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  Leaf― 日々の雑感、印象の記録(不定期です)。


 
健忘症が激しいので



読んだ本の記録を付けるようにしようかなと。で、お茶関係のものはこのサイトに来られる方も興味があるかも、と思ったのでネットにのっけることにしました。表紙を表示したかった一方で、ブログをさらに増やすのは面倒だったので、Amazonのインスタントストアを利用しています。アフィ嫌いな人はご注意を。こちら

2007/08/05 


 
嗜好品とはいえ



2年半強の海外生活から戻ってきて、もう半年たつ訳
ですが、日本での紅茶の売値の上がりっぷりにかなり
驚きと同時に辟易しています。

久しぶりにいろんなお店が仕入れるダージリンの
春摘みや夏摘みを飲みたいと思っても、水準の
高そうな茶葉の値段が余りに上がっていて、50gで3000-4000円とか、100gで8000円とかの値段では
購入意欲が全く湧きません。

なので結局、業務用や大きなパケットで購入できる
少数の特定のお店で茶葉を購入しているので、
テイスティングも今イチする気になれない、という
状況です。

何が原因なのか思い当たる節も幾つかありますが、
まぁどうしようもないのでしょうね。

富裕層向けの商売になったら、結局実店舗で
チェーン展開してる紅茶ショップなんて
立ちいかなくなるような気がするのですが。

2007/07/11 


 
追憶



神無月。
思い返せば結構忙しかったような気もする仕事の合間に、ハンガリー、ルーマニアあたりを旅行。
上から、陶器メーカー・ジョルナイの釉薬が掛かった、ハンガリー・ペーチの市役所前の水のみ場の牛、ルーマニア・シギショアラの時計塔、ルーマニアのブラン城。

ブラン城は悪魔城ドラキュラシリーズの愛好家としては是非とも訪れたかった聖地だったので、その内容の微妙さにもかかわらず(婉曲表現)、ちょっとした感慨を覚えました。

2006/10 


 
夢の時間2



長月。旅行シーズンの終わりに滑り込み、といった感じで休みを取らず2週連続で1泊2日の旅行へ。一回は車でクラクフへ、もう一回はスウェーデンのマルメ・ルンドとデンマークのコペンハーゲンへ行ってきました。

写真はクラクフ近郊のヴィエリチカ岩塩鉱の「塩の教会」と、マルメの市民公園、コペンハーゲンのニューハウン。行っていた時には余りにも忙しなく、こんな一泊二日の無茶な旅行はするもんじゃないと思いましたが、日本に帰ってみると、一泊二日でも行って自分の目で見て良かったと思います。

2006/09 


 
夢の時間



葉月。夏休み、3800キロほど車でふらふらとイタリア、南仏、スイスあたりを周ってきました。日本に戻ってきた今から思うと夢の時間だったなぁ、と。写真はイタリアのサン・ジミニャーノ、南仏カーニュ・シュール・メールにあるルノワールの家、スイスのチューリヒです。

近々一人暮らしを再開する予定なので、そしたらまた少なくともお茶の更新ぐらいは出来るようになるかと。何しろ今はマトモにお茶を淹れられるポットが無いって状態なので……。

2006/08 


 
一つの夢の実現



文月。ついに、1か月に一度、しかも数ヶ月遅れでの掲載、という形式のまま1年経ってしまいました。また帰国して日常に色とりどりのスウィーツやイベントが入るようになれば状況も変わるでしょうが、月イチで国外旅行するのが精一杯の非日常、という今の生活が続いてる間は、まぁ引き続きこんな感じで。

7月は、ハイシーズンのノルウェーに行ってきました。出発の2日前からフライトやホテル、夜行列車の手配をしたので随分と高くついてしまいましたが、4日間ともお金では買えない、完璧な天気。太陽光線が強すぎて写真が白くなってしまうぐらいでした。

写真は、逆光で撮ったオスロの港、ベルゲンにあるハンザ都市時代の名残の商館街ブリッゲン(世界遺産)、ソグネ・フィヨルド。地理でおなじみのソグネ・フィヨルドは予想よりもとんでもなくスケールが大きくて圧倒されました。ソグネ・フィヨルドはいつか見てみたいと昔から思っていたので、最高の天気で見れてホントに幸せでした。

物価も凄くスケールが大きく泣きそうではありましたが、「叫び」ぐらいしか知らなかったムンクの別の一面も知ることができたし、大満足の旅でした。

2006/07 


 
意外な発見



水無月。

数日間、イギリスに行ってました。イギリスは6年前に初めての海外、それも一人旅で訪れた土地。まぁ、だからと言って然程の感傷はなく、イギリスにいる知人のうちの何人かとの再会を楽しんできました。

アフタヌーンティー巡りをしようかとも思ったのですが、あまりの物価の高さに一軒だけで断念。美味しかったんだけど、2人で30ポンド(約6000円)って……。

結局、今回は紅茶マニアとしてよりも、庭園マニアや教会建築フリークとしての自分を優先して楽しんできました。写真は、「ハリポタ」でも使われたらしいグロスター大聖堂の回廊、コッツウォルズのキフツゲート・ガーデン、チッピング・カムデンの古い家です。全然分野が違うんですが、イングリッシュ・ガーデンの造り込みとファン・ヴォールドの細かい装飾には、「美の分野では合理性を離れ、徹底的にこだわる」というような、何か共通したイギリス人気質のようなものがあるように感じました。全く意外かというとそうでもないけど、少しだけ意外な、新しい発見をしたような印象を抱きました。

2006/06 


 
桃源郷



皐月。

5月は日々の出稼ぎを行いつつ、研究室の仕事と、とある申請書書きをやっていたので、せっかく天気も良くなって来たのに基本的には引きこもりの日々でした。まぁ、平日夜に気合いれてやらないので週末にツケが回ってくる訳ですが。

それでも国外へ行かずには居られなかったので、来年以降の生活を大きく左右する、院生なら知らぬ者など居ないだろう例の申請書を提出した翌週に一路クロアチアへ。土曜日一日かけて、プリトヴィッツェ国立公園を散歩してきました。

朝方は天気が良くなかったのですが、次第に晴れ、美しい景色を見ることが出来ました。透徹した水の向こう側に覗く別の世界、水鏡に映る青い空、水そのものが持つ幻想的な緑……。去年の夏に訪れた時と違うものに戸惑いはしつつも、いい気分転換にはなりました。

2006/05 


 
オレンジの残像。



卯月。

なんとなく本場のボルシチを食べてみたかったので、ウクライナまで日帰りでドライブに出掛けました。メジャーな国境通過ポイントを通らなかったせいか、ウクライナ側の入国係官が英語を話せず、日帰りだからホテルの予約は無いこと、ただボルシチを食べに行くだけだということを理解してもらう(普通は昼ごはん食べに隣の国に行くなんて考えないから当然でしょうが)のに手間が掛かりましたが、なんとか入国。雪融け後でまだ補修されていない、最悪のデコボコ道をふらふらとドライブして来ました。

3月の最高会議選挙の後だったからか、幹線道路の道路脇の木々には、オレンジのリボンが沢山結び付けられていました。2004年冬のオレンジ革命の時、この辺りでも民主化を求めてデモがあったのかなー、と思いを馳せていました。でも、今(7月)現在の内政の混乱っぷりを思うと、頑張ってこのリボンを結びつけた人達の思いを改めて考えてしまいますな。

そんな訳で、写真は、道路脇のオレンジのリボン、たどり着いた街の正教会、ボルシチです。教会は、同じ正教会でも、セルビアやルーマニアで見たものとは、まるで構造も内部のデザインも違うのが興味深かったです。教会建築はホント面白いです。ボルシチは少し酸っぱめで、旨みたっぷり、という感じではなかったのでちょっと意外でしたが、あっさりしていて美味しかったです。

2006/04 


 
つめあと



弥生。

そこそこ忙しい仕事の合間に西バルカン諸国を旅行してきました。考えてルートを設定したわけではないのですが、そこかしこでユーゴ紛争・ボスニア内戦の爪痕を見ることになりました。

写真は、上から、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都サラエヴォの旧市街バシチャルシァ、同じくモスタルの、街の象徴とも言える橋「スタリ・モスト」、「アドリア海の真珠」とも呼ばれるクロアチアのドブロヴニク旧市街。

サラエヴォはボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦時、セルビア人勢力(スルプスカ共和国)により包囲され、所属民族を問わず(主にクロアチア系とムスリム系)狙撃・砲撃され1万人以上が犠牲になった街、モスタルはクロアチア人勢力とムスリム系勢力が川を挟んで衝突した街、ドブロヴニクは、ユーゴからの独立を宣言したクロアチアに対し、旧ユーゴ連邦(現セルビア・モンテネグロ)が数年にわたり包囲し激しく砲撃した街。

行く先々で戦争の爪痕が残り、鎮魂の灯火が焚かれていました。BH内戦の停戦合意であるデイトン合意から10年、砲撃により落された「スタリ・モスト」も修復され、またクロアチアもEU加盟交渉が始まるなど、少しずつ前へ(でも何へ?)進んでいるようではありましたが、地雷・人種感のわだかまりなど、負の遺産が消える日は果てしなく遠いという印象でした。

美しい景色には感動しつつも、色々考えさせられた旅行でした。

2006/03 


 
光を求めて



如月。

日照時間が短く、どうしても気分が暗くなってしまう住処を離れ、半年ぶりに飛行機に乗り、バルセロナへ行ってきました。長い間、一度見てみたいと思っていたサグラダ・ファミリアをついにこの目で見ることができました。写真は上から、サグラダ・ファミリアの生誕のファサード、建築中の側廊、同じくガウディ建築のカサ・バトリョ。

サグラダ・ファミリア教会は、そのあまりの未完成っぷりにも驚きましたが、植物のモチーフなどが多用された、自分の識る教会建築の諸様式をかるく超越したデザインはやっぱり驚くばかり。

しかし、サグラダ・ファミリアよりも凄いと思ったのは、ちょうど100年前に作られたカサ・バトリョ。サグラダ・ファミリア教会はデザインの凄さは理解できても、実用性の点での迫力が伝わる物では無かったのですが、カサ・バトリョの方はデザインもさることながら、実用的に考え抜かれていて、100年前の建築とは思えない素晴らしさでした。

こんな家に住みたいなぁ。

2006/02 


 
暗い冬は安らかに、そして華やかに



睦月。
ここ欧州の片隅の冬は暗く寒く、どうしても家に引きこもり、欝気味になりがち。1年前の経験も踏まえ、今年は予めこの月の余暇時間をどう過ごすか前もって考えていました。

2本柱は(結局いつもと変わりませんが)読書と劇場。読書は、推理小説、旅行エッセイ、読み応えのあるノンフィクション、旅行先の予習がてらの新書と、色々な本をゆったりお茶を飲みつつ読み漁ってました。劇場通いはいつもの通りですが、真冬の劇場(特に夜)は分厚いコートの下に男女とも結構なおしゃれをしているので、他の季節よりも華やかで良い感じ。「ロミオとジュリエット」が、ついに完全とも言えるキャストで見られたのも良かったです。

この2本柱に加えて、こちらの友人達とのお喋りや、skypeでの日本の友人らとの電話で、国外へ出ることもなく、1月はあっという間に過ぎ行きてしまいました。

2006/01 


 
容赦のない雪の中で



師走。
師も走りまわる程忙しいこの月、京都の師の目を離れヨーロッパで出稼ぎ中の弟子は、耳に聞く京都での凄惨な忙しさを他所に、別の意味(=ドライブ)で走り回っていました。見聞の旅という名目はあるのですが、それでも罪悪感を感じることもあったり。

さて、この月の写真はそのドライブの中から、ニュルンベルク(ドイツ)でのクリスマス・マーケットの屋台(ツリーの飾りを売ってます)、朝焼けのモン・サン・ミシェル(フランス)、霧の中の風車(キンデルダイク、オランダ)。今回、6000キロほど旅する中で感じたのは地球の自転。普段は中央ヨーロッパ時間の西端近くの国で生活しているので、冬至近くでも比較的太陽は早く昇り、日の出は朝起きてご飯を食べている頃(7時半)だったのです。しかし、同じ中央ヨーロッパ時間のエリアの中でも、モンサンミシェルだと8時半ごろでもまだ暗く、随分と違うものだなー、と。ドイツをうろついていた旅行の最初の方には普段と同じような時間に起きていたのですが、西へ移動するにつれて朝起きるのが遅くなっていきました(ーー;)(まぁ、疲れ等もあったのですが)。

2005/12 


 
冬の足音とともに



霜月。
この月は3週連続で友人・知人が日本から、そしてスコットランドから訪ねて来てくれたので、大人しく国内で……と思っていたのですが、やはり限られた時間を無駄にすることはできず、雪の降っていない週末に国外にも行ってしまいました。仕事がかなり忙しかったので、車で国外に行かずにはいられなかったというのもありますが。

写真はクロアチアの海辺の街、Senjの街並みと昼御飯を食べた魚料理屋の内装。本当はクロアチア国内の別の場所へ行く予定だったのですが積雪のため断念し、替わりに行こうと思ったスプリットへさえも高速道路で80km/hの速度制限を喰らってしまい行けなくなったので(予定の倍近い時間が掛かるのに耐え切れなかった)、適当に海辺まで出てこの街で魚を食べて帰りました。クロアチアもまた、海岸沿いの歴史のある街並み、海岸リゾート、スキーもできる山地、首都ザグレブ、この世の天国のような湖と滝の国立公園(プリトヴィッツェ)と、色々な顔を見せる面白い国です。欧州に来るまではほぼノーマークだったのですが、夏にプリトヴィッツェ国立公園とイカ墨のパスタで完全に惚れ込みました。帰国するまでにまだ行けてないドブロクニク、トロギール、スプリットも見に行きたいと思っていますが、行けるかなぁ。

2005/11 


 
通り過ぎた秋



今更のようですが、少し時の空白を埋めていきます。最近は、仕事と旅行と劇場通いと仕事と読書……という感じでやってます。

神無月。
劇場のシーズンが始まったので、劇場通いを再開。通っているのは今までと同じ劇場なのですが、ミュージカルではなく生声で歌うオペレッタにハマって、チケット取りまくって通ってました。

劇場通いと平行してドライブも継続。写真は、オーストリアのザルツ=カンマーグート(ザルツブルク周辺)地方から、グムンデン湖畔の並木、オーストリア皇帝の避暑地として名高いバート=イシュルで食べたケーキ、ザンクト・ギルゲンから見たヴォルフガング湖です。オーストリアのウィーン以外のエリアをちゃんと訪れるのはこの10月が初めてだったのですが(ザルツ=カンマーグートの前にグラーツ〜クラーゲンフルトを走りました)、山と湖が素晴らしく綺麗な国だと知りました。もう少し前(冬になる、および劇場のチケットを買い込む前)に知っていたら、オーストリア通いをしてたかも知れないぐらい。

2005/10 


 
短い夏の記録3



長月。ガソリンが高いのに、残り少ない夏を追いかけるように車で走り回ってました。8月末に行った↓のドライブを合わせると、4回の長距離ドライブ、計9日間の走行距離の合計はざっと4500キロ、国境を越えた回数も計16回にのぼります。1年前まで限りなくペーパードライバーだった自分としては、何かを間違えてる気がしないでもない数字です。日本に帰って、右ハンドル・左側通行・高速道路の制限80km/h・おまけに国境なし(?)とかいう世界に戻れるかどうか不安な今日この頃。

さて、写真はスロベニアで見たアドリア海、プラハのヴィート教会内部と教会の塔の上から見たカレル橋。
月並みですが、色々な国を回って思うのは、やはり本だけ人の話だけというのと、この目で見て、肌で触れて感じるのとはまったく違うのだな、と。「欧州なんて何処も城と教会と旧市街でおんなじようなもの」というのもある意味で真実性を孕んでいると思うようになりましたが、その逆も強く感じるようになりました。同じ中欧に属する国でも、また同じ国の中でも、歩いている人が、聞こえてくる言葉が、建築が、教会の装飾や様式が、口にすることの出来る料理が、ケーキの質が、コーヒーの味が驚くほど違っているのです。こういう生の経験をもっと積み重ね、それをなんとか記憶に残して、日本に戻ってその後に生かしたいものです。

紅茶の味は、悲しいことながら、ダメで統一されてしまっている気がしますが……。

2005/09 


 
短い夏の記録2



葉月。命の洗濯と舌を鍛えに日本へ。忙しいのに会ってくれた友人、知人らに感謝。本当に充実した10日間の滞在でした。念願の「マンマ・ミーア」、そしてこちらで気に入った「モーツァルト!」の日本版(東宝)も見ることができましたし。

写真は、こちらに戻ってきてから行った、とある街。森と大河に抱かれ、活気もあった美しい街でしたが、6年前の爆撃の爪跡もはっきりと残っていました。以前に仕事でお会いしたこの国の方の悲痛な言葉が思い出されて、一度機能も経済も破壊された国が元に戻るのが如何に難しいか、その一端を垣間見した気がしました。

2005/08 


 
短い夏の記録1。



文月。スイスへ行ってきました。光の強さが明らかに違っていて、日が差している時には、山々が、そして緑の芝生が白く輝いていたのが印象的でした。

写真はユングフラウ、インターラーケンからの朝日、ベルンのバラ園でみたバラ。山歩きをしているうちに、雲から姿を露にしていったアイガー、メンヒ、ユングフラウの三山も感動的でしたが、今年は見逃したと思っていた薔薇をほぼベストの状態で見られたのも良かったです。

ただ、チューリッヒまで行っておきながら、ルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェルス嬢」を見逃したのは悔しい限りでしたが。

2005/07 


 
なんと



自分が住む街にも「la Coupe du Monde de la Patisserie(製菓ワールドカップ)」の勝者が居るということを聞きつけたので、早速、その週の仕事後にケーキを買いに行ってみました。

ガトー・ド・ボアで昔食べたアンブロワジー(カフェ・メモランダム第21回)レベルのモノを期待していたのですが、ショーケースに並ぶケーキはどれもシンプルで素朴。しばし迷った挙句、写真の2つとあともう1つ購入したのですが、味の方も素朴で、この国で自分がケーキを買ってる「普通より美味しい店」ぐらいのレベルでしかなく、ちょっと欲求不満でした。

土曜日の朝とかに買いに行ったら、もっと凄いのが色々あるのかな……?

2005/06/30ごろ 


 
一応、仕事もしないとね、ということで。



リエカのカフェで食べたケーキ。

「見た目」の良さだけでもかなり感動したのですが、やや締まりが無くほわんとした印象を持ったものの、味もなかなかのものでした。このカフェもいつかは(笑)紹介予定。

2005/06/25ごろ 


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