生活報告帳 May.2006 part1 加計呂麻は初夏

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えー、カネがない時ほどヒマというのはでき易いモノで、
細々と食いつなぐ為のバイトも2日に行ったと思ったら「次は9日に来て下さい」だって。
「チキショー、職安に行ってやるー!」とか思っても、当然ながら世間はゴールデンウィークです。
家でゴロゴロしてるのにも飽きたし、どこかいい所はないかいな…。
おぉ、そうだ、加計呂麻に行こう!
てなワケで、ひさしぶりにテントを担いで、フェリーかけろまに乗ることにしました。
ホントは3日の昼頃に出るつもりだったのですが、久々のこととて準備が間に合いません。
時折り輝くように晴れ上がる戸外を横目で見ながら、ぐずぐずと準備を進めます。
それでもナントカ、5月4日10時20分古仁屋港発のフェリーに乗って、加計呂麻の地を踏むことが出来ました


いつもの通り、テントは実久に張ります。
今回、大雑把な予定は、午前中は魚釣り、午後はバイクで各地巡り、夕方から釣り、
日曜日までに戻ればいいから毎日その繰り返し、という前向きなものです。
実久に着いた時点でほぼ午前中は終わっていたので、テントを張り終えたらすぐに各地めぐりへ。
梅雨入り目前だというのに涼しい日が続いていた奄美地方も、
ようやく初夏らしい陽気になってきました


たぶん、モンシロチョウなんですけど、
私がこれまで奄美以外で見てきた
モンシロチョウと較べて
全体的に白っぽいんですね。
だから、いろいろ調べたんですけど、
うーん、やっぱりモンシロチョウかなぁ…とことで。
実久(さねく)にて

ハナムグリ(右)と正体不明の虫が花粉を食べています。
花はイジュだと思います(同じ花を他ではタブノキと呼んでたような気が…)
実久の林道にて
カタツムリ、またの名をデンデンムシ
うわー、いろいろいるんだなぁ…!
うーん、次の課題はデンデンムシかぁ?!
安脚場にて
オオマルハナバチが、ハマボッス(?)にとまってます。
安脚場にて

コンロンカにとまるのは、クロアゲハ
オナガアゲハかと思いましたが、
オナガアゲハは奄美に生息していないそうなので。
勝能(かちゆき)にて

コミスジ
この時季は、バイクに乗る服装で歩き回ると大汗をかきます。
こいつにも苦労させられました。
スリ浜にて

ツマグロヒョウモンのオス。
メスは何度も撮影してますが、
オスを撮影できたのははじめてです。
伊子茂(いこも)にて
テングチョウとハイビスカス。
ちょっとデキ過ぎ? とか思ったら、
ハイビスカスがファインダーからはみ出てました。
打倒、浜田太への道は遠い…。
実久にて
こちらもテングチョウ。
色が淡いのは、ご高齢の方なのでしょうか?
伊子茂(いこも)にて

これも判りません。
道路脇の斜面を紫色に染めて、
とても綺麗でした。
須子茂(すこも)にて


もともと歴史には興味があったのですが、
奄美地方の歴史を扱った本といえば、研究者レベルの内容のものが殆どで、
読み物として楽しめるものがヒジョーに少ない!(憤)
日本全国に歴史好き、歴史マニアと呼ばれる人はたくさんいますが、
そういう人たちが歴史に興味を持つきっかけは、
学会に発表された論文や図書館の書庫の奥深くに[禁帯出]と貼られている定価3万円の本じゃありません。
司馬遼太郎や吉川英治の小説(を原作にしたTVドラマ?)が入り口なんです。
そんなことをぽちぽちと考えていたので、
「現在(いま)、そこらにある歴史」から何かが掴めないか、いくつか回ってみました


バス停の表記は瀬武(せたけ)、
看板には実久郵便局
後ろの板(?)には[旧実久村役場跡]。
昭和31年の《昭和の大合併》で
加計呂麻を南北二つに分けていた
実久村と鎮西(ちんぜい)村が
西方(にしかた)村といっしょに
瀬戸内町と合併したためです。
この合併を境に
加計呂麻の過疎化が進んだそうで、
将来かならず起こるであろう
《知事権限による強制合併》では、
どういう結果が待つのでしょうか?
瀬武(せたけ)にて
《昭和の大合併》も《平成の大合併》も、
要は《行政コストの削減》を狙ったもので、
その事自体に意味はあるのですが、
いちばん大事にされているのは
《中央官庁の手間を省く》ことで、
《地域の生活》は無視されています。
行政事務を集約・共通化し、
オンライン端末を分散配置することで
同等以上の効果が
得られるはずなんですが…。
今にして思えば、
「個人情報保護法」も
《行政のブラックボックス化》
を狙ったものに見えてきます
加計呂麻の北西海岸を歩いていたら、
島唄が聴こえてきました。
連休でやってきた娘夫婦や孫たちに、
ジィが聴かせています。
孫たちはすぐに浜に遊びに行っちゃったけど、
ジィはゆっくり唄いつづけます。
「朝花節」、「くるだんど」、「よいすら節」
立ち去り難い旅人は、
物置小屋の写真を撮る振りをしながら、
デイゴの木陰で耳を澄ませます。
阿多地(あだち)集落にて


「歴史が残っている」といえば、何より神社です
(加計呂麻にお寺はない。つーか、奄美群島に寺院は10しかない)。
その神社の中でも、なんとなくモノ寂びたところを二つ、行ってきました



加計呂麻島の最南端、徳浜には「龍神宮」。
コンクリートの鳥居や、そこらの仏壇よりも簡素な祠を見て侮っちゃあイケマセン。
最北端の実久にある実久三次郎神社は
八百年の歴史を称していますが(実際は400年ほど?)、
こちらも負けず劣らず、てゆーか、ゼッタイに古い神社です。
堤防から100mほど内陸にあるんですが、こういう神社の建て方としては、
間違いなく海沿いに建てるハズなので、一度は移転(遷宮)していると私は見ています。
徳浜(とくはまorでぅくばま)にて


知之浦(ちのうら)に建つコンクリート製の鳥居の前に築かれた土俵。
簡素っちゃあ簡素なんですが、
土俵入りから取り組みの一番いちばん、すべて神様に《奉納》です。
で、鳥居の額束には、もっと簡素に《鎮守》の二文字。
オイオイ、手を抜くなよ…と参道を登ってみたら…


参道の尽きた所には、
祠(ほこら)と呼ぶにはあまりに華奢な…。
いえいえ、《鎮守》のご神体とは、
知之浦の海(さざ波一つない静かな入り江)と
それを囲む山なのでしょう


「日曜日に帰ればいいやぁ♪」とのんびりしてたら、やっぱり奄美大島です。
きっちり三日間の晴天の後は、週間予報は雨、雨、雨。
半端な雨支度しかしてこなかった私としては、早めに帰らざるを得ません。
梅雨の晴れ間になんとか都合をつけて、
と後ろ髪引かれる思いで(前髪は引くなよ、残り少ないんだから)帰ります。
この続きは、またそのうちに…

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