2001年8月25〜27日 再び東北地方へ

 出発の日まで

 7月下旬、私は東北地方への旅行の計画を立てるのに日々熱中していた。2月の上旬にも、厳冬の東北地方へ行ったが、芭蕉ではないが「漂白の想い」と言うか、東北地方への旅行の思いにかられた。
 旅行には「三連休パス」を使うことにした。これは「ゴーゴー3DAYSきっぷ」の名称変更版で、同額だ。
 
 それはさておき、ひばり号は福島駅で撮影可能とし、その他山形の山寺、岩手の龍泉洞と、観光したい箇所を2ヶ所巡れるように旅程を組んだ。

 また、中学校のK先生にお願いし、Nikonの一眼レフカメラを借りた。と言うのも、私が使っているCanonのEOS650と言う一眼レフカメラは、もはや使い物にならないぐらいになってしまったのである。と言っても、私の場合、カメラは記録用としてしか使わないが・・・。

 旅行前日

 6時00分発の臨時の東北新幹線に乗車するべく、千葉市の親戚の家に向かう。成田4時47分発の580Hでは間に合わないのだ。
 成田線で我孫子、常磐線快速で日暮里、京浜東北線で赤羽、東北本線で池袋、埼京線で新宿、中央線で東京、京葉線で蘇我、外房線で蘇我、総武線で都賀に到着。

 旅行第1日目 千葉→北上

  2001年8月25日(土)、早暁4時30分、私はJR千葉駅前を歩いていた。前回の旅行の時とほぼ同じ状況である。
 千葉4時45分発、横須賀線直通の総武線快速横須賀行きに乗車する。この時間なので乗客はまばらである。セミクロスシートに腰をおろす。寝ようとするが、あまり寝た記憶がない。
 東京5時23分着。今回は一部を除き、指定席を確保しているので特に焦る必要はない。東京駅の新幹線ホームで写真撮影をする。
 東京6時00分発、東北新幹線「やまびこ65号」盛岡行きに乗車する。臨時列車で、E2系で運転される。秋田新幹線「こまち65号」も連結される。仙台まで乗車するので、どちらに乗っても差し支えない。指定席には若干の余裕があるように思われる。
 仙台7時21分着。このあと仙石線に乗車する予定となっていたが、あたふたしているうちに乗り過ごしてしまう。特に今後の予定に支障を来たすわけではないので、気にもかけず、JCで朝食を確保する。仙台駅構内で撮影をする。とにかく私は仙山線に乗りたいのである。仙山線は仙台〜作並〜山寺〜羽前千歳間58.0kmを結ぶ幹線である。実際に列車は奥羽本線の山形まで走り、文字通り、仙台と山形を結ぶ。また、仙山線は日本で最初に交流電化された路線である。

                
                               △仙台駅にて


 仙台8時14分発、仙山線快速「ホリデー仙山3号」山形行きに乗車する。電車は719系である。途中停車駅は、北仙台、愛子、作並、面白山高原、山寺、北山形である。車内は空いている。また、プラスティック製の窓枠に文字がやたら削られている。北仙台辺りまでは市街地を走るが、北仙台を出ると、林の中を走るようになる。時折深い谷がある。そして、「熊ヶ根橋」を渡る。鉄橋の高さは50mもある。この辺りは紅葉の時期には特に素晴らしいと言う。作並温泉がある作並を過ぎ、長い、長い宮城県と山形県の県境にある面白山トンネルを抜け、山形県に入る。
 山寺9時01分着。周囲を山々に囲まれた駅である。大勢の人が下車する。山寺駅から徒歩5分ほどで、山寺の登山口に着く。
 「山寺」は通称で、正確には「宝珠山立石寺」と言う。1,100年以上も前に慈覚大師が開山した。かの有名な俳聖芭蕉の『奥の細道』でも名高い。登山口から行くと、1,100年以上もの間燃え続けていると言う“不滅の法灯”を持つ根本中堂がある。建物は国の重要文化財に指定されている。さらにゆくと山寺名物の「力こんにゃく」が売られている。そして山門からきつい階段を上っていく。蝉のにぎやかな鳴き声が絶えず聞こえる。この日は結構暑く、汗が滴り落ちる。姥堂を過ぎ、蝉塚がある。名句「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」と書かれた立て札がある。私は徘徊には疎いのだが、この句には惹かれる。さらに行く。弥陀堂をかすめ、仁王門、性相院を過ぎ、金乗印で暫し休憩をする。中性院を過ぎると、ようやく奥の院に到着する。息が切れて、疲れたが、感激する。奥の院より引き返し、三重小塔を見て、五体堂に着く。五体堂からは、はるか下に山寺駅を見下ろすことが出来る。見事な景観に感動する。撮影を済ませ、ふもとの土産店でうちわを購い、山寺を後にする。下から見上げてもよろしゅう。

                 
                            △山寺五大堂からの景観

 山寺から川を渡り、「山寺芭蕉記念館」に行く。松尾芭蕉と『奥の細道』のほか、徘徊全般に渡る資料を集めた資料館である。純和風造りの格調高い建物である。入館料は高校生300円である。
 山寺11時54分発、仙山線快速「ホリデー仙山14号」仙台行きに乗車し、もと来た道を戻る。車内は先ほどより乗客が増している。早起きだったので寝入る。
 仙台12時44分着。ここで、先刻乗車できなかった仙石線に乗車しようと思う。乗継まではまだ時間があるので、仙石線の仙台〜あおば通間を往復する。この区間は地下区間である。仙石線は、あおば通〜仙台〜本塩釜〜石巻間50.2kmを結ぶ幹線である。東北地方で唯一の直流電化区間であり、103系が走る。仙台駅で有名駅弁「牛たん弁当」(1,000円)を購い、再び新幹線ホームへ向かう。
 仙台13時12分発、東北新幹線「MAXやまびこ128号」東京行きに乗車する。これは途中停車駅は福島1駅のみである。席は2階席なので、眺めがよろしい。ゆっくり「牛たん弁当」を食べる。読者の方は「かなり効率の悪い旅行をしているな」と思われよう。だが、致し方のないことだ。
 福島13時27分着。福島には観光をしに着たのではない。この非、鉄道ファンにとって、重大な出来事があるのである。それは、この日、かつて上野〜仙台間を走っていた特急「ひばり」がリバイバル運転されるのである。485系での運転である。特急「ひばり」号は、福島13時40分着、同13時44分発である。本当は「ひばり」に乗車したかったのだが、指定席発売と同時に売切れてしまった。当然のことながら、全車指定席である。せめて写真に収めたい。485系国鉄カラーが福島駅に入線。待ち構えていた多くの鉄道ファンがシャッターを切っていた。

                 
                    △485系臨時特急「ひばり」号 福島駅にて

 再び新幹線ホームに行く。福島13時55分発、山形新幹線「つばさ125号」新庄行きに乗車する。400系での運転である。「つばさ125号」の福島発車後の途中停車駅は、米沢、赤湯、かみのやま温泉、山形、天童、さくらんぼ東根、村山、大石田である。指定席はほぼ埋まっている。東北新幹線の高架と分かれ、地上に降りる。板谷峠を通るが、改軌前のスイッチバック跡を随所に見ることが出来る。荒れ果てたホームを横目に、400系は低速ながらも登り続ける。かつては特急「つばさ」号が走り抜けていたのである。関根を通過する辺りから、民家がまばらに広がるようになる。赤湯駅者はモダンな建物で、「山形県ぶどう発祥の地 南陽市観光協会 ぶどう狩り」と言う幕もある。赤湯を出ると、斜面を覆うようにビニールハウスが広がる。そして中川辺りから再び民家が広がる。山形で乗客の大半が下車した後、天童に止まる。天童は、「将棋駒」で有名である。村山駅には「奥羽本線『村山駅』開業100周年」と言う横断幕がある。また、多いしだから、芭蕉ゆかりの地、尾花沢へバスで行くことが出来る。
 終点新庄15時46分着。ここから奥羽本線の普通電車に乗り継ぐ。新庄は、陸羽東線、陸羽西線も交わる交通の要衝である。新庄駅は山形新幹線と在来線が向かい合うような構造である。

               
                △701系奥羽本線普通電車(左)とE3系山形新幹線(右)
                             新庄駅にて

 新庄16時07分発、奥羽本線普通秋田行きに乗車する。残念ながら、701系である。701系について言わせてもらえば、ローカル線にロングシートとはサービスが悪すぎる。JRの利潤第一主義の象徴とも言える、悪評高い車両であることは間違いなかろう。やけに混んでなと思いながらも乗車。真室川である程度の客が下車したので、私は座ることが出来た。それから駅に停車するごとに乗客は増え、湯沢、十文字からは大勢の乗客が流れ込み、車内は寿司詰め状態となる。座っている私はいいのだが・・・。ローカル線なのかと疑念を抱く。
 横手17時32分着。しかしひどい混みようだった。そう言えば、この先の大曲で、花火大会があったことを思い出す。客の少ない北上線のディーゼルカーに乗る。北上線は、横手〜ほっとゆだ〜北上間61.6kmを結ぶ地方交通線である。今日始めて乗るディーゼルカーである。キハ110系4両での運転だが、後寄りの2両は回送のようだ。辺りは漸次暗くなる。
 ほっとゆだ18時42分着。ずいぶん変わった駅名だと思われる人も多かろう。ほっとゆだ駅は、全国的に見ても数少ない、駅舎の隣に温泉がある、素晴らしい駅なのである。隣のホームにはJT(ジョイフルトレイン、日本たばこ産業ではない)の「Kenji」が停車している。結構運がいいかも知れぬ。
 温泉会館ほっとゆだで、入浴用200円を支払い温泉につかる。私の他に6,7人いる。蛇口をひねるが、うまくお湯が出てこない・・・。いやー、実にいい! 旅の疲れが吹き飛ぶ。ぬるめのお湯の他、熱めのお湯もある。
 温泉から出ると、ほっとゆだ駅前は真っ暗である。しばらく駅前を徘徊するが、街灯がなく、暗い。田舎なんだな・・・。20時頃に、駅前にある「湯夢プラザ」に入り、そばをすする。そこには、地元の高校生と思われる人も飲食している。食べ終わり、再び駅前を徘徊する。案内板によると、駅周辺に「湯川温泉」や「湯本温泉」があるようだ。そして、「まぁんず よぐ来たごと。ゆっくり湯こさひゃってえけろ」と書かれている。岩手弁だろうか。方便とは本当にいいものである。
 ほっとゆだ20時47分発、北上線普通北上行きの最終列車に乗る。辺りはもう真っ暗で、何も見えない。車内はかなり空いている。トンネルが連続し、ディーゼルエンジンがトンネル内で反響し、耳ツンが深刻化する。
 終点北上21時29分着。今日はここまで。本日は北上駅近くのビジネスホテル「北上パークホテル」に宿する。駅から徒歩5分程度で到着する。1本路地を入るので些か迷ったが。
 チェックインを済ませ、部屋に入る。部屋はそんなに大きくない。先ほど温泉につかったので、歯磨きだけを済ませ、就寝する。22時にベッドに入るが、寝たのは23時以降だと思う。

 旅行第2日目 北上→大曲

 アラームで目が覚めた。4時半である。・・・、早く起こされた。昨晩フロントに、5時10分にモーニングコールを頼んだ。鳴らないよりはましだが、ひどすぎる。仕方がない、テレビをつけ時間をつぶす。5時半にビジネスホテルを後にする。
 北上5時42分発、東北本線普通盛岡行きに乗車する。始発なので、乗客はまばらである。また701系であるが、空いているのでまだいい。電車は朝もやがかる田野を快走する。
 花巻5時53分着。花巻は『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』などの名作で知られる宮沢賢治の出身地である。「宮沢賢治記念館」や「賢治詩碑」、「桜知人館」などがある。それと5,000円札でお馴染みの新渡戸稲造の業績をたたえた「花巻新渡戸稲造記念館」などがある。温泉資源も豊富で、花巻温泉、新鉛温泉などの温泉がある。
 こんな早朝からこれらの記念館がやっているわけは、言うまでもなく、私はこれらを訪れに来たのではない。花巻にはかつて、「花巻電鉄」と「岩手軽便鉄道」と言う鉄道が通っていていた。前者の「花巻電鉄」は花巻駅から程近い材木町公園と言う公園に電車がかざられているので、それを見に行く。また、後者の「岩手軽便鉄道」は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のモデルとなったとされている。
 材木町公園に着くと、早暁にもかかわらず、草刈が行なわれていた。ちょっと失敬して、「馬面電車」と呼ばれた、幅の狭い花巻電鉄の車両を撮った。再び花巻駅に戻る。
 花巻6時43分発、東北本線普通盛岡行きに乗車する。車内には高校生が多数乗車しており、通学列車の様相を呈している。
 終点盛岡7時22分着。ここから盛岡城跡、岩手公園に行こうとするが、眠くて気力がない為諦める。キオスクで岩手の地方紙『岩手日報』、パン、練り製品を購い、ベンチに座って新聞を読み始める。私の姿は周囲からただのオヤジにしか映らないだろう。6番線ホームで、パンを食べているうち、私が乗る急行「陸中1号」が入線してくる。
 盛岡8時47分発、釜石線直通の急行「陸中1号」釜石行きのキハ110系ディーゼルカーに乗る。途中停車駅は、花巻、新花巻、土沢、宮守、遠野、小佐野である。私が乗車している1号車禁煙席の乗客は十指におさまってしまう。花巻で進行方向が変わり、釜石線に入る。釜石線は、花巻〜新花巻〜遠野〜釜石間90.2kmを結ぶ地方交通線である。新花巻は東北新幹線との接続駅である。ここで乗客が若干増える。先刻キオスクで買った魚肉練り製品「竜飛」(商品名)をかじりながら車窓を楽しむ。中にはホタテ、むきえびなどが入っており、うまい。酒のつまみなんだろうが・・・。車窓もまた格別である。時折、川と並行して走ったりする。特に、平賀〜足ヶ瀬の車窓は最高だと思う。上有住〜陸中大橋間はトンネルが連続する。そして、陸中大橋で対向列車との行き違いの為停車する。ドア扱いはしない。

                  
                       △キハ110系 急行「陸中」号 盛岡駅にて

 釜石11時02分着。三陸鉄道南リアス線のディーゼルカーも停車している。いったん、改札を出るが、外は曇っている。先行きが危ぶまれる。とにもかくにも、雨だけは降らないで欲しい。
 釜石11時20分発、山田線普通宮古行きのディーゼルカーに乗る。またキハ110系である。山田線は、釜石〜陸中山田〜宮古〜茂市〜盛岡間157.5kmを結ぶ地方交通線である。それなりに乗客はいるが、年配の人ばかりである。この時間帯なので、至極当然である。ディーゼルエンジンと絶妙な揺れ具合で、寝入る。
 宮古12時33分着。宮古駅前は、ロータリーがあるが、そんな規模も大きくない。駅の外で、駅弁「海女弁当」を購う。と言うか、他の駅弁が全部売切れてしまっていたのだ。中は地元でとれた海産物がたくさん入っていて、贅沢なのだが、一言言わせてもらえれば、イカの味付けが濃すぎる。この駅弁には失望させられた感がある。
 宮古から三陸鉄道北リアス線に乗る。三陸鉄道は私の利用している「三連休パス」で乗れないので、無論、別料金となる。三陸鉄道北リアス線は、宮古〜小本〜普代〜久慈間71.0kmを結ぶ第三セクター鉄道である。一部、JR東日本と相互直通運転を実施している。宮古から小本まで、25.1kmで750円。高いと言わざるを得ないが、第三セクター鉄道は由々しき経営を余儀なくされている。
 宮古13時13分発、普通久慈行きに乗車する。この列車は「サーモン」と言う列車愛称がついており、レトロ調ディーゼルカーで運転される。この区間はトンネルの連続だから、車窓はだめ。トンネルを抜けると窓が曇る。
                  
                        △三陸鉄道北リアス線 「サーモン」号
                                宮古駅にて

 小本13時43分着。結構下車客が多い。駅前は閑散としている。はっきり言って、何もない。
 小本駅13時51分発、JRバスの龍泉洞行きに乗る。「三連休パス」ではJRバスも利用できないので、また別料金となる。車内は結構混んでいる。途中に停留所が存在するが、乗降客は皆無である。国道455号線を走る。
 龍泉洞14時29分着。運賃箱に600円を入れる。竜泉洞もまた、私が以前から行きたいと熱願していたところである。空は曇っているが、観光客はそれなりにいる。
 龍泉洞は、山口の秋芳洞、高知の龍河洞と共に、日本3大鍾乳洞に数えられていて、国の天然記念物に指定されている。洞内は2,500m以上もあり、その全容は5,000m以上に達すると推定されており、現在も調査が続けられている。
 入口の前に湧き水があり、飲んでみる。冷たく、なんとなくだが深い味である。早速中に入ってみる。中は1年中15℃のようであり、涼しい。自然に形成されたとは思えない岩の数々である。玉響の滝を過ぎ、ずっと進むと、長命の滝がある。この水を1杯飲めば、3年長生きすると言われている。そして、第1地底湖が現れる。青く透き通っていて、実に神秘的である。私はドラゴンブルーに湖に暫し見とれる。水深は35mもある。世界有数の透明度を誇る地底湖なのだ。第2・第3・第4地底湖もあり、第4に至っては水深120mもあると言うから驚愕する。珍しい動物もいて、ウサギコウモリ、ムカシエビなどがそれだ。高低差が激しく、滑りやすいので注意したい(私は滑っていない)。
 外へ出ると、温度差で眼鏡が曇る。お土産店で中台中学校のK先生へのお土産を購い、龍泉新洞科学館へ行く。龍泉新洞は1967年に発見された鍾乳洞である。洞内から発見された土器や陶器などの貴重な資料のほか、昔の調査方法などが詳細に記されている。石灰岩や壁画などがあって、興味深い。
 龍泉洞、龍泉新洞科学館はどちらも遠くからで行く価値がある。帰りは些か休憩し、前を流れる清水川沿いに歩き、JR岩泉駅に向かう。30分ほど歩いただろうか。
 岩泉線の終点、岩泉駅は駅舎自体は小さくないが、駅前は寂れている。人が余り歩いていない。何せ、1日3本の列車しかこないのだから・・・。ちょうど列車が到着したようで、何人かの人たちが降りてきたが、駅舎周辺で徘徊しているだけである。どうやら地元民ではなく、鉄道マニアのようだ。駅には来訪者の為のメッセージノートが置かれ、多くのメッセージが書かれている。岩泉線は、近いうちに廃止になるのではないかという話もあり、岩泉を訪れる鉄道マニアも増加しているようだ。私もメッセージを書き、1両編成のキハ52系ディーゼルカーに乗り込む。そうすると、昨日、北上線に乗車していた人を見つける。その人に話し掛けてみる。その人は些か驚いたようだっが、さまざまな話題で結構話が盛り上がる。その人は、かなり立派なカメラを持っており、重装備で荷物が重そうである。

               
                         △岩泉線 キハ52系
                            岩泉駅にて

 17時20分発、岩泉線普通茂市行きディーゼルカーは定刻通り、岩泉を発車する。岩泉線は、茂市〜岩泉間38.4kmを結ぶ地方交通線である。乗客はそれなりにいるが、銀箱や三脚などを持つ鉄道マニアで、地元の方と思われる人は数人しかいない。岩泉線が地図上から消える日もそう遠くないような気がする。しかし、私は岩泉線の廃止に断固反対である。トンネルが多く、山の中を走る。個々の駅周辺には数十件の民家があるのみである。この路線に沿って道路も走っている。岩手大川駅の駅名表示は草で覆われている。辺りは漸次暗くなる。
 終点茂市18時21分着。ホームが2本あり、山に囲まれた駅である。
 茂市18時31分発、山田線普通盛岡行きのディーゼルカーに乗る。先刻出会ったその人もこのディーゼルカーに乗る。聞くところによると、その人ははるばる岡山から「青春18きっぷ」を使ってきたと言う。そして寝床は無人駅だそうだ。いわばSTB、STBとはSTation Bivouacの略で、駅寝のことだ。その為に、害虫対策の為、キンチョールや、米軍の簡易ベッドなどを持ってきているそうだ。なかなかの兵である。ディーゼルエンジンを唸らせながら、勾配を登って行く様子が伺える。松草と言う無人駅でその人と別れる。そこから1駅行った区界(くざかい)で15分停車するので、途中下車して、パンフをもらう。江戸時代末期頃、宮古〜盛岡は4泊5日の日程で、茂市、川井、川内と宿し、最後の夜をこの区界峠のふもとの宿を取って過ごしたと言う。
 終点盛岡20時41分着。再び盛岡である。乗換えまで約1時間あるので、駅前のコンビニでカロリーメイトを購い、駅周辺を徘徊する。すこぶる暇である。
 盛岡21時42分発、秋田新幹線「こまち79号」秋田行きに乗車する。盛岡からの途中停車駅は、田沢湖、角館、大曲である。指定席は隣のシートに荷物がおける程度空いている。車窓は楽しめないが、変にこの時間に寝ると良くないので、眠気を我慢する。田沢湖に着くと、2月上旬に来たときの一生忘れないであろう思い出がよみがえる。
 大曲22時38分着。ここで秋田新幹線は方向を転換する。下車するが、駅員に指定席特急券を接収されてしまう。小雨が舞っているので、ビジネスホテルへと急ぐ。
 5分ほどでビジネスホテル「大曲シティーホテル」に到着する。シングル4,500円と比較的安い。シャワーを浴び、即就寝。明日も早暁に出発する。明日は成田に帰る日なので、旅行が無事に終わることを熱願するのみである。

 旅行第3日目 大曲→成田

 モーニングコールがなっている。時刻は5時50分。支度を済ませ、フロントにキーを渡し、「大曲シティーホテル」を後にする。まだ雨が舞っている。
 大曲6時30分発、奥羽本線普通秋田行きに乗車する。朝から701系である。この電車は横手発なのだが、空いている。なにせ始発電車だから。ただ、刈和野、羽後境、和田で高校生がどやどや乗り込んで来る。東北地方の始業式は関東地方よりも早い。早暁から大変そうである。
 終点秋田7時21分着。改札を出ると、ラッシュなのか、ビジネスマンや高校生が大勢歩いている。秋田駅近くのコンビニでおにぎりを購い、再びホームへ。
 秋田7時55分発、男鹿線直通の男鹿行きにディーゼルカーに乗る。乗客の大半は高校生である。しばらく市街地を走る。そして、奥羽本線との分岐駅である追分で、高校生は下車する。男鹿線に入り、田が目立ち始める。男鹿線は、追分〜男鹿間26.6kmを結ぶ地方交通線である。
 船越8時37分着。ここで反対方向に行く列車に乗り換える。
 船越8時51分発、奥羽本線直通の秋田行きのディーゼルカーに乗る。
 追分9時16分着。ここから東能代方面に乗り、大久保9時25分着。大久保と言っても、東京都の大久保ではない。いかにも田舎の駅で、おばあさんたちが秋田弁でしゃべっている。駅舎を撮影する。
 追分9時38分発、奥羽本線急行「よねしろ号」秋田行きに乗車する。急行「よねしろ号」は、花輪線の鹿角花輪〜大館〜東能代〜秋田間を結ぶディーゼル急行である。花輪線内大館〜鹿角花輪間は普通列車となる。車内は空いている。
 終点秋田9時57分発、が2分遅れる。急いで階段を上り、羽越本線の電車に飛び乗る。接続時間が3分しかない。乗り過ごしたら、最後である。
 秋田10時00分発、羽越本線普通酒田行きは、急行「よねしろ号」の遅れを考慮し、2分遅れて発車する。前回東北地方に来たときは一面雪景色であったが、今度は田野が広がる。車内はすこぶる空いている。象潟は芭蕉の『奥の細道』最北の地として知られ、「象潟や 雨に西施が ねぶの花」と言う名句を詠んだ。天気がよろしければ、鳥海山を望むことも出来る。時折、日本海が広がる。
 終点酒田11時47分着。側線に見られぬ客車編成が停車している。ラッチを出て、駅舎を見上げる。パンフをもらい、親戚へのお土産を購う。ホームで駅弁「ササニシキ弁当」(740円)とお茶を購い、特急に乗り込む。
 酒田12時23分発、羽越本・白新線L特急「いなほ10号」新潟行きは、定刻通り酒田を発車する。途中停車駅は、余目、鶴岡、あつみ温泉、府屋、村上、坂町、中条、新発田である。指定席1号車は空いている。酒田駅で購った駅弁を食する。さすがは米どころ。美味である。藤島、今川で運転停車する。また、日本海がよく見え、古い屋根の家々が立ち並んでいる。
 終点新潟14時35分着。新潟駅はもう馴染み深くなった。上越新幹線ホームへ行く。
 新潟14時45分発、上越新幹線「あさひ350号」東京行きに乗車する。「あさひ350号」の途中停車駅は、上毛高原と熊谷をのぞく各駅である。
 燕三条14時58分着。私1人が下車する。薄暗い通路を通り、弥彦線に乗り換える。
 燕三条15時17分発、弥彦線普通吉田行きに乗車する。弥彦線は2度目の乗車だが、2月とは別の様相を呈している。
 吉田15時28分着。乗り換える為階段を登っていると、後ろから「マキ!」と言って来るので、私は越後線の巻のことだと思い、「Track No.3」と答えるが、熟考すると1番線ではないかと思い、「Sorry,Track No.1 for Niigata」と不慣れな英語で答えると、理解してくれ、そっちに向かってくれた。とりあえず、良かった。
 吉田15時43分発、越後線普通柏崎行きに乗車する。越後線には2月も乗車したが、そのときの乗車区間は、吉田〜新潟間であった。車内は若者らで混んでいる。電車は越後平野をモーター音を響かせながら力走する。途中の出雲崎も芭蕉ゆかりの地で、「荒海や 佐渡によこたふ 天河」と言う名句を詠んだ。
 終点柏崎16時52分着。ここから優等列車のみを盛り告ぐ。
 柏崎16時55分発、信越本・北陸本線特急「北越8号」金沢行きに乗車する。「北越8号」の柏崎からの途中停車駅は、柿崎、直江津、糸魚川、入善、黒部、魚津、富山、高岡、石動、津幡である。「三連休パス」はJR東日本管内の路線しか乗れないので、糸魚川までしか行けない。私は1号車の、進行方向右側なので、日本海が望める。マリーンスポーツを楽しむ人もいる。
 直江津17時19分着。直江津駅の改札を出て、公衆電話を探すが見当たらない。やはり携帯電話が普及した現今の世・・・。直江津駅で、信越本線や北越急行の電車を撮影したりする。そして大阪〜札幌間を結ぶ、豪華寝台特急「トワイライトエクスプレス」が待ち時間に来るので、撮影する。
 直江津18時11分発、信越本線特急「みのり2号」長野行きに乗車する。「みのり2号」の直江津からの停車駅は、高田、新井、妙高高原、黒姫、豊野である。指定席号車はがら空きである。辺りは暗くなる。長野に到着するとき、鉄道唱歌が軽快に流れてくる。嬉しい。
 終点長野19時28分着。長野駅には私が小学生の時、伯母に連れられてやって来た。そのときは、当然長野新幹線などなく、特急「あさま」号が走っていた。かなり遅くまで旅行していると思われよう。
 長野19時58分発、長野新幹線「あさま558号」東京行きに乗車する。指定席5号車は、比較的込んでいる。「あさま558号」は終点の東京まで、各駅に止まる。上田で中学生と思われる鉄道マニア6人組が乗り込んでくる。東京に近づくと、雨が激しくなってきて、些か不安になる。
 終点東京21時48分着。今回は予定通りの到着なので、問題はない。総武線地下ホームへと向かう。
 東京22時00分発、成田線直通の特急「ホームタウン成田号」成田行きに乗車する。「ホームタウン成田号」の大半の座席は、ビジネスマンなどで埋まっている。途中停車駅は、錦糸町、千葉、四街道、佐倉である。四街道に停車する唯一の特急である。
 終点成田22時55分着。座って帰れたので、今回はご機嫌である。歩いて帰途に着く。家には23時30分頃着いた。

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