでどんどん(悪い意味で)離されてしまいます。
従って、斜度が急になるに従い、Bのように重心移動の方向をより谷側(斜面と平行方向)に意識した方が雪面に張り付いたような谷回りが可能になり、そのような谷回りで脚の伸ばしを使います。

谷回りで板を山側に押しずらす操作の小回りのバックショットです。この、谷回りからの押しズラシ操作をすると、わずかなズラシ操作でにもかかわらず滑り手にはかなりの感覚の変化があるのですが、そこに注目しない限り、見た目だけではその操作をしているとは分からないです。
自分自身まだまだ練習中で、完成形にはほど遠くて恐縮ですが、2コマ目で切り替わったエッジを、2→3→4コマ目の谷回り部分で脚を伸ばして板を山側に押しずらしているのが分かると思います。(4コマ目はややフォールラインを過ぎています)
1コマ目では脚が曲げられたポジション、2コマ目では山側に押しズラシを始めているので板がたわんでいます。
谷回りで脚を伸ばすので、下半身の内傾角は大きくなりますが、雪面を押しているので内倒にはつながりません。

今シーズン、この谷回りからの押しズラシを様々なシチュエーションで試し、いつでも表現出来るようもっと練習するのも自分の課題です。


切り換えでの素早い重心移動と、曲げられた脚のニュートラルポジションが出来ると、あとは谷回りで切って落ちていくか、ずらして落ちていくかが自由自在になりますし、谷回りでのズラシの質や、どのようにトップ側を噛ませるかなど、様々なバリエーションが使えるようになります。
ターン全域でズレ切れ自由自在になるので、前半切って後半ずらしたり、前半も後半もカービングで切ったり、前半ずらして後半切るなど、シチュエーションに合わせて自由なスキー操作が可能になります。

谷回りからの質の高いズラシを使うためには、その前のターン後半の山回りが大切であり、山回りあっての谷回りだと考えていますし、山回りが上手くできないのに、いきなり谷回りで全てが上手くいくわけがありません。ターンは連続運動なので、山回りでの運動やポジションが、切り換えのS字部分を通じて、結果として谷回りの運動の質を決めると考えています。