西荻の表札

東京府の表札が見つかりました、
読者からの貴重な情報です。
場所は神明通りを吉祥寺方向へ行き、
丹波邸を通り過ぎてその先に左に入る稲荷通りがあります。
左に入って50mくらい先の右側の、素晴らしい、
歴史を感じさせる木造家屋です。
東京府とは明治4年以降、昭和7年以前という事になります。
現住所は武蔵野市吉祥寺東町4−7です。





金田一春彦さんは著名な国語学者、松庵2−8です。
倉本聰さんの東京宅?は、東京女子大の真裏にあります。善福寺2−21です。TV脚本家の全員から、神様のようにあがめられている人です。「前略おふくろ様」はレンタルビデオでみられます。「北の国から」を書き続け、確か北海道の富良野にいらっしゃるようなので、空き家でしょう。山谷さんという表札は本名です。
杉並区大宮前の表札。これはあまり大した事がないのですが、それでも昭和7年から昭和38年(1963)の間のものです。現住所は西荻北4−25です
杉並区大宮前六丁目の住居表示は昭和六年に建築した、素晴らしい出し桁建築に表示されてます。ブルーのホウロウ製の立派なものです。現在「尾崎理髪店」営業中です。現住所は西荻南2−5です。昭和7年から昭和38年(1963)の間のものです 杉並区西高井戸の現住所は松庵2−4です。西高井戸の表示は昭和7年から昭和38年(1963)の間のものですです 武蔵野市吉祥寺現住所は吉祥寺南町4−27です。昭和7年から昭和38年(1963)の間のものです 杉並区松庵南町は現在は松庵2−20です。昭和7年から昭和38年(1963)の間のものです 杉並区井荻は現在西荻北4−25ですがなかなか風情のあるアパートです。昭和7年から昭和38年(1963)の間のものです 豊多摩郡高井戸町字(あざ)大宮前これはすごいです。銅の鋳物の立派なものです。豊多摩郡の地名が生まれたのは明治29年です。杉並地域のある豊島郡と多摩郡が合併して出来た訳です。高井戸村が高井戸町になったのは大正15年7月です。字大宮前ですが、字(あざ)が無くなったの昭和7年10月1日に大東京市が誕生し豊多摩郡は廃止、杉並、井荻、和田堀、高井戸の4ヶ町村で杉並区が編成され、大字・小字も廃止されました。ということは大正15年7月から昭和7年10月の間に作られた表札です。現住所は宮前5−26です。

西荻の住居表示の変遷を調べました。旧上荻窪村の部分です。
明治維新以前ー武州多摩郡上荻久保村
      小名ー伊勢前,忍ヶ谷戸,堂前,柿ノ木,伊勢前,三ッ塚,出山,団子山,原,本村,関根,宿
明治元年8月ー武蔵縣多摩郡荻窪村
明治2年2月ー品川縣多摩郡荻窪村
明治4年12月ー東京府多摩郡荻窪村
明治5年1月ー神奈川県多摩郡荻窪村(新橋横浜間に鉄道開通)
明治5年9月ー東京府多摩郡荻窪村
明治6年3月ー東京府第八大区六小区荻窪村
明治11年7月ー東京府東多摩郡荻窪村
明治22年5月ー東京府東多摩郡井荻村大字上荻窪
      小字ー東原,原,本村,三ッ塚,二ッ塚,丸山,出山,中田,関根,寺分宿
明治29年ー4月東京府豊多摩郡井荻村大字上荻窪(東多摩郡と豊島郡の合併)
大正15年7月ー東京府豊多摩郡井荻町上荻窪
昭和7年10月ー東京市杉並区西荻窪1ー3、上荻窪1,2、井荻2丁目、神明町、関根町、宿町
昭和18年ー東京都になる
昭和38年9月ー東京都杉並区南荻窪2−4、西荻南3,4、西荻北1−3、上荻2−3丁目西荻南、北で現在に至る。
高井戸村は
昭和7年10月ー大宮前、西高井戸、松庵南町、松庵北町の住居表示誕生

表札(北多摩郡)

吉祥寺東町4−5(13.2.2)

西荻大全