やつあたり雑記帳…お出かけ記録

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Oct. '02

10/14 RIKKI公開録音 at NHKスタジオ・パーク

10/20 神々の調べ



 10月14日 RIKKI公開録音 at NHKスタジオ・パーク


 のほほほほ、まさか十月もRIKKIネタが続くとは思わなかっただろう。八月の「奄美フェスティバル」から四連チャンだ。パチンコ・スロットだったら大儲けの予感、麻雀だったら役が二つ以上必要な「二翻縛り」、というコトになるんでしょうか、もうどっちも十年近くやっとらんから忘れちゃったのよ。
 いずれにせよ、今日は「お子様からお年寄りまで」、「ふるさと万歳」の日本放送協会が所有する「スタジオ・パーク」に行くのだからして、ギャンブルとはあまり縁が無さそうではある。

 さて、この「公開録音」であるが、音楽評論家の青木誠がNHK−FMで木曜日の午後四時五分から四時五五分までやってる「ミュージックボックス」という番組のための録音だそうな。ふ〜ん。
 昔むかしはのぉ、この時間帯は午後六時までの二時間弱の枠で、「軽音楽をあなたに」ちゅう日替わりのポップス番組をやっとったもんじゃがのぉ。DJ(当時はそう呼んだんじゃよ)も、さすがに純粋な音楽番組で毎週二時間ともなるとネタが尽きるんだか「それでは、デビッド・ジョハンセン・バンドで、○○と△△と◇◇と××、四曲続けてどうぞ」みたいにやっとった記憶があるぞよ。いっさい関係ない話であったな。

 どんな風に放送されるのかさっぱり判らんのだが、この日は、12:30からと14:30からの二本立て興行で、もちろん二回とも見たい気持ちは満々だったのだが、土曜日に休日出勤させられたアオリが翌々日のこの日まで残って、見事に寝坊してしもうたのだ。
 多少慌てつつもRIKKIのCDで、まだサインを貰ってないのを四枚、バッグにねじ込んでいざ渋谷へ。

 オレが大嫌いな渋谷は、今日も人ひとヒト人ひとヒト人ひとヒト人ひとヒト人ひとヒト…。うぎゃあ、と叫びたくなるのを懸命に堪えつつNHKに向かう。みなさん休日の散策モードの足どりで、ホント、渋谷という街は用事があるヒトは来ちゃいけないところだな。根がせっかちなうえに慌て者だから、ついつい大股の早足で歩いてしまうオレは、区役所前あたりでようやく自分のペースで歩けるようになって、ほっと息をつく。背すじを伸ばして前方を見ると、渋谷という街にまったく似合わない広々とした空間がひろがる日本放送協会の敷地がそこにある。
 スタジオ・パークってどこかいな、と探すまでもなく入ってすぐのところに入り口を見つけて、金二百円也の入館料を窓口で払って中に入る。中に入ってからがむしろたいへん。公開録音が行われるCT−450スタジオを、入ってすぐの案内図で探すが、フロアごと、ブースごとの色とりどりの表示で目がちかちかする。年寄り臭いのお。けっきょく入り口と同じフロア、それも振り向けばそこに、という場所に発見する。
 見ると、すでに何人か並んでいる。中のひとりは、RIKKIのライブをはじめとして、奄美関係のライブでいつもいっしょになる人。「あはは、やっぱり居た」「イヤイヤ、私は一回目も見ましたから、ははは」。むむ、オヌシやるな、とか思ってると、この人もあらわれる。こちらも開口いちばん「遅いですゾ」。は、スミマセン。「だいたい皆さん、最近は出席率がよろしくない」お怒りモードである。しかし、オレに言われたって困るよ。
 このふたりから一回目の情報を収集していると、係りの人の「お待たせいたしました」の声。中に入ると、「前から詰めてください」というので、いちばん前に座る。といってもRIKKIがうたうだろうボーカル・マイクの前はすでに占領されている。いいもん、司会者のまん前に座ってやる。RIKKIも一回くらいはこっちに来るだろう。だいたい、ずっと至近距離だったら却って気恥ずかしいじゃん、てオレが意識してどうする。

 しばらく待っていると、スタッフの手でRIKKIの三味線と菅原弘明のギターとノートパソコンが、ちょっと間を置いて司会の青木誠とアシスタントが登場する。まずは青木誠がRIKKIのプロフィールを簡単に紹介。そしてRIKKIと菅原弘明が登場。

 まずは”蜜”から「掌」、「星の降る夜」。相変わらずのスウィートボイスで、もうオレなんかメロメロのくたくたである。「星の降る夜」で歌詞を間違えた(正確には、曲の進行を間違えた)ときもあわてず騒がず、ニコッとスマイル攻撃されてはもう心臓麻痺半歩手前である、って死んじゃうよそれじゃ。
 続いては、青木誠に促されるかたちで、かねて用意の三味線を構えての「よいすら節」である。ただし、歌詞は共通歌詞と呼ばれる「今日(きゅう)ぬ誇らしゃや 何時(いてぃ)よりも勝り 何時(いてぃ)も今日(きゅう)ぬ如(ぐとぅ)く 在(あ)らち賜(たぼ)れ」と唄う。彼女の三味線は、例えば元ちとせや中村瑞希と比べて、いや、比べたらこのふたりに悪いくらいの腕前なのだが、それでも機会があれば必ず弾いて唄おうという姿勢はエライぞ、と思うオレなんである。しかもこの三味線、棹の、ツボと呼ばれる位置に小さなシールを貼っていて、とてもカワイイのである。たまには練習してるのかな?

 ここで、司会者席にいた青木誠とアシスタントが立ち上がって、ちょっとおしゃべりタイム。RIKKIは、オレがいる方に来る様子もなし。ちぇっ、アテがはずれたか。
 そのおしゃべりからちょっとだけ、記憶にあるだけ。
青木 「この前、琉球フェスティバルの楽屋に遊びに行ったのね。貴島康男くんに十年ぶりくらいで会って、そういえば康男くん、むかし、あなたの囃子をした女の子は誰?ってきいたらね、横にいた元ちとせちゃんが、はーい、ちとせでぇすだって。あれはちとせちゃんだったのねぇ。ずいぶん大きくなってたから気がつかなかった」
RIKKI 「いやぁ、康男もちとせも、みんなわたしより大きくなっちゃって…」

 三味線を片づけて、ついでに弾き唄い用のブーム式マイクスタンドも片づけて手持ちマイクになったRIKKIは、最新アルバム”シマウタTrickles”から「むちゃ加那」、「曲がりょ高頂(たかちじ)」、「豊年」と続けてくれる。とくにフェイバリット・シマ唄である「曲がりょ高頂(たかてぃぢ)」をあんなにもしっとりとうたわれては、ああ、オレ、もうダメ、である。ラストの「豊年」に至っては、いったん曲のエンディングまで行ったかのようにしながら、メインのギターフレーズをブリッジにして「最初からもう一回」とばかりに引っ張る。オレとしては大好きな「豊年節」のアレンジだから、引っ張れば引っ張るほど「もっとやれ〜」と思ってしまう。打ち合わせ済みだったのかどうか、RIKKIも「え、やりますか」という表情で、最後に選んだ歌詞は共通歌詞の「今日ぬ誇らしゃや 何時よりも勝り 何時も今日ぬ如く 在らち賜れ」だったから、もしかしたら、ホントに菅原弘明のサプライズだったのかもしれない。

 ラジオの放送的には、どれが採用されるのか(二回のライブから一曲だけ選ぶ、と言ってた)判らないけど、ミニ・ライブということでは文句なしの素晴らしいひと時だった。

 ライブ終了後に持参のCDにサインを貰うべく、楽屋(?)口へ。まずは、'97発売の「RIKKI」を差し出すと、「おおッ」という反応。一部で突っ込み大王と呼ばれるRIKKIだが、反応はこれだけ。ちょっとお疲れだったのか?次に「シマウタ TRICKLES」を差し出し、さらに「Miss You Amami」、「むちゃ加那」を取り出そうとしたところ、大橋マネージャーに鋭く「サインは二枚まで」と制止されます。
 そう言いながらも大橋M、目ざとく「"蜜"は持ってないんですか?」とチェックを入れる。あっぱれ、マネージャーの鑑。しかし、オレだってたまには負けない。
 「”蜜”は柏でサインを貰いましたから」と自信を持って応える。
 すると、なんと、おお、RIKKIが「ね。」と相槌をうってくれるではないか。
 うれしいなぁ。もちろん、スタジオの外で待っていてくれた二人(両名とも一回目の終了後にサインを貰っていた)に、尾鰭羽鰭をつけて自慢したことは言うまでもない。



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 10月 20日 神々の調べ


 いっぱいのお運びで。
 えー、世間にはいろんな方がいらっしゃいます。運のいい人悪い人。先日、ノーベル賞をいただいた田中さんてぇ方は、お勤めになっておられた会社のほうでは、まぁ、あんまりぱっとしない人だと思われてたらしいですな。にんげん、有名になると、いろんな噂が独り歩きをはじめるもんですが、なんでも「来年あたり、まちがいなく”肩叩き”になる運命だった」てぇ噂まであるそうです。
 もっとも、見方を変えれば、運がよかったのは田中さんが勤めていた会社の方だったてぇ気もするんですが。くびにしたあとで「ノーベル賞をいただきました」なんてぇことになったら、あの会社は人を見る目がない、なんて思われちゃいますからね。近頃は「世間の悪評をいただいたから」ってぇ理由で潰れた会社もありましたから、田中さんの話が本当なら、いまごろ冷や汗を拭ってる人もなん人かいらっしゃるんでしょうな。
 もっとも、平々凡々に生きてる世間の大多数からすれば、ノーベル賞なんてなぁはるかに縁遠い話ですから、歳が明けて松が取れる頃になったら、きっと忘れちゃってるんでしょうけど。
 さて、今日も今日とて、そんな枕とはまったく関係なしにお噺のはじまりでございます。

八兵衛 「こなゐだ、日比谷で琉球ふゑすてばるってゑのがあったんだって、熊さん」
熊五郎 「おうよ八っつぁん、ゐろんな人がはるばる沖縄からやって来たみてゑだねゑ」
八兵衛 「おれっちが知ってるような人も出なすったのかゐ?」
熊五郎 「朝崎郁恵せんせえが、相棒の高橋全さんと出なすったらしゐよ」
八兵衛 「おや、高橋の全さんは、朝崎せんせえの相棒だったのかゐ?」
熊五郎 「そら、八っつぁん、まさかに手下呼ばわりするわけにはゐくめゑよ」
八兵衛 「てっ、そらあそうだ。で、他にゃあゐなかったのかゐ?」
熊五郎 「貴島康男が出たってね」
八兵衛 「おゐおゐ、康男とゐやぁ、今日は三鷹に来てるそうじああねゑか。琉球ふゑすてばるは、ほんの先週の話だ。お内儀さんと子供はどんな顔をしてるんだろうね?」
熊五郎 「まあまあ、八っつぁん、他所のうちの内証の詮索なんざ野暮の骨頂だぁな。せっかく来てくれたんだから、ひとつ聴きに行こうじあねゑか。今日は、坪山豊せんせえだの、森山ユリ子さんも来てるって言うんだから」
八兵衛 「おゐおゐ熊さん、そゐつあゐけねゑよ。今日の演奏会は、坪山せんせえとおるがんの酒井多賀志せんせえが主役なんだ。それをおめゑ、康男のおまけみてゑに言っちゃあゐけねゑや」
熊五郎 「おっと、おゐらとしたことが、ゐけねゑゐけねゑ。坪山せんせえ、酒井せんせえ、どうか許してやっておくんなせゑよぅ」
八兵衛 「三鷹とゐやぁ、お江戸をはるか六里も向こうだ。さっさと出かけようじゃねゑか」
熊五郎 「合点だ」

 昔は内藤新宿と呼ばれました新宿より、中央線と呼ばれます電気仕掛けで動くお駕籠に乗りますってぇと三鷹の宿場までは二十分ばかりでございましょうか。三鷹に着いてからは、バスという乗合の大八車みたいな物に乗りまして、演奏会の会場でありますところの三鷹市文化センターに到着です。

八兵衛 「おゐ熊さん、あれをご覧よ。木戸銭を受け取る番台にゐるのは、あれぁ森田の純一さんじゃあねゑか」
熊五郎 「おや、本当だ。なんだか老けたねゑ」
八兵衛 「そうゐやお前さん、むかし森田の旦那の目の前で「あの禿」って言ったんだってねゑ」
熊五郎 「いや、おゐらとしたことが、面目次第もねゑ。そこらにゐねゑと思ったもんだから、つゐ…」

 そんなことを言いながら音楽堂の中に入りますってぇと、一段高くなった舞台の真中に、パイプオルガンが燦然と輝きつつも鎮座ましましております。ホールそのものの形式は、前月のRIKKI&黒田亜樹の柏アミュゼと同じく、室内にステージを設けたクラシック用の形式。やはり左右の壁にはドアが設けてございます。

熊五郎 「やっぱりお前、せっかくだから音響のいゐ真中の席がいゐよなぁ」
八兵衛 「熊さんよ、そんなに前のほうに行ったって、今日の演奏会にゃあ若ゑお姉さんは誰も出ねゑんだぜ」
熊五郎 「そゐつは大きにそうかもしれねゑが、ちょうどいゐ塩梅のあたりは、ほれ、ぜんぶ招待席になってらあな」

 やいやい言いながら空いた席を探しておりますってぇと、ふたりを見つけて声をかける人がおります。

ご隠居 「おゐおゐ、熊さんに八っつあん。ちょうどいゐ具合に席がふたつ空ゐてる。ささ、こっちゐおいで」
八兵衛 「あ、これあ横丁のご隠居さん」
熊五郎 「こゐつあとんだところへ北村大膳」
ご隠居 「熊さんや、なにか言ったかね?」
熊五郎 「ゐえそのう、ぱゐぷおるがんてのはどゐつかなって思ゐやして…」
八兵衛 「おうそうだ、ゐえねご隠居、あっしも音に聞こえたぱゐぷおるがんてゑ奴を拝むのはこれがはじめてなもんで、ゐってゑどこから出てくるもんだかと…」
ご隠居 「あきれたねゑ、お前さんたちにも。ぱゐぷおるがんなら、ほれ、舞台の上の壁いちめん、あれがぱゐぷおるがんだよ」
八兵衛 「するてゑとご隠居さん、あのかねの筒もひっくるめてぱゐぷおるがんてゑわけですかゐ?」
ご隠居 「そうともさ、あの筒のところがぱゐぷじゃよ」
八兵衛 「うへゑ、こゐつあどうも、おそれゐったね…」
熊五郎 「おりゃ、また、風呂屋の壁にあるような絵かと思ったが、あれがぱゐぷおるがんとはねゑ…」
八兵衛 「おゐおゐ熊さん、あんな風情のねゑ風呂屋の壁の絵があるもんかゐ」
熊五郎 「八っつぁんよ、昔っから毛唐のすることにゃ風情がねゑと、そう…」
ご隠居 「ふたありとも静かにおし。酒井先生が出てゐらっしゃった。はじまるよ」

 まずは、酒井多賀志さんがオルガン・ソロ「アメイジング・グレイスの主題による変奏曲とフーガop.42」を演奏します。

熊五郎 「ご隠居さん、どうもそのう、あんだけ大きゐのが鳴ってるとは思えねゑほど、小さな音ですねゑ」
ご隠居 「そうかゐ、あたしの遠くなった耳でもよく聴こえるがね」
熊五郎 「ゐや、聴こえねゑとかそうゆんじあなくて、もうちっと、そのう、雷さまみてゑな音が出てくるもんかと…」
八兵衛 「ゐわれてみれあ確かにそうだ、八叉の大蛇みてゑな筒がたくさんつゐてるわりにあ静かなもんだ」

 酒井さんの演奏が終わると、今度は、坪山豊さん、森山ユリ子さん、貴島康男さんが出てまいります。

熊五郎 「なんだか今日は、皆えらく静かだね」
八兵衛 「皆ってのは誰のことだゐ?」
熊五郎 「会場にゐる島の衆の皆さんよ。いつもなら”豊あにょ”とか声が掛かるだろうに、しんとしちゃってらあな」
ご隠居 「なんだか雰囲気に呑まれてるみたゐじゃな」
熊五郎 「そうゐうご隠居さんだって、なんだか背中が丸まってますぜ」
ご隠居 「あたしの腰あ歳のせゐで曲がってるんだよ」
八兵衛 「おゐおゐ、ふたありとも、ちょいとこゐつを見ねゑ」
ご隠居 「今日のぷろぐらむじゃな」
八兵衛 「ここんとこの、XXさんのご挨拶でござんすよ」
熊五郎 「なになに、『ぱゐぷおるがんの演奏会は、拍手すらも禁じられるほどの宗教性を持った…』云々。するてゑとなにかゐ?皆、これを読んで静かにしてるってゑことかい?」
八兵衛 「あっしにゃあ、そうとしか考ゑられねゑんですがねゑ」

 三人が小声でごにょごにょ言ってると、いよいよはじまります。まずは「朝花節」。

熊五郎 「うわぁい、なんだこれあ」
八兵衛 「撥が胴を叩く音かゐ、凄ゑ響き方だ、これあたまらん」
ご隠居 「はて、収音器(マイク)のせゐばかりとは思えんがのう…。おお、そうじゃった」
熊五郎 「おっと、ご隠居さん、ひらめきなすったね」
ご隠居 「残響時間とゐうやつじゃよ。なにか音が鳴ってからそれが聴こえなくなるまでの時間のことじゃ。普通の、演奏会も講演もお芝居もとゐう多目的劇場では、この残響時間が1秒前後だと良ゐと言われるんじゃが、ことぱゐぷおるがんに限っては4秒以上が理想的と言われるんじゃ」
熊五郎 「そゐつあ随分な違ゑだなぁ」
八兵衛 「声もなんだかくぐもって聴こえねゑかゐ?」
熊五郎 「そうかゐ?あっしにあかえっていゐ具合に聴こえるがね」
ご隠居 「そうじゃな、唄のことばは聴き取り辛ゐが、歌詞を聴こうと思わずに音楽全体として聴けばいゐ感じじゃな」
熊五郎 「森山さんの声なんて、なんだか楽器みてゑに聴こえやせんかゐ?」
ご隠居 「もともと、口を大きく開けてはっきり発音するのは西洋の歌劇あたりがはじめたもので、東洋の音楽では、わざと口の中にこもらせて発音するのが主流じゃからな」
熊五郎 「それでも康男の声は、きれゐに聴き取れやすね」
ご隠居 「発音、とゐうか発声が、標準語のせゐもあるんじゃろうな。わしら江戸っ子にあ聴き取りやすゐが、地元のお年寄りには、ちょいと違和感があるかもしれんの」

 出し物はどんどんと進んで参りますが、ふたりの内緒話は止まりません。

熊五郎 「標準語の発声てのがあるんですかゐ?」
ご隠居 「日本語の母音をぜんぶ集めると、あ、い、ゐ(wi)、う、ゑ(we)、え、お、の七通りになるのじゃが、奄美や沖縄では、あ、い、う、ゐ、の四音に「ぅ」を加えた五音で用を弁じておるのじゃ」
熊五郎 「へゑへゑ」
ご隠居 「戦後の文部省の標準語教育では、あいまい音であるゐとゑの二音の使用を禁じてしまったのじゃな。あいまい音がなくなれば、一音一音が明瞭に発声できるし、しなゐとおかしく聞こえてしまうのじゃ」
熊五郎 「へへゑゑ」
ご隠居 「いろいろ人によって癖もあろうが、あいまい音をあいまい音で発声しようとすれば、舌べろを口ん中の天井へこうくっつけてだな、その上で口を大きく開けねゑようにするのがいい。ちょうどいゐ、熊さんや、お前さん、そうして自分の名前を言ってみな」
熊五郎 「ぅら、くむぐるぅだ。うへゑ、こいつあてゑしたもんだ。おまけになんだか、口の先っちょだけで喋ってるような気がしますぜ」
ご隠居 「発音がちがう、てゑのは、発声も変わるてゑことじゃの。日頃から癖になってる発音・発声を、唄うときだけゐきなり変えようなんざ、無茶もいゐところさ」
熊五郎 「するてゑと坪山せんせえは、「あ、い、う、ゐ、ぅ」で育ったお人で、康男は、「あ、い、う、え、お」で育ったてゑところですかい。森山ユリ子さんは、どちらになるんでしょうねぇ」
ご隠居 「おおまかに言えば、女の子は、わりあゐ家から外に出ないものじゃろう。じゃから、母親や年寄りに育てられたのが、古くからの発音・発声を濃く残したんじあないかのう」
熊五郎 「わかったぜ、ご隠居さん。元ちとせちゃんやら牧岡奈美ちゃんやら、女の子の方が先に民謡大賞を取るのは、そういうことだったのかゐ」
ご隠居 「まぁ、今のは、あたしの推理だけどね。ところでさっきから八っつぁんが静かだねゑ」
熊五郎 「あれ、こゐつ、寝てゐやあがる」
ご隠居 「神々の調べとは、大仰な題目を付けたもんじゃと思ったが、だんだんと温泉に入ってるような心持ちになってきたの。きりしたんの言うはらいそとはこうゐうもんかの」
熊五郎 「まったくだ、なにやらあっしまでうとうとしてきやしたぜ」
ご隠居 「これは「行きょうれ節」じゃな。ぱんふれっとによれば、「私は行きますから、あなたは居なさいよ」という意味で、送別会やらお葬式なぞで唄われるそうじゃ。ぱゐぷおるがんが実によく似合うの」
熊五郎 「新宿の島唄教室の森田せんせえは、ぱゐぷおるがんは西洋の神歌の楽器なのだから、島唄でも神唄と呼ばれる唄と合わせればいゐのにってゑことでしたね。この「行きょうれ節」も神唄なんですかね?」
ご隠居 「あたしにあわからんが、これは…格別よゐ感じ…じゃな…」
熊五郎 「ありゃ、ご隠居さんまで寝ちゃったよ」

 そんなこんなで休憩になりました。手早く手洗いを済ませた熊さんが席に戻ってみると、いい気持ちで白河夜船を漕いでたふたりも目を覚まして、しきりに首のあたりを撫でています。

八兵衛 「ご隠居さん、なんだか首が痛くありやしませんかゐ?」
ご隠居 「おや、八っつあん、あんたもかい。こんな前のほうの席でぱゐぷおるがんを見上げてたせゑかね」
熊五郎 「てやんでゑ、ふたありともこっくりのしすぎで首が痛ゑのじゃねゑのですかゐ」
ご隠居 「熊さんよ、声(こゑ)が高いよ」
熊五郎 「そらまあ、ご隠居さんのおっしゃるとおり、鮒は安うござんすがね」
八兵衛 「おゐおゐ、はじまりますぜ、お静かに願ゐますよ」

 第二部は、森山ユリ子さんの唄からです。音響の方は、進行中に若干の調整があったのかもしれませんが、半分寝ぼけた素人には判る道理もありません。

熊五郎 「ご隠居さん、やっぱり西洋の教会のうたってゑのも、こんな具合に聴こゑるもんでございやすかね?」
ご隠居 「どうだろうねゑ、あたしも若ゑ頃に知り合いのきりしたんの婚礼にいちど出たっきりだし、なんだか質素な教会だったしねゑ」
八兵衛 「ここあここであっしも不満は有りやせんが、森山さんてゑお人の声は、そうゐう質素なところでも聴いてみたくなりやすね」
ご隠居 「まったくだね。地声がきれゑなお人だから、こうゐう言葉が聴き取り辛いところでは唄の旋律でだけで楽しませてくれるてゑ、ありがてゑお人だね」
熊五郎 「新宿の森田せんせえも、もっと名前を知られていゐお人だって言ってやしたっけね」
ご隠居 「そのうち、森田せんせえの「島じゅうりの会」にも呼ぶんじあないのかゐ?」
熊五郎 「どっちもカサンですからね、ありそうなこった」
ご隠居 「そうなれあ、あたしも長生きする楽しみが出来るてゑもんだ」
八兵衛 「おっと今度あ康男の唄だ」
ご隠居 「三味の音が、なんだか柔らかいね」
熊五郎 「こないだ康男がこっちに来たときに聞いたんですがね、なんだか普通よりも革を弱く張ってるらしゐですぜ」
八兵衛 「裏っかわは二枚張りだってねゑ」
熊五郎 「撥の使ゑ方も、なんだか沖縄風ってゑか、あんまし強く弾かねゑ感じで、独特だね」
八兵衛 「孝介だの瑞希ちゃん(love!)だのがジャバラの森田さんと一緒にいろいろやってるけど、康男は、なんてゑか、内側から変えようてゑ気持ちみてゑだね」
熊五郎 「康男が島でやってるピンポンズてゑのも、見てみてゑもんだね」
八兵衛 「あればっかりあ、こっちから見に行かねゑと見られねゑからね」
熊五郎 「おっと、いつの間にやらワイド節だ。ご隠居さん、起きてくだせゑよ、ワイド節ですぜ」
ご隠居 「ふなふな…」
熊五郎 「ワイド節ですぜ、はじまりますぜ」
ご隠居 「おおお、そうかそうか。…。おゐおゐ、なんじゃこのちぢんは、どこで叩ゐておるんじゃ」
八兵衛 「あっちでさ、ご隠居さん。ほらその舞台の端っこ」
ご隠居 「ああ、これあいかん、あんなところではどんな名人もろくすっぽ叩けたもんじあなゐ。もにたあのないところで叩くなぞとは、ハナから間違えようてゑもんじゃよ」
熊五郎 「これあどうもあれだね、ご隠居さん、よっぽど気持ちよく寝てらしたね、真っ赤になって怒ってやがら」
八兵衛 「まあまあ、ご隠居さん、ご本家本元のワイド節なんですから、そこんとこに免じて機嫌を直してくだせゑよ」
ご隠居 「そういやあ、あたしゃ坪山せんせえの唄をなまで聴くのは、これがはじめてだったよ」
熊五郎 「若ゑお姉ちゃんばかり追いかけてやすからね、ご隠居さんは」
ご隠居 「いゐんだよ、あたしゃ老い先短ゐんだから」
八兵衛 「ご隠居さん、ご隠居さん、つぎは六調ですよ。熊さんもいゐ加減にしねゑか」
熊五郎 「なんだかこんな小綺麗な会場だと、おゐらのような俄か島唄好きは、立って踊ったらゐけねゑような気がして腰が退けちめゑやすね」
ご隠居 「自然な盛り上がり、と一口に言うても、難しゐもんだの。六調ならば反射的に踊ってしまう、という御仁も居れば、ほれ、そこの+ガイ■ウジみたいにぴくりともせんのも居る」
八兵衛 「ご隠居さん、+ガイ■ウジのばやゐは、太りすぎです。踊れったって踊れるもんじあござんせん」
熊五郎 「八っつあんよ、声(こゑ)が高いよ」
八兵衛 「鮒なら安いか」
熊五郎 「いいや、今日のところは、貴島がやすぉござんす」

 お後がよろしいようで。



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