きゃんでぃ






 舞い踊る炎が空を焦がし。
 あがる黒煙が青空を隠し。
 動くモノはひとつだけになって。
 辺りを見渡して全てを屠ったのを確認して、彼は漸く光り輝く剣を背に戻した。




「うわっ」
 ホーネックが血塗れのゼロを見つけたときの第一声がソレだった。
 通常であれば、眩い太陽のように煌めいているその髪が、今はどす黒いオイルで真っ黒に染まり、固まりかけている。
 忍び部隊というわりには、隠密で動く気などさらさらないだろう、という、ちっとも自重していない真っ赤なカラーリングの派手なボディも同様に黒ずみ、ぼたぼたと固まりかけているオイルがしたたり落ちていた。
 一瞬どこか損傷でもしたのかと慌てて駆け寄るが、彼がこの程度で怪我なんてするわけもないと、すぐに思い直した。
 その証拠に、瓦礫に腰掛けていたゼロはホーネックに気がつくと、苦笑を浮かべて立ち上がり、軽く手を挙げた。
「遅かったな」
「こっちもわりと大変だったんですよ。っていうか隊長、また無茶やらかしましたね」
 浴びた返り血の量をみれば、概ねどの程度のイレギュラーと渡り合ったのか想像もつく。
「そうでもない。ただのザコだった」
「ザコでも量が多すぎたんですよ。大丈夫だとは思いましたけど、数の暴力ってコトもありますからね。万が一ってコトもあるということを」
「あー、わかった。わかったから。もうしない、たぶん」
 うっかりすると長くなりそうな説教を、嫌そうな表情を浮かべて回避しようとするのを見て、ホーネックは肩を落とす。
 結局は惚れたほうが負けなんだよなぁと思いつつ、
「コレが原因ですか」
「ああ」
 ホーネックの言葉に、ゼロが視線をあげた。 
 最初の報告では、イレギュラーの数は三十程度。廃工場で暴れているという通報があり、出撃命令がくだされた。
 けれど、現場に着いてみれば何故かその数は倍増していた。
 すぐに対処にはいったものの、まったく数が減らない。これはおかしいと、ゼロが工場へと入り、襲い来るイレギュラー達を斬り捨てて先へと進めば、そこでは次から次とへイレギュラーが造られている真っ最中だった。そこには大量生産を目的に作られた機械が二つほど。
 それらがひたすらに、イレギュラーを造りだしていた。
 それもゼロのセイバーによって、すぐに動きをとめたのだが。 
 なるほど、とホーネックが部下を呼び、調査を命じる。
「ココの騒ぎはこれでいいとして、その指令をとばしてた奴を見つけないとな」
「ですね。ま、どうせすぐに見つけられますよ」
 言いながらゼロを振り返り、小さくため息をついた。
「あとは私達がやりますので、隊長はまずその見た目をどうにかしてきてください。割と怖いです」
「ん? そうか?」
 見た目も怖いが、早めに帰ってもらってなかなか手をつけないレポートを、さっさと書いて欲しい。
 そんな本心を隠しつつ、 
「エックス隊長がみたら、絶叫しますね」
 そう言ってみる。 
 その途端、改めて自分の姿を見るかのように視線を体へと移した後に、踵を返した。
「すまん」
 言って去っていく後ろ姿を見送りながら、ゼロに対してエックスの名を出すのは本当に効果覿面なんだなと、改めて思いつつ、ホーネックは部下たちへと指令を出した。








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しっぽの気持ち










「……犬?」
「犬、ですね。ほら、耳もあります」
 ドアの向こうの、とてもではないけれど、信じられない──信じたくない光景を見ながらそう言えば、おれの隣で疲れたような隊員が、そう返してきた。
 ふわふわと揺れる尻尾。
ぴんっと立った大きな犬の耳。
 そんなオプションをくっつけて、興味なさそうに床においてあったボールを蹴り飛ばす。
 そんなゼロの姿をみて、もう一度隣の隊員を見れば、彼は心底疲れたようにため息をついていた。
 聞けば、電脳空間でイレギュラーを追いつめた際、悪足掻きをした相手に犬化ウイルスをふっかけられたらしい。
 とりあえず倒して現実世界に戻ったら、この状態だったとか。まさか現実世界でこんな影響があるとは……どんなウイルスだったんだろう。
「そのウイルスのせいで、だいぶ犬化しているらしくて、ココに連れてくるまでが、大惨事でして……理性もどっかに消えちゃったのか、本当に犬みたいに自由になっているというか」
「そ……そっかぁ……」
「ホーネック副隊長は……羽根を毟られたので、いまメディカルルームに行っているんですが」
 ──なにがあった、なにが。
 思うが、口にはしない。やぶ蛇はよくないよね。
「それでですね、副隊長もですが、みなさん口を揃えて言うんですよ。ああこれは、エックス隊長に任せるべきだって」
「おれ!? メディカルルームに連れていったほうが」
「そのメディカルルームの皆さんからも、そう言われましたので……というか、暴れて計器類をダメにしたので、相当お怒りでして」  
「……あぁ……」
 元々検査が嫌いだからか、犬になって理性を無くしてしまったせいで暴れたのかもしれない。
「けど、おれだってそんな状態のゼロを預かって、大丈夫かどうか……」
「いえ、きっと大丈夫です。だって副隊長が『エックス隊長呼んでこいっ』って言った瞬間、お座りして尻尾ふりましたから」
「えぇ……」
 困惑しつつも、仕方なく促されるままドアを開ければ、その音に反応したようにゼロが振り返り──
「……!」
 おれの姿を見るや否や、一瞬で間を詰めるかのように飛びかかってきた。
「うっわぁっ」
 咄嗟に受け入れる体制にしたからか、倒れ込むような事態にはならなかったことに安堵の息をつく。
 って、いやいや。安心している場合じゃない。
 このままぶん投げられたり、体をぎりぎりと締め付けてくるかもしれない。
 慌ててゼロの様子を伺えば──ぱったぱったと、ちぎれんばかりに尻尾を振っているのがみえた。
「えぇ〜……」
「ほら、大丈夫だったでしょう?」
 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて困惑の声をあげれば、隊員は満足そうに頷いている。
「……なにがどう大丈夫なのか……わからないけど、まぁ……うん。
 そういうコトなら預かるよ」 
 押しつけられたような気もするけれど、解除できるまでの間だけなら、そう問題はないだろうと判断するしかない。
 隊員は、明らかにほっとしたように笑みを浮かべた。
「よかった……本当によかった……これで副長の触覚が抜かれたのも無駄ではなかったというものです」
 あれも抜かれたのか……なんでそんなに……犬の本能かなんかなのかな……
「そちらの隊には、こちらから説明しておきますので……隊長の相手をお願いします。ワクチンプログラムもあと数時間ほどでできるらしいので」
「あ、うん。ありがとう」
 脳裏に『またかぁ』と言う顔をした彼らの顔が過ぎるけど、まぁ、そのとおりいつもの事なので……あとは任せても大丈夫だろう。
「隊長が元に戻って、一連のコトを覚えていたら……まぁ、すまん、で終わらせそうですよね」
「むしろ覚えていたら、暫く機嫌が悪そうだけどもね」
 不可抗力で犬になっていたとは言え、部下の羽根やらなにやら引っこ抜いたり、あまつさえボールでじゃらされそうになったりしていたのは、ゼロにとって不覚でしかないだろうし。
 ……もしも聞かれたら……おとなしくしていたよって答えておこうかな。 















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あなたの隣で









 ──だって誰よりも近くにいるのだから。
 それは、ちょっとだけいいかなって思えたんだ。



 
「あっ、隊長、モモの匂いがしますね。使ってくれたんですね〜」 
 十七部隊の女性隊員が嬉しそうに言えば、エックスもまた笑顔を浮かべ、
「まだ匂いするのか。自分じゃわからないな」
「ふふ、ほんの少し……ですけどね。私も昨日はモモでしたっ」 
 言って三つ編みに纏めた髪をいじっている。
「なんや、なんの話?」
 横でコーヒーを啜っていた部下が、会話に気がついて加わってきた。
「オリーブにバスビーズもらったんだ。それで昨日、早速使ってみたんだよ。どう?」
 問われて、鼻先を近づけて匂いを嗅いで。
「うーん……言われたら甘い匂いがするような……」
「モモのバスビーズですっ。みなさんのぶんもありますよ〜」
 引き出しをあけて、集まった来た他の面々にも配り始めると、そのまま使い方講座が始まった。
「あっ、そうだっ。隊長のぶんにっていろいろ見繕ってきたんですよ。私のおすすめをいくつかいれてみました」
 ピンク色のポーチにたっぷり詰めてくれたのだろうソレを受け取れば、そこそこ重い。
「……えへへ。ゼロ隊長にも、よろしくお伝えください」
 にこにこしている彼女に頷いて、もらったポーチを大事に鞄へとしまい込んだ。



 時を同じく──
 食堂でコーヒーを買い味わっていると、正面に顔なじみのオペレーターの女性が腰掛けた。
 そして観察するかのようにじっくりと眺めてくることに、ゼロは柳眉を寄せる。
「……なんだよ、カミーラ」
 名を呼ばれた女性はどこかつまらなさそうな顔をすると、
「匂いがしないなぁって思って」
「匂い?」
 なんのコトだとゼロが首を傾げると、カップに入ったカフェオレを眺めつつ、
「昨日、エックス君がバスビーズをもらったって話をしてくれてね。あなたも匂いがするのかしらって思ったのよ」
 言われて、そう言えばなにか丸いモノを持っていたなと思い出す。
 次いで、風呂上がりのエックスから、ふわふわと甘い匂いがしていたということも。
「オレは先に入ったからな。匂いはしないだろうさ。
エックスは……なんか甘い匂いがしてたけど」
 自分からあんなに甘い匂いがしたら、違和感しかないだろう。そう思うと、使わなくて正解だったのではないだろうか。
「確かめたの? エックス君のカラダ」
 ごふっ。
 口に含んだ瞬間そんなコトを言うものだから、ゼロが盛大に吹き出した。
「やだ、きたなーい」
「けふっ……こふっ……言っとくが、おまえの、考えているようなコトは、してないからな……
 フキンで拭いつつそう言うと、彼女は愉快そうに笑い、
「あら。そうなの。せっかくエックス君が、可愛いコト考えてるのにね」
 くすくす笑いながら立ち上がる。
「は?」
「あとは自分で考えなさいな」
 手をひらひらと振りながら、持ち場へともどる女性を見送り、今の言葉の意味はなんだろうと考えたが──結局よくわからなくて、すっかりと冷え切ったコーヒーを一息に飲み干すと、ゼロもまた持ち場へ戻るために立ち上がった。