もう昔の話になってしまうが、フジテレビで深夜に『たほいや』という番組をやっていたことがあった。Googleで調べてみると1993年の4月から半年間の放送だったようだ。で、その番組にそれまで見たことないけど妙に鼻につく感じの顔をした男が出演していたことをその数年後に思い出すことになる。そういえばこの男あれに出てたよなあ、という感じだが、確かに思い出したものだ。
その男というのが三谷幸喜氏で、どういうきっかけで彼の顔を覚え知ったのかは憶えていないが、やっぱり『王様のレストラン』(1995)の放送あたりからだろう。
こう書いていると、『3番テーブルの客』(1996〜1997)なんか強烈に懐かしくなってきた。今では彼の作品は僕個人としてどれも好きなものばかりで、録画したものを何度も見返している。前口上にもその影響が出ているはずだ。
三谷作品の魅力を一言で言えば「心を打たれる」ことだろうか。しかもスカッと一発ではなく、コツコツと打たれるのだ。あるいはシミジミと打たれていく。そうしていつの間にか大量得点を許しているわけで、こうなるともう僕に勝ち目はない。彼の作品はコメディのはずなのに、それがなぜこんなに僕の涙腺に触れることが多いのか不思議な気もする。
その不思議解明のためにも、彼の書いたセリフの中で特に気に入っているものを二つあげてみよう。
ひとつは『古畑任三郎』第3シリーズ第5話「古い友人に会う」から。
物語の最後、若い妻の不倫が世間に知れ渡ることによるマスコミの騒ぎを想像しそれを苦にして自殺しようとする古い友人を古畑が説得する場面だ。
「全てを失うことは耐えられない」
「また一からやり直せばいいじゃないですか」
「俺たちはいくつになったと思っているんだ。もう・・・」
「とんでもない。まだ始まったばかりです。いくらでもやり直せます。よろしいですか。よろしいですか。たとえ、たとえですねえ、明日死ぬとしても、やり直しちゃ行けないって誰が決めたんですかあ？誰が決めたんですか？・・・まだまだこれからです」
最後の「誰が決めたんですか？」がポイント。
ふたつめは『王様のレストラン』第9話から。
詐欺に引っかかり困窮する「ベル・エキップ」のディレクトール・範朝はついに店の売り上げにまで手を付け、さらに店の権利書を担保に借金をしようとする。しかしそこを従業員達に見つかってしまい、彼は店を去ることに。しかしオーナーである弟に引き留められ、その場ではそれを了承する。だがその夜彼はこっそり逃げようとする。そこをギャルソン・千石に見つかる。その時の千石のセリフ。
「どこへ、行かれるんです？」
「ひよこたちのことは頼んだ。えさのやり方、書いといた」
「逃げる、おつもりですか？」
「これ以上弟に迷惑は掛けられない」
「弟さんの気持ちを、大事にしてあげてください。もし本当に申し訳ないと思われるのなら、あなたはここに残るべきです。そして、ディレクトールとしての職務を全うすべきです。確かに、ここに残る方が辛い。しかし、あなたにとっての罪滅ぼしはそれ以外にはない。どうか、立派なディレクトールとして、オーナーを補佐してやってください」
「俺には無理だ。足を引っ張るだけだ」
「いや、そんなことはない。あなたにも偉大なオーナー・シェフの血は流れています。自分を信じるんです。範朝さん。あなた自身が信じてやれなくて、いったい誰が信じるんです？」
これも最後の「あなた自身が信じてやれなくて、いったい誰が信じるんです？」がポイントだ。
この二つのセリフに共通しているのは次のことだろう。
両方のセリフとも、失意の人物を励まそうとして出てきたセリフであり、その励ましは次のような論理でなされる。
その失意の原因は実はその人自身の心にあると指摘する。
であるなら、意識の持ち方ひとつで世界が開けるのではないか、と暗示する。
この点でコリン・ウィルソンも似たようなことを言っている。
これまでにつねに私の興味をそそってきたのは、人間の意識にまつわるひとつの単純なパラドックスであった。人間は環境や偶然のいいなりになっており、そのため、快い経験には「心が浮きたち」、不快な経験をすると「心が沈む」ように思われる。ところが、より深い意味では、人間は自分の意識を自分でコントロールしている。意識の強烈度を意のままに増大することができるのだ。これが私のいうパラドックスにほかならない。
ロマン派の詩人たちは自殺をしたり、悲惨な生活や意気消沈が原因で生じた結核を病んで死ぬ者が続出したのだ。
だが、ロマン派の詩人たちの生涯を調べてみると、ひとつのことがはっきりした。彼らはほとんどが弱虫で、あまりにも自己憐憫などの消極的な感情にふける傾向が強かったのである。
『フランケンシュタインの城』(中村保男訳)
二人ともが、要するに、自分の意識に自分で責任を持つことの重要性を強調しているのだ。
コリン・ウィルソンはそれを理論的に追求するが、三谷はそれを世間を生きていく上での最後にして最高の秘訣として作品にして提示する。だから大丈夫だよ、と励ましてくれる。
彼の作品がハートウォーミングである理由はこの点だと思う。
だが僕に言わせると、この楽天的姿勢=脳天気、となる。
何の根拠も、何の保証もなく、ただ信じること。自分で自分を支える覚悟を、
まるで空中から取り出すようにヒョイと腹に据えること。それはある意味の脳天気さがなくては難しいのではないだろうか。
高校生の時、美術のオオイダ先生に脳天気の太鼓判を押され、それ以後自分が脳天気であると、ことある毎に自覚・自認・自負してきた僕が言うのだから間違いはないのだ。
あなたも三谷ファン？
だとしたら、ひょっとしてあなたも脳天気・・・だったりして。
2003.6.24